JUDAS PRIEST

英国のバーミンガム (Birmingham) は、産業革命の中心地として知られ、工場の喧騒と重厚な機械音が鳴り響く都市である。

Biography

ジューダス・プリースト (JUDAS PRIEST)
ヘヴィメタルの創世記から現代に至るバイオグラフィ

1. 産業革命の地が生んだ鋼鉄の神

英国のバーミンガム (Birmingham) は、産業革命の中心地として知られ、工場の喧騒と重厚な機械音が鳴り響く都市である。この環境的要因が、ブラック・サバス (Black Sabbath) と並び、ヘヴィメタル (Heavy Metal) という音楽ジャンルの形成に決定的な影響を与えたことは、音楽史における定説となっている。そのバーミンガムから1969年に登場したジューダス・プリースト (JUDAS PRIEST) は、半世紀以上にわたる活動の中で、ブルース・ロック (Blues Rock) の影響を脱し、鋭利なツイン・リード・ギター、ハイトーン・ヴォーカル、そしてレザーとスタッド (Leather and Studs) という視覚的スタイルを確立することで、ヘヴィメタルを「ジャンル」として定義づけた最も重要な存在である。

2. 黎明期: 結成とアイデンティティの模索 (1969-1974)

2.1 オリジナル・ジューダス・プリースト (1969-1970)

ジューダス・プリーストの歴史は、現在のラインナップとは異なる前身バンドから始まる。1969年、ウェスト・ミッドランズ (West Midlands) にて、ヴォーカルのアル・アトキンス (Al Atkins) を中心に結成されたこのバンドは、当初「The Jug Blues Band」という名前で活動していたが、すぐに改名を模索した。

ベーシストのブルーノ・ステイペンヒル (Bruno Stapenhill) が、ボブ・ディラン (Bob Dylan) のアルバム『ジョン・ウェズリー・ハーディング (John Wesley Harding)』に収録された楽曲「フランキー・リーとジュダス・プリーストのバラッド (The Ballad of Frankie Lee and JUDAS PRIEST)」から着想を得て、「ジューダス・プリースト (JUDAS PRIEST)」というバンド名を提案した。この第一期ラインナップには、ギタリストのジョン・ペリー (John Perry)(アーニー・チャタウェイ (Ernie Chataway) に交代)、ドラマーのジョン・パートリッジ (John Partridge) が名を連ねていた。彼らはパルス・レコード (Pulse Records) と契約しデモを録音したが、商業的成功には至らず、1970年に解散した。

2.2 「フレイト」との融合と新生ジューダス・プリーストの誕生 (1970-1973)

バンド解散後、アル・アトキンス (Al Atkins) は、リハーサル・ルームを探している最中に、ギタリストのケネス・“K.K.”・ダウニング (Kenneth "K.K." Downing)、ベーシストのイアン・ヒル (Ian Hill)、ドラマーのジョン・エリス (John Ellis) からなるバンド「フレイト (Freight)」と出会う。アトキンスは彼らに合流し、バンド名を「ジューダス・プリースト」とすることを提案した。アトキンスが既にその名前の権利を所有していたためである。これにより、K.K.ダウニングとイアン・ヒルという、後のバンドの核となるメンバーを含む「第二期」ジューダス・プリーストが始動した。

この時期、バンドはドラマーの頻繁な交代に悩まされた。ジョン・エリスが1971年に脱退すると、アラン・ムーア (Alan "Skip" Moore)、次いでクリス・“コンゴ”・キャンベル (Chris "Congo" Campbell) が加入した。バンドはシン・リジィ (Thin Lizzy) やバッジー (Budgie) などの前座を務めながら英国内をツアーし、徐々にファンベースを築いていった。しかし、バンドの財政状況は極めて厳しく、家族を養う必要に迫られたアトキンスは1973年に脱退を余儀なくされる。

2.3 ロブ・ハルフォードの加入とラインナップの完成 (1973-1974)

アトキンスの脱退によりバンドは存続の危機に瀕したが、イアン・ヒル (Ian Hill) が当時交際していた女性(後の妻)の兄であるロブ・ハルフォード (Rob Halford) をヴォーカリストとして推薦した。ハルフォードは以前「ヒロシマ (Hiroshima)」というバンドで活動しており、彼と共にドラマーのジョン・ヒンチ (John Hinch) もジューダス・プリーストに加入することとなった。

1974年、バンドはガル・レコード (Gull Records) と契約を結ぶ。この際、レーベル側からサウンドに厚みを持たせるためにキーボード奏者かもう一人のギタリストを加えるよう提案があった。バンドはギタリストを選択し、イアン・ヒルと同じ学校に通っていたグレン・ティプトン (Glenn Tipton) が加入した。彼は当時「フライング・ハット・バンド (The Flying Hat Band)」で活動しており、ブラック・サバスのマネージメント会社とも繋がりがあった。

こうして、ロブ・ハルフォード (Vo)、K.K.ダウニング (Gt)、グレン・ティプトン (Gt)、イアン・ヒル (Ba) という、黄金時代を築く4人の核が完成したのである。

3. ガル・レコード時代の苦闘と飛躍 (1974-1977)

3.1 デビュー・アルバム『ロッカ・ローラ』 (1974)

1974年9月6日、デビュー・アルバム『ロッカ・ローラ (Rocka Rolla)』がリリースされた。プロデュースはサバスの初期作品を手掛けたロジャー・ベイン (Rodger Bain) が担当した。しかし、このアルバムはバンドにとって不本意な結果となった。ベインとバンド間には意見の相違があり、サウンド・プロダクションもフラットで迫力に欠けるものであった。アルバム・ジャケットもコカ・コーラ (Coca-Cola) のパロディのようなデザインで、バンドが目指すヘヴィなイメージとは乖離していた。

音楽的にはレッド・ツェッペリン (Led Zeppelin) やクイーン (Queen) の影響を感じさせるプログレッシブな要素やブルース色が強く、後のスタイルとは異なるが、10分を超える大作「ラン・オブ・ザ・ミル (Run of the Mill)」などにはティプトンの作曲能力の片鱗が見られる。

3.2 転換点となる傑作『運命の翼』(1976)

1976年3月、2作目のアルバム『運命の翼 (Sad Wings of Destiny)』がリリースされた。この作品は、バンドの歴史のみならず、ヘヴィメタル史上における最重要アルバムの一つと位置づけられている。

ドラマーはジョン・ヒンチが解雇され、アラン・ムーア (Alan Moore) が復帰していた。本作においてバンドはブルースの影響を完全に排除し、ドラマティックで重厚、かつ鋭利なサウンドを確立した。「生け贄 (Victim of Changes)」におけるハルフォードのオペラティックなヴォーカルと重厚なリフの展開、「切り裂きジャック (The Ripper)」の演劇的な恐怖感、「虐殺 (Genocide)」の攻撃性は、後のNWOBHM (New Wave of British Heavy Metal) やスラッシュ・メタルに多大な影響を与えた。

しかし、芸術的な達成とは裏腹に、バンドの経済状況は破綻寸前であった。ガル・レコードとの契約はバンドに極めて不利であり、メンバーは日々の食事にも困る生活を強いられていた。世界的な成功を掴むためには、強力なマネージメントとメジャー・レーベルとの契約が不可欠であると判断したバンドは、ガル・レコードとの契約破棄を決断する。その代償として、初期2作の権利とデモ音源のすべてを放棄せざるを得なかった。

4. CBS移籍とヘヴィメタル・スタイルの確立 (1977-1979)

4.1 『背信の門』とサイモン・フィリップスの超絶技巧 (1977)

メジャー・レーベルであるCBSレコード (CBS Records)(現ソニー・ミュージック)と契約したバンドは、1977年に『背信の門 (Sin After Sin)』をリリースした。プロデューサーにはディープ・パープル (Deep Purple) のロジャー・グローヴァー (Roger Glover) が起用された。

このレコーディング直前にアラン・ムーアが脱退したため、セッション・ドラマーとして当時19歳のサイモン・フィリップス (Simon Phillips) が参加した。フィリップスの高度なテクニック、特に「異端からの反撃 (Dissident Aggressor)」で見せたダブル・バス・ドラム(ツーバス)の連打は、バンドのサウンドに前例のない推進力を与え、後のスピード・メタルのドラミングの基礎を築いた。また、ジョーン・バエズ (Joan Baez) のカバー「ダイアモンズ・アンド・ラスト (Diamonds and Rust)」は、メタルの様式美で再構築され、ライブの定番曲となった。

4.2 『ステンド・クラス』とレス・ビンクスの加入 (1978)

『背信の門』のツアーのために、バンドは新たな正規ドラマーとしてレス・ビンクス (Les Binks) を迎えた。彼は技術的に非常に優れたドラマーであり、1978年の『ステンド・クラス (Stained Class)』においてその才能を遺憾なく発揮した。

『ステンド・クラス』は、バンドの中で最もダークで硬質な作品と評される。「エキサイター (Exciter)」におけるビンクスの高速ドラミングは、スラッシュ・メタルの原型とされ、「彼方の守護者 (Beyond the Realms of Death)」はメタル・バラードの傑作として知られる。また、このアルバムで現在も使用されているアイコニックなバンド・ロゴが初めて採用された。

4.3 『殺人機械』とレザー・ファッションの導入 (1978)

同年後半にリリースされた『殺人機械 (Killing Machine)』(米国盤タイトルは『Hell Bent for Leather』)で、バンドはよりコンパクトでキャッチーな楽曲構成へとシフトした。

この時期、ロブ・ハルフォードは自身のステージ衣装を一新する。ロンドンのS&Mショップで購入したレザー・ジャケット、キャップ, スタッド(鋲)、鞭、そしてハーレーダビッドソン (Harley-Davidson) のバイクをステージに持ち込むスタイルを確立した。これはゲイ・カルチャーのレザー・シーンに由来するものであったが、ハルフォードのカリスマ性により、瞬く間に「ヘヴィメタルの正装」として世界中のメタル・ファンやバンドに波及した。

ドラマーのレス・ビンクスは、バンドが志向するシンプルな方向性と自身の技巧的なスタイルの不一致により脱退し、後任には元トラピーズ (Trapeze) のデイヴ・ホランド (Dave Holland) が加入した。

4.4 『イン・ジ・イースト』でのライブ・バンドとしての証明 (1979)

1979年、初のライブ・アルバム『イン・ジ・イースト (Unleashed in the East)』がリリースされた。同年2月の東京厚生年金会館 (Koseinenkin Hall) と中野サンプラザ (Nakano Sun Plaza) での公演を収録した本作は、バンドの圧倒的な演奏力を世界に知らしめた。一部ヴォーカルの差し替え疑惑 ("Unleashed in the Studio"と揶揄されることもある) が存在するものの、そのエネルギーと完成度はヘヴィメタル・ライブ・アルバムの金字塔として揺るぎない評価を得ている。

5. 黄金時代: 世界制覇とNWOBHMの頂点 (1980-1984)

5.1 『ブリティッシュ・スティール』: メタルの教科書 (1980)

1980年4月、アルバム『ブリティッシュ・スティール (British Steel)』がリリースされた。この作品は、当時台頭していたNWOBHM (New Wave of British Heavy Metal) ムーブメントと呼応し、無駄を削ぎ落としたシンプルかつ強靭なリフ主体のサウンドを提示した。

  • レコーディング背景: レコーディングは、バークシャー州アスコット (Ascot, Berkshire) にあるティッテンハースト・パーク (Tittenhurst Park) で行われた。ここはかつてジョン・レノン (John Lennon) が所有し(アルバム『イマジン』の録音場所)、当時はリンゴ・スター (Ringo Starr) が所有していた邸宅スタジオである。
  • アナログな効果音: 当時はサンプリング技術が未発達であったため、バンドは屋敷内の物品を使用して効果音を作成した。「ブレイキング・ザ・ロウ (Breaking the Law)」のガラスが割れる音には牛乳瓶を、「メタル・ゴッズ (Metal Gods)」の行進音にはカトラリー(ナイフやフォーク)を入れた引き出しを揺らす音や、ビリヤードのキューを振る風切り音が使用された。
  • アートワーク: ロズラウ・ザイボ (Rosław Szaybo) が手掛けた、巨大なカミソリの刃を手で掴むジャケット・デザインは、ヘヴィメタルの鋭さと危険性を象徴するアイコンとなった。

「リヴィング・アフター・ミッドナイト (Living After Midnight)」や「ブレイキング・ザ・ロウ」といった楽曲はラジオでも大ヒットし、バンドはアリーナ・クラスの地位を確立した。

5.2 アメリカ市場の制圧: 『復讐の叫び』 (1982)

1981年の『黄金のスペクトル (Point of Entry)』でのアメリカン・ロック寄りな実験を経て、1982年の『復讐の叫び (Screaming for Vengeance)』でバンドは全米チャートを席巻した。アルバムは全米ビルボード・チャートで17位を記録し、ダブル・プラチナムを獲得した。

シングル「ユーヴ・ガット・アナザー・シング・カミング (You've Got Another Thing Comin')」の大ヒットにより、アメリカのラジオ局でのエアプレイが急増。1983年の「USフェスティバル (US Festival)」では、ヴァン・ヘイレン (Van Halen) やスコーピオンズ (Scorpions) と共に30万人の観衆の前で演奏し、ヘヴィメタル・ブームの頂点を極めた。

5.3 『背徳の掟』(1984)

1984年の『背徳の掟 (Defenders of the Faith)』は、前作の成功路線を継承しつつ、より硬質でメタリックなサウンドを追求した。「フリーホイール・バーニング (Freewheel Burning)」の高速リフや、「センチネル (The Sentinel)」のドラマティックな構成は、バンドの演奏技術と作曲能力がピークに達していたことを示している。バンドは架空のキャラクター「メタリアン (The Metallian)」をステージセットに導入し、巨大なセットでのスペクタクルなショーを展開した。

6. 実験と混迷の時代 (1986-1989)

6.1 『ターボ』とギターシンセサイザー論争 (1986)

1986年の『ターボ (Turbo)』で、バンドは大胆な方向転換を図った。当時最新鋭のテクノロジーであったギターシンセサイザーを全面的に導入し、歌詞やファッションもより華やかでアメリカンなものへと変化させた。

「ターボ・ラヴァー (Turbo Lover)」などの楽曲は新たなファン層を獲得し、商業的には成功を収めたが、硬派なメタル・ファンからは「商業主義的だ」「ポップになりすぎた」という批判も浴びた。この時期のツアーを記録したライブ・アルバム『プリースト・・・ライヴ! (Priest...Live!)』 (1987) は、当時の煌びやかなアリーナ・ロックの空気を伝えている。

6.2 『ラム・イット・ダウン』とデイヴ・ホランドの脱退 (1988)

1988年の『ラム・イット・ダウン (Ram It Down)』は、『ターボ』のポップさと初期のヘヴィさを融合させ、ハードな路線への回帰を目指した作品である。チャック・ベリー (Chuck Berry) のカバー「ジョニー・B.グッド (Johnny B. Goode)」が映画主題歌として収録されたが、一部のドラム・パートにドラム・マシンが使用されるなど、バンド内部の制作体制には変化が生じていた。

1989年、長年ドラマーを務めたデイヴ・ホランド (Dave Holland) が脱退した。公式には健康上の理由や家族の問題とされたが、バンドが求めるより高度で高速な演奏スタイルへの対応が困難になっていたという音楽的な理由も背景にあったとされる。

7. 1990年のサブリミナル・メッセージ裁判

ジューダス・プリーストの歴史において、音楽活動以外で最も大きな注目を集めたのが、1990年にネバダ州リノ (Reno, Nevada) で行われた裁判である。これは表現の自由と科学的根拠を巡る歴史的な争点となった。

7.1 事件の背景

1985年12月23日、ネバダ州スパークス (Sparks) に住む2人の若者、レイモンド・ベルナップ (Raymond Belknap, 18歳) とジェームズ・ヴァンス (James Vance, 20歳) が、地元の教会の裏にある公園で飲酒と薬物摂取を行った後、ショットガンを用いて自殺を図った。ベルナップは即死し、ヴァンスは顔面を激しく損傷したものの生存したが、3年後の1988年に薬物の合併症により死亡した。

7.2 訴訟内容と争点

遺族は、二人が自殺を図る直前に聴いていたジューダス・プリーストの1978年のアルバム『ステンド・クラス (Stained Class)』に収録された「ベター・バイ・ユー、ベター・ザン・ミー (Better by You, Better than Me)」 (スプーキー・トゥース (Spooky Tooth) のカバー曲) に、自殺を誘発するサブリミナル・メッセージ(潜在意識への刷り込み)が含まれていたとして、バンドとCBSレコードを相手取り民事訴訟を起こした。

原告側の主張は、曲中に「Do it (やれ/殺れ)」という命令がバックマスキング(逆再生)や特殊な音響処理によって埋め込まれており、これが判断能力の低下した若者たちの自殺行動を引き金となったというものであった。

7.3 裁判の経過と科学的実証

1990年7月16日に開廷した裁判は、ジェリー・カー・ホワイトヘッド (Jerry Carr Whitehead) 判事の下で行われた。判事は予備審問で「サブリミナル・メッセージは憲法修正第1条(言論の自由)の保護対象外である」との判断を下したため、バンド側は「メッセージが存在しないこと」を科学的に証明する必要に迫られた。

  • ロブ・ハルフォードの証言: ハルフォードは法廷で証言台に立ち、問題の箇所を再生しながら解説した。彼は、聞こえる音は「ドラムのハイハットの音と自身の息継ぎの音が偶然重なったもの」であり、意図的な言葉ではないと主張した。
  • 逆再生のデモンストレーション: バンド側は、他の楽曲も逆再生し、「I asked for a peppermint (ペパーミントを頼んだ)」や「Hey ma, my chair is broken (ママ、僕の椅子が壊れてる)」といった無意味なフレーズが聞こえることを実演した。これにより、逆再生による聴覚心理的な錯覚(パレイドリア効果)であることを陪審員や判事に印象付けた。

7.4 判決

1990年8月24日、ホワイトヘッド判事は原告の訴えを棄却する判決を下した。判決文では、問題の音は「ギターコードと呼気パターンの偶然の収束」であり、意図的なサブリミナル・コマンドは存在しないと結論付けられた。この勝利は、後の音楽業界における同様之訴訟リスクに対する重要な防波堤となったが、バンドにとっては精神的・時間的に大きな負担となった。

8. 『ペインキラー』の衝撃とハルフォードの脱退 (1990-1992)

8.1 スコット・トラヴィスの加入と『ペインキラー』 (1990)

裁判の重圧から解放されたバンドは、新ドラマーとしてアメリカのテクニカル・メタル・バンド、レーサーX (Racer X) 出身のスコット・トラヴィス (Scott Travis) を迎えた。トラヴィスの加入はバンドにとって革命的であった。彼の精緻かつ超高速のダブル・バス・ドラミングは、バンドにスラッシュ・メタルにも対抗しうる攻撃性を与えた。

1990年にリリースされた『ペインキラー (Painkiller)』は、これまでの実験的要素を一掃し、メタル純度を極限まで高めた傑作となった。タイトルトラック「ペインキラー」のイントロにおける激しいドラム・ソロと、ハルフォードの超人的なハイトーン・スクリームは、メタルの新たなスタンダードを提示した。

8.2 ロブ・ハルフォードの脱退 (1992)

『ペインキラー』に伴うワールド・ツアーは大成功を収めた(1991年のロック・イン・リオ (Rock in Rio) でのジューダス・プリーストのパフォーマンスは伝説となっている)が、その裏でバンド内の緊張は高まっていた。

1992年、ロブ・ハルフォードがバンドを脱退するという衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。当初、ハルフォードはソロ・プロジェクトの活動許可を求めていただけであったが、マネージメントやレコード会社との契約上の問題、コミュニケーションの齟齬が重なり、結果として脱退という形になった。後にハルフォードは、自身のセクシュアリティ(ゲイであること)を隠して活動することへの精神的負担や、バンドという閉鎖的な環境からの解放感を求めていたことも理由の一つであったと語っている。

ハルフォードはその後、パンテラ (Pantera) の影響を受けたグルーヴ・メタル・バンド「ファイト (Fight)」、インダストリアル・プロジェクト「ツー (2wo)」、そして正統派メタルへの回帰を示したソロ・バンド「ハルフォード (Halford)」を結成し活動した。1998年にはMTVのインタビューで自身がゲイであることを公表した。

9. 「リッパー」オーウェンズと暗黒の時代 (1996-2003)

9.1 ティム・“リッパー”・オーウェンズの抜擢

ハルフォードという絶対的なフロントマンを失ったバンドは数年間の活動休止を経て、後任ヴォーカリストのオーディションを行った。白羽の矢が立ったのは、オハイオ州で活動していたジューダス・プリーストのトリビュート・バンド「ブリティッシュ・スティール (British Steel)」のヴォーカル、ティム・“リッパー”・オーウェンズ (Tim "Ripper" Owens) であった。

ドラマーのスコット・トラヴィスがオーウェンズのビデオテープをメンバーに見せたことがきっかけとなり、彼はオーディションを経て正式加入した。この「ファンが憧れのバンドに加入する」というシンデレラ・ストーリーは、2001年のマーク・ウォールバーグ (Mark Wahlberg) 主演映画『ロック・スター (Rock Star)』のモデルとなった(ただし、バンド側はこの映画の制作には関与しておらず、内容はフィクションであると強調している)。

9.2 『ジャギュレイター』と『デモリッション』

1997年、オーウェンズ加入後初のアルバム『ジャギュレイター (Jugulator)』がリリースされた。ダウン・チューニングを多用した重くダークなサウンドは、当時のモダン・ヘヴィネス(グルーヴ・メタル)の影響を色濃く反映していた。オーウェンズのヴォーカルはハルフォードに匹敵する音域とパワーを持っていたが、楽曲のスタイル変化に戸惑う旧来のファンも多かった。

続く2001年の『デモリッション (Demolition)』でも同様の路線が踏襲されたが、商業的な成功は限定的であった。ロンドンでのライブを収録した『Live in London』 (2003) などの映像作品も残されているが、バンドはかつてのようなアリーナ・ツアーを行う規模を維持できなくなっていた。

10. 再結成と『ノストラダムス』の野心 (2003-2010)

10.1 メタル・ゴッドの帰還 (2003)

2003年7月、多くのファンが待ち望んだロブ・ハルフォードの復帰が正式に発表された。バンドとハルフォードは2000年代初頭から連絡を取り合い、関係修復を進めていた。ティム・オーウェンズは友好的にバンドを離れ、その後アイスド・アース (Iced Earth) やイングヴェイ・マルムスティーン (Yngwie Malmsteen) のバンドで活動した。

10.2 『エンジェル・オブ・レトリビューション』 (2005)

2005年、ハルフォード復帰作となる『エンジェル・オブ・レトリビューション (Angel of Retribution)』がリリースされた。オープニング曲「ジューダス・ライジング (Judas Rising)」は、バンドの復活を高らかに宣言する強力なアンセムであり、アルバムは世界各国のチャートで上位にランクインした。日本武道館でのライブを収録したDVD『ライジング・イン・ジ・イースト (Rising in the East)』もリリースされ、完全復活を印象付けた。

10.3 コンセプト・アルバム『ノストラダムス』 (2008)

2008年、バンドはキャリア初の2枚組コンセプト・アルバム『ノストラダムス (Nostradamus)』を発表した。16世紀の予言者ノストラダムスの生涯を描いた本作は、オーケストラやキーボードを多用したシンフォニックで壮大な作品となった。賛否両論はあったものの、バンドの衰えぬ創造的野心を示す記念碑的な作品となった。

11. K.K.ダウニングの離脱とリッチー・フォークナーの登場 (2011-2017)

11.1 K.K.ダウニングの衝撃的な引退 (2011)

2011年4月、結成以来バンドのサウンドを支えてきたオリジナル・メンバーのK.K.ダウニング (K.K. Downing) が、ワールド・ツアー「エピタフ (Epitaph)」を前に突如バンドを脱退した。

当初は「引退」と発表されたが、後にダウニングは回顧録やインタビューで、バンド運営やマネージメントへの不満、グレン・ティプトンとの関係悪化、そして演奏クオリティへの懸念などが複合的な理由であったことを明かしている。特に、バンドへの復帰を望んだ際に無視されたと感じたことなど、後の確執へと繋がっていった。

11.2 リッチー・フォークナーの加入

ダウニングの後任には、当時31歳の若手ギタリスト、リッチー・フォークナー (Richie Faulkner) が抜擢された。彼はローレン・ハリス (Lauren Harris) のバンドなどで活動していた。バンドからの最初のコンタクト (Eメール) をスパムだと思って削除し続けたという逸話があるが、最終的にオーディションを経て加入した。

フォークナーの若々しいエネルギーと確かなテクニック、そしてステージでの華やかなパフォーマンスは、バンドに新たな生命を吹き込んだ。「エピタフ・ツアー」は大成功を収め、当初「さよならツアー」と銘打たれていたものの、バンドは活動継続を決意する。

11.3 『贖罪の化身』 (2014)

2014年、フォークナーが作曲プロセスにも全面的に参加したアルバム『贖罪の化身 (Redeemer of Souls)』がリリースされた。この作品は、クラシックなジューダス・プリーストのスタイルへの回帰を示し、全米チャートでバンド史上最高位となる6位を記録した。

12. 試練と栄光: 『ファイアーパワー』から『インヴィンシブル・シールド』へ (2018-現在)

12.1 グレン・ティプトンの闘病とアンディ・スニープ (2018)

2018年、ニュー・アルバム『ファイアーパワー (Firepower)』のリリース直前に、グレン・ティプトン (Glenn Tipton) が10年前からパーキンソン病 (Parkinson's disease) を患っており、病状の進行によりツアーへの参加が困難であることが公表された。

バンドは、アルバムのプロデューサーであり、サバト (Sabbat) やヘル (Hell) のギタリストとしても知られるアンディ・スニープ (Andy Sneap) をツアー・ギタリストとして起用することを決定した。ティプトンは正式メンバーとして留まり、体調の良い日にはアンコールでステージに登場して演奏を披露するなど、病と闘いながら活動を続けている。

12.2 『ファイアーパワー』の大絶賛

『ファイアーパワー』は、プロデューサーのトム・アロム (Tom Allom) とアンディ・スニープの共同制作により、クラシックな重厚さと現代的なクリアさを完璧に融合させた作品となった。批評家やファンからは「『ペインキラー』以来の最高傑作」と絶賛され、バンドの人気は再燃した。

12.3 50周年とロックの殿堂入り (2022)

2021年、バンドは50周年を記念した42枚組のボックスセット『50 Heavy Metal Years of Music』をリリースした。パンデミックによる延期を経て行われた50周年記念ツアーでは、サバトン (Sabaton) やクイーンズライク (Queensrÿche) がサポートを務めた。

2022年、ジューダス・プリーストは遂に「ロックの殿堂 (Rock and Roll Hall of Fame)」入りを果たし、「ミュージカル・エクセレンス賞 (Musical Excellence Award)」を受賞した。式典では、K.K.ダウニングとレス・ビンクスが一時的に復帰し、現メンバーと共に「Breaking the Law」などを演奏する歴史的な瞬間が訪れた。

12.4 リッチー・フォークナーの心臓発作からの生還

2021年9月、ケンタッキー州でのフェスティバル「Louder Than Life」での演奏中、リッチー・フォークナーが大動脈解離 (Aortic Aneurysm) を起こすという生命に関わる事態が発生した。彼は演奏を全うしたが、直後に緊急手術を受け、奇跡的に一命を取り留めた。この出来事はバンドとファンの絆をより強固なものにした。

12.5 『インヴィンシブル・シールド』 (2024)

2024年3月、通算19枚目のスタジオ・アルバム『インヴィンシブル・シールド (Invincible Shield)』がリリースされた。70代を迎えたハルフォード、ヒル、ティプトン、トラヴィスに、完全復活したフォークナーが加わり制作された本作は、攻撃的かつプログレッシブな要素を含み、英国チャートで2位を記録するなど世界的なヒットとなっている。

13. ディスコグラフィ (Discography)

13.1 スタジオ・アルバム詳細 (Studio Albums)

発売年 タイトル (日/英) レーベル チャート最高位 (UK/US) 備考・主要曲
1974 ロッカ・ローラ
Rocka Rolla
Gull -/- デビュー作。ブルース・ロック色が強い。
Tracks: Rocka Rolla, Run of the Mill
1976 運命の翼
Sad Wings of Destiny
Gull -/- メタルの古典。K.K.とグレンのツインリード確立。
Tracks: Victim of Changes, The Ripper
1977 背信の門
Sin After Sin
CBS 23/- メジャーデビュー作。サイモン・フィリップス参加。
Tracks: Sinner, Diamonds & Rust
1978 ステンド・クラス
Stained Class
CBS 27/173 ダークで硬質。レス・ビンクス参加。
Tracks: Exciter, Beyond the Realms of Death
1978 殺人機械
Killing Machine
(米: Hell Bent for Leather)
CBS 32/128 コンパクトな楽曲志向。レザー・イメージ定着。
Tracks: Hell Bent for Leather, Delivering the Goods
1980 ブリティッシュ・スティール
British Steel
CBS 4/34 代表作。全曲シングルカット可能な完成度。
Tracks: Breaking the Law, Living After Midnight, Metal Gods
1981 黄金のスペクトル
Point of Entry
CBS 14/39 アメリカ市場を意識したメロディアスな作風。
Tracks: Heading Out to the Highway, Desert Plains
1982 復讐の叫び
Screaming for Vengeance
CBS 11/17 全米大ヒット。メタルの教科書的作品。
Tracks: The Hellion/Electric Eye, You've Got Another Thing Comin'
1984 背徳の掟
Defenders of the Faith
CBS 2/18 スピードと様式美の極致。
Tracks: Freewheel Burning, The Sentinel
1986 ターボ
Turbo
CBS 33/17 ギターシンセ導入。グラム・メタルへの接近。
Tracks: Turbo Lover, Locked In
1988 ラム・イット・ダウン
Ram It Down
CBS 24/31 ハード路線への回帰とデジタルの融合。
Tracks: Ram It Down, Blood Red Skies
1990 ペインキラー
Painkiller
CBS 26/26 スコット・トラヴィス加入。史上最も激しい作品の一つ。
Tracks: Painkiller, Night Crawler
1997 ジャギュレイター
Jugulator
SPV -/82 リッパー・オーウェンズ加入。モダン・ヘヴィネス。
Tracks: Bullet Train, Cathedral Spires
2001 デモリッション
Demolition
Atlantic -/165 オーウェンズ在籍最終作。
Tracks: Machine Man, Bloodsuckers
2005 エンジェル・オブ・レトリビューション
Angel of Retribution
Epic 39/13 ハルフォード復帰作。
Tracks: Judas Rising, Hellrider
2008 ノストラダムス
Nostradamus
Epic 30/11 2枚組コンセプト・アルバム。
Tracks: Prophecy, Nostradamus
2014 贖罪の化身
Redeemer of Souls
Epic 12/6 リッチー・フォークナー加入。王道サウンド。
Tracks: Dragonaut, Halls of Valhalla
2018 ファイアーパワー
Firepower
Epic 5/5 アンディ・スニープ プロデュース。
Tracks: Firepower, Lightning Strike
2024 インヴィンシブル・シールド
Invincible Shield
Epic 2/18 最新作。
Tracks: Panic Attack, The Serpent and the King

13.2 主要ライブ・アルバム (Key Live Albums)

  • 1979: 『イン・ジ・イースト』 Unleashed in the East (日本録音。メタルのライブ名盤)
  • 1987: 『プリースト・・・ライヴ!』 Priest... Live! (テキサス、アトランタでの録音)
  • 1998: 『'98 ライブ・メルトダウン』 '98 Live Meltdown (オーウェンズ時代のライブ)
  • 2009: 『ア・タッチ・オブ・イーヴル: ライヴ』 A Touch of Evil: Live (「Dissident Aggressor」でグラミー賞受賞)
  • 2016: 『バトル・クライ~進撃の咆哮』 Battle Cry (ヴァッケン・オープン・エアでのライブ)

13.3 主要映像作品 (Videography - DVD/Blu-ray)

  • 2002: Electric Eye (ビデオクリップ集とダラス公演など初期映像)
  • 2003: Live in London (ロンドン・アストリアでのオーウェンズ時代のライブ)
  • 2005: Rising in the East (再結成後の日本武道館公演)
  • 2013: Epitaph (ロンドン・ハマースミス・アポロでのエピタフ・ツアー最終公演)
  • 2016: Battle Cry (ヴァッケン・オープン・エア2015)

14. メンバー変遷詳細 (Band Members Timeline)

バンドは50年以上の歴史の中で多くのメンバー・チェンジを経験しているが、イアン・ヒル (Ian Hill) が唯一の1970年以降の第二期以降のオリジナル・メンバーとして在籍し続けている。

現在のメンバー (Current Members)

  • ロブ・ハルフォード (Rob Halford) - Lead Vocals (1973-1992, 2003-Present)
  • イアン・ヒル (Ian Hill) - Bass (1969-Present)
  • グレン・ティプトン (Glenn Tipton) - Guitars (1974-Present) ※現在はスタジオ活動が中心
  • スコット・トラヴィス (Scott Travis) - Drums (1989-Present)
  • リッチー・フォークナー (Richie Faulkner) - Guitars (2011-Present)
  • アンディ・スニープ (Andy Sneap) - Guitars (Touring member: 2018-Present)

過去の主要メンバー (Notable Past Members)

  • K.K.ダウニング (K.K. Downing) - Guitars (1969-2011)
  • アル・アトキンス (Al Atkins) - Vocals (1969-1973)
  • ジョン・ヒンチ (John Hinch) - Drums (1973-1975)
  • アラン・ムーア (Alan Moore) - Drums (1971-1972, 1975-1977)
  • サイモン・フィリップス (Simon Phillips) - Drums (Session: 1977)
  • レス・ビンクス (Les Binks) - Drums (1977-1979)
  • デイヴ・ホランド (Dave Holland) - Drums (1979-1989)
  • ティム・“リッパー”・オーウェンズ (Tim "Ripper" Owens) - Vocals (1996-2003)

15. 鋼鉄神の遺産と未来

ジューダス・プリーストは、単に長く活動しているバンドではない。JUDAS PRIESTは「ヘヴィメタル」という音楽の教科書を書き、その改訂版を出し続け、時にはその定義を自ら破壊して再構築してきた開拓者である。レザーとスタッドによる視覚的革命、ツイン・リード・ギターによる様式美の確立、そして1990年の裁判で見せた表現の自由への闘争は、音楽業界全体に計り知れない影響を与えた。

グレン・ティプトンの病気やリッチー・フォークナーの大手術という困難を乗り越え、2024年に『インヴィンシブル・シールド』という強力な新作を世に送り出したJUDAS PRIESTの姿は、まさに「鋼鉄神 (Metal Gods)」の名に相応しい不屈の精神を体現している。ジューダス・プリーストの物語は、現在進行形の伝説として、今なおメタル・シーンの最前線で綴られ続けている。

Trivia

1978年に初来日を果たした翌年、バンドは再び日本を訪れ、その公演でキャリア初のライヴ・レコーディングを行っている。そこから生まれたのが1979年の『UNLEASHED IN THE EAST(イン・ジ・イースト)』だった。バンドの代表的なライヴ盤は、日本の会場で録られたものである。

出典: ソニーミュージック ジューダス・プリースト プロフィール

『Defenders of the Faith(背徳の掟)』は、日本のレーベル公式が全作品中1、2位を争う人気作と位置づけている一枚である。全米18位でプラチナを獲得し、全英は19位。代表曲として挙げられているのは「フリーホイール・バーニング」、「叛旗の下に(Some Heads Are Gonna Roll)」、「死の番人(The Sentinel)」。邦題が定着している数少ない曲群でもある。

出典: ソニーミュージック『背徳の掟ー30thアニバーサリー・エディションー』商品ページ

『背徳の掟』の30周年記念盤は2015年3月4日に日本で発売された。同月の来日公演に合わせ、世界最速での発売が実現している。リマスターを手掛けたのはオリジナルのプロデューサーであるトム・アロム。CD2枚分にわたって収録されたのは、絶頂期の1984年5月、カリフォルニアのロング・ビーチ・アリーナ公演の完全版である。外装は機械獣「メタリアン」の頭部がくり抜かれた三方背ボックスで、8面デジパックと20ページの記念ブックレットが付いた。

出典: ソニーミュージック『背徳の掟ー30thアニバーサリー・エディションー』商品ページ

50周年記念のボックス・セット『50 HEAVY METAL YEARS OF MUSIC』は、全カタログに未発表音源138曲を加えたCD42枚組で、全世界3,000セット限定として発売された。翌2022年、バンドはロックの殿堂入りを果たしている。

出典: ソニーミュージック ジューダス・プリースト プロフィール

2024年12月4日、来日ツアーの前日に、『Invincible Shield』が日本でカセットテープとして発売された。海外ではEC限定でスタンダード・エディション(11曲)のクリアレッド仕様が出ていたが、日本版はデラックス・エディション(14曲)のクリアブルー仕様である。デラックス版のカセットは日本のみの特別仕様で限定生産だった。日本でJUDAS PRIESTのカセットが出るのは、1988年の『Ram It Down』以来36年ぶりのことだった。

出典: ソニーミュージック ジューダス・プリースト ニュース

日本盤には独自の邦題が付けられてきた作品がいくつもある。ソニーミュージックのディスコグラフィに並ぶ表記では、『Sin After Sin』が『背信の門』、『Screaming for Vengeance』が『復讐の叫び』、『Defenders of the Faith』が『背徳の掟』、『Redeemer of Souls』が『贖罪の化身』である。一方で『Stained Class』『British Steel』『Painkiller』『Firepower』『Invincible Shield』などはカタカナ表記のままで、邦題を付けるかどうかは作品ごとに分かれてきた。

出典: ソニーミュージック ジューダス・プリースト ディスコグラフィ

1978年8月、バンドは『Stained Class』のツアーを日本での5公演で締めくくった。そのまま帰国してすぐ次のアルバムの制作に入り、そこから「Running Wild」などが生まれている。日本はこのバンドにとって、ツアーの終着点であると同時に次の作品への折り返し点だった。

出典: Songfacts「Running Wild」

1979年のライヴ盤『Unleashed In The East』は、もともと日本市場だけのために作られる予定だった。それが結果としてバンドにとっても、ジャンル全体にとっても大きな突破口になる。なお、このジャケットの写真は東京厚生年金会館でも中野サンプラザでも撮られておらず、ダンスタブルのシヴィック・ホールで作られたものだという。

出典: Louder(Classic Rock)

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News

JUDAS PRIESTのRob HalfordとIan Hill、ウクライナ支援の募金企画に参加

ウクライナ拠点の非営利団体Steel Wings Foundationの企画で、Halfordはブレスレット、クロス、イコン入りのツアー・ピックなどの私物を提供し、最高額の寄付者には手作りのブレスレット1点を贈る。両名は支援を表明するビデオ・メッセージも録画した。同団体は2024年の企画で約22,500ドルを集めている。

出典: Blabbermouth(2026年8月31日)

JUDAS PRIEST、2026年「Faithkeepers」欧州ツアーをドイツBOBFESTで開幕

1970年代の楽曲2曲を含む全17曲のセットリストで幕を開けた。

出典: Blabbermouth(2026年7月27日)

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Albums

Invincible Shield CD
/

伝統を背負いながらなお前進する、鋼鉄のヘヴィ・メタル。

Firepower CD
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クラシックなヘヴィ・メタルの威厳と現代的な重量を、一気に燃え上がらせたJUDAS PRIESTの第18作。

Redeemer of Souls CD
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王道メタルのリフと堂々たる歌で、JUDAS PRIESTの伝統を再確認する帰還作。

Nostradamus CD
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壮大な物語性と多彩なアレンジで、JUDAS PRIESTが予言者ノストラダムスを描いた二枚組コンセプト作。

Angel of Retribution CD
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ロブ・ハルフォードの復帰と共に、JUDAS PRIESTが重厚なリフと劇的な歌を取り戻した再始動作。

Demolition CD
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ティム・“リッパー”・オーウェンズ期のJUDAS PRIESTが、多面的なヘヴィ・メタルを試みた13作目。

Jugulator CD
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鋼のようなリフと苛烈な歌で、JUDAS PRIESTが90年代の重量感へ踏み込んだ再始動作。

Painkiller CD
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超高速のリズムと切り裂くリフで、JUDAS PRIESTがヘヴィ・メタルの攻撃性を再点火した第十二作。

Ram It Down CD
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鋼のリフと高速ナンバーを前面に戻し、JUDAS PRIESTがヘヴィ・メタルの攻撃性を再点火した第十一作。

Turbo CD
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シンセサイザー・ギターと大きなコーラスを取り入れ、JUDAS PRIESTが80年代的なメロディック・メタルへ踏み出した第10作。

Defenders of the Faith CD
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疾走感、鋼鉄のリフ、劇的なツイン・リードを凝縮し、JUDAS PRIESTが正統派メタルを研ぎ澄ました第9作。

Screaming for Vengeance CD
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鋭いリフと大きなメロディで、JUDAS PRIESTがヘヴィ・メタルの普遍性を広げた第八作。

Point of Entry CD
/

ストレートなリフと親しみやすいメロディを前面に置き、JUDAS PRIESTが軽快なハード・ロックへ踏み込んだ第7作。

British Steel CD
/

簡潔なリフと鋼のような推進力で、JUDAS PRIESTがヘヴィ・メタルの基本形を刻んだ第六作。

Killing Machine CD
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レザー&スタッズのイメージとタイトな楽曲を結び、JUDAS PRIESTがヘヴィ・メタルの様式をさらに研ぎ澄ました第5作。

Stained Class CD
/

鋭利なツイン・ギターと緊張感の高い楽曲で、JUDAS PRIESTが現代的ヘヴィ・メタルの輪郭を刻んだ第4作。

Sin After Sin CD
/

鋭いツイン・ギターと強靭なリズムで、JUDAS PRIESTが次代のヘヴィ・メタルへ踏み込んだ第3作。

Sad Wings of Destiny CD
/

ロブ・ハルフォードの広い声域と鋭いギターが、JUDAS PRIESTの様式を決定付けた第2作。

Rocka Rolla CD
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ブルース・ロックの重さと鋭いギターを交差させ、JUDAS PRIESTが原型を示したデビュー作。