TOTO

TOTO(トト)は、1977年にアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス (Los Angeles, California)で結成されたロックバンドであり、ポピュラー音楽史上、最も技術的に洗練され、かつ商業的に成功したグループの一つとして位置づけられる。

Biography

TOTOの軌跡、音楽的功績、ディスコグラフィ

1. スタジオの職人からアリーナの伝説へ

TOTO(トト)は、1977年にアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス (Los Angeles, California)で結成されたロックバンドであり、ポピュラー音楽史上、最も技術的に洗練され、かつ商業的に成功したグループの一つとして位置づけられる。TOTOの音楽は、ロック、ポップス、ソウル、ファンク、プログレッシブ・ロック、ハード・ロック、R&B、ブルース、ジャズといった多岐にわたるジャンルの要素を、極めて高度な演奏技術とスタジオ・プロダクションによって融合させたものである。

バンドの核となったのは、1970年代の音楽シーンを裏方として支えてきた超一流のスタジオ・ミュージシャン (Session Musicians) たちであった。彼らはボズ・スキャッグス (Boz Scaggs) やスティーリー・ダン (Steely Dan) といったアーティストの名盤に参加し、そのサウンドを決定づけてきた実績を持つ。批評家からは「企業ロック (Corporate Rock)」と揶揄されることもあったが、その卓越した演奏能力と楽曲の完成度は、世界中のミュージシャンやリスナーから「ミュージシャンズ・ミュージシャン (Musician's Musicians)」として絶大な尊敬を集めてきた。

特に日本(Japan) において、TOTOはデビュー当時から熱狂的な支持を受けており、TOTOのアルバムには独自の邦題 (Japanese Titles) が付けられ、その人気は本国アメリカをも凌ぐ場合があった。

2. 第1章:結成前夜と黎明期(1970年-1977年)

2.1 ロサンゼルス・セッション・シーンの若き巨匠たち

TOTOの物語は、バンド結成の数年前、ロサンゼルスのスタジオ・シーンから始まる。中心人物であるデヴィッド・ペイチ (David Paich) とジェフ・ポーカロ (Jeff Porcaro)は、ヴァン・ナイズ (Van Nuys) にあるグラント・ハイスクール (Grant High School) の同級生であり、十代の頃から既にプロフェッショナルなセッション・ミュージシャンとして活動していた。

デヴィッド・ペイチは、著名なジャズ・ミュージシャンでありアレンジャーのマーティー・ペイチ (Marty Paich) を父に持ち、幼少期から高度な音楽教育を受けていた。一方、ジェフ・ポーカロもまた、著名なジャズ・パーカッショニストであるジョー・ポーカロ (Joe Porcaro)の息子であり、卓越したリズム感とグルーヴ (Groove) を継承していた。この「音楽家の二世」という背景は、後のTOTOが持つ、ロック・バンドでありながらジャズやフュージョンの和声やリズムを自然に取り入れる音楽的土壌を形成した。

2.2 『シルク・ディグリーズ』セッションとバンドの構想

1976年、デヴィッド・ペイチとジェフ・ポーカロは、ボズ・スキャッグス (Boz Scaggs)のアルバム『シルク・ディグリーズ (Silk Degrees)』 のレコーディングに参加した。このセッションには、後にTOTOのベーシストとなるデヴィッド・ハンゲイト (David Hungate) も参加していた。ペイチはこのアルバムで「ロウダウン (Lowdown)」 や 「リド・シャッフル(Lido Shuffle)」 といった大ヒット曲を共作し、アルバムはマルチ・プラチナムを記録する大成功を収めた。

この成功体験により、ペイチとポーカロは「自分たちのバンドで自分たちの音楽を演奏したい」という強い欲求を抱くようになった。彼らは、グラント・ハイスクールの後輩であり、既にボズ・スキャッグスのツアー・バンドに参加していたギタリストのスティーヴ・ルカサー (Steve Lukather)と、ジェフの実弟であるキーボーディストのスティーヴ・ポーカロ(Steve Porcaro) を勧誘した。

さらに、バンドのサウンドに「ロックの魂」 と 「R&Bのソウル」を注入できるヴォーカリストとして、ルイジアナ州 (Louisiana) 出身のボビー・キンボール (Bobby Kimball) が抜擢された。キンボールの加入により、TOTOのラインナップは完成した。

オリジナル・ラインナップ (1977年):

  • デヴィッド・ペイチ (David Paich) : キーボード、ボーカル
  • ジェフ・ポーカロ (Jeff Porcaro): ドラムス
  • スティーヴ・ルカサー (Steve Lukather) : ギター、ボーカル
  • スティーヴ・ポーカロ (Steve Porcaro): キーボード
  • デヴィッド・ハンゲイト (David Hungate): ベース
  • ボビー・キンボール (Bobby Kimball): ボーカル

2.3 バンド名 「TOTO」の由来

バンド名の由来については長年様々な説が語られてきたが、最も信頼できる説はジェフ・ポーカロによるものである。彼らがデモ・テープをスタジオで管理する際、他のバンドのテープと混同しないよう、ジェフが映画 『オズの魔法使 (The Wizard of Oz)』に登場する犬の名前「Toto」をテープのラベルに書き込んだことが発端である。

その後、デヴィッド・ペイチがラテン語の 「in toto (全体として、網羅的に)」という言葉の意味を知り、多様なジャンルを包括するバンドの音楽性に合致すると考え、正式なバンド名として採用された。日本の一部のファンやメディアでは、日本の衛生陶器メーカー「TOTO」との関連が冗談めかして語られることもあるが、直接の関係はない。

3. 第2章:栄光と葛藤の初期(1978年-1981年)

3.1 衝撃のデビュー作『宇宙の騎士』 (1978年)

1978年10月、バンドはコロンビア・レコード (Columbia Records) からデビュー・アルバム『TOTO(邦題: 宇宙の騎士)』をリリースした。アルバムのジャケットには、フィリップ・ギリス (Philip Garris) による象徴的な剣のイラストが描かれ、これがバンドのトレードマークとなった。

リード・シングル「ホールド・ザ・ライン (Hold the Line)」は、三連符を基調としたピアノのリフと、ハードなギター、そしてボビー・キンボールの突き抜けるようなハイトーン・ボーカルが融合した楽曲で、全米ビルボード・ホット100 (Billboard Hot 100) で5位を記録する大ヒットとなった。この曲のリズム・パターンは、スライ&ザ・ファミリー・ストーン(Sly & the Family Stone) の 「Hot Fun in the Summertime」 にインスパイアされたとジェフ・ポーカロは語っている。

アルバムはプラチナ・ディスクを獲得し、グラミー賞 (Grammy Awards) の最優秀新人賞(Best New Artist) にノミネートされた。日本でもオリコン洋楽チャートで上位にランクインし、洗練された「ウェスト・コースト・ロック (West Coast Rock)」の象徴として受け入れられた。

3.2 プログレッシブへの傾倒: 『ハイドラ』 (1979年)

デビュー作の成功によりポップ・ロック・バンドとしての地位を確立したかに見えたが、バンドは安易なヒット路線の踏襲を拒否した。1979年にリリースされたセカンド・アルバム『ハイドラ (Hydra)』は、より実験的でプログレッシブ・ロック (Progressive Rock) 色の強い作品となった。

タイトルトラックの「ハイドラ」は7分を超える大作であり、変拍子や複雑な構成が多用された。シングルカットされた「99」は、ジョージ・ルーカス (George Lucas) の映画『THX 1138』にインスパイアされた楽曲で、ピアノとシンセサイザーが織りなす幻想的なバラードである。このアルバムは商業的には前作ほどの爆発力はなかったものの、ミュージシャンとしての幅広さを証明し、特に日本では熱狂的に支持された。

3.3 商業的停滞と危機: 『ターン・バック』 (1981年)

1981年、バンドはよりハードなロック・サウンドを追求したサード・アルバム『ターン・バック (Turn Back)』を発表した。ジェフ・ポーカロのドラムとスティーヴ・ルカサーのギターを前面に押し出したこの作品は、アリーナ・ロック (Arena Rock) への接近を試みたものであった。

しかし、アメリカ本国でのセールスは振るわず、シングル「グッドバイ・エリノア (Goodbye Elenore)」 もチャートでの成功を逃した。コロンビア・レコードはバンドに対し、「次のアルバムがヒットしなければ契約を打ち切る」という最後通告を突きつけたと言われている。一方で、日本では「ライブ・イン・ジャパン」などでの来日公演が成功を収め、依然として高い人気を誇っていた。

4. 第3章:頂点への到達『聖なる剣』(1982年-1983年)

4.1 起死回生の傑作 『TOTO IV』

背水の陣で制作された1982年のアルバム『TOTO IV (邦題: 聖なる剣)』は、バンドのキャリアにおける最高傑作となり、音楽史に残る金字塔となった。このアルバムは、AOR (Adult Oriented Rock) の完成形とも評され、完璧なプロダクション、楽曲の多様性、演奏の緻密さが極限まで高められている。

主要楽曲の分析:

  • 「ロザーナ (Rosanna)」: ビルボード2位を記録。ジェフ・ポーカロによるドラム・ビート「ロザーナ・シャッフル (Rosanna Shuffle)」は、レッド・ツェッペリン (Led Zeppelin) のジョン・ボーナム (John Bonham) による 「Fool in the Rain」と、バーナード・パーディ (Bernard Purdie) の 「Purdie Shuffle」を融合させたものであり、ドラム教則の必須科目となっている。ミュージック・ビデオには、女優のシンシア・ローズ (Cynthia Rhodes)と、まだ無名だったパトリック・スウェイジ (Patrick Swayze) が出演している。
  • 「アフリカ (Africa)」: ビルボード1位を獲得したバンド唯一のNo.1ヒット。デヴィッド・ペイチがCS-80シンセサイザーで作り出したブラス・サウンドと、ジェフ・ポーカロとレニー・カストロ (Lenny Castro) による複雑なパーカッション・ループが特徴。歌詞はペイチが幼少期に宣教師から聞いたアフリカの話や雑誌記事からインスピレーションを得ている。
  • 「ホールド・ユー・バック (I Won't Hold You Back)」: スティーヴ・ルカサーがボーカルをとるバラードで、後にロジャー・サンチェス (Roger Sanchez) のヒット曲「Another Chance」 にサンプリングされた。

4.2 グラミー賞制覇とデヴィッド・ハンゲイトの脱退

1983年の第25回グラミー賞において、『TOTO IV』は「年間最優秀アルバム賞 (Album of the Year)」を含む主要部門を総なめにし、計6部門 (バンド全体とメンバー個人含む)を受賞した。

しかし、この栄光の影でバンドのラインナップに変動が生じた。ベーシストのデヴィッド・ハンゲイトが、ナッシュビル (Nashville) でのセッション活動と家族との生活を優先するため、アルバム発売直後に脱退したのである。彼の後任として、ジェフとスティーヴの兄弟であるマイク・ポーカロ (Mike Porcaro) が加入し、ポーカロ三兄弟がバンドの中核を担う体制が確立された。

5. 第4章:ボーカリストの迷走とスタイルの変化 (1984年-1990年)

『TOTO IV』の成功後、バンドは「声」の問題に直面することになる。初代ボーカリストのボビー・キンボールが、薬物問題や法的トラブル、音楽性の違いなど複合的な理由によりバンドを解雇されたのである。ここから、TOTOは「リード・シンガーが定着しない」というジレンマを抱えながら活動を続けることとなる。

5.1 『アイソレーション』とファーギー・フレデリクセン (1984年)

1984年のアルバム『アイソレーション (Isolation)』では、トリリオン (Trillion) やル・ル(Le Roux)で活動していたファーギー・フレデリクセン (Fergie Frederiksen) がボーカルとして迎えられた。彼の声質はよりロック寄りであり、アルバム全体のサウンドもハードでエッジの効いたものとなった。

シングル「ストレンジャー・イン・タウン (Stranger in Town)」はヒットしたが、アルバム全体のセールスは前作には及ばなかった。ファーギーはスタジオでの制作過程におけるバンドとの相性の問題から、この1枚のみで脱退することとなった。なお、この時期に映画『デューン/砂の惑星 (Dune)』のサウンドトラックも制作している。

5.2 『ファーレンハイト』とジョセフ・ウィリアムズ (1986年)

1986年のアルバム『ファーレンハイト (Fahrenheit)』では、映画音楽の巨匠ジョン・ウィリアムズ (John Williams) の息子であるジョセフ・ウィリアムズ (Joseph Williams) が3代目ボーカリストとして加入した。ジョセフの歌声は伸びやかでポップな魅力に溢れており、バンドのAOR路線への回帰を決定づけた。

このアルバムには、ジャズの帝王マイルス・デイヴィス (Miles Davis) がゲスト参加した「Don't Stop Me Now」 が収録されており、バンドの音楽的ステータスの高さを示している。バラード「アイル・ビー・オーヴァー・ユー (I'll Be Over You)」はスティーヴ・ルカサーがボーカルを担当し、大ヒットとなった。

5.3 『ザ・セブンス・ワン~第7の剣~』 (1988年)

1988年リリースの『ザ・セブンス・ワン (The Seventh One)』は、『TOTO IV』に次ぐ完成度を誇るとファンの間で評価が高い作品である。シングル 「パメラ (Pamela)」 や 「ストップ・ラヴィング・ユー (Stop Loving You)」がヒットし、欧州や日本での人気は不動のものとなった。

このアルバムの日本盤には、タイトルトラックであるインストゥルメンタル曲 「The Seventh One (第7の剣)」がボーナス・トラックとして収録されており、コレクターズ・アイテムとして知られている。しかし、ツアー終了後、ジョセフ・ウィリアムズもまた、過酷なツアーによる喉の不調と薬物問題を理由にバンドを離れることとなった。

5.4 ジャン・ミシェル・バイロンの悲劇 (1990年)

1990年、レコード会社の強い意向により、南アフリカ出身のジャン・ミシェル・バイロン(Jean-Michel Byron) が新ボーカリストとして加入し、ベスト・アルバム『パスト・トゥ・プレゼント 1977-1990 (Past to Present)』向けの新曲4曲を録音した。

しかし、バイロンのファンキーで派手なパフォーマンス・スタイルは、TOTOの硬派なロック・サウンドや既存 of ファン層と致命的に合わなかった。その後のツアーでの不評を受け、彼は短期間で解雇された。これ以降、スティーヴ・ルカサーがメイン・ボーカルを兼任する形でバンドは継続していくことになる。

6. 第5章:悲劇と再生 (1992年-1998年)

6.1 ジェフ・ポーカロの急逝(1992年8月5日)

1992年、バンドは原点回帰を目指し、よりハードでライブ感のあるアルバム 『キングダム・オブ・デザイア (Kingdom of Desire / 邦題: 欲望の王国)』を制作していた。しかし、アルバム完成直後の8月5日、バンドの心臓部であり魂であったドラマー、ジェフ・ポーカロが38歳の若さで急逝するという最大の悲劇が襲った。

死因の詳細: 当初の報道では、自宅の庭で殺虫剤を散布中にアレルギー反応を起こしたとされていたが、ロサンゼルス郡検死局(LA County Coroner) の最終報告では、コカイン使用の影響による動脈硬化を背景とした心臓発作 (heart attack due to occlusive coronary artery disease)と断定された。

ジェフの死はバンド存続の危機をもたらしたが、メンバーは「ジェフなら演奏を続けることを望むだろう」という想いと、予定されていたツアーを敢行することでジェフの家族を経済的に支える必要性から、活動継続を決断した。

6.2 サイモン・フィリップスの加入と『タンブ』

ジェフの後任という不可能な役割を担ったのは、イギリス出身のサイモン・フィリップス(Simon Phillips)であった。ザ・フー (The Who) やジェフ・ベック (Jeff Beck) との活動で知られる彼は、ジェフとは異なるツー・バス (Double Bass Drums) を駆使したテクニカルなスタイルを持ち込んでバンドに新たな息吹を与えた。

1995年のアルバム 『タンブ (Tambu)』は、ジェフの死という喪失感と向き合った内省的かつスピリチュアルな作品となった。日本盤ではボーナス・トラックとして「ブラックアイ(Blackeye)」が収録されている。

6.3 レアリティーズと 『TOTO XX』(1998年)

1998年には、未発表曲集『TOTO XX (トート・トゥエンティ)』 がリリースされた。これは結成20周年を記念したもので、歴代のボーカリスト(ボビー、ファーギー、ジョセフ)が歌ったアウトテイクやデモ音源が含まれており、バンドの歴史を俯瞰する重要な資料的価値を持つ作品となった。

7. 第6章:再結集、そして活動休止へ (1999年-2008年)

7.1 ボビー・キンボールの復帰: 『マインドフィールズ』 (1999年)

『TOTO XX』のプロモーション活動を通じて、かつてのボーカリストであるボビー・キンボールとの関係が修復され、1999年のアルバム『マインドフィールズ (Mindfields)』で彼は15年ぶりに正式メンバーとして復帰した。これにより、バンドは「往年のTOTOサウンド」を取り戻し、大規模なワールド・ツアーを行った。

7.2 グレッグ・フィリンゲインズの加入と『フォーリング・イン・ビトゥイーン』 (2006年)

2000年代に入り、デヴィッド・ペイチが家族との時間を優先するためにツアーへの参加を控えるようになった。彼の代役として、スティーヴィー・ワンダー (Stevie Wonder) やエリック・クラプトン (Eric Clapton) のバンドで活躍したキーボーディスト、グレッグ・フィリンゲインズ (Greg Phillinganes)が加入した。

2006年にリリースされた『フォーリング・イン・ビトゥイーン (Falling in Between)』は、プログレッシブ・ロック、ハード・ロック、ジャズ・フュージョンが高度に融合した意欲作であり、バンド後期の傑作として評価されている。

7.3 マイク・ポーカロの闘病と活動休止 (2008年)

2007年、ベーシストのマイク・ポーカロが、筋萎縮性側索硬化症(ALS / Lou Gehrig's disease) の診断を受け、ツアーからの引退を余儀なくされた(彼は2015年3月15日に59歳で死去した)。精神的支柱であったマイクの離脱と、長年の活動による疲弊から、スティーヴ・ルカサーは「これ以上TOTOとして活動することはできない」と判断し、2008年にバンドは事実上の解散 (活動休止)を宣言した。

8. 第7章:復活、そして永遠の旅へ (2010年-現在)

8.1 マイクのための再結成と 『TOTO XIV』 (2014年-2015年)

2010年、闘病中のマイク・ポーカロを支援するためのベネフィット・ツアーを行うために、バンドは再結成された。この時のラインナップには、ジョセフ・ウィリアムズがボーカルとして復帰し、キーボードのスティーヴ・ポーカロも戻ってきた。

2014年、長年ドラムを務めたサイモン・フィリップスが自身のジャズ・プロジェクトに専念するために脱退。後任としてスティーリー・ダン (Steely Dan) のドラマー、キース・カーロック (Keith Carlock) が加入し、アルバム 『TOTO XIV (邦題: 聖剣の絆)』を録音した。ツアーにはナッシュビルのトップ・セッション・ドラマーであるシャノン・フォレスト(Shannon Forrest) が参加した。また、オリジナル・ベーシストのデヴィッド・ハンゲイトも一時的に復帰し、ファンを喜ばせた。

8.2 デビュー40周年と 『Old Is New』(2018年)

2018年、デビュー40周年を記念したベスト・アルバム 『40 Trips Around the Sun』と共に大規模なツアーが行われた。同時に、過去の未完成音源を現在のメンバーで完成させたアルバム『Old Is New (オールド・イズ・ニュー)』がボックスセット 『All In』の一部として(後に単独でも)リリースされた。このアルバムには、ジェフ・ポーカロとマイク・ポーカロのリズム・セクションが残されたトラックに、ルカサーやウィリアムズが新たなメロディを乗せた「Spanish Sea」 などが収録されており、「時空を超えた共演」が実現した。

8.3 法的紛争と新体制 「Dogz of Oz」 (2020年-)

2019年のツアー終了後、バンドの商標権や収益分配を巡り、ジェフ・ポーカロの未亡人(スーザン・ポーカロ) とスティーヴ・ルカサー/デヴィッド・ペイチの間で訴訟が発生した。これにより、バンドは一度「終了」を宣言したが、ルカサーとウィリアムズは 「Dogz of Oz」というツアー名義の下、TOTOの楽曲を演奏し続けることを決意した。

2025年-2026年の展望: 現在のTOTOは、オリジナル・メンバーであるスティーヴ・ルカサーと、長年のメンバーであるジョセフ・ウィリアムズを中心とし、世界最高峰のセッション・ミュージシャンを従えた「音楽集団」として機能している。デヴィッド・ペイチは音楽監督(Musical Director) として関与し、稀にステージに登場する。

  • 2026年ツアー: 北米にてクリストファー・クロス (Christopher Cross)、ザ・ロマンティックス (The Romantics) とのジョイント・ツアーが発表されている。
  • メンバーの去就: 2024年に復帰したグレッグ・フィリンゲインズは、2026年1月2日をもって家族との時間を優先するため離脱することが発表されている。

9. メンバー詳細プロフィール (Biography of Members)

9.1 オリジナル・メンバー (The Original Members)

名前(英語/カタカナ) 担当楽器 在籍期間 備考
Steve Lukather
(スティーヴ・ルカサー)
Guitar, Vocals 1977-Present バンドのリーダーであり、唯一の皆勤メンバー。愛称は「ルーク (Luke)」。マイケル・ジャクソンの「Beat It」のリフを弾いたことでも有名。
David Paich
(デヴィッド・ペイチ)
Keyboards, Vocals 1977-Present バンドのメイン・ソングライター。「Africa」「Rosanna」の作者。現在は健康上の理由でツアーには不定期参加。
Jeff Porcaro
(ジェフ・ポーカロ)
Drums 1977-1992 バンドの精神的支柱。「ロザーナ・シャッフル」に代表されるグルーヴ・マスター。1992年死去。
Steve Porcaro
(スティーヴ・ポーカロ)
Keyboards, Synths 1977-1987,
2010-2019
シンセサイザー・プログラミングの天才。マイケル・ジャクソンの「Human Nature」の作曲者。
David Hungate
(デヴィッド・ハンゲイト)
Bass 1977-1982,
2014-2015
正確無比なベースプレイで初期TOTOのボトムを支えた。後にナッシュビルのプロデューサーとして成功。
Bobby Kimball
(ボビー・キンボール)
Vocals 1977-1984,
1998-2008
初代ボーカリスト。そのハイトーン・ボイスは「Hold the Line」の象徴。

9.2 主要歴代メンバー (Key Past Members)

名前(英語/カタカナ) 担当楽器 在籍期間 備考
Mike Porcaro
(マイク・ポーカロ)
Bass 1982-2007 ジェフ、スティーヴの兄/弟。指弾きの堅実なプレイでバンドの黄金期を支えた。ALSにより2015年死去。
Joseph Williams
(ジョセフ・ウィリアムズ)
Vocals 1986-1988,
2010-Present
第3代ボーカリスト。現在はルカサーと共にバンドの顔として活動。
Simon Phillips
(サイモン・フィリップス)
Drums 1992-2014 ジェフの後任として21年間在籍。テクニカルなドラミングでバンドの進化に貢献。
Fergie Frederiksen
(ファーギー・フレデリクセン)
Vocals 1984-1985 『アイソレーション』 期のボーカル。2014年、肝臓がんにより死去。
Greg Phillinganes
(グレッグ・フィリンゲインズ)
Keyboards 2005-2008,
2024-2026
ペイチの代役から正式メンバーへ。スティーヴィー・ワンダーのバンド・マスターも務めた実力者。

9.3 重要なツアー/セッション・メンバー (Notable Touring Members)

  • Shannon Forrest (シャノン・フォレスト) - Drums: ナッシュビルのトップ・セッション・ドラマー。2014-2019年、2024年から現在まで参加。ジェフ・ポーカロのスタイルを最も忠実に再現すると評価される。
  • Lenny Castro (レニー・カストロ) - Percussion: デビュー作からほぼ全ての作品に関わる「7人目のTOTO」。『Africa』 のパーカッションは彼によるもの。
  • Warren Ham (ウォーレン・ハム) - Saxophone, Vocals, Multi-instrumentalist: 1980年代から断続的に参加。リンゴ・スター (Ringo Starr) のバンドでも活躍。
  • John Pierce (ジョン・ピアス) - Bass: 2020年から参加。ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース (Huey Lewis and the News) のベーシストとして知られる。
  • Keith Carlock (キース・カーロック) - Drums: アルバム 『TOTO XIV』のレコーディングに参加。スティーリー・ダンのドラマーとしても著名。

10. ディスコグラフィ (Discography)

ここではスタジオ・アルバムを中心に、日本盤の特記事項(帯の表記、邦題など)を含めて記述する。TOTOの日本盤は、高品質なBlu-spec CDや紙ジャケット (Cardboard Sleeve / Mini-LP) 仕様で再発されることが多く、世界中のコレクターから注目されている。

10.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)

以下の表は、リリース年、英語原題、日本盤タイトル (邦題)、及び主要なメモを示している。

原題(Original Title) 邦題 (Japanese Title) / カタカナ表記 備考・日本盤の特徴
1978 Toto 宇宙の騎士
(Uchū no Kishi)
デビュー作。邦題はジャケットの剣とリングのイメージから。「愛する君に (I'll Supply the Love)」 等の邦題も有名
1979 Hydra ハイドラ
(Haidora)
ジャケットデザインがそのまま邦題に。日本での人気を決定づけた作品。
1981 Turn Back ターン・バック
(Tān Bakku)
ジャケットデザインはジェフ・ポーカロによるもの。日本独自企画で再発されることが多い。
1982 Toto IV 聖なる剣
(Seinaru Ken)
グラミー賞受賞作。日本盤の帯 (Obi) はコレクターズアイテム。「ロザーナ」「アフリカ」収録。
1984 Isolation アイソレーション
(Aisorēshon)
邦題はカタカナ表記。オリンピックのテーマ曲として使用された 「Moodendo (ムードイド)」が日本で話題に。
1986 Fahrenheit ファーレンハイト
(Fārenhaito)
ジョセフ・ウィリアムズ加入作。バラード「リア (Lea)」等が日本で人気。
1988 The Seventh One ザ・セブンス・ワン~第7の剣~
(Dai Nana no Ken)
日本盤のみ、タイトルトラック 「The Seventh One」が収録されている。この曲はシングルのB面曲だった。
1992 Kingdom of Desire キングダム・オブ・デザイア〜欲望の王国~
(Yokubō no Ōkoku)
ジェフ・ポーカロの遺作。ジャケットはジェフが描いたもの。よりハードなサウンド。
1995 Tambu タンブ
(Tanbu)
サイモン・フィリップス参加第一弾。日本盤ボーナストラック 「Blackeye (ブラックアイ)」収録。
1999 Mindfields マインドフィールズ
(Maindofīruzu)
ボビー・キンボール復帰作。日本盤ボーナストラック 「Spanish Steps」収録。
2002 Through the Looking Glass スルー・ザ・ルッキング・グラス
(Surū Za Rukkingu Gurasu)
カバー・アルバム。ボブ・マーリーやビートルズをカバー。
2006 Falling in Between フォーリング・イン・ビトゥイーン
(Fōringu In Bituīn)
日本盤は先行発売された。グレッグ・フィリンゲインズが全面参加。
2015 Toto XIV TOTO XIV~聖剣の絆~
(Seiken no Kizuna)
久しぶりの邦題(漢字表記) 復活。日本盤は高品質Blu-spec CD2仕様で発売された。
2018 Old Is New オールド・イズ・ニュー
(Ōrudo Izu Nyū)
過去の未完成トラックを仕上げた作品。ボックスセット 『All In』に収録後、単独リリース。

10.2 主要ライブ・アルバム (Key Live Albums)

  • Absolutely Live (アブソルートリー・ライヴ) (1993): 『Kingdom of Desire』ツアーの記録。ジェフ亡き後の新生TOTOの決意表明。
  • Livefields (ライヴフィールズ) (1999): ボビー・キンボール復帰後のツアーを収録。フランスでの録音。
  • 25th Anniversary: Live in Amsterdam (ライヴ・イン・アムステルダム) (2003): アムステルダムでの25周年記念公演。映像作品としても評価が高い。
  • Falling in Between Live (フォーリング・イン・ビトゥイーン・ライヴ) (2007): パリ公演を収録。グレッグ・フィリンゲインズの超絶技巧が光る。
  • 35th Anniversary Tour: Live in Poland (ライヴ・イン・ポーランド) (2014): デヴィッド・ペイチが復帰し、オーケストラとも共演した壮大なライブ。
  • 40 Trips Around the Sun (40 トリップス・アラウンド・ザ・サン) (2019): 40周年記念ツアー。

10.3 主要コンピレーション・アルバム (Compilations)

  • Past to Present 1977-1990 (パスト・トゥ・プレゼント) (1990): ジャン・ミシェル・バイロン参加の新曲4曲を含むベスト盤。世界的なヒットとなった。
  • Toto XX (トート・トゥエンティ) (1998): 未発表曲集。「Goin' Home」 や 「Tale of a Man」など、ファン垂涎のレアトラックを収録。

11. 音楽的分析とセッション・ワークの影響

11.1 マイケル・ジャクソン『スリラー』への貢献

TOTOのメンバーが音楽業界に与えた影響を語る上で、マイケル・ジャクソン (Michael Jackson)の歴史的アルバム『スリラー (Thriller)』 への貢献は外せない。

  • 「ヒューマン・ネイチャー (Human Nature)」: この曲はスティーヴ・ポーカロが作曲し、自身の娘との会話からインスピレーションを得たものである。シンセサイザーのプログラミングも彼の手による。
  • 「ビート・イット (Beat It)」: エディ・ヴァン・ヘイレン (Eddie Van Halen)のギター・ソロ以外のすべてのギターとベース・ギターはスティーヴ・ルカサーが演奏している。また、リフのアレンジにもルカサーが大きく貢献した。ジェフ・ポーカロがドラムを叩いている。
  • 「ガール・イズ・マイン (The Girl Is Mine)」: ジェフ・ポーカロ、デヴィッド・ペイチ、スティーヴ・ルカサー、スティーヴ・ポーカロの4人全員が参加しており、実質的に「TOTO feat. マイケル・ジャクソン&ポール・マッカートニー」の状態である。

11.2 「TOTOサウンド」の正体

TOTOのサウンドの特徴は、ロックのダイナミズムとジャズの和声 (ハーモニー) の融合にある。デヴィッド・ペイチのピアノはしばしばジャズのボイシング (和音の積み方)を用い、それがポップなメロディを支えることで、洗練された都会的な響きを生み出している。また、ジェフ・ポーカロのドラムは、単にリズムを刻むだけでなく、ゴースト・ノート(小さな音でグルーヴを作る技術)を多用し、楽曲に「歌うような」 躍動感を与えていた。

12. 時代を超越した職人集団

TOTOは、1970年代後半から1980年代にかけての「スタジオ・ミュージシャン黄金時代」の象徴であり、その音楽は今なおラジオやストリーミング・サービスを通じて世界中で愛され続けている。特に「Africa」は、インターネット・ミームやWeezerによるカバーを通じて、2010年代以降に若者世代の間でリバイバル・ヒットとなり、TOTOの音楽が世代を超えた普遍性を持つことを証明した。

スティーヴ・ルカサーとジョセフ・ウィリアムズは「Dogz of Oz」として、亡くなった兄弟たち (ジェフ、マイク)や共に歩んだ仲間たちの遺産を守り、その音楽を未来へと奏で続けている。TOTOは演奏技術の極致を追求し続ける、真の「音楽の職人 (Artisans of Music)」である。

Trivia

TOTOが初めて日本の舞台に立ったのは1980年3月、『ハイドラ』を携えたツアーの一環としてだった。3月2日から13日にかけて全国4都市を回り、公演数は10本。うち3本が東京・中野サンプラザで、同じ会場に3日続けて立つ規模の呼ばれ方をデビュー2年目でしていたことになる。ソニーミュージックはこの初来日の40周年に合わせて、2020年4月3日にソニー時代の全13作品のハイレゾ配信を開始した。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

日本には「TOTOの日」がある。デビュー40周年にあたる2018年、日本記念日協会が10月10日を正式な記念日として認定した。「TOTO=トト」と「10(とお)月10(とお)日」の語呂合わせで、記念日登録証は日本のレーベルからメンバーへ届けられることになっていた。海外のバンドの名前が日本語の数字の読みから記念日になるという、この国でしか成立しない祝われ方である。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

「TOTOの日」の認定を伝えるソニーミュージックの記事は、故マイク・ポーカロが生前に残した日本についての言葉を引いている。日本で過ごした時間は自分たちの人生の中でも特に思い出深く、そこで長年かけて育まれた友情はかけがえのないものだ——マイクはそう語っていた。バンドと日本のファンの結びつきが折に触れて語られてきたことを、レーベル自身が記録として残している。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

『TOTO IV~聖なる剣』の40周年記念デラックス・エディションは日本独自企画である。SACDマルチ・ハイブリッド盤で、5.1chサラウンド音声は日本初リリース。CD層には日本初CD化となるボーナス・トラック4曲が加わった。この4曲は1981年から82年のセッションで未完のまま残されたアウトテイクに、2018年のルカサーとペイチが追加録音を施して完成させたもので、故ポーカロ兄弟との時間差の共演が含まれている。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

同じ日本独自企画の封入特典は、1982年の日本を丸ごと復刻する内容だった。5月17日の日本武道館公演のチケットと告知ポスター、ツアー・パンフレット、初回発売時と再発時のアナログLPの帯、当時封入されていたメンバーのセッション・リスト、そして日本でシングル・カットされた7インチ盤のジャケット全種。40年前に日本盤を買った人の手元にあったものが、そのまま並べ直されている。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

デビュー40周年を記念した31枚組ボックス『ALL IN』は、アナログLP17枚(13タイトル)、紙ジャケットCD13枚、ブルーレイ1枚で構成された。日本では200セットの数量限定でSony Music Shopのみの販売となり、同梱の80ページのハードカヴァー・ブックを日本語訳した特製ブックレットが購入特典に付いた。ブルーレイには1990年のパリ公演の映像と、『TOTO IV~聖なる剣』の5.1chサラウンドが収められている。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

『ALL IN』の目玉のひとつが『LIVE IN TOKYO』だった。1980年3月の初来日=ハイドラ・ツアーの音源を初めて公式化したもので、2020年4月18日にはレコード・ストア・デイ限定の単独アナログ盤として切り出された。初来日から40年という節目に、その夜の演奏がようやく単体の作品として並んだことになる。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

TOTOのオリジナル作品のハイレゾ配信は長くファンの要望が届かないままで、デビュー40周年の2018年にも実現しなかった。道を開いたのは『ALL IN』の制作である。ペイチ、ルカサー、スティーヴ・ポーカロ、ジョセフ・ウィリアムスの4人が、エリオット・シャイナーらとともにソニー時代の全作品をリマスターし直したことが、そのまま2020年の配信開始につながった。

出典: ソニーミュージック TOTO オフィシャルサイト

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News

TOTO、結成50周年ツアーで2027年3月に来日 大阪・東京の2公演

"TOTO 50TH ANNIVERSARY TOUR" として3月22日にAsueアリーナ大阪、翌23日に東京・有明アリーナで開催。チケットはS席22,000円、A席21,000円(税込)で、一般発売は10月3日10時から。

出典: ウドー音楽事務所(2026年8月28日)

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Albums

Toto XIV CD
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卓越したアンサンブルと豊かな歌心で、TOTOの成熟したロック/AORを描き出す復帰作。

Falling in Between CD
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精密なアンサンブルとプログレッシヴな構成を結び、TOTOが演奏力と歌心を再提示した第十一作。

Through the Looking Glass CD
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原曲をTOTOらしい音へ翻訳する、企画性の強いカバー・アルバム。

Mindfields CD
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豊かなコーラスと洗練されたアンサンブルで、TOTOが大人びたAOR/ロックを描いた第10作。

Tambu CD
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重心を低くしたリズムと緻密な演奏で、TOTOが新たな90年代の質感を探った第9作。

Kingdom of Desire CD
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Steve Lukatherの歌とギターを前面に、TOTOがより重いバンド感と深い陰影を打ち出した第八作。

The Seventh One CD
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洗練されたアレンジと高い演奏力で、TOTOがAORの豊かな歌心を磨き上げた第七作。

Fahrenheit CD
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高い演奏力と都会的なアレンジを基盤に、TOTOが新ヴォーカルのもとでポップ/ロックの幅を広げた第6作。

Isolation CD
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緻密な演奏とハードなギターを前面に出し、TOTOが新たな編成で挑んだ第5作。

Toto IV CD
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精密なアンサンブルと洗練されたメロディで、TOTOがスタジオ・ポップ/ロックの到達点を示した第四作。

Turn Back CD
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タイトな演奏と硬質なギターを前面に置き、TOTOがよりロック寄りの切れ味を見せた第3作。

Hydra CD
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精密なアンサンブルとプログレッシヴな構成を広げ、TOTOが演奏力と歌心を両立させた第2作。

Toto CD
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一流セッション・ミュージシャンの演奏力とポップなフックを融合し、TOTOが鮮やかに登場したデビュー作。