BLIND GUARDIAN TRIVIA
Trivia
初めての日本ツアーは1992年の冬で、12月4日の東京・厚生年金会館での公演が、ライヴ・アルバム『Tokyo Tales』として残された。バンド公式サイトによれば、この作品はツアーからわずか数か月後に発売されている。日本のレーベルであるビクターエンタテインメントの紹介にも、念願の初来日の東京公演を収めたこのライヴ・アルバムが好評を博したとある。
バンドは2026年6月のInstagramで、1992年の初めての日本ツアーの写真を公開した。そこには、ほうきをギターに見立てて弾きまくるアンドレ・オルブリッチが写っている。添えられた言葉は、笑いの絶えないツアーで、高価なギターがなくても、ほうきと自信があれば何とかなると分かった、というものだった。
2007年2月には、ブラジルのANGRAとのカップリング・ツアーで来日し、2月2日の東京・渋谷C.C.Lemonホールから札幌、福岡、広島などを回って、2月13日の東京・SHIBUYA-AXまで8公演を行った。2月12日の東京厚生年金会館は、好評を受けて加えられた追加公演である。出演順は夜ごとに入れ替わり、8公演のうち4公演ずつ、それぞれのバンドがトリを務めた。同じ年の秋には、LOUD PARK 07にも出演している。
BLIND GUARDIANは、もともとLUCIFER'S HERITAGEという名前で活動していた。バンド公式サイトの年代記によれば、悪魔を連想させるこの名前をやめるにあたって、彼らが手本にしたのはアメリカのFATES WARNINGで、そこから新しい名前を名乗るようになったという。
ハンズィ・キアシュが学校で出会ったアンドレ・オルブリッチから誘われたのは、アンドレのバンドZERO FAULTのベースとヴォーカルだった。公式サイトのハンズィの紹介によれば、本人の狙いは早いうちにリズム・ギターの座に収まることだったが、その計画だけは実らなかったという。バンドはその後LUCIFER'S HERITAGEと名前を変えた。
ライヴで観客が大合唱する「Valhalla」は、『Follow the Blind』(1989年)の録音が終わりに近づいてから書かれた曲である。バンド公式サイトの作品紹介によれば、アルバムの収録時間を満たすために入れられたもので、当時のメンバーは収録に乗り気ではなかったという。今ではライヴに欠かせない見せ場になっている。
HELLOWEENやGAMMA RAYで知られるカイ・ハンセンは、『Follow the Blind』の「Valhalla」に参加し、その後の2作でも「Lost in the Twilight Hall」「The Last Candle」「The Quest for Tanelorn」で演奏している。『Live Beyond the Spheres』の日本盤を出したワードレコーズは、彼がリード・ギターを弾き歌まで聴かせたことで、BLIND GUARDIANの名前が日本のジャーマン・メタル・ファンに広く知られるようになったと紹介している。
『Follow the Blind』の幕開けの「Inquisition」には、映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』で修道士たちが唱える聖歌が引用されている。バンド公式サイトの作品紹介によれば、表題曲はスティーヴン・キングとピーター・ストラウブの共作小説『タリスマン』が下敷きで、「Damned for All Time」と「Fast to Madness」は、マイケル・ムアコックの〈エターナル・チャンピオン〉シリーズの登場人物をもとにしている。
1992年の『Somewhere Far Beyond』のジャケットには、時を旅する吟遊詩人たちが、ジャイロスコープのような時計を囲む姿が描かれている。バンド公式サイトによれば、BLIND GUARDIANが「The Bards(吟遊詩人たち)」と呼ばれるようになったのは、この絵がきっかけだという。
ドラムのフレデリック・イームクが初めてBLIND GUARDIANを聴いたのは13歳のとき、録音していたラジオ番組で、バンドが『Somewhere Far Beyond』を「Journey Through the Dark」と「The Bard's Song」で紹介した回だった。その後、自分の中世メタル・バンドのために中世のバグパイプを習っている。2005年の春、26歳の彼は、憧れのバンドにドラマーがいないと知ってアンドレの電話番号を探し当て、近くのスタジオで3曲を叩いた映像のDVDを作って応募した。今ではバンドの曲でバグパイプも吹いている。
トールキンの『シルマリルの物語』を下敷きにした1998年の『Nightfall in Middle-Earth』は、トールキン作品の愛好家からも高く評価された。バンド公式サイトによれば、ハンズィは1999年のインタビューで、ピーター・ジャクソンの映画の音楽にBLIND GUARDIANが関わる可能性が真剣に検討されたことをほのめかしていた。この話は実現しなかった。
1995年に作られた「Bright Eyes」のビデオで、メンバーはホラー映画のピエロ、ペニーワイズや、髪をピンクに染めたパンクに扮している。バンドは2026年7月のInstagramでこの年を振り返り、同じ年の「Mr. Sandman」のビデオでは1940年代の女性に扮したこと、バンコクを回ったツアーがあったことも挙げている。
2008年、バンドはアクションRPG『Sacred 2: Fallen Angel』にテーマ曲「Sacred」を提供した。ゲームの中にはバンドが演奏する場面があり、その映像は、2010年の『At the Edge of Time』の冒頭曲「Sacred Worlds」の公式ビデオとして、バンドとレーベルのYouTubeチャンネルで公開されている。
2019年の『Legacy of the Dark Lands』は、BLIND GUARDIAN TWILIGHT ORCHESTRA名義のオーケストラ作品で、ハンズィとアンドレが20年以上かけて温めてきた構想だった。録音はプラハのルドルフィヌムで、プラハ・フィルムハーモニック・オーケストラと行われ、エレクトリック・ギターは使われていない。物語はドイツの作家マーカス・ハイツの小説『Die dunklen Lande』の直接の続編になっている。公式サイトの紹介によれば、ハンズィはこれを自分のキャリアで最も重要なアルバムだと考えている。
『The God Machine』のジャケットに描かれているのは堕天使ガドリエルである。手掛けたのは、トレーディング・カード・ゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」のイラストでも知られるアメリカのイラストレーター、ピーター・モーアバッカーだ。日本盤を出したビクターエンタテインメントの紹介によれば、このアルバムの歌詞は現代の魔女狩りや被害妄想、戦争、そしてハンズィの母親の死を扱っている。
2024年のWacken Open Airで「The Bard's Song」を演奏した場面は、およそ8万人の観客がひとつの大きな合唱団のように声を合わせた瞬間として、バンド自身が2026年7月のInstagramで振り返っている。
1992年の『Somewhere Far Beyond』は、オリコンのアルバム・チャートで最高15位だった。メタル・ハマー誌によれば、この作品は13万枚以上を売り、日本とギリシャでは洋楽アルバムのチャートで1位になった。ハンズィも、このアルバムで日本とギリシャで1位になったと振り返っている。バンド公式サイトは「日本のチャートで1位」と書いているが、オリコンの総合チャートの順位とは別の話である。
2006年の『A Twist in the Myth』には、「Fly」と、その暗いヴァージョンにあたる「Dead Sound of Misery」の両方が収められている。BARKSのインタビューでハンズィは、曲の断片を別々に録って後から組み立てるやり方で作っているうちに、どちらかひとつを選ぶつもりだったが、後からできた「Dead Sound of Misery」の出来が思いのほかよかったので両方入れることにした、と説明している。
2022年の『The God Machine』の曲は、アーサー・ミラーの戯曲『るつぼ』から、パトリック・ロスファスの『キングキラー・クロニクル』、ニール・ゲイマンの『アメリカン・ゴッズ』まで、さまざまな作品に着想を得ている。メタル・ハマー誌によれば、「Let It Be No More」はアンドレ・オルブリッチが書いた曲で、トム・ペロッタの小説『The Leftovers』から物語を借りている。
2024年の『Somewhere Far Beyond Revisited』は、1992年の同名アルバムを丸ごと録り直した作品で、2022年から2023年にかけて録音された。ハンズィのライナーノーツによれば、発売30周年の公演に向けてリハーサルをしていたところへコロナ禍が来て、公演が開けるかどうか分からなくなったことが、録り直しに向かうきっかけだった。発売日の2024年8月2日は、バンドがWacken Open Airに出演した当日だった。