SAVATAGE
アメリカ・フロリダ州で結成されたヘヴィ・メタル・バンド、SAVATAGE(サヴァタージ)のバイオグラフィとディスコグラフィー。1983年のデビュー作『Sirens』から2001年の『Poets and Madmen』までのスタジオ・アルバム11作とEP『The Dungeons Are Calling』、ライヴ・アルバム3作に個別ページを用意し、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ビデオ、来日公演の記録をまとめている。
Biography
SAVATAGE
バイオグラフィー
SAVATAGE(サヴァタージ)は、ジョン・オリヴァとクリス・オリヴァの兄弟がアメリカのフロリダ州で始めたヘヴィ・メタル・バンドである。公式サイトは結成の地をタンパとし、ジョンの在籍を1978年からとしている。AVATARの名で活動を始め、1983年のデビュー作『Sirens』の直前にSAVATAGEと改めた。1987年の『Hall of the Mountain King』からはプロデューサーのポール・オニールと8作を作り、クラシック音楽の引用とロック・オペラを取り入れていった。1993年にクリスを交通事故で失ったのちも活動を続け、1995年の「Christmas Eve (Sarajevo 12/24)」はメンバーが加わるTRANS-SIBERIAN ORCHESTRAの出発点になった。2002年のツアーを最後に長く活動を止めたが、2015年に再結集し、2025年からはステージに戻っている。日本には1992年、1994年、1996年に訪れ、1994年の川崎公演は初のライヴ・アルバムになった。
フロリダでの始まり(1978〜1984年)
ジョン・オリヴァは1960年7月22日にニューヨークのブロンクスで生まれ、一家は1976年にフロリダ州のダニーデンへ移った(旧公式サイトのジョンのプロフィール)。弟のクリスは1963年4月3日に生まれた(公式サイト)。ジョンの回想によれば、彼はまずMETROPOLISというカヴァー・バンドで週5日演奏し、1978年にはこのバンドでシングルも作った。その後、兄弟はAVATARというバンドを組み、1977年に兄弟と知り合ったドラムのスティーヴ“ドック”ワコーズと、1981年に加わったベースのキース・コリンズで顔ぶれが固まった。旧公式サイトの年表によれば、AVATARはフロリダのアンダーグラウンドで支持を集め、1982年にはタンパのラジオ局WYNFのコンピレーションLPに2曲を提供している。
地元のPar Recordsを営むダン・ジョンソンは、バンドのシングル「City Beneath the Surface」を出したのち、アルバムの録音費用を出した。ところがアルバムをプレスに回す直前、ヨーロッパにAVATARという同名のバンドがいて訴えられかねないという連絡が入った。ジョンの回想では、メンバーは紙にAVATARと書き、KISSのように大きな「S」を頭に付け、さらにRを外して「GE」を足して、SAVATAGEという名前を作った。こうして1983年4月にデビュー作『Sirens』が出て、同じセッションの残りの曲は1984年にEP『The Dungeons Are Calling』になった。ParはこのEPで契約を全うし、バンドをAtlanticへ送り出した。きっかけは、地元でAtlanticのバンドZEBRAの前座を務めた夜で、それを観た人物の紹介で、Atlanticのジェイソン・フロムがバンドを観に来たという(ジョンの回想)。
Atlanticでの最初の2作(1985〜1986年)
Atlanticからの第1作『Power of the Night』(1985年)は、オジー・オズボーンの作品で知られるマックス・ノーマンの制作で、ニューヨーク州のBearsville Studiosで録音された。ベースのコリンズはこの作品を最後に離れ、ジョニー・リー・ミドルトンが加わった。1986年の『Fight for the Rock』はロンドンで録音され、ジョンがAtlanticの別のアーティストのために書いた曲が多く入った。ビルボード200では158位。この年、バンドはテッド・ニュージェントやBLUE ÖYSTER CULTとアメリカを回り、MOTÖRHEADの前座で初めてヨーロッパを回った(旧公式サイトの年表)。
ポール・オニールとの出会い(1987〜1991年)
公式サイトによれば、『Fight for the Rock』が振るわずバンドが解散寸前にあったところへ、Atlanticはプロデューサーのポール・オニールに手助けを頼んだ。オニールはフロリダまで彼らのライヴを観に行き、オリヴァ兄弟と曲作りを始めた。こうして生まれた1987年の『Hall of the Mountain King』が、オニールと組んだ8作の最初である。グリーグの「山の魔王の宮殿にて」をもとにした「Prelude to Madness」がバンド初のインストゥルメンタルになり、表題曲のビデオがバンド初のミュージック・ビデオになった。ビルボード200では116位まで上がり、これはバンドの同チャートでの最高位である。DIOとMEGADETHと一緒にアメリカのアリーナを回ったこのツアーから、ギターのクリス・キャフェリーがサポートで加わった。1988年には、MTVの『ヘッドバンガーズ・ボール』の司会をゲストとして務めている(旧公式サイトの年表)。
ツアーのあとジョンは依存症の治療施設に入り、そこで書いた曲が1989年の『Gutter Ballet』の中心になった。ピアノを前面に出した表題曲は、ジョンが『オペラ座の怪人』を観た夜に書いたものである。題名は、オニールが書いたまま上演されなかったロック・オペラから取られた。アルバムはビルボード200で124位、ドイツで47位を記録し、続く“Rulin' Gutter”ツアーはヨーロッパと北米で100公演を超えた。このツアーの1990年6月29日のロサンゼルス公演は、2026年に『Madness Reigns From The Gutter (1990)』として初めて発売されている。
1991年の『Streets: A Rock Opera』は、そのオニールのロック・オペラを下敷きにした作品で、ニューヨークの麻薬の売人がロック・スターになり、転落し、救われるまでを描く。発売はNIRVANAの『Nevermind』の数日後で、商業的には苦戦し、ツアーは途中で切り上げられた(ギター・ワールド誌)。ジョンは喉の不調から、1992年6月13日のタンパ公演を最後にリード・ヴォーカルを退いた(旧公式サイトのツアー記録)。
クリス・オリヴァの死(1992〜1994年)
ジョンは曲作りと録音には残り、クリスとオニールが新しい歌い手を選ぶのを手伝った。選ばれたのは、ボストンのバンドWICKED WITCHで歌っていたザック・スティーヴンスである。1993年の『Edge of Thorns』の表題曲は、バンドにとって初めてアメリカのロック局でヒットした曲になり、ビルボードのメインストリーム・ロック・チャートで26位まで上がった。
そのアルバムの発売から半年後の1993年10月17日の早朝、クリス・オリヴァと妻のドーンが乗った車が、ほかの車を追い越そうとした飲酒運転の車と正面から衝突し、クリスはその場で亡くなった。ドーンも重傷を負った。2人はフロリダ州ゼファーヒルズで開かれる音楽フェスティバルへ向かう途中だった(旧公式サイトが転載した1994年の地元紙の記事)。30歳だった。『Edge of Thorns』の日本盤にボーナス・トラックとして入った「Shotgun Innocence」が、クリスが最後に録った曲である(旧公式サイトの年表)。
公式サイトによれば、ジョンとオニールはクリスに捧げる曲を仕上げ、バンドを続けることこそが最良の追悼だと決めた。その曲「Alone You Breathe」で終わる『Handful of Rain』は、クリスの死から1年たたない1994年8月に出た。リード・ギターはTESTAMENTのアレックス・スコルニックで、旧公式サイトのFAQによれば、ドラムとベースの多くはジョン自身が弾いた。ザックのWICKED WITCH時代の仲間ジェフ・プレートが新しいドラマーになり、キーボードと歌に戻ったジョンとスコルニックを加えた顔ぶれでアメリカと日本を回った。その最終日、11月12日のクラブチッタ川崎の公演が、バンド初のライヴ・アルバム『Japan Live '94』(のちの『Live in Japan』)になった。スコルニックは1995年に円満にバンドを離れている(公式サイト)。
TRANS-SIBERIAN ORCHESTRAへ(1995〜2002年)
1995年の『Dead Winter Dead』では、クリス・キャフェリーが戻り、ALICE COOPERのバンドにいたアル・ピトレリが加わって、ギターが2人になった。ボスニア紛争下のサラエヴォを舞台にしたロック・オペラで、その中のインストゥルメンタル「Christmas Eve (Sarajevo 12/24)」が、1995年のクリスマス・シーズンにアメリカのラジオで思いがけず流れ始めた。公式サイトはこれを、やがてSAVATAGEそのものより大きくなったバンド最大のヒットと呼んでいる。ジョンによれば、SAVATAGE名義ではおよそ3万枚にとどまったこの曲が、翌年クリスマスらしいジャケットを付けてTRANS-SIBERIAN ORCHESTRAの名で出されると、全米およそ500局で1位になった(ソングファクツのインタビュー)。こうしてメンバーはTRANS-SIBERIAN ORCHESTRAを始め、その最初の作品は1996年に出た。
同じ1995年の11月には、クリスが在籍した1987年から1990年までのライヴ録音を集めた『Ghost in the Ruins』が、『Final Bell』の題で日本で最初に出ている。1997年の『The Wake of Magellan』は、前作と同じ顔ぶれで録られた作品で、ドイツで11位、日本のオリコンで44位を記録した。2000年にピトレリがMEGADETHへ移り、ザックも家庭の事情で脱退すると、バンドは15年在籍したAtlanticを離れ、ジョンがすべてのリード・ヴォーカルを取った2001年の『Poets and Madmen』をヨーロッパのSPV/SteamhammerとアメリカのNuclear Blast Americaから出した。ドイツでは7位まで上がり、新作としてはバンドにとって同国最高の順位になった。ツアーではデイモンド・ジニヤがザックのパートを歌った。2002年夏のヨーロッパ・ツアーではANNIHILATORのジェフ・ウォーターズがギターを務め、これを最後にバンドは長い休止に入った。メンバーはその後、TRANS-SIBERIAN ORCHESTRAでの活動が中心になった。
再結集(2015年〜)
2015年7月30日、SAVATAGEはヴァッケン・オープン・エアで13年ぶりの正式な公演を行った。SAVATAGEとTRANS-SIBERIAN ORCHESTRAがそれぞれのステージで演奏したあと、2つのバンドが隣り合う2つのメイン・ステージで同時に同じ曲を1時間演奏し、8万人を超える観客がそれを見届けた(ブラバマウス)。2017年4月5日には、ポール・オニールがタンパで亡くなった。61歳だった(バラエティ誌)。
ジョンは2024年10月、多発性硬化症とメニエール病を患っていることを公表し、翌年の公演には出演しないが、バンドには関わり続けると伝えた。2025年4月19日、バンドはブラジルのサンパウロで開かれたMonsters of Rockで10年ぶりにステージに立ち、ザック・スティーヴンス、アル・ピトレリ、クリス・キャフェリー、ジョニー・リー・ミドルトン、ジェフ・プレートの5人に2人のキーボード奏者を加えた編成で演奏した。「Believe」では、ピアノの前で歌うジョンの映像が流れた。2026年は“Prelude To Madness”と題したヨーロッパ・ツアーを行い、7月27日にはイタリアのポンペイの円形闘技場でオーケストラと共演し、7月30日にはヴァッケン・オープン・エアに出演した。同じ年の6月には、1990年のロサンゼルス公演を収めた『Madness Reigns From The Gutter (1990)』が出ている。
メンバーについて
バンドの公式サイトは、現在のメンバーとして、ジョン・オリヴァ(リード・ヴォーカル、キーボード、リズム・ギター、ベース、ドラム、1978年〜)、ジョニー・リー・ミドルトン(ベース、1986年〜)、クリス・キャフェリー(ギター、1987年〜)、ザック・スティーヴンス(リード・ヴォーカル、1992〜2000年、2014年〜)、ジェフ・プレート(ドラム、1994年〜)、アル・ピトレリ(ギター、1995〜1999年、2002年〜)の6人を挙げ、クリス・オリヴァ(1963年4月3日〜1993年10月17日)を「With Us Forever」として並べている。過去のメンバーとして、ドラムのスティーヴ“ドック”ワコーズ、ベースのキース・コリンズ、ギターのアレックス・スコルニックの名がある。
ディスコグラフィ
バンドの公式サイトのディスコグラフィに並ぶスタジオ・アルバム11作、EP1作、ライヴ・アルバム3作を、最初に出た日付の順に並べる。各作の個別ページに、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ビデオをまとめている。日付が日本盤のものになっている作品は、日本盤が最初に出た作品である。
| 発売 | 題名 | レーベル |
|---|---|---|
| 1983年4月11日 | Sirens | Par Records |
| 1984年3月 | The Dungeons Are Calling(EP) | Par Records |
| 1985年4月 | Power of the Night | Atlantic |
| 1986年4月 | Fight for the Rock | Atlantic |
| 1987年 | Hall of the Mountain King | Atlantic |
| 1989年12月 | Gutter Ballet | Atlantic |
| 1991年10月15日 | Streets: A Rock Opera | Atlantic |
| 1993年4月6日 | Edge of Thorns | Atlantic |
| 1994年8月10日 | Handful of Rain | ゼロ・コーポレーション(日本)/Atlantic |
| 1995年1月25日 | Live in Japan(ライヴ・アルバム。日本盤『Japan Live '94』) | ゼロ・コーポレーション |
| 1995年9月20日 | Dead Winter Dead | ゼロ・コーポレーション(日本)/Atlantic |
| 1995年11月22日 | Ghost in the Ruins - A Tribute to Criss Oliva(ライヴ・アルバム。日本盤『Final Bell』) | ゼロ・コーポレーション |
| 1997年9月3日 | The Wake of Magellan | ビクターエンタテインメント(日本)/Atlantic |
| 2001年3月 | Poets and Madmen | SPV/Steamhammer、Nuclear Blast America |
| 2026年6月26日 | Madness Reigns From The Gutter (1990)(ライヴ・アルバム) | earMUSIC |
日本公演
バンドが日本で公演したのは、1992年、1994年、1996年の3度である(バンドの当時のツアー記録による)。1992年3月の初来日では、12日に川崎で公演を行い、14日には東京でイングヴェイ・マルムスティーンの前座を務めた。ジョン・オリヴァは2013年、弟クリスとのいちばんの思い出としてこの前座のときのことを挙げ、楽屋でのそっけない応対のあと、クリスが「City Beneath the Surface」の短いギター・ソロをおよそ2分に引き延ばして弾いたと話している(ブレイヴワーズ)。1994年11月は『Handful of Rain』のツアーの締めくくりで、最終日のクラブチッタ川崎の公演が初のライヴ・アルバム『Japan Live '94』になった。アレックス・スコルニックは、このときの日本公演は4公演で、最後の夜の客席は日本で見たなかで最も熱かったと振り返っている(ブラバマウス)。1996年6月には『Dead Winter Dead』のツアーで東京と川崎を回った。当時のツアー記録は都市名だけを記しているため、会場名まで確かめられたのは1994年の川崎だけである。2025年と2026年のツアーには日本公演は含まれていない。
| 日付 | 会場 | 公演 |
|---|---|---|
| 1992年3月12日 | 川崎(神奈川) | 初来日 |
| 1992年3月14日 | 東京 | イングヴェイ・マルムスティーンの前座 |
| 1994年11月12日 | クラブチッタ川崎(神奈川) | 1994年のツアー最終日。『Japan Live '94』として発売 |
| 1996年6月14日 | 東京 | 『Dead Winter Dead』のツアー |
| 1996年6月15日 | 川崎(神奈川) | 『Dead Winter Dead』のツアー |
出典について
このページは、バンド公式サイト savatage.com(About、The Savatage Story、ディスコグラフィと各作品のページ、ビデオ、ツアー、ニュース)と、Internet Archiveに残る旧公式サイト(クレイ・マーシャルによる年表、FAQ、ツアー記録、ニュース、プレス・リリース、ジョン・オリヴァのプロフィール)、earMUSIC、キングレコード、ワーナーミュージック・ジャパン、ビクターエンタテインメントの作品ページ、タワーレコード、CDJournal、オリコンの商品データ、ビルボードのチャート記録、ドイツの公式チャート、Blabbermouth.net、Louder(Prog、Metal Hammer)、Guitar World、Songfacts、Variety、AP通信、Tampa Bay Times、BraveWords、AllMusic、Rock Hard、MusicBrainzとWikidataに基づく。英語版と日本語版のWikipediaは手がかりとしてのみ使い、そこから得た事実は上記のいずれかで確かめた。日本盤の日付と品番は各作品のページに記した。
Trivia
クリス・オリヴァが最後に録音した曲「Shotgun Innocence」は、1993年5月25日に出た『Edge of Thorns』の日本盤(AMCY-545)に、「Forever After」とともにボーナス・トラックとして収められて世に出た。2001年には『Poets and Madmen』のアメリカ盤にもボーナス・トラックとして加えられている。
バンド初のライヴ・アルバム『Live in Japan』は、1994年11月12日、クラブチッタ川崎で録られた。アレックス・スコルニックは2024年、このときの日本公演は4公演で、その最後の夜がアルバムになったと振り返り、客席の熱気は日本でそれまでに見たどの公演よりも上だったと話している。以前TESTAMENTで来日したときには、客が座ったまま聴いていたという。CDは1995年1月25日に『ジャパン・ライヴ'94』の題で、日本で最初に出た。
バンドの初来日は1992年3月で、12日に川崎で公演し、14日には東京でイングヴェイ・マルムスティーンの前座を務めた。ジョン・オリヴァは2013年、弟クリスとのいちばんの思い出としてこの前座を挙げ、楽屋でそっけなくあしらわれたあと、クリスが「City Beneath the Surface」の短いギター・ソロをおよそ2分に引き延ばして弾いたと話している。
バンドは当初AVATARと名乗っていたが、デビュー作『Sirens』をプレスに回す直前、ヨーロッパにいる同じ名前のバンドから訴えられかねないと知らされた。ジョン・オリヴァの回想によれば、メンバーは紙にAVATARと書き、クリスの案でKISSのように大きな「S」を頭に付けて「SAVATAR」とし、さらに妻たちのひとりの提案でRを外して「GE」を足した。ジョンはのちに、「SAVA」はsavage(野蛮な)から、「TAGE」は神秘的な響きのために付けたと説明している。
デビュー作『Sirens』とEP『The Dungeons Are Calling』の曲は、タンパのMorrisoundでのひとつのセッションから生まれた。ジョン・オリヴァの回想では、Par Recordsのダン・ジョンソンが出した3,000ドルで、2日のうちに15曲を録ったという。旧公式サイトのFAQは、2日で録音して3日目にミックスしたとしている。ギター・ワールド誌は『Sirens』を、Morrisoundで録られた最初のヘヴィ・メタルのアルバムとしてよく挙げられる作品だと紹介している。
『Sirens』と『The Dungeons Are Calling』のクレジットは、楽器名の代わりに冗談めいた呼び名を並べている。ジョン・オリヴァは「Shrieks of Terror」、クリス・オリヴァは「Metalaxe」、キース・コリンズは「The Bottom End」、スティーヴ“ドクター・キルドラムズ”ワコーズは「Barbaric Cannon」。1987年の『Hall of the Mountain King』でも、ジョンを「The Grit」、クリスを「The Crunch」と呼ぶ同じ趣向が繰り返されている。
『Fight for the Rock』(1986年)に入ったBADFINGERのカヴァー「Day After Day」は、偶然から録られた。旧公式サイトのFAQによれば、BADFINGERがこの曲のヒットで使ったピアノがロンドンのそのスタジオにあり、ジョン・オリヴァがそれで弾き始めたのがきっかけだったという。同じアルバムのFREEのカヴァー「Wishing Well」は、レーベル側の人物の好きな曲だったことから選ばれた。
『Hall of the Mountain King』の「Strange Wings」の終盤でジョン・オリヴァと声を交わしているのは、のちにBADLANDSで知られるレイ・ギランである。旧公式サイトのFAQによれば、ギランはその少し前にBLACK SABBATHのツアーで歌っていた人で、知り合いだったポール・オニールが呼び、一発で録ったという。
News
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ギタリスト/ソングライター/プロデューサーのAldo Lonobileと組むメロディック・メタル・バンド。
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7月30日の出演を収めたもので、「Gutter Ballet」「Edge Of Thorns」「Hall Of The Mountain King」の3曲。
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7月27日、現存する最古級のローマ円形闘技場「ポンペイ円形闘技場」での公演。
SAVATAGE創設メンバーのベーシストKeith Collins、認知症を患っていることが判明
支援のためのGoFundMeキャンペーンが立ち上げられた。
Current Members / 現メンバー
バンドの公式サイトで確認した現行ラインナップです。2026-10-05時点。
Albums
SAVATAGEが1990年6月29日にロサンゼルスのパレスで行った公演のライヴ盤。2026年6月にearMUSICから出た。日本盤はキングレコードの2枚組(2026年10月28日発売)。
SAVATAGEの11作目。2001年発売。Atlanticを離れて最初の作品で、ジョン・オリヴァが『Streets』以来10年ぶりにすべてのリード・ヴォーカルを取った。
SAVATAGEの10作目。1997年9月発売。老水夫マゼランの物語に、実際の密航者事件とアイルランドの記者ヴェロニカ・ゲリンの死を織り込んだコンセプト作。
クリス・オリヴァに捧げたSAVATAGEのライヴ・アルバム。1987年から1990年のアメリカ公演の録音を集め、1995年11月に日本で『Final Bell』の題で最初に出た。
SAVATAGEの9作目。1995年9月発売。ボスニア紛争下のサラエヴォを舞台にしたロック・オペラで、「Christmas Eve (Sarajevo 12/24)」がアメリカのラジオで反響を呼んだ。
SAVATAGEの8作目。1994年8月発売。クリス・オリヴァの死から1年たたずに出た作品で、TESTAMENTのアレックス・スコルニックがリード・ギターを弾いた。
SAVATAGEの6作目。1991年10月にAtlanticから発売されたロック・オペラで、ニューヨークの麻薬の売人からロック・スターになった男の転落と救済を描く。
SAVATAGEの4作目。1987年発売。プロデューサーのポール・オニールと組んだ最初の作品で、ビルボード200で116位とバンドの最高位を記録した。
SAVATAGEのEP。1984年にPar Recordsから発売。デビュー作『Sirens』と同じセッションで録られた6曲で、Atlanticへ移る前の最後の作品。