PANTERA
PANTERAの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
パンテラ (PANTERA)
歴史的変遷、バイオグラフィ、ディスコグラフィ
1. テキサスからの轟音とその文化的背景
バンドの歴史は、初期のグラム・メタル (Glam Metal) 期、フィリップ・アンセルモ (Phil Anselmo) 加入後の過渡期、メジャー・レーベルでの黄金期、精度的な解散とメンバーの死、さらに2022年の再結成(セレブレーション) ツアーに至るまで、多岐にわたる変遷を遂げている。
2. 結成と初期のグラム・メタル時代 (1981-1986)
2.1 アボット兄弟と結成の経緯
パンテラ (PANTERA) の核となったのは、ドラマーのヴィニー・ポール・アボット (Vinnie Paul Abbott)と、ギタリストのダイムバッグ・ダレル・アボット (Dimebag Darrell Abbott / 当時はダイアモンド・ダレル "Diamond" Darrell と名乗っていた)の兄弟である。彼らの父親であるジェリー・アボット (Jerry Abbott)は、カントリー音楽のソングライター兼プロデューサーであり、彼が所有していたパンテゴ・サウンド・スタジオ (Pantego Sound Studio) は、バンドの初期の活動において極めて重要な役割を果たした。
1981年の結成当初、バンド名は「ジェミニ (Gemini)」、続いて「エタニティ (Eternity)」と名付けられていたが、ヴィニー・ポールの高校時代の友人であるドン・ソワーズ (Don Sowers) の提案により、最終的に「パンテラ (PANTERA)」 という名称に定まった。
結成当初のラインナップは以下の通りであった:
- ドニー・ハート (Donny Hart): ボーカル
- ダイアモンド・ダレル (Diamond Darrell): ギター
- テリー・グレイズ (Terry Glaze): リズムギター
- トミー・ブラッドフォード (Tommy Bradford): ベース
- ヴィニー・ポール (Vinnie Paul): ドラムス
しかし、1981年から1982年にかけて、ボーカルのドニー・ハートとベースのトミー・ブラッドフォードが脱退したことにより、バンドは再編成を余儀なくされた。リズムギターを担当していたテリー・グレイズがリード・ボーカルに転向し、新たなベーシストとしてレックス・ブラウン (Rex Brown / 当時はレックス・ロッカー "Rex Rocker" と名乗っていた)が加入した。これにより、後の黄金期を支える楽器隊のトリオ (ダレル、ヴィニー、レックス)が完成したのである。
2.2 独立系レーベル「メタル・マジック (Metal Magic)」 における活動
1980年代前半のパンテラは、キッス (KISS) やヴァン・ヘイレン (Van Halen)、デフ・レパード (Def Leppard) といったバンドに強い影響を受けたグラム・メタル・バンドとして活動していた。PANTERAは派手なスパンデックスの衣装や逆立てたヘアスタイルを特徴とし、音楽的にもメロディアスでキャッチーなハードロックを志向していた。
PANTERAはジェリー・アボットのプロデュースの下、自主レーベルである「メタル・マジック・レコード (Metal Magic Records)」 から以下の3枚のアルバムをリリースした。
2.2.1 『メタル・マジック (Metal Magic)』 (1983年)
記念すべきデビュー・アルバムである本作は、1983年6月10日にリリースされた。このアルバムは、バンドの若さとエネルギーが凝縮された作品であり、商業的にはテキサス州周辺でのローカルな成功に留まったものの、5,000枚以上を売り上げた。
収録曲分析: アルバムは 「Ride My Rocket」で幕を開ける。この楽曲はヴィニー・アボットとダレル・アボットの共作であり、初期の疾走感を感じさせる。「I'll Be Alright」や「Latest Lover」 といった楽曲は、当時のラジオ・ヒットを意識した作りとなっており、テリー・グレイズのポップな感性が反映されている。「Widowmaker」やタイトル・トラックの 「Metal Magic」では、ダレルのギター・プレイにおけるヘヴィ・メタルの萌芽が見て取れる。
2.2.2 『プロジェクツ・イン・ザ・ジャングル (Projects in the Jungle)』 (1984年)
1984年7月27日にリリースされた2作目のアルバムである。本作では、デフ・レパード (Def Leppard) などの影響が色濃くなり、より洗練されたプロダクションが施された。販売枚数は15,000枚を超え、バンドの知名度は徐々に拡大していった。
収録曲分析: オープニングの「All Over Tonite」は、スタジアム・ロック的なアンセムであり、バンドの作曲能力の向上を示している。「Heavy Metal Rules」というタイトルが示す通り、PANTERAのアイデンティティは依然として「メタル」にあったが、それはまだ80年代的な解釈によるものであった。「Takin' My Life」や「Killers」 といった楽曲も収録されており、ダレルのギターソロはよりテクニカルに進化していた。
2.2.3 『アイ・アム・ザ・ナイト (I Am the Night)』(1985年)
1985年8月16日にリリースされた3作目であり、テリー・グレイズが参加した最後のアルバムである。販売枚数は25,000枚を超えた。このアルバムでは、以前の作品よりもスピードとヘヴィネスが増しており、後のスラッシュ・メタルへの傾倒を予感させるものとなっている。
収録曲分析: タイトル曲 「I Am the Night」や「Hot and Heavy」は、よりアグレッシブなリフが特徴である。「Valhalla」のような楽曲では、北欧神話をモチーフにするなど、メタル特有の様式美も取り入れられている。インストゥルメンタル曲である「DGT7M (Darrell Goes to the Movies)」は、ダレルのギター・テクニックを強調した小品である。
2.3 テリー・グレイズの脱退とボーカリスト探索の混乱
1986年に入ると、メタリカ (Metallica) やスレイヤー (Slayer) といったスラッシュ・メタル・バンドの台頭に伴い、パンテラもよりヘヴィで攻撃的なサウンドへの転換を模索し始めた。しかし、グラム・メタル・スタイルのボーカルを得意とするテリー・グレイズと、アボット兄弟との間で音楽的な方向性の違いが決定的となり、グレイズはバンドを脱退することとなった。グレイズによれば、アボット兄弟と父親のジェリー・アボットが常に投票権の過半数を占めており、自身の意見が通らないことへの不満もあったとされる。
グレイズの脱退後、バンドは理想的なフロントマンを求めて数多くのオーディションを行った。この過渡期には、以下のボーカリストたちが一時的に在籍した記録が残っている。
- マット・ラムール (Matt L'Amour): 1986年の夏頃に在籍。デイヴィッド・カヴァデール (David Coverdale) に似たルックスと声を持つシンガーであったが、バンドが求めるヘヴィネスには適合しなかったようである。
- リック・ミシアシン (Rick Mythiasin): 元スティール・プロフェット (Steel Prophet) のメンバー。彼も短期間でバンドを去った。
- デイヴィッド・ピーコック (David Peacock): フィリップ・アンセルモが加入する直前の短期間、ボーカルを務めた。
- ドニー・ハート (Donny Hart): 初代ボーカリストが一時的に復帰する案もあったとされる。
この混乱期を経て、バンドは運命的な出会いを果たすこととなる。
3. フィリップ・アンセルモの加入と変革の時代 (1986–1989)
3.1 ニューオーリンズからの衝撃
1986年末、バンドはルイジアナ州ニューオーリンズ (New Orleans, Louisiana) 出身の19歳のシンガー、フィリップ・H・アンセルモ (Philip H. Anselmo) を見出した。アンセルモは当時、レザー・ホワイト (Razor White) というバンドで活動しており、ジューダス・プリースト (Judas Priest) やモーターヘッド (Motörhead) のカバーを行っていた。彼の野性的で幅広いレンジを持つボーカル・スタイルと、圧倒的なカリスマ性は、パンテラが求めていた「ヘヴィネス」そのものであった。アンセルモはテキサスに移住し、パンテラの新たなフロントマンとして正式に加入した。
3.2 『パワー・メタル (Power Metal)』: 過渡期の傑作 (1988年)
アンセルモ加入後、バンドは新たなサウンドを確立するための制作に入り、1988年にアルバム『パワー・メタル (Power Metal)』をリリースした。本作も依然として自主レーベル「メタル・マジック」からのリリースであったが、その内容は過去3作とは一線を画すものであった。
音楽的特徴と分析: 『パワー・メタル』は、バンドのキャリアにおける「架け橋 (Bridge)」となる作品と評される。
- ボーカル・スタイル: アンセルモのボーカルは、ロブ・ハルフォード (Rob Halford) を彷彿とさせる鋭いハイトーン・スクリームを多用しつつも、低音域での唸るようなアプローチも見せ始めている。
- ギター・ワーク: ダイアモンド・ダレルのギターは、スラッシュ・メタルのリフ構築 (高速な刻み、複雑な展開)を取り入れ、従来のアーム奏法や速弾きと融合させている。
楽曲分析:
- 「Power Metal」: タイトル・トラックであり、スピードとパワーを兼ね備えたアンセム。
- 「Over and Out」: スラッシュ・メタルの影響が顕著な楽曲。
- 「Proud to Be Loud」: この楽曲は、キール (Keel) のギタリストであるマーク・フェラーリ (Marc Ferrari) によって作詞作曲されたものであり、元々はキールのアルバムに収録される予定であった。
- 「PST88」: アルバムの最後を飾る楽曲で、ヴィニー・ポールがボーカルの一部を担当しているとも言われる。
このアルバムは30,000枚以上を売り上げ、バンドはメジャー・レーベルの注目を集めることに成功した。そして1989年、アトコ・レコード (Atco Records) との契約を勝ち取った。
4. メジャー・デビューと「グルーヴ・メタル」の確立 (1990-1991)
4.1 『カウボーイズ・フロム・ヘル (Cowboys from Hell)』(1990年)
1990年7月24日、パンテラはメジャー・デビュー・アルバム『カウボーイズ・フロム・ヘル (Cowboys from Hell)』をリリースした。バンド自身、このアルバムを「公式なデビュー作」と位置づけており、それ以前のインディーズ4作品はバンドのディスコグラフィから事実上排除される扱いとなった。
制作背景とサウンドの革新: プロデューサーには、サウンドガーデン (Soundgarden) やオーヴァーキル (Overkill) を手掛けたテリー・デイト (Terry Date) が起用された。彼とのタッグにより、パンテラのサウンドは劇的に変化した。従来のドラム・サウンドはよりタイトでドライなものとなり、ギターのディストーションは鋭角的で「クランチ」の効いたものとなった。ここで確立されたのが、「パワー・グルーヴ (Power Groove)」 と呼ばれるスタイルである。これは、スラッシュ・メタルの攻撃性とスピード感を持ちながら、テンポをわずかに落として重厚なリズム (グルーヴ)を強調する手法であり、後の90年代メタルの雛形となった。
主要楽曲の分析:
- 「Cowboys from Hell」: バンドのテーマソングとも言える楽曲。冒頭のフランジャーがかかったギター・リフはあまりにも有名である。
- 「Cemetery Gates」: 7分にも及ぶ叙事詩的なパワー・バラード。アンセルモの情感豊かなボーカルと、ダレルの泣きのギターソロが融合し、バンドの多様性を証明した。
- 「Domination」: ライブにおけるハイライトとなる楽曲。曲後半のブレイクダウン(テンポを落として重いリフを繰り返すパート)は、モッシュピットを発生させるための決定的な装置として機能した。
- 「Primal Concrete Sledge」: インダストリアル・メタルのような無機質で高速なドラムビートを取り入れた実験的な楽曲。
4.2 モスクワ・モンスターズ・オブ・ロックと世界進出
1991年9月、パンテラはソビエト連邦崩壊直後のロシア・モスクワ (Moscow) で開催された「モンスターズ・オブ・ロック (Monsters of Rock)」 フェスティバルに出演した。メタリカ (Metallica)、AC/DC、ブラック・クロウズ (The Black Crowes) と共演し、ツシノ飛行場 (Tushino Airfield) に集まった推定50万人から160万人とも言われる観衆の前で演奏した。この時のパフォーマンス、特に「Domination」の映像は、PANTERAの圧倒的なライブ・パフォーマンスを世界に知らしめる伝説的な記録となっている。
5. 黄金期とヘヴィネスの極致 (1992-1995)
5.1 『俗悪(Vulgar Display of Power)』(1992年)
1992年2月25日、アルバム『俗悪(Vulgar Display of Power)』 がリリースされた。このタイトルは、映画『エクソシスト (The Exorcist)』の台詞から引用されたものである。当時、ニルヴァーナ (Nirvana) を筆頭とするグランジ (Grunge) ブームが到来し、多くのヘヴィメタル・バンドがサウンドを軟化させたり、オルタナティヴ・ロックに接近したりしていた。しかし、パンテラはその潮流に逆行し、「よりヘヴィに、よりアグレッシブに」なることを選択した。
アルバムの成果と分析: このアルバムは全米チャートで44位を記録し、ダブル・プラチナム (200万枚以上)のセールスを達成した。
- 「Mouth for War」: シングルカットされ、MTVの 「Headbangers Ball」などで頻繁にオンエアされた。ビルボードのチャートにおいて、メタリカの 「Enter Sandman」を抜いて1位を獲得した初のメタル・シングルとなったことは特筆に値する。
- 「Walk」: 単純だが強烈なリフと、「RE-SPECT, WALK」 というシンガロングしやすいコーラスにより、バンドの代表曲となった。
- 「Fucking Hostile」: パンク・ロック並みのスピードで疾走する楽曲であり、アンセルモの怒りが爆発している。
- 「This Love」:「Cemetery Gates」の流れを汲むバラードだが、サビ部分での爆発的なヘヴィネスとの対比がより鮮明になっている。
この時期に、ギタリストのダレルは「ダイアモンド・ダレル」から「ダイムバッグ・ダレル (Dimebag Darrell)」 へと正式に改名した。
5.2 『脳殺(Far Beyond Driven)』(1994年)
1994年3月22日、アルバム『脳殺(Far Beyond Driven)』 がリリースされた。本作は、エクストリーム・メタル史上、最も過激なサウンドを持つアルバムの一つでありながら、アメリカのビルボード200 (Billboard 200) チャートで初登場1位を獲得するという歴史的快挙を成し遂げた。
サウンドの変化と特徴:
- ダウン・チューニング: ダレルのギターとレックスのベースは、極限までチューニングを下げており、地を這うような重低音を実現した。
- リリック: アンセルモの歌詞は、社会的な怒りから、より個人的で内面的な苦悩や薬物問題を示唆するものへと変化しつつあった。
- カバーアート: オリジナルのジャケット・アートワーク(ドリルが肛門に突き刺さる絵)は過激すぎるとして却下され、ドリルが頭蓋骨に突き刺さるデザインに変更された。
収録曲分析:
- 「Strength Beyond Strength」: 冒頭から猛烈なスピードで展開される楽曲。
- 「I'm Broken」: スローかつヘヴィなグルーヴが支配する楽曲。リフはブラック・サバスの影響を感じさせる。
- 「5 Minutes Alone」: ファンとのトラブルから着想を得たと言われる、ミッドテンポの強力なナンバー。
- 「Planet Caravan」: ブラック・サバスのカバー。アルバムの最後に配置されたこの静謐な楽曲は、それまでの激しさとは対照的であり、バンドの音楽的ルーツへの敬意を示している。
日本盤ボーナストラック: 日本盤には、ポイズン・アイディア (Poison Idea) のカバー曲である「The Badge」が追加収録された。
6. 亀裂と崩壊への序曲 (1996-2000)
6.1 『鎌首(The Great Southern Trendkill)』 (1996年)
1996年5月7日にリリースされた『鎌首 (The Great Southern Trendkill)』の制作期間中、バンド内の人間関係は最悪の状態にあった。特にフィリップ・アンセルモとアボット兄弟の間の亀裂は深刻化していた。
分断されたレコーディング: アンセルモは当時、自身の背中の痛みを緩和するために鎮痛剤やヘロインを使用しており、テキサスでのメンバーとの作業を拒否した。彼はニューオーリンズにあるナイン・インチ・ネイルズ (Nine Inch Nails) のトレント・レズナー (Trent Reznor) のスタジオでボーカルを録音し、アボット兄弟とレックスはテキサスのスタジオで楽器を録音するという、完全に分断された状態での制作が行われた。
アルバムの内容: このアルバムは、バンド史上最もカオティックで陰鬱、かつ実験的な作品となった。「Drag the Waters」や「War Nerve」 といった楽曲には、アンセルモの悲痛な叫びが込められている。「Suicide Note Pt. I」はアコースティック・ギターを用いた陰鬱なバラードであり、「Suicide Note Pt. II」は一転して狂気的なスクリームが続く楽曲である。
「Floods」におけるダレルのギター・ソロは、多くのギタリストから彼のキャリアにおける最高傑作の一つとして称賛されている。
日本盤ボーナストラック: 日本盤には「Walk (Live Version)」が追加収録された。
6.2 オーバードーズ事件とライブ盤のリリース
1996年7月13日、ダラスでの公演後、アンセルモはヘロインの過剰摂取 (オーバードーズ) により心停止状態に陥った。彼は救急隊員によって蘇生されたが、この事件はバンドメンバー、特にアボット兄弟に深いショックと不信感を与え、バンドの結束は決定的に崩れた。
1997年、バンドは初の公式ライブ・アルバム『ライヴ~101プルーフ (Official Live: 101 Proof)』をリリースした。全盛期のライブ音源に加え、スタジオ新曲 「Where You Come From」と「I Can't Hide」の2曲が収録された。
6.3 『激鉄(Reinventing the Steel)』(2000年)
2000年3月、バンドにとって最後となるスタジオ・アルバム『激鉄 (Reinventing the Steel)』がリリースされた。タイトルが示す通り、PANTERAはニュー・メタル (Nu Metal) が隆盛を極める中で、伝統的なヘヴィメタルの「鋼鉄 (Steel)」を再発明し、提示することを目指した。
ゲスト参加と内容: スレイヤーのケリー・キング (Kerry King) が 「Goddamn Electric」にゲスト参加し、ギター・ソロを弾いている。アルバム全体として、ブラック・サバスやジューダス・プリーストへの回帰を感じさせるストレートなリフ主体の楽曲が並んだ。「Revolution Is My Name」 はグラミー賞にもノミネートされた。
7. 解散とメンバー間の確執 (2001-2003)
7.1 活動休止と解散
2001年、バンドは日本で開催された「ビースト・フィースト (Beast Feast)」にて横浜アリーナでの公演を行った。これがバンドにとって最後の海外公演の一つとなった。その後、予定されていたヨーロッパ・ツアーは2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の影響でキャンセルされ、バンドは無期限の活動休止状態に入った。
この期間、アンセルモは自身のサイド・プロジェクトであるダウン (Down) やスーパージョイント・リチュアル (Superjoint Ritual) の活動に没頭した。アボット兄弟はパンテラの活動再開を待ち望んでいたが、アンセルモとの連絡が取れない状態が続き、事実上の解散状態となった。2003年、アボット兄弟はパンテラの終了を決断し、公式にバンドは解散した。
7.2 メディアを通じた「言葉の戦争」
解散前後、音楽雑誌などのメディアを通じてメンバー間の非難合戦が繰り広げられた。決定打となったのは、2004年の『メタル・ハマー (Metal Hammer)』 誌におけるアンセルモのインタビューである。彼はダイムバッグ・ダレルに対して「ひどく打ちのめされるべきだ (deserves to be severely beaten)」と発言したと報じられた。アンセルモは後に、これはボクシングの比喩であり、文脈を無視して引用されたものだと釈明したが、ヴィニー・ポールはこの発言に激怒し、修復不可能な溝が生じた。
8. 悲劇 - ダイムバッグ・ダレルの殺害 (2004)
8.1 ダメージプラン (Damageplan) の結成
パンテラ解散後、ダイムバッグ・ダレルとヴィニー・ポールは、新たなバンド「ダメージプラン (Damageplan)」を結成した。元ハルフォード (Halford) のギタリストであったパトリック・ラックマン (Patrick Lachman) をボーカルに、ボブ・ジラ (Bob Zilla) をベースに迎え、2004年にアルバム『ニュー・ファウンド・パワー (New Found Power)』をリリースした。
8.2 2004年12月8日: アルロサ・ヴィラ銃撃事件
2004年12月8日、オハイオ州コロンバス (Columbus, Ohio) のナイトクラブ 「アルロサ・ヴィラ (Alrosa Villa)」 でのダメージプランの公演中、ロック史上最悪の悲劇が発生した。
事件の詳細な経緯: ライブ開始直後、バンドが1曲目を演奏している最中に、元海兵隊員のネイサン・ゲール (Nathan Gale, 25歳)がステージ裏のフェンスを乗り越えて会場に侵入し、ステージ上に駆け上がった。ゲールはダイムバッグ・ダレルに近づき、9mmベレッタ拳銃を発砲した。ダレルは頭部に複数の銃弾を受け、即死状態であった。
ゲールはその後も発砲を続け、以下の3名も犠牲となった:
- ジェフリー・"メイヘム"・トンプソン (Jeffrey "Mayhem" Thompson): バンドのセキュリティ責任者。犯人に立ち向かい格闘したが撃たれた。
- エリン・ハルク (Erin Halk): 会場の従業員。犯人を取り押さえようとして犠牲になった。
- ネイサン・ブレイ (Nathan Bray): 観客。ダレルとトンプソンを蘇生させようとステージに上がったところを撃たれた。
また、ドラム・テクニシャンのジョン・"キャット"・ブルックス (John "Kat" Brooks) とツアー・マネージャーのクリス・パルスカ (Chris Paluska) が負傷した。犯人のゲールは人質を取って立てこもったが、現場に到着したコロンバス警察のジェームズ・ニゲマイヤー (James Niggemeyer) 巡査によって、ショットガンで射殺された。
動機と余波: 犯人のゲールは統合失調症を患っており、「パンテラが自分の思考を盗んだ」「パンテラの解散は彼らのせいだ」という妄想を抱いていたとされるが、明確な動機は完全には解明されていない。この事件により、パンテラの再結成の可能性は永遠に閉ざされた。フィリップ・アンセルモはダレルの葬儀への参列を希望したが、ヴィニー・ポールとダレル の長年のパートナーであるリタ・ヘイニー (Rita Haney) によって拒絶された。
9. その後の活動とヴィニー・ポールの死、そして再結成へ (2005-現在)
9.1 ヴィニー・ポールの活動と死
弟の死後、ヴィニー・ポールはしばらく沈黙を守っていたが、2006年にマッドヴェイン (Mudvayne) のチャド・グレイ (Chad Gray) や、ナッシングフェイス (Nothingface) のトム・マクスウェル (Tom Maxwell) らと共にスーパーグループ 「ヘルイェー (Hellyeah)」を結成した。彼は亡くなるまでこのバンドのドラマーとして精力的に活動し、『Band of Brothers』や『Blood for Blood』 などのアルバムをリリースした。しかし、2018年6月22日、ヴィニー・ポールはラスベガスの自宅で就寝中に死去した。享年54歳。死因は拡張型心筋症および冠動脈疾患であった。彼もまた、テキサス州アーリントンのムーア記念庭園 (Moore Memorial Gardens)にある、母と弟ダレルの墓の隣に埋葬された。
9.2 2022年の再結成(セレブレーション)
アボット兄弟の両名が他界したことで、パンテラの復活は不可能と思われた。しかし、2022年、フィリップ・アンセルモとレックス・ブラウンが、パンテラの名の下でツアーを行うことが発表された。これは「再結成 (Reunion)」 というよりも、アボット兄弟の遺産とパンテラの音楽を祝う「セレブレーション (Celebration)」であると定義された。
新ラインナップ: 亡き兄弟の代役には、彼らと生前親交の深かった以下の2名が選ばれた。
- ザック・ワイルド (Zakk Wylde): ギター (オジー・オズボーン・バンド、ブラック・レーベル・ソサイエティ)。ダイムバッグ・ダレルの親友であった。
- チャーリー・ベナンテ (Charlie Benante): ドラムス (アンスラックス)。ヴィニー・ポールと長年の友人であった。
初のライブとセットリスト: 2022年12月2日、メキシコの「ヘル・アンド・ヘヴン・メタル・フェスト (Hell & Heaven Metal Fest)」にて、新ラインナップによる初のライブが行われた。セットリストは以下の通りである。
- A New Level
- Mouth for War
- Strength Beyond Strength
- Becoming (with "Throes of Rejection" outro)
- I'm Broken (with "By Demons Be Driven" outro)
- Use My Third Arm
- 5 Minutes Alone
- This Love
- Yesterday Don't Mean Shit
- Fucking Hostile
- Planet Caravan (Black Sabbath cover / スクリーンにアボット兄弟のトリビュート映像)
- Walk
- Cowboys from Hell
- Domination / Hollow (Medley)
このツアーは、メタリカの北米ツアーのサポート・アクトとしても継続されており、世界中のファンにパンテラの音楽を生で体験する機会を提供している。
10. メンバー詳細伝記 (Biography)
フィリップ・H・アンセルモ (Philip H. Anselmo)
- 担当: ボーカル (1986-2003, 2022-現在)
- 生年月日: 1968年6月30日
- 出身: ルイジアナ州ニューオーリンズ
- 概要: 90年代を代表するメタル・フロントマン。野太いグロウルからハイトーンまで使い分ける圧倒的な歌唱力を持つ。パンテラ以外にも、ダウン (Down)、スーパージョイント (Superjoint) など多数のプロジェクトを主導。過去には薬物中毒や、人種差別的と捉えられる発言 (2016年の「ホワイト・パワー」 発言など)で物議を醸したが、現在は更生し活動を続けている。
ダイムバッグ・ダレル (Dimebag Darrell)
- 本名: Darrell Lance Abbott
- 担当: ギター (1981-2003)
- 生年月日: 1966年8月20日 - 2004年12月8日没
- 出身: テキサス州アーリントン
- 概要: メタル史上最も影響力のあるギタリストの一人。ブルースを基盤とした情感豊かなソロと、鋭利なリフを融合させた独自のスタイルを確立。「スクイール (Squeal)」と呼ばれるハーモニクス奏法の名手。ディーン (Dean) やワッシュバーン (Washburn) の変形ギター (MLシェイプ) を愛用した。その陽気な人柄から誰からも愛された。
ヴィニー・ポール (Vinnie Paul)
- 本名: Vincent Paul Abbott
- 担当: ドラムス (1981-2003)
- 生年月日: 1964年3月11日 - 2018年6月22日没
- 出身: テキサス州ダラス
- 概要: パワフルかつ正確無比なドラミングで、「パワー・グルーヴ」のリズムを支えた。バスドラムにトリガー (振動を電気信号に変えて音を出す装置)を使用し、高速連打でも粒立ちの良いサウンドを実現した先駆者。バンドのビジネス面や、プロデューサーとしての役割も担っていた。
レックス・ブラウン (Rex Brown)
- 本名: Rex Robert Brown
- 担当: ベース (1982-2003, 2022-現在)
- 生年月日: 1964年7月27日
- 出身: テキサス州グラハム
- 概要: ヴィニーとは高校時代からのジャズ・バンド仲間。ピック弾きによる太く歪んだベース・サウンドで、ダレルのギターとヴィニーのドラムの間を埋める重要な役割を果たした。自伝『Official Truth: 101 Proof』を執筆し、バンドの内情を赤裸々に語っている。
11. ディスコグラフィ (Discography)
11.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)
第1期: グラム・メタル時代 (Metal Magic Records)
※これらは現在、Spotify等の主要ストリーミングサービスでは配信されていないことが多いが、バンドの歴史的資料として重要である。
| 発売年 | タイトル (邦題/原題) | 備考・詳細 |
|---|---|---|
| 1983 | メタル・マジック Metal Magic |
デビュー・アルバム。KissやVan Halenの影響下にあるサウンド。 プロデュース: Jerry Abbott (The Eldn) 主な収録曲: Ride My Rocket, I'll Be Alright, Widowmaker |
| 1984 | プロジェクツ・イン・ザ・ジャングル Projects in the Jungle |
Def Leppard的な洗練されたサウンドへの変化 主な収録曲: All Over Tonite, Heavy Metal Rules, Killers |
| 1985 | アイ・アム・ザ・ナイト I Am the Night |
テリー・グレイズ在籍最後の作品。よりヘヴィな方向性へ。 主な収録曲: Hot and Heavy, Valhalla, I Am the Night |
| 1988 | パワー・メタル Power Metal |
フィリップ・アンセルモ加入第1弾。グラムからスラッシュへの過渡期。 主な収録曲: Power Metal, Proud to Be Loud, P*S*T*88 |
第2期: メジャー・レーベル時代 (Atco / East West / Elektra)
※これらが「パンテラの主要作品」として広く認知されている。
| 発売年 | タイトル (邦題/原題) | 詳細・チャート・認定 |
|---|---|---|
| 1990 | カウボーイズ・フロム・ヘル Cowboys from Hell |
メジャーデビュー作。グルーヴ・メタルの金字塔 代表曲: Cowboys from Hell, Cemetery Gates, Domination |
| 1992 | 俗悪 Vulgar Display of Power |
全米44位。バンドの最高傑作との呼び声高い作品 代表曲: Mouth for War, Walk, Fucking Hostile, This Love |
| 1994 | 脳殺 Far Beyond Driven |
全米1位(Billboard 200)。当時のエクストリーム・メタルとして異例の快挙。 代表曲: I'm Broken, 5 Minutes Alone, Becoming, Planet Caravan 日本盤ボーナス: The Badge (Poison Idea cover) |
| 1996 | 鎌首 The Great Southern Trendkill |
全米4位。最もダークで陰鬱な作品。別録りによる制作 代表曲: Drag the Waters, Floods, Suicide Note Pt. I & II 日本盤ボーナス: Walk (Live) |
| 2000 | 激鉄 Reinventing the Steel |
全米4位。ラスト・アルバム。正統派メタルへの回帰。 代表曲: Revolution Is My Name, Goddamn Electric 日本盤ボーナス: Cat Scratch Fever 等 |
11.2 ライブ・アルバム (Live Albums)
| 発売年 | タイトル | 備考 |
|---|---|---|
| 1997 | ライヴ~101プルーフ Official Live: 101 Proof |
全米15位。全盛期のライブ音源に加え、スタジオ新曲2曲 ("Where You Come From", "I Can't Hide")を収録。 |
11.3 映像作品 (Video Releases)
パンテラのホームビデオは、PANTERAの破天荒なライフスタイル (飲酒、パーティー、いたずら)を記録したドキュメンタリーとしても人気が高い。
- 『カウボーイズ・フロム・ヘル・ザ・ビデオ (Cowboys from Hell: The Videos)』(1991年)
- 『俗悪ヴィデオ (Vulgar Video)』 (1993年): ツアー中の狂騒を描き大ヒットした。スキッド・ロウ (Skid Row) との交流なども収録。
- 『3・ウォッチ・イット・ゴー (3 Watch It Go)』(1997年): 1997年のMetal Edge Readers' Choice Awardでベストビデオ賞を受賞。
- 『3 ヴァルガー・ビデオ・フロム・ヘル (3 Vulgar Videos from Hell)』 (1999年): 上記3作品をまとめたDVD。
12. 関連バンドおよびサイド・プロジェクト (Related Projects Discography)
パンテラのメンバーは多作であり、多くのサイド・プロジェクトを残している。
ダメージプラン (Damageplan)
ダイムバッグとヴィニーによるポスト・パンテラ・バンド。
- 『ニュー・ファウンド・パワー (New Found Power)』(2004年): 唯一のアルバム。全米38位。ゲストにコリィ・テイラー (Slipknot) やザック・ワイルドが参加。
ダウン (Down)
フィリップ・アンセルモ、レックス・ブラウン(途中加入)、ペッパー・キーナン (C.O.C.) らによるサザン・メタル・スーパーグループ。
- 『NOLA』(1995年): 名盤とされる1stアルバム。
- 『Down II: A Bustle in Your Hedgerow』(2002年)
- 『Down III: Over the Under』(2007年)
- 『Down IV』シリーズ (EP)
スーパージョイント (Superjoint / 旧 Superjoint Ritual)
アンセルモによるハードコア・パンク色の強いバンド。
- 『Use Once and Destroy』 (2002年)
- 『A Lethal Dose of American Hatred』(2003年)
- 『Caught Up in the Gears of Application』 (2016年)
ヘルイェー (Hellyeah)
ヴィニー・ポールがマッドヴェインのチャド・グレイらと結成したバンド。ヴィニーの死まで活動した。
- 『Hellyeah』 (2007年)
- 『Stampede』 (2010年)
- 『Band of Brothers』(2012年)
- 『Blood for Blood』(2014年)
- 『Unden!able』(2016年)
- 『Welcome Home』 (2019年): ヴィニー・ポールの遺作となった。
13. Conclusion
パンテラは、80年代のグラム・メタルの残滓の中から生まれ変わり、90年代という激動の時代において、メタルの攻撃性とグルーヴを極限まで追求することで頂点に立った稀有なバンドである。PANTERAの音楽的遺産である「パワー・グルーヴ」は、現在のメタルコアやニュー・メタルにおいても脈々と受け継がれている。
ダイムバッグ・ダレルの悲劇的な死と、ヴィニー・ポールの早すぎる死は、メタル界にとって計り知れない損失であった。しかし、2022年から始まったセレブレーション・ツアーは、PANTERAの音楽が現在進行形で数百万人のファンを熱狂させる力を持っていることを証明した。パンテラの歴史は、栄光と悲劇、そして再生の物語として、ロック史に永遠に刻まれるであろう。