THE CROWN BIOGRAPHY

プロフィール

結成1990年、トロルヘッタン
出身スウェーデン
メンバーJohan Lindstrand(ヴォーカル)
Marko Tervonen(ギター)
Marcus Sunesson(リード・ギター)
Mattias Rasmussen(ベース、バッキング・ヴォーカル)
Mikael Norén(ドラム)
ジャンルデスメタル、スラッシュメタル

Biography

THE CROWN
バイオグラフィー

THE CROWN(ザ・クラウン)は、スウェーデンのトロルヘッタンで1990年に生まれたデス/スラッシュ・メタル・バンドである。初めはCROWN OF THORNSを名乗り、Black Sun Recordsから『The Burning』(1995年)と『Eternal Death』(1997年)を発表したが、同じ名前を持つ別のバンドからの圧力を受けて、1997年にTHE CROWNと改めた。Metal Blade Recordsに移ってからは『Hell Is Here』(1998年)と『Deathrace King』(2000年)を出し、ヴォーカルのヨハン・リンドストランドが抜けた2001年には、AT THE GATESのトーマス・リンドバーグを迎えて『Crowned in Terror』(2002年)を作った。リンドストランドが戻って『Possessed 13』(2003年)を出したのち、バンドは2004年3月に解散し、同じ年には『Crowned in Terror』をリンドストランドの歌で作り直した『Crowned Unholy』が出た。2009年12月にヨナス・スタルハマーを歌い手として再結成し、Century Media Recordsから『Doomsday King』(2010年)を出したのち、2011年にリンドストランドが復帰した。『Death Is Not Dead』(2015年)を経て2017年にMetal Bladeへ戻り、『Cobra Speed Venom』(2018年)、『Royal Destroyer』(2021年)、かつての名前を表題にした『Crown of Thorns』(2024年)を発表した。2025年12月1日、バンドは2026年を最後の年として活動を終えると発表し、2026年12月19日のイェーテボリ公演を最終公演とした。

CROWN OF THORNSとしての出発(1990〜1997年)

バンドの故郷はスウェーデンのトロルヘッタンである(Metal Blade Records、2024年)。2000年に公式サイトに載ったバンド自身のバイオグラフィーによれば、1990年に結成された当初は、デス・メタルとスラッシュ・メタルにグラインドコアの混じった粗削りな音を鳴らしていた。1992年に地元のコンピレーションCDで初めて音源を世に出したころには、荒々しさを残しながらも、技巧とメロディを備えたデス・メタルへと変わっていた(旧公式サイト、2000年)。ベースのマグナス・ウルスフェルトは結成時からのメンバーである(Metal Blade Records、2024年)。

1993年に録音したデモ『Forever Heaven Gone』はアンダーグラウンドで注目を集め、バンドはスウェーデンのHultsfredフェスティバルへの出演を果たした。同じ催しにはTHE RAMONESやENTOMBEDも名を連ねていた。その後まもなく、結成時からのギタリストだったロバート・オステルベルグが音楽性の違いから去り、1994年、2本目のデモ『Forget the Light』の録音の直前にマーカス・スーネソンが後任として加わった(旧公式サイト、2000年)。

この2本目のデモがきっかけとなって、スウェーデンの新しいレーベルBlack Sun Recordsとの契約が決まり、1995年、両方のデモの曲に新曲を加えたデビュー・アルバム『The Burning』が出た。「Of Good and Evil」のビデオはMTVなどで放映され、SLAYERのトリビュート・アルバム『Slatanic Slaughter』には「Mandatory Suicide」で参加している(旧公式サイト、2000年/公式サイト)。1996年に録音した2作目の『Eternal Death』は、1997年にBlack Sun Recordsから発売された。「Angels Die」には、各地の公演の映像をつないだビデオが作られた(旧公式サイト、2000年/公式サイト)。

THE CROWNへの改名とMetal Blade Records(1997〜2000年)

1997年7月、バンドはCROWN OF THORNSの名前を手放し、THE CROWNと名乗ることを余儀なくされた。同じCROWN OF THORNSという名前のバンドから圧力を受けたためで、当時のバンドの説明では、相手のバンドにはKISSのポール・スタンレーとジーン・シモンズが後ろ盾についており、争う余地はなかったという。名前が変わっても顔ぶれも音楽も変わらないと、バンドは強調している(旧公式サイト、2000年)。ギターのマルコ・テルヴォネンは2024年になっても、自分たちは数年間CROWN OF THORNSと呼ばれ、そのあと名前を短くしなければならなかったと振り返っている(Metal Blade Records、2024年)。

1998年の1月から2月にかけて、バンドは元AT THE GATESのトーマス・リンドバーグを擁するSACRILEGEとともに、ドイツ、ベルギー、フランス、オランダを回った。このツアーで公演を観たMetal Blade Recordsのスタッフが強い印象を受けたことから、同レーベルとの契約が決まった(旧公式サイト、2000年)。

バンドにとって3作目、Metal Bladeからの最初のアルバムとなる『Hell Is Here』は、マルメのBerno Studioに4週間こもって録音され、1998年に発売された(旧公式サイト、2000年/公式サイト)。1999年4月にはMORBID ANGEL、EMPEROR、IMPALED NAZARENE、LIMBONIC ART、PECCATUMとともに〈No Mercy Tour〉の第3弾でヨーロッパを回り、8月にはドイツのWacken Open Airで、それまでで最も多い4,000人の観客の前に立った。スウェーデンのメタルの先達に捧げるコンピレーション『Power from the North』には、BATHORYの古いデモ曲「Burnin' Leather」のカヴァーを提供している(旧公式サイト、2000年)。

4作目の『Deathrace King』は、新しくできたStudio Fredmanで、1999年11月から12月にかけての21日間で録音された。プロデューサーはフレドリック・ノルドストロームである。冬の録音だったために多くのメンバーが体調を崩し、ヨハン・リンドストランドの歌録りでは喉を休ませるための中断をはさんだ。すべての作業が終わったのは2000年1月4日である。AT THE GATESのトーマス・リンドバーグとIMPALED NAZARENEのMika Luttinenがゲストで歌っている(旧公式サイト、2000年)。アルバムは2000年にMetal Bladeから発売され(公式サイト)、日本ではJVC Victorがライセンスを得て、『Hell Is Here』とあわせて国内盤を作ることになった(旧公式サイト、2000年)。

2000年のバンドは、4月にCANNIBAL CORPSE、VOMITORY、MYSTIC CIRCLEとスカンジナビアで4公演を行い、7月の終わりから9月の初めにかけてアメリカを回った。10月にはTHE HAUNTEDとイギリスとアイルランドを、12月にはMORBID ANGELらとの〈X-MASS FESTIVALS 2000〉でヨーロッパを回っている(旧公式サイト、2000年)。

歌い手の交代と『Crowned in Terror』(2001〜2002年)

2001年2月3日、バンドはヨハン・リンドストランドが10年の在籍の末に脱退すると発表した。リンドストランドは1月27日付の文章で、主な理由はツアーの多さにあり、バンドの成長と私生活を両立させられないと説明した。バンドの側も、仲違いによる別れではなく、これからも友人であり続けると記している(旧公式サイト、2001年)。

3月15日、後任として、AT THE GATESやSKITSYSTEMで知られるトーマス・リンドバーグが正式なメンバーとして発表された。リンドバーグは前作でも何行かを歌っており、新しい曲では歌詞と歌のアレンジにも加わるとされた(旧公式サイト、2001年)。新しい顔ぶれでの初めての公演は、5月19日、スウェーデンのBengtsforsで開かれた〈2000 Decibel〉フェスティバルへの出演で、急きょDISMEMBERの代わりを務めたものであった(旧公式サイト、2001年)。

5作目の『Crowned in Terror』は、2001年10月にStudio Megaで、クリス・シルヴァー、マルコ・テルヴォネン、マーカス・スーネソンの手で録音された。11月にStudio Fredmanでフレドリック・ノルドストロームと仕上げたミックスには満足できず、バンドはStudio Megaでミックスをやり直している。ジャケットは、『Hell Is Here』のジャケットと『Deathrace King』のブックレットを手がけたトーマス・エワーハードに依頼した(旧公式サイト、2001年)。この間にスーネソンは、11月から12月にかけてのTHE HAUNTEDのアメリカ・ツアーで、参加できなくなったマイク・ウィードの代わりにギターを弾いた(旧公式サイト、2001年)。

アルバムは2002年4月にMetal Bladeから出た。バンドが1月に告知した発売日は、ヨーロッパが4月8日、アメリカとカナダが9日、日本が24日である(旧公式サイト、2002年/公式サイト)。この年の春には、ALL THAT REMAINSとDARKEST HOURを伴って、このアルバムを携えた最初のアメリカ・ツアーを行った。Metal Bladeによれば、アルバムは4月26日にスウェーデンのメタル・チャートに8位で入り、アメリカでは発売から3週間で、それまでのバンドのどの作品の売上も上回った(旧公式サイト、2002年)。

しかし6月4日、バンドは個人的な相違からリンドバーグと袂を分かったと発表し、それ以上の問いには答えないとした(旧公式サイト、2002年)。ドラムのヤンネ・サーレンパーは翌年、取材には双方の合意による別れだと答えてきたが、実際にはバンドの側がリンドバーグを外したのであり、リンドバーグ自身も抜けたがっていたと書いている(旧公式サイト、2003年)。歌い手を欠いたバンドは、7月13日のフィンランドのTuskaフェスティバルと8月のドイツのParty.Sanに、旧友として手を貸したヨハン・リンドストランドの歌で出演した(旧公式サイト、2002年)。同じ年のKREATOR、DESTRUCTIONとのアメリカ・ツアーでは、DEATHSTARSのアンドレアス・バーグが代わりに歌う手はずだったが、移動の都合がつかず、バンドはツアーを取りやめている(ブラバマウス、2008年)。

ヨハン・リンドストランドの復帰と『Possessed 13』(2002〜2003年)

2002年10月9日、ヨハン・リンドストランドが正式な歌い手としてバンドに戻った。リンドストランドは、今度は全力を注ぐと語り、すでにいくつかの新曲を試して手応えを得ていた(旧公式サイト、2002年/ブラバマウス、2002年)。

2003年3月に新作の題名を『Possessed 13』と明かしたバンドは、オランダから始まるヨーロッパ・ツアーに出たのち、5月から6月にかけてイェーテボリのStudio Fredmanで、自らのプロデュースによってアルバムを録音した(旧公式サイト、2003年/ブラバマウス、2009年)。マルコ・テルヴォネンは、メロディを抑えて力強さを前に出した作品だと述べ、マグナス・ウルスフェルトの書いた歌詞をこれまでで最高のものと評した(旧公式サイト、2003年)。「Deliverance」の歌詞は、DEATHSTARSのアンドレアス・バーグが書いている(ブラバマウス、2008年)。

アルバムは2003年10月にヨーロッパで発売された(旧公式サイト、2003年/ブラバマウス、2009年)。限定のデジパック盤には、1992年の最初の本格的な録音「Last Rite」、デモ『Forever Heaven Gone』と『Forget the Light』の全曲、BATHORYの「Burnin' Leather」のカヴァー、「Rebel Angel」のデモ版を収めたボーナスCDが付いた(旧公式サイト、2003年/ブラバマウス、2009年)。最初のシングルとなった「Face of Destruction / Deep Hit of Death」のビデオは、8月にSummer Breezeフェスティバルに出演した日に、2DmediaのMichael Schneiderの監督によってドイツで撮影された(旧公式サイト、2003年/ブラバマウス、2009年)。

解散と『Crowned Unholy』(2003〜2004年)

2003年10月、バンドはヨハン・リンドストランドの歌で『Crowned in Terror』を録り直し始めた。秋のヨーロッパ・ツアーをはさみ、2004年1月からBohus Sound Recordingsで全体を新しくミックスしている(旧公式サイト、2003年/2004年)。そのツアーのうち、2003年11月24日のカールスルーエ公演はプロの手で撮影された(旧公式サイト、2004年)。

2004年3月7日、バンドは解散を発表した。ドラマーのヤンネ・サーレンパーがバンドの名で書いた声明は、段取りの不手際で失敗に終わったツアーが重なったことを一番の理由に挙げ、ツアーのたびに赤字と傷んだ機材を抱えて帰る暮らしは続けられないと説明した。時機については、『Possessed 13』に見合うツアーができないことを惜しむ一方で、Metal Bladeと新たな契約を結ばないと決めていたこと、『Crowned in Terror』をようやく思いどおりの音で仕上げられたことを挙げて、終えるにはよい時でもあるとしている。声明は、6枚のアルバムと14年の歩みを支えたファンに感謝し、2004年の夏に出演が決まっていたフェスティバルに詫びた(旧公式サイト、2004年/ブラバマウス、2009年)。

作り直した『Crowned in Terror』は『Crowned Unholy』と題され、解散後の2004年8月にMetal Blade Records Europeから出た。リンドストランドの歌とマグナス・ウルスフェルトのベースを録り直し、サーレンパーがドラムの音を作り替えて、イントロとシンセサイザーのパートを打ち込みで加えたもので、カールスルーエ公演の全編を収めたボーナスDVD『The Crown Invades Karlsruhe』が付いた(旧公式サイト、2004年/ブラバマウス、2004年)。

9月、バンドはこれが最後のスタジオ・アルバムになると記し、リンドストランドは、バンドの歩みを初めから終わりまで記録する3枚組DVDを準備していると明かした。1枚目はBen Isaacが編集する2時間のドキュメンタリーで、残る2枚には、プロが撮った映像とファンが撮った映像の両方でライヴを収めるという内容である(旧公式サイト、2004年/ブラバマウス、2004年)。Metal Blade Recordsからは、のちに3枚組DVD『14 Years of No Tomorrow』が出ている(公式サイト/MusicBrainz)。

DOBERMANNから再結成へ、『Doomsday King』(2004〜2010年)

解散後、ヨハン・リンドストランドはONE MAN ARMY AND THE UNDEAD QUARTETで歌い(ブラバマウス、2010年/2012年)、マルコ・テルヴォネンはANGEL BLAKEでも活動した(ブラバマウス、2008年)。2008年8月には、テルヴォネン、マグナス・ウルスフェルト、マーカス・スーネソン、ヤンネ・サーレンパーの4人が新しいバンドDOBERMANNを組み、DEATHSTARSのアンドレアス・バーグを歌い手に迎えて、混じりけのないデス/スラッシュ・メタルを録音していることが伝えられた(ブラバマウス、2008年)。

バーグが2009年に抜けたのち、同じ年の12月、DOBERMANNは正式にTHE CROWNへと名前を改め、GOD MACABRE、MACABRE END、ABHOTHで活動してきたヨナス・スタルハマーを新しい歌い手とする5人の顔ぶれを発表した(ブラバマウス、2009年)。テルヴォネンによれば、リンドストランドにもDOBERMANNへの参加を持ちかけたが、ONE MAN ARMYで手が離せず、むしろTHE CROWNの名前を使えばよいと勧められたという。初めはまったく別の名前にするつもりで大いに迷ったものの、曲ができるにつれてどれもがTHE CROWNらしく響いたため、その名前に戻すことにした(ブラバマウス、2010年)。

2010年6月、バンドはCentury Media Recordsと世界規模の契約を結んだ(ブラバマウス、2010年)。同じ年の9月に出た『Doomsday King』は、スタルハマーが歌った唯一のアルバムとなった(ブラバマウス、2014年/公式サイト)。

ヨハン・リンドストランドの再復帰と『Death Is Not Dead』(2011〜2015年)

2011年9月、ヨハン・リンドストランドがバンドに戻った。身を引いたヨナス・スタルハマーはTHE CROWNの本来の声が帰ってきたことを歓迎し、リンドストランドは最も古い仲間たちと元の顔ぶれで再び歩めることを喜んだ(ブラバマウス、2011年)。リンドストランドのONE MAN ARMY AND THE UNDEAD QUARTETは2012年12月に活動を終え、リンドストランドはTHE CROWNで歩み続けるとした(ブラバマウス、2012年)。

リンドストランドの復帰後の最初の公演は、2012年5月5日のイェーテボリのSticky Fingersであった。バンドにとっては12年ぶりのイェーテボリ公演で、この年スウェーデンで行った唯一の公演でもあった(ブラバマウス、2013年/2014年)。

2013年2月、新作の録音の最中だったバンドは、IMPIOUSで弾いてきたロビン・ソルクヴィストを新しいリード・ギタリストとして発表した。この時点の顔ぶれにマーカス・スーネソンの名前はない。同じ知らせの中で、バンドは3か月後に初めて日本を訪れることにも触れていた(ブラバマウス、2013年)。

2014年9月、バンドは結成25周年を飾るアルバム『Death Is Not Dead』を告知するとともに、ヤンネ・サーレンパーが期間を定めずに別のことに打ち込むため、バンドを離れると明かした。バンドは、彼のための場所はいつでも空けておくとした(ブラバマウス、2014年)。代わってドラムを担ったヘンリック・アクセルソンは、2014年からバンドで叩き(ブラバマウス、2022年)、このアルバムのボーナス・トラックでも演奏して、2015年6月に正式なメンバーとなった(BraveWords、2015年)。

2014年10月27日には、バンドにとって初めての7インチ・シングル「Headhunter」が1,000枚限定で出た。B面はNAPALM DEATHの「Unfit Earth」のカヴァーである(ブラバマウス、2014年/公式サイト)。『Death Is Not Dead』は2015年1月にCentury Media Recordsから発売され、PARADISE LOSTの「Eternal」のカヴァーも収められた。日本盤は、それに先立つ2014年12月にマーキー・インコーポレイティドから出ている(ブラバマウス、2014年/公式サイト/タワーレコード)。

Metal Bladeへの復帰、『Cobra Speed Venom』と『Royal Destroyer』(2017〜2021年)

2017年11月、バンドはMetal Blade Recordsと複数のアルバムの契約を結んで古巣に戻り、新作の録音をStudio Fredmanで終えたと発表した。バンドは、これまでの大きな前進はいつもMetal Bladeとともにあったと語っている。このときの顔ぶれは、ヨハン・リンドストランド、マグナス・ウルスフェルト、マルコ・テルヴォネン、ロビン・ソルクヴィスト、ヘンリック・アクセルソンの5人であった(ブラバマウス、2017年)。

2017年の大半を13曲の新曲のリハーサルに費やしたバンドは、フレドリック・ノルドストロームとともにStudio Fredmanで『Cobra Speed Venom』を録音した。全員で曲を作り、練習し、録音するという進め方にこだわった作品で、2018年3月にMetal Bladeから発売された。先行シングル「Iron Crown」は、1月12日に限定の7インチ盤としても出ている(ブラバマウス、2017年/2018年/公式サイト)。

ベースのウルスフェルトが10枚目のアルバムと呼んだ『Royal Destroyer』は、2019年のツアーとフェスティバルの季節を終えてから、1年をかけて曲を書き、練り上げた作品である。録音は新型コロナウイルスの流行で当初の5月から5か月延び、2020年10月にStudio Fredmanでノルドストロームとともに行われて、1週間ほどで終わった(Metal Blade Records、2021年/公式サイト、2020年)。「Let the Hammering Begin!」は、SLAYERの故ジェフ・ハンネマンに捧げた曲である(Metal Blade Records、2021年)。アルバムは2021年3月にMetal Bladeから発売された(公式サイト)。

新しい顔ぶれと『Crown of Thorns』(2022〜2024年)

2022年、結成時からのベーシスト、マグナス・ウルスフェルトがバンドを離れた。マルコ・テルヴォネンによれば、2人の名前が作曲者として並ぶ曲は多いが、実際に一緒に書いたのはウルスフェルトが去る前の「Gone to Hell」だけで、ウルスフェルトがベースで示した基本のリフをテルヴォネンが引き取って仕上げた(Metal Blade Records、2024年)。

同じ2022年にはドラムのミカエル・ノーレンとベースのマティアス・ラスムッセンが加わり、さらにリード・ギターのマーカス・スーネソンが戻って、古くからのテルヴォネン、ヨハン・リンドストランドとの5人の顔ぶれになった。テルヴォネンは、ノーレンのドラムがヤンネ・サーレンパーのころの荒々しい勢いをいくらか取り戻したと語っている。パンクやクラストの畑から来たラスムッセンは、「I Hunt with the Devil」と「Mind Collapse」を書いた(Metal Blade Records、2024年)。

2024年10月11日にMetal Bladeから出た『Crown of Thorns』は、バンドがTHE CROWNになる前の名前を表題にしている(Metal Blade Records、2024年/バンドのBandcamp)。テルヴォネンは制作の早い段階でジャケットを決めることを提案し、故郷トロルヘッタンの橋Strömkarlsbronと、その上に立つ水の精の像Strömkarlenを描き込むよう求めた。すべてが始まった町に立ち返るという考えからで、絵はGiannis Nakosが描いた。録音はテルヴォネンがStudio-MTで行い、ミックスとマスタリングはBlack Lounge Studiosのヨナス・キェルグレンが担当した。ギターのチューニングも、『Possessed 13』以来のCから、Dに上げている(Metal Blade Records、2024年)。キェルグレンは2011年に、リンドストランドのONE MAN ARMY AND THE UNDEAD QUARTETのアルバムもプロデュースしていた(ブラバマウス、2012年)。

〈NO TOMORROW - FAREWELL 2026〉(2025〜2026年)

2025年9月16日、かつてバンドで歌ったトーマス・リンドバーグががんで亡くなった。THE CROWNは11月18日、DARK TRANQUILLITY、THE HALO EFFECTとともに、12月6日、イェーテボリのMonument 031でのリンドバーグを偲ぶ夜への出演を告知した。チケットの売上は、スウェーデンのがん協会Cancerfondenと、そこに設けられたGardens of Grief基金に寄せるとされた(ブラバマウス、2025年)。

2025年12月1日、バンドは声明を出し、35年にわたる歩みに幕を引くと発表した。声明は、2026年を最後のライヴの年であると同時にバンドの最後の章とし、自分たちの望む形で終わりを迎えたいと述べたうえで、この別れは30年以上バンドを支えてきたファンのためのものだとした。声明は、2026年の世界各地での公演をファンと最後に顔を合わせる別れの公演と位置づけ、「NO TOMORROW - FAREWELL 2026」の言葉で結ばれている(ブラバマウス、2025年)。

声明とともに発表された日程は、2026年1月10日のポルトガルのMangualde Hard Metal Festに始まり、3月のバルセロナ、バレンシア、マドリード、チューリッヒ、5月22日のアメリカのMaryland Deathfest、夏のフィンランド、イタリア、オーストリアのフェスティバル、11月のUmeå、Linköping、Skövde、12月12日のオランダのMetal Meeting、18日のストックホルムを経て、12月19日のイェーテボリで終わるものであった。最終公演の会場は、この発表ではイェーテボリのValandとされていた(ブラバマウス、2025年)。その後、イェーテボリのMonument 031が告知した「The Final Show」の日付は2026年12月19日で、前座はSARCATORである(Monument 031)。

メンバー

2026年の顔ぶれは次の5人である(公式サイト/Metal Blade Records、2024年)。

メンバー担当在籍
ヨハン・リンドストランドヴォーカル2001年まで(10年在籍)、2002〜2004年、2011年〜
マルコ・テルヴォネンギター2004年の解散まで、2009年〜
マーカス・スーネソンリード・ギター1994〜2004年、2009年〜2010年代初め、『Crown of Thorns』で復帰
マティアス・ラスムッセンベース2022年〜
ミカエル・ノーレンドラム2022年〜

かつてのメンバーは次の通りである(旧公式サイト/公式サイト/Metal Blade Records/ブラバマウス/BraveWords)。

メンバー担当在籍
マグナス・ウルスフェルトベース1990〜2004年、2009〜2022年
ヤンネ・サーレンパードラム2004年の解散まで、2009〜2014年
ロバート・オステルベルグギター1990年の結成時から1993年のHultsfred出演のあとまで(後任のマーカス・スーネソンは1994年に加入)
トーマス・リンドバーグヴォーカル2001〜2002年(『Deathrace King』にもゲストで参加)
ヨナス・スタルハマーヴォーカル2009〜2011年
ロビン・ソルクヴィストリード・ギター2013年〜、『Crown of Thorns』の前に離脱
ヘンリック・アクセルソンドラム2014年〜(2015年に正式加入)、『Crown of Thorns』の前に離脱

日本公演

THE CROWNの初来日は2013年6月で、Chaotic Music Entertainmentが組んだ〈THE SPRING IS GONE TOUR 2013〉の6公演である。11日の仙台FLYING SONに始まり、12日に名古屋の今池3STAR、13日に大阪のPANGEA、14日に福岡のGRAF、15日に静岡のSUNASHを回って、16日の東京・渋谷CYCLONEで締めくくった。ツアーのフライヤーには、ほかにGOROD、兀突骨、HYPOCRAS、AS SILENCE BREAKS、CREATE|DESTROYの名が並び、料金は3,000円/3,500円(ドリンク代別)と刷られていた(バンド公式サイトの公演記録、主催者のフライヤー)。バンドはこの年の2月、初めての日本行きを3か月後に控えていると告げ、日本のファンに向けた短い映像を撮っている(ブラバマウス、2013年)。のちに来日公演を招いたB'n'F ProductionsとALIVEも、この来日を初来日としている(B'n'F Productions公式サイト、ALIVE公式サイト)。

2年後の2015年4月には、B'n'F Productionsの〈EXTREME DEATH FEAST 2015〉でABORTED、ROTTEN SOUND、ZUUL FXと共演した。16日は大阪のNanba Rocketsで開場17時30分・開演18時、17日は東京の渋谷duo MUSIC EXCHANGEで開場17時・開演17時45分、料金はどちらも6,000円(ドリンク代別)である。主催者はこの2公演を、新作『Death Is Not Dead』のツアーの日本公演として告知していた(B'n'F Productions公式サイト、主催者のフライヤー)。

3度目の来日は2018年9月の〈THE CROWN JAPAN TOUR 2018〉で、ALIVEが企画・招聘した。アメリカのORIGIN、オーストラリアのDESCENTとPRIMITIVEを伴い、12日に大阪アメリカ村のFANJ twice、13日に今池3STAR、14日と15日に渋谷CYCLONEで演奏した。開場はいずれも17時30分、開演は18時30分で、スタンディングの前売券が6,500円、メンバーのサイン入りポスターが付く券が9,500円、サウンドチェックの見学などが付く5枚限りのVIP券が30,000円(いずれもドリンク代別)であった(ALIVE公式サイト、渋谷CYCLONE公式サイト)。ALIVEは東京2日目の15日を、『Hell Is Here』の20周年と『Possessed 13』の15周年を祝うセットリストの公演として告知していた(ALIVE公式サイト)。

2026年10月には、SWD Japanが招聘したフェアウェル・ツアー〈NO TOMORROW-FAREWELL 2026 / LAST ROAR IN THE EAST〉の日本公演として、20日・21日の代官山SPACE ODD、22日の今池3STAR、23日の大阪SOCORE FACTORYの4公演が組まれた。開場はいずれも18時、開演は18時30分である。料金は前売券が7,500円、サイン入りポスター付きが9,500円、ミート・アンド・グリート付きが15,000円(ドリンク代別)で、東京2公演の通し券12,000円は売り切れている。一般発売は2026年3月16日10時にイープラスで始まった(SWD Japan公式サイト、イープラス、SPACE ODD公式サイト)。SOCORE FACTORYの告知では、大阪公演の共演者はSIGHT OF EMPTINESS、INELEMENT、ANATANIAの3組である(SOCORE FACTORY公式サイト)。

日付会場公演
2013年6月11日FLYING SON(仙台)〈THE SPRING IS GONE TOUR 2013〉
2013年6月12日今池3STAR(名古屋)〈THE SPRING IS GONE TOUR 2013〉
2013年6月13日PANGEA(大阪)〈THE SPRING IS GONE TOUR 2013〉
2013年6月14日GRAF(福岡)〈THE SPRING IS GONE TOUR 2013〉
2013年6月15日SUNASH(静岡)〈THE SPRING IS GONE TOUR 2013〉
2013年6月16日渋谷CYCLONE(東京)〈THE SPRING IS GONE TOUR 2013〉
2015年4月16日Nanba Rockets(大阪)〈EXTREME DEATH FEAST 2015〉
2015年4月17日渋谷duo MUSIC EXCHANGE(東京)〈EXTREME DEATH FEAST 2015〉
2018年9月12日FANJ twice(大阪)〈THE CROWN JAPAN TOUR 2018〉
2018年9月13日今池3STAR(名古屋)〈THE CROWN JAPAN TOUR 2018〉
2018年9月14日・15日渋谷CYCLONE(東京)〈THE CROWN JAPAN TOUR 2018〉
2026年10月20日・21日代官山SPACE ODD(東京)〈NO TOMORROW-FAREWELL 2026 / LAST ROAR IN THE EAST〉
2026年10月22日今池3STAR(名古屋)〈NO TOMORROW-FAREWELL 2026 / LAST ROAR IN THE EAST〉
2026年10月23日SOCORE FACTORY(大阪)〈NO TOMORROW-FAREWELL 2026 / LAST ROAR IN THE EAST〉

出典について

出典は、THE CROWNの公式サイト(thecrownofficial.com)のメンバー紹介、ディスコグラフィ、ニュース、インターネット・アーカイブに残る2000年から2004年の公式サイト(thecrownonline.com)のバイオグラフィー、ニュース、ヨハン・リンドストランド自身の脱退の言葉、バンドのBandcamp、Metal Blade Recordsのアーティスト・ページ(2021年のものはインターネット・アーカイブに保存されたもの)と2024年のプレス・リリース、ブラバマウス、BraveWords、タワーレコード、イェーテボリの会場Monument 031とValandの公演案内である。『14 Years of No Tomorrow』『Zombiefied!』『The Burning / Eternal Death』の形態と発売元はMusicBrainzで確かめた。