SAVATAGE TRIVIA

Trivia

クリス・オリヴァが最後に録音した曲「Shotgun Innocence」は、1993年5月25日に出た『Edge of Thorns』の日本盤(AMCY-545)に、「Forever After」とともにボーナス・トラックとして収められて世に出た。2001年には『Poets and Madmen』のアメリカ盤にもボーナス・トラックとして加えられている。

出典: SAVATAGE旧公式サイトの年表(クレイ・マーシャル、Internet Archive保存版、2011年11月24日)

バンド初のライヴ・アルバム『Live in Japan』は、1994年11月12日、クラブチッタ川崎で録られた。アレックス・スコルニックは2024年、このときの日本公演は4公演で、その最後の夜がアルバムになったと振り返り、客席の熱気は日本でそれまでに見たどの公演よりも上だったと話している。以前TESTAMENTで来日したときには、客が座ったまま聴いていたという。CDは1995年1月25日に『ジャパン・ライヴ'94』の題で、日本で最初に出た。

出典: ブラバマウス「Testament's Alex Skolnick Reflects On Savatage's Criss Oliva Tribute」(2024年9月24日)

バンドの初来日は1992年3月で、12日に川崎で公演し、14日には東京でイングヴェイ・マルムスティーンの前座を務めた。ジョン・オリヴァは2013年、弟クリスとのいちばんの思い出としてこの前座を挙げ、楽屋でそっけなくあしらわれたあと、クリスが「City Beneath the Surface」の短いギター・ソロをおよそ2分に引き延ばして弾いたと話している。

出典: ブレイヴワーズ「Savatage Frontman Jon Oliva Shares His Fondest Memory Of Criss Oliva」(2013年10月18日)

バンドは当初AVATARと名乗っていたが、デビュー作『Sirens』をプレスに回す直前、ヨーロッパにいる同じ名前のバンドから訴えられかねないと知らされた。ジョン・オリヴァの回想によれば、メンバーは紙にAVATARと書き、クリスの案でKISSのように大きな「S」を頭に付けて「SAVATAR」とし、さらに妻たちのひとりの提案でRを外して「GE」を足した。ジョンはのちに、「SAVA」はsavage(野蛮な)から、「TAGE」は神秘的な響きのために付けたと説明している。

出典: ジョン・オリヴァ公式サイトのプロフィール(Internet Archive保存版、2007年9月28日)

デビュー作『Sirens』とEP『The Dungeons Are Calling』の曲は、タンパのMorrisoundでのひとつのセッションから生まれた。ジョン・オリヴァの回想では、Par Recordsのダン・ジョンソンが出した3,000ドルで、2日のうちに15曲を録ったという。旧公式サイトのFAQは、2日で録音して3日目にミックスしたとしている。ギター・ワールド誌は『Sirens』を、Morrisoundで録られた最初のヘヴィ・メタルのアルバムとしてよく挙げられる作品だと紹介している。

異説あり出典: ジョン・オリヴァ公式サイトのプロフィール(Internet Archive保存版、2007年9月28日)

『Sirens』と『The Dungeons Are Calling』のクレジットは、楽器名の代わりに冗談めいた呼び名を並べている。ジョン・オリヴァは「Shrieks of Terror」、クリス・オリヴァは「Metalaxe」、キース・コリンズは「The Bottom End」、スティーヴ“ドクター・キルドラムズ”ワコーズは「Barbaric Cannon」。1987年の『Hall of the Mountain King』でも、ジョンを「The Grit」、クリスを「The Crunch」と呼ぶ同じ趣向が繰り返されている。

出典: SAVATAGE公式サイト「Sirens」

『Fight for the Rock』(1986年)に入ったBADFINGERのカヴァー「Day After Day」は、偶然から録られた。旧公式サイトのFAQによれば、BADFINGERがこの曲のヒットで使ったピアノがロンドンのそのスタジオにあり、ジョン・オリヴァがそれで弾き始めたのがきっかけだったという。同じアルバムのFREEのカヴァー「Wishing Well」は、レーベル側の人物の好きな曲だったことから選ばれた。

出典: SAVATAGE旧公式サイト「FAQ」セクション2(Internet Archive保存版、2012年2月20日)

『Hall of the Mountain King』の「Strange Wings」の終盤でジョン・オリヴァと声を交わしているのは、のちにBADLANDSで知られるレイ・ギランである。旧公式サイトのFAQによれば、ギランはその少し前にBLACK SABBATHのツアーで歌っていた人で、知り合いだったポール・オニールが呼び、一発で録ったという。

出典: SAVATAGE公式サイト「Hall of the Mountain King」

表題曲「Hall of the Mountain King」のビデオは、バンドにとって初めてのミュージック・ビデオだった。ジョン・オリヴァの回想によれば、撮影はハウ・キャヴァーンズという洞窟で行われ、台本はポール・オニールが書いた。英プログ誌によれば、このビデオはMTVの『ヘッドバンガーズ・ボール』で頻繁に流れ、バンドは1988年にこの番組の司会をゲストとして務めている(旧公式サイトの年表)。

出典: SAVATAGE旧公式サイト「Jon Oliva」プロフィール(Internet Archive保存版、2009年1月1日)

『Gutter Ballet』(1989年)は、制作中は別の題で呼ばれていた。旧公式サイトのFAQによれば、仮の題は最初「Temptation Revelation」、次に「Hounds of Zaroff」で、後者はドラムのスティーヴ“ドック”ワコーズの案だった。最終的な題は、ポール・オニールが書いたまま上演されなかったロック・オペラの題から取られ、その物語はのちに1991年の『Streets』になった(英プログ誌)。

出典: SAVATAGE旧公式サイト「FAQ」セクション2(Internet Archive保存版、2012年2月20日)

『Edge of Thorns』のジャケットに描かれた女性は、クリス・オリヴァの妻ドーンである。旧公式サイトのFAQによれば、絵はクリスのギターのペイントも手がけたゲイリー・スミスが描いた。クリスは1993年、このジャケットは善と悪を表していると話していた。

出典: SAVATAGE旧公式サイト「FAQ」セクション2(Internet Archive保存版、2012年2月20日)

『Handful of Rain』のクレジットにはドラムにスティーヴ“ドック”ワコーズ、ベースにジョニー・リー・ミドルトンの名があるが、旧公式サイトのFAQによれば、ドラムと7曲のベース、リズム・ギターを弾いたのはジョン・オリヴァ本人だった。ワコーズが加わったのは写真撮影と表題曲のビデオだけで、ジョンは1994年10月のミネアポリスで、ワコーズが叩いたのかと聞かれて「いや、叩いたのは俺だ」と答えている。

異説あり出典: SAVATAGE旧公式サイト「FAQ」セクション3(Internet Archive保存版、2013年10月29日)

『Handful of Rain』(1994年)の「Chance」は、第二次世界大戦中の1940年、リトアニアのカウナスに駐在していた日本の外交官、杉原千畝を描いた曲である。杉原は本国の指示に背いて、ユダヤ人難民に日本の通過ビザを出し続けた。詞はポール・オニールで、終盤では複数の歌が重なり合う。オニールはこの五声の対旋律をロックで初めての試みと呼び、英プログ誌は、重なる声が杉原の胸の内の葛藤を表していると書いた。TRANS-SIBERIAN ORCHESTRAは2018年のツアーでこの曲を取り上げている。

出典: SAVATAGE旧公式サイト「FAQ」セクション3(Internet Archive保存版、2013年10月29日)

『Dead Winter Dead』(1995年)は、ボスニア紛争下のサラエヴォを舞台にした物語で、廃墟で毎晩チェロを弾く老人が登場する。アルバムのクレジットには、ミハイル・エフスタフィエフが撮った「サラエヴォのチェリスト」ヴェドラン・スマイロヴィッチの写真が載っている。曲にはクラシックが織り込まれ、「Mozart and Madness」はモーツァルトの交響曲第25番を、表題曲はベートーヴェンの曲の一部を使っている。

出典: SAVATAGE公式サイト「Dead Winter Dead」

『The Wake of Magellan』(1997年)の物語には、2つの実際の出来事が織り込まれている。ひとつは麻薬組織と闘って殺されたアイルランドの記者ヴェロニカ・ゲリンで、「Complaint in the System」の題に彼女の名前が添えられている。もうひとつは貨物船マースク・ドバイの事件で、旧公式サイトによれば、1996年5月にカナダのハリファックスに入港したこの台湾の貨物船のフィリピン人船員が、船長の命令で密航者たちが海へ投げ落とされたと告発し、自分は別の密航者をかくまってカナダの当局に引き渡したという。

出典: SAVATAGE旧公式サイト「The Maersk Dubai」(Internet Archive保存版、2017年2月11日)

『Poets and Madmen』(2001年)は、廃墟となった精神病院に忍び込んだ若者たちが、ある患者のカルテを見つける物語で、その患者はピュリッツァー賞を受けた写真家ケヴィン・カーターである。旧公式サイトのFAQによれば、カーターについての部分以外は創作である。題名についてジョン・オリヴァは、ポールが詩人で自分が狂人だと説明している。

出典: SAVATAGE旧公式サイト『Poets and Madmen』プレス・リリース(クレイ・マーシャル、Internet Archive保存版、2011年6月15日)

SAVATAGEのアルバムは、本国アメリカよりもドイツのチャートで高い順位を記録してきた。ドイツの公式チャートでは、『The Wake of Magellan』(1997年)が11位、『Poets and Madmen』(2001年)が7位に入り、2022年にアナログ盤で再発された『Gutter Ballet』は7位、『Streets』は9位を記録した。アメリカでのアルバムの最高位は、ビルボード200で116位の『Hall of the Mountain King』である。

出典: オフィツィエレ・ドイチェ・チャーツ「Savatage – Poets And Madmen」

『Hall of the Mountain King』(1987年)の「Prelude to Madness」は、グリーグの『ペール・ギュント』の「山の魔王の宮殿にて」をバンドで弾いたインストゥルメンタルである。旧公式サイトによれば、これを録ろうと言い出したのはポール・オニールで、バンドは最初は乗り気でなかったという。英プログ誌によれば、これがバンド初のインストゥルメンタルで、のちにTRANS-SIBERIAN ORCHESTRAが「The Mountain」として録り直している。

出典: プログ誌(Louder)「Savatage: Another Chapter In The Play」(2015年7月31日)

「Hall of the Mountain King」は、2009年のゲーム『Brütal Legend』のサウンドトラックに収められている。発売前にEAデンマークが公表した全曲のリストに、この曲の名前がある。

出典: エンガジェット「Full Brutal Legend soundtrack released by EA Denmark」(2009年8月9日)

ジョン・オリヴァによれば、「Gutter Ballet」のピアノのイントロは、ニューヨークのRecord Plantでカバーを掛けられていたピアノを何気なく弾いていて生まれた。そのピアノはジョン・レノンのもので、内側には「John and Yoko」と刻まれていたという。曲そのものはいちばん最後にでき、ジョンが『オペラ座の怪人』を観た夜、午前3時にスタジオへ戻って書いた。ジョンは、あと2週間遅かったらアルバムには入らなかったと語っている(旧公式サイトのFAQ)。

出典: ソングファクツ「Jon Oliva of Trans-Siberian Orchestra : Songwriter Interviews」(2013年9月4日)

「Christmas Eve (Sarajevo 12/24)」は、1995年のクリスマス・シーズンにアメリカのラジオで思いがけず流れ始めた。ジョン・オリヴァによれば、局に送った当初は「80年代のメタル・バンド」の曲として相手にされず、SAVATAGE名義ではおよそ3万枚にとどまった。ところが翌年、同じ録音にクリスマスらしいジャケットを付けてTRANS-SIBERIAN ORCHESTRAの名で出すと、およそ500局で1位になったという。ギター・ワールド誌によれば、TRANS-SIBERIAN ORCHESTRAの作品はどれも少なくともゴールド・ディスクになったが、SAVATAGEのアルバムがそうなったことは一度もない。

出典: ソングファクツ「Jon Oliva of Trans-Siberian Orchestra : Songwriter Interviews」(2013年9月4日)

2015年7月30日のヴァッケン・オープン・エアで、SAVATAGEは13年ぶりの正式な公演を行った。SAVATAGEとTRANS-SIBERIAN ORCHESTRAがそれぞれ40分ずつ演奏したあと、夜11時からは2つのバンドが隣り合う2つのメイン・ステージで同じ曲を同時に演奏し、8万人を超える観客の前で1時間を過ごした。

出典: ブラバマウス「Savatage Reunites For Wacken Open Air Festival Performance」(2015年7月31日)

2026年7月27日、SAVATAGEはイタリアのポンペイの古代円形闘技場で、およそ40人のオーケストラと共演した。“Prelude To Madness”と題したヨーロッパ・ツアーの一夜で、メンバーは事前に、この公演を撮影・録音すると話していた。

出典: ブラバマウス「Watch: Savatage Performs With Orchestra In Pompeii」(2026年7月28日)

2026年に出たライヴ盤『Madness Reigns From The Gutter (1990)』について、ジョニー・リー・ミドルトンは、あの夜の公演が丸ごとマルチトラックで録られていたとは知らなかったと話している。Record Plantの中継車はラジオ放送用のミックスを録っただけだと思っていたという。公演の日付は、バンドの1990年のツアー記録が、6月29日のハリウッド公演のセットをアルバムと同じ19曲、同じ順で載せていることから確かめられる。

出典: ブレイヴワーズ「Savatage Bassist Johnny Lee Middleton On Madness Reigns From The Gutter (1990) Live Album」(2026年8月24日)