WHITESNAKE

1970年代後半から2020年代半ばに至るまで、半世紀近くにわたりハードロック・シーンの最前線を走り続けたバンド、ホワイトスネイク (WHITESNAKE)。

Biography

ホワイトスネイク (WHITESNAKE)
栄光、変容、そして終焉

1. ブリティッシュ・ハードロックの巨塔とその進化

1970年代後半から2020年代半ばに至るまで、半世紀近くにわたりハードロック・シーンの最前線を走り続けたバンド、ホワイトスネイク (WHITESNAKE)。その歴史は、リーダーであり唯一の不動のメンバーであるデイヴィッド・カヴァデール (David Coverdale) の音楽的探求と、音楽ビジネスという荒波の中での生存戦略の歴史そのものである。ディープ・パープル (Deep Purple) のブルース・ロック (Blues Rock) 的側面を継承した初期から、MTV全盛期におけるスタジアム・ロック (Stadium Rock) への劇的な転身、速度、そして晩年の円熟に至るまで、ホワイトスネイクは常にその姿を変えながら「白蛇」の如く脱皮を繰り返してきた。

2. 第1章: 胎動 - ディープ・パープルからの離脱とソロ活動 (1976–1978)

2.1 ポスト・パープルの憂鬱と税金亡命

1976年3月、イギリス (United Kingdom) のリヴァプール・エンパイア・シアター (Liverpool Empire Theatre) での公演を最後に、第4期ディープ・パープルは解散した。当時、弱冠24歳であったデイヴィッド・カヴァデールは、世界的な名声を得たものの、バンド内部の薬物乱用や人間関係の破綻に深く傷つき、精神的に疲弊していた。さらに、当時のイギリスの懲罰的な税制を逃れるため、彼はドイツ (Germany) への移住を余儀なくされる。この「税金亡命」の期間は、彼にとって孤独であると同時に、自身の音楽的ルーツであるソウル (Soul)、R&B、そしてブルースを見つめ直す重要な期間となった。

2.2 ソロ・アルバム 『White Snake』 と 『Northwinds』

バンド結成前夜、カヴァデールは2枚のソロ・アルバムを制作している。これらは後のホワイトスネイクの母体となる重要な作品群である。

  • 『ホワイトスネイク (White Snake)』(1977年): ロンドン (London) のキングスウェイ・レコーディング・スタジオ (Kingsway Recorders) で録音された本作は、ハードロック色は薄く、カヴァデールが好むバラードやファンキーな要素が強い。プロデュースは元ディープ・パープルのロジャー・グローヴァー (Roger Glover) が務めた。特筆すべきは、後のホワイトスネイクの中心メンバーとなるギタリスト、ミッキー・ムーディ (Micky Moody) が既に参加している点である。タイトル曲 「WHITESNAKE」は、あくまでアルバム名であったが、後にバンド名へと転用されることになる。
  • 『ノースウィンド (Northwinds)』 (1978年): 前作の延長線上にありつつも、よりバンド・サウンドに近づいた作品。ここでもロジャー・グローヴァーがプロデュースを担当した。このアルバムのレコーディング・セッションを通じて、カヴァデールは「自分のバンドを持ちたい」という欲求を明確にしていく。彼は、単なるバック・バンドではなく、自身のヴィジョンを共有できる「同志」を求めていた。

3. 第2章: 初期ホワイトスネイク - ブルース・ロックの復権 (1978-1982)

3.1 バンドの結成とデビューEP 『Snakebite』

1978年、カヴァデールはツアーのためにバンドを結成する。当初は「デイヴィッド・カヴァデールズ・ホワイトスネイク (David Coverdale's WHITESNAKE)」 と名乗っていたが、すぐに「ホワイトスネイク (WHITESNAKE)」 へと短縮された。

オリジナル・ラインナップ (The Original Lineup):

  • デイヴィッド・カヴァデール (David Coverdale): ボーカル
  • ミッキー・ムーディ (Micky Moody): ギター
  • バーニー・マースデン (Bernie Marsden): ギター
  • ニール・マレー (Neil Murray): ベース
  • デイヴ・"ダック"・ドウル (Dave "Duck" Dowle): ドラムス
  • ブライアン・ジョンストン (Brian Johnston): キーボード (直後にピート・ソリー (Pete Solley) へ交代)

この布陣で制作されたEP『スネイクバイト (Snakebite)』(1978年6月)には、ボビー・"ブルー"・ブランド (Bobby "Blue" Bland) のカバーである「エイント・ノー・ラヴ・イン・ザ・ハート・オブ・ザ・シティ (Ain't No Love in the Heart of the City)」が収録された。この曲は、カヴァデールのソウルフルな歌声と観客とのコール・アンド・レスポンスによって、初期ホワイトスネイクのライブにおけるハイライトとなり、バンドの「アンセム」としての地位を確立した。

3.2 ジョン・ロードの加入と『Trouble』

デビュー・アルバムの制作直前、カヴァデールはかつての盟友であり、ディープ・パープルの創設メンバーであるキーボーディスト、ジョン・ロード (Jon Lord) を説得し、バンドに迎え入れた。ロードの加入は、バンドに音楽的な重厚さと「格」をもたらした。

1978年10月にリリースされた1stフルアルバム『トラブル (Trouble)』は、ツイン・ギターのハーモニーとハモンド・オルガンが絡み合う、英国式ハードロックの王道を示す作品となった。ミッキー・ムーディのスライド・ギターとバーニー・マースデンのメロディアスなソロの対比は、初期ホワイトスネイクのサウンドの核となった。

3.3 『Lovehunter』と論争、そしてイアン・ペイスの加入

1979年の2ndアルバム 『ラヴハンター (Lovehunter)』は、裸の女性が巨大な蛇に跨っているというクリス・アキレオス (Chris Achilleos) によるジャケット・アートワークが物議を醸し、一部の店舗では販売拒否の憂き目にあった。しかし、音楽的には洗練が進み、楽曲「Walking in the Shadow of the Blues」 などは現在でも名曲とされている。

このアルバムのツアー後、カヴァデールはリズム・セクションの強化を図り、デイヴ・"ダック"・ドウルを解雇。後任として、またしてもディープ・パープルのオリジナル・メンバーであるイアン・ペイス (Ian Paice)を招聘した。これにより、バンドには元ディープ・パープルのメンバーが3人 (カヴァデール、ロード、ペイス) 揃うことになり、メディアからは「ディープ・パープルの再来」とも評されたが、カヴァデールはあくまで「新しいブルース・ベースのロックバンド」であることを強調した。

3.4 黄金期:『Ready an' Willing』 から 『Come an' Get It』へ

1980年、最強のラインナップで制作されたアルバム『フール・フォー・ユア・ラヴィング (Ready an' Willing)』 がリリースされた。タイトル曲 「Fool for Your Loving」は、元々B.B. キング (B.B. King) のために書かれた曲であったが、バンド自身で録音することになり、結果として全英シングルチャート13位、アルバムは全英6位という大ヒットを記録した。

同年、ロンドン (London) のハマースミス・オデオン (Hammersmith Odeon) での公演を収録したライブ・アルバム『ライヴ・・・イン・ザ・ハート・オブ・ザ・シティ (Live... in the Heart of the City)』を発表。全英5位を記録し、バンドのライブ・アクトとしての実力を世界に知らしめた。

続く1981年の『カム・アン・ゲット・イット (Come an' Get It)』は、全英アルバムチャートで2位を記録し、初期ホワイトスネイクの商業的頂点となった。「Don't Break My Heart Again」などのヒット曲を生み出し、バンドはヨーロッパ全土および日本での人気を不動のものとした。

4. 第3章: 崩壊と再構築 - アメリカ市場への挑戦 (1982-1985)

4.1 『Saints & Sinners』 とバンドの分裂

順風満帆に見えたバンドだが、内情は危機的状況にあった。マネージメントとの金銭トラブル、過酷なツアー・スケジュール、そしてカヴァデールの家庭問題 (最初の妻との離婚調停) が重なり、メンバー間の結束は崩れ去っていた。

1982年のアルバム『セインツ・アンド・シナーズ (Saints & Sinners)』のレコーディング中、ミッキー・ムーディが一時離脱。さらに、アルバム完成直後にバーニー・マースデンが解雇され、イアン・ペイスとニール・マレーもゲイリー・ムーア (Gary Moore) のバンドに参加するために脱退した。このアルバムには、後に全米1位となる「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン (Here I Go Again)」 のオリジナル・バージョンと「クライング・イン・ザ・レイン (Crying in the Rain)」が収録されているが、当時のバンドの状態を反映してか、サウンドは荒削りであった。

4.2 コージー・パウエルの加入と 「WHITESNAKE Commandos」

カヴァデールはバンドを解散させることなく、大幅なメンバー刷新を行った。

  • コージー・パウエル (Cozy Powell): ドラムス (元レインボー、ジェフ・ベック・グループ)
  • メル・ギャレー (Mel Galley): ギター (元トラピーズ)
  • コリン・ホッジキンソン (Colin Hodgkinson): ベース

このラインナップは、1983年のドニントン・パーク (Donington Park) で開催されたモンスターズ・オブ・ロック (Monsters of Rock) にヘッドライナーとして出演し、「ホワイトスネイク・コマンドス (WHITESNAKE Commandos)」と呼ばれる迷彩服をモチーフにした衣装で登場し、観衆を圧倒した。

4.3 『Slide It In』: UKミックスとUSミックスの相違

1984年、アルバム『スライド・イット・イン (Slide It In)』 がリリースされた。このアルバムは、バンドがブルース・ロックからよりエッジの効いたハードロック/ヘヴィ・メタルへと移行する過渡期の作品である。

ここで重要なのが、UK盤(オリジナル・ミックス) とUS盤 (リミックス) の存在である。

  • UK盤: プロデュースはマーティン・バーチ (Martin Birch)。従来のブルース色が濃く、ベースはコリン・ホッジキンソン、ギターはメル・ギャレーとミッキー・ムーディによる演奏。各楽器の分離が良く、ドライなサウンド。
  • US盤: アメリカでの契約先であるゲフィン・レコード (Geffen Records) のデヴィッド・ゲフィン (David Geffen) とA&Rのジョン・カロドナー (John Kalodner)は、当時のアメリカのラジオでヒットさせるためには「よりモダンで派手なサウンド」が必要だと判断した。カヴァデールはこれに同意し、キース・オルセン (Keith Olsen) をプロデューサーに迎えてリミックスを敢行した。
  • 変更点: コリン・ホッジキンソンのベース・トラックは全て削除され、復帰したニール・マレーによって差し替えられた。また、ギター・パートの多くが、新たに加入したジョン・サイクス (John Sykes) によって重ね録り (オーバーダブ)された。キーボードは音量を下げられ、ドラムのゲート・リバーブが強調された。

このUS盤『Slide It In』 はアメリカでゴールド・ディスクを獲得し、MTVでの「Slow an' Easy」のビデオ放映も相まって、バンドのアメリカでの認知度を飛躍的に高めた。

4.4 ジョン・サイクスの台頭と 「Rock in Rio 1985」

元シン・リジィ (Thin Lizzy) の若きギタリスト、ジョン・サイクスの加入は、バンドに劇的な変化をもたらした。彼のプレイスタイルは、速弾き、ピッキング・ハーモニクス、工程、そしてアグレッシブなリフ・ワークを特徴としており、カヴァデールが求めていた「アメリカで通用するモダンなヘヴィ・メタル・サウンド」を具現化する存在であった。

しかし、旧来のメンバーとの軋轢は避けられなかった。ミッキー・ムーディはサイクスとの方向性の違いから脱退。メル・ギャレーは腕の怪我によりバンドを去った。ジョン・ロードも1984年に再結成ディープ・パープルに参加するために脱退し、ホワイトスネイクはカヴァデール、サイクス、マレー、パウエルという4人編成 (キーボードはサポートのリチャード・ベイリー (Richard Bailey)) となった。このラインナップによる1985年のブラジル・リオデジャネイロ (Rio de Janeiro) での「ロック・イン・リオ (Rock in Rio)」出演は、数十万人の観衆を前に行われ、バンドの歴史の中でもハイライトの一つとなった。しかし、音楽的な方向性を巡り、カヴァデールとコージー・パウエルの関係が悪化。パウエルはフェスティバル後に脱退する。

5. 第4章: 『1987』 - 世界制覇と代償 (1985-1988)

5.1 難産だったアルバム制作とカヴァデールの病

次作の制作は困難を極めた。ドラムにはエインズレー・ダンバー (Aynsley Dunbar) が起用されたが、カヴァデールとジョン・サイクスの曲作りは、互いのエゴの衝突により遅々として進まなかった。さらにカヴァデールは深刻な副鼻腔炎を患い、手術を余儀なくされる。医師からは「二度と歌えないかもしれない」と宣告されるほどの危機的状況であった。

カヴァデールが療養中、ジョン・サイクスはプロデューサーのマイク・ストーン (Mike Stone) と共にレコーディングを進めようとしたが、これを知ったカヴァデールは激怒。復帰後、アルバムが完成すると、カヴァデールはジョン・サイクス、ニール・マレー、エインズレー・ダンバーの全員を解雇した。

5.2 アルバム 『WHITESNAKE (1987)』の爆発的ヒット

1987年4月、セルフタイトル・アルバム『白蛇の紋章 (WHITESNAKE)』(欧州題:『1987』、日本題:『サーペンス・アルバス (Serpens Albus)』)がリリースされた。このアルバムは、米ビルボード・チャートで2位を記録し、全世界で1,000万枚以上を売り上げるモンスター・アルバムとなった。

主要楽曲:

  • Still of the Night: レッド・ツェッペリンの「Black Dog」やジェイルハウス・ロックの要素を再構築した壮大なハードロック・オペラ。サイクスのギター・リフとカヴァデールのスクリームが炸裂する。
  • Here I Go Again '87: 『Saints & Sinners』収録曲の再録音。テンポを上げ、ラジオ向けのポップなアレンジ ("Radio Mix") が施されたことで、全米シングルチャート1位を獲得した。
  • Is This Love: カヴァデールがティナ・ターナー (Tina Turner) のために書いたとされるパワー・バラード。全米2位。

5.3 「ビデオ・バンド」現象とMTVの支配

アルバムの大ヒットを牽引したのは、マーティ・コールナー (Marty Callner) 監督によるミュージック・ビデオであった。カヴァデールは、解雇したメンバーの代わりに、全く新しいラインナップを招集し、ビデオに出演させた。

1987年の「ビデオ/ツアー」 ラインナップ:

  • エイドリアン・ヴァンデンバーグ (Adrian Vandenberg): ギター(元ヴァンデンバーグ)
  • ヴィヴィアン・キャンベル (Vivian Campbell): ギター (元ディオ)
  • ルディ・サーゾ (Rudy Sarzo): ベース (元クワイエット・ライオット、オジー・オズボーン)
  • トミー・アルドリッジ (Tommy Aldridge): ドラムス (元オジー・オズボーン)

ビデオには、カヴァデールの当時の恋人であり後に妻となる女優タウニー・キタン (Tawny Kitaen) が出演し、ジャガーのボンネットで踊る扇情的な姿がMTVでヘビーローテーションされた。これにより、「レコーディングしたメンバー」と「画面に映るメンバー」が異なるという状況が生まれたが、大衆は気にせず、ホワイトスネイクは「ヘア・メタル (Hair Metal)」のアイコンとして君臨した。

6. 第5章: 過剰と終焉 - 『Slip of the Tongue』 (1989-1990)

6.1 エイドリアン・ヴァンデンバーグの負傷とスティーヴ・ヴァイの加入

次作『スリップ・オブ・ザ・タン (Slip of the Tongue)』の制作にあたり、カヴァデールはエイドリアン・ヴァンデンバーグと曲作りを行っていた (ヴィヴィアン・キャンベルは音楽的相違により解雇されていた)。しかし、レコーディング直前にヴァンデンバーグが手首を負傷し、演奏が不可能となるアクシデントが発生する。

カヴァデールは代役として、元フランク・ザッパ (Frank Zappa)、デイヴィッド・リー・ロス (David Lee Roth) バンドの奇才、スティーヴ・ヴァイ (Steve Vai) を起用した。ヴァイはアルバムの全ギター・パートを演奏し、彼のトレードマークである7弦ギターや複雑なエフェクト処理を多用した。

6.2 豪華絢爛なサウンドとバンドの限界

1989年にリリースされた 『Slip of the Tongue』は、プラチナ・ディスクを獲得したものの、前作ほどの爆発的ヒットにはならなかった。ヴァイのテクニカルすぎる演奏は、ホワイトスネイク本来のブルース・ベースのロックとは異質であり、古くからのファンを戸惑わせた。また、「Fool for Your Loving」の再録音 (通称: Vai Version) も行われたが、オリジナルほどの評価は得られなかった。

1990年のドニントン・モンスターズ・オブ・ロックでのヘッドライナー公演を最後に、カヴァデールは「情熱の喪失」を理由にバンドの無期限活動休止を宣言する。彼は音楽ビジネスの巨大化と、自身のパブリック・イメージ(セックス・シンボルとしての扱い) に疲弊しきっていた。

7. 第6章: 彷徨と再起 - カヴァデール・ペイジと 『Restless Heart』 (1991-2002)

7.1 カヴァデール・ペイジ (Coverdale/Page) プロジェクト

1993年、カヴァデールはレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ (Jimmy Page) と手を組み、プロジェクト「カヴァデール・ペイジ (Coverdale/Page)」を始動させる。アルバム『カヴァデール・ペイジ』は、ツェッペリンの重厚なリフとホワイトスネイクのメロディが融合した傑作として高く評価された。全英4位、全米5位を記録。しかし、予定されていた世界ツアーはチケットの売れ行き不振などの理由でキャンセルされ、日本公演など限定的な活動にとどまった後、プロジェクトは自然消滅した。

7.2 『Restless Heart』 とソロ名義問題

1997年、カヴァデールはエイドリアン・ヴァンデンバーグと共にアルバム『レストレス・ハート (Restless Heart)』を制作する。当初、カヴァデールはこれをソロ・アルバムとしてリリースする意向であったが、レコード会社 (EMI) の強い要望により 「デイヴィッド・カヴァデール&ホワイトスネイク (David Coverdale & WHITESNAKE)」 名義でのリリースとなった。

このアルバムは、80年代の派手なメタル・サウンドを完全に排除し、R&Bやソウルへの回帰を示した渋い作品であった。しかし、グランジ・ブームの最中であったアメリカではリリースが見送られ(日本や欧州のみでの発売)、商業的には成功しなかった。1997年、カヴァデールとヴァンデンバーグはプロモーションのために来日し、東芝EMIのスタジオでアコースティック・ライブを行う。この模様は後にライブ・アルバム『スターカーズ・イン・トーキョー (Starkers in Tokyo)』としてリリースされ、カヴァデールのボーカリストとしての真価を証明する名盤となった。

2000年には、名実ともにソロ名義となるアルバム『イントゥ・ザ・ライト (Into the Light)』を発表。「River Song」 などに見られるように、彼のルーツであるアーシー (土着的)なロックを展開した。

8. 第7章: 完全復活 - 21世紀のホワイトスネイク (2003-2018)

8.1 25周年記念ツアーと恒久的再結成

2003年、ホワイトスネイクのデビュー25周年を記念して、カヴァデールはバンドを再始動させる。再結成ラインナップ:

  • ダグ・アルドリッチ (Doug Aldrich): ギター (ディオ、ライオン)
  • レブ・ビーチ (Reb Beach): ギター (ウィンガー、ドッケン)
  • マルコ・メンドーサ (Marco Mendoza): ベース
  • トミー・アルドリッジ: ドラムス
  • ティモシー・ドゥルーリー (Timothy Drury): キーボード

特にダグ・アルドリッチとレブ・ビーチのツイン・ギター体制は、バンドに強力なエネルギーをもたらし、過去の名曲を現代的なヘヴィネスで蘇らせた。

8.2 『Good to Be Bad』 と 『Forevermore』

2008年、ドイツのSPV/Steamhammer レーベルより、11年ぶりのスタジオ・アルバム『グッド・トゥ・ビー・バッド (Good to Be Bad)』をリリース。80年代の華やかさと70年代のブルース感を融合させたこのアルバムは、批評家から絶賛され、バンドの健在ぶりをアピールした。

2011年には、イタリアのフロンティアーズ・レコード (Frontiers Records) に移籍し、アルバム『フォーエヴァーモア (Forevermore)』を発表。タイトル曲 「Forevermore」は7分を超える大作で、アコースティックな導入部から壮大なハードロックへと展開する構成は、カヴァデールのソングライティング能力の高さを示した。

8.3 ジョエル・ホークストラの加入と 『The Purple Album』

2014年、長年バンドを支えたダグ・アルドリッチが脱退。後任としてナイト・レンジャー (Night Ranger) のジョエル・ホークストラ (Joel Hoekstra) が加入した。2015年、カヴァデールは自身のキャリアの原点であるディープ・パープル時代の楽曲(第3期・第4期)を再録音したアルバム『ザ・パープル・アルバム (The Purple Album)』をリリースした。これには「Burn」「Mistreated」 「Stormbringer」 などが収録されており、現代的なホワイトスネイクのサウンドで過去の名曲をアップデートする試みであった。

9. 第8章: 最終章 - 『Flesh & Blood』から引退へ (2019-2025)

9.1 オリジナル・スタジオ最終作『Flesh & Blood』

2019年、13枚目のスタジオ・アルバム『フレッシュ・アンド・ブラッド (Flesh & Blood)』をリリース。シングル 「Shut Up & Kiss Me」のエネルギッシュなビデオからも分かるように、70歳を目前にしたカヴァデールの意欲は衰えていなかった。

9.2 歴史的変革: 初の女性メンバーとクロアチアの天才

この時期、バンドのラインナップに歴史的な変更が加えられた。2021年、長年ベーシストを務めたマイケル・デヴィン (Michael Devin) が脱退し、後任としてアイルランド出身の女性ベーシスト、タニャ・オキャラハン (Tanya O'Callaghan) が加入した。ホワイトスネイク史上初の女性メンバーである彼女は、そのグルーヴ感とステージでの華やかな存在感で、バンドに新しい風を吹き込んだ。カヴァデールは彼女を「アイリッシュ・トルネード (The Irish Tornado)」と称賛した。

また、クロアチア出身の若きマルチ・プレイヤー、ディノ・イェルシッチ (Dino Jelusick / クロアチア語: Dino Jelusic) がキーボード兼バッキング・ボーカルとして加入。トランス・シベリアン・オーケストラ (Trans-Siberian Orchestra) での活動で知られる彼は、カヴァデールを補佐する「予備のリード・ボーカル」としての役割も期待されるほどの圧倒的な歌唱力を持っていた。

9.3 フェアウェル・ツアーの中断と引退宣言

バンドは2022年から 「フェアウェル・ツアー (Farewell Tour)」を開始したが、カヴァデールの上気道感染症や、レブ・ビーチの体調不良など、メンバーの健康問題が相次ぎ、欧州ツアーの残りと北米ツアーの全てがキャンセルされた。

そして2025年11月13日、デイヴィッド・カヴァデールはビデオ・メッセージを通じて、ツアー活動からの完全引退を正式に発表した。「50年以上の素晴らしい旅路を共にしてくれた全ての人々に感謝する。しかし、私のロックンロールのプラットフォーム・シューズとスキニー・ジーンズを脱ぐ時が来た」 この声明により、ホワイトスネイクのツアー・バンドとしての歴史は幕を下ろした。

9.4 エピローグ: WHITESNAKE Experience

カヴァデールの引退後、残されたメンバー (トミー・アルドリッジ、ジョエル・ホークストラ、ミケーレ・ルッピ、ディノ・イェルシッチ、マルコ・メンドーサ)は、「ホワイトスネイク・エクスペリエンス (WHITESNAKE Experience)」 という名義で活動を継続する計画を発表した。2026年8月にセルビア (Serbia) で開催されるギター・フェスティバルへの出演が予定されており、カヴァデールの遺産 (Legacy) を継承するプロジェクトとして注目されている。

10. ディスコグラフィ (Discography)

10.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)

発売年 タイトル(英語/カナ) 英米チャート順位 主要メンバー 備考
1978 Trouble
(トラブル)
UK: 50 Coverdale, Moody, Marsden, Murray, Lord, Dowle デビュー作。ジョン・ロード加入。ブルース・ロック色が濃い。
1979 Lovehunter
(ラヴハンター)
UK: 29 Coverdale, Moody, Marsden, Murray, Lord, Dowle アートワークが物議を醸す。「Walking in the Shadow of the Blues」収録。
1980 Ready an' Willing
(フール・フォー・ユア・ラヴィング)
UK: 6
US: 90
Coverdale, Moody, Marsden, Murray, Lord, Paice イアン・ペイス加入。初の全英トップ10入り。「Fool for Your Loving」収録。
1981 Come an' Get It
(カム・アン・ゲット・イット)
UK: 2
US: 60位前後
Coverdale, Moody, Marsden, Murray, Lord, Paice 初期ラインナップの最高傑作。「Don't Break My Heart Again」収録。
1982 Saints & Sinners
(セインツ・アンド・シナーズ)
UK: 9 Coverdale, Moody, Marsden, Murray, Lord, Paice 制作中にバンド崩壊。「Here I Go Again」 「Crying in the Rain」 オリジナル版収録。
1984 Slide It In
(スライド・イット・イン)
UK: 9
US: 40
Coverdale, Sykes, Murray, Powell (US Mix) ジョン・サイクス加入。UK版とUS版で演奏者が異なる。米国ブレイクのきっかけ。
1987 WHITESNAKE
(白蛇の紋章/1987)
UK: 8
US: 2
Coverdale, Sykes, Murray, Dunbar 全世界で1000万枚超のメガヒット。「Still of the Night」 「Is This Love」収録。
1989 Slip of the Tongue
(スリップ・オブ・ザ・タン)
UK: 10
US: 10
Coverdale, Vai, Sarzo, Aldridge スティーヴ・ヴァイ参加。豪華だが過剰なプロダクションとも評される。
1997 Restless Heart
(レストレス・ハート)
UK: 34 Coverdale, Vandenberg 「David Coverdale & WHITESNAKE」名義。R&B/ブルース回帰作。
2008 Good to Be Bad
(グッド・トゥ・ビー・バッド)
UK: 7
US: 62
Coverdale, Aldrich, Beach 本格的再結成アルバム。往年のスタイルを現代的音圧で再現。
2011 Forevermore
(フォーエヴァーモア)
UK: 33
US: 49
Coverdale, Aldrich, Beach フロンティアーズ移籍第一弾。「Love Will Set You Free」収録。
2015 The Purple Album
(ザ・パープル・アルバム)
UK: 18
US: 87
Coverdale, Beach, Hoekstra ディープ・パープル時代のセルフカバー集。ジョエル・ホークストラ初参加。
2019 Flesh & Blood
(フレッシュ・アンド・ブラッド)
UK: 7
US: 131
Coverdale, Beach, Hoekstra オリジナル楽曲による最終スタジオ作。MV「Shut Up & Kiss Me」制作。

10.2 主なライブ・アルバム (Selected Live Albums)

  • Live... in the Heart of the City (ライブ・・・イン・ザ・ハート・オブ・ザ・シティ) (1980): 1978年と1980年のハマースミス公演を収録。初期の集大成。
  • Starkers in Tokyo (スターカーズ・イン・トーキョー) (1997): 日本限定のアンプラグド・ライブ。
  • Live... In the Still of the Night (ライブ・・・イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト) (2006): 再結成後のロンドン公演。DVDとしても発売され非常に評価が高い。
  • Live at Donington 1990 (ライブ・アット・ドニントン 1990) (2011): スティーヴ・ヴァイ在籍時のヘッドライナー公演の発掘音源。
  • Made in Japan (メイド・イン・ジャパン) (2013): 2011年のラウドパーク (Loud Park) フェスティバル (さいたまスーパーアリーナ)での公演を収録。

10.3 主なコンピレーション (Selected Compilations)

  • WHITESNAKE's Greatest Hits (1994): バンド史上最も売れたベスト盤。
  • The Rock Album (2020) / The Love Songs (2020) / The Blues Album (2021): 「Red, White and Blues Trilogy」と呼ばれるテーマ別リミックス・ベスト3部作。

11. メンバー列伝 (The Snake Pit)

ホワイトスネイクには延べ40名以上のミュージシャンが在籍した。ここでは主要メンバーを詳述する。

ボーカル

  • デイヴィッド・カヴァデール (David Coverdale): (1978-2025) バンドの創始者。「スネイク・チャーマー (Snake Charmer)」の異名を持つ。その声は、深みのあるバリトンから鋭いシャウトまで多彩で、ブルース・フィーリングをハードロックに持ち込んだ功績は計り知れない。

ギター

  • ミッキー・ムーディ (Micky Moody): (1978-1983) 初期のサウンドを決定づけたスライド・ギターの名手。カヴァデールとは最も古い付き合いだったが、音楽性の変化に伴い脱退。
  • バーニー・マースデン (Bernie Marsden): (1978-1982) メロディメイカー。「Here I Go Again」の共作者として、バンドに莫大な印税収入をもたらす遺産を残した。2023年死去。
  • メル・ギャレー (Mel Galley): (1982-1984) トラピーズ出身。腕の神経損傷により演奏生命に危機が訪れ、脱退を余儀なくされた。2008年死去。
  • ジョン・サイクス (John Sykes): (1984-1987) レスポール・カスタム (Les Paul Custom)を駆使したヘヴィなサウンドで、バンドをメタル・シーンの頂点に押し上げた。カヴァデールとの確執は有名だが、彼が残した『1987』のリフはロック史に残るものである。
  • エイドリアン・ヴァンデンバーグ (Adrian Vandenberg): (1987-1990, 1994, 1997) オランダ (Netherlands)出身。「Here I Go Again」のギターソロ (ラジオ・ミックス)を担当。カヴァデールの良き相棒として、困難な時期 (『Restless Heart』制作など)を支えた。画家としても活動し、アルバムのアートワークも手掛けた。
  • スティーヴ・ヴァイ (Steve Vai): (1989-1990) アイバニーズ (Ibanez) の7弦ギター「ユニバース」を使用。その超絶技巧はバンドの音楽性を大きく変えたが、短命に終わった。
  • ダグ・アルドリッチ (Doug Aldrich): (2002-2014) 再結成後のバンドの屋台骨。レスポールを低く構える姿と、アグレッシブなプレイでファンに愛された。
  • レブ・ビーチ (Reb Beach): (2002-2025) ウィンガー出身。タッピング奏法の名手であり、バンドの「ミュージカル・ディレクター」としてリハーサルを取り仕切るなど、カヴァデールの信頼が厚かった。
  • ジョエル・ホークストラ (Joel Hoekstra): (2014-2025) ナイト・レンジャー、トランス・シベリアン・オーケストラ出身。確かなテクニックとステージパフォーマンスで、後期のサウンドを支えた。

ベース

  • ニール・マレー (Neil Murray): (1978-1982, 1983-1987) メロディアスかつリズミカルなベースラインで、初期~中期の楽曲に独特のうねり (グルーヴ) を与えた職人。
  • ルディ・サーゾ (Rudy Sarzo): (1987-1990, 1994) ステージ上でベースを振り回す派手なアクションで、MTV時代のバンドのイメージを決定づけた。
  • マルコ・メンドーサ (Marco Mendoza): (2002-2005, 2026-) フレットレス・ベースも操る技巧派。ラテン・フレーバーを取り入れたプレイが特徴。
  • マイケル・デヴィン (Michael Devin): (2010-2021) 長きにわたり安定したプレイとコーラスでバンドを支えた。
  • タニャ・オキャラハン (Tanya O'Callaghan): (2021-2025) アイルランド出身。リッケンバッカー (Rickenbacker) やフェンダー・ジャズベース (Fender Jazz Bass) を使用。バンド初の女性メンバーとして歴史に名を刻んだ。

ドラムス

  • イアン・ペイス (Ian Paice): (1979-1982) ロック界屈指のテクニシャン。スウィング感のあるドラミングは初期ホワイトスネイクの魅力の一つ。
  • コージー・パウエル (Cozy Powell): (1982-1985) ツー・バス (ダブル・バス・ドラム) のパイオニア。「渡り鳥」として知られるが、ホワイトスネイク在籍時のパワーは凄まじかった。1998年、交通事故により死去。
  • トミー・アルドリッジ (Tommy Aldridge): (1987-1990, 2002-2007, 2013-2025) 素手でシンバルやドラムを叩くソロ・パフォーマンスが有名。70歳を超えても衰えぬ体力で、バンドのエンジンであり続けた。

キーボード

  • ジョン・ロード (Jon Lord): (1978-1984) ハモンド・オルガンをマーシャル・アンプで歪ませるスタイルを確立。バンドに英国紳士的な威厳を与えた。2012年、膵臓癌により死去。
  • ミケーレ・ルッピ (Michele Luppi): (2015-2025) イタリア (Italy) 出身。卓越したハイ・トーンのコーラス・ワークで、ライブにおけるカヴァデールのボーカルを強力にサポートした。
  • ディノ・イェルシッチ (Dino Jelusick): (2021-2025) クロアチア (Croatia) 出身。次世代のロックスターとして、キーボードだけでなくボーカル面でもバンドに貢献した。

Conclusion

ホワイトスネイクの物語は、単なるロックバンドの成功譚ではない。それは、変化する時代の中で、自らのアイデンティティ (ブルース・ルーツ)を守りながらも、商業的な要請に応えて姿を変え続けた、一人の男(デイヴィッド・カヴァデール) の闘いの記録である。2025年のカヴァデールの引退により、ホワイトスネイクという巨大な蛇は眠りにつくが、WHITESNAKEが残した楽曲 - 哀愁漂うブルース・ロックから、拳を突き上げるスタジアム・アンセムまで - は、ロック・ミュージックの聖典として永遠に聴き継がれるであろう。

News

FLEETWOOD MACのメタル・トリビュート盤『Steel Rumours』が11月20日に発売 DORO参加の「Go Your Own Way」を先行配信

DOROの歌う同曲にはJoel Hoekstra(WHITESNAKE/NIGHT RANGER)とGreyson Nekrutman(SEPULTURA)が参加。アルバムにはTim "Ripper" Owens、Ronnie Romero、Vinnie Appiceらも名を連ねる。

出典: BraveWords(2026年9月2日)

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WHITESNAKE、『Slide It In』『Whitesnake』『Slip of the Tongue』を9月18日にアナログ再発

新たなカタログ担当レーベルCraft Recordingsからの第1弾。3作ともオリジナルの米国盤1LP仕様、オリジナルのアナログ・テープからのカッティングで、通常の黒盤に加えて限定カラー盤も用意される。

出典: WHITESNAKE公式(2026年8月16日)

ADRIAN VANDENBERG、細菌感染により8月の全米ツアーをキャンセル

8月3日マサチューセッツ州ニューベッドフォード公演から始まる予定だった“My Whitesnake Years”ツアーが中止に。

出典: Blabbermouth(2026年7月31日)

ニュース一覧 →

Albums

Flesh & Blood CD
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ブルースの粘りと大きなコーラスを、現代的な音の太さで鳴らすWHITESNAKEの帰還作。

The Purple Album CD
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DEEP PURPLE時代の楽曲を、WHITESNAKEの厚いサウンドと歌で再解釈した一枚。

Forevermore CD
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ブルージーなリフと壮大な歌メロで、WHITESNAKEが円熟したハード・ロックを鳴らす一作。

Good to Be Bad CD
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ブルースの粘りと大きなフックを再結合し、WHITESNAKEが王道ハード・ロックへ力強く戻った復帰作。

Restless Heart CD
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ブルースの温度と成熟したバラード感を前面に出し、DAVID COVERDALE & WHITESNAKE名義で発表された後期作。

Slip of the Tongue CD
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スティーヴ・ヴァイの鮮烈な技巧を迎え、WHITESNAKEが巨大な音像へ踏み込んだ豪華絢爛な一作。

Whitesnake CD
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巨大なギター・リフ、ドラマティックな歌、MTV時代の音像を結び、WHITESNAKEを世界規模へ押し上げた代表作。

Slide It In CD
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ブルージーな土台に重いギターと鮮明なフックを加え、WHITESNAKEが世界的飛躍へ踏み出した第6作。

Saints & Sinners CD
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ブルースを根にした重いリフと哀感ある歌で、WHITESNAKEが転機の緊張を刻んだ第五作。

Come an' Get It CD
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ブルースの粘りと大きなコーラスを結び、WHITESNAKEが英国ハード・ロックの貫禄を示した第4作。

Ready an' Willing CD
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ブルースの粘りとハード・ロックの推進力を結び、WHITESNAKEが大きく前進した第三作。

Lovehunter CD
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ブルースの粘りとツイン・ギターの熱を軸に、初期WHITESNAKEの骨太な魅力を刻んだ第2作。

Trouble CD
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ブルースを芯にした太いリフとデイヴィッド・カヴァデールの歌声で、WHITESNAKEが出発点を刻んだデビュー作。