NICKELBACK

NICKELBACKの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。

Biography

ニッケルバック (NICKELBACK)
バイオグラフィ、現代音楽産業における社会学的影響

ニッケルバック (Nickelback)は、1995年にカナダのアルバータ州ハンナ (Hanna, Alberta) で結成されたポスト・グランジ (Post-Grunge) バンドであり、過去30年間のポピュラー音楽史において、商業的成功と批評的毀誉褒貶の両極端を経験した最も特異な存在の一つである。全世界で5,000万枚以上のアルバムセールスを記録し、米国ビルボード (Billboard) 誌によって「2000年代で最も成功したロックグループ (Top Rock Group of the Decade)」として認定されているNICKELBACKは、ビートルズ (The Beatles) に次いで、2000年代の米国において2番目に売れた外国人アーティストという記録的な地位を確立している。

2. 起源と結成: アルバータ州の荒野から (1990s)

2.1 地理的・文化的背景: ハンナという町

ニッケルバック (Nickelback) のアイデンティティを理解するためには、NICKELBACKの故郷であるカナダ・アルバータ州ハンナ (Hanna, Alberta) の環境を理解することが不可欠である。カルガリー (Calgary) から北東へ約215キロメートル、ドラムヘラー (Drumheller) のバッドランド (Badlands)を越えた先に位置するこの町は、人口約3,000人の小さな農業コミュニティである。見渡す限りの地平線と干し草の俵、そして恐竜の彫像が点在するこの地域は、エンターテインメント産業の中心地からは地理的にも文化的にも隔絶されていた。

この孤立した環境は、NICKELBACKの音楽性に二つの重要な要素をもたらした。一つは、娯楽の少ない環境下で培われたDIY精神とハングリー精神であり、もう一つは、洗練された都市部のトレンドに左右されない、普遍的で力強いメロディへの志向である。リードヴォーカルのチャド・クルーガー (Chad Kroeger) と兄のマイク・クルーガー (Mike Kroeger) はこの町で育ち、近隣のブルックス (Brooks) 出身であるライアン・ピーク (Ryan Peake) と共に音楽活動を開始した。当時の彼らの生活は、ピエロギ (Perogies) とサワークリームを主食とし、裏庭で焚き火を囲み、近所から苦情が来るほどの大音量でジャムセッションを行うという、典型的なロックバンドの下積み時代そのものであった。

2.2 前身バンド「ヴィレッジ・イディオット」の活動

ニッケルバック (Nickelback) と名乗る以前、1990年代初頭の彼らは「ヴィレッジ・イディオット (Village Idiot)」 という名のカバーバンドとして活動していた。このバンド名は、ライアン・ピーク (Ryan Peake) によれば「自分たちの町が村 (Village) のようなサイズだった」ことに由来する自虐的なユーモアであった。

この時期のレパートリーは、彼らの後の音楽性を形成する上で重要な示唆を与えている。彼らは、レッド・ツェッペリン (Led Zeppelin) やメタリカ (Metallica) といったハードロック、ヘヴィメタルの巨匠たちの楽曲に加え、カナダの国民的バンドであるザ・トラジカリー・ヒップ (The Tragically Hip) やザ・ウォッチメン (The Watchmen)、アージ・オーバーキル (Urge Overkill)、ザ・オッズ (The Odds) といったカナダのカレッジ・サーキットで人気を博していたオルタナティブ・ロックバンドのカバーを演奏していた。特にザ・トラジカリー・ヒップ (The Tragically Hip) の影響は大きく、カナダの地方都市におけるロックバンドとしての在り方を模索する過程で、彼らの音楽的基盤が固められていった。

2.3 バンド名の由来と初期の資金調達

バンド名の「ニッケルバック (Nickelback)」への変更は、ベーシストのマイク・クルーガー (Mike Kroeger)のアルバイト経験に由来する。彼は当時スターバックス (Starbucks) で働いており、1.95ドルのコーヒーを購入した客が2ドルを支払った際、頻繁に5セント硬貨(ニッケル)をお釣りとして返していた。その際、「Here's your nickel back (ニッケルのお返しです)」と繰り返していたフレーズがバンド名の起源となった。このエピソードは、彼らが労働者階級のルーツを持ち、日常的な労働の中からクリエイティブなインスピレーションを得ていたことを象徴している。

1996年、本格的なレコーディングを目指したチャド・クルーガー (Chad Kroeger)は、継父に4,000カナダドルの融資を依頼した。この資金の使途に関する逸話は、バンドの伝説の一部となっている。チャドはこの資金の半分を最初のデモEP 『Hesher』の録音費用に充て、残りの半分をマジックマッシュルーム (Magic Mushrooms) の購入に充て、それを転売することで資金を増やそうと試みたのである。この無謀とも言える行動は、NICKELBACKの成功への執念とリスクを恐れない姿勢を示している。

3. 初期のキャリアとメジャーへの飛躍 (1996-2000)

3.1 デビュー作 『Hesher』 と 『Curb』

1996年、バンドは7曲入りのEP 『Hesher』をリリースした。このEPは、NICKELBACKにとって初のオリジナル曲収録作品であり、特に収録曲 「Fly」は、後にリリースされるフルアルバム『Curb』にも収録される重要な楽曲となった。同年、非営利団体 FACTOR (Foundation to Assist Canadian Talent on Records) の助成を受け、初のフルレングス・アルバム『Curb』をリリースした。『Curb』は、グランジ (Grunge) の影響が色濃く残る荒削りな作品であったが、チャドの独特なヴォーカルスタイルと、重厚なリフ主体のソングライティングの萌芽が見られた。

ドラマーのポジションは流動的であった。初代ドラマーのブランドン・クルーガー (Brandon Kroeger) は1997年に脱退し、後任としてミッチ・ギンドン (Mitch Guindon) が加入した。しかし、ミッチ・ギンドン (Mitch Guindon) は自動車会社での仕事に従事するため、またツアー生活への不適応 (寒冷アレルギー等の理由も語られた)により、1998年にバンドを離れた。

3.2 『The State』 とロードランナー・レコードとの契約

1998年、ライアン・ピーク (Ryan Peake) の旧友であるライアン・ヴィッケダル (Ryan Vikedal) がドラマーとして加入し、バンドのラインナップは安定期を迎える。同年、NICKELBACKは2作目のアルバム 『The State』を自主制作でリリースし、自らの足でプロモーション活動を展開した。

この地道な活動が実を結び、ロードランナー・レコード (Roadrunner Records) のA&R担当であったロン・バーマン (Ron Burman) の目に留まることとなる。バーマンは、西海岸のスカウトから送られてきたNICKELBACKの自主制作アルバムに感銘を受け、バンクーバー (Vancouver) でのライブを視察した。当時、業界内では無名に近かったにもかかわらず、会場が満員であったこと、そしてその熱狂的なパフォーマンスに衝撃を受け、契約を決断した。

2000年、ロードランナー・レコード (Roadrunner Records) およびEMIカナダ (EMI Canada) から 『The State』 が再リリースされると、シングル「Leader of Men」 や 「Breathe」がロックラジオ局でヒットを記録した。特に「Leader of Men」は、ノバスコシア州 (Nova Scotia) のパワーポップ・バンド、スローン (Sloan) のような重層的なハーモニーを取り入れた楽曲であり、NICKELBACKの音楽的幅広さを示していた。この成功によりアルバムはカナダと米国でゴールド認定を受け、後の世界的ブレイクへの足がかりとなった。

4. 世界的支配と「フォーミュラ」の確立 (2001-2005)

4.1 『Silver Side Up』 と9.11

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が発生したその当日に、ニッケルバック (Nickelback) は3作目のスタジオ・アルバム 『Silver Side Up』をリリースした。混乱と不安が世界を覆う中、リードシングル 「How You Remind Me」は、ラジオから流れる普遍的なアンセムとして機能した。

この楽曲は、チャド・クルーガー (Chad Kroeger) の個人的な失恋経験に基づいた歌詞と、静と動のコントラストを効かせたグランジ直系の構成を持ちながらも、ポップミュージックとしてのキャッチーさを兼ね備えていた。結果として、「How You Remind Me」 は米国ビルボード・ホット100 (Billboard Hot 100) およびカナダのシングルチャートで1位を獲得し、2001年から2002年にかけてのラジオ・エアプレイにおいて支配的な地位を占めた。ビルボード誌は後に、この曲を「2000年代で最もラジオで再生された楽曲」と認定している。

アルバム 『Silver Side Up』は世界中で1,000万枚以上を売り上げ、カナダ、英国、オーストリアなどでチャート1位を獲得した。続くシングル 「Too Bad」は、父親の不在という家庭環境の問題をテーマにしながらもヒットし、「Never Again」ではドメスティック・バイオレンス (Domestic Violence) を取り上げるなど、社会的・個人的な痛みを描く歌詞が多くのリスナーの共感を呼んだ。

4.2 『The Long Road』 と自己模倣への批判

2003年にリリースされた『The Long Road』は、前作の成功を維持しつつ、より洗練されたプロダクションを追求した作品である。リードシングル 「Someday」 はカナダで1位、全米で7位を記録する大ヒットとなった。

しかし、この時期からニッケルバック (Nickelback) に対する批判的な視線が顕在化し始めた。「Someday」 が前作のヒット曲 「How You Remind Me」と楽曲構成やテンポにおいて酷似しているという指摘がなされ、インターネット上では両曲を左右のチャンネルで同時に再生し、その同期性を検証する動画が出回った。これは、NICKELBACKが「ヒットの公式 (フォーミュラ)」を確立したことの証明であると同時に、「商業主義的で創造性に欠ける」という批判の根拠ともなった。

それにもかかわらず、「Figured You Out」 はメインストリーム・ロック・チャートで13週連続1位を記録し、2003年の年間No.1ロックソングとなるなど、ロックファンからの支持は揺るぎないものであった。

4.3 ダニエル・アデアの加入と 『All the Right Reasons』

2005年、長年のドラマーであったライアン・ヴィッケダル (Ryan Vikedal) がバンドを去った。彼の脱退は友好的なものではなく、バンド側が彼を解雇したとの報道もなされ、法的措置をちらつかせる事態にも発展したとされる。後任として、スリー・ドアーズ・ダウン (3 Doors Down) のドラマーであったダニエル・アデア (Daniel Adair)が加入した。ダニエル・アデア (Daniel Adair)の加入は、バンドのリズムセクションに技術的な向上と、より強力なバックヴォーカルをもたらした。

新体制で制作された5作目のアルバム 『All the Right Reasons』 (2005年)は、ニッケルバック (Nickelback)のキャリアにおける商業的頂点となった。このアルバムは米国ビルボード200でバンド初の1位を獲得し、全世界で1,800万枚以上を売り上げ、RIAA (全米レコード協会) からダイヤモンド認定 (1,000万枚以上のセールス)を受けた。

このアルバムからは、「Photograph」(全米2位)、「Far Away」(全米8位)、「Rockstar」(全米6位)、「Savin' Me」、「If Everyone Cared」など、多数のトップ10ヒットが生まれた。特に「Rockstar」のミュージックビデオは、ジーン・シモンズ (Gene Simmons)、キッド・ロック (Kid Rock)、テッド・ニュージェント (Ted Nugent)、ネリー・ファータド (Nelly Furtado) など、ジャンルを超えた多数の有名人が出演し、リップシンクを行うという演出で大きな話題となった。

5. アリーナ・ロックの巨人としての地位 (2008-2013)

5.1 マット・ランジとのコラボレーション 『Dark Horse』

2008年、バンドはAC/DCやデフ・レパード (Def Leppard)、シャナイア・トゥエイン (Shania Twain) などを手掛けた伝説的なプロデューサー、ロバート・ジョン・マット・ランジ (Robert John "Mutt" Lange)を迎え、6作目のアルバム 『Dark Horse』を制作した。

マット・ランジ (Mutt Lange) の起用は、ニッケルバック (Nickelback) のサウンドをより巨大で、スタジアム映えするアリーナ・ロックへと進化させた。「Gotta Be Somebody」(全米10位)、「Something in Your Mouth」、「Burn It to the Ground」などの楽曲は、ライブパフォーマンスを前提としたアンセム的な構造を持っており、NBAやWWEなどのスポーツイベントでも頻繁に使用されるようになった。アルバムはビルボード200で2位を記録し、12回連続でワールドツアーを完売させるなど、ライブアクトとしての動員力は絶頂に達した。

5.2 『Here and Now』 と継続的な成功

2011年にリリースされた『Here and Now』は、カナダで1位、米国で2位を記録した。リードシングル「When We Stand Together」や「Lullaby」 は依然としてチャート上位に食い込んだが、音楽シーン全体がEDMやヒップホップへとシフトしていく中で、NICKELBACKは伝統的なロックバンドとしての砦を守り続ける存在となっていた。

2010年バンクーバーオリンピックの閉会式でのパフォーマンスは、NICKELBACKがカナダを代表する文化的アイコンであることを世界に示した瞬間であったが、同時に国内の一部からは「なぜニッケルバックなのか」という批判の声も上がった。

6. 批判、ミーム化、そして「最も嫌われたバンド」現象

ニッケルバック (Nickelback) を語る上で、NICKELBACKが2000年代後半から2010年代にかけて直面した、前例のない規模のバッシングとインターネット・ミーム (Internet Meme) 化の現象を避けて通ることはできない。

6.1 嫌悪のメカニズム

  1. オーバーエクスポージャー(過剰露出): 2000年代、NICKELBACKの楽曲はラジオ局のフォーマット(ロック、ポップ、アダルト・コンテンポラリー)を問わず、あまりにも頻繁に放送された。これにより、リスナーの間に「逃げ場のない疲労感」が蓄積された。
  2. 真正性(Authenticity) への疑義: 批評家や一部のロックファンは、NICKELBACKを「商業적成功のために計算され尽くした、魂のない製品」と見なした。「How You Remind Me」 と 「Someday」の類似性が指摘されたことは、この見方を補強した。
  3. インターネット・ミームの台頭: 2000年代後半、初期のソーシャルメディアやユーモアサイトにおいて、「ニッケルバックを叩くこと」自体がエンターテインメントとして定着した。コメディ・セントラル (Comedy Central) のプロモーションでのジョークや、「ピクルスのファンページの方がニッケルバックのファンページよりメンバーが多い」といったキャンペーンが拡散され、NICKELBACKは「ダサいもの」の代名詞として消費されるようになった。

6.2 バンドの対応と再評価

当初、バンドメンバー、特にチャド・クルーガー (Chad Kroeger) はこの状況に苦悩したが、次第にユーモアを持って対応する戦略へと転換した。「嫌われていることで話題になり続け、結果としてバンドの寿命が延びた」と公言し、自らをネタにする余裕を見せるようになった。

2020年代に入ると、Z世代(Gen Z)を中心に、NICKELBACKの音楽に対する偏見のない再評価が進んだ。リゾ (Lizzo) などの現代のスターがNICKELBACKを支持したことや、TikTokでの楽曲使用がきっかけとなり、「実は良い曲を書いているのではないか」という認識が広まった。

2023年に公開されたドキュメンタリー映画 『Hate to Love: Nickelback』は、この現象を決定的に変える転換点となった。トロント国際映画祭 (TIFF) でプレミア上映されたこの映画は、メンバーがネット上の誹謗中傷にどれほど傷つき、それでも音楽を続けてきたかという人間的な側面を描き出し、多くの視聴者の感情を揺さぶった。批評家からも「名声、批判、勝利への深い洞察」として評価され、NICKELBACKは単なる「ジョーク」から、困難を乗り越えた「レジェンド」へとその地位を回復しつつある。

7. 「ハンナ」の看板撤去事件

バンドの故郷であるアルバータ州ハンナ (Hanna, Alberta) とニッケルバック (Nickelback)の関係もまた、NICKELBACKのキャリアと同様に複雑な展開を見せている。2004年以降、町へ続く3つの主要道路の入り口には「Proud to be the home of Nickelback (ニッケルバックの故郷であることを誇りに思います)」と記された看板が設置されていた。

しかし2023年5月、これらの看板はすべて撤去された。ダニー・ポヴァシュク (Danny Povaschuk) 町長によれば、撤去の理由は「安全性」であった。多くのファンやドライバーが、ヒット曲「Photograph」にちなんで看板と共に写真を撮るために道路脇に停車し、交通上の危険が生じていたためである。

また、看板自体が30年近く経過し老朽化していたこと、そして「特定の個人の名前を出さず、シンプルな新しい看板に刷新したい」という町議会の意向もあったとされる。撤去された看板の一つは、ハンナ出身の元NHL選手ラニー・マクドナルド (Lanny McDonald) の70歳の誕生日に寄贈され、彼のレストランに飾られることとなった。この出来事は、バンドが世界的な存在になってもなお、故郷との物理的・象徴的な繋がりが議論の的となることを示している。

8. メンバー詳細プロフィールと使用機材

現在のメンバー (Current Members)

Chad Kroeger (チャド・クルーガー)

  • 役割: リードヴォーカル、リードギター (Lead Vocals, Lead Guitar)
  • 在籍: 1995年-現在
  • 特徴: バンドの創設者であり、主要なソングライター。特徴的なハスキーボイス (「グランジ・グロウル」)はバンドの象徴。
  • 機材: Paul Reed Smith (PRS) ギターを愛用しており、自身のシグネチャーモデルも存在する。アンプはMesa/Boogieなどを使用。

Ryan Peake (ライアン・ピーク)

  • 役割: リズムギター、キーボード、バックヴォーカル (Rhythm Guitar, Keyboards, Backing Vocals)
  • 在籍: 1995年-現在
  • 特徴: チャドの幼馴染。彼の高音域のハーモニーは、ニッケルバック・サウンドの厚みを形成する不可欠な要素。ライブではピアノも演奏する。
  • 機材: Gibson Les PaulやGibson Flying Vなどを主に使用。

Mike Kroeger (マイク・クルーガー)

  • 役割: ベースギター、バックヴォーカル (Bass Guitar, Backing Vocals)
  • 在籍: 1995年-現在
  • 特徴: チャドの兄。バンド名の名付け親であり、冷静なステージングでバンドのボトムを支える。
  • 機材: SadowskyやFenderの5弦ベースを使用することが多い。

Daniel Adair (ダニエル・アデア)

  • 役割: ドラムス、バックヴォーカル (Drums, Backing Vocals)
  • 在籍: 2005年-現在
  • 特徴: 元スリー・ドアーズ・ダウン (3 Doors Down)。テクニカルなドラミングと強力なコーラスワークで、バンドのサウンドをハードロック寄りへ進化させた。
  • 機材: DW Drums、Sabian Cymbalsを使用。

過去のメンバー (Former Members)

  • Brandon Kroeger (ブランドン・クルーガー): ドラムス (1995-1997)。従兄弟。デビュー作『Curb』に参加。
  • Mitch Guindon (ミッチ・ギンドン): ドラムス (1997-1998)。短期間在籍。公式録音には参加していない。
  • Ryan Vikedal (ライアン・ヴィッケダル): ドラムス (1998-2005)。『The State』 から 『The Long Road』までの黄金期を支えた。

9. ディスコグラフィ (Discography)

以下に、ニッケルバック (Nickelback) の全スタジオ・アルバムと主要なチャートアクション、認定情報を詳述する。

スタジオ・アルバム一覧

タイトル (Title) リリース日 (Release Date) レーベル (Label) 最高位 (US/CAN) 主要認定 (Certifications) 備考
Curb 1996年5月1日 Independent/Roadrunner -/- CAN: Gold 自主制作デビュー盤。
The State 2000年3月7日 Roadrunner / EMI 130/- US: Platinum, CAN: Platinum メジャーデビュー作。"Leader of Men"収録。
Silver Side Up 2001年9月11日 Roadrunner #2 / #1 US: 6× Platinum, CAN: 8× Platinum 世界的ブレイク作。"How You Remind Me"収録。
The Long Road 2003年9月23日 Roadrunner #6 / #1 US: 3× Platinum, CAN: 5× Platinum "Someday"収録。
All the Right Reasons 2005年10月4日 Roadrunner #1 / #1 US: Diamond, CAN: 7× Platinum 最大のヒット作。7曲がシングルカット。
Dark Horse 2008年11月18日 Roadrunner #2 / #1 US: 3× Platinum, CAN: 6× Platinum Mutt Lange プロデュース。
Here and Now 2011年11月21日 Roadrunner #2 / #1 US: Platinum, CAN: 2× Platinum "When We Stand Together"収録。
No Fixed Address 2014年11月14日 Republic #4 / #2 US: Platinum, CAN: Platinum レーベル移籍作。Flo Rida とのコラボ収録。
Feed the Machine 2017年6月16日 BMG #5 / #2 UK: Silver ヘヴィなサウンドへの回帰。
Get Rollin' 2022年11月18日 BMG #30 / #4 - 最新作。SWIチャートで1位。

主要シングルとチャート実績 (Billboard Hot 100 / Canadian Hot 100)

NICKELBACKのシングルは、ロックチャートだけでなくポップチャートでも長期にわたりランクインした。以下は代表的なシングルの最高位である。

  • "How You Remind Me" (2001): US #1, CAN #1
  • "Too Bad" (2002): US #42
  • "Someday" (2003): US #7, CAN #1
  • "Photograph" (2005): US #2
  • "Far Away" (2006): US #8
  • "Rockstar" (2006): US #6
  • "Gotta Be Somebody" (2008): US #10
  • "If Today Was Your Last Day" (2008): US #19
  • "When We Stand Together" (2011): US #44

10. ツアーとライブパフォーマンス

ニッケルバック (Nickelback)は、そのキャリアを通じて精力的なツアーバンドとして知られている。NICKELBACKは12回連続でワールドツアーを完売させており、その総動員数は1,000万人を超える。

最近のツアー活動: Get Rollin' Tour (2023)

最新アルバム『Get Rollin'』に伴うツアーは、2023年6月から北米38都市で開催された。このツアーでは、カントリー・ロッカーのブラントリー・ギルバート (Brantley Gilbert)と、新進気鋭のカントリー・アーティストであるジョシュ・ロス (Josh Ross) がサポートアクトとして帯同した。

主要な日程と会場:

  • モントリオール (Montreal) - Bell Centre
  • エドモントン (Edmonton) - Rogers Place
  • ロサンゼルス (Los Angeles) - Kia Forum
  • ナッシュビル (Nashville) - Bridgestone Arena
  • ニューヨーク近郊 (New York Metro) - UBS Arena (Belmont Park)

このツアーのセットリストには、新曲だけでなく、「How You Remind Me」、「Photograph」、「Rockstar」といった往年のヒット曲が網羅されており、長年のファンを満足させる構成となっていた。また、NICKELBACKのライブ機材の規模や演出は世界屈指であり、アリーナ級の会場を揺るがす音圧とエンターテインメント性を提供し続けている。

11. 受賞歴と栄誉

ニッケルバック (Nickelback)は、商業的成功に見合うだけの多数の賞を受賞している。

  • Canadian Music Hall of Fame (カナダ音楽の殿堂): 2023年に殿堂入り。ジュノー賞授賞式でのパフォーマンスと共にその功績が称えられた。
  • Juno Awards (ジュノー賞): カナダのグラミー賞に相当するこの賞を、これまでに12回受賞している。「Group of the Year」や「Rock Album of the Year」など、主要部門を制覇している。
  • Billboard Music Awards: 2006年の 「Duo/Group of the Year」などを受賞。また、「Top Rock Group of the Decade (2000年代)」に選出されている。
  • Canada's Walk of Fame: 2007年に殿堂入り。
  • Grammy Awards: 受賞こそ逃しているものの、「Record of the Year」 (How You Remind Me) を含む6回のノミネート歴がある。

12. Conclusion

アルバータ州ハンナ (Hanna, Alberta) の小さなカバーバンドから出発したニッケルバック (Nickelback)は、現代の音楽産業において、商業的成功と文化的批評の狭間で独自の地位を築き上げた。NICKELBACKはポスト・グランジ (Post-Grunge) をアリーナ・ロック (Arena Rock) へと昇華させ、世界中の何百万人ものファンに愛されるアンセムを生み出し続けた。

同時に、NICKELBACKはインターネット時代の「集団的な嫌悪」の象徴となり、過酷なバッシングに晒された。しかし、その逆境に対するNICKELBACKの忍耐強さとユーモア、そして何よりも揺るぎないファンベースの存在が、2020年代における再評価と「レジェンド」としての地位回復をもたらした。

『Get Rollin'』ツアーの成功やカナダ音楽の殿堂入りは、NICKELBACKが現在進行形のロックアイコンであることを証明している。ニッケルバック (Nickelback) の物語は、単なるバンドの歴史を超えて、現代の大衆文化における「成功」 と 「名声」、そして「評価」の在り方を問いかける重要なケーススタディであり続けている。

Trivia

2012年12月に予定されていた日本武道館公演について、激ロックのインタビューでは会場の選択がバンド側の希望だったとされている。ドラマーのダニエル・アデアは、このツアーではロサンゼルスやニューヨークでも初めて立つ大きな会場が続いたため、日本なら武道館だという流れになったと説明した。チャド・クルーガーは、チープ・トリックのメンバーがブードゥーカーンと発音していたのを聞き覚え、長くそれが会場名の読み方だと思い込んでいたと話しており、正しい発音を知ったのは来日してからだった。ステージについては、大きなスクリーンを使う凝った演出だが、安全上の理由でパイロだけは使わないと述べている。

出典: 激ロック インタビュー「NICKELBACK」(2012.12.14)

2015年の来日公演を前に受けた激ロックのインタビューで、ベースのマイク・クルーガーは11歳の娘を日本へ連れて行くつもりだと話している。娘は学校で日本語の授業を取り、日本の文化について書かれた本を何冊も読んでいる、と本人が説明している。オーストラリア・ツアーの最終公演地パースからいったんハワイの自宅へ戻って娘を迎え、そのまま日本へ向かう段取りだとも語った。滞在中は渋谷・原宿・秋葉原を案内したいこと、東京に来るたび皇居の周りを走っているので今回は娘と歩きたいことも挙げている。レーベルが公演直前に出した告知も、親子での来日予定に触れている。いずれも公演前に語られた予定である。

出典: 激ロック インタビュー「NICKELBACK」(マイク・クルーガー、2015年5月9日掲載)

バンド名は、ベースのマイク・クルーガー(Mike Kroeger)がコーヒーショップで働いていたころの口ぐせに由来する。ワーナーミュージック・ジャパンの公式プロフィールは、勤務先を地元のスターバックスとし、5セントのお釣りを指す「Here's your nickel back」という彼の一言がそのまま名前になったと説明している。カナダの表彰団体 Canada's Walk of Fame の殿堂入り者ページも、客に釣り銭を渡すときの決まり文句が名前の元だと同じ由来を記している。本人はこの話を長く語り続けてきており、2010年の The National 紙の取材では、何百回も同じ質問を受けてきたこと、1995年からその質問に答え続けていることを述べている。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン公式アーティスト・プロフィール

NICKELBACK公式サイトに置かれていたチャド・クルーガー(Chad Kroeger)本人執筆のプロフィールには、少年期についての記述がある。ギターは13歳で独学し、最初の1本については母親への感謝が添えられている。同じ文章で彼は、14歳のときに自分の通う中学校に11回侵入し、少年拘置施設に入れられたと自ら書いている。なお同じ一件をCBC Radio qは高校への侵入として伝えており、学校の種類は出典によって食い違う。2024年3月にLouderが掲載したドキュメンタリー『Hate to Love: Nickelback』評も、本人が作中で侵入と拘置について語っていると記しているが、回数には触れていない。

異説あり出典: NICKELBACK公式サイト Chad Kroeger 本人バイオ(Internet Archive 2001-03-09 保存版)

『The State』の発売年は、参照する資料によって1998年・1999年・2000年に分かれる。当時のバンド公式サイトのディスコグラフィは、本作を1999年1月に出た2枚目のフルレングス盤として挙げ、レーベル名は一切書いていない。同サイトのトップページは、1999年11月の時点でバンドをまだ独立した存在だと説明していた。一方ロードランナーは自社のディスコグラフィで本作を2000年の欄に置き、Nickelback's debut LP for Roadrunner と、自社にとってのデビュー作という限定付きで説明したうえで、それ以前の2作は自主リリースでカナダ国内のみだったと記している。ラウダーは1998年作として扱い、2000年にEMIカナダ/ロードランナーから再発されたと書いている。CBC Music はロードランナーおよびEMIとの契約を1999年としている。

異説あり出典: ロードランナー・レコード公式サイト ニッケルバックのディスコグラフィ(Internet Archive 2001年4月28日保存版)

『Silver Side Up』というタイトルは、録音の終盤になっても確定していなかった。公式サイトが2001年6月6日に掲載したニュースは、12曲前後を録り終え、6月8日に録音を終える予定であること、収録曲はまだ絞り込んでいないこと、ミックス担当としてランディ・スタウブ(Randy Staub)の名がメタリカの仕事とともに挙がっていることを伝えたうえで、『Silver Side Up』はあくまで仮のタイトルで、まだ決定ではないと明記していた。ジャケットはすでに用意ができており、進行は予定より前倒し、写真とビデオの撮影は6月末から7月頭に組まれていた。同じ公式サイトの6月17日付ニュースでは、録音を終えてバンクーバーでスタウブとのミックスが半ばまで進んだことが報じられている。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「New Record Almost Complete」(Internet Archive 保存版)

2002年1月、『シルヴァー・サイド・アップ』期のカナダ・ツアー中に、ジェリー・カントレル(Jerry Cantrell)が2夜続けてステージに加わった。公式サイトの1月28日付ニュースによれば、木曜のカルガリーではアリス・イン・チェインズの「It Ain't Like That」を、翌晩のエドモントンでは「Rooster」を一緒に演奏している。ワーナーミュージック・ジャパンの商品ページは、このツアーでカナダに凱旋した公演を収めたライヴDVD『Live At Home』に、特別ゲストとして同行していたカントレルとの共演映像が収録されていると記している。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「SPECIAL GUEST」(Internet Archive 保存版)

「How You Remind Me」は2001年12月22日付の米ビルボードHot 100で1位に立った。ビルボード自身のチャート履歴によれば、同曲の初登場は2001年9月8日付で、最高位である1位には通算4週とどまり、Hot 100全体では49週にわたってランクインしている。

出典: ビルボードHot 100(2001年12月22日付)

トリビアをすべて見る(全165件)

News

NICKELBACK、新作『Everything Under the Sun』から3枚目の先行曲「Leave Me Behind」を公開

10月30日発売の通算11作目に収録されるバラードで、公式ヴィジュアライザーが8月20日に公開された。

出典: ThePRP(2026年8月20日)

MVを再生

ニュース一覧 →

Albums

Get Rollin' CD
/

NICKELBACKが親しみやすいロックの感触と重量感を手堅く提示した久々のスタジオ作。

Feed the Machine CD
/

ヘヴィなギターとキャッチーなコーラスを強化し、NICKELBACKの攻撃的な側面を押し出した一作。

No Fixed Address CD
/

ロックの骨格にポップなフックと多彩なアレンジを重ねたNICKELBACKの変化作。

Here and Now CD
/

大きなサビと骨太なギターで、NICKELBACKのアリーナ級ハード・ロックを鳴らす一作。

Dark Horse CD
/

太いリフと親しみやすいメロディをさらに磨き、NICKELBACKが大衆性あるハード・ロックを提示した一作。

All the Right Reasons CD
/

太いギターと親しみやすいコーラスで、NICKELBACKがハード・ロックとポップ性を大きく結び付けた第五作。

The Long Road CD
/

太いギターと大きなコーラスで、NICKELBACKが硬質なポスト・グランジを広げた第四作。

Silver Side Up CD
/

太いギターと大きなメロディを直結させ、NICKELBACKが世界的なブレイクへ進んだ3作目。

The State CD
/

太いギターとざらついた歌声で、NICKELBACKが後の飛躍につながるポスト・グランジの核を示した初期作。

Curb CD
/

後の大成へつながる荒い熱量とポスト・グランジの陰影を刻んだ、NICKELBACK自主制作期のデビュー作。