THE CROWN TRIVIA
Trivia
最後の年と決めた2026年には、日本での4公演が組まれた。招聘元のSWD Japanがポスターに掲げたツアー名は「NO TOMORROW-FAREWELL 2026 / LAST ROAR IN THE EAST」で、日程は10月20日と21日の東京・代官山SPACE ODD、22日の名古屋・今池3STAR、23日の大阪・SOCORE FACTORYである。SWD Japanのチケット・ページは、4公演それぞれを通常のチケット、サイン入りポスター付きのチケット、ミート・アンド・グリート付きのチケットの3種類で売り出し、東京2日間の通し券も用意した。
THE CROWNが初めて日本に来たのは2013年である。同じ年の2月、バンドは初の日本まであと3か月と告げ、日本のファンに向けた短いジングルを撮っていた。ドラマー、ヤンネ・サーレンパーも、2013年夏の日本でのライヴのあと、ホテルの部屋で次のアルバムの話をしたことを手紙に書き残している。2度目の来日は2015年で、EXTREME DEATH FEAST 2015の大阪公演と東京公演でヘッドライナーを務めた。このとき東京・渋谷で取材に応じたギタリスト、マルコ・テルヴォネンは、日本のファンの熱心さに触れ、2013年の初来日は先行投資のつもりだったが、いまは日本中から人が集まってくれていると話した。このツアーには撮影担当が同行し、結成25周年の記録になる映像を撮っていたという。3度目の来日は2018年9月のTHE CROWN JAPAN TOUR 2018で、ALIVEの招きでアメリカのORIGIN、オーストラリアのDESCENTとPRIMITIVEとともに大阪、名古屋、東京を回った。
THE CROWNの始まりは1990年の学校である。ドラマー、ヤンネ・サーレンパーが2014年に公式サイトで公開した脱退の手紙によれば、バンドを思い立ったのはサーレンパー自身で、同じ学校にいたいかした風貌のマグナス・ウルスフェルトに声をかけたのが最初だった。公式サイトのバイオグラフィーは、結成当初の姿を素朴なガレージ・バンドとして描いている。1992年にコンピレーションへ参加したあと、1993年にデモ『Forever Heaven Gone』、1994年にデモ『Forget the Light』を作り、GROTESQUE、NIFELHEIM、CEREMONIAL OATHを手がけていたBlack Sun Recordsと契約した。1995年にBlack Sun Recordsから出たデビュー作『The Burning』には、2本のデモと同じ題名の曲「Forever Heaven Gone」と「Forget the Light」が収められている。
CROWN OF THORNSとして1996年に録音した2作目『Eternal Death』には、いわれのある曲が並ぶ。公式サイトのバイオグラフィーによれば、8分に及ぶ「The Black Heart」はMAYHEMのデッドに捧げた曲である。「Kill (The Priest)」は最初のデモより前の1991年に書いた曲を作り直したもので、2014年の時点でもライヴのセットリストに残っていた。
THE CROWNは、最初の数年間はCROWN OF THORNSと名乗っていた。公式サイトのバイオグラフィーによれば、1997年7月、同じ名前を持つクリスチャン系のグラム・ポップ・バンドCROWN OF THORNSにその名前を手放すよう迫られ、短くしてTHE CROWNとした。新しい名前で最初に世に出たのは、Wicked World Recordsのコンピレーション『Statements of Intent』に収められた「The Poison」で、この曲はのちに『Hell Is Here』の1曲目に置かれた。Metal Bladeのバイオグラフィーは、2020年の結成30周年をCROWN OF THORNSとしての最初の8年間も含めて数えている。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンも2024年、数年間CROWN OF THORNSを名乗ったあとで名前を縮めなければならなかったと振り返っている。
THE CROWNはカヴァーでも足跡を残している。公式サイトのバイオグラフィーによれば、CROWN OF THORNS時代にはSLAYERのトリビュート盤『Slatanic Slaughter』に「Mandatory Suicide」を提供し、これがバンドの名を広める助けになった。THE CROWNと名を改めてからは、SEPULTURAのトリビュート盤『Sepultural Feast』で「Arise」を取り上げている。『Death Is Not Dead』では、本編にPARADISE LOSTの「Eternal」を、限定デジパックのボーナスCDにSODOMの「Agent Orange」を収めた。ベーシスト、マグナス・ウルスフェルトは2016年、公式サイトの質問に答えて、「Eternal」をこれまでにやった中で最高のカヴァーだと話している。
THE CROWNとMetal Blade Recordsを結びつけたのは、1998年初めのツアーである。公式サイトのバイオグラフィーによれば、1998年1月から2月にかけて、元AT THE GATESのトーマス・リンドバーグが歌うバンドとともにツアーを回り、Metal Bladeの関係者に強い印象を残した。ヴォーカルのヨハン・リンドストランドが蹴り飛ばしたビールをその関係者が顔に浴びるという一幕があったにもかかわらず、である。次作『Hell Is Here』はMetal Bladeから出た。その後バンドは、MORBID ANGEL、EMPEROR、IMPALED NAZARENEらとのツアーやWacken Open Airへの出演を重ね、できる限り多くのライヴをこなした。
2000年の『Deathrace King』には2人のゲスト・ヴォーカリストが参加している。公式サイトのディスコグラフィーによれば、「Devil Gate Ride」でトーマス・リンドバーグが、「Total Satan」でMika Luttinenが歌った。リンドバーグは1998年にTHE CROWNとツアーを回った間柄で、2001年にヨハン・リンドストランドが抜けると、次の『Crowned in Terror』を歌うことになる。アルバムのあと、バンドはCANNIBAL CORPSE、NILE、KRISIUN、ENSLAVED、VOMITORYらとヨーロッパとアメリカを回った。
2001年にヨハン・リンドストランドが抜けたあと、後任に迎えられたのがトーマス・リンドバーグである。公式サイトのバイオグラフィーによれば、リンドバーグは『Crowned in Terror』を歌い、その作品が出た2002年のうちに、メンバーとの個人的な不和からバンドを離れた。2003年、スウェーデンの雑誌Close-Upの取材でベーシストのマグナス・ウルスフェルトは、いちばんの理由は人としての相性で、11年間同じ顔ぶれで続けてきたため全員と合う人を見つけるのは難しかったと説明した。ドラマー、ヤンネ・サーレンパーは同じ年、リンドストランドが抜けたときに頼れるのはリンドバーグしかいなかったこと、ライヴ自体はうまくいっていたことを書き添え、うまく協力できなかったのはお互いさまだとした。リンドバーグは同じ号で、バンドとの間に片づいていない問題は何もないと答え、2004年の別の取材では、彼らとは人生の見方がまったく違ったと語っている。リンドストランドは2002年10月に正式に復帰した。
『Crowned Unholy』は、トーマス・リンドバーグが歌った『Crowned in Terror』をヨハン・リンドストランドの声で録り直した作品である。公式サイトのバイオグラフィーによれば、作業は2003年10月から2004年2月にかけて行われ、作品が世に出たときバンドはすでに解散していた。2003年9月の発表では、ベースのラインと歌を新たに録る一方、「Death Metal Holocaust」でのリンドストランドとリンドバーグの掛け合いには手を加えないとされていた。リンドストランドは、もともとオリジナル盤のこの曲にゲストとして参加していたのである。公式サイトのディスコグラフィーによれば、『Crowned Unholy』にはボーナスDVDが付いていた。
『Death Is Not Dead』でドラムを叩いたのは、ギタリストのマルコ・テルヴォネンである。ドラマー、ヤンネ・サーレンパーが2014年7月に書いた手紙によれば、2013年夏の日本でのライヴのあと、ホテルの部屋でサーレンパーは新作のドラムをテルヴォネンが叩いてはどうかと持ちかけた。仕事の誘いを受けていたサーレンパーは、その年の晩夏にテルヴォネンの家を訪ね、上手な助っ人でも良いアルバムは作れるが、THE CROWNらしい作品にするにはテルヴォネンが叩くしかないと重ねて説いたという。バンドは2014年9月、サーレンパーがしばらくほかのことに打ち込むために離れると発表し、戻る場所はいつでもあると添えた。2015年の記事によればサーレンパーは仕事のためにカリフォルニアへ移り、テルヴォネンは、ここまで速いドラムは初めてで怖かったこと、本気でないと思われるのを恐れてレーベルに長いあいだ黙っていたことを明かしている。公式サイトのディスコグラフィーはテルヴォネンをギターとドラムでクレジットし、新ドラマーのヘンリック・アクセルソンが叩いたのはPARADISE LOSTとSODOMのカヴァー2曲だと記している。
『Death Is Not Dead』でエンジニアとプロデューサーも務めたギタリスト、マルコ・テルヴォネンは、2016年に公式サイトで録音に使った機材を明かしている。要になったのはBoss HM-2というディストーション・ペダルで、ENTOMBEDを思わせる典型的なギターの音を生む定番の機材だが、そのままでは刻むリフには濁りすぎるため、別の音にちょうどよい分だけ混ぜて使ったという。ギターは愛用のBC RichのMockingbirdである。ベーシスト、マグナス・ウルスフェルトは、ジャズ・ベースのネックとLundgrenのピックアップを組み合わせた寄せ集めのFender Precision Bassと、1977年製のIbanez 2388をもとにした特製のベースを使った。
2016年に公式サイトに載ったメンバーへの質問で、THE CROWNの作品で一番好きなジャケットを尋ねられた3人の答えは、きれいに分かれた。ヴォーカルのヨハン・リンドストランドは『Hell Is Here』を挙げ、ほかのバンドの作品ではSLAYERの『South of Heaven』を選んだ。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンは『Possessed 13』を選び、形態ごとに違う素材を使ったパッケージ全体の出来を理由にした。ベーシスト、マグナス・ウルスフェルトは、『Hell Is Here』『Possessed 13』『Deathrace King』『The Burning』とどれも名作だとしたうえで、そのときの一番には『Doomsday King』を挙げ、ほかのバンドの作品ではENTOMBEDの『Left Hand Path』を選んでいる。
『Cobra Speed Venom』のジャケットを描いたのはChristian Sloan Hallである。バンドは2019年4月15日、このアートワークが画集『Masterpieces 2018』に選ばれたと公式サイトで報告し、これまでで指折りのジャケットを描いてくれたHallへの感謝を書き添えた。
『Royal Destroyer』は、ほぼ1週間で録り終えたアルバムである。Metal Bladeのバイオグラフィーによれば、バンドは2019年のツアーとフェスの季節が終わってから本格的に曲作りに取りかかり、まる1年をかけて曲を書き、リハーサルを重ねた。録音は当初2020年5月に組まれていたが、新型コロナウイルスの流行で5か月遅れ、10月にイェーテボリのStudio Fredmanでフレドリック・ノルドストロームと録音した。ベーシストのマグナス・ウルスフェルトによれば作業はとても順調で、全部を1週間ほどで録り終え、自分のベースはアルバム全体を2時間ほど、ほとんど一発録りで済ませた。バンドも2020年10月8日、公式サイトで7日間ですべてを録り終えたと報告している。前作の続編、それも何もかもを増量した続編というのが出発点で、1分ほどの激しい曲からバラードまでが入った。
『Royal Destroyer』の曲には、それぞれ下敷きがある。ベーシスト、マグナス・ウルスフェルトがMetal Bladeのバイオグラフィーで明かしたところでは、「Let the Hammering Begin!」は亡くなったSLAYERのギタリスト、ジェフ・ハンネマンに捧げた曲である。「Scandinavian Satan」は、VENOM、BATHORY、HELLHAMMERのような第一世代のブラック・メタル流の荒々しいロックンロールとして書かれ、歌詞の大半は世界の終わりを語る北欧神話『Völuspa』から取られた。「Ultra Faust」の主題は、過去にも未来にも、心の内にも外の世界にも、新しい領域を切り開いて手に入れようとする人間のファウスト的な衝動である。題名については解釈をファンに委ねたいとしつつ、THE CROWNこそがRoyal Destroyerなのだと言うこともできるとウルスフェルトは話している。彼はこれをバンドの10枚目のアルバムと数え、これで大物の仲間入りだと語った。
THE CROWNはドイツの公式アルバム・チャートに2作を送り込んでいる。Offizielle Deutsche Chartsの記録では、『Cobra Speed Venom』が2018年3月23日付のチャートで34位、『Royal Destroyer』が2021年3月19日付のチャートで17位に入り、どちらも1週のランクインだった。17位の結果を受けてバンドは2021年3月23日、公式サイトでドイツのファンを「Viking Punks」と呼んで礼を述べている。
2022年、THE CROWNの顔ぶれは大きく変わった。結成メンバーのベーシスト、マグナス・ウルスフェルトがこの年に抜け、ドラムにミカエル・ノーレン、ベースにマティアス・ラスムッセンが加わって、長年のメンバーであるギタリスト、マルコ・テルヴォネンとヴォーカルのヨハン・リンドストランドに合流した。『Crown of Thorns』では、リード・ギターにマーカス・スーネソンも戻っている。テルヴォネンによれば、ノーレンのおかげで、かつてヤンネ・サーレンパーが持ち込んでいたような荒々しいドラムの感じが少し戻ってきた。パンクやクラストの出身というラスムッセンは、アルバムのために「I Hunt with the Devil」と「Mind Collapse」を書いている。
『Crown of Thorns』は、ジャケットから作り始めたアルバムである。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンは、いつもと逆の順で進めてみようと考え、制作のごく早い段階でアートワークを作るよう推した。バンドはジャケットに、地元トロルヘッタンのStrömkarlsbronという橋を入れたいと考えた。すべてが始まった町に立ち返るのが筋だと思えたからだという。橋の上には、水の精を表したStrömkarlenという像が立っている。Giannis Nakosが仕上げた絵を前に、バンドはこの絵にどんな音楽が要るかを考え、速く、メロディアスで、重く、壮大で、パンクっぽいものを目指したとテルヴォネンは話している。
2024年のアルバムの題名『Crown of Thorns』は、バンドが最初の数年間名乗っていた名前である。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンは、バンドはいずれ自分の名を冠した作品を出すものだと考え、それを自分たちなりの形で実現したのがこのアルバムだと説明している。同じ話の中でテルヴォネンは、数年間CROWN OF THORNSを名乗ったあとで名前を縮めなければならなかったことにも触れた。日本盤の紹介文も、この作品を初期のバンド名を冠した真のセルフ・タイトル作と位置づけている。
『Crown of Thorns』の「Gone to Hell」は、ギタリスト、マルコ・テルヴォネンとベーシスト、マグナス・ウルスフェルトが初めて本当に一緒に書いた曲である。テルヴォネンによれば、昔のアルバムには2人の連名で作曲がクレジットされた曲が多いが、2人で一緒に書いたという意味ではなかった。この曲ではウルスフェルトがベースで基本のリフを示し、メトロノームに合わせて録ったものをテルヴォネンが引き取って仕上げた。ウルスフェルトが2022年に抜ける前に2人で作った唯一の曲で、ミドル・テンポにポスト・パンクに近い要素ものぞく。先行曲の「Churchburner」は、SLAYERの「Postmortem」への目配せで始まり、バンドがあまり使わない3連主体のリズムへ展開する。「Where Nightmares Belong」は、ヴォーカルのヨハン・リンドストランドが無伴奏でサビを叫んだあと、子守歌のような女性の歌声で締めくくられる。
『Crown of Thorns』では、ギターのチューニングが変わった。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンによれば、最初の4枚は標準のEで弾き、そこから少しずつDへ下げ、『Possessed 13』以降はCまで下げていた。今作ではそれをDまで上げ、ゆっくりEへ戻る道に入った。軽めのDの方が、刻みや音色がよく出るからだという。録音はテルヴォネン自身がStudio-MTで行い、ミックスとマスタリングは、以前からバンドのファンだったBlack Lounge Studiosのヨナス・キェルグレンが手がけた。歌詞についてテルヴォネンは、AT THE GATESのトーマス・リンドバーグがかつて口にした、言葉はもうそこにあって見つけるだけだという考え方を気に入っていると話している。
『Crowned in Terror』はアメリカの大学ラジオで首位に立っている。業界誌CMJ New Music Reportの2002年5月27日号では、大学局などのオンエア報告をまとめたLoud Rockチャートで、KILLSWITCH ENGAGEとSOILWORKを抑えて1位に入った。前の号ではSOILWORKに次ぐ2位、次の号ではKILLSWITCH ENGAGEに次ぐ2位で、首位にいたのはこの1週である。
DEATHSTARSでWhiplasher Bernadotteを名乗るアンドレアス・バーグは、THE CROWNと縁の深い歌い手である。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンが2008年に明かしたところでは、『Possessed 13』の「Deliverance」の歌詞を書いたのはバーグで、そのことに気づいた人はほとんどいなかった。2002年にバンドが歌い手を欠いていたときには、KREATORとDESTRUCTIONとのアメリカ・ツアーでバーグが代役を務める話もあったが、手配の都合がつかず、バンドはツアーを取りやめた。2008年8月には、THE CROWNの元メンバー4人が組んだ新バンドDOBERMANNにバーグが加わったと発表されたが、翌2009年には袂を分かっている。
2003年の『Possessed 13』は、バンドが自分たちでプロデュースし、同じ年の5月から6月にかけてイェーテボリのStudio Fredmanで録音したアルバムである。限定の2枚組デジパックには、1993年のデモ『Forever Heaven Gone』と1994年のデモ『Forget the Light』、BATHORYの「Burnin' Leather」のカヴァー、そして『Deathrace King』の「Rebel Angel」のデモ・ヴァージョンを収めたボーナスCDが付いた。最初のシングルになった「Face of Destruction - Deep Hit of Death」のビデオは、2003年8月にドイツで撮影されている。
THE CROWNは2004年に一度解散している。ドラマー、ヤンネ・サーレンパーが2004年3月に出した声明は、手配がずさんで失敗に終わったツアーがあまりに多かったことを理由に挙げた。ツアーのたびに金も機材もすり減って請求書だけが残り、ステージは好きでも商売のことはよく分からないという組み合わせがよくなかったという。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンは2015年の取材で、もうハングリーではなくなっていたこと、マグナス・ウルスフェルトに子どもが生まれようとしていたこと、どんなライヴの誘いも断らずに全力を注いだ分、犠牲が大きすぎたと感じていたことを挙げ、落ち着いて家庭を持つことを選んだと話している。前触れもあった。2003年9月、『Possessed 13』の発売を前にウルスフェルトは、これが最後の作品になりそうな気がすると漏らし、一つの区切りと受け取ってもらってかまわないとも話していた。
再結成は、別のバンドとして始まった。ギタリスト、マルコ・テルヴォネンの2015年の話では、メンバーの子どもたちが大きくなりはじめたころ、ベーシストのマグナス・ウルスフェルトが新しいアルバム1枚分の曲を書いたと昔の仲間に連絡してきた。2008年には元メンバー4人がDOBERMANNの名でそれを録音していた。テルヴォネンによれば、ヨハン・リンドストランドにも声をかけたが、自分のバンドONE MAN ARMYで忙しく、逆にどうしてTHE CROWNの名前を使わないのかと尋ねられたという。メンバーは迷い、最初はまったく別の名前を、次にTHE CROWNの曲名やアルバム名にちなんだ名前を考えたが、出来上がっていく曲がどれもTHE CROWNそのものに聞こえたため、その名前で行くことに決めた。2009年12月1日、DOBERMANNが正式にTHE CROWNと名を改め、GOD MACABREなどで歌ってきたヨナス・スタルハマーを歌い手に迎えたことが発表された。2010年6月にはCentury Media Recordsと世界規模の契約を結んでいる。
2011年9月、ヨハン・リンドストランドがTHE CROWNに戻った。『Doomsday King』を歌ったヨナス・スタルハマーは、バンドの本当の声が帰ってくるのだから、敬意をもって身を引くと述べ、リンドストランドはスタルハマーの『Doomsday King』での仕事をたたえて感謝した。こうして『Doomsday King』は、スタルハマーが歌った唯一の作品になった。リンドストランドは、いちばん古い友人たちと再び組めることを喜び、オリジナルの顔ぶれにふさわしい活躍をすると誓っている。復帰後の最初のライヴは2012年5月5日、イェーテボリのSticky Fingersでのことで、バンドにとっては12年ぶりのイェーテボリ公演であり、その年スウェーデンで行った唯一のライヴでもあった。
2013年2月、THE CROWNは新しいリード・ギタリストとしてロビン・ソルクヴィストの加入を発表した。公式サイトのバイオグラフィーによれば、マーカス・スーネソンに代わる加入で、ソルクヴィストはIMPIOUSで知られたギタリストである。IMPIOUSにはヴォーカルのヨハン・リンドストランドも縁がある。2016年に公式サイトの質問に答えたリンドストランドは、1990年代の半ばにはドラムも叩いていて、IMPIOUSの最初のデモでドラムを務めたことを誇りにしていると話している。加入の発表は新作の録音の最中に出され、バンドはその日、日本のファンに向けた短いジングルを撮影したとも伝えていた。
2014年10月に出た「Headhunter」は、THE CROWNにとって初めての7インチ・シングルである。2014年9月の発表によれば1000枚の限定盤で、B面にはNAPALM DEATHの「Unfit Earth」のカヴァーが入った。「Headhunter」はアルバム『Death Is Not Dead』に先立って出た曲である。バンドの映像の歴史はもっと古く、公式サイトのバイオグラフィーによれば、CROWN OF THORNS時代にも『The Burning』の「Of Good and Evil」と『Eternal Death』の「Angels Die」でビデオを作っている。
2017年11月、THE CROWNはMetal Blade Recordsに戻り、複数作の契約を結んだ。発表の時点で、新作はすでにStudio Fredmanで録り終えていた。バンドは、多くの作品を共に出してきたレーベルへの復帰を光栄だと喜び、キャリアで大きく前進できたのはMetal Bladeのおかげだったと振り返った。新作からの最初のシングル「Iron Crown」は2018年1月12日に限定の7インチで出され、黒300枚、銀200枚、透明の赤100枚の3色が用意された。
『Cobra Speed Venom』の準備に、バンドは2017年のほとんどを費やした。2018年1月の発表によれば、メンバーはその年の大半を新曲13曲のリハーサルに充て、そのうえでStudio Fredmanに入り、フレドリック・ノルドストロームとともに録音した。バンドは、今回は全員で曲を作り、全員でリハーサルし、全員で録音するという望みどおりのやり方を貫けたので、ようやく本来の力を聴かせられると話した。本編は10曲で、「Nemesis Diamond」と「The Great Dying」がボーナス・トラックとして加えられた。
2025年9月16日にトーマス・リンドバーグが亡くなると、THE CROWNは彼をしのぶ夜に名を連ねた。2025年11月18日の告知によれば、12月6日にイェーテボリのMonument 031でリンドバーグをたたえる夜が開かれ、DARK TRANQUILLITY、THE CROWN、THE HALO EFFECTが友人として出演するとされた。各バンドがフル・セットを演奏する公演ではなく、リンドバーグが遺したものを皆で祝う集まりだと告知は断り、チケットの売り上げはすべてCancerfondenと、そこに設けられた「Gardens of Grief」基金に寄付するとした。告知の4日前の11月14日は、リンドバーグが歌ったAT THE GATESの『Slaughter of the Soul』の30周年にあたっていた。リンドバーグは2001年から2002年にかけてTHE CROWNで歌った人でもある。
2025年12月1日、THE CROWNは2026年をもって活動を終えると発表した。声明は35年の歩みを振り返り、2026年の公演をもってライヴもバンドも終わりにすると告げた。幕の引き方は自分たちで決め、その一年を何よりもファンへの感謝にあてたいという。ツアーの名は「NO TOMORROW - FAREWELL 2026」で、この日に発表された日程は1月10日のポルトガルのMangualde Hard Metal Festに始まり、最終公演は12月19日のイェーテボリとされた。「No Tomorrow」という言葉はバンドにとって初めてではなく、2003年の『Possessed 13』の1曲目の曲名であり、DVD作品『14 Years of No Tomorrow』の題名にも入っている。