SONATA ARCTICA
フィンランド (Finland) の北部に位置する工業都市ケミ (Kemi)。
Biography
北方より来たる旋律の狼たち
SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ) バイオグラフィ
極北の静寂と激情
フィンランド (Finland) の北部に位置する工業都市ケミ (Kemi)。北極圏にほど近いこの極寒の地から登場した SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ)は、1990年代後半のメロディック・パワー・メタル (Melodic Power Metal) の復興と進化において、最も重要な役割を果たしたバンドの一つである。SONATA ARCTICAの音楽は、Stratovarius (ストラトヴァリウス)に代表されるフィンランド特有の煌びやかなキーボードサウンドと高速なドラミング、そして哀愁を帯びたメロディを継承しつつも、クイーン (Queen) のような演劇的な構成美やプログレッシブな要素を大胆に取り入れることで、独自の音楽的地位を確立した。
第1章: 創世記 - Tricky Beans から Tricky Means (1995-1999)
1.1 ケミの若者たちと初期の模索
SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ)の起源は、1995年末から1996年初頭にかけてのケミ (Kemi)に遡る。当時、ヴォーカリストでありキーボードも兼任していた Tony Kakko (トニー・カッコ)、ギタリストのJani Liimatainen (ヤニ・リーマタイネン)、ベーシストのPentti Peura (ペンティ・ペウラ)、ドラマーのTommy Portimo (トミー・ポルティモ)、そしてセカンドギタリストのMarko Paasikoski (マルコ・パーシコスキ) というラインナップでバンドは結成された。
結成当初、彼らは Tricky Beans (トリッキー・ビーンズ)というバンド名で活動していた。この時期の彼らの音楽性は、後の疾走感あふれるパワー・メタルとは大きく異なり、ハードロック (Hard Rock) やポップス (Pop) の要素が強いものであった。彼らは『Friends Till the End』、『Agre Pamppers』、『Peace Maker』 という3本のデモテープを制作したが、これらはまだ彼らのアイデンティティを確立する前の試行錯誤の段階であったと言える。特筆すべきは、この初期段階において彼らがまだメタルの「速さ」や「クラシカルな旋律」を主眼に置いていなかった点である。彼らは地元のライブハウスなどで演奏活動を行い、あくまでロックバンドとしての基礎を固めていた。
1.2 転換点 - Stratovarius の影響と Tricky Means への改名
1997年、バンドは大きな転換期を迎える。この年、バンド名をTricky Means (トリッキー・ミーンズ)に変更した彼らは、音楽的指向を劇的に変化させた。この変化の最大の要因は、Tony Kakko (トニー・カッコ)が同郷の先輩バンドである Stratovarius (ストラトヴァリウス)のアルバム 『Visions』に触発されたことにあると言われている。彼は、クラシカルな旋律、高速なツーバスドラム、そしてハイトーンヴォーカルというパワー・メタルの様式美に魅了され、バンドのサウンドをよりヘヴィでメロディックな方向へと舵を切った。
この時期、オリジナルメンバーであった Marko Paasikoski (マルコ・パーシコスキ)がバンドを離脱し、4人編成となったバンドはよりタイトな演奏を追求し始めた。1999年、彼らはケミにある Tico Tico Studios (ティコ・ティコ・スタジオ)に入り、新たなデモテープ『Full Moon』のレコーディングを開始した。このスタジオのオーナーでありエンジニア Ahti Kortelainen (アハティ・コルテライネン)は、彼らの演奏技術と楽曲のクオリティ、特に「FullMoon」 という楽曲が持つポテンシャルに強い感銘を受けた。
1.3 契約、そして SONATA ARCTICA の誕生
Ahti Kortelainen (アハティ・コルテライネン)は、このデモテープをフィンランドの有力メタルレーベルである Spinefarm Records (スパインファーム・レコード)に送付した。Spinefarm Records (スパインファーム・レコード)の担当者は、洗練されたメロディと疾走感、そして Tony Kakko (トニー・カッコ)の特徴的なヴォーカルを聴き、即座に契約を申し出た。
1999年の夏、メジャーデビューに向けた準備が進む中で、バンドは「Tricky Means (トリッキー・ミーンズ)」という名前が彼らの新しい壮大な音楽性にそぐわないと判断した。友人の提案により、音楽用語の 「Sonata (ソナタ)」と、彼らの故郷である北極圏を示す「Arctica (アークティカ)」を組み合わせた SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ) という名が採用された。この名称変更は、彼らが単なるロックバンドから、北欧の冷気と叙情性を体現するメタル・アイコンへと進化する決意表明でもあった。
第2章: 黄金のパワー・メタル時代 (1999-2004)
2.1 鮮烈なデビュー - Ecliptica (エクリプティカ)
1999年、デビューアルバム 『Ecliptica』がリリースされたが、これには有名な逸話が存在する。初期プレス版において、マスタリングのミスにより楽曲の速度が意図せず遅く収録されてしまったのである。このミスはレコード店に出荷された後に発覚し、レーベルは回収と再リリースを余儀なくされた。しかし、このトラブルもSONATA ARCTICAの勢いを止めることはできなかった。
『Ecliptica (エクリプティカ)』は、世界中のメタルファンに衝撃を与え、Stratovarius (ストラトヴァリウス) 直系のネオクラシカルな速弾き、Helloween (ハロウィン)を彷彿とさせるキャッチーなサビ、そして新人離れした演奏技術は、瞬く間にSONATA ARCTICAをシーンの最前線へと押し上げた。特に日本では、その叙情的なメロディが琴線に触れ、爆発的な人気を獲得することとなる。
このアルバムのレコーディングメンバーは、Tony Kakko (トニー・カッコ / Vo, Key)、Jani Liimatainen (ヤニ・リーマタイネン/Gt)、Tommy Portimo (トミー・ポルティモ/Dr)、そして Pentti Peura (ペンティ・ペウラ)の後任として加入していた Janne Kivilahti (ヤンネ・キヴィラハティ / Ba) であった。Tony Kakko (トニー・カッコ)はこのアルバムでヴォーカルとキーボードの両方を担当していたが、ライブパフォーマンスにおいてフロントマンとしての役割に集中するため、専任キーボード奏者の必要性を痛感した。
2.2 体制の強化と Silence (サイレンス)の成功
2000年、バンドはキーボード奏者として Mikko Härkin (ミッコ・ハルキン)を迎え入れた。これにより、Tony Kakko (トニー・カッコ)はハンドマイクでステージを自由に動き回ることが可能となり、Mikko Härkin (ミッコ・ハルキン) のテクニカルなキーボードプレイがバンドのサウンドに厚みを加えた。また、ベーシストの Janne Kivilahti (ヤンネ・キヴィラハティ) が個人的な理由で脱退し、結成時のメンバーであった Marko Paasikoski (マルコ・パーシコスキ)がベーシストとして復帰した。これにより、黄金期と呼ばれるラインナップが完成する。
2000年、SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ) は Stratovarius (ストラトヴァリウス)とRhapsody (ラプソディー)の欧州ツアーのサポートアクトに抜擢された。32バンドの中から選ばれたこの機会により、SONATA ARCTICAはヨーロッパ全土で新たなファン層を獲得することに成功した。
2001年にリリースされた2ndアルバム 『Silence (サイレンス)』は、前作の若々しい疾走感を維持しつつ、より成熟した楽曲構成とアレンジを見せた作品となった。バラードの名曲「Tallulah」や、10分近い大作「The Power of One」などは、SONATA ARCTICAの表現力の広がりを示していた。このアルバムに伴うツアーで初来日を果たし、東京と大阪での公演はソールドアウトとなった。この時の熱狂的なライブの模様は、2002年にライブアルバム 『Songs of Silence - Live in Tokyo (ソングス・オブ・サイレンス - ライブ・イン・トーキョー)』としてリリースされている。
2.3 Winterheart's Guild (ウインターハーツ・ギルド)とメンバーチェンジ
順風満帆に見えたバンドだったが、2002年にキーボードのMikko Härkin (ミッコ・ハルキン)が音楽的な相違を理由に脱退する。3rdアルバムのレコーディングを控えていたバンドは窮地に立たされたが、Tony Kakko (トニー・カッコ) 自身がキーボードを演奏するとともに、Stratovarius (ストラトヴァリウス)の名手 Jens Johansson (イェンス・ヨハンソン)にソロパートの演奏を依頼することでこの危機を乗り切った。
こうして2003年に完成した 『Winterheart's Guild (ウインターハーツ・ギルド)』は、冷たく透き通った冬の世界観をテーマにしたコンセプト性の高いアルバムとなった。「The Cage」や「Victoria's Secret」などの代表曲が収録され、バンドの人気を不動のものとした。
アルバム完成後、バンドは新キーボード奏者のオーディションを行った。世界中から応募があったが、SONATA ARCTICAは技術だけでなく人間性を重視した選考を行った。最終候補者2名を地元のバーに連れて行き、酒を飲み交わして相性を確かめた結果、Henrik Klingenberg (ヘンリック・クリンゲンベリ)の加入が決定した。彼はステージ上でポータブル・キーボード(ショルダーキーボード)を振り回す派手なパフォーマンスで、バンドのライブに新たな視覚的魅力を加えることとなる。
2.4 Reckoning Night (レコニング・ナイト) と頂点への到達
2004年にリリースされた4thアルバム 『Reckoning Night (レコニング・ナイト)』は、初期SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ)の集大成とも言える作品である。プログレッシブな要素を含みつつもキャッチーさを失わないバランス感覚は絶頂に達しており、ライブの定番曲となる「Don't Say a Word」や、壮大な物語を描いた 「White Pearl, Black Oceans」が収録された。この時期、SONATA ARCTICAは名実ともにフィンランドを代表するメタルバンドとしての地位を確立し、Nightwish (ナイトウィッシュ)と並ぶ存在となった。
第3章: プログレッシブへの傾倒と変革 (2007-2011)
3.1 Unia (ウニア)における「反乱」
2007年、5thアルバム 『Unia (ウニア)』のリリースは、ファンと批評家に大きな衝撃を与えた。「Unia」とはフィンランド語で「夢」を意味する。Tony Kakko (トニー・カッコ)は後に、このアルバム制作時の心境を「典型的なパワー・メタル・バンドとして見られることへの反乱 (mutiny) だった」と語っている。彼は、定型化した疾走曲を作り続けることに芸術的な行き詰まりを感じており、より複雑で重層的、かつプログレッシブなサウンドを追求したのである。
『Unia』は、変拍子、多重録音されたコーラス、複雑なアレンジが特徴で、かつてのスピード感は影を潜めた。この急激な変化に対し、初期からのファンの間では賛否両論が巻き起こったが、バンドにとってはアーティストとして生き残るために不可欠な進化であった。
3.2 Jani Liimatainen の解雇と Elias Viljanen の加入
『Unia』リリース直後の2007年、バンドに激震が走る。創設メンバーであり、Tony Kakko (トニー・カッコ)の右腕としてサウンドを支えてきたギタリスト Jani Liimatainen (ヤニ・リーマタイネン) がバンドを離脱したのである。公式には兵役 (市民的役務)の義務を果たしていなかったことが主な理由とされた。
彼の後任として加入したのが、Elias Viljanen (エリアス・ヴィルヤネン)である。Elias Viljanen (エリアス・ヴィルヤネン) はKiss (キッス) やSteve Vai (スティーヴ・ヴァイ)に影響を受けた技巧派ギタリストであり、彼の加入によりバンドのギタープレイはよりテクニカルかつ正確無比なものへと変化していった。
3.3 The Days of Grays (ザ・デイズ・オブ・グレイズ)
新体制で制作された2009年の6thアルバム 『The Days of Grays (ザ・デイズ・オブ・グレイズ)』は、『Unia』のプログレッシブな路線を継承しつつ、よりシンフォニックでダークな雰囲気を纏った作品となった。オーケストレーションが大幅に導入され、演劇的で映画のようなスケール感を持つ楽曲が増加した。日本市場においては依然として高い人気を誇り、Oricon (オリコン) チャートでも安定した成績を残した。
第4章: アイデンティティの探求と実験 (2012-2019)
4.1 Stones Grow Her Name (ストーンズ・グロウ・ハー・ネーム) とハードロックへの回帰
2012年の7thアルバム 『Stones Grow Her Name (ストーンズ・グロウ・ハー・ネーム)』で、バンドは再びスタイルを変化させる。今度は複雑さを削ぎ落とし、よりストレートでアメリカン・ハードロックに近いサウンドアプローチを試みた。「Shitload of Money」や「I Have a Right」 といった楽曲は、シンプルで力強いメッセージ性を持ち、ライブでのシンガロングを意識した作りとなっていた。
この時期、長年ベーシストを務めた Marko Paasikoski (マルコ・パーシコスキ)が、「ツアー生活への疲れ」と「モチベーションの欠如」を理由に2013年に脱退を表明した。後任には、バンドの長年のスタジオエンジニアであり、音楽的な理解者でもあった Pasi Kauppinen (パシ・カウッピネン) が迎えられた。Pasi Kauppinen (パシ・カウッピネン)の加入は、バンドのサウンドプロダクション (ミキシング等)の内製化をさらに進めることとなった。
4.2 Pariah's Child (パリアズ・チャイルド)での原点回帰
2014年の8thアルバム 『Pariah's Child (パリアズ・チャイルド)』は、デビュー15周年を迎えるバンドが「自分たちのルーツ」を見つめ直した作品となった。アルバムジャケットにはデビュー以来バンドの象徴であった「狼」が久しぶりに登場し、音楽的にも『Ecliptica』時代の疾走感と『Uniaっと』以降の深みを融合させたスタイルが提示された。特にリードトラックの「The Wolves Die Young」は、往年のファンを歓喜させるメロディック・メタルの佳曲であった。
4.3 自然賛歌と内省 - The Ninth Hour (ザ・ナインス・アワー) と Talviyö (タルヴィヨ)
2016年の『The Ninth Hour (ザ・ナインス・アワー)』 と2019年の 『Talviyö (タルヴィヨ)』は、よりミドルテンポで落ち着いた、大人のメタルサウンドへと深化していった。『Talviyö』(フィンランド語で「冬の夜」)は、その名の通り冷たく静謐なプロダクションが特徴であったが、一部の批評家やファンからは「エネルギー不足」 「プロダクションが平坦」といった厳しい意見も寄せられた。Tony Kakko (トニー・カッコ)の歌詞は環境問題や人間性の喪失といったテーマを深く掘り下げ、かつてのファンタジー要素よりも現実的なメッセージ性が強くなっていった。
第5章: アコースティックの旅路と真の帰還 (2020-現在)
5.1 Acoustic Adventures (アコースティック・アドベンチャーズ)
2020年からのCOVID-19パンデミック期間中、バンドはツアー活動の停止を余儀なくされたが、この時間を活用して過去の楽曲をアコースティックアレンジで再構築するプロジェクト 『Acoustic Adventures (アコースティック・アドベンチャーズ)』に着手した。2022年に『Volume One』 と 『Volume Two』の2作がリリースされ、これらは単なるアンプラグドではなく、楽曲の新たな魅力を引き出す大胆なリアレンジが施されたものであった。このプロジェクトを通じて、バンドは自らの楽曲のメロディの強度を再確認することとなった。
5.2 Clear Cold Beyond (クリア・コールド・ビヨンド) - パワー・メタルへの帰還
2024年、バンドは11枚目のスタジオアルバム『Clear Cold Beyond (クリア・コールド・ビヨンド)』をリリースした。このアルバムは、バンド自身が「パワー・メタルへの完全なる回帰」を謳った作品であり、『Ecliptica』や『Reckoning Night』を彷彿とさせる高速ナンバー「First in Line」 や 「California」が収録された。長年の実験と彷徨を経て、SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ)は再び、SONATA ARCTICAを世界的なスターダムに押し上げた「速さ」と「メロディ」の融合へと立ち返ったのである。このアルバムはファンやメディアから 「待望の傑作」として熱狂的に迎えられた。
第6章: ディスコグラフィー (Discography)
ここでは、主要なスタジオアルバムについて、その音楽的特徴と、コレクターにとって極めて重要な意味を持つ日本盤ボーナストラック (Japanese Bonus Tracks) について詳述する。SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ)は、日本市場向けにアルバムの正規収録曲に匹敵するクオリティの楽曲を提供し続けてきたことで知られている。
| 発売年 | タイトル (英/日) | 特徴・主要曲 | 日本盤ボーナストラック (Japanese Bonus Tracks) |
|---|---|---|---|
| 1999 | Ecliptica エクリプティカ |
衝撃のデビュー作。ネオクラシカルな速弾きとハイトーンヴォーカルの洪水。 代表曲: FullMoon, Replica, Blank File |
"Mary-Lou" アコースティックギターのイントロから疾走する名曲。後にシングルやベスト盤にも収録されるほどの人気を誇る。 |
| 2001 | Silence サイレンス |
より洗練された2作目。Mikko Härkin加入。 代表曲: Wolf & Raven, Tallulah, Black Sheep |
"Respect the Wilderness" 自然との共生をテーマにした疾走曲。アルバム本編の壮大な締めくくりである 「The Power of One」の前に配置されることが多い。 |
| 2003 | Winterheart's Guild ウインターハーツ・ギルド |
Jens Johansson (Key) がゲスト参加。冷厳な冬のコンセプト。 代表曲: The Cage, Victoria's Secret |
"The Rest of the Sun Belongs to Me" ミドルテンポでメロディアスな楽曲。後にアコースティックアルバム 『Acoustic Adventures Vol.1』の1曲目としてリメイクされた。 |
| 2004 | Reckoning Night レコニング・ナイト |
プログレッシブ要素の開花。Henrik Klingenberg加入。 代表曲: Don't Say a Word, White Pearl, Black Oceans |
"Wrecking the Sphere" 7分にも及ぶ完全なパワー・メタル・チューン。隠しトラックの「Jam」とは別物であり、正規曲として非常に完成度が高い。 |
| 2007 | Unia ウニア |
転換作。複雑怪奇なリズムと重厚なコーラス。 代表曲: Paid in Full, In Black and White |
"Out in the Fields" (Gary Moore Cover) "My Dream's But a Drop of Fuel for a Nightmare (Instrumental)" 日本盤には複数のボーナスが収録されるなど優遇された。 |
| 2009 | The Days of Grays ザ・デイズ・オブ・グレイズ |
Elias Viljanen加入。シンフォニックで演劇的。 代表曲: Flag in the Ground, The Last Amazing Grays |
"Nothing More" Henrik Klingenberg作曲の楽曲。 "In My Eyes You're a Giant" 疾走感のある楽曲で、ファンからの評価が高い。 |
| 2012 | Stones Grow Her Name ストーンズ・グロウ・ハー・ネーム |
シンプルなハードロック路線。 代表曲: I Have a Right, Shitload of Money |
"One-Two-Free-Fall" ポップでキャッチーなロックナンバー。 |
| 2014 | Pariah's Child パリアズ・チャイルド |
狼の帰還。Pasi Kauppinen加入。 代表曲: The Wolves Die Young, Cloud Factory |
"No Pain" 日本盤限定のボーナストラック。 |
| 2016 | The Ninth Hour ザ・ナインス・アワー |
環境問題をテーマにした内省的な作品。 代表曲: Life, Closer to an Animal |
"The Elephant" 動物をテーマにした風変わりな楽曲。 |
| 2019 | Talviyö タルヴィヨ |
「冬の夜」。落ち着いたミドルテンポ主体の作品。 代表曲: Cold, A Little Less Understanding |
"You Won't Fall" 日本盤限定曲。 |
| 2024 | Clear Cold Beyond クリア・コールド・ビヨンド |
原点回帰。高速ビートとメロディの復活。 代表曲: First in Line, Dark Empath |
"A Ballad for the Broken" "Toy Soldiers" (Martika Cover) 80年代ポップスのカバーを収録するなど、初期の遊び心が戻っている。 |
第7章: メンバー詳細 (Personnel Profile)
現メンバー (Current Members)
-
Tony Kakko (トニー・カッコ)
• 担当: Vocals, Keyboards (Studio)
• 在籍: 1996-現在
• 詳細: バンドの絶対的なリーダーであり、ほぼ全ての楽曲の作詞作曲を手掛ける。初期はキーボードも兼任していたが、ライブパフォーマンス向上のためヴォーカルに専念。彼の歌詞は単なるファンタジーにとどまらず、ストーカー心理を描いた「Stalker Trilogy (End of This Chapter, Don't Say a Word, Caleb, Juliet等)」や、環境問題、人間関係の機微など多岐にわたる物語性を持つ。クイーン (Queen) のフレディ・マーキュリー (Freddie Mercury) を敬愛している。 -
Tommy Portimo (トミー・ポルティモ)
• 担当: Drums
• 在籍: 1996-現在
• 詳細: 結成時からのオリジナルメンバー。彼のプレイスタイルは、正確無比なツーバス(ダブル・バスドラム) 連打にある。初期の疾走曲における「マシンガンのような」ドラミングはバンドのトレードマークであり、スタイルが変化した中期においてもバンドのリズムの屋台骨を支え続けた。『Clear Cold Beyond』では再び往年のスピードプレイを披露している。 -
Henrik Klingenberg (ヘンリック・クリンゲンベリ)
• 担当: Keyboards, Keytar, Backing Vocals
• 在籍: 2002-現在
• 詳細: 『Winterheart's Guild』ツアー前に加入。オーディションでは「演奏技術だけでなく、バーで一緒に酒を飲んで意気投合できるか」が選考基準となった逸話を持つ。ステージ上ではショルダーキーボード (Keytar) を駆使し、激しく動き回るパフォーマンスで知られる。コーラスワークでも重要な役割を担う。 -
Elias Viljanen (エリアス・ヴィルヤネン)
• 担当: Guitars, Backing Vocals
• 在籍: 2007-現在
• 詳細: Jani Liimatainen の後任として加入。加入前はソロギタリストとして活動しており、スティーヴ・ヴァイ (Steve Vai) やジョー・サトリアーニ (Joe Satriani) の影響を受けたテクニカルなプレイが特徴。バンド加入後は、より楽曲に寄り添った堅実なプレイを展開している。 -
Pasi Kauppinen (パシ・カウッピネン)
• 担当: Bass, Backing Vocals
• 在籍: 2013-現在
• 詳細: Marko Paasikoski の後任。加入以前からバンドのスタジオエンジニアとして関わっており、バンドサウンドの要を知り尽くした人物。彼が所有するStudio57は、近年のバンドのレコーディング拠点となっている。
旧メンバー (Former Members)
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Jani Liimatainen (ヤニ・リーマタイネン)
• 担当: Guitars
• 在籍: 1996-2007
• 詳細: 創設メンバーであり、初期SONATA ARCTICAのサウンドを決定づけた重要人物。Tony Kakko とのコンビネーションは抜群で、数々の高速ギターソロを生み出したが。脱退後は Cain's Offering (ケインズ・オファリング)を結成し、元Stratovarius のティモ・コティペルト (Timo Kotipelto) と共に活動。また、Nightwish のアネット・オルゾン (Anette Olzon) とのプロジェクト The Dark Element (ザ・ダーク・エレメント)でも成功を収めている。 -
Marko Paasikoski (マルコ・パーシコスキ)
• 担当: Bass (2000-2013), Guitar (1996-1997)
• 在籍: 1996-1997, 2000-2013
• 詳細: 初期はギタリストとして在籍し一度脱退したが、後にベーシストとして復帰。黄金期を支えたが、長年のツアー生活による疲弊から音楽業界を引退した。 -
Mikko Härkin (ミッコ・ハルキン)
• 担当: Keyboards
• 在籍: 2000-2002
• 詳細: 『Silence』 期のキーボーディスト。彼の加入によりバンドサウンドは飛躍的に向上した。脱退後は Kenziner, Solution.45などで活動。 -
Janne Kivilahti (ヤンネ・キヴィラハティ)
• 担当: Bass
• 在籍: 1998-2000
• 詳細: デビューアルバム 『Ecliptica』でベースをプレイした。 -
Pentti Peura (ペンティ・ペウラ)
• 担当: Bass
• 在籍: 1996-1998
• 詳細: Tricky Beans / Tricky Means 時代のベーシスト。
第8章: 日本との特別な絆 (The Japanese Connection)
SONATA ARCTICA (ソナタ・アークティカ)にとって、日本(Japan)は単なる市場の一つではなく、SONATA ARCTICAのキャリアを支え続けてきた特別な場所である。「Big in Japan (日本で人気がある)」という言葉がこれほど当てはまるメタルバンドも珍しい。
8.1 日本市場での成功
デビュー作『Ecliptica』がリリースされた1999年当時、日本ではX JAPANやアニメソングの影響もあり、メロディックで速いメタル (通称: メロスピ) への受容性が極めて高かった。SONATA ARCTICAの哀愁を帯びたメロディと、ゲーム音楽にも通じるキラキラとしたシンセサイザーの音色は、日本のメタルファンの琴線に触れた。Oricon (オリコン) チャートにおいても、洋楽メタル部門で常に上位にランクインする常連となっている。
8.2 来日公演の歴史 (Tour History in Japan)
- 2001年: 初来日公演(東京・大阪)。この時の模様はライブアルバム 『Songs of Silence』に収録された。
- 2003年: 『Winterheart's Guild』ツアー。
- 2004-2005年: 『Reckoning Night』ツアー。渋谷AXなどでの公演が行われた。
- 2007年: 『Unia』ツアー。7月にはZepp Osaka、なんばHatch、渋谷AXなどで公演。
- 2012年: 『Stones Grow Her Name』ツアー。さいたまスーパーアリーナ (Saitama Super Arena)で開催されたフェスティバル 「LOUD PARK」への出演など。
- 2015年: 『Pariah's Child』ツアー。新木場STUDIO COASTで開催された「LOUD & METAL ATTACK」に出演。
- 2016年: 『The Ninth Hour』ツアー。
- 2019年: 『Talviyö』ツアー。アコースティックセットも披露された。
- 2025年: アルバム 『Clear Cold Beyond』を引っ提げたツアー。
8.3 日本盤ボーナストラックの重要性
前述の通り、SONATA ARCTICAは日本盤に対して並々ならぬ力を入れている。通常、ボーナストラックと言えばデモ音源やライブ音源でお茶を濁すケースも多い中、SONATA ARCTICAは「The Rest of the Sun Belongs to Me」 や 「Wrecking the Sphere」のような、アルバム本編に入っても遜色ののない完全な新曲を提供し続けてきた。これは、フィジカル (CD) セールスが依然として強い日本市場への配慮であると同時に、日本のファンへの感謝の表れでもある。ファンの間では「日本盤を買わなければSONATA ARCTICAの全てを知ることはできない」と言われている。
北極星の下で
ケミの小さなガレージバンド Tricky Beans から始まった SONATA ARCTICA の旅は、30年近い時を経て、円熟と原点回帰の境地へと達した。SONATA ARCTICAは「パワー・メタル」というジャンルの枠組みの中で成功を収めながらも、それに安住することなく、『Unia』 での実験や『Stones Grow Her Name』 でのハードロックへの接近など、常にアーティストとしての自由を追求してきた。
そして2024年、SONATA ARCTICAは『Clear Cold Beyond』において、SONATA ARCTICAを愛するファンが最も求めていた「速さ」と「メロディ」の世界へと帰還した。Tony Kakko (トニー・カッコ)の描く孤独で美しい物語と、北欧の寒空を切り裂くような旋律は、これからも世界中、そして日本のファンの心を震わせ続けるだろう。
Trivia
『Silence』はフィンランドだけでなく日本でも大きく売れ、公式サイトによれば発売から1年で日本だけで3万枚を超えている。この売上を受けて、バンドは2001年9月に4本の日本公演を行った。初来日は、日本のリスナーが数字で呼び寄せたものだった。
バンド初のライヴ・アルバム『Songs of Silence』は、2001年9月4日の東京公演を収録したものである。発売は2002年11月。ヨーロッパ盤とアジア盤ではジャケットがまったく別物になっており、どちらもヤンネ・“ToxicAngel”・ピトカネンが手掛けた。彼はこれ以降、SONATA ARCTICAの全作品のアートワークを専属で担当することになる。
2003年末に出た2枚のうち、シングル「Broken」には、ミッコ・ハルキンが在籍していた時期に録音された未発表曲2曲が収められた。もう一方のEP『Takatalvi』は日本向けで、当時すでに完売していたEP『Successor』の楽曲にライヴ音源を除いた追加素材を加えた内容だった。
SONATA ARCTICA初のDVDは日本で撮影されている。会場は東京の渋谷AXで、収録のためにバンドは同じセットリストのまま2公演を続けて行った。
日本のレーベルMARQUEE AVALONによれば、SONATA ARCTICAの日本デビューは2000年、1stアルバム『エクリプティカ』でのことだった。同レーベルは、彼らが登場するや否や日本のファンから多大な支持を得たとし、次作『サイレンス』を携えた初来日で人気を確立したと記している。
MARQUEE AVALONは自社のページで、SONATA ARCTICAを「弊社MARQUEE AVALONのフラグシップ・アーティストとして君臨してきた」バンドと位置づけている。日本のHM/HR専門レーベルにとって、彼らは看板だった。
日本盤には邦題が付いた作品がある。フィンランド語で「夢」を意味する『UNIA』は「ウニア~夢記(ゆめのしるし)」、同じくフィンランド語で「冬の夜」を意味する『TALVIYÖ』は「タルヴィユエ~冴ゆる宵闇」として日本で発売された。原題の意味をそのまま訳すのではなく、読みに副題を添える形が取られている。
日本盤にはボーナス・トラックが付くのが通例だった。MARQUEE AVALONの作品ページを追うと、『RECKONING NIGHT』『STONES GROW HER NAME』『PARIAH'S CHILD』『ECLIPTICA - REVISITED』『THE NINTH HOUR』『TALVIYÖ』がいずれも1曲追加、『THE DAYS OF GRAYS』が2曲追加、『UNIA』にいたっては3曲追加という構成になっている。