DESTRUCTION

1982年に始まったドイツのスラッシュ・メタル・バンド、DESTRUCTION(デストラクション)のバイオグラフィとディスコグラフィー。EP『Sentence of Death』から『Birth of Malice』までの作品と再録音盤2作を、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式映像、来日公演の記録とともに掲載。

Biography

DESTRUCTION
バイオグラフィー

DESTRUCTION(デストラクション)は、ドイツ、フランス、スイスの三国が接する地域の町ヴァイル・アム・ラインで生まれたスラッシュ・メタル・バンドである。バンド自身は1982年を始まりの年としている。ベースとヴォーカルのシュミーア、ギターのマイク・ジフリンガー、ドラムのトミー・サンドマンの3人でSPVと契約し、1984年のEP『Sentence of Death』、1985年の『Infernal Overkill』、1986年の『Eternal Devastation』を発表した。1985年には初めてヨーロッパの外に出て、モントリオールのフェスティバル「World War III」で北米の舞台を踏んでいる。1989年にシュミーアが離れ、1990年代はマイク・ジフリンガーらが名前を引き継いだが、バンドはこの時期の作品を正式なディスコグラフィに数えていない。1999年にシュミーアとジフリンガーが再結成してからは、Nuclear Blast、AFM Records、再びNuclear Blastを経て、2021年からNapalm Recordsに所属している。ジフリンガーは2021年に脱退し、現在はシュミーア、ギターのダミア・エスキッチとマーティン・フュリア、ドラムのランディ・ブラックの4人で活動する。2025年の『Birth of Malice』はドイツのオフィシャル・チャートで10位に入り、バンド史上最高の順位となった。KREATOR、SODOMとともにドイツのスラッシュ・メタルを代表するバンドに数えられている。

結成とSPVとの契約(1982〜1984年)

バンドの出発点は、ドイツ、フランス、スイスの国境が交わる地域にあるヴァイル・アム・ラインである。バンドは1982年を始まりの年として数えており、2012年の『Spiritual Genocide』は30周年の作品として発表され(ブラバマウス、2012年)、2022年には40年前にこの地域で歩みが始まったと記している(公式サイト、2022年)。一方、2000年前後の公式サイトに載っていた年譜は、ドラムのトミー・サンドマン、ギターのマイク・ジフリンガー、ベースとヴォーカルのシュミーアの3人がヴァイル・アム・ラインでバンドを結成した年を1983年としていた(旧公式サイト、2000年/2001年)。laut.deによれば、3人は当初KNIGHT OF DEMONという名前を名乗っていた。

1984年、3人はデモ『Bestial Invasion from Hell』を作った。収録されたのは「Mad Butcher」「Total Desaster」「Antichrist」「Frontbeast」「Satan's Vengeance」「Tormentor」の6曲である(公式サイト)。同じ年にSPV Recordsと最初の契約を交わし、最初のミニ・アルバム『Sentence of Death』を発表した(旧公式サイト、2000年/2001年)。AFM Recordsのバイオによれば、「Black Mass」「Mad Butcher」「Satan's Vengeance」といった曲が並ぶこのEPの空想めいた題材から、バンドは早いうちに離れ、反教権的な主題や、社会と政治への批判へと歌詞の軸を移していった(AFM Records)。

『Infernal Overkill』『Eternal Devastation』と最初の北米公演(1985〜1986年)

1985年、バンドはSLAYERとヨーロッパを回り、各国のメタルのアンダーグラウンドで最初の大きな手応えを得た。同じ年に、最初のフル・アルバム『Infernal Overkill』を発表している(旧公式サイト、2000年/2001年/laut.de)。

その年の11月30日、バンドはモントリオールの会場The Palladiumで開かれたフェスティバル「World War III」に出演した。地元のVOIVODのマネージャー、Maurice Richardが、VOIVODの2作目の制作資金を集めるために企画した催しで、DESTRUCTIONとCELTIC FROSTはヨーロッパから飛行機で招かれた。両者にとっては北米で初めての公演であり、DESTRUCTIONにとってはヨーロッパの外で演奏する最初の機会でもあった。カリフォルニアのPOSSESSEDも、地元の外で初めてステージに立っている(Hellbound.ca、2010年)。OVERKILLのボビー“ブリッツ”エルズワースは後年、D.D.ヴァーニらとニュージャージーから車を走らせてこの公演を観に行ったことを振り返っている(ブラバマウス、2019年)。シュミーア自身は、1980年代の半ばにブルックリンのL'AmourでOVERKILLと共演して満員となった一夜を、両バンドがアメリカで同じ舞台に立った唯一の機会として挙げている(公式サイト、2025年)。

1986年の2作目『Eternal Devastation』では、地獄を題材にした曲に代わって、宗教を正面から批判する「Curse the Gods」や、重い障害を負った子どもの視点から書かれた「Life Without Sense」のような曲が並んだ(AFM Records)。バンドの年譜は、この年にヨーロッパを代表するスラッシュ・メタル・バンドの地位を築いたと記しており、KREATORとRAGEを前座に迎えてヨーロッパでヘッドライン・ツアーを行った(旧公式サイト、2000年/2001年/laut.de)。

4人編成の時代と『Release from Agony』(1987〜1989年)

1986年から1987年にかけて、ドラムのトミー・サンドマンがバンドを去った。laut.deは、表向きには音楽性の違いとされたが、実際には警察官の道を選んだのだと伝えている。後任のドラムにはオリバー・カイザーが座り、2本目のギターとしてハリー・ウィルケンスが加わって、バンドは4人編成となった。1987年にはミニ・アルバム『Mad Butcher』が出ている(旧公式サイト、2000年/2001年/laut.de)。1987年から1988年にかけては、アメリカ、南米、南ヨーロッパを回った(旧公式サイト、2001年)。

3作目のアルバム『Release from Agony』について、公式サイトの作品ページは発売を1987年11月としている(公式サイト)。バンドの年譜は、新しいメンバーの影響で初期の作風から離れた作品だったと振り返り、ファンとメディアの評価は割れたと記している(旧公式サイト、2001年)。1988年から1989年にかけてはMOTÖRHEADとヨーロッパを回り、各地のフェスティバルにも出演した(旧公式サイト、2001年)。シュミーアは後に、このときのリスボン公演を自身の最も印象深いステージのひとつに挙げている(旧公式サイト、2012年)。ライヴ・アルバム『Live Without Sense』が出たのもこの時期で、続いて3か月に及ぶアメリカ・ツアーが行われた(旧公式サイト、2001年)。laut.deは、CELTIC FROSTとのツアーにも触れている。

シュミーアの脱退と『Cracked Brain』(1989〜1990年)

1989年、4作目のアルバム『Cracked Brain』の録音の途中で、バンドはフロントマンのシュミーアと袂を分かった(旧公式サイト、2000年/2001年)。アルバムはPOLTERGEISTのアンドレ・グリーダーをゲスト・シンガーに迎えて完成し、1990年6月に発売された(公式サイト)。演奏はマイク・ジフリンガーとハリー・ウィルケンスがギターとベースを分け合い、ドラムはオリバー・カイザーが担った(公式サイト)。ドイツではSteamhammer(SPV)から、アメリカとイギリスではNoiseから発売されている(MusicBrainz)。バンドの年譜は、このアルバムが世界的にあまり受け入れられなかったと記している(旧公式サイト、2000年/2001年)。

バンドを離れたシュミーアは、ギターのSchmuddel、MEKONG DELTAやRUNNING WILD、STRATOVARIUSで叩いたドラムのヨルグ・マイケルとHEADHUNTERを組んだが、DESTRUCTIONの頃のような成功には届かなかった(laut.de)。

シュミーア不在の1990年代と「Neo-Destruction」(1991〜1998年)

1991年以降、マイク・ジフリンガーとオリバー・カイザーは、新しい顔ぶれとともにDESTRUCTIONの名前を使い続けた(旧公式サイト、2000年/2001年)。この時期には、Brain Butcher CompactからEP『Destruction』(1994年)、EP『Them Not Me』(1995年)、アルバム『The Least Successful Human Cannonball』(1998年)が出ている(MusicBrainz)。2009年の公式サイトのディスコグラフィは、これら3作をシュミーアのいないDESTRUCTION、すなわち「Neo-Destruction」の作品として別に掲げ、正式なディスコグラフィには数えないと明記していた(旧公式サイト、2009年)。2001年の公式サイトのディスコグラフィにも、現在の公式サイトの作品一覧にも、この3作は載っていない(旧公式サイト、2001年/公式サイト)。

再結成とNuclear Blast(1999〜2004年)

1999年、シュミーアとマイク・ジフリンガーは新しいドラマーのスヴェン・ヴォーマンを迎え、3人組としてDESTRUCTIONを再結成した。バンドの年譜は、メディアとファンからの強い要望に応えたものだとしている(旧公式サイト、2000年/2001年)。laut.deによれば、当時のシュミーアは繁盛するビストロを営んでおり、再結成の発想はファンとドイツのRock Hard誌から得たものだった。再結成のきっかけとなったデモは、のちに『The Butcher Strikes Back』として、2022年にオランダのVIC RecordsからCD、アナログ盤、カセットで発売されている(公式サイト、2022年)。復帰の舞台はドイツの大型野外フェスティバルのBang Your Head、With Full Force、Wacken Open Airで(旧公式サイト、2000年/2001年)、シュミーアは1999年のWackenでの復帰公演を、自身の最も印象深いステージのひとつに挙げている(旧公式サイト、2012年)。

再結成後の最初のアルバム『All Hell Breaks Loose』は、2000年にNuclear Blastから発売された(旧公式サイト、2001年/公式サイト、2010年)。プロデュースはHYPOCRISYとPAINのピーター・テクレンで、バンドはNuclear Blastのフェスティバル・ロードショーでHYPOCRISY、KATAKLYSM、CREMATORY、RAISE HELLと各地を回った(laut.de)。アルバムはドイツのオフィシャル・チャートで67位に入っている(ドイツのオフィシャル・チャート)。2000年から2001年にかけてのワールド・ツアーを経て、2001年には『The Antichrist』が出た(旧公式サイト、2002年)。

2001年10月、ツアーの日程が重荷となり、家族との時間も必要になったスヴェン・ヴォーマンが脱退し、まもなくマーク・レインが後任となった(laut.de)。2002年の初め、バンドはKREATOR、SODOMと3組でヨーロッパを回る〈Hell Comes to Your Town〉ツアーの最中にあり、2月のギリシャ公演2本が日程に加えられた(ブラバマウス、2002年)。Nuclear Blastは後に、このツアーを大きな成功だったと振り返っている(公式サイト、2010年)。同じ年の9月から10月には、KREATORの北米ツアー〈Hell Comes to Your Town〉にもCEPHALIC CARNAGE、DECEMBERとともに加わり(ブラバマウス、2002年)、KREATORの南米公演にも同行した(laut.de)。アメリカでの公演中にはシュミーアがベースを失くしたうえ右手を骨折し、イギリス・ツアーは取りやめとなったが、オーストラリアの公演は行われた(laut.de)。

2003年の『Metal Discharge』は、シュミーアの旧友でGURDのV.O.プルヴァーが営むスイスのLittle Creek Studioで録音された(laut.de)。この時期の舞台は、ライヴ・アルバム『Alive Devastation』と、Wacken Open Airの舞台裏も収めたライヴDVD『Live Discharge』(2004年)に残されている(公式サイト)。その後バンドはNuclear Blastを離れ、AFM Recordsに移った(laut.de)。

AFM Records時代(2005〜2010年)

AFM Recordsからの最初のアルバム『Inventor of Evil』は、2005年8月に発売された(AFM Records/laut.de)。プロデュースは再びピーター・テクレンで、「The Alliance of Hellhoundz」にはSAXON、DIMMU BORGIR、SOILWORK、CANDLEMASS、DEATH ANGEL、RAGEのシンガーに加えて、元IRON MAIDENのポール・ディアノとドロが歌で参加した(laut.de)。アルバムはドイツのチャートで68位に入り(ドイツのオフィシャル・チャート)、11月にはCANDLEMASSらとヨーロッパを回った(laut.de)。

2007年1月には、1980年代の曲をV.O.プルヴァーのもとで録り直した『Thrash Anthems』がAFM Recordsから出た(AFM Records/laut.de)。その直後には、INTO ETERNITY、MUNICIPAL WASTE、HIRAXとアメリカを回っている(laut.de)。

シュミーアがバンドの25周年を祝う作品と位置づけた『D.E.V.O.L.U.T.I.O.N.』は、2008年8月にAFM Recordsから発売された。新たにプロデューサーとしてヤコブ・ハンセンを迎え、「D.evolution」ではUFOのヴィニー・ムーアが、「U.rge (The Greed of Gain)」ではANNIHILATORのジェフ・ウォーターズがギター・ソロを弾いている。この年、バンドはノルウェーのInferno Festivalで最終夜のヘッドライナーを務めた(AFM Records)。アルバムはドイツのチャートで65位に入った(ドイツのオフィシャル・チャート)。laut.deによれば、シュミーアはこのアルバムに先立って、STRATOVARIUSが活動を止めていた時期に旧友のヨルグ・マイケルを誘ってHEADHUNTERを復活させ、新しいアルバムも作っている。

2009年には、ライヴ・アルバム『The Curse of the Antichrist – Live in Agony』が出た(AFM Records)。同年9月には、ベルギーで骨折したマイク・ジフリンガーに代わって、ポルトガルのCaos Emergente FestivalでEVILEのOl Drakeがギターを弾いた(AFM Records)。2010年1月には、ほぼすべての歴代メンバーがバンドの歴史を語るDVD『A Savage Symphony – The History of Annihilation』が発売された(AFM Records/laut.de)。この作品を置き土産に、ドラムのマーク・レインは2010年3月に脱退した。レーベルの発表によれば、ツアーの重圧から人間関係と音楽の両面で食い違いが生じ、双方が別々の道を選んだもので、レインは自身のロック・プロジェクトVOLCANOに専念するとした(AFM Records)。

Nuclear Blastへの復帰とヴァーヴェルの時代(2010〜2018年)

2010年、ポーランドを拠点とするドラマーのヴァーヴェル(本名Wawrzyniec Dramowicz)が加わった(ブラバマウス、2018年)。INDUKTI、UNSUN、LUNATIC SOULでも演奏してきた人物である(laut.de)。同じ年、バンドはNuclear Blastへの復帰を発表した。シュミーアは元の家に戻ったという思いを語り、これが最後のレーベル移籍になることを願った。Nuclear Blastの側も、自社が『All Hell Breaks Loose』と、それに続くKREATOR、SODOMとのツアーで再結成を後押ししたことに触れて、バンドを迎え入れている(公式サイト、2010年)。

復帰作の『Day of Reckoning』は2011年2月にヨーロッパで発売され(公式サイト)、ドイツのチャートで95位に入った(ドイツのオフィシャル・チャート)。2012年11月の『Spiritual Genocide』は、結成30周年を記念するアルバムとしてNuclear Blastから発売された。録音はトロイスドルフのGernhart StudiosでエンジニアのMartin Buchwalterが担当し、ミックスはアンディ・クラッセンが手がけた。SODOMのトム・エンジェルリッパー、TANKARDのGerre、EVILEのOl Drakeがゲストで加わり、『Mad Butcher』と『Release from Agony』の頃の顔ぶれも1曲を演奏している(ブラバマウス、2012年)。

2016年には『Under Attack』がNuclear Blastから出て(MusicBrainz)、ドイツのチャートで68位を記録した(ドイツのオフィシャル・チャート)。翌2017年の『Thrash Anthems II』は、1980年代の曲をファンとともに選んで録り直した2作目の作品である。シュミーアによれば、Nuclear Blastが当初この企画に乗らなかったため、PledgeMusicでファンから制作資金を募り、仕上がった作品を同社が11月に発売することになった(公式サイト、2017年)。

ヴァーヴェルは2015年、2人目の子どもの誕生を機にツアーから離れ、その間はPRIMAL FEARやANNIHILATORで叩いてきたランディ・ブラックが代わりを務めた(ブラバマウス、2018年)。シュミーアによれば、ブラックがヴァーヴェルに代わって叩いたのは、ヴァーヴェルが再び父親となった時期のSEPULTURAとのアメリカ・ツアーであった(公式サイト、2018年)。2018年1月、バンドはヴァーヴェルが家族の事情で脱退すると発表し、ヴァーヴェルは3月まで演奏を続けた。シュミーアは、バンドを終わらせることも、さよならツアーを行うこともないと明言した(ブラバマウス、2018年)。長いツアーを試用期間として共にしたランディ・ブラックは、2018年7月19日に正式なドラマーとして迎えられ、8月3日のWacken Open Airで正式メンバーとしての初舞台を踏んだ(公式サイト、2018年)。

2本のギターと『Born to Perish』(2019〜2020年)

2019年2月28日、バンドはスイスのギタリスト、ダミア・エスキッチを、マイク・ジフリンガーと並ぶ2人目のギタリストとして迎えた。ギター講師として働くエスキッチは、CORONERのトミー・ヴェッテルリに師事した経験を持ち、GOMORRAでも活動している。バンドは長く3人組であることを誇りにしてきたが、かつての4人編成の時期のように2本のギターを取り戻すときが来たと説明し、新しいアルバムも2本のギターで作曲と録音を済ませていた(公式サイト、2019年)。

『Born to Perish』は2019年の1月から2月にかけて、スイスのLittle Creek StudiosでV.O.プルヴァーとともに録音された。ランディ・ブラックとダミア・エスキッチが加わった最初のアルバムで、ブラックは作曲にも関わった。発売は2019年8月、レーベルはNuclear Blastである(公式サイト、2019年)。ドイツのチャートでは26位に入った(ドイツのオフィシャル・チャート)。

2019年のParty.San Metal Open Airで録音されたライヴ・アルバム『Born to Thrash – Live in Germany』は2020年7月に発売された。初回盤には、ファン参加のキャンペーンで集まった数千の名前を載せた世界地図のポスターが付いている(公式サイト、2020年)。このアルバムはドイツのチャートで50位を記録した(ドイツのオフィシャル・チャート)。

マイク・ジフリンガーの脱退とNapalm Records(2021〜2022年)

2021年1月1日、バンドはスイスのライヴハウスZ7から配信公演「Live Stream Attack」を行った。パンデミックのさなかに世界のファンとつながったこの公演は、Blu-rayと2枚組CDの『Live Attack』として2021年8月に発売され、同年4月14日に世界規模の契約を発表したNapalm Recordsからの最初の作品となった(公式サイト、2021年)。『Live Attack』はドイツのチャートで70位に入っている(ドイツのオフィシャル・チャート)。

2021年8月19日、バンドはマイク・ジフリンガーが3月に脱退していたことを公表した。39年在籍したジフリンガーは、つらい決断だったとしながらも、バンドがもはや自分にしっくりこなくなったと説明している。後任には、2016年からバンドのサウンド・エンジニア兼ツアー・マネージャーを務め、プロデューサーでもあるマーティン・フュリアが就いた。同じ日には新曲「State of Apathy」がシングルとビデオで公開され、シュミーアはこの曲が、より原点に立ち返り、ギターを前に出す次のアルバムの方向を示すものだと語った(公式サイト、2021年)。「State of Apathy」は、同年9月に限定の12インチ・シングルとしても発売された(公式サイト、2021年)。

『Diabolical』は2022年4月にNapalm Recordsから発売され、ドイツのオフィシャル・チャートで12位に入った。バンドはこれを自分たちの歴史で最も高い順位として喜んだ(公式サイト、2022年/ドイツのオフィシャル・チャート)。結成40周年にあたるこの年、バンドは地元の野外フェスティバルBaden in Blutの7月22日のステージを、年内唯一の記念公演とした(公式サイト、2022年)。最初のデモとEP、未発表だった初期のライヴの全編、「HELL demo」を収めた666セット限定のボックス・セット『Bullets Loading – 40 Years of Total Destruction』も、High Roller Recordsとともに企画された(公式サイト、2022年)。

『Birth of Malice』と現在(2023年〜)

2023年7月31日、バンドはKREATOR、SODOM、TANKARDとともに、2024年7月20日にゲルゼンキルヒェンのAmphitheaterで開かれるKlash of the Ruhrpottに出演すると発表した(公式サイト、2023年)。ブラバマウスはこれを、ドイツのスラッシュの「Teutonic Big Four」がそろう顔合わせとして伝えた(ブラバマウス、2023年)。当日の公演は、KREATORのステージの途中で悪天候のため打ち切られている(Rock Hard)。

2025年3月にNapalm Recordsから出た『Birth of Malice』は、ドイツのオフィシャル・チャートで10位に入り、『Diabolical』を上回るバンド史上最高の順位となった(公式サイト、2025年/ドイツのオフィシャル・チャート)。同じ月の6日には、バンドのドキュメンタリー映画『The Art of Destruction』が、ベルリンのアレクサンダー広場にある映画館Cinestar Cubixで初めて上映された(公式サイト、2025年)。

2025年10月には、TESTAMENT、OBITUARY、GOATWHOREとヨーロッパを回る〈Thrash of the Titans〉ツアーに加わり、ミュンヘン公演は満員となり、オランダのユトレヒト公演は売り切れた(公式サイト、2025年)。同年12月にはその北米版が発表され、2026年3月13日のシアトルから4月10日のサンフランシスコまで、TESTAMENT、OVERKILLとアメリカを回った。シアトルなど4公演はTESTAMENT抜きで行われ、最終日のサンフランシスコにはOVERKILLが出ていない(公式サイト、2025年/2026年)。このツアーのために、バンドはテキサスのHell's Heroesへの出演を取りやめている(公式サイト、2025年)。2025年12月には、2026年2月に中国で3公演を行い、タイのバンコクにも戻ることも告知された(公式サイト、2025年)。

2026年5月、バンドは夏の日程を発表した。5月23日にボルティモアのMaryland Deathfestで『Infernal Overkill』の特別なセットを披露し、9月6日のウィーンまでヨーロッパ各地のフェスティバルを回るという内容である(公式サイト、2026年)。6月にはオランダとハンガリーのフェスティバルから夏の日程が始まっている(公式サイト、2026年)。

評価と位置づけ

AFM Recordsは2008年のバイオで、DESTRUCTIONをSODOM、KREATORと並ぶドイツのスラッシュ・メタルの3つの古典的なバンドのひとつとして紹介した(AFM Records)。ドイツのRock Hard誌は、TANKARD、SODOM、KREATORとともにDESTRUCTIONをドイツのスラッシュ・メタルの「Big 4」に数えている(Rock Hard)。SODOMのトム・エンジェルリッパーは、DESTRUCTIONはSODOMよりもスラッシュ・メタルの色が濃く、独自のスタイルを作り上げたバンドだと語っている(ブラバマウス、2023年)。

メンバー

現在の顔ぶれは次の4人である(公式サイト)。

メンバー担当在籍
シュミーア(本名Marcel Schirmer)ヴォーカル、ベース1982〜1989年、1999年〜
ダミア・エスキッチギター、バッキング・ヴォーカル2019年〜
マーティン・フュリアギター、バッキング・ヴォーカル2021年〜
ランディ・ブラックドラム2018年〜

かつてのメンバーは次の通りである(公式サイト/旧公式サイト/AFM Records/ブラバマウス/laut.de)。

メンバー担当在籍
マイク・ジフリンガーギター1982〜2021年(1990年代はシュミーア抜きで名前を継いだ)
トミー・サンドマンドラム1982〜1986/87年
オリバー・カイザードラム1986/87年〜1990年代
ハリー・ウィルケンスギター『Mad Butcher』から『Cracked Brain』まで
アンドレ・グリーダーヴォーカル『Cracked Brain』(1990年)のゲスト・シンガー
スヴェン・ヴォーマンドラム1999〜2001年
マーク・レインドラム2001〜2010年
ヴァーヴェル(本名Wawrzyniec Dramowicz)ドラム2010〜2018年

ディスコグラフィ

年タイトル種別レーベル
1984Sentence of DeathEPSteamhammer(SPV)
1985Infernal Overkillスタジオ・アルバムSteamhammer(SPV)
1986Eternal Devastationスタジオ・アルバムSteamhammer(SPV)
1987Mad ButcherEPSteamhammer(SPV)
1987Release from Agonyスタジオ・アルバムSteamhammer(SPV)
1990Cracked Brainスタジオ・アルバムSteamhammer(SPV)
2000All Hell Breaks Looseスタジオ・アルバムNuclear Blast
2001The Antichristスタジオ・アルバムNuclear Blast
2003Metal Dischargeスタジオ・アルバムNuclear Blast
2005Inventor of Evilスタジオ・アルバムAFM Records
2007Thrash Anthems再録音アルバムAFM Records
2008D.E.V.O.L.U.T.I.O.N.スタジオ・アルバムAFM Records
2011Day of Reckoningスタジオ・アルバムNuclear Blast
2012Spiritual Genocideスタジオ・アルバムNuclear Blast
2016Under Attackスタジオ・アルバムNuclear Blast
2017Thrash Anthems II再録音アルバムNuclear Blast
2019Born to Perishスタジオ・アルバムNuclear Blast
2022Diabolicalスタジオ・アルバムNapalm Records
2025Birth of Maliceスタジオ・アルバムNapalm Records

このほかに、デモの『Bestial Invasion from Hell』(1984年)、ライヴ・アルバムの『Live Without Sense』(1989年)、『Alive Devastation』(2002年)、『The Curse of the Antichrist – Live in Agony』(2009年)、『Born to Thrash – Live in Germany』(2020年)、ライヴ映像作品の『Live Discharge』(2004年)と『Live Attack』(2021年、Blu-rayと2枚組CD)、歴代のメンバーが歴史を語るDVD『A Savage Symphony – The History of Annihilation』(2010年)、1999年の再結成デモに珍しい曲を加えた『The Butcher Strikes Back』(2022年)、シングル「State of Apathy」(2021年)がある(公式サイト/旧公式サイト、2009年/AFM Records)。シュミーアが不在だった時期のEP『Destruction』(1994年)、EP『Them Not Me』(1995年)、アルバム『The Least Successful Human Cannonball』(1998年)は、バンド自身が「Neo-Destruction」の作品として正式なディスコグラフィから外しているため、ここには含めていない(旧公式サイト、2009年)。

日本公演

DESTRUCTIONは2003年5月27日と28日の2夜、東京の渋谷CLUB QUATTROで公演を行った。当時のバンド公式サイトのコンサート欄は、この2公演を「"ALIVE DEVASTATION" in Nippon」の見出しで掲げていた(バンド公式サイト)。続いて2005年9月17日・18日には、川崎のCLUB CITTA'で開かれたスラッシュ・メタルのフェスティバル〈THRASH DOMINATION 05〉に、TESTAMENT、LAAZ ROCKIT、KREATORとともに両日出演した(クラブチッタ公式サイト、THRASH DOMINATION公式サイト)。2007年9月22日・23日の〈THRASH DOMINATION 07〉にも、NUCLEAR ASSAULT、ANNIHILATOR、NEVERMOREとともに2日間とも名を連ねている(クラブチッタ公式サイト、Blabbermouth)。

2009年5月には、SMASHのシリーズ公演〈EXTREME THE DOJO Vol.21〉にCEPHALIC CARNAGE、INTO ETERNITYとともに参加し、12日に心斎橋CLUB QUATTRO、13日に名古屋CLUB QUATTRO、14日に渋谷CLUB QUATTROを回った。開場18時・開演19時、前売料金は1ドリンク付きで7,300円である。SMASHは告知で、SODOM、EXODUSに続いてこのシリーズに迎えるバンドとしてDESTRUCTIONを紹介していた(SMASH公式サイト)。

〈THRASH DOMINATION〉への3度目の出演は、2010年以来の開催となった2013年3月9日・10日の〈THRASH DOMINATION 2013〉で、副題は「ANASTASIS / 復活」、共演はTESTAMENTとDEATH ANGELであった。会場は再びCLUB CITTA'で、開場15時・開演16時、前売9,500円、出演3組すべてのサイン会が両日に組まれた(クラブチッタ公式サイト、THRASH DOMINATION公式サイト)。この来日の間に、ギターのマイク・ジフリンガーがHMVのインタビューに応じている(HMV)。

2016年1月9日・10日の〈THRASH DOMINATION 2016〉には、ヘッドライナーのKREATOR、DARK ANGELとともに出演した。タイムテーブルは両日共通で、DESTRUCTIONの出番はDARK ANGELとKREATORの間、17時25分から18時45分までの80分であった。翌11日には関連公演として大阪の梅田Shangri-Laで単独公演を行い、主催者はこの夜のステージが2時間を越えると告知していた。開場16時・開演17時、前売6,800円で、翌12日のKREATORの梅田CLUB QUATTRO公演との通し券10,800円も数を限って売られた(THRASH DOMINATION公式サイト)。

2018年2月にバンドが発表したアジア・ツアーには、4月16日の東京・目黒のRockmaykanでの公演が組まれていた(Bandwagon)。ツアーに出る直前、中国の2公演は中止となっている(バンド公式サイト)。

2026年1月から2月にかけての〈East Asia Thrash Attack 2026 JAPAN〉は、8年ぶりの来日公演として売り出された。1月30日の横浜ReNY beta、31日の新宿club SCIENCE、2月1日の大阪PANHEAD GROOVEの3公演で、いずれも開場18時30分・開演19時、料金は一般9,000円、24歳以下5,000円であった。チケットはEvoken de Valhall Productionが運営するEVP4Uで扱われた(EVP4U)。バンドによれば、2025年11月30日の先行販売で東京公演は数分、大阪公演は数時間のうちに売り切れている(バンド公式サイト)。日本のあとはタイと中国を回った(バンド公式サイト)。

日付会場公演
2003年5月27日渋谷CLUB QUATTRO(東京)単独公演("ALIVE DEVASTATION" in Nippon)
2003年5月28日渋谷CLUB QUATTRO(東京)単独公演("ALIVE DEVASTATION" in Nippon)
2005年9月17日・18日CLUB CITTA'(川崎)〈THRASH DOMINATION 05〉
2007年9月22日・23日CLUB CITTA'(川崎)〈THRASH DOMINATION 07〉
2009年5月12日心斎橋CLUB QUATTRO(大阪)〈EXTREME THE DOJO Vol.21〉
2009年5月13日名古屋CLUB QUATTRO(名古屋)〈EXTREME THE DOJO Vol.21〉
2009年5月14日渋谷CLUB QUATTRO(東京)〈EXTREME THE DOJO Vol.21〉
2013年3月9日・10日CLUB CITTA'(川崎)〈THRASH DOMINATION 2013〉
2016年1月9日・10日CLUB CITTA'(川崎)〈THRASH DOMINATION 2016〉
2016年1月11日梅田Shangri-La(大阪)単独公演(〈THRASH DOMINATION 2016〉の関連公演)
2018年4月16日Rockmaykan(東京・目黒)アジア・ツアーの東京公演
2026年1月30日横浜ReNY beta(横浜)〈East Asia Thrash Attack 2026 JAPAN〉
2026年1月31日新宿club SCIENCE(東京)〈East Asia Thrash Attack 2026 JAPAN〉
2026年2月1日PANHEAD GROOVE(大阪)〈East Asia Thrash Attack 2026 JAPAN〉

出典について

出典は、DESTRUCTIONの公式サイト(destruction.de)の作品ページとニュース、インターネット・アーカイブに残る旧公式サイトの年譜(2000年、2001年、2002年)、ディスコグラフィ(2001年、2009年)、メンバー紹介(2012年)、ニュース(2010年〜2021年)、AFM Recordsのアーティスト・ページとニュース(インターネット・アーカイブに保存されたもの)、ドイツのオフィシャル・チャート、ブラバマウス、laut.de、ドイツのRock Hard誌、カナダのHellbound.caである。1990年代の3作と『Cracked Brain』『Under Attack』の発売元はMusicBrainzで確かめた。

Trivia

川崎のCLUB CITTA'で開かれてきたスラッシュ・メタルのフェスティヴァル〈THRASH DOMINATION〉の出演者に、DESTRUCTIONは2005年から2016年までのあいだに4度名を連ねている。主催者の公式サイトの記録によれば、最初は2005年9月17日・18日の〈THRASH DOMINATION 05〉で、TESTAMENT、LAAZ ROCKIT、KREATORと共演した。2007年9月22日・23日の〈07〉ではNUCLEAR ASSAULT、ANNIHILATOR、NEVERMOREと並んだ。2013年3月9日・10日の回は「ANASTASIS -復活-」と銘打たれ、TESTAMENT、DEATH ANGELとの3組による開催だった。2016年1月の〈THRASH DOMINATION 2016〉でもKREATOR、DARK ANGELとともに出演者に挙がり、関連公演として1月11日に大阪の梅田Shangri-Laでの単独公演が組まれた。

出典: THRASH DOMINATION公式サイト「HISTORY」(Internet Archive、2015年12月30日の保存版、2026年10月20日参照)

2018年、DESTRUCTIONはアジアとオーストラリアを回るツアーの幕を東京で開けた。東京のロック情報サイトRoppongi Rocksの記事によれば、公演の前日には都内のスタジオで、ごく少数の熱心なファンを前にリハーサルをまるごと披露する催しも開かれ、本番の目黒の会場は満員だった。シュミーアは楽屋で、この仕事でなければ日本に来ることはなかっただろうと話している。8年ぶりの来日として組まれたのが〈East Asia Thrash Attack 2026 JAPAN〉である。2025年11月25日にバンドが発表し、2026年1月30日の横浜ReNY beta、31日の新宿club SCIENCE、2月1日の大阪PANHEAD GROOVEという日程が組まれた。バンドによれば、東京は先行販売の開始から数分、大阪も数時間で売り切れた。公演ページを出したEvoken de Valhall Production.は、日本ではSODOM、KREATORとともに「ジャーマンスラッシュ三羽ガラス」と呼ばれるバンドとして紹介している。

出典: EVP4U(Evoken de Valhall Production.)「East Asia Thrash Attack 2026 JAPAN」公演ページ(2026年10月20日参照)

DESTRUCTIONの前身は、マイク・ジフリンガーとトミー・サンドマンがいたKNIGHT OF DEMONというバンドである。シュミーアの回想によれば、ヴァイル・アム・ライン周辺でヘヴィ・メタルに夢中な若者はほんの一握りしかおらず、ベーシストを探していた彼らは、パッチを縫い付けたデニムのベストに長髪というシュミーアの姿に目を留め、あるパーティーで加入を持ちかけてきた。シュミーアはそれまでベースを弾いたことがなく、翌日みんなで楽器を買いに行ったという。音がどんどん重く速くなるにつれ、KNIGHT OF DEMONという名前はそぐわなくなっていった。「Sonic Destruction」という言葉の響きが気に入り、投票でDESTRUCTIONという名前に決めたとシュミーアは話している。同じころ2人目のギタリストが抜け、練習場所も失った。2000年の取材でシュミーアは、メロディアスな音楽をやりたかったメンバーたちが去っていったことも改名の背景として挙げている。

出典: High Roller Records『Sentence of Death』MCD再発盤の商品ページ(HRR 544、Internet Archive 2024年11月6日の保存版、2026年10月20日参照)

デモ・テープを方々のレーベルに送ったところ、Noise Recordsからは、パンク・バンドとは契約しないという返事が来た。High Roller Recordsの再発盤に寄せたメンバーの回想は、この話を笑い話として紹介している。興味を示した中から当時いちばん大きかったSPV/Steamhammerを選んだが、経験不足のせいで長年縛られる契約を結んでしまったという。シュミーアによれば、レーベルは最初からアルバムを作らせたのではなく、EP『Sentence of Death』を試験と位置づけ、ファンに受け入れられれば本契約を結ぶと告げていた。写真にも逸話がある。デモ用の最初の撮影はメンバーの住む小さな村の墓地と古いナチスの掩蔽壕のあいだで行われ、レーベルが契約したのは3人が兄弟のように見えたからだったという。EPの写真はSPVの本拠地ハノーファーの墓地で撮られた。アメリカ盤には1984年の同じ撮影の別カットが使われたが、トミー・サンドマンは誰からも相談を受けておらず、誰がなぜ決めたのかは今も知らないと話している。

出典: High Roller Records『Sentence of Death』MCD再発盤の商品ページ(HRR 544、Internet Archive 2024年11月6日の保存版、2026年10月20日参照)

EP『Sentence of Death』は1984年9月、ベルリンのCaet Studioで録音とミックスが行われた。スタジオを手配したのはレーベルで、ミックスとマスタリングはホルスト・ミュラーが担当した。プロデュースはS.A.D.O.のギタリスト、Wolfgang Eichholzだったが、シュミーアは、作業はすべてミュラーがこなし、プロデューサーは一度も顔を出さなかったと笑う。ミュラーの仕事ぶりを買ったバンドは、次の『Infernal Overkill』も彼に任せた。トミー・サンドマンにとっては、メンバーの誰もが初めて訪れるベルリンだった。一行はトラックで東ドイツを抜ける通過路を走り、国境では警備兵がバンドを怪しみ、バンドの方も警備兵を警戒していたという。シュミーアも、西ベルリンへの回廊を走ったときは鳥肌が立ったと語っている。

出典: High Roller Records『Sentence of Death』MCD再発盤の商品ページ(HRR 544、Internet Archive 2024年11月6日の保存版、2026年10月20日参照)

「Mad Butcher」の歌詞はマイク・ジフリンガーが1983年に書いたもので、シュミーアによれば、着想のもとは切り裂きジャックの事件だった。バンドが最初期に書いた曲の一つでもある。この曲は1984年のEP『Sentence of Death』に収められ、1987年には新しいメンバーを迎え、2本のギターのソロを加えてEP『Mad Butcher』の表題曲として録り直された。後年メンバーは、一度聴いたら耳に残るリフとスプラッター調の歌詞のおかげで、この曲がバンドの代名詞になったと振り返っている。

出典: High Roller Records『Mad Butcher』MLP再発盤の商品ページ(HRR 548、Internet Archive 2024年11月3日の保存版、2026年10月20日参照)

DESTRUCTIONのマスコットであるMad Butcherが初めて絵になったのは、1987年のEP『Mad Butcher』のジャケットである。描いたのはドイツの画家、Sebastian Krügerで、前年の『Eternal Devastation』のジャケットも彼の作品だった。このキャラクターの生まれた経緯については、メンバーの話が食い違う。シュミーアは、実在のモデルはいないとしたうえで、古い曲を録り直したのはレーベルの希望で、レーベルはそこに可能性を見ていたと説明し、この男がバンドのマスコットとして崇められるまでになったのはKrügerの見事な絵のおかげでもあると話す。一方のマイク・ジフリンガーは、肉屋というアイデアを出したのは当時のマネージャーだったと述べている。2010年にはシュミーア自身が、肉屋の図柄をバンドの「classical」な題材と呼んでいる。

異説あり出典: High Roller Records『Mad Butcher』MLP再発盤の商品ページ(HRR 548、Internet Archive 2024年11月3日の保存版、2026年10月20日参照)

EP『Mad Butcher』は1986年の終わりに、ノルトライン=ヴェストファーレン州のミュンスターで録音された。プロデューサーはWONDERLANDの元メンバー、カレ・トラップである。表題曲は2年前の『Sentence of Death』の曲を録り直したもので、新ドラマーのオリバー・カイザーによれば、加入を試すジャムで最初に合わせた曲の一つだった。曲の最後に流れる「ピンク・パンサー」のテーマは計画したものではなく、ハリー・ウィルケンスが遊びで弾き始めたところにカイザーが冗談でハード・ロック風のドラムを付けたのだという。録音を終えると、レーベルから当時のいわゆる「ミニLP」にするには曲が足りないと連絡が入り、ウィルケンスとマイク・ジフリンガーがスタジオに戻って「The Last Judgement」を短時間でまとめ上げた。ジフリンガーは、ジャム・セッションのような実験だったと振り返っている。

出典: High Roller Records『Mad Butcher』MLP再発盤の商品ページ(HRR 548、Internet Archive 2024年11月3日の保存版、2026年10月20日参照)

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Current Members / 現メンバー

バンドの公式サイトで確認した現行ラインナップです。2026-10-20時点。

Schmier
ヴォーカル、ベース
Damir Eskić
ギター、バッキング・ヴォーカル
Martin Furia
ギター、バッキング・ヴォーカル
Randy Black
ドラム

Albums

Birth of Malice CD
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マーティン・フュリアとダミア・エスキッチの2本のギターで作ったアルバム。日本盤が2025年3月5日、ヨーロッパ盤がその2日後に出て、ドイツで10位。最後の曲はACCEPTのカヴァー。

Diabolical CD
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創設メンバーのマイク・ジフリンガーが去り、マーティン・フュリアを迎えて作った最初のアルバム。2021年にスイスで録音し、2022年4月8日にNapalm Recordsから発売。

Born to Perish CD
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ランディ・ブラックとダミア・エスキッチが加わり、再び4人編成で作ったアルバム。2019年初めにスイスで録音し、8月9日にNuclear Blastから発売。ドイツで26位。

Thrash Anthems II CD
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1980年代の曲を録り直したDESTRUCTIONの再録音アルバム第2弾。選曲はファンと行い、制作費はPledgeMusicで募った。2017年11月10日にNuclear Blastから発売。

Under Attack CD
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ツアーの合間に数回に分けて録音し、2016年5月13日にNuclear Blastから発売されたアルバム。ドイツのチャートで68位に入った。

Spiritual Genocide CD
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結成30周年を記念し、2012年11月23日に発売されたアルバム。TANKARDとSODOMのメンバーが客演し、『Mad Butcher』の頃の編成も1曲で再結集した。

Day of Reckoning CD
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新ドラマーのヴァーヴェルが加わった最初のアルバムで、Nuclear Blastに戻り2011年2月18日に発売。ミックスとマスタリングはヤコブ・ハンセンが手がけた。

D.E.V.O.L.U.T.I.O.N. CD
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2008年8月29日にAFM Recordsから発売されたアルバム。10曲の頭文字が題名を綴り、ゲイリー・ホルトとジェフ・ウォーターズがソロで客演した。

Thrash Anthems CD

DESTRUCTIONが1984年から1990年までの13曲を録り直し、新曲2曲を加えた再録音アルバム。2007年1月にAFM Recordsから発売された。

Inventor of Evil CD
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2005年発表。AFM Recordsからの作品で、「The Alliance of Hellhoundz」にビフ・バイフォードやドロ・ペッシュら9人のシンガーが加わった。

Metal Discharge CD
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2003年発表。ドラムにマーク・レインを迎えた最初のアルバムで、スイスのLittle Creek Studioで、バンドとV.O.プルヴァーの共同プロデュースにより録音された。

The Antichrist CD

2001年発表の再結成後2作目。再びピーター・テクレンのAbyss Studiosで録音され、スヴェン・ヴォーマンがドラムを叩いた最後のスタジオ・アルバムとなった。

All Hell Breaks Loose CD

2000年発表の復活作。前年にシュミーアが戻って3人編成となったバンドが、スウェーデンのAbyss Studiosでピーター・テクレンと録音した。

Cracked Brain CD

1990年の4作目。録音中にシュミーアと別れ、スイスのPOLTERGEISTのアンドレ・グリーダーが歌った。THE KNACKの「My Sharona」のカヴァーを含む。

Release from Agony CD

1987年にSteamhammerから出た3作目のアルバムで、4人編成による初のフル・アルバム。KREATORのミレ・ペトロッツァとヴェンターがバッキング・ヴォーカルで参加した。

Mad Butcher EP

ハリー・ウィルケンスとオリバー・カイザーが加わった4人編成の最初の作品。表題曲の録り直しを含む4曲入りのEPで、1987年にSteamhammerから出た。

Eternal Devastation CD

1986年7月にSteamhammerから出た2作目のアルバム。同年4月にバイエルンのスタジオで録音し、オリジナルの3人による最後の作品となった。

Infernal Overkill CD
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1985年5月24日にSteamhammerから出たDESTRUCTION初のフル・アルバム。EPと同じベルリンのCaet Studioで録音し、バンドのロゴと髑髏が初めて登場した作品。

Sentence of Death EP

1984年のデモに続くDESTRUCTION初のレコード。同年9月にベルリンのCaet Studioで録音し、11月にSteamhammerから出した6曲入りのEP。