KISS

1970年代初頭のニューヨーク (New York) のアンダーグラウンド・シーンから出現し、半世紀以上にわたり世界の音楽産業に君臨し続けたロックバンド、KISS (キッス)。

Biography

KISS
現代エンターテインメント産業における「スペクタクル」

1. ロックンロール・ファンタジーの具現化

1970年代初頭のニューヨーク (New York) のアンダーグラウンド・シーンから出現し、半世紀以上にわたり世界の音楽産業に君臨し続けたロックバンド、KISS (キッス)。KISSは単なるミュージシャンではなく、コミックブックの美学、歌舞伎 (Kabuki) に影響を受けた視覚的演劇性、そして容赦のない商業主義を融合させ、ロック・コンサートを「聴くもの」から「体験するもの」へと変革させたパイオニアである。

KISSの哲学は、コンサートの冒頭で叫ばれる有名な口上に集約されている。「最高を求めたお前たち、最高を手に入れた! 世界で最も熱いバンド... KISSだ! (You Wanted the Best, You Got the Best! The Hottest Band in the World... KISS!)」。この言葉は誇張ではなく、KISSが50年にわたり維持し続けたブランド・アイデンティティそのものであった。

2. バンドの結成と初期の苦闘: 1970年代前半

KISSの誕生は、既存の失敗からの学習と、明確なビジョンの構築から始まった。その核となったのは、ジーン・シモンズ (Gene Simmons、本名: Chaim Witz) とポール・スタンレー (Paul Stanley、本名: Stanley Eisen) という二人の野心的なミュージシャンであった。

2.1 ウィキッド・レスター (Wicked Lester) の崩壊と再構築

1970年、ジーン・シモンズとポール・スタンレーは出会い、ウィキッド・レスター (Wicked Lester) というバンドを結成した。このバンドはエピック・レコード (Epic Records) との契約を獲得しアルバムを制作したが、音楽的な焦点が定まっておらず、レーベルからは発売を見送られるという屈辱を味わった。

この失敗から彼らは、「音楽的な実力だけでは不十分であり、視覚的かつ概念的なインパクトが必要である」という決定的な教訓を得た。彼らはウィキッド・レスターを解散し、よりハードで、よりシアトリカルな新しいグループの結成に着手した。

2.2 黄金のラインナップの完成

彼らは『ローリング・ストーン (Rolling Stone)』誌や『ヴィレッジ・ヴォイス (Village Voice)』紙の広告を通じてメンバーを募集し、歴史的なラインナップが形成された。

  • ピーター・クリス (Peter Criss、本名: George Peter Criscuola): ジャズのバックグラウンドを持つブルックリン (Brooklyn) 出身のドラマー。「成功するためなら何でもする」という広告を出していた彼は、バンドに独特のスウィング感とR&Bの要素をもたらした。
  • エース・フレーリー (Ace Frehley、本名: Paul Daniel Frehley): ブロンクス (Bronx) 出身のギタリスト。オーディションには左右色の違うスニーカーを履いて現れたが、その演奏は、スタンレーのリズムギターと完璧な対比をなす、攻撃的でありながらメロディックなリードプレイであった。

2.3 ペルソナの確立と「コヴェントリー (Coventry)」での初演

4人はそれぞれ、自身の性格や役割を反映したメイクアップを施し、キャラクターを確立した。

  • ジーン・シモンズ: ザ・デーモン (The Demon/悪魔)
  • ポール・スタンレー: ザ・スターチャイルド (The Starchild / 星の王子)
  • ピーター・クリス: ザ・キャットマン (The Catman / 怪猫)
  • エース・フレーリー: ザ・スペースマン (The Spaceman/宇宙人)

1973年1月30日、彼らはクイーンズ (Queens) にあるクラブ 「ポップコーン (Popcorn)」 (後にコヴェントリー Coventryと改名) で初のライブを行った。観客は10人に満たなかったが、彼らはその時点で既にスタジアム級のエネルギーを放出していた。

3. 商業的苦境と起死回生: 1973年~1975年

3.1 カサブランカ・レコード (Casablanca Records) との契約

1973年8月10日、バンドはニール・ボガート (Neil Bogart) が設立したばかりのカサブランカ・レコードと契約を結んだ。ボガートは彼らの視覚的な魅力と楽曲のキャッチーさに賭けたが、初期の道のりは険しいものであった。

3.2 初期3部作の商業的失敗

1974年から1975年にかけてリリースされた最初の3枚のスタジオ・アルバムは、現在でこそクラシックと見なされているが、当時はバンドのライブ・パフォーマンスの熱量を捉えきれず、セールスは低迷した。

  • 『KISS (キッス・ファースト地獄からの使者)』(1974年2月18日): デビュー・アルバム。「Strutter」 や 「Black Diamond」 といった代表曲を含んでいたが、チャート成績は全米87位にとどまった。
  • 『Hotter Than Hell (地獄のさけび)』 (1974年10月22日): ロサンゼルス (Los Angeles) へ拠点を移して制作されたが、音質がこもっており、全米100位と苦戦した。ジャケットの日本語フォントや歌舞伎の影響が見られ、初期から日本文化への関心を示唆していた。
  • 『Dressed to Kill (地獄への接吻)』 (1975年3月19日): 資金難のためニール・ボガート自身がプロデュースした。「Rock and Roll All Nite」 が収録されていたものの、全米32位とブレイクには至らなかった。

3.3 『Alive!(地獄の狂獣)』による逆転劇

1975年、カサブランカ・レコードは破産寸前であり、KISSも契約打ち切りの危機にあった。KISSのライブは、火吹き (Fire breathing)、血を吐くパフォーマンス (Blood spitting)、空飛ぶドラムセットなどで話題を呼んでいたが、レコードが売れていなかったのである。

起死回生の策として、1975年5月から7月にかけてデトロイト (Detroit)、クリーブランド (Cleveland)、ワイルドウッド (Wildwood)、ダベンポート (Davenport) で行われたコンサートを収録した2枚組ライブ・アルバム 『Alive! (地獄の狂獣)』を9月10日にリリースした。

このアルバムは、スタジオ録音では表現しきれなかったバンドの荒々しいエネルギーと観客の熱狂をパッケージ化することに成功した。「Rock and Roll All Nite」のライブ・バージョンが大ヒットし、アルバムは全米9位を記録。これによりバンドとレーベルは救われ、KISSは一躍スーパースターの座へと駆け上がった。

4. 黄金時代(Empire Era): 1976年~1978年

『Alive!』の成功以降、KISSの人気は社会現象化した。ギャラップ調査 (Gallup poll)ではビートルズ (The Beatles) を抜いてアメリカで最も人気のあるバンドとなり、巨大なマーチャンダイジング帝国を築き上げた。

4.1 音楽的進化: ボブ・エズリン (Bob Ezrin) と 『Destroyer』

ライブ・バンドとしての地位を確立したKISSは、次なるステップとして音楽的な深みを求めた。プロデューサーにアリス・クーパー (Alice Cooper) やピンク・フロイド (Pink Floyd) での仕事で知られるボブ・エズリンを迎え、1976年3月15日に『Destroyer (地獄の軍団)』 をリリースした。

このアルバムは、オーケストラの導入やサウンドエフェクトの使用など、実験的な要素を多く含んでいた。当初は従来のファンから戸惑いの声もあったが、ピーター・クリスが歌うバラード曲「Beth」 が予期せぬ大ヒット (全米7位)となり、新たなファン層を開拓した。アルバムは全米11位を記録し、バンドの代表作となった。

その後、原点回帰を目指した『Rock and Roll Over (地獄のロックファイアー)』(1976年)、オリジナル・メンバー全員がリード・ボーカルをとった 『Love Gun (ラヴ・ガン)』 (1977年)と立て続けにヒット作をリリースし、KISSの支配的地位は盤石なものとなった。

4.2 マーベル・コミックと血液インク

1977年、バンドの名声を象徴する出来事として、マーベル・コミック (Marvel Comics)からKISSを主人公にしたコミックが出版された。プロモーションの一環として、メンバー4人が印刷工場を訪れ、自分たちの血を赤いインクのタンクに混ぜるというパフォーマンスを行った。これは「実際にKISSの血で印刷されたコミック」として宣伝され、KISSのショック・ロック (Shock Rock) としてのブランドを強烈に印象付けた。

4.3 ソロ・アルバムと映画 『Phantom of the Park』

1978年、実質的頂点にあったバンド内部では、制作上の主導権を握るシモンズとスタンレーに対し、クリスとフレーリーの不満が爆発寸前となっていた。解散を防ぐため、マネージャーのビル・オーコーイン (Bill Aucoin) は「メンバー4人が同日にソロ・アルバムをリリースする」という前代未聞の策を講じた。

1978年9月18日、4枚のソロ・アルバムが同時発売された。

  • Ace Frehley: 「New York Groove」がヒットし、最も高い評価を得た。
  • Paul Stanley: KISSの王道サウンドを踏襲。
  • Gene Simmons: シェール (Cher) などをゲストに迎え、多様なジャンルを試みた。
  • Peter Criss: R&Bやソウル色が強く、ハードロック・ファンを困惑させた。

また、同年10月28日にはテレビ映画 『KISS Meets the Phantom of the Park (地獄のデビル・トラック)』が放送された。高視聴率を記録したものの、内容の稚拙さはバンド自身も恥じるほどであり、過剰露出による神秘性の喪失が懸念され始めた。

5. 迷走とメンバーの離脱: 1979年~1982年

5.1 ディスコへの接近とピーター・クリスの離脱

1979年リリースの『Dynasty (地獄からの脱出)』は、世界的ヒット曲「I Was Made for Lovin' You (ラヴィン・ユー・ベイビー)」を生み出したが、そのディスコ・ビートは古参のハードロック・ファンを遠ざける結果となった。また、このレコーディングにおいてピーター・クリスはほぼ演奏しておらず (セッション・ドラマーのアントン・フィグ Anton Figが代役を務めた)、バンド内の亀裂は決定的となっていた。

1980年5月18日、ピーター・クリスが正式に脱退。後任としてエリック・カー (Eric Carr、本名: Paul Charles Caravello) が加入し、「ザ・フォックス (The Fox / キツネ)」という新たなキャラクターが誕生した。エリック・カーは、よりヘヴィでテクニカルなドラミングを持ち込み、バンドのサウンドを現代化させた。

5.2 『The Elder』 の失敗とエース・フレーリーの離脱

1981年、ボブ・エズリンと再び組んだ 『Music From "The Elder" (~エルダー~ 魔界大決戦)』は、中世の物語をテーマにしたコンセプト・アルバムだったが、難解な内容はファンに理解されず、商業的に大失敗に終わった。これに失望したエース・フレーリーはバンド活動への意欲を失い、1983年に脱退した (公的な発表は遅れたが、実質的な活動は終了していた)。

5.3 『Creatures of the Night』 とヴィニー・ヴィンセント

1982年の『Creatures of the Night (クリーチャーズ・オブ・ザ・ナイト / 暗黒の神話)』では、謎めいたギタリスト、ヴィニー・ヴィンセント (Vinnie Vincent、本名: Vincent Cusano) がソングライティングとギターで大きく貢献した。彼は「アンク・ウォリアー (Ankh Warrior / エジプトの戦士)」 というキャラクターを与えられた。アルバムは今日ではヘヴィメタルの傑作として評価されているが、当時のバンドの人気低下を食い止めることはできず、商業的には苦戦した。

6. アンマスクド (素顔)の時代: 1983年~1995年

6.1 MTVでの素顔公開と 『Lick It Up』

1983年9月18日、MTVの特別番組にて、KISSは初めて素顔を公にした。この衝撃的なプロモーションと同時にリリースされたアルバム 『Lick It Up (地獄の回想)』は、タイトル曲のヒットもありプラチナ・ディスクを獲得。バンドは「メイクがなくても通用する」ことを証明し、商業的な復活を遂げた。

しかし、ヴィニー・ヴィンセントとの人間関係や契約トラブルが悪化し、彼は1984年のツアー終了後に解雇された。ヴィニーは後に自身のキャラクターの権利を巡ってバンドと法廷闘争を繰り広げることとなる。

6.2 マーク・セント・ジョンの悲劇とブルース・キューリックの加入

ヴィニーの後任として加入したマーク・セント・ジョン (Mark St. John、本名: Mark Leslie Norton) は、アルバム 『Animalize (アニマライズ)』に参加し、そのテクニカルなプレイで貢献した。しかし、彼は加入直後に反応性関節炎 (ライター症候群) を発症し、手が酷く腫れ上がり演奏不能となった。彼がKISSとしてフルコンサートを行ったのはわずか2回 (一部資料では2.5回) であり、1984年12月にバンドを去らざるを得なかった。

その後任としてブルース・キューリック (Bruce Kulick) が加入。彼は堅実かつメロディックなプレイでバンドを支え、以後12年間にわたりリード・ギタリストの座を安定させた。この時期のKISSは、ボン・ジョヴィ (Bon Jovi) などのヘア・メタル (Hair Metal) ブームに乗り、『Asylum』(1985年)、『Crazy Nights』(1987年) といったポップで煌びやかなヒット作を連発した。

6.3 エリック・カーの死と 『Revenge』

1991年、ドラマーのエリック・カーが心臓癌 (heart cancer) と診断され、同年11月24日、フレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) と同じ日に41歳の若さで死去した。悲しみを乗り越え、バンドはエリック・シンガー (Eric Singer) を新ドラマーに迎えた。1992年にリリースされた『Revenge (リヴェンジ)』は、ボブ・エズリンを三度プロデューサーに迎え、グランジ・ブームに対抗するかのようなヘヴィでダークなサウンドを展開し、全米6位という久々の高チャートを記録した。

7. リユニオン(再結成) と現代: 1996年~2023年

7.1 MTVアンプラグドとオリジナル・メンバーの復帰

1995年、MTVのアンプラグド (Unplugged) 企画に出演した際、エース・フレーリーとピーター・クリスがゲストとして登場し、オリジナル・メンバー4人での演奏が実現した。ファンの熱狂的な反応を受け、1996年2月28日のグラミー賞 (Grammy Awards) にて、4人がフルメイクとコスチュームでサプライズ登場し、再結成を宣言した。

これに伴い行われた 「Alive/Worldwide Tour」 (1996-1997) は、世界中でスタジアムを完売させる記録的な成功を収めた。

7.2 メンバーの再離脱と「キャラクター」の継承問題

再結成の蜜月は長くは続かず、2000年代初頭には再びピーター・クリスとエース・フレーリーが脱退した。ここでシモンズとスタンレーは、論争を呼ぶ決断を下した。新メンバーであるエリック・シンガーとトミー・セイヤー (Tommy Thayer、元Black 'n BlueのギタリストでKISSのスタッフを務めていた) に、それぞれ「キャットマン」と「スペースマン」のメイクを施し、キャラクターを引き継がせたのである。

これに対し一部のファンや元メンバーからは批判もあったが、バンド側は「キャラクターはバンドが所有する権利である」という姿勢を崩さず、このラインナップ (シモンズ、スタンレー、セイヤー、シンガー) がKISS史上最も長く続いた編成となった (2004年~2023年)。

7.3 『End of the Road』 とアバターへの移行

2019年1月31日、バンドは最後のワールドツアーとなる「End of the Road World Tour」を開始した。パンデミックによる中断を挟みつつ、足掛け5年にわたるツアーは、2023年12月2日、KISSの地元であるニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン (Madison Square Garden) での最終公演をもって幕を閉じた。

コンサートのフィナーレでメンバーがステージを去ると、スクリーンにインダストリアル・ライト&マジック (ILM) 社によって制作された4人のデジタル・アバターが登場し、「God Gave Rock and Roll to You II」を演奏した。これにより、KISSは肉体的な活動を終え、デジタル空間で永遠に生き続ける「ニュー・エラ (New Era)」 へと移行することが発表された。

8. KISSと日本: 独自の文化的絆 (KISS in Japan)

KISSと日本の関係は、単なる「人気バンドと市場」という枠を超えた、特異で深い絆で結ばれない。日本においてKISSは、歌舞伎との視覚的類似性や、アニメ・特撮文化との親和性から熱狂的に受け入れられ、後のヴィジュアル系 (Visual Kei) バンド (X JAPAN、聖飢魔IIなど) に多大な影響を与えた。

8.1 1977年: 伝説の初来日と「地獄」の洗礼

1977年3月、KISSは初来日を果たした。日本武道館 (Nippon Budokan) での4公演を含むツアーは、ビートルズの動員記録を更新するなど、社会現象となった。空港には数千人のファンが押し寄せ、熱狂的な歓迎を受けた。NHKの番組に出演した際には、KISSのメイクや衣装が、日本の伝統芸能や怪獣文化の文脈で解釈され、独自の受容のされ方をした。

8.2 「地獄(Jigoku)」 シリーズの邦題

日本におけるKISSのマーケティングで特筆すべきは、アルバム・タイトルに付けられた独自の邦題 (Japanese Title) である。特に初期の作品には「地獄」という言葉が多用され、バンドの「悪魔的」なイメージを強調するブランディングが行われた。

表1: KISSの主要アルバムと日本独自の邦題 (Jigoku Series Mapping)

US原題 日本盤邦題(Japanese Title) 意味・備考
KISS (1974) 地獄からの使者 Messenger from Hell
Hotter Than Hell (1974) 地獄のさけび Scream of Hell
Dressed to Kill (1975) 地獄への接吻 Kiss to Hell
Alive! (1975) 地獄の狂獣 Mad Beast of Hell
Destroyer (1976) 地獄の軍団 Army of Hell
Rock and Roll Over (1976) 地獄のロックファイアー Rock Fire of Hell
Love Gun (1977) ラヴ・ガン (地獄がつかない例外だが有名)
Alive II (1977) アライヴII
Dynasty (1979) 地獄からの脱出 Escape from Hell
Creatures of the Night (1982) 暗黒の神話(初期) / 地獄の回想(再発時)* Myth of Darkness / Recollection of Hell
Lick It Up (1983) 地獄の回想 (初期) ※邦題の混乱が見られる時期
Animalize (1984) アニマライズ (または地獄の狂獣の再利用例あり)
Sonic Boom (2009) ソニック・ブーム

*注:『Creatures of the Night』や『Lick It Up』、『Animalize』の邦題は、発売時期やレコード会社 (Victor, Polystar, Mercury/Universal) の変遷により、「地獄の~」が付いたり消えたり、重複して使われるなど複雑な履歴を持つ。例えば『Alive!』の邦題「地獄の狂獣」は、後に『Animalize』 や 『Jigoku-Retsuden』の文脈で想起されることもあるが、厳密なマッピングはコレクター間でも議論の対象となる。

8.3 日本独自のリリースとコラボレーション

KISSは日本市場向けに特別なプロダクトを数多く展開している。

  • 『The Originals (地獄の全貌)』 (1976): 初期3枚のアルバムをセットにし、漫画やステッカーなどの豪華特典を付けた日本限定ボックスセット。
  • 『Chikara (力)』 (1988): 1988年の来日公演 (Grand Slam Tour) に合わせてリリースされた日本限定ベスト盤。ジャケットには大きく漢字で「力」と書かれている。「I Was Made for Lovin' You」 のリミックス・バージョンなどレア音源が含まれ、世界中のコレクターが探し求めるアイテムとなっている。
  • 『Jigoku-Retsuden (地獄烈伝)』 (2008): 当時の現役メンバー (シモンズ、スタンレー、セイヤー、シンガー) により、往年の名曲を再録音したアルバム。当初は日本限定特典としてリリースされた。

21世紀のコラボレーション:

  • ももいろクローバーZ (Momoiro Clover Z): 2015年、KISSは日本のアイドルグループ「ももいろクローバーZ」とコラボレーション・シングル「夢の浮世に咲いてみな (Yume no UkiyoにSaitemina)」をリリースした。KISSが特定のアーティストと連名でシングルを出すのはキャリア史上初であった。MVではアニメーションと実写が融合し、ポール・スタンレーが百田夏菜子と握手するシーンなどが話題となった。
  • YOSHIKI (X JAPAN): 2019年の東京ドーム公演および大阪公演にて、X JAPANのYOSHIKIがサプライズ・ゲストとして登場。「Beth」でピアノを演奏し、「Rock and Roll All Nite」ではドラムを叩いた。さらに同年大晦日の『第70回NHK紅白歌合戦』に「YOSHIKI feat. KISS」 として出場し、お茶の間にもその姿を届けた。

9. ディスコグラフィ (Discography)

KISSの膨大な作品群から、主要なスタジオ・アルバムおよびライブ盤におけるデータと解説を記述する。チャート順位は主に米ビルボード (Billboard 200) および日本のオリコン (Oricon) を参照する。

9.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)

表2: スタジオ・アルバム一覧とチャート推移

タイトル(原題/邦題) US Chart 特記事項・主要曲
1974 KISS (地獄からの使者) #87 デビュー作。荒削りだが 「Strutter」 「Deuce」 「Black Diamond」 などライブの定番曲が満載。
1974 Hotter Than Hell (地獄のさけび) #100 重く暗いサウンド。「Parasite」 「Goin' Blind」。音質の悪さが逆にカルト的人気を呼ぶ。
1975 Dressed to Kill (地獄への接吻) #32 「Rock and Roll All Nite」収録。ニール・ボガートによるポップなプロデュース。
1976 Destroyer (地獄の軍団) #11 ボブ・エズリン製作。「Detroit Rock City」 「Beth」。芸術的頂点とされる。
1976 Rock and Roll Over (地獄のロックファイアー) #11 原点回帰。「Calling Dr. Love」 「Hard Luck Woman」。劇場録音によるライブ感。
1977 Love Gun (ラヴ・ガン) #4 4人全員が歌う初のアルバム。「Love Gun」「I Stole Your Love」。
1979 Dynasty (地獄からの脱出) #9 ディスコ路線。「I Was Made for Lovin' You」。ピーター・クリスの参加は1曲のみ。
1980 Unmasked (仮面の正体) #35 ポップ路線。「Shandi」。ピーターはクレジットのみで演奏不参加。
1981 Music From "The Elder" (~エルダー~ 魔界大決戦) #75 失敗作とされるコンセプト盤。ボブ・エズリンと再び組むも迷走。
1982 Creatures of the Night (暗黒の神話) #45 ヘヴィメタルへの回帰。「I Love It Loud」。エースはジャケットのみで演奏不参加。
1983 Lick It Up (地獄の回想) #24 素顔での初アルバム。「Lick It Up」。ヴィニー・ヴィンセントの貢献大。
1984 Animalize (アニマライズ) #19 「Heaven's on Fire」。マーク・セント・ジョン参加の唯一のスタジオ盤。
1985 Asylum (アサイラム) #20 「Tears Are Falling」。ブルース・キューリックが正式加入。派手な衣装の時代。
1987 Crazy Nights (クレイジー・ナイト) #18 「Crazy Crazy Nights」。キーボードを多用したポップ・メタル・サウンド。
1989 Hot in the Shade (ホット・イン・ザ・シェイド) #29 「Forever」がヒット。全15曲。エリック・カーがボーカルをとる曲もあり。
1992 Revenge (リヴェンジ) #6 エリック・カーの死を経て、エリック・シンガー加入。「Unholy」。硬派なサウンド。
1997 Carnival of Souls (カーニバル・オブ・ソウルズ) #27 グランジ路線。再結成前に録音され、お蔵入りしかけた作品。
1998 Psycho Circus (サイコ・サーカス) #3 オリジナル・メンバー再結成盤。実際にはセッション・ミュージシャンが多く参加。
2009 Sonic Boom (ソニック・ブーム) #2 11年ぶりの新作。セイヤー/シンガー体制。70年代スタイルへの回帰。
2012 Monster (モンスター) #3 ラスト・アルバム。「Hell or Hallelujah」。

9.2 主要ライブ・アルバム (Key Live Albums)

  • Alive! (地獄の狂獣) (1975): 全米9位。バンドの運命を変えた歴史的傑作。「生きた (Alive)」 臨場感と、スタジオでの修正 (オーバーダビング) のバランスが絶妙な魔法を生んだ。
  • Alive II (アライヴII) (1977): 全米7位。ライブ3面+スタジオ新曲1面の構成。絶頂期の記録。
  • Alive III (アライヴIII) (1993): 全米9位。ブルース・キューリック&エリック・シンガー時代のタイトでテクニカルな演奏を収録。
  • KISS Symphony: Alive IV (2003): メルボルン交響楽団との共演。

10. マーケティングとKISSアーミー (KISS Army)

10.1 KISS アーミーの起源

KISSアーミーは、1975年にインディアナ州テレホート (Terre Haute, Indiana) で誕生した。地元のラジオ局WVTSがKISSの曲をかけるのを拒否したことに腹を立てたビル・スターキー (Bill Starkey) とジェイ・エヴァンス (Jay Evans) という二人のファンが、ラジオ局に電話攻勢をかけ、「我々はKISSアーミーだ」と名乗ったことが始まりである。この草の根運動を知ったバンド側は、これを公式ファンクラブの名称として採用した。

10.2 究極のマーチャンダイズ: KISS Kasket

KISSは3,000種類以上(5,000種類以上とも言われている)の商品をライセンス販売しているが、その中でも最も極端な例が「KISS Kasket (キッス・キャスケット)」と呼ばれる棺桶である。2001年に発売されたこの棺桶は、防水仕様で、生前はビールクーラーとしても使用可能と宣伝(ジョーク的な表現)された。パンテラ (Pantera) のギタリスト、ダイムバッグ・ダレル (Dimebag Darrell) と、その兄ヴィニー・ポール (Vinnie Paul) は、このKISS Kasketに納められて埋葬された。

11. Conclusion

KISSの歴史は、拒絶に対する勝利の歴史である。KISSは初期には批評家から酷評され、ラジオ局からは無視され、PTAからは悪魔崇拝だと弾劾された。しかし、KISSはファン (KISSアーミー) との直接的な結びつきと、妥協のないエンターテインメント精神によって、それら全ての障害を乗り越えた。

2014年のロックの殿堂 (Rock and Roll Hall of Fame) 入りを経て、2023年に物理的なステージ活動を終えたKISSは、今やデジタル・アバターとなり、時間と肉体の制約を超越しようとしている。ジーン・シモンズがかつて語ったように、「KISSは単なるバンドではない。ブランドであり、ライフスタイルである」。その言葉通り、KISSという概念は、メンバーの肉体が滅びた後も、音楽産業の中に巨大な足跡として残り続けるであろう。

Trivia

日本盤のKISSには、原題とは別の邦題が長く付けられてきた。1975年のライヴ盤『Alive!』は『地獄の狂獣』、翌年の『Destroyer』は『地獄の軍団』、そして1983年にメイクを落とした『Lick It Up』は『地獄の回想』である。「地獄」を冠するこの命名は日本盤に固有のもので、原題の語義とは必ずしも対応していない。

出典: UNIVERSAL MUSIC JAPAN 商品ページ「アライヴ!~地獄の狂獣」

『Destroyer』は、KISSにとって発売初年度に100万枚を売った初めてのアルバムであり、スタジオ作としては歴代最高の売上を記録した作品でもある——これはレーベルであるユニバーサル ミュージック ジャパンが商品ページに明記している事実である。45周年記念エディションの日本盤には、SHM-CD仕様という日本盤固有の仕様に加え、先着購入者特典として1977年のKISS初来日公演の告知ポスターを復刻したB2ポスターが付けられた。

出典: UNIVERSAL MUSIC JAPAN 商品ページ「地獄の軍団 - 45周年記念デラックス・エディション」

1977年の初来日で、KISSは羽田空港に降り立つまでに約3時間を要している。ウドー音楽事務所の高橋辰雄によれば、彼らを乗せたパンアメリカン機の機体にはパンナムのロゴと並んでKISSのロゴが描かれていた。プライヴェート・ジェットではなく、半分貸し切りの状態で一般客も乗っていたという。機内では素顔だった四人はメイクをしてから降りようとしたが、入国審査でパスポートの写真と同一人物か確認できないという話になり、いったん機内に戻ってメイクを落とし、手続きを済ませ、また機内でメイクを直してから出てきた。到着ロビーで待っていた数百人のファンは、その間にもう帰ろうとしていたところだった。

出典: BARKS「今だからこそ明かされる、KISS来日公演秘話」

1977年の初来日でKISS一行が滞在したのは、東京のホテルオークラだった。ウドー音楽事務所の高橋辰雄によれば、同ホテルは国賓を迎えた実績はあってもロック・バンドを泊めたことがなく、受け入れにあたって条件が付いた。1フロアを丸ごと押さえて他の階へは行かせないこと、そしてすべての出入り口に制服の警備員を24時間配置すること。一行は35〜36人ほどで、同じ階の余った部屋も招聘元が借り上げねばならなかった。空港からホテルへ向かうリンカーン・コンチネンタルは人だかりに囲まれ、フロントガラスの前が埋まって前が見えないほどだったという。

出典: BARKS「今だからこそ明かされる、KISS来日公演秘話」

1977年の初来日中、KISSの四人はほとんど外出しなかった。ウドー音楽事務所の高橋辰雄は、彼らが全神経と体力をステージに集中させていたためだと説明している。ホテルの部屋で素顔のまま軍服などを着て写真を撮り合って遊んでいたことが一度あり、ジーン・シモンズとポール・スタンレーを連れて銀座へ買い物に出たこともあった。そのときポールがKISSのロゴ入りTシャツを着てきて、ジーンが怒ったという。二人ともブーツ抜きでも背が高く、それだけで目立つ、というのが理由である。エースは部屋で酒を飲み、ピーターはドラムを練習し、ポールは曲を書いていた。薬物とはまったく無縁だった、と高橋は述べている。

出典: BARKS「今だからこそ明かされる、KISS来日公演秘話」

KISSの来日公演は、1977年の初来日から2019年のツアーまで通算12回を数え、そのすべてをウドー音楽事務所が手掛けてきた。素顔のKISSが初めて日本に来たのは1988年で、以後の来日を担当した同社の重冨章二は、当時「自分の知っているKISSとは違う」という印象を受けたと語っている。火薬をふんだんに使うライヴであることは変わらないのに、メイクがないだけで別人のように感じられたのだという。

出典: BARKS「今だからこそ明かされる、KISS来日公演秘話」

日本でKISSのショウを行うには、消防法という固有の制約がある。ウドー音楽事務所の重冨章二によれば、天井から火柱を何メートルまで上げてよいかが決められており、一度の特殊効果で使える火薬の量も、公演全体で使える総量も上限がある。そのため、この演出を減らして別の演出を増やすといった調整が毎回必要になる。さらにKISSの公演には必ず消防の担当者が立ち会い、ジーン・シモンズが火を吹く場面が確認される。初来日以来一度も事故は起きておらず信頼関係も築かれているが、それでも担当者は見に来るのだという。

出典: BARKS「今だからこそ明かされる、KISS来日公演秘話」

『Hotter Than Hell』の歌詞は、英語と日本語の両方で印刷されていた。日本のファンへの感謝を示すためだったとされる。KISSがこのアルバムを出した1974年10月の時点で、彼らはまだ日本を訪れていない。初来日はその2年半後の1977年である。

出典: Songfacts「Kiss Artistfacts」

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THE POWER OF 3、オリアンティらの新トリオがデビュー作を12月11日に発売

オリアンティ(Gt/Vo)、シンディ・ブラックマン・サンタナ(Dr)、ロンダ・スミス(Ba)による新バンドで、She2Musicよりリリース。プロデュースはエディ・クレイマー(ジミ・ヘンドリックス、デヴィッド・ボウイ、KISSほか)で、カルロス・サンタナがゲスト参加する。全編アナログ録音。同時に両A面デビュー・シングル「War In The Streets」/「Treat Me Like A Lady」が各配信サービスで公開された。

出典: Blabbermouth(2026年8月26日)

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SHOGUN MOJO、デビュー・アルバムを11月6日に発売 KISSのトミー・セイヤーとダン・リードの新バンド

KISSのギタリスト、トミー・セイヤーとDAN REED NETWORKのダン・リードによる新プロジェクト。セルフタイトル作をFrontiers Music srlより発売し、先行曲「Under The Gun」のミュージック・ビデオを公開した。

出典: Blabbermouth(2026年8月25日)

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KISSのPaul StanleyとGene Simmons、8月15日にエンゼル・スタジアムで始球式

ロサンゼルス・エンゼルス対カンザスシティ・ロイヤルズ戦にエンゼルスの招待で登場する。試合後にはKISSをテーマにした花火が予定されている。

出典: Blabbermouth(2026年8月10日)

KISS公式ファン祭典「50 Years Of Kiss In Germany」にTommy ThayerとDoro Peschが登場

10月30日、デュッセルドルフのMitsubishi Electric Halleで開催。

出典: Blabbermouth(2026年8月4日)

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Albums

Monster CD
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飾りを削ぎ落とした太いリフとコーラスで、KISSがロックンロールの直進力を取り戻した一作。

Sonic Boom CD
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往年のKISSらしい直球リフと大合唱コーラスを、現代的な手触りで再点火した復活作。

Psycho Circus CD
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大合唱コーラスと太いリフを前面に置き、KISSがロックンロールの祝祭感を再点火した一作。

Carnival of Souls: The Final Sessions CD
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陰鬱なリフと重いグルーヴで、KISSが90年代のオルタナティヴな空気へ接近した異色作。

Revenge CD
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太いリフと荒々しいビートで、KISSが80年代の華やかさから離れ、より重いロックへ戻った第十六作。

Hot in the Shade CD
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多彩なソングライティングと大合唱バラードを交え、KISSが90年代へ向かう過渡期を刻んだ一作。

Crazy Nights CD
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シンセサイザーと大合唱コーラスを取り入れ、KISSが80年代型アリーナ・ロックへ振り切った一作。

Asylum CD
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華やかな80年代サウンドと大きなコーラスをまとい、KISSがノンメイク期の勢いを広げた第13作。

Animalize CD
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鋭いギターと大合唱コーラスで、KISSがノンメイク期の勢いを決定付けた第12作。

Lick It Up CD
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太いリフと大合唱コーラスで、KISSが新たな姿と共にロックンロールの勢いを取り戻した第十一作。

Creatures of the Night CD
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重低音のリフと強靭なドラムで、KISSがヘヴィな輪郭を取り戻した第十作。

Music from 'The Elder' CD
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オーケストラと物語性を導入し、KISSが従来のロックンロール像を大きく離れたコンセプト作。

Unmasked CD
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鮮やかなコーラスとポップな感触を前面に置き、KISSがメロディの強さを見せた第八作。

Dynasty CD
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ダンス・ビートとポップなメロディを大胆に取り込み、KISSが新たな時代感覚を打ち出した第7作。

Gene Simmons CD
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KISS本体とは異なる個性を前面に出した、1978年ソロ4部作の一枚。

Ace Frehley CD
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KISS本体とは異なる個性を前面に出した、1978年ソロ4部作の一枚。

Peter Criss CD
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KISS本体とは異なる個性を前面に出した、1978年ソロ4部作の一枚。

Paul Stanley CD
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KISS本体とは異なる個性を前面に出した、1978年ソロ4部作の一枚。

Love Gun CD
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大きなコーラス、太いリフ、4人の個性を結び、KISSが黄金期の勢いを頂点へ押し上げた第6作。

Rock and Roll Over CD
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『Destroyer』の大作志向から一転し、KISSが短く強いロックンロールへ立ち返った第5作。

Destroyer CD
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ボブ・エズリンの劇的なプロダクションで、KISSが音楽性とスケールを大きく広げた第4作。

Dressed to Kill CD
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短く鋭いロックンロールと大衆的なフックで、KISSがライヴの熱量を凝縮した第3作。

Hotter Than Hell CD
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より暗く重い音像と生々しいリフで、KISSが初期衝動をさらに荒々しく押し出した第二作。

Kiss CD
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太いギター、4人の個性、ライヴの熱気を凝縮し、KISSが鮮烈に登場したデビュー作。