BLIND GUARDIAN

1984年にドイツのクレーフェルトで結成されたパワー・メタル・バンド、BLIND GUARDIAN(ブラインド・ガーディアン)のバイオグラフィとディスコグラフィー。1988年のデビュー作『Battalions of Fear』から2022年の『The God Machine』までのスタジオ・アルバム11枚と、管弦楽作品『Legacy of the Dark Lands』、再録盤『Somewhere Far Beyond Revisited』に個別ページを用意し、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ビデオ、来日公演の記録をまとめている。

Biography

BLIND GUARDIAN
バイオグラフィー

BLIND GUARDIAN(ブラインド・ガーディアン)は、1984年にドイツのクレーフェルトで結成されたパワー・メタル・バンドである。前身はLUCIFER'S HERITAGEで、1988年の『Battalions of Fear』でデビューした。トールキン、マイケル・ムアコック、スティーヴン・キングらの物語を題材にした歌詞と、何重にも重ねた合唱で知られ、ファンからは「バーズ(吟遊詩人)」と呼ばれている。1998年の『Nightfall in Middle-Earth』で初めてドイツのトップ10に入り、2010年の『At the Edge of Time』はドイツで2位を記録した。日本では1990年にデビューし、1992年の初来日公演はライヴ・アルバム『Tokyo Tales』になった。

結成とLUCIFER'S HERITAGE(1984〜1987年)

日本のレーベルであるビクターエンタテインメントによれば、バンドの母体は、1984年にクレーフェルトで同級生のハンズィ・キアシュ(ヴォーカル、ベース)とアンドレ・オルブリッチ(ギター)が結成し、トーメン・スタッシュ(ドラム)も加わったLUCIFER'S HERITAGEである。キアシュの公式プロフィールによれば、彼はクレーフェルト郊外の中世の町リンで育ち、12歳のときにDEEP PURPLEの『24 Carat Purple』を初めて聴いてハード・ロックに惹かれた。そしてオルブリッチの学校のバンドZERO FAULTにベーシスト兼ヴォーカリストとして誘われ、そのバンドがLUCIFER'S HERITAGEと名を変えた。

バンドの公式サイトの年代記は、1985年に最初のデモ『Symphonies of Doom』を作ったキアシュ、オルブリッチ、マーカス・ドルク、スタッシュの4人から物語を始めている。その冒頭曲「Halloween」は、のちにデビュー作の「Wizard's Crown」になった。1986年にはキアシュとオルブリッチがクリストフ・タイセン、ハンス=ペーター・フライと2本目のデモを録り、これも『Battalions of Fear』と題された。1987年には、同じリハーサル・ルームを使っていた別のバンドにいたマーカス・ズィーペン(ギター)がセッションに誘われてそのまま加わり、ビクターによれば、この4人の顔ぶれが18年続くことになる。

年代記によれば、バンドは悪魔的なLUCIFER'S HERITAGEという名を捨て、同じく旅する吟遊詩人の一団であるFATES WARNINGに触発されてBLIND GUARDIANと名乗った。改名の年は資料によって分かれ、ビクターは1988年のNo Remorse Recordsとの契約を機にしたとし、ワードレコーズはNo Remorseとの契約を1987年としている。

No Remorse時代(1988〜1990年)

1988年のデビュー作『Battalions of Fear』は、ミュンスターのKaro Studioでカレ・トラップの制作によって録音された。バンドの公式サイトは、スラッシュ・メタルにも接する荒削りなスピード・メタルと説明している。1989年の2作目『Follow the Blind』には、HELLOWEENを脱退したばかりのカイ・ハンセンがゲスト参加して話題になった。ワードレコーズによれば、彼が2曲でリード・ギターを弾き、歌まで披露したことで、バンドの名は日本のジャーマン・メタル・ファンにも広く知られるようになった。メタル・ハマー誌の年表によれば、このアルバムは日本の輸入盤チャートで半年にわたって上位にあった。

公式サイトによれば、1990年の3作目『Tales from the Twilight World』のために、バンドは作業に時間をかけられるよう自前のスタジオを作った。ジャケットを描いたアンドレアス・マーシャルは、続く3作のスタジオ・アルバムの絵も手がけている。日本ではこの作品でデビューし、最初の3作の日本盤が1990年8月21日に同じ日に出た。ところが同じ年の末、所属するNo Remorse Recordsが倒産する。それでもバンドは、初の大規模なヨーロッパ・ツアーをICED EARTHとともに行い、活動を続けた。ICED EARTHのジョン・シェイファーは、ICED EARTHが初めてのヨーロッパ・ツアーでBLIND GUARDIANのメイン・サポートを務めたときに、キアシュとすぐに打ち解けたと語っている。

Virgin時代(1991〜2004年)

1991年、バンドは日本と東南アジアを除く地域でVirginと契約し、日本では引き続きビクターが作品を出していく。移籍第1弾となった1992年の4作目『Somewhere Far Beyond』は、メタル・ハマー誌の年表によれば13万枚以上を売り、日本とギリシャのインターナショナル・アルバム・チャートで首位に立った(オリコンの総合順位は15位)。キアシュは2015年、このアルバムでやり遂げたと感じたと振り返っている。時を旅する吟遊詩人たちを描いたマーシャルのジャケットは、バンドの愛称「バーズ」の由来になった。同じ年の12月には初めて日本を訪れ、東京公演の模様はライヴ・アルバム『Tokyo Tales』(1993年)として発表された。

1995年の5作目『Imaginations from the Other Side』は、METALLICAの作品を手がけたフレミング・ラスムッセンを制作に迎え、キアシュがベースを弾いた最後のアルバムになった。この年には約3年ぶりに2度目の日本ツアーも行っている。1996年には「Mister Sandman」や「Surfin' U.S.A.」のカヴァーなどを収めた『The Forgotten Tales』が出た。1997年にキアシュはヴォーカルに専念することを決め、以後ベースはセッション・プレイヤーのオリヴァー・ホルツワースが務めるようになった。

トールキンの『シルマリルの物語』を下敷きにした1998年の『Nightfall in Middle-Earth』は、アメリカで発売された最初のBLIND GUARDIANのアルバムで、初めてドイツのトップ10に入った。トールキンの読者から高く評価され、キアシュは1999年のインタビューで、ピーター・ジャクソンの映画の音楽をバンドが手がける話が真剣に検討されていたと明かしている。実現はしなかった。2002年の『A Night at the Opera』からは、前作でエンジニアを務めたチャーリー・バウアーファインドが制作を担うようになった。この年バンドは、屋内開催になって2回目のBloodstockのヘッドライナーとして初めてイギリスで演奏し、7月には4度目の来日公演を行っている。2003年にはドイツで自らの名を冠したフェスティヴァル「Blind Guardian Open Air」を開き、その模様は翌2004年に初のライヴDVD『Imaginations Through the Looking Glass』になった。2003年のライヴ盤『Live』は、東京を含む19の都市で録音されている。

Nuclear Blast時代(2005〜2019年)

2005年4月、創設メンバーのトーメン・スタッシュがバンドを離れた。キアシュの声明によれば、しばらく前から音楽的にも個人的にも進む方向が分かれており、スタッシュ本人を含む4人全員が、それが最善だという結論に達したという。同じ年にバンドはNuclear Blastと新たに契約し、空いたドラムの座には、憧れのバンドがドラマーを欠いていると知って自ら名乗り出たフレデリック・イームクが座った。新しい顔ぶれで初めて作った2006年の『A Twist in the Myth』は、ドイツで4位に入っている。

2007年2月にはANGRAとのカップリング・ツアーで日本を回り、10月にはLOUD PARK 07に出演した。2008年にはアクションRPG『Sacred 2: Fallen Angel』にテーマ曲「Sacred」を提供している。プラハのオーケストラを起用した2010年の『At the Edge of Time』はドイツで2位に入り、本国でのそれまでの最高位となった。同じ年には『The Sacred Worlds and Songs Divine Tour 2010』でヨーロッパと北米を回り、2011年にはヴァッケン・オープン・エアのヘッドライナーを務めた。2012年には「Valhalla」や「The Bard's Song」などを録り直したベスト盤『Memories of a Time to Come』が、2013年には15枚組のボックス・セット『A Traveler's Guide to Space and Time』が出た。

2015年の『Beyond the Red Mirror』は、『Imaginations from the Other Side』の物語を20年後に引き継いだ作品で、プラハ、ブダペスト、ボストンの3つの合唱団と、それぞれ90人を超える2つのオーケストラを起用した。ベースはオランダのバレンド・クルボワに代わったが、キアシュは、彼もホルツワースと同じくセッションの立場で、バンドはあくまで4人だと説明している。この年の6月には13年ぶりの単独来日公演を行い、2016年にはLOUD PARK 16に出演した。2017年には2015年のヨーロッパ・ツアーで録音したライヴ盤『Live Beyond the Spheres』が出ている。2019年には、キアシュとオルブリッチが20年以上取り組んできた管弦楽作品『Legacy of the Dark Lands』を、BLIND GUARDIAN TWILIGHT ORCHESTRA名義で発表した。作家マーカス・ハイツの小説の続篇として三十年戦争を描き、エレクトリック・ギターを一切使っていない。

2020年代

2021年1月、バンドはアメリカ連邦議会議事堂の襲撃事件を受けて、あらゆる暴力から距離を置くとする声明を出した。翌2月、キアシュは、この事件に関わって逮捕されたジョン・シェイファーと組んでいたDEMONS & WIZARDSからの脱退を表明している。DEMONS & WIZARDSは2000年と2005年にアルバムを出していた。2021年7月には、オランダのヨハン・ファン・ストラタムが新しいベーシストとして発表された。

2022年9月の『The God Machine』は、純然たるバンド名義では約7年ぶりとなる11作目のスタジオ・アルバムで、同じ年の10月には『Somewhere Far Beyond』の30周年を記念したツアーを終えている。2023年9月21日に地元クレーフェルトのKulturfabrikから始まった『The God Machine Tour』は、2か月半で12か国、40公演に及んだ。2024年8月2日には、1992年作を丸ごと録り直した『Somewhere Far Beyond Revisited』を、ヴァッケン・オープン・エアに出演したその日に発表した。2025年の11月から12月には北米をツアーし、12月19日にクレーフェルトで1年を締めくくっている。2026年5月の時点では次のアルバムの曲作りが進んでおり、キアシュは2026年の終わりにプリプロダクションを、2027年の初めに本格的な制作を見込んでいた。『Nightfall in Middle-Earth』のアコースティック版の構想も進んでいるという。

メンバーについて

現在のメンバーは、ハンズィ・キアシュ(ヴォーカル)、アンドレ・オルブリッチ(リード・ギター)、マーカス・ズィーペン(リズム・ギター)、フレデリック・イームク(ドラム)の4人である(バンドの公式サイトによる)。キアシュとオルブリッチは結成以来の2人で、キアシュは1995年の『Imaginations from the Other Side』までベースも弾いていた。イームクは13歳のとき、ラジオで『Somewhere Far Beyond』を紹介するバンドのインタビューを聴いて初めてBLIND GUARDIANを知り、のちにそのバグパイプに導かれて中世のバグパイプを学んだ。いまではいくつかの曲でバンドにバグパイプを持ち込んでいる。

これまでに在籍したメンバーには、最初のデモに参加したマーカス・ドルクと、結成期から2005年まで、一時の中断を挟んでドラムを叩いたトーメン・スタッシュがいる。ベースはメンバーではなくセッション・ミュージシャンが務めてきた。1997年からのオリヴァー・ホルツワース、2015年からのバレンド・クルボワ、2021年からのヨハン・ファン・ストラタムである。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム11作と、BLIND GUARDIAN TWILIGHT ORCHESTRA名義の管弦楽作品、1992年作の再録音盤を発売順に並べる。各作の個別ページに収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ビデオをまとめている。ほかに、ライヴ盤『Tokyo Tales』(1993年)、『Live』(2003年)、『Live Beyond the Spheres』(2017年)、カヴァーなどを収めた『The Forgotten Tales』(1996年)、録り直した曲を含むベスト盤『Memories of a Time to Come』(2012年)、ボックス・セット『A Traveler's Guide to Space and Time』(2013年)がある。

発売題名レーベル
1988年Battalions of FearNo Remorse Records
1989年Follow the BlindNo Remorse Records
1990年Tales from the Twilight WorldNo Remorse Records
1992年6月29日Somewhere Far BeyondVirgin
1995年4月Imaginations from the Other SideVirgin
1998年4月Nightfall in Middle-EarthVirgin
2002年A Night at the OperaVirgin
2006年9月1日A Twist in the MythNuclear Blast
2010年7月30日At the Edge of TimeNuclear Blast
2015年1月30日Beyond the Red MirrorNuclear Blast
2019年11月8日Legacy of the Dark Lands(BLIND GUARDIAN TWILIGHT ORCHESTRA名義)Nuclear Blast
2022年9月2日The God MachineNuclear Blast
2024年8月2日Somewhere Far Beyond Revisited(1992年作の再録音)Nuclear Blast

日本公演

日本では1990年に、3作目の『Tales from the Twilight World』と最初の2作の日本盤が同じ日に出てデビューした。初めての日本ツアーは1992年12月で、プロモーターはウドー音楽事務所。東京での2公演はライヴ・アルバム『Tokyo Tales』に収められた。その後1995年に2度目、1998年に3度目、2002年に4度目の来日公演を行い、2007年2月にはクリエイティブマンの招聘でANGRAとのカップリング・ツアーを、10月にはLOUD PARK 07への出演を果たした。2015年6月にはM&Iカンパニーの招聘で13年ぶりの単独来日公演を行い、2016年10月にはLOUD PARK 16に出演している。1992年の大阪、名古屋、神奈川の3公演と1995年の4公演は、日付と会場を確かな出典で確かめられなかったため、下の表には載せていない。

日付会場公演
1992年12月4日東京厚生年金会館(東京)—
1992年12月6日NHKホール(東京)—
1998年10月2日新宿LIQUIDROOM(東京)—
1998年10月3日新宿LIQUIDROOM(東京)—
1998年10月4日横浜Bay Hall(神奈川)—
1998年10月5日名古屋CLUB QUATTRO(愛知)—
1998年10月6日大阪IMPホール(大阪)—
2002年7月25日心斎橋CLUB QUATTRO(大阪)—
2002年7月26日名古屋CLUB QUATTRO(愛知)—
2002年7月27日渋谷CLUB QUATTRO(東京)—
2002年7月29日渋谷CLUB QUATTRO(東京)—
2007年2月2日渋谷C.C.Lemonホール(東京)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007
2007年2月4日なんばHatch(大阪)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007
2007年2月5日Zepp Fukuoka(福岡)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007
2007年2月6日Zepp Nagoya(愛知)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007
2007年2月8日広島CLUB QUATTRO(広島)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007
2007年2月10日Zepp Sapporo(北海道)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007
2007年2月12日東京厚生年金会館(東京)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007(追加公演)
2007年2月13日SHIBUYA-AX(東京)ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007
2007年10月20日さいたまスーパーアリーナ(埼玉)LOUD PARK 07
2015年6月23日心斎橋BIGCAT(大阪)BEYOND THE RED MIRROR Japan Tour 2015
2015年6月24日名古屋BOTTOM LINE(愛知)BEYOND THE RED MIRROR Japan Tour 2015
2015年6月25日渋谷TSUTAYA O-EAST(東京)BEYOND THE RED MIRROR Japan Tour 2015
2016年10月8日さいたまスーパーアリーナ(埼玉)LOUD PARK 16

出典について

このページは、バンド公式サイト blind-guardian.com(バンドとメンバーのページ、年代記、作品ページ、ディスコグラフィー、ニュース、ツアー予定、トップページに表示されるInstagramの投稿。2002年当時のページはInternet Archive保存版)、日本のレーベルであるビクターエンタテインメントのプロフィールと作品ページ、ワードレコーズの作品ページ、ウドー音楽事務所、クリエイティブマン、M&Iカンパニーの公演案内(いずれもInternet Archive保存版)、LOUD PARK 07とLOUD PARK 16の公式サイト、ビクター盤『Tokyo Tales』の帯とブックレット、オリコンとビルボードのチャート記録、Blabbermouth.net、Louder(Metal Hammer)、ドイツのMetal HammerとRock Hard、BARKS、激ロック、Songfacts、タワーレコードとCDJournalの商品ページ、MusicBrainzとWikidataに基づく。英語版と日本語版のWikipediaは手がかりとしてのみ使い、そこから得た事実は上記のいずれかで確かめた。日本盤の日付と品番は各作品のページに記した。

Trivia

初めての日本ツアーは1992年の冬で、12月4日の東京・厚生年金会館での公演が、ライヴ・アルバム『Tokyo Tales』として残された。バンド公式サイトによれば、この作品はツアーからわずか数か月後に発売されている。日本のレーベルであるビクターエンタテインメントの紹介にも、念願の初来日の東京公演を収めたこのライヴ・アルバムが好評を博したとある。

出典: BLIND GUARDIAN公式サイト「Tokyo Tales」

バンドは2026年6月のInstagramで、1992年の初めての日本ツアーの写真を公開した。そこには、ほうきをギターに見立てて弾きまくるアンドレ・オルブリッチが写っている。添えられた言葉は、笑いの絶えないツアーで、高価なギターがなくても、ほうきと自信があれば何とかなると分かった、というものだった。

出典: BLIND GUARDIAN公式Instagram(2026年6月28日の投稿)

2007年2月には、ブラジルのANGRAとのカップリング・ツアーで来日し、2月2日の東京・渋谷C.C.Lemonホールから札幌、福岡、広島などを回って、2月13日の東京・SHIBUYA-AXまで8公演を行った。2月12日の東京厚生年金会館は、好評を受けて加えられた追加公演である。出演順は夜ごとに入れ替わり、8公演のうち4公演ずつ、それぞれのバンドがトリを務めた。同じ年の秋には、LOUD PARK 07にも出演している。

出典: クリエイティブマン「ANGRA/Blind Guardian JAPAN TOUR 2007」公演案内(Internet Archive保存版、2007年2月20日)

BLIND GUARDIANは、もともとLUCIFER'S HERITAGEという名前で活動していた。バンド公式サイトの年代記によれば、悪魔を連想させるこの名前をやめるにあたって、彼らが手本にしたのはアメリカのFATES WARNINGで、そこから新しい名前を名乗るようになったという。

出典: BLIND GUARDIAN公式サイト「Band」(年代記「The Bards' Tales」)

ハンズィ・キアシュが学校で出会ったアンドレ・オルブリッチから誘われたのは、アンドレのバンドZERO FAULTのベースとヴォーカルだった。公式サイトのハンズィの紹介によれば、本人の狙いは早いうちにリズム・ギターの座に収まることだったが、その計画だけは実らなかったという。バンドはその後LUCIFER'S HERITAGEと名前を変えた。

出典: BLIND GUARDIAN公式サイト「Hansi Kürsch」

ライヴで観客が大合唱する「Valhalla」は、『Follow the Blind』(1989年)の録音が終わりに近づいてから書かれた曲である。バンド公式サイトの作品紹介によれば、アルバムの収録時間を満たすために入れられたもので、当時のメンバーは収録に乗り気ではなかったという。今ではライヴに欠かせない見せ場になっている。

出典: BLIND GUARDIAN公式サイト「Follow The Blind」

HELLOWEENやGAMMA RAYで知られるカイ・ハンセンは、『Follow the Blind』の「Valhalla」に参加し、その後の2作でも「Lost in the Twilight Hall」「The Last Candle」「The Quest for Tanelorn」で演奏している。『Live Beyond the Spheres』の日本盤を出したワードレコーズは、彼がリード・ギターを弾き歌まで聴かせたことで、BLIND GUARDIANの名前が日本のジャーマン・メタル・ファンに広く知られるようになったと紹介している。

出典: BLIND GUARDIAN公式サイト「Follow The Blind」

『Follow the Blind』の幕開けの「Inquisition」には、映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』で修道士たちが唱える聖歌が引用されている。バンド公式サイトの作品紹介によれば、表題曲はスティーヴン・キングとピーター・ストラウブの共作小説『タリスマン』が下敷きで、「Damned for All Time」と「Fast to Madness」は、マイケル・ムアコックの〈エターナル・チャンピオン〉シリーズの登場人物をもとにしている。

出典: BLIND GUARDIAN公式サイト「Follow The Blind」

トリビアをすべて見る

Current Members / 現メンバー

バンドの公式サイトで確認した現行ラインナップです。2026-10-02時点。

Hansi Kürsch
ヴォーカル
André Olbrich
リード・ギター
Marcus Siepen
リズム・ギター
Frederik Ehmke
ドラム

Albums

Somewhere Far Beyond Revisited CD
/

BLIND GUARDIANが1992年の4作目『Somewhere Far Beyond』を丸ごと録り直した特別作。2024年8月、ヴァッケン出演の当日に発売された。

The God Machine CD
/

BLIND GUARDIANの11作目。2022年9月発売。管弦楽作品を経て、純然たるバンド名義では約7年ぶりとなったスタジオ・アルバム。

Legacy of the Dark Lands CD
/

BLIND GUARDIAN TWILIGHT ORCHESTRA名義の管弦楽作品。2019年11月発売。エレクトリック・ギターを使わず、マーカス・ハイツの小説の続篇として作られた。

Beyond the Red Mirror CD
/

BLIND GUARDIANの10作目。2015年1月発売。3つの合唱団と2つの管弦楽団を起用した続篇コンセプト作。

At the Edge of Time CD
/

BLIND GUARDIANの9作目。2010年7月発売。プラハのオーケストラを起用し、ドイツのチャートで本国でのそれまでの最高位となる2位に入った。

A Twist in the Myth CD
/

BLIND GUARDIANの8作目。2006年9月発売。創設メンバーのトーメン・スタッシュが抜け、フレデリック・イームクがドラムを叩いた最初の作品。

A Night at the Opera CD

BLIND GUARDIANの7作目。2002年発売。QUEENの同名作にちなんだ題で、チャーリー・バウアーファインドが初めて制作を手掛けた作品。

Nightfall in Middle-Earth CD

BLIND GUARDIANの6作目。1998年にVirginから発売された。トールキンの『シルマリルの物語』を下敷きにした構成作である。

Imaginations from the Other Side CD

BLIND GUARDIANの5作目。1995年4月発売。フレミング・ラスムッセンが制作し、ハンズィ・キアシュがベースも弾いた最後のアルバムとなった。

Somewhere Far Beyond CD
/

BLIND GUARDIANの4作目。1992年6月発売。Virgin移籍第1弾で、時を旅する吟遊詩人たちを描いたジャケットが愛称「バーズ」の由来になった。

Tales from the Twilight World CD

BLIND GUARDIANの3作目。1990年発表。カイ・ハンセンを客演に迎え、合唱を重ねた分厚い声とドラマ性が初めて全面に出た作品である。

Follow the Blind CD

BLIND GUARDIANの2作目。1989年発表。HELLOWEENを脱退したばかりのカイ・ハンセンが客演し、日本のジャーマン・メタル・ファンに名が広まるきっかけになった。

Battalions of Fear CD

BLIND GUARDIANのデビュー作。1988年発表。前身LUCIFER'S HERITAGE時代のデモ曲を基に、カレ・トラップの制作で録音された荒削りなスピード・メタル。