GOTTHARD
バンドは、ルガーノ (Lugano)での結成以来、ハードロックのダイナミズムと洗練されたバラードを融合させた独自のサウンドで、世界中で300万枚以上のアルバムセールスを記録してきた。
Biography
スイスのハードロックの巨星 GOTTHARD (ゴットハード):
歴史、音楽的変遷、文化的影響
1. エグゼクティブ・サマリー
バンドは、ルガーノ (Lugano)での結成以来、ハードロックのダイナミズムと洗練されたバラードを融合させた独自のサウンドで、世界中で300万枚以上のアルバムセールスを記録してきた。特に母国スイスにおいては、直近のスタジオアルバム13作が連続してチャート1位を獲得するという、レディー・ガガ (Lady Gaga)のような世界的ポップスターをも凌ぐ前人未到の商業的記録を樹立しており、「スイスの国民的バンド」としての地位を不動のものにしている。
2. 第1部: バンドの起源と形成期 (1979-1991)
2.1 スティーヴ・リー (Steve Lee) の初期キャリアと前身バンド
GOTTHARD (ゴットハード)の歴史を紐解く上で、その「声」であり「魂」であった故スティーヴ・リー (Steve Lee) の初期キャリアへの言及は不可欠である。1963年8月5日、チューリッヒ (Zurich) のホルゲン (Horgen) に生まれたシュテファン・アロイス (Stefan Alois / 後のスティーヴ・リー)は、イタリア語、ドイツ語、英語、フランス語を流暢に操るマルチリンガルな才能を持っていた。
彼の音楽活動は1979年、ルガーノ・トレヴァノ (Lugano-Trevano) のアウラ・マグナ (Aula Magna)で行われたコンサートから始まった。当時、彼は「Cromo (クロモ)」というバンドでボーカルとドラムを担当していた。このバンドには、キーボードとボーカルのジェラルド・ガルガニゴ (Gerard Garganigo)、キーボードとシンセサイザーのティツィアーノ・リップマン (Tiziano Lippmann)、ベースのマッシモ・バッソ (Massimo Basso)、ギターのグイド・ガリアーノ (Guido Gagliano) が在籍していた。ドラマー兼ボーカリストという彼の出発点は、後のGOTTHARD (ゴットハード) におけるリズムへの鋭い感覚と、観客を掌握するフロントマンとしての資質の双方を育む土壌となったと考えられる。1988年、スティーヴ・リー (Steve Lee) は 「Forsale (フォーセール)」 というグループに参加し、プロフェッショナルなキャリアへの階段を上り始めた。
2.2 KRAK (クラック) の結成とクリス・フォン・ロー (Chris von Rohr) との出会い
1989年頃、ティチーノ州 (Ticino) ルガーノ (Lugano) において、スティーヴ・リー (Steve Lee) とギタリストのレオ・レオニ (Leo Leoni) を中心として新たなバンドが結成された。初期のラインナップには、ベーシストのマーク・リン (Marc Lynn) とドラマーのヘナ・ハーベッガー (Hena Habegger) も加わっており、この4人が後の黄金期を支える核となった。当初、彼らはバンド名を 「KRAK (クラック)」と名乗っていた。
彼らの運命を大きく変えたのは、スイスを代表するハードロックバンド、KROKUS (クローカス)の創設メンバーでありベーシストのクリス・フォン・ロー (Chris von Rohr) との出会いであった。当時、KROKUS (クローカス)での活動を経てプロデューサーやソングライターとしてのキャリアを模索していたクリス・フォン・ロー (Chris von Rohr)は、KRAK (クラック)のデモテープ、あるいはリハーサルにおけるポテンシャルに強い関心を抱いた。彼は後に「KROKUSが下降線をたどる一方で、GOTTHARDをソングライティング・プロデューサーとして構築していった」と回想しており、彼にとってGOTTHARD (ゴットハード)は自身の音楽적ヴィジョンを具現化する新たなキャンバスであったことが窺える。
2.3 バンド名の変更とアイデンティティの確立
クリス・フォン・ロー (Chris von Rohr) の指導の下、バンドはより国際的なアピールとスイス独自のアイデンティティを両立させるための戦略的転換を図った。1991年、バンド名は「KRAK (クラック)」から、スイスのアルプス山脈 (Alps) にあるサン・ゴッタルド山塊 (Saint-Gotthard Massif) に由来する 「GOTTHARD (ゴットハード)」 へと変更された。
この名称変更は単なるラベリング以上の意味を持っていた。「ゴットハード (Gotthard)」という響きは、岩のように強固なハードロック (Hard Rock) を想起させると同時に、スイスという国家の地理的・精神的な支柱を象徴していた。クリス・フォン・ロー (Chris von Rohr)は、バンドの「第5のメンバー」として楽曲制作、プロデュース、マネジメントに深く関与し、彼らのサウンドをAC/DC的な骨太なリフと、美しいメロディを融合させたスタイルへと研磨していった。また、バンドのロゴデザインは、ドラマーのヘナ・ハーベッガー (Hena Habegger) の兄弟であるロン・ハーベッガー (Ron Habegger) によって手掛けられた。
3. 第2部: 黄金時代 - スティーヴ・リー (Steve Lee) 在籍期 (1992-2010)
3.1 デビューと初期の成功: 『Gotthard』 と 『Dial Hard』 (1992-1995)
1992年、バンドはセルフタイトルのデビューアルバム 『Gotthard』 をAriola (アリオラ) レーベルからリリースした。このアルバムは、スイスのアルバムチャートで最高5位を記録し、3万枚以上のセールスを記録してプラチナディスク認定を受けた。アルバムのアートワークには「トリノの聖骸布 (Shroud of Turin)」 を模したイメージが使用され、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
デビュー作の成功を決定づけたのは、ディープ・パープル (Deep Purple) のカヴァー曲である「Hush」のヒットであった。ジョー・サウス (Joe South) が作詞作曲し、ディープ・パープル (Deep Purple) によって有名になったこの曲を、GOTTHARD (ゴットハード)はよりモダンでエネルギッシュなハードロックとして蘇らせた。その他、「Firedance」、「Standing In The Light」 などの楽曲は、スティーヴ・リー (Steve Lee) の圧倒的な歌唱力とレオ・レオニ (Leo Leoni) のギターワークを世に知らしめた。また、デビュー直後からブライアン・アダムス (Bryan Adams) のオープニングアクトを務めるなど、ライブパフォーマンスの質の高さも注目された。
1994年、2ndアルバム 『Dial Hard』をリリース。このアルバムにより、バンドは初めてスイスチャートの1位を獲得した。これ以降、GOTTHARDのスタジオアルバムは一貫してチャートの首位を独走することになる。タイトル曲や 「Mountain Mama」、「I'm on My Way」などのヒット曲を含むこのアルバムは、バンドのセールスを累計200万枚レベルへと押し上げる原動力となった。『Dial Hard』の成功は、GOTTHARDが単なる新人バンドから、スイスを代表するロックスターへと変貌を遂げた瞬間であった。
3.2 国際的飛躍とマンディ・メイヤー (Mandy Meyer) の加入: 『G.』 と 『D-Frosted』 (1996-1998)
1996年リリースの3rdアルバム『G.』 において、バンドは制作拠点をアメリカ合衆国 (United States) のロサンゼルス (Los Angeles) に移し、サウンドのスケールアップを図った。この時期、バンドはより厚みのあるギターサウンドを求め、元エイジア (Asia)、コブラ(Cobra)、クローカス (Krokus) のギタリストであるマンディ・メイヤー (Mandy Meyer)を迎え入れた。マンディ・メイヤー (Mandy Meyer) の加入により、レオ・レオニ (Leo Leoni) とのツインギター体制が確立され、ライブにおける再現性と音圧が飛躍的に向上した。
『G.』もまたスイスチャートで1位を獲得し、バンドの勢いは止まることを知らなかった。続く1997年には、アコースティック・ライブアルバム 『D-Frosted』をリリース。この作品は、GOTTHARDのキャリアにおける重要な転換点となった。通常、ハードロックバンドのアコースティックアルバムは企画盤としての性格が強いが、『D-Frosted』 はGOTTHARDの楽曲が持つメロディの普遍的な美しさを浮き彫りにし、ロックファン以外の一般層にもその名を浸透させる契機となった。「One Life, One Soul」 のバラードバージョンは、スイス国民にとっての愛唱歌となり、バンドの国民的英雄としての地位を決定づけた。
3.3 音楽的実験と成熟: 『Open』から『Human Zoo』へ (1999-2003)
1999年のアルバム『Open』では、従来のハードロック路線に加え、よりポップでコンテンポラリーなアプローチを試みた。この時期、バンドは自身の音楽性の幅を広げることに意欲的であり、続く2001年の『Homerun』では、タイトル通りスイスチャート1位という 「ホームラン」を放ち続けながらも、メロディの洗練度を極めていった。シングル「Heaven」は2000年にスイスのシングルチャートで1位を獲得し、バンドにとって唯一のNo.1シングルとなった。
2003年の『Human Zoo』は、BMG (ビーエムジー) レーベルからの最後のスタジオアルバムとなった。ロサンゼルス録音を含むこのアルバムには、「Have a Little Faith」や「Janie's Not Alone」といった名曲が収録されているが、同時に長年のプロデューサーであったクリス・フォン・ロー (Chris von Rohr) との関係に終止符が打たれる時期でもあった。クリス・フォン・ロー (Chris von Rohr) との決別は、彼がスイスの大衆紙 『Blick』 に対してバンドのツアー中の過激なエピソードや、当時のアメリカ人マネージャーに対する批判を公然と語ったことが一因とされている。この決別により、バンドは自らの手でキャリアをコントロールする「自立」の道を選ぶこととなった。
3.4 独立と原点回帰: ニュークリア・ブラスト (Nuclear Blast) 時代(2004-2009)
2004年、マンディ・メイヤー (Mandy Meyer) が脱退し、後任としてフレディ・シェラー (Freddy Scherer)が加入した。フレディ・シェラー (Freddy Scherer)は、かつてマーク・リン (Marc Lynn) と共に 「China (チャイン)」 というバンドで活動していた経験があり、バンドへの適応は極めてスムーズであった。
新たなマネジメントと、ヘヴィメタル/ハードロックに特化したドイツのレーベル、ニュークリア・ブラスト (Nuclear Blast) との契約を経て、バンドは2005年にアルバム『Lipservice』をリリースした。このアルバムは、「原点回帰」を明確に打ち出した作品であり、クリス・フォン・ロー (Chris von Rohr) 時代の後半に見られたポップな実験色を排し、ソリッドでエッジの効いたハードロックサウンドを全面的に展開した。「Lift U Up」や「Anytime Anywhere」 といった楽曲は、ライブの定番曲となり、バンドの「第2の黄金期」の幕開けを告げた。批評家からも「80年代のファイアーハウス (Firehouse) やミスター・ビッグ (Mr. Big) を彷彿とさせる素晴らしいサウンド」と絶賛された。
続いてリリースされた『Domino Effect』(2007年)は、よりダークでヘヴィなトーンを含みつつも、変わらぬメロディセンスを維持した。2009年の『Need to Believe』もまたスイスチャート1位を獲得し、バンドは不動の地位を築いていた。しかし、これがスティーヴ・リー (Steve Lee) がフルで参加した最後のスタジオアルバムとなるとは、当時誰も予想していなかった。
3.5 悲劇の日: スティーヴ・リー (Steve Lee) の死 (2010)
2010年、バンドは長年の夢であったアメリカ大陸でのバイクツーリングを実行に移した。しかし、10月5日、ネバダ州 (Nevada) メスキート (Mesquite) 近郊の州間高速道路15号線 (Interstate 15)において、悲劇は発生した。
一行は激しい雨に見舞われ、レインギアを着用するために路肩にバイクを停車させていた。雨でコントロールを失ったセミトレーラー・トラックが、停車していたバイクの列に突っ込んだ。弾き飛ばされたバイクの一台がスティーヴ・リー (Steve Lee)を直撃し、彼は即死した。享年47歳であった。現場にはベーシストのマーク・リン (Marc Lynn)や、スティーヴ・リー (Steve Lee) のパートナーであるブリジット・ヴォス・バルザリーニ (Brigitte Voss-Balzarini) も居合わせたが、彼らに身体的な怪我はなかったものの、精神的な衝撃は計り知れないものであった。
スティーヴ・リー (Steve Lee) の死は、スイス国内のみならず、世界中のロックコミュニティに深い悲しみをもたらした。ホワイトスネイク (Whitesnake) やディープ・パープル (Deep Purple) のメンバーからも哀悼の意が寄せられ、バンドの存続自体が危ぶまれる事態となった。
4. 第3部: 再生と進化 - ニック・メーダー (Nic Maeder) 時代 (2011-現在)
4.1 新たなる声の探求とニック・メーダー (Nic Maeder) の加入
深い悲しみの中、残されたメンバー (レオ・レオニ、マーク・リン、ヘナ・ハーベッガー、フレディ・シェラー)は、バンドを解散させるのではなく、継続することを選択した。彼らは「スティーヴも音楽を止めることを望まないだろう」と信じ、新たなボーカリストを探すためのオーディションを開始した。
世界中から約400名ものシンガーが応募し、その中には国際的に名の知られたシンガーも含まれていた。選考プロセスは慎重を極め、単に歌唱力を審査するだけでなく、バンドメンバーとしての相性や作曲能力も重視された。最終的に白羽の矢が立ったのは、スイス (Switzerland) のローザンヌ (Lausanne) 生まれで、オーストラリア (Australia) での生活経験を持つニック・メーダー (Nic Maeder)であった。
レオ・レオニ (Leo Leoni) はニック・メーダー (Nic Maeder) とのセッションについて、「魔法のような瞬間だった」と語っている。オーディションのためにオーストラリアから呼び寄せたニック・メーダー (Nic Maeder) と過ごした2週間で、彼らは4曲もの新曲を書き上げ、それらはすべて次のアルバムに収録されることになった。このクリエイティブな化学反応こそが、彼を新メンバーに決定づける要因となった。2011年11月、バンドはニック・メーダー (Nic Maeder) の加入を正式に発表し、新曲「Remember It's Me」を無料ダウンロード公開した。
4.2 復活の狼煙: 『Firebirth』と『Bang!』 (2012-2016)
2012年6月、ニック・メーダー (Nic Maeder) 加入後初となるアルバム 『Firebirth』がリリースされた。アルバムタイトル 「Firebirth (炎の誕生)」は、灰の中から蘇る不死鳥のように、バンドが再生を果たしたことを象徴していた。サウンドはより生々しく、アーシーで、70年代のハードロックに回帰したような温かみを持っていた。このアルバムもまた、スイスチャートで1位を獲得し、ファンが新生GOTTHARD (ゴットハード)を受け入れたことを証明した。
2014年にはアルバム『Bang!』をリリース。タイトル曲や 「Feel What I Feel」などの楽曲は、ニック・メーダー (Nic Maeder) の声質に完全にフィットしており、バンドが新しいラインナップでの自信を深めていることが窺えた。チャーリー・バウアファイント (Charlie Bauerfeind) とレオ・レオニ (Leo Leoni) の共同プロデュースによるこの作品は、モダンさとクラシックなロックの良さを兼ね備えていた。
4.3 25周年記念とラインナップの変更: 『Silver』 から 『#13』 へ (2017-2021)
2017年、デビュー25周年 (銀婚式)を記念したアルバム 『Silver』をリリース。先行シングル「Stay With Me」 を含むこのアルバムは、オーストリアやドイツのチャートでも上位にランクインし、変わらぬ欧州での人気を見せつけた。
この時期、長年のドラマーであるヘナ・ハーベッガー (Hena Habegger) が健康上の理由や家族との時間を優先するためにツアーを離脱することが増えた。代役としてハロウィン (Helloween) のダニ・ルブレ (Dani Löble) などが参加した後、最終的にKROKUS (クローカス)のドラマーであったフラヴィオ・メッゾディ (Flavio Mezzodi) が正式メンバーとして加入した。これにより、現在のラインナップ (Maeder, Leoni, Scherer, Lynn, Mezzodi) が完成した。
2020年には13枚目のスタジオアルバム 『#13』をリリース。西洋文化圏では不吉とされる「13」を堂々とタイトルに掲げたこの作品でも、GOTTHARDはスイスチャート1位を獲得し、連続1位記録を更新し続けた。
4.4 最新の動向:『Stereo Crush』 と未来 (2025-2026)
2025年3月21日、バンドは14枚目のスタジオアルバム 『Stereo Crush』を、新たなレーベルReigning Phoenix Music (レイニング・フェニックス・ミュージック / RPM) からリリースした。このアルバムは、スイスチャートで初登場1位を獲得し、これでスタジオアルバム13作連続1位という偉業を達成した。
『Stereo Crush』は、長年のパートナーであるチャーリー・バウアファイント (Charlie Bauerfeind)とレオ・レオニ (Leo Leoni) によってプロデュースされ、全盛期のハードロックサウンドと現代的なプロダクションが見事に融合している。先行シングル「Boom Boom」は、レオ・レオニ (Leo Leoni) に息子ガブリエル (Gabriel) が誕生した喜びにインスパイアされた楽曲であり、ベテランバンドながらも瑞々しい感性を失っていないことを示した。
さらに、2026年3月13日にはミニアルバム (EP) 『More Stereo Crush』のリリースが予定されている。この作品には、『Stereo Crush』セッションからの未発表曲に加え、KROKUS (クローカス)の伝説的ボーカリスト、マーク・ストラーチェ (Marc Storace) とのデュエットによる「Liverpool」などが収録される予定であり、スイス・ロック界の2大巨頭の共演として注目を集めている。
5. メンバー詳細プロフィール (Members Profile)
5.1 現メンバー (Current Members)
| 名前 (Name) | 担当 (Role) | 在籍期間 | 詳細・背景 |
|---|---|---|---|
| Leo Leoni (レオ・レオニ) |
Guitar | 1992- 現在 |
バンドの創設者であり、メインソングライター。「The Godfather of Swiss Rock」とも呼ばれるリフメイカー。スティーヴ・リーと共にバンドの魂を形成した。自身のサイドプロジェクト 「CoreLeoni」でも活動。 |
| Marc Lynn (マーク・リン) |
Bass | 1992- 現在 |
創設メンバー。かつてはバンド 「China」 に在籍。スティーヴ・リーの事故現場に居合わせた一人であり、バンドの歴史の証人。堅実なベースプレイでサウンドのボトムを支える。 |
| Freddy Scherer (フレディ・シェラー) |
Guitar | 2004- 現在 |
マンディ・メイヤーの後任として加入。「China」 でマーク・リンと共に活動していた盟友。レオとのツインギターのコンビネーションは抜群。 |
| Nic Maeder (ニック・メーダー) |
Vocals | 2011- 現在 |
スイス・ローザンヌ出身、オーストラリア育ち。スティーヴ・リーの後任という重責を担い、バンドに新たな息吹をもたらした。ピアノも演奏できるマルチプレイヤー。 |
| Flavio Mezzodi (フラヴィオ・メッゾディ) |
Drums | 2021- 現在 |
ヘナ・ハーベッガーの後任。元KROKUSのドラマー。パワフルかつテクニカルなドラミングで、新生GOTTHARDのリズムを牽引する。 |
5.2 旧メンバー・重要人物 (Past Members & Key Figures)
- Steve Lee (スティーヴ・リー): [Vocals, 1992-2010] 不世出のボーカリスト。そのハスキーでエモーショナルな歌声は、ホワイトスネイク (Whitesnake) のデヴィッド・カヴァデール (David Coverdale) を彷彿とさせつつ、独自の温かみを持っていた。2010年の事故死はバンド最大の悲劇。
- Hena Habegger (ヘナ・ハーベッガー): オリジナルドラマー。バンドのロゴデザインは彼の兄ロン・ハーベッガー (Ron Habegger) によるもの。健康上の理由等で脱退。
- Mandy Meyer (マンディ・メイヤー): [Guitar, 1996-2004] 国際的な実績を持つギタリスト (Asia, Krokus, Cobra)。『G.』 から 『Human Zoo』までの黄金期を支えた。
- Chris von Rohr (クリス・フォン・ロー): [Producer/Manager] KROKUSの創設メンバー。初期GOTTHARDの名付け親であり、プロデューサー。「第5のメンバー」としてバンドを成功に導いたが、2004年頃に袂を分かった。
6. ディスコグラフィ (Discography)
各アルバムについて、収録曲やチャート順位、特筆すべき事項を記述する。日本盤 (Japanese Edition) の特異性についても触れる。
6.1 スタジオアルバム (Studio Albums)
- レーベル: Ariola
- スイスチャート: 5位 (プラチナ認定)
- 概要: 衝撃のデビュー作。クリス・フォン・ロー (Chris von Rohr) プロデュース。「Hush」のカヴァーがヒット。
- 主要曲: "Hush", "Firedance", "Standing In The Light", "Angel"
- レーベル: Ariola
- スイスチャート: 1位
- 概要: 初のNo.1アルバム。タイトルは映画『ダイ・ハード』のもじりか。よりハードな路線へ。
- 主要曲: "Mountain Mama", "I'm on My Way", "Higher"
- レーベル: Ariola / BMG
- スイスチャート: 1位
- 概要: ロサンゼルス録音。マンディ・メイヤー加入。アメリカン・ハードロックの影響が色濃い。
- 主要曲: "Sister Moon", "Make It Real", "Father Is That Enough?"
- レーベル: Ariola
- スイスチャート: 1位
- 概要: ポップで実験的な作風。賛否両論あったが商業的には成功。
- 主要曲: "Got to Be Love", "Blackberry Way" (The Move cover)
- レーベル: Ariola
- スイスチャート: 1位
- 概要: 代表曲「Heaven」収録。メロディアス・ロックの傑作。
- 主要曲: "Heaven", "Everything Can Change"
- レーベル: Ariola / BMG
- スイスチャート: 1位
- 概要: BMG時代最後の作品。バラエティ豊かな楽曲群。
- 主要曲: "Human Zoo", "Have a Little Faith", "Janie's Not Alone"
- レーベル: Nuclear Blast
- スイスチャート: 1位
- 概要: ニュークリア・ブラスト移籍第1弾。ハードロックへの完全回帰。「Lift U Up」が大ヒット。
- 主要曲: "Lift U Up", "Anytime Anywhere", "Dream On"
- レーベル: Nuclear Blast
- スイスチャート: 1位
- 概要: 前作の路線を継承しつつ、よりモダンでヘヴィな音作り。
- 主要曲: "The Call", "Domino Effect"
- レーベル: Nuclear Blast
- スイスチャート: 1位
- 概要: スティーヴ・リーの遺作となったスタジオ盤。
- 主要曲: "Shangri-La", "Need to Believe"
- レーベル: Nuclear Blast
- スイスチャート: 1位
- 概要: ニック・メーダー加入第1弾。70年代的なオーガニックなサウンド。
- 主要曲: "Starlight", "Remember It's Me", "Yippie Aye Yay"
- レーベル: Nuclear Blast
- スイスチャート: 1位
- 概要: 洗練されたモダン・ハードロック。
- 主要曲: "Bang!", "Feel What I Feel"
- レーベル: G Records / Musikvertrieb
- スイスチャート: 1位
- 概要: 25周年記念アルバム。
- 主要曲: "Silver River", "Stay With Me", "Miss Me"
- 日本盤ボーナストラック: "Comin' Your Way"
- レーベル: Nuclear Blast
- スイスチャート: 1位
- 概要: 通算13作目。
- 主要曲: "Bad News", "Missteria" (Francis Rossi共作)
- レーベル: Reigning Phoenix Music (RPM)
- スイスチャート: 1位
- 日本盤発売日: 2025年3月21日 (Ward Records, GQCS-91576)
- トラックリスト:
- Al & I
- Thunder & Lightning
- Rusty Rose
- Burning Bridges
- Drive My Car
- Boom Boom
- Life
- Liverpool
- Shake Shake
- Devil In The Moonlight
- Dig A Little Deeper
- These Are The Days
6.2 ミニアルバム・EP
- レーベル: Reigning Phoenix Music
- 発売予定: 2026年3月13日
- 概要: 『Stereo Crush』の続編的EP。未発表曲5曲を含む全8曲収録予定。「Liverpool」のマーク・ストラーチェ (KROKUS) デュエット版を収録。
6.3 ライブアルバム・コンピレーション (主要作品)
- The Hamburg Tapes (1996): 初期のライブ盤。
- D-Frosted (1997): 大ヒットしたアコースティック・ライブ。
- Made in Switzerland (2006): チューリッヒ (Zürich) ハレンスタディオン (Hallenstadion)でのライブ。映像作品としても評価が高い。
- Defrosted 2 (2018): 2枚組アコースティック・ライブ大作。「Bye Bye Caroline」 (Status QuoのFrancis Rossi参加)収録。
- Steve Lee - The Eyes of a Tiger (2020): スティーヴ・リーへのトリビュート盤。未発表音源や「Eye of the Tiger」のカヴァー (アコースティック)などを収録。
7. 文化的影響
7.1 アルプスの不沈艦: 13作連続1位の偉業
GOTTHARD (ゴットハード)が達成した「スタジオアルバム13作連続スイスチャート1位」という記録は、単なる人気の指標を超え、GOTTHARDがスイスの国民的アイデンティティの一部となっていることを示している。スイスという多言語国家において、英語で歌われるハードロックがこれほどの普遍性を獲得した例は他にない。GOTTHARDの音楽は、ルガーノ (Lugano) というイタリア語圏の情緒と、ゲルマン的な構築美、 arenaそしてアングロサクソン的なロックのダイナミズムが融合した、極めてユニークな「スイス・ロック」の結晶である。
7.2 Conclusion
スティーヴ・リー (Steve Lee) の早すぎる死は、バンドにとって修復不可能な喪失に見えた。しかし、GOTTHARDは音楽への情熱とファンとの絆を信じ、ニック・メーダー (Nic Maeder) という新たな才能と共に立ち上がった。2025年の『Stereo Crush』が示す瑞々しいエネルギーは、GOTTHARDが現在進行形で進化を続けるアーティストであることを証明している。
KROKUS (クローカス) が切り拓いた道を、GOTTHARD(ゴットハード)が舗装し、さらに高い頂へと到達させた。そして今、GOTTHARDは次世代のバンドにその背中を見せ続けている。2026年の『More Stereo Crush』、そして続くワールドツアーにおいて、GOTTHARD (ゴットハード)の伝説は新たな章を迎えることになるだろう。
Trivia
公式の公演記録には日本での公演が22本載っている。年でいえば1994年、1996年、2001年、2003年、2007年、2009年、2012年、2014年の8回の訪問で、最初が1994年7月29日のクラブチッタ、最後が2014年10月2日のTSUTAYA O-EASTである。
ハーレーでアメリカを走り抜けることはスティーヴ・リーの長年の願いで、過密なツアー日程のために何年も後回しになっていた。バンドの公式追悼ページによれば、一行は2010年10月5日、ラスヴェガスとメスキートのあいだの州間高速15号線で、機材のトラブルと降り出した雨のために路肩へ寄っていた。そこへ来たトラックの運転手が回避を試みたものの、トレーラーが停車中の5台をなぎ払い、そのうちの1台がリーに当たった。蘇生処置は20分続けられ、そこで中止された。
『Stereo Crush』は発売から10日後の2025年3月31日、スイスのアルバム・チャートで1位に立った。バンドは公式サイトでその報告を出し、レーベルのReigning Phoenix Musicもこの達成に加われたことを誇りに思うとコメントしている。
2025年7月20日、バンドはロカルノのピアッツァ・グランデで2005年のハレンシュタディオン公演を再現する催しを行った。最新のLED技術と記録映像によって、スティーヴ・リーがもう一度ステージに立つという趣向である。2023年のトリビュート公演が完売し、要望が続いたことを受けた企画で、会場にはリーが育ったティチーノ州が選ばれた。
『Stereo Crush』の「Liverpool」は、2025年11月7日にデュエット版として作り直された。歌うのはニック・メーダーとKROKUSのマルク・ストラーチェで、制作にはKROKUSの創設者でありGOTTHARDの長年の共同プロデューサー兼共作者だったクリス・フォン・ローがレオ・レオーニとともに加わっている。メーダーはストラーチェと舞台で歌うのは常に名誉だったと述べ、ストラーチェもスタジオで一緒に生で歌えたことを喜んでいる。
2026年、バンドは地元のサッカー・クラブFCルガーノのために2曲を書いた。「Lugano My Town」と「Bianconeri Alè」で、7月26日に新装のAILアレーナで行われたクラブのリーグ戦ホーム開幕戦でお披露目され、2026-27シーズンからホームゲームの定番になる。前者はキックオフ前にクラブと街と地域の結びつきを歌い、後者は選手入場に合わせて流れる曲である。
公式サイトには1992年から2025年までの公演記録が年ごとのタブで置かれている。日付・会場・都市・国だけの素っ気ない表が延々と続き、掲載されている公演は1,000本を超える。国別に数えるとドイツが347公演で最も多く、本国スイスの336公演をわずかに上回っている。
リーの死は本国スイスで前例のない現象を引き起こした。スイスのチャート史上はじめて、一組のアーティストのアルバム13枚が同時にトップ100に入ったのである。13枚はその時点でGOTTHARDが発表していたアルバムの全部だった。シングル・チャートも動き、「Heaven」が1位、「One Life One Soul」が4位に達し、合計9曲がチャート内に並んだ。