AT THE GATES

スウェーデンのメロディック・デス・メタル・バンド、AT THE GATES(アット・ザ・ゲイツ)のバイオグラフィとディスコグラフィー。1992年のデビュー作『The Red in the Sky Is Ours』から2026年の『The Ghost of a Future Dead』までのスタジオ・アルバム8作に個別ページを用意し、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ビデオ、来日公演の記録をまとめている。

Biography

AT THE GATES
バイオグラフィー

AT THE GATES(アット・ザ・ゲイツ)は、1990年にスウェーデンのイェーテボリで結成された、メロディック・デス・メタルの草分けとされるバンドである。歌のトーマス・リンドバーグとギターのアルフ・スヴェンソンが始め、双子のアンダース・ビョーラーとヨナス・ビョーラー、ドラムのエイドリアン・アーランドソンが加わった。1992年の『The Red in the Sky Is Ours』から1995年の『Slaughter of the Soul』まで4作のアルバムを残し、とりわけ『Slaughter of the Soul』は、のちのメタルコアの世代にまで影響を与えた作品とされる。バンドは1996年に解散し、2008年の再結成公演を経て、2014年の『At War with Reality』、2018年の『To Drink from the Night Itself』、2021年の『The Nightmare of Being』を発表した。2025年9月16日にトーマス・リンドバーグが52歳で亡くなり、手術の前に彼が歌を録り終えていた8作目『The Ghost of a Future Dead』が2026年4月に出て、バンドにとって初めてのスウェーデンのアルバム・チャート1位になった。2026年10月の時点で、バンドは解散も今後の活動も発表していない。

結成と初期の作品(1989〜1994年)

トーマス・リンドバーグは1972年10月16日に生まれ、イェーテボリの中心部から南へ30分ほどの郊外で育った。学校の友人を通じてメタルに出会い、まもなく、ストックホルムのデス・メタルのアンダーグラウンドを扱うファンジンを書き、編集するようになった(Louder、2026年)。近所に住んでいたDARK TRANQUILLITYのミカエル・スタンネによれば、リンドバーグは15歳でもうバンドを組んでいて、のちには地元のレコード店で働くようになった(メタル・インジェクション、2025年)。1989年、リンドバーグはストックホルムのデス・メタルの音を地元にも持ち込もうと、ギタリストのアルフ・スヴェンソンとGROTESQUEを結成した(Louder、2026年)。バンドが公式サイトに載せていた系譜図では、GROTESQUEには、のちに『Slaughter of the Soul』のジャケットを描くクリスチャン・ヴォーリンも名を連ねている(公式サイト)。ノルウェーのDARKTHRONEのロゴを描いたのもリンドバーグである(デシベル誌、2013年)。

同じ1989年、双子のアンダース・ビョーラーとヨナス・ビョーラーは、バス停でリンドバーグと知り合った。METALLICAやSLAYERを聴いていた兄弟は、彼を通じてアンダーグラウンドのデス・メタルに出会った(Louder、2026年/ブラバマウス、2026年)。1990年にGROTESQUEが解散すると、リンドバーグとスヴェンソンはAT THE GATESを始め、まもなく兄弟が加わった。MORBID ANGELの公演に向かうバスでリンドバーグと乗り合わせたエイドリアン・アーランドソンがドラムに座り、編成がそろった(Louder、2026年)。バンドの名は、FIELDS OF THE NEPHILIMの曲「At the Gates of Silent Memory」から取ったもので、最初の1週間ほどは、もっと長い名前を名乗っていた(Louder、2026年/メタル・インジェクション、2021年)。バンドの公式サイトに残る公演リストによれば、最初のライヴは1991年2月のイェーテボリ公演である(公式サイト)。

1991年、バンドはDoloresレーベルからEP『Gardens of Grief』を出した(公式サイト、Louder 2025年)。ヨナス・ビョーラーによれば、このとき彼らは楽器を手にしてまだ1年ほどだった(Louder、2019年)。このEPがきっかけでPeacevilleと契約し、1991年11月にART Studiosで録音したデビュー作『The Red in the Sky Is Ours』を、1992年にPeacevilleの傘下レーベルDeafから出した(公式サイト、デシベル誌2014年、Peaceville)。初期の作品にはヴァイオリンのソロが入り、スヴェンソンは古いデモを逆回しにしてリフを作ったという(Louder、2026年)。アンダース・ビョーラーは2007年、はじめのころの自分たちは力みすぎていて、1曲に何百ものリフを詰め込んでいたと振り返り、もっともねじれたアイディアを持ち込んでいたのはスヴェンソンだったと語っている(ブラバマウス、2007年)。ヴァイオリンを弾いたJesper Jaroldは、1991〜1992年のセッション・メンバーとして公式サイトのメンバー紹介に載っている(公式サイト)。

1992年の初めにはヨナス・ビョーラーがいったんバンドを離れ、その間のライヴではTony Anderssonがベースを弾いたが、ヨナス・ビョーラーは同じ年の11月に戻っている(公式サイト)。1993年の2作目『With Fear I Kiss the Burning Darkness』は、Sunlight StudiosでTomas Skogsbergの制作のもとに録音され、DISMEMBERのMatti Kärkiがゲストで加わった(Peaceville)。この作品の後、スヴェンソンはタトゥーの仕事やコミックの絵、自身のプロジェクトOXIPLEGATZに打ち込むため、1993年にバンドを去った(公式サイト)。公式の公演リストでは、5月のヴァレントゥナ公演がスヴェンソンの最後のステージで、後任としてHOUSE OF USHERから迎えたマーティン・ラーソンは、8月のセーデルテリエ公演で初めて舞台に立った(公式サイト)。

1994年の3作目『Terminal Spirit Disease』は、アンダース・ビョーラーとヨナス・ビョーラーが曲作りの中心になった最初の作品で(デシベル誌、2023年)、ヨナス・ビョーラーによれば、曲の作りはずっと単純になった(Louder、2019年)。もとは新しい編成を紹介するEPとして作られ、レーベルの意向でアルバムの長さに広げられたもので(Louder、2026年)、新曲は6曲だった(Peaceville)。残りはライヴ録音で、1994年2月にイェーテボリのMagasinetでCARCASSと共演した夜が録られている(公式サイト)。これがPeacevilleでの最後のアルバムになった(Louder、2025年)。

『Slaughter of the Soul』と解散(1995〜1996年)

1995年2月、SEANCEと回ったイギリスでの短いツアーはノリッジで行き詰まり、バンドは資金の無いまま足止めされた。4月には、その穴を埋めるための公演をストックホルムで開いている(公式サイト)。リンドバーグは、当時のレーベルには自分たちを家に帰す資金も無かったと語り、そのときの怒りが次のアルバムの歌詞に表れているとしている。新たに契約したEaracheについては、救われたような気持ちだったと振り返っている(Louder、2025年[2006年の取材])。

4作目『Slaughter of the Soul』は、イェーテボリのStudio Fredmanで、プロデューサーのフレドリック・ノルドストロームと録音された(Louder、2025年)。アンダース・ビョーラーによれば、目標は1990年代の『Reign in Blood』を作ることだった(ブラバマウス、2007年)。リンドバーグは、竜やヴァイキングを歌うのをやめ、現実の暮らしや社会の問題に向き合ったと語っている。「Cold」のソロはKING DIAMONDのアンディ・ラロックが弾き、ジャケットはクリスチャン・ヴォーリンが描いた(Louder、2025年)。アルバムは1995年11月にEaracheから出て、「Blinded by Fear」のビデオはアメリカのMTVの番組「Headbangers Ball」で流れた(デシベル誌、2005年/公式サイト)。2005年、デシベル誌はこのアルバムを、SLAYERの『Reign in Blood』に次ぐ2作目の殿堂入り作品に選んでいる(デシベル誌)。

アルバムの後、バンドはUNLEASHEDとのヨーロッパ・ツアー、DISSECTIONとのイギリス・ツアー、MORBID ANGEL、DISSECTIONとのアメリカ・ツアー、NAPALM DEATHとのヨーロッパとアメリカのツアーを重ねた(公式サイト)。ツアーは数か月にわたって休みなく続いたが、手元にはほとんど金が残らなかった(Louder、2026年/ブラバマウス、2026年)。1996年の夏、秋の公演の誘いが届いていたところで、アンダース・ビョーラーが脱退を告げた(ブラバマウス、2026年)。アンダース・ビョーラーは2007年、全員に電話をかけて抜けると伝えたと語り(ブラバマウス、2007年)、2026年には、すぐに退屈してしまう自分には空港やツアー・バスで待つばかりの日々が耐えられず、行商人にでもなったような気がしたと振り返っている(Louder、2026年)。リンドバーグは、Earacheに次の録音をせかされるなかで、アンダース・ビョーラーが重圧に耐えられなくなったと語っている(Louder、2025年)。バンド公式サイトのバイオグラフィーは、兄弟が去り、残るメンバーは2人抜きでは続けられないと判断して解散したと書いている(公式サイト)。公式の公演リストは、1996年夏のスウェーデンのフェスティヴァル2本で終わっている(公式サイト)。

解散後のメンバー(1996〜2007年)

解散の後、アンダース・ビョーラーとヨナス・ビョーラー、エイドリアン・アーランドソンはTHE HAUNTEDで活動した。公式サイトのバイオグラフィーは3人でTHE HAUNTEDを結成したとし、ヨナス・ビョーラー自身は、解散のひと月後にTHE HAUNTEDに加わり、アンダース・ビョーラーも秋に合流したと振り返っている(公式サイト/ブラバマウス、2026年)。アーランドソンはその後THE HAUNTEDを離れ、CRADLE OF FILTHに加わった(公式サイト)。マーティン・ラーソンは音楽を職業にはせず、一般の仕事に就いた(デシベル誌、2005年)。

リンドバーグはこの時期、DISFEAR、SKITSYSTEM、THE GREAT DECEIVER、NIGHTRAGE、THE CROWN、LOCK UPなど、多くのバンドで歌った(公式サイト、デシベル誌2005年)。THE GREAT DECEIVERは2000年にEP『Jet Black Art』を出し、2002年にはPeacevilleと契約して、デビュー・アルバム『A Venom Well-Designed』を録り終えていた(Lambgoat、2002年)。グラインドコアのLOCK UPには2002年のアルバム『Hate Breeds Suffering』から加わり(Lambgoat、2021年)、SKITSYSTEMは2004年に離れた(メタル・インジェクション、2021年)。リンドバーグは資格を持たないまま教壇に立った時期を経て、2005年ごろに教師になる道を選び(ブラバマウス、2016年)、社会科の修士号を取った(Loudwire、2021年)。

ヨナス・ビョーラーによれば、解散後の2年ほど、アンダース・ビョーラーとヨナス・ビョーラー、アーランドソンはリンドバーグと口をきかなかった。アーランドソンがリンドバーグと再会したのは1998年、リンドバーグの結婚式でのことで、その後リンドバーグはTHE HAUNTEDの地元公演にも足を運ぶようになった(Louder、2026年)。2001年には、Peacevilleが初期の音源をまとめた回顧的な編集盤『Suicidal Final Art』を出している(公式サイト、Peaceville)。

再結成と3作のアルバム(2007〜2022年)

2007年10月18日、AT THE GATESは2008年の夏に再結成公演を行うと発表した(公式サイト)。アンダース・ビョーラーは、1996年に最後の公演もないまま終わったことにけりをつけるためだと説明し、新作は作らないと語った(ブラバマウス、2007年)。リンドバーグも、『Slaughter of the Soul』の遺産はそのまま残すとして、新しいアルバムを否定している(ブラバマウス、2007年)。2008年の公演は、5月の日本ツアーで幕を開け、WackenやRoskildeなどヨーロッパの夏のフェスティヴァル、7月の北米ツアーを経て、9月21日のアテネ公演で締めくくられた(公式サイト、Louder 2019年)。Wackenでの演奏と、アンダース・ビョーラーが撮影し監督したバンドの歴史のドキュメンタリーは、2010年にEaracheから3枚組DVD『The Flames of the End』として出た(Lambgoat、2009年)。

2010年12月、バンドは2011年に数を限って公演を行うと発表し、新しい音楽は作らないという約束は守るとした(ブラバマウス、2010年)。2011年には公演を再開し、6月には地元イェーテボリのMetaltownに出演したほか、南米でも公演した(ブラバマウス、2011年・2026年)。転機は2013年の夏、アンダース・ビョーラーが新しい曲を送ってきたことだった。2014年1月、バンドはCentury Media Recordsと契約して新作を作ると発表し(ブラバマウス、2014年)、10月に『At War with Reality』を出した(公式サイト)。『Slaughter of the Soul』と同じ編成による5作目で、Studio Fredmanで録音し、イェンス・ボグレンがミックスした(ブラバマウス、2017年)。メタル・ハマー誌によれば、このアルバムはマジック・リアリズムの文学を下敷きにしていた(Louder、2026年)。発売第1週にはスウェーデンで3位、アメリカのBillboard 200で53位に入り(公式サイト、ビルボード)、2015年2月のグラミス(スウェーデンのグラミー賞)で、2014年の最優秀ハードロック/メタル・アルバムに選ばれた(グラミス)。

『At War with Reality』に伴う世界ツアーを終えた2017年3月、アンダース・ビョーラーは、情熱が消えてしまったとして再びバンドを去った(ブラバマウス、2017年)。残る4人は活動を続け、9月には、リンドバーグと1980年代の終わりからの友人であるヨナス・スタルハマーが加わった(ブラバマウス、2017年)。2018年5月の『To Drink from the Night Itself』は、主にヨナス・ビョーラーとリンドバーグが書き、イギリスのParlour StudiosでRuss Russellと録音した作品で(ブラバマウス、2018年)、ペーター・ヴァイスの反ファシズム小説『抵抗の美学』を下敷きにしていた(Louder、2026年)。2019年1月には、このアルバムのセッションで録られたボーナス・トラック6曲(ゲストが歌う別ヴァージョンや「Raped by the Light of Christ」の再録音など)を集めたデジタルEP『With the Pantheons Blind』と7インチ『The Mirror Black』を出し、AMEBIXのロブ・ミラーらが歌で加わった(Lambgoat、2018年)。同じ年の4月、Roadburnフェスティヴァルでリンドバーグがキュレーターを務め、AT THE GATESは弦楽四重奏や多くのゲストを迎えた特別な公演を行った(Roadburn)。

2021年7月の『The Nightmare of Being』は悲観主義の哲学を主題にしたアルバムで、ドラムをイェンス・ボグレンと、ギターとベースをアンディ・ラロックと、歌をPer Stålbergと、それぞれ別のスタジオで録音した(ブラバマウス、2021年)。リンドバーグは、Roadburnの公演で、10代のころ夢見た「デス・メタルのKING CRIMSON」に今ならなれると気づいたと語っている(ブラバマウス、2021年)。2022年7月、バンドはスタルハマーと別れ、8月には、『Slaughter of the Soul』の全曲演奏を掲げた北米ツアーに出た(メタル・インジェクション、2022年)。2本目のギターは、WackenなどではTHE HAUNTEDのパトリック・ヤンセンが、北米ツアーではATHEISTのDaniel Martinezが弾き、10月にはアンダース・ビョーラーの復帰が発表された。リンドバーグはこれを、『Terminal Spirit Disease』『Slaughter of the Soul』『At War with Reality』を書いた編成に戻る、バンドの2度目の再生と呼んでいる(ブラバマウス、2022年)。

トーマス・リンドバーグの死と『The Ghost of a Future Dead』(2023〜2026年)

次のアルバムの曲は2023年12月半ばまでにほぼ書き上がっていたが、そのときリンドバーグは、口と口蓋にできるまれながん、腺様嚢胞がんと診断された(メタル・インジェクション、2026年/ブラバマウス、2025年/Louder、2026年)。バンドは2024年1月、春と夏の公演をすべて取りやめると発表した(Lambgoat、2024年)。演奏は、押さえていたスタジオの日程どおり2024年2月から3月にかけて録り、歌は年内にあらためて録るつもりだった(メタル・インジェクション、2026年)。リンドバーグは演奏の録音に先立ってPer Stålbergと歌を録っており、リンドバーグ自身によれば、アルバムに使う最後の歌は、手術の前日にほとんど一発録りで、1日のうちに録り終えた(ブラバマウス、2025年/メタル・インジェクション、2026年)。2024年2月の手術では口蓋の多くが取り除かれ、2か月の放射線治療が続いた(ブラバマウス、2025年・2026年)。歌を録り直す計画はかなわず、アルバムにはこのときの歌がそのまま使われた(メタル・インジェクション、2026年)。演奏はFascination Street Studiosでイェンス・ボグレンと録られ、ミックスは2024年の春に始まって、6月には仕上がっていた(メタル・インジェクション、2026年/ブラバマウス、2026年)。

アルバムの仮題は2曲目と同じ『The Dissonant Void』だったが、2024年4月ごろ、治療の薬の影響で悪夢に苦しんでいたリンドバーグが『The Ghost of a Future Dead』という題を選んだ(ブラバマウス、2026年)。2025年の初めにはがんの残りが見つかり、5月に容体が悪化して長期の療養に入った(ブラバマウス、2025年/メタル・インジェクション、2026年)。バンドは8月15日、リンドバーグが3月に書いた病状の説明を公表した。リンドバーグは2025年9月16日、がん治療に伴う合併症のため52歳で亡くなった(ブラバマウス、2025年)。11月には、DARK TRANQUILLITY、THE CROWN、THE HALO EFFECTのメンバーが、12月6日にイェーテボリでリンドバーグを追悼する夜を開くと発表し、チケットの収益を、スウェーデンのがん協会に設けられた「Gardens of Grief」基金に寄せるとした(メタル・インジェクション、2025年/Lambgoat、2025年)。

2026年2月、バンドは8作目『The Ghost of a Future Dead』の発売を発表し、題も音のミックスも曲順もジャケットもリンドバーグの望みどおりに仕上げた、彼の遺産だと述べた(ブラバマウス、2026年)。リンドバーグ自身は2025年の声明で、このアルバムを『Slaughter of the Soul』と『At War with Reality』を混ぜ合わせたような作品だと説明していた(ブラバマウス、2025年)。アルバムは4月24日にCentury Media Recordsから出て、AT THE GATESにとって初めて、スウェーデンのアルバム・チャートで1位に初登場した(ブラバマウス、メタル・インジェクション、2026年)。5月にはPeacevilleが、ダン・スワノーがリマスターを手がけた初期3作のCDを出している(Peaceville)。ヨナス・ビョーラーはこのアルバムをAT THE GATESの最終章と呼び、未発表の曲はもう残っていないとした(ブラバマウス、2026年)。リンドバーグの死から1年となる2026年9月16日、バンドは彼をしのぶ言葉を公表したが(Lambgoat、2026年)、2026年10月の時点で、解散も新しい歌い手も、今後の活動も発表していない(ブラバマウス、2026年/Louder、2026年)。

影響

アンダース・ビョーラーによれば、「イェーテボリ・サウンド」という呼び名を彼が初めて耳にしたのは、バンドの解散後の1997年か1998年ごろで、DARK TRANQUILLITYのミカエル・スタンネがドイツで受けた取材を通じて、彼らにも届いたという(ブラバマウス、2007年/メタル・インジェクション、2026年)。Century Media Recordsは、AT THE GATESをイェーテボリ・サウンドの祖とし、『Slaughter of the Soul』が解散の後になって、台頭するメタルコアの世代に影響を与えたと紹介している(Century Media)。デシベル誌は2005年、このアルバムがその後の10年でもっとも影響力のあるデス・メタルのアルバムになったと書き、SHADOWS FALLやKILLSWITCH ENGAGEなど、メタルとハードコアをまたぐ多くのバンドがその音を取り入れたとした(デシベル誌、2005年)。

アンダース・ビョーラーは、1996年にMORBID ANGEL、DISSECTIONと回ったアメリカ・ツアーの東海岸の公演に、SHADOWS FALL、KILLSWITCH ENGAGE、UNEARTHの面々が来ていたと語っている(メタル・インジェクション、2026年)。TRIVIUMのマット・ヒーフィーは、『Slaughter of the Soul』がなければTRIVIUMは存在しなかったと言い切り(Louder、2019年)、メタル・ハマー誌は、このアルバムがTRIVIUM、KILLSWITCH ENGAGE、LAMB OF GODに影響を与えたと書いている(Louder、2026年)。デシベル誌は、イェーテボリのIN FLAMES、DARK TRANQUILLITY、AT THE GATESの3バンドがいずれもスウェーデンのグラミスを受けたことに触れ、そのうち殿堂入りのアルバムを3作持つのはAT THE GATESだけだとしている(デシベル誌、2023年)。

メンバーについて

8作目『The Ghost of a Future Dead』の編成は、歌のトーマス・リンドバーグ、ベースのヨナス・ビョーラー、ギターのアンダース・ビョーラーとマーティン・ラーソン、ドラムのエイドリアン・アーランドソンの5人で、『Slaughter of the Soul』と同じ顔ぶれである(Century Media、ブラバマウス2026年)。公式サイトのメンバー紹介によれば、リンドバーグ、アンダース・ビョーラー、ヨナス・ビョーラー、アーランドソンは1990年の結成からのメンバーで、ラーソンは1993年に加わった(公式サイト)。ヨナス・ビョーラーは1992年にいったん離れて同じ年に戻り(公式サイト)、アンダース・ビョーラーは2017年3月から2022年10月まで離れていた(ブラバマウス、2017年・2022年)。トーマス・リンドバーグは2025年9月16日に亡くなった(ブラバマウス、2025年)。

過去のメンバーは、1990年から1993年まで在籍したギターのアルフ・スヴェンソンと、2017年9月から2022年7月まで在籍したギターのヨナス・スタルハマーである(公式サイト、ブラバマウス2017年、メタル・インジェクション2022年)。このほか、1991〜1992年にセッションでヴァイオリンを弾き、2011年のMetaltownにも加わったJesper Jarold、1991〜1992年にライヴでベースを弾いたTony Andersson、2022年に代役でギターを弾いたパトリック・ヤンセンとDaniel Martinezがいる(公式サイト、ブラバマウス2011年・2022年)。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム8作を、最初に出た年の順に並べる。このほかに、EP『Gardens of Grief』(1991年、Dolores)、編集盤『Suicidal Final Art』(2001年、Peaceville)、ドキュメンタリーとライヴ映像を収めた3枚組DVD『The Flames of the End』(2010年、Earache)、ライヴ盤『Purgatory Unleashed: Live at Wacken』(2010年)と『Live in Krakow』(2019年)、DECAPITATEDとのスプリット7インチ(2014年、Earache、SLAYERのカヴァー「Captor of Sin」を収録)、VOIVODとのスプリット7インチ『We Are Connected / Language of the Dead』(2015年、Century Media)、『To Drink from the Night Itself』のセッションで録られたボーナス・トラックを集めたデジタルEP『With the Pantheons Blind』と7インチ『The Mirror Black』(いずれも2019年、Century Media)がある。2026年5月には、Peacevilleが初期3作のリマスターCDを出した(公式サイト、Peaceville、Century Media、Lambgoat)。

発売題名レーベル備考
1992年The Red in the Sky Is OursDeaf(Peaceville)デビュー作。ART Studiosで録音、ヴァイオリンにJesper Jarold
1993年With Fear I Kiss the Burning DarknessDeaf(Peaceville)Tomas Skogsbergの制作。アルフ・スヴェンソンが参加した最後の作品
1994年Terminal Spirit DiseasePeacevilleマーティン・ラーソンが加わった最初の作品。新曲6曲とライヴ録音
1995年Slaughter of the SoulEaracheStudio Fredmanでフレドリック・ノルドストロームと録音。解散前の最後のアルバム
2014年At War with RealityCentury Media再結成後の最初のアルバム。グラミスの最優秀ハードロック/メタル・アルバム
2018年To Drink from the Night ItselfCentury Mediaアンダース・ビョーラー不在で作った最初のアルバム。Russ Russellと録音
2021年The Nightmare of BeingCentury Media悲観主義の哲学が主題
2026年The Ghost of a Future DeadCentury Mediaトーマス・リンドバーグが歌った最後のアルバム。彼の死後に発売され、スウェーデンで初の1位

日本公演

日本盤は、1995年11月21日に『Slaughter of the Soul』がトイズファクトリーから、1996年6月21日に初期の3作がポニーキャニオンから、いずれもボーナス・トラックを加えて出た。再結成後の4作は、トゥルーパー・エンタテインメントが日本盤を出している(タワーレコード、オリコン、トゥルーパー・エンタテインメント)。AT THE GATESは1996年の解散までに日本で演奏したことがなく、初めての来日は2008年5月、再結成後の最初の公演となったSMASHのExtreme The Dojo Vol.20 Specialである。THE DILLINGER ESCAPE PLAN、MAYHEM、PIG DESTROYER、INTO ETERNITYを従えるヘッドライナーとして大阪、名古屋、東京を回り、新木場STUDIO COASTでの「Slaughter of the Soul」「Cold」「Under a Serpent Sun」は、2010年のDVD『The Flames of the End』に収められている(Extreme The Dojo、SMASH、ブラバマウス)。2013年8月には、その夏に世界各地で出演したフェスティヴァルの合間に東京で1日だけの単独公演を行い、SMASHは5年ぶり2度目の来日と告知した(SMASH)。日本盤を出しているトゥルーパー・エンタテインメントの数え方ではこの公演は来日の回数に入らず、2018年のツアーを4度目としている(トゥルーパー・エンタテインメント)。2015年2月には『At War with Reality』を携えて3都市を回り、同じ年の10月にはLOUD PARK 15に出演した。2018年5月には、『To Drink from the Night Itself』の日本盤の発売から間もなく、再び3都市を回っている(SMASH、LOUD PARK、トゥルーパー・エンタテインメント)。2020年3月のDOWNLOAD FESTIVAL JAPAN 2020では『Slaughter of the Soul』の全曲演奏が予定されていたが、フェスティヴァルは延期になり、その演奏は2022年8月のDOWNLOAD JAPAN 2022で実現した(トゥルーパー・エンタテインメント、DOWNLOAD JAPAN)。

日付会場公演
2008年5月8日なんばHatch(大阪)Extreme The Dojo Vol.20 Special。初来日で、再結成後の最初の公演
2008年5月9日名古屋CLUB QUATTRO(愛知)Extreme The Dojo Vol.20 Special
2008年5月11日新木場STUDIO COAST(東京)Extreme The Dojo Vol.20 Special
2013年8月5日恵比寿LIQUIDROOM(東京)単独公演(SURVIVEがゲスト)
2015年2月9日恵比寿LIQUIDROOM(東京)AT WAR WITH REALITY TOUR IN JAPAN(ENGELがゲスト)
2015年2月10日名古屋CLUB QUATTRO(愛知)AT WAR WITH REALITY TOUR IN JAPAN
2015年2月12日梅田AKASO(大阪)AT WAR WITH REALITY TOUR IN JAPAN
2015年10月11日さいたまスーパーアリーナ(埼玉)LOUD PARK 15
2018年5月29日渋谷TSUTAYA O-EAST(東京)JAPAN TOUR 2018(SURVIVE、HELLCHILDがゲスト)
2018年5月30日名古屋Electric Lady Land(愛知)JAPAN TOUR 2018
2018年5月31日梅田TRAD(大阪)JAPAN TOUR 2018
2022年8月14日幕張メッセ 国際展示場1〜3ホール(千葉)DOWNLOAD JAPAN 2022。『Slaughter of the Soul』の全曲演奏

出典について

このページは、バンド公式サイト atthegates.se(Internet Archiveに残る2004〜2006年の公演リストと系譜図、2014〜2015年のバイオグラフィー、メンバー紹介、ニュース)、Peaceville Recordsのバンド・ページ、Century Media Recordsのバンド紹介と作品一覧、同社のBandcampの『The Ghost of a Future Dead』のページ、グラミスの受賞者一覧、Roadburnフェスティヴァルの2019年の総括、ブラバマウス、Louder(メタル・ハマー誌ほか)、デシベル誌、メタル・インジェクション、Loudwire、Lambgoat、ジ・オベリスク、ビルボードに基づく。作品のクレジットとレーベルの一部はMusicBrainzとDiscogsで確かめた。

Trivia

2008年の再結成公演は、日本で幕を開けた。Louderによれば、2008年5月8日の大阪公演は、バンドにとって初めての日本公演であると同時に、1996年の解散から12年ぶりのステージだった。1曲目の「Slaughter of the Soul」でトーマス・リンドバーグが「Go!」と叫ぶと、客席全体が声を合わせ、ヨナス・ビョーラーは、そんなことはそれまで一度もなかったと振り返っている。公式サイトに残る1990〜1996年の公演リストには、日本での公演は1本も無い。

出典: Louder「At The Gates' Slaughter Of The Soul: the album that changed metal forever」(2019年2月7日)

ベースのヨナス・ビョーラーは、1992年の初めに一度バンドを離れている。バンドの公式サイトに残る1990〜1996年の全公演リストでは、1992年1月のイェーテボリ公演にヨナス・ビョーラーの脱退が書き添えられ、4月の公演ではTony Anderssonがベースを弾き、11月のハルムスタード公演でヨナス・ビョーラーがベースに戻ったと記されている。公式サイトのメンバー紹介は、Tony Anderssonをライヴだけのベーシストとしており、1992年と1993年のアルバムのベースは、どちらもヨナス・ビョーラーのクレジットである。

出典: AT THE GATES公式サイト「Complete gig-guide 1990-1996」(Internet Archive、2004年の保存版)

創設メンバーのギタリストアルフ・スヴェンソンは、2作目『With Fear I Kiss the Burning Darkness』の後、1993年にバンドを去った。公式サイトのバイオグラフィーによれば、タトゥーの仕事やコミックの絵、自身のプロジェクトOXIPLEGATZに打ち込むためである。公式の公演リストでは、1993年5月にTIAMATと共演したヴァレントゥナ公演がスヴェンソンの最後のステージで、HOUSE OF USHERから迎えたマーティン・ラーソンは、同じ年の8月のセーデルテリエ公演で初めて舞台に立った。デシベル誌によれば、スヴェンソンはメンバーの中で5歳年上だった。

出典: AT THE GATES公式サイト「Bio」(Internet Archive、2014年8月の保存版)

1995年2月、SEANCEと回ったイギリスでの短いツアーは、ノリッジで行き詰まった。バンドの公演リストには「ツアー崩壊、文無しで立ち往生」と書かれ、4月にはストックホルムで、その穴を埋めるための資金集めの公演まで開いている。トーマス・リンドバーグは2006年、当時のレーベルPeacevilleには自分たちを家に帰す資金も無く、イギリスに1週間ほど足止めされたと語り、その怒りは『Slaughter of the Soul』の歌詞に表れていると振り返った。続くEaracheとの契約は、リンドバーグによれば救われたような気持ちだった。

出典: AT THE GATES公式サイト「Complete gig-guide 1990-1996」(Internet Archive、2004年の保存版)

再結成後の最初のアルバム『At War with Reality』は、2015年に相次いで賞を受けた。2月にストックホルムで独立系の音楽賞Manifestを受け、2月25日のグラミス(スウェーデンのグラミー賞)では2014年の最優秀ハードロック/メタル・アルバムに選ばれている。6月には、ロンドンで開かれたメタル・ハマー誌のゴールデン・ゴッズ・アワードで、バンドがインスピレーション賞を受けた。グラミスの受賞についてトーマス・リンドバーグは、自分たちはずっとアンダーグラウンドのデス・メタル・バンドだと思ってきたので、とても現実とは思えないと語っている。

出典: グラミス公式サイト、歴代受賞者一覧(1969〜2026年)

『At War with Reality』は、発売第1週にスウェーデンで3位、ドイツで25位、フィンランドで15位に入った。アメリカではBillboard 200で53位に初登場し、Blabbermouthによれば最初の週に7,700枚を売っている。バンドが公式サイトにまとめた初週の順位には、日本のオリコンの洋楽チャートでの17位も含まれている。

出典: AT THE GATES公式サイト「First week chart positions」(2014年11月7日、Internet Archiveの保存版)

2019年4月、Roadburnフェスティヴァルで、トーマス・リンドバーグはキュレーターを務めた。2作目の題から取った「The Burning Darkness」の名のもとに出演者を選び、AT THE GATES自身も弦楽四重奏と次々に登場するゲストを迎えた特別な公演を行った。The Obeliskの評によれば、幕開けはKING CRIMSONの「Red」で、SLEEPのMatt Pikeを迎えてTROUBLEの「The Tempter」を演奏し、Anna von Hausswolffがフィリップ・グラスの曲を歌った。リンドバーグは2021年、この公演で、10代のころに夢見た「デス・メタルのKING CRIMSON」に今ならなれると気づいたと語っている。

出典: Roadburn Festival「Roadburn 2019: A recap and a look forward」

AT THE GATESという名前は、FIELDS OF THE NEPHILIMの曲「At the Gates of Silent Memory」から来ている。トーマス・リンドバーグが2021年にネット上の質問に答えたところによれば、結成したばかりのバンドは、もっと長い「The dwellers at the gates of silent memory」を名乗っていたが、1週間ほどで今の短い名前に縮めた。メタル・ハマー誌は、元になったこの曲がAleister Crowleyの演説の録音を取り込んでいたことにも触れている。

出典: メタル・インジェクション「AT THE GATES' Vocalist Discusses Band's Original Name, Least Favorite Album & More」(2021年7月27日)

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News

DISFEAR、11月20日に新作『The Last Nail』発売 故Tomas Lindberg(AT THE GATES)の歌唱を収録

Relapseから発売される。AT THE GATESのフロントマンでDISFEARのヴォーカルも務めたTomas Lindbergと、ドラマーのMarcus Anderssonが亡くなる前に録音された作品で、バンドは『Live The Storm』以降3人のメンバーを癌で失ったと説明している。先行曲「Early Graves」が公開された。

出典: BLABBERMOUTH(2026年9月29日)

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AT THE GATES、『The Ghost Of A Future Dead』の全曲アニメーション映像を公開

2025年9月に亡くなったフロントマンTomas Lindbergに捧げた4月発売のアルバムで、長年の協働者Costin Chioreanu(Twilight 13 Media)が全曲分のアニメーション絵画を制作。先に公開されていた「The Dissonant Void」「In Dark Distortion」に、残りの楽曲とフル・アルバム映像が加わった。

出典: Blabbermouth(2026年9月9日)

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DARK TRANQUILLITY、故トーマス・リンドベリを追悼しAT THE GATES「Blinded By Fear」をカバー

同じ8月22日の<Göteborg Brinner>で、IN FLAMESのアンダース・フリーデンを迎え、セットの最後に1995年のAT THE GATES曲を演奏した。

出典: ThePRP(2026年8月23日)

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Albums

The Ghost of a Future Dead CD
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AT THE GATESの8作目。2026年4月発売。2025年9月に亡くなったトーマス・リンドバーグが手術の前に録った歌を収め、スウェーデンの総合チャートでバンド初の1位となった。

The Nightmare of Being CD
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AT THE GATESの7作目。2021年7月発売。悲観主義の哲学を主題に、サックスや弦楽器も交え、トーマス・リンドバーグがバンド史上もっとも重層的と語った作品である。

To Drink from the Night Itself CD
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AT THE GATESの6作目。2018年5月発売。アンダース・ビョーラーの脱退後初のアルバムで、ドイツの作家ペーター・ヴァイスの小説『抵抗の美学』を題材にしたコンセプト作である。

At War with Reality CD
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AT THE GATESの5作目。2014年10月発売。19年ぶりのアルバムで、南米文学の魔術的リアリズムを主題に据え、スウェーデンのアルバム・チャートで3位を記録した。

Slaughter of the Soul CD
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AT THE GATESの4作目。1995年11月14日発売。解散前最後のアルバムで、イェーテボリ発のメロディック・デス・メタルの手本となり、アメリカのメタルコアにも影響を与えた。

Terminal Spirit Disease CD

AT THE GATESの3作目。1994年発売。新たなギタリストを迎え、新曲6曲にライヴ3曲を加えた。簡潔な曲作りへの転換が、次作『Slaughter of the Soul』の土台となった。

With Fear I Kiss the Burning Darkness CD

AT THE GATESの2作目。1993年発売。ストックホルムのSunlight Studiosで録音し、DISMEMBERの歌い手が客演。初期の作曲の中心だったギタリストの最後の参加作である。

The Red in the Sky Is Ours CD

AT THE GATESのデビュー作。1992年にPeacevilleの傍系Deaf Recordsから発売。ヴァイオリンを交え、1曲に無数のリフを詰め込んだ複雑な作風で、のちの作品とは大きく異なる。