EUROPE

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Biography

ヨーロッパ (EUROPE)
スウェーデン・ロックの先駆者たちの軌跡、音楽的変遷、ディスコグラフィ

1. 北欧から世界へ響いた旋律

スウェーデンのアップランズ・ヴェスビー (Upplands Väsby) で結成されたロックバンド、ヨーロッパ (EUROPE)は、1980年代のハードロック黄金期において、北欧メタル (Nordic Metal) というジャンルを世界的なメインストリームへと押し上げたパイオニア的存在である。EUROPEのキャリアは、世界的なアンセムとなった「ファイナル・カウントダウン (The Final Countdown)」による商業的な頂点だけでなく、1990年代の活動休止、そして2000年代以降 of 再結成を経て、ブルース (Blues) や70年代クラシック・ロック (Classic Rock) のルーツへと回帰し、芸術的な成熟を遂げた点において特異である。

2. 第1章: 創生期 - フォース (Force) の時代と苦闘 (1978-1982)

2.1 文化的背景と結成の経緯

1970年代後半のスウェーデン、ストックホルム (Stockholm) 郊外のアップランズ・ヴェスビー (Upplands Väsby)は、労働者階級の若者たちが多く住む地域であり、当時の若者文化の中心にはリハーサル・スタジオやユース・センターが存在した。この環境下で、後にヨーロッパ (EUROPE) の核となる二人の才能、ヴォーカリストのジョーイ・テンペスト (Joey Tempest)(本名: ロルフ・ヨアキム・ラーション / Rolf Joakim Larsson) とギタリストのジョン・ノーラム (John Norum) が出会うことになる。

当時15歳だったジョーイ・テンペスト (Joey Tempest)は、ロクサーン (Roxanne) というバンドで活動しており、ベースとヴォーカルを担当していた。一方、ジョン・ノーラム (John Norum) は WC というバンドでギターを弾いており、地元ではその卓越したテクニックで知られていた。互いのライブを見に行き、その才能を認め合っていた二人は、1979年に合流を決意する。

二人は、ベーシストのピーター・オルソン (Peter Olsson) とドラマーのトニー・レノ (Tony Reno) (本名:トニー・ニーメスト / Tony Niemistö)を加え、新バンド「フォース (Force)」を結成した。バンド名は、当時のハードロック・シーンにおいて力強さを象徴するものとして選ばれた。

表2-1: フォース (Force) 結成時のラインナップ (1979)

メンバー名 (英語/カタカナ) 担当楽器 備考
Joey Tempest (ジョーイ・テンペスト) Vocals, Keyboards, Guitar 主なソングライター。当時はベースも演奏。
John Norum (ジョン・ノーラム) Guitar マイケル・シェンカー (Michael Schenker) 等に影響を受ける。
Peter Olsson (ピーター・オルソン) Bass 結成の中心人物だが、1981年に脱退。
Tony Reno (トニー・レノ) Drums 初期のグルーヴを支えたが、後に技術的問題で解雇。

2.3 メンバーの変動とジョン・レヴィン (John Levén) の加入

1981年、バンドは最初のメンバーチェンジを経験する。ベーシストのピーター・オルソン (Peter Olsson) が脱退したのである。ジョン・レヴィン (John Levén) の証言によれば、ピーター・オルソン (Peter Olsson) はバンドの結成に大きく貢献したが、急速に人気と実力を高めていくバンドの中で、彼の演奏技術が追いつかなくなっていたとされる。

ピーター・オルソン (Peter Olsson) の脱退後、バンドは一時的にマルセル・ヤコブ (Marcel Jacob) をベーシストとして迎えた。マルセル・ヤコブ (Marcel Jacob) は後にイングヴェイ・マルムスティーン (Yngwie Malmsteen) のライジング・フォース (Rising Force) やタリスマン (Talisman) で活躍する才能あるミュージシャンであったが、フォース (Force) での在籍期間は1981年の4月1日から6月1日までのわずか3ヶ月間であった。

その後、ジョン・レヴィン (John Levén) が正式なベーシストとして加入した。彼の加入により、ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest)、ジョン・ノーラム (John Norum)、ジョン・レヴィン (John Levén)、トニー・レノ (Tony Reno) という、デビュー・アルバムのラインナップが完成した。ジョン・ノーラム (John Norum)は、この新体制となったバンドが「地域で最も勤勉かつ享楽的なミュージシャン」として評判になり、10時間のリハーサルの後に朝まで飲み明かすような生活を送っていたと回想している。

2.4 運命の転換点: Rock-SM (1982)

1982年は、バンドの運命を決定づける年となった。ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest) の当時のガールフレンドが、スウェーデンで開催される全国規模のロック・タレント・コンテスト 「Rock-SM (Swedish Rock Championships)」に、バンドのデモテープを無断で応募したのである。

このコンテストへの参加にあたり、ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest) はバンド名を「フォース (Force)」 から 「ヨーロッパ (EUROPE)」 に変更することを提案した。この名前は、彼が敬愛するディープ・パープル (Deep Purple) のライブ・アルバム『メイド・イン・ヨーロッパ (Made in EUROPE)』 からインスピレーションを得たものであった。

コンテストにはスウェーデン全土から約4000バンドが参加したが、ヨーロッパ (EUROPE) は予選を順調に勝ち抜き、1982年12月13日に行われた決勝戦へと進出した。EUROPEは決勝のステージで「In The Future To Come」 と 「The King Will Return」の2曲を披露した。

結果は圧倒的な勝利であった。ヨーロッパ (EUROPE) は優勝を果たしただけでなく、個人の部門賞も独占した。

  • 優勝: ヨーロッパ (EUROPE)
  • ベスト・ヴォーカリスト: ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest)
  • ベスト・ギタリスト: ジョン・ノーラム (John Norum)

優勝賞品は、トーマス・エルトマン (Thomas Erdtman) が運営するホット・レコード (Hot Records) とのレコーディング契約であった。トーマス・エルトマン (Thomas Erdtman) は当初、ハードロック・バンドをマネジメントすることに懐疑的であり、「ハードロック・バンドで何ができるんだ?」と頭を抱えていたという証言もあるが、優勝後にEUROPEのマネージャーとなり、初期の成功を牽引することになる。

3. 第2章: デビューと日本での先行ブレイク (1983-1984)

3.1 デビュー・アルバム『幻想交響詩 (EUROPE)』の衝撃

1983年3月14日、デビュー・アルバム『幻想交響詩(EUROPE)』(原題: EUROPE) がリリースされた。このアルバムはストックホルムのエレクトラ・スタジオ (Electra Studio) で録音されたが、制作予算は限られており、週末を利用してわずか2週間で完成された。

  • 音楽的特徴: このアルバムは、NWOBHM (New Wave of British Heavy Metal) の影響を色濃く反映しており、スピード感溢れるリフと、北欧特有の哀愁を帯びたメロディ (いわゆる「北欧メタル」の原型) が融合していた。シンセサイザーの使用はまだ限定的で、ジョン・ノーラム (John Norum) のギターがサウンドの主軸を担っていた。
  • 収録曲: オープニングの「In The Future To Come」 や 「Seven Doors Hotel」は、当時のEUROPEの若さとエネルギーを象徴している。

3.2 日本市場での熱狂と 「Seven Doors Hotel」

特筆すべきは、日本市場における反応の速さと熱量である。デビュー・シングルとなった「セブン・ドアーズ・ホテル (Seven Doors Hotel)」は、スウェーデン本国でもヒットしたが、日本ではオリコン洋楽チャートなどでトップ10入りを果たす大ヒットとなった。

この楽曲は、ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest) がイタリアのホラー映画 『The Beyond』を観てインスパイアされ書き上げたものであり、ドラマチックな構成とキャッチーなサビが日本のロックファンの琴線に触れた。1983年の時点で、日本盤LP『幻想交響詩』はオリコン総合アルバムチャートでも62位を記録している。この時期の日本での成功が、バンドに自信を与え、国際的な活動への足掛かりとなったことは疑いようがない。

3.3 『明日への翼 (Wings of Tomorrow)』 と進化

1984年2月24日、2ndアルバム『明日への翼 (Wings of Tomorrow)』 がリリースされた。このアルバムはストックホルムのポーラー・スタジオ (Polar Studios) で録音され、前作よりもプロダクションの質が格段に向上した。

  • 音楽的進化: ソングライティングにおいて飛躍的な成長が見られる。「Stormwind」や「Scream of Anger」 のようなハードな楽曲に加え、「Open Your Heart」 (後に『Out of This World』で再録音される)のようなバラード、「Lyin' Eyes」のようなメロディックな楽曲など、多様性が増した。
  • 評価: このアルバムは、バンドにとって非常に重要な作品と位置付けられている。CBSレコード (CBS Records) がEUROPEに注目し、国際的なメジャー契約をオファーするきっかけとなったからである。

3.4 メンバーチェンジ: ミック・ミカエリとイアン・ホーグランドの加入

『明日への翼』のリリース後、バンドはさらなる高みを目指してメンバーの刷新を行った。

  1. ミック・ミカエリ (Mic Michaeli) の加入 (1984年3月): アルバム制作においてキーボードの重要性が増したため、ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest) はライブでキーボードを兼任する負担を減らし、ヴォーカルに専念することを望んだ。そこで、バンドは地元アップランズ・ヴェスビーのバンド 「Avalon」からミック・ミカエリ (Mic Michaeli)を引き抜き、ツアー・メンバーとして採用、その後正式メンバーとした。
  2. トニー・レノ (Tony Reno) の解雇とイアン・ホーグランド (Ian Haugland) の加入 (1984年8月): バンドの演奏レベルが向上するにつれ、ドラマーのトニー・レノ (Tony Reno)の技術不足が露呈し始めた。彼はクリック・トラック (メトロノーム)に合わせた正確な演奏が苦手であり、リハーサルへの遅刻などモチベーションの問題も抱えていた。また、マネージャーであるトーマス・エルトマン (Thomas Erdtman) に対する不信感を持っていたとも言われる。バンドは彼を解雇し、後任としてイアン・ホーグランド (Ian Haugland)を迎えた。イアンはノルウェー出身で、トリロジー (Trilogy) やイングヴェイ・マルムスティーン (Yngwie Malmsteen) のライジング・フォース (Rising Force)での活動経験を持つ実力派であった。

これにより、「クラシック・ラインナップ」と呼ばれる5人 (Tempest, Norum, Levén, Michaeli, Haugland)が揃い、世界制覇への準備が整った。

4. 第3章: 世界的成功と代償 (1985-1987)

4.1 『ファイナル・カウントダウン (The Final Countdown)』の制作

CBS/Epic レコード (Epic Records) との契約を得たバンドは、3枚目のアルバム制作に着手した。プロデューサーには、ジャーニー (Journey) などを手掛けたケヴィン・エルソン (Kevin Elson) が起用され、スイスのパワープレイ・スタジオ (Powerplay Studios) などで録音が行われた。

アルバムのタイトル曲となる「The Final Countdown」のメイン・リフは、ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest) が学生時代に借りたコルグ (Korg) のキーボードで作ったものであった。当初、この曲をアルバムに収録することに対して、特にギタリストのジョン・ノーラム (John Norum) は難色を示した。「こんなディスコみたいな曲はロックバンドにふさわしくない」というのが彼の主張であった。しかし、他のメンバーや周囲の説得により、この曲はアルバムのオープニングおよび第1シングルとして採用された。

4.2 爆発的ヒットとチャート記録

1986年5月26日にリリースされたアルバム『ファイナル・カウントダウン (The Final Countdown)』は、音楽史上稀に見る世界的成功を収めた。

  • シングル「The Final Countdown」: 25ヶ国でチャート1位を獲得。そのファンファーレのようなシンセサイザーのリフは、スポーツイベントや祝典の定番となり、文化的アイコンとなった。
  • シングル「Carrie」: 全米ビルボード・ホット100 (Billboard Hot 100) で3位を記録し、バンドにとって米国での最大ヒット曲となった。
  • アルバム販売: 全米ビルボード200 (Billboard 200)で8位を記録。世界累計でアルバムとシングルを合わせ1500万枚以上(資料によっては2000万枚以上)を売り上げた。
  • 日本でのチャート: オリコン・アルバムチャートで総合13位、洋楽部門では上位を独占し、推定売上30万枚以上を記録した。

4.3 ジョン・ノーラム (John Norum) の脱退

皮肉なことに、バンドが商業的な頂点を極めたその瞬間、バンド内部には亀裂が生じていた。ジョン・ノーラム (John Norum)は、バンドの方向性が彼の望むハードロックから乖離していくことに耐えられなくなっていた。

脱退の理由:

  1. 音楽性: キーボード主導のポップなサウンド (いわゆる「ヘア・メタル」や「プードル・ロック」)への不満。彼はギター主体の、よりブルージーでハードな音楽を志向していた。
  2. メディア対応: アイドルのような扱いを受け、テレビ番組で「ロパク(リップシンク)」を強要されることへの嫌悪感。
  3. マネージメント: マネージャーであるトーマス・エルトマン (Thomas Erdtman) との確執。

1986年10月31日、アムステルダムでのライブを最後に、ジョン・ノーラム (John Norum) はバンドを脱退した。これはバンドにとって、音楽的アイデンティティの核を失う大きな損失であった。

4.4 キー・マルセロ (Kee Marcello) の加入とツアー

ノーラムの後任として、スウェーデンのグラム・ロックバンド「イージー・アクション (Easy Action)」のギタリスト、キー・マルセロ (Kee Marcello) (本名:シェル・ヒルディング・レーヴボム / Kjell Hilding Lövbom) が抜擢された。

キー・マルセロ (Kee Marcello)は当初、あまりに商業的な成功を収めているバンドへの加入を躊躇していたが、マネージメントの説得と、自身のキャリアにおけるチャンスを考慮し、1986年11月1日に正式加入した。彼はテクニカルでメロディアスなプレイを得意とし、ルックスもバンドのイメージに合致していたため、続くワールドツアー 「The Final Countdown World Tour」は大成功を収めた。

5. 第4章: 安定期からグランジの嵐へ (1988-1992)

5.1 『アウト・オブ・ディス・ワールド (Out of This World)』 (1988)

新体制で制作された4thアルバム『アウト・オブ・ディス・ワールド (Out of This World)』は、1988年8月9日にリリースされた。プロデューサーには、ハート (Heart) やオジー・オズボーン (Ozzy Osbourne) を手掛けたロン・ネヴィソン (Ron Nevison) が起用された。

  • 音楽性: 前作のポップな路線を継承しつつ、より洗練されたAOR (Adult Oriented Rock) 色の強いハードロックとなった。キー・マルセロ (Kee Marcello) のギタープレイはテクニカルでありながら楽曲に溶け込み、バンドの演奏力は成熟を見せた。
  • 評価: シングル 「Superstitious」はヒットしたが、バンドメンバー(特にイアン・ホーグランドやキー・マルセロ)は、ロン・ネヴィソンのプロダクションが「綺麗すぎて、デモテープにあった荒々しいエネルギーが失われた」と後に批判的に振り返っている。
  • チャート: スウェーデンでは1位を獲得、全米チャートでも19位、日本ではオリコン4位を記録するなど、依然として高い人気を誇った。

ツアーでは、デフ・レパード (Def Leppard) の全米ツアーのサポート・アクトを務めるなど精力的に活動したが、デフ・レパードの『ヒステリア (Hysteria)』 ツアーの人気に圧倒され、バンドはアメリカ市場での地位維持に苦戦を強いられた。

5.2 幻のアルバム 「Le Baron Boys」 と 『プリズナーズ・イン・パラダイス (Prisoners in Paradise)』 (1991)

1989年から1990年にかけて、バンドは次のアルバムに向けたデモ制作を行った。これらのセッションは「Le Baron Boys」として知られ、より生々しくハードな楽曲群が録音された。しかし、レコード会社のエピック (Epic) は「ヒットポテンシャルがない」としてこれらの楽曲を却下し、外部ライター (ジム・ヴァランス / Jim Vallance 等)との共作や、よりキャッチーな曲作りを強要した。

その結果完成した5thアルバム『プリズナーズ・イン・パラダイス (Prisoners in Paradise)』1991年9月23日にリリースされた。アルバム自体は非常に完成度の高いメロディック・ロックであったが、リリース時期が最悪であった。その翌日、1991年9月24日にニルヴァーナ (Nirvana)の『ネヴァーマインド (Nevermind)』 がリリースされ、音楽シーンは一夜にしてグランジ (Grunge) 一色へと塗り替えられたのである。

「ヘア・メタル」や「80年代ハードロック」は瞬く間に「時代遅れ」の烙印を押され、ヨーロッパ (EUROPE) もその煽りをまともに受けた。セールスは低迷し、メディアの関心は薄れた。

5.3 活動休止 (Hiatus)

1992年、バンドはポーツマス (Portsmouth) でのライブを最後に活動休止を宣言した。公式には「解散」ではなく「休憩」とされたが、メンバーはそれぞれ別の道を歩むことになった。

  • ジョーイ・テンペスト: ソロキャリアを開始し、カントリーやシンガーソングライター的なアプローチのアルバムを発表。
  • キー・マルセロ: ソロ活動やプロデュース業へ。
  • イアン・ホーグランド、ミック・ミカエリ、ジョン・レヴィン: グレン・ヒューズ (Glenn Hughes) やブレイゼン・アボット (Brazen Abbot) などのプロジェクトに参加し、演奏活動を継続。

6. 第5章: 再結成とモダニズムへの挑戦 (1999-2008)

6.1 ミレニアム・イヴの一夜 (1999)

長い沈黙の後、1999年12月31日、ストックホルムで行われたミレニアム記念イベントのために、バンドは一夜限りの再結成を果たした。このライブの特筆すべき点は、ジョン・ノーラム (John Norum) とキー・マルセロ (Kee Marcello) の二人のギタリストが共演したことである。

EUROPEは氷点下20度の寒空の下、「Rock the Night」と「The Final Countdown」の2曲を演奏した。このパフォーマンスでのメンバー間の良好なケミストリー(イアン・ホーグランド曰く「最初のオナラをするのに5分もかからなかった」ほどの気心知れた関係)が、後の本格的な再結成への伏線となった。

6.2 正式再結成と方向性の決定 (2003)

2003年10月2日、ヨーロッパ (EUROPE) は正式に再結成を発表した。しかし、この再結成には重要な決断が含まれていた。

  1. ラインナップ: バンドは『ファイナル・カウントダウン』期のクラシック・ラインナップ(Tempest, Norum, Levén, Michaeli, Haugland) に戻ることを選択し、キー・マルセロ (Kee Marcello) はこの再結成に参加しなかった。バンド (特にジョーイとジョン・ノーラム)は「現代的な新しい音楽を作る」ことを目指していた。
  2. 音楽的方針: 「80年代の再現」を拒否し、ダウン・チューニングを取り入れたモダンでヘヴィなロックを追求すること。

6.3 『スタート・フロム・ザ・ダーク (Start from the Dark)』 (2004)

2004年9月22日、復帰作となる6thアルバム『スタート・フロム・ザ・ダーク (Start from the Dark)』がリリースされた。このアルバムは多くのファンを驚かせた。かつてのきらびやかなキーボード・サウンドは後退し、ジョン・ノーラム (John Norum) の太く歪んだギター・リフが支配する、ダークで現代的なオルタナティブ・メタルに近いサウンドになっていたからである。賛否両論はあったものの、この大胆な方向転換により、「現役のクリエイター」としての地位を確立した。

6.4 『シークレット・ソサエティ (Secret Society)』 (2006)

2006年10月25日リリースの7thアルバム 『シークレット・ソサエティ (Secret Society)』は、前作のモダン路線をさらに推し進めた作品となった。批評家からは「バンド史上最もヘヴィで実験的」と評され、EUROPEのミュージシャンとしての探究心の深さを示した。

7. 第6章: クラシック・ロックへの回帰と円熟 (2009-2017)

7.1 『ラスト・ルック・アット・エデン (Last Look at Eden)』 (2009)

2009年の8thアルバム『ラスト・ルック・アット・エデン (Last Look at Eden)』で、バンドは再び大きな転換点を迎える。モダンなヘヴィネスを維持しつつ、EUROPEのルーツである70年代のクラシック・ロック (レッド・ツェッペリン / Led Zeppelin, ディープ・パープル / Deep Purple)の壮大さと優雅さを融合させたスタイルを確立したのである。このアルバムはスウェーデン国内チャートで1位を獲得し (『Out of This World』以来21年ぶり)、バンドがスウェーデンの「国民的バンド」としての地位を完全に取り戻したことを象徴した。

7.2 ブルースへの傾倒: 『バッグ・オブ・ボーンズ (Bag of Bones)』 (2012)

2012年の9thアルバム『バッグ・オブ・ボーンズ (Bag of Bones)』では、エアロスミス (Aerosmith) やアイアン・メイデン (Iron Maiden)、ブラック・カントリー・コミュニオン (Black Country Communion) などを手掛けた敏腕プロデューサー、ケヴィン・シャーリー (Kevin Shirley) を起用した。また、著名なブルース・ロック・ギタリスト、ジョー・ボナマッサ (Joe Bonamassa) がゲスト参加するなど、より土臭く、ブルージーでオーガニックなサウンドを展開した。ジョン・ノーラム (John Norum) のプレイは感情豊かさを増し、ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest) のヴォーカルも深みを増した。

7.3 デイヴ・コブ (Dave Cobb) との黄金期: 『ウォー・オブ・キングス (War of Kings)』 & 『ウォーク・ジ・アース (Walk the Earth)』

2015年の『ウォー・オブ・キングス (War of Kings)』 と2017年の『ウォーク・ジ・アース (Walk the Earth)』は、ナッシュビルの売れっ子プロデューサーであり、ライバル・サンズ (Rival Sons) などを手掛けたデイヴ・コブ (Dave Cobb) を迎えて制作された。

特に『ウォーク・ジ・アース』は、ビートルズ (The Beatles) やピンク・フロイド (Pink Floyd) で知られるロンドンのアビー・ロード・スタジオ (Abbey Road Studios) で録音された。ヴィンテージ機材を駆使した温かみのあるアナログ・サウンド、プログレッシブ・ロック的な展開、そして社会的なメッセージを含む歌詞は、もはや「80年代のアイドルバンド」の面影を完全に払拭し、威厳ある大人のロック・バンドとしての評価を不動のものにした。

8. 第7章: 現在と未来への展望 (2018-2026)

8.1 パンデミックとドキュメンタリー映画

2017年のアルバム以降、バンドはキング・クリムゾン (King Crimson) やディープ・パープル (Deep Purple)とのツアーを行うなど精力的に活動したが、2020年からの世界的なパンデミックにより活動のペースを落とさざるを得なかった。この期間を利用し、バンドの歴史を網羅したドキュメンタリー映画 『EUROPE - The Movie』の制作が進められた。監督はクレイグ・フーパー (Craig Hooper)。当初の予定より遅れているが、2026年初頭の公開を目指して編集が進められている。この映画には、未公開のアーカイブ映像や、メンバーの赤裸々なインタビューが含まれ、バンドの浮き沈みの激しいキャリアを総括するものとなる。

8.2 新アルバムの制作 (2025-2026)

2026年1月現在、ヨーロッパ (EUROPE) は通算12枚目となるスタジオ・アルバムの制作の真っ最中である。

  • レコーディング状況: 2025年10月より、ストックホルムのRMVスタジオ (RMV Studios) にてレコーディングが開始された。
  • プロデューサー: ゴースト (Ghost) やロイヤル・ブラッド (Royal Blood) を手掛けたトム・ダルゲティ (Tom Dalgety) を起用。バンドは再び新しいサウンドへの挑戦を試みている。
  • 音楽性: ドラマーのイアン・ホーグランド (Ian Haugland) によれば、新作は「よりメロディック」であり、バンドのルーツへのオマージュも含みつつ、トム・ダルゲティの手腕による現代的なプロダクションが融合したものになると予想されている。リリースは2026年内(早ければ初頭、あるいは秋) が予定されている。

8.3 40周年記念ツアー (The Final Countdown 40th Anniversary Tour)

アルバム『ファイナル・カウントダウン』のリリース40周年を記念し、2026年後半には大規模なワールドツアーが計画されている。このツアーでは、同アルバムの全曲再現演奏が行われる予定であり、長年のファンにとっては見逃せないイベントとなる。ツアーは英国、オランダ、フランス、スペイン、日本などを含む世界各地を巡る予定である。

9. メンバー・バイオグラフィ (Member Biography)

ヨーロッパ (EUROPE) の歴史を彩るメンバーたちの詳細なプロフィールを以下に記す。

現在のメンバー (Current Members) - The Classic Lineup

ジョーイ・テンペスト (Joey Tempest)

  • 本名: ロルフ・ヨアキム・ラーション (Rolf Joakim Larsson)
  • 担当: リード・ヴォーカル、アコースティック・ギター、キーボード(初期)
  • 生年月日: 1963年8月19日(スウェーデン、ストックホルム生まれ)
  • 詳細: バンドのフロントマンであり、主要ソングライター。「The Final Countdown」の作者として知られる。初期はキーボードも担当していたが、ミック・ミカエリ加入後はヴォーカルに専念。エルトン・ジョン (Elton John) やボブ・ディラン (Bob Dylan) などのシンガーソングライターからも影響を受けており、ソロ活動ではニール・ヤング (Neil Young) 風のアプローチも見せた。再結成後は、加齢と共に深みを増した中低音域の魅力を開花させている。

ジョン・ノーラム (John Norum)

  • 本名: ジョン・テリー・ノーラム (John Terry Norum)
  • 担当: リード・ギター、バック・ヴォーカル
  • 生年月日: 1964年2月23日 (ノルウェー、ヴァードー生まれ)
  • 詳細: ゲイリー・ムーア (Gary Moore) やマイケル・シェンカー (Michael Schenker) に多大な影響を受けたギター・ヒーロー。感情豊かでブルージーなフレージングと、正確無比な速弾きを兼ね備える。バンドの「ロック・スピリット」の守護者であり、彼が再結成時にモダンでヘヴィな音を主張したことが、バンドの寿命を延ばす要因となった。ソロ・アーティストとしても多数のアルバムを発表しており、ドッケン (Dokken) のギタリストとして活動していた時期もある。

ジョン・レヴィン (John Levén)

  • 本名: ジョン・グンナー・レヴィン (John Gunnar Levén)
  • 担当: ベース
  • 生年月日: 1963年10月25日 (スウェーデン、ストックホルム生まれ)
  • 詳細: 長身でステージ映えするベーシスト。堅実なルート弾きからメロディアスなフレーズまでこなし、イアン・ホーグランドと共に強力なリズム隊を形成する。バンド内では調整役としての側面も持ち、ジョーイとは幼馴染のような関係である。1981年にピーター・オルソンの後任として加入して以来、不動のメンバーである。

ミック・ミカエリ (Mic Michaeli)

  • 本名: グンナー・マティアス・ミカエリ (Gunnar Mathias Michaeli)
  • 担当: キーボード、ピアノ、バック・ヴォーカル
  • 生年月日: 1962年11月11日 (スウェーデン、アップランズ・ヴェスビー生まれ)
  • 詳細: 『明日への翼』ツアーから加入。「Carrie」の共作者でもある。80年代のきらびやかなデジタル・シンセサイザー・サウンドから、近年のハモンド・オルガン (Hammond Organ) やメロトロン (Mellotron) を多用したヴィンテージ・スタイルまで、バンドのサウンド・カラーを決定づける重要な役割を担う。

イアン・ホーグランド (Ian Haugland)

  • 本名: ヤン=ホーカン・ホーグランド (Jan-Håkan Haugland)
  • 担当: ドラムス、パーカッション、バック・ヴォーカル
  • 生年月日: 1964年8月13日 (ノルウェー、ストールスレット生まれ)
  • 詳細: パワフルでグルーヴ感のあるドラミングが特徴。コージー・パウエル (Cozy Powell) やジョン・ボーナム (John Bonham) の影響を受けている。バンドのムードメーカーであり、ライブでのドラムソロやコミカルなMCも人気。ストックホルムのロック専門ラジオ局「Rockklassiker」 の人気DJとしても長年活動している。

過去の主要メンバー (Past Members)

キー・マルセロ (Kee Marcello)

  • 本名: シェル・ヒルディング・レーヴボム (Kjell Hilding Lövbom)
  • 在籍期間: 1986年11月-1992年
  • 担当: リード・ギター
  • 詳細: イージー・アクション (Easy Action) から加入。非常に高度な音楽理論とテクニックを持ち、バンドのサウンドをより洗練されたものへと進化させた。『Out of This World』と『Prisoners in Paradise』に参加。脱退後は自身のバンド「K2」やソロ活動、ミュージカル出演など幅広く活躍している。

トニー・レノ (Tony Reno)

  • 本名: トニー・ニーメスト (Tony Niemistö)
  • 在籍期間: 1979年-1984年
  • 担当: ドラムス
  • 詳細: オリジナル・ドラマー。『EUROPE』と『Wings of Tomorrow』に参加。

ピーター・オルソン (Peter Olsson)

  • 在籍期間: 1979年-1981年
  • 担当: ベース
  • 詳細: フォース (Force) 結成メンバー。

マルセル・ヤコブ (Marcel Jacob)

  • 在籍期間: 1981年4月-1981年6月
  • 担当: ベース
  • 詳細: ピーター・オルソンの脱退後、ジョン・レヴィン加入までの短い期間在籍。「Scream of Anger」の共作者としてもクレジットされている。2009年に逝去。

10. ディスコグラフィ (Discography)

ヨーロッパ (EUROPE) の全スタジオ・アルバムおよび主要なライブ盤・コンピレーションを詳述する。各アルバムのチャート順位は、スウェーデン (SWE)、米国 (US Billboard 200)、日本(JP Oricon) の最高位を示す。

スタジオ・アルバム (Studio Albums)

表10-1: スタジオ・アルバム一覧

発売年 タイトル (邦題/原題) チャート (SWE/US/JP) 解説
1983 幻想交響詩 (EUROPE) 8/-/62 デビュー作。NWOBHMの影響が強い。「Seven Doors Hotel」が日本でヒット。低予算ながら若き衝動が詰まった一枚。
1984 明日への翼 (Wings of Tomorrow) 20/-/24 バンドの成長を示す重要作。「Open Your Heart」 「Stormwind」収録。海外進出のきっかけとなる。
1986 ファイナル・カウントダウン (The Final Countdown) 1/8/13 世界的メガヒット。「The Final Countdown」 「Carrie」 「Rock the Night」収録。80年代を象徴する一枚。
1988 アウト・オブ・ディス・ワールド (Out of This World) 1/19/4 キー・マルセロ加入作。洗練されたAORハードロック。「Superstitious」収録。日本での人気がピークに。
1991 プリズナーズ・イン・パラダイス (Prisoners in Paradise) 9/-/12 休止前ラスト作。LA録音でアメリカン・ロック寄り。「I'll Cry for You」収録。グランジの台頭でセールスは苦戦。
2004 スタート・フロム・ザ・ダーク (Start from the Dark) 2/-/- 再結成第一弾。半音下げチューニングのヘヴィでモダンなサウンド。「Got to Have Faith」収録。
2006 シークレット・ソサエティ (Secret Society) 4/-/- ダークで実験的な作風。バンドの創造性が発揮された意欲作。「Always the Pretenders」収録。
2009 ラスト・ルック・アット・エデン (Last Look at Eden) 1/-/- 70年代クラシック・ロックへの回帰。「Last Look at Eden」 「New Love in Town」収録。スウェーデンで1位返り咲き。
2012 バッグ・オブ・ボーンズ (Bag of Bones) 2/-/- ケヴィン・シャーリー製作。ブルージーで土臭いロック。「Not Supposed to Sing the Blues」収録。
2015 ウォー・オブ・キングス (War of Kings) 2/-/67 デイヴ・コブ製作。ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンの正統的後継者たる風格。「War of Kings」収録。
2017 ウォーク・ジ・アース (Walk the Earth) 2/-/- アビー・ロード録音。プログレッシブな要素も加味した傑作。グラミー賞(スウェーデン)受賞。
2026 (タイトル未定) -/-/- 2026年リリース予定の12thアルバム。トム・ダルゲティ製作。

ライブ・アルバム (Live Albums)

  • 1993: 1982-1992 - バンド公認のベスト盤だが、一部ライブ音源を含む。
  • 2004: The Final Countdown Tour 1986 - 1986年の絶頂期のライブを収録。
  • 2008: Almost Unplugged - セミ・アコースティック・ライブ。ピンク・フロイドやUFOのカバーも収録。
  • 2011: Live! At Shepherd's Bush, London - 『Last Look at Eden』 ツアーのロンドン公演。
  • 2013: Live at Sweden Rock - 30th Anniversary Show - 30周年記念の大規模フェス出演時の記録。スコット・ゴーハム (Scott Gorham / Thin Lizzy) やマイケル・シェンカー (Michael Schenker) がゲスト参加。

コンピレーション・アルバム (Compilations)

  • 1993: 1982-1992 - エピック時代の代表曲を網羅。
  • 2004: Rock the Night: The Very Best of EUROPE - 再結成に合わせてリリースされた2枚組ベスト。
  • 2009: The Final Countdown: The Best of EUROPE - ソニー・ミュージックからリリースされたベスト盤。

11. スウェディッシュ・レガシーと未来

ヨーロッパ (EUROPE) のキャリアを振り返ると、EUROPEが単なる「80年代の一発屋 (One-hit wonder)」というレッテルには到底収まらない存在であることが分かる。EUROPEはABBA以降、スウェーデンの音楽が世界市場で通用することを証明したロック界のパイオニアであり、ロクセット (Roxette)や、後のイン・フレイムス (In Flames) などのメロディック・デスメタル勢、さらにはマックス・マーティン (Max Martin) などのプロデューサー群が世界へ進出する道を切り拓いた。

EUROPEの歴史は「挑戦」の連続であった。英語で歌うことを拒まれた初期、アイドル的な狂騒の中で自分たちの音楽性を守ろうとした中期、そして再結成後にリスクを恐れずにモダンなサウンドやブルース・ロックへと舵を切った後期。特に2004年以降の作品群は、EUROPEが優れたミュージシャンシップを持つ現役のアーティストであることを雄弁に物語っている。

2026年に予定されているニューアルバムと40周年記念ツアーは、EUROPEの「ファイナル・カウントダウン」がまだ終わっていないことを、そしてEUROPEが依然として「明日への翼」を広げ続けていることを世界に示すことになるだろう。

Trivia

EUROPEが日本に届いたのは、評論家の伊藤政則がオランダの知人から一枚のアナログ盤を送られたことに始まる。スウェーデンのインディー・レーベル Hot Records から出ていたデビュー作である。伊藤はこれを「絶対いい」とビクターに持ち込み、当時原宿にあった社屋の4階、洋楽部の隅にあった倉庫のような小さなミーティング・ルームで、担当ディレクターと上司の二人がアナログ・プレーヤーで「Seven Doors Hotel」を聴いた。それが日本におけるEUROPEの出発点だった。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

日本デビュー作の初回出荷はおよそ3,000枚、売上は度重なる再発分を除けば5,000枚に届くか届かないかだったという。社内の目標は5,000〜10,000枚だったから、決して成功とは言えない数字である。ところが同じ曲を収めたシングル「SEVEN DOORS HOTEL」はよく売れた。新宿のツバキハウスなどのディスコで開かれていたロック・ナイトで繰り返しかかり、曲としての認知度が先に上がっていったのである。担当ディレクターはこれを、メンバーのルックスとは関係なく曲の良さで広まったものだと振り返っている。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

日本盤シングル「SEVEN DOORS HOTEL」に収められているのは、アルバム収録版とは異なるミックスである。ビクターがシングル用のマスターをHot Recordsに請求したところ、送られてきた音源のミックスがアルバム・ヴァージョンと違っていた、という経緯だった。したがってこのシングルは、アルバムに先行して出た曲ではなく、アルバム発売後のシングル・カットにあたる。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

2作目『明日への翼』からのシングルは、日本と本国でA面とB面が入れ替わっている。スウェーデンのHot Records盤は「Lyin' Eyes」がA面で「Dreamer」がB面だったが、日本盤はこれを逆にして「Dreamer」名義で発売された。日本のリスナーはバラードを好む、という当時の判断による。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

3作目からの日本盤先行シングルを何にするかは、ビクター社内で割れていた。候補は「The Final Countdown」と「Rock The Night」の二曲で、最終的に選ばれたのは表題曲のほうだった。担当ディレクターは、アルバム全曲入りのカセットが海外から届いた頃にその議論をしていたと振り返っている。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

初来日公演は1986年9月、『ファイナル・カウントダウン』を携えて実現した。会場には中野サンプラザが押さえられており、担当ディレクターは、当時としてはかなりの大物と同じクラスの扱いだったと振り返っている。招聘したのはウドー音楽事務所。ただし東京以外は大阪と名古屋だけで、それ以上は組まれなかった。待たれていた来日ではあったが、ヒット・シングルはまだ1曲だけであり、呼び屋の側からすれば集客が読みにくかったのである。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

その初来日ツアーの終盤、キーボードのミック・ミカエリが肺炎にかかった。それでもテレビの収録が残っており、彼は何とか出演をこなしてからスウェーデンへ帰っている。担当ディレクターは、ひどく咳き込んでいたと記憶している。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

『ファイナル・カウントダウン』収録の「Love Chaser」は、日本では邦画『プライド・ワン』の主題歌に採用され、それを受けてシングル・カットもされている。ビクターの担当ディレクターによれば、映画のほうはヒットしなかった。カーレースを扱った作品で、有名俳優が出ていたわけでもなかったという。

出典: ビクターエンタテインメント「VICTOR ROCKS」EUROPE初代担当ディレクター堤氏インタビュー

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News

EUROPE、9月25日発売『Come This Madness』から「Scandinavian Eyes」のミュージック・ビデオを公開

Patric Ullaeusが監督した演奏映像。アルバムはストックホルムのRMV Studioで録音され、Tobias Forge(GHOST)とMikael Åkerfeldt(OPETH)がバッキング・ヴォーカルで参加、プロデュースはTom Dalgety、ミックスはMike Fraserが手掛けている。

出典: Silver Lining Music(2026年9月1日)

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EUROPE、『The Final Countdown』40周年記念ツアーで2027年1月に来日 — 東名阪3公演

2027年1月13日(水)の東京 NHKホールを皮切りに、14日(木)の岡谷鋼機名古屋公会堂、15日(金)のグランキューブ大阪で開催される。チケットはS席16,000円/A席15,000円(税込)で、一般発売は9月12日(土)10:00から。

出典: ウドー音楽事務所(2026年8月21日)

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Albums

Come This Madness CD
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北欧ハード・ロックらしい大きな歌を軸に、EUROPEの魅力を伝える一作。

Walk the Earth CD
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70年代的な重厚さと成熟したメロディを重ね、EUROPEの現在地を示す力作。

War of Kings CD
/

クラシック・ハード・ロックの重さとブルージーな息遣いを、EUROPEらしく鳴らした一作。

Bag of Bones CD
/

ブルースと70年代ハード・ロックの香りを深め、EUROPEの成熟したロック感を示す一作。

Last Look at Eden CD
/

クラシック・ハード・ロックの骨太さと現代的な重さを結び直した、EUROPE再結成期の力作。

Secret Society CD
/

再結成後の硬質なリフと陰影あるメロディを深め、EUROPEが成熟したハード・ロックを打ち出した第七作。

Start from the Dark CD
/

硬質なリフとダークな空気を前面に出し、EUROPEが成熟したハード・ロックへ踏み込んだ復帰作。

Prisoners in Paradise CD
/

大きなコーラスと哀愁あるメロディを磨き、EUROPEが成熟したAOR/ハード・ロックを提示した第五作。

Out of This World CD
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大きなキーボードとメロディをさらに磨き、EUROPEがアリーナ・ロックのスケールを広げた第四作。

The Final Countdown CD
/

象徴的なキーボード・リフと大きく開くコーラスで、EUROPEを世界へ届けたメロディック・ハードの金字塔。

Wings of Tomorrow CD
/

ジョン・ノーラムの鋭いギターと若々しい疾走感が光る、EUROPEの正統派メタル色濃い第2作。

Europe CD
/

若々しい疾走感と叙情的な旋律を重ね、EUROPEがメロディック・メタルの出発点を刻んだデビュー作。