NICKELBACK トリビア 全165件

NICKELBACKにまつわる事実を、出典付きで165件掲載しています。

Trivia

2012年12月に予定されていた日本武道館公演について、激ロックのインタビューでは会場の選択がバンド側の希望だったとされている。ドラマーのダニエル・アデアは、このツアーではロサンゼルスやニューヨークでも初めて立つ大きな会場が続いたため、日本なら武道館だという流れになったと説明した。チャド・クルーガーは、チープ・トリックのメンバーがブードゥーカーンと発音していたのを聞き覚え、長くそれが会場名の読み方だと思い込んでいたと話しており、正しい発音を知ったのは来日してからだった。ステージについては、大きなスクリーンを使う凝った演出だが、安全上の理由でパイロだけは使わないと述べている。

出典: 激ロック インタビュー「NICKELBACK」(2012.12.14)

2015年の来日公演を前に受けた激ロックのインタビューで、ベースのマイク・クルーガーは11歳の娘を日本へ連れて行くつもりだと話している。娘は学校で日本語の授業を取り、日本の文化について書かれた本を何冊も読んでいる、と本人が説明している。オーストラリア・ツアーの最終公演地パースからいったんハワイの自宅へ戻って娘を迎え、そのまま日本へ向かう段取りだとも語った。滞在中は渋谷・原宿・秋葉原を案内したいこと、東京に来るたび皇居の周りを走っているので今回は娘と歩きたいことも挙げている。レーベルが公演直前に出した告知も、親子での来日予定に触れている。いずれも公演前に語られた予定である。

出典: 激ロック インタビュー「NICKELBACK」(マイク・クルーガー、2015年5月9日掲載)

バンド名は、ベースのマイク・クルーガー(Mike Kroeger)がコーヒーショップで働いていたころの口ぐせに由来する。ワーナーミュージック・ジャパンの公式プロフィールは、勤務先を地元のスターバックスとし、5セントのお釣りを指す「Here's your nickel back」という彼の一言がそのまま名前になったと説明している。カナダの表彰団体 Canada's Walk of Fame の殿堂入り者ページも、客に釣り銭を渡すときの決まり文句が名前の元だと同じ由来を記している。本人はこの話を長く語り続けてきており、2010年の The National 紙の取材では、何百回も同じ質問を受けてきたこと、1995年からその質問に答え続けていることを述べている。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン公式アーティスト・プロフィール

NICKELBACK公式サイトに置かれていたチャド・クルーガー(Chad Kroeger)本人執筆のプロフィールには、少年期についての記述がある。ギターは13歳で独学し、最初の1本については母親への感謝が添えられている。同じ文章で彼は、14歳のときに自分の通う中学校に11回侵入し、少年拘置施設に入れられたと自ら書いている。なお同じ一件をCBC Radio qは高校への侵入として伝えており、学校の種類は出典によって食い違う。2024年3月にLouderが掲載したドキュメンタリー『Hate to Love: Nickelback』評も、本人が作中で侵入と拘置について語っていると記しているが、回数には触れていない。

異説あり出典: NICKELBACK公式サイト Chad Kroeger 本人バイオ(Internet Archive 2001-03-09 保存版)

『The State』の発売年は、参照する資料によって1998年・1999年・2000年に分かれる。当時のバンド公式サイトのディスコグラフィは、本作を1999年1月に出た2枚目のフルレングス盤として挙げ、レーベル名は一切書いていない。同サイトのトップページは、1999年11月の時点でバンドをまだ独立した存在だと説明していた。一方ロードランナーは自社のディスコグラフィで本作を2000年の欄に置き、Nickelback's debut LP for Roadrunner と、自社にとってのデビュー作という限定付きで説明したうえで、それ以前の2作は自主リリースでカナダ国内のみだったと記している。ラウダーは1998年作として扱い、2000年にEMIカナダ/ロードランナーから再発されたと書いている。CBC Music はロードランナーおよびEMIとの契約を1999年としている。

異説あり出典: ロードランナー・レコード公式サイト ニッケルバックのディスコグラフィ(Internet Archive 2001年4月28日保存版)

『Silver Side Up』というタイトルは、録音の終盤になっても確定していなかった。公式サイトが2001年6月6日に掲載したニュースは、12曲前後を録り終え、6月8日に録音を終える予定であること、収録曲はまだ絞り込んでいないこと、ミックス担当としてランディ・スタウブ(Randy Staub)の名がメタリカの仕事とともに挙がっていることを伝えたうえで、『Silver Side Up』はあくまで仮のタイトルで、まだ決定ではないと明記していた。ジャケットはすでに用意ができており、進行は予定より前倒し、写真とビデオの撮影は6月末から7月頭に組まれていた。同じ公式サイトの6月17日付ニュースでは、録音を終えてバンクーバーでスタウブとのミックスが半ばまで進んだことが報じられている。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「New Record Almost Complete」(Internet Archive 保存版)

2002年1月、『シルヴァー・サイド・アップ』期のカナダ・ツアー中に、ジェリー・カントレル(Jerry Cantrell)が2夜続けてステージに加わった。公式サイトの1月28日付ニュースによれば、木曜のカルガリーではアリス・イン・チェインズの「It Ain't Like That」を、翌晩のエドモントンでは「Rooster」を一緒に演奏している。ワーナーミュージック・ジャパンの商品ページは、このツアーでカナダに凱旋した公演を収めたライヴDVD『Live At Home』に、特別ゲストとして同行していたカントレルとの共演映像が収録されていると記している。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「SPECIAL GUEST」(Internet Archive 保存版)

「How You Remind Me」は2001年12月22日付の米ビルボードHot 100で1位に立った。ビルボード自身のチャート履歴によれば、同曲の初登場は2001年9月8日付で、最高位である1位には通算4週とどまり、Hot 100全体では49週にわたってランクインしている。

出典: ビルボードHot 100(2001年12月22日付)

ビルボードが公開しているHot 100年間1位曲の一覧では、2002年の項に「How You Remind Me」が挙げられている。週間チャートで首位に立ったのは2001年末だが、年間集計では2002年の1位曲として扱われている。隣接する2001年の項に挙がる曲は週間最高2位で、この一覧が順位付けしているのが週間の最高位ではなく年間の集計であることを示している。

出典: ビルボード「Hot 100 年間1位曲一覧」

「How You Remind Me」がラジオで広がっていた時期の記録が、公式サイト自身のニュースに残っている。2001年10月9日付の記事は、前週にこの曲がモダン・ロック・フォーマットにおける週間総オンエア回数の記録を更新したと伝えた。それまでの記録保持者として挙げられているのは、1997年のシュガー・レイ(Sugar Ray)「Fly」である。同じ記事は10月8日の『The Tonight Show』出演に触れ、10月12日には『Late, Late Show with Craig Kilborn』に出演すると告知している。なおこの記録はチャート集計機関の発表ではなく、バンドの公式サイトが読者に向けて書いたものである。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「LATE, LATE SHOW」(Internet Archive 保存版)

『All the Right Reasons』は、2005年10月22日付の米ビルボード200で初登場1位を記録した。同号のチャート表では、1位の行に新規エントリーを示す「NEW」が付き、前週順位の欄は空になっている。ビルボードのアーティスト別チャート履歴も、同作の初登場を2005年10月22日付、最高位を1位(1週)、チャートイン週数を206週と記載している(2026年8月19日閲覧時点)。Loudwireは、本作がバンドにとって初のビルボード200首位作であり、ビルボードのトップ30に100週以上とどまったのは1997年のシャナイア・トゥエイン『Come On Over』以来だと伝えている。

出典: ビルボード200(2005年10月22日付)

全米レコード協会(RIAA)の認定データベースで『All the Right Reasons』の詳細表示を開くと、現行の認定はDIAMOND、日付は2017年3月3日と示される。同じ日付で9×プラチナも記録され、最初の認定は2005年11月16日のゴールドとプラチナだった。検索結果の一覧行では等級が画像バッジで示されるだけで、ダイヤモンドという語は現れない。賞の種別をダイヤモンドに絞り込むと、ニッケルバック名義で返る作品はこの1件だけで、『Silver Side Up』の6×プラチナなど他の作品はプラチナ側に返る。RIAAのユニットはアルバム1枚の販売、収録曲10曲分の販売、オンデマンド再生1,500回をそれぞれ1として合算した数で、実売枚数とは別の数字である。Billboardを引いたBLABBERMOUTH.NETの2017年3月13日の記事は、Nielsen Musicによる同作の全米実売を796万枚と伝えている。

出典: 全米レコード協会(RIAA)ゴールド&プラチナ・データベース

2023年3月13日、エドモントンのロジャース・プレイスで開かれた第52回JUNO賞で、NICKELBACKはカナダ音楽の殿堂(Canadian Music Hall of Fame)入りを果たした。BMGの公式リリースによれば、殿堂へ迎え入れる紹介役を務めたのはアイスホッケーのエドモントン・オイラーズでキャプテンを務めるコナー・マクデイビッドで、その前に俳優のライアン・レイノルズが映像でトリビュートを寄せている。バンドは番組の最後にヒット曲のメドレーを演奏した。BLABBERMOUTH.NETは、会場のあるアルバータ州がバンドの出身州であること、この日披露したのが「Rockstar」「How You Remind Me」「Animals」の3曲であること、そしてJUNO賞の放送での演奏がこれで6度目だったことを伝えている。

出典: BMG公式プレスリリース(2023年3月14日)

レコーディング・アカデミー公式サイトにあるNICKELBACKのアーティストページは、受賞0・ノミネート5と表示している。内訳は、第45回の最優秀レコード賞に「How You Remind Me」、第46回の最優秀ロック・アルバム賞に『The Long Road』、第47回のハード・ロック・パフォーマンス部門に「Feelin' Way Too Damn Good」、第50回のデュオ/グループによるロック・パフォーマンス部門に「If Everyone Cared」、第52回のハード・ロック・パフォーマンス部門に「Burn It to the Ground」で、5件とも表示はNominee止まり。部門別のアーカイブによれば、第45回の最優秀レコード賞はノラ・ジョーンズ「Don't Know Why」が、第52回のハード・ロック・パフォーマンス部門はAC/DC「War Machine」が受賞している。

出典: GRAMMY.com(レコーディング・アカデミー公式)Nickelback アーティストページ

JUNO賞公式サイトのアーティストページによれば、NICKELBACKが初めて受賞したJUNO賞は2001年の最優秀新人グループ(Best New Group)で、受賞一覧にもノミネート一覧にも、これより古い記録はない。翌2002年には一度に3部門を制した。「How You Remind Me」での最優秀シングル、最優秀グループ、そして『Silver Side Up』での最優秀ロック・アルバムである。同じ年、『Silver Side Up』は最優秀アルバムにも名前が挙がっているが、こちらは候補どまりで、2002年の受賞は4件ではなく3件になる。2001年の新人賞がバンド初のJUNO賞であることは、CARASが2022年11月14日に出した発表でも同じように記されている。

出典: JUNO AWARDS 公式サイト アーティストページ

ニッケルバックの前身は、アルバータ州ハンナで他人の曲を演奏していたカバーバンドである。チャド・クルーガーが公式サイトに寄せた一人称のプロフィールによれば、高校を出た彼はライアン・ピークおよび兄弟のマイクとこのバンドでツアーに出ており、担当はリードギターで、歌っていたのは別のシンガーだった。バンドの顔として振る舞う術はそのシンガーに教わったという。1年ほどで他人の曲を演奏することに飽き、メンバーはそれぞれの道に分かれた。このプロフィールはシンガーの名もバンド名も書いていないが、BLABBERMOUTH.NET と CBC Music はどちらもその名義を VILLAGE IDIOT と伝えており、前者はバンドの歴史が1995年のハンナに遡ること、この名義が自分たちの育った小さな町にひっかけたものであることも記している。1996年、クルーガーはピークとともに10時間かけて西へ移動し、先にブリティッシュコロンビア州バンクーバーへ移っていた兄弟のマイクを追った。

出典: BLABBERMOUTH.NET

2005年1月、ニッケルバックはドラマーを交代した。『The State』『Silver Side Up』『The Long Road』に参加してきたライアン・ヴィケダル(Ryan Vikedal)が外れ、ツアーで行動を共にしていた3ドアーズ・ダウンにいたダニエル・アデア(Daniel Adair)が入る。アデアにオーディションが打診されたのは、その決定の1か月前だった。ヴィケダル自身はエドモントン・サン紙に、『All the Right Reasons』の制作にバンドが取りかかる時期に解雇されたと語っている。マイク・クルーガー(Mike Kroeger)の説明では、人格の衝突ではなく、機能しなくなっていると判断して崩れる前に動いた、ということになる。同年11月、チャド・クルーガー(Chad Kroeger)は自身と自身のプロダクション会社 Arm Your Dillo Publishing Inc. の名義でバンクーバーの裁判所に申し立て、ヴィケダルが1月にドラマーでなくなって以降に受け取った公衆演奏印税の受領を止めるよう求めた。訴えのなかで彼は、自分がバンド楽曲の唯一の著作者であると主張している。ドキュメンタリー『Hate to Love』では、ライアン・ピークがのちにヴィケダルを訪ねて関係を修復したことが語られる。

出典: BLABBERMOUTH.NET

チャド・クルーガー(Chad Kroeger)は2002年、自身のレーベルを立ち上げている。2002年6月26日付のブラバーマウスは、Kroeger が Nickelback の代理人を長く務めてきた弁護士 Jonathan Simkin と組んで 604 Records を立ち上げたと報じた。配給は米国が Nickelback の所属先でもある Roadrunner Records、カナダが Universal Music Canada。二人はそれ以前にカナダのバンド Default で組んでおり、Kroeger がデビュー作をプロデュースして収録曲の共作にも加わる一方、Kroeger がツアーで不在の間の実務は Simkin が受け持っていた。最初に正式契約した相手は、同記事の表記でいう THEORY OF A DEAD MAN で、そのデビュー作は同年9月17日発売と告知されていた。

出典: Blabbermouth.net(ブラバーマウス)

チャド・クルーガーは、EP『Hesher』を録音するための資金として継父から4,000ドルを借りている。ただし2017年、Loudwireの企画でバンド自身のWikipedia記述を照合した際、本人がその使い道を訂正した。Loudwireによれば、実際に録音へ充てたのは借りた額の半分で、残りはマジックマッシュルームの購入に消えている。クルーガーはそのマッシュルームを売りさばくことでスタジオ代をほどなく回収し、継父への返済も済ませたと同サイトは書いている。なお英Classic Rockは、1996年にバンクーバーへ移った時点でのバンドの持ち物がわずかなオリジナル曲と継父から借りたこの4,000ドルだけだったと記し、同年のうちに自主制作盤『Curb』を発表したと伝えている。

出典: Loudwire「Nickelback Play 'Wikipedia: Fact or Fiction?'」(Graham Hartmann)

「How You Remind Me」の3回目のサビに置かれた"止め"は、ドラム・テクニシャンのアンドリュー・モーウィニー(Andrew Mawhinney)の発案だった。バンクーバーでの録音中、バンドは出来自体は悪くないもののダイナミクスに欠けると感じており、ギターのライアン・ピークはサビの効きを強めるために一連の"止め"を入れることを既に提案していた。決め手になったのはモーウィニーの一言で、3回目のサビで大きく止めるべきだ、というものだった。その"止め"は3回目のサビの中に置かれ、曲最大の山場になっている。チャド・クルーガーによれば、バンドはこの提案ひとつに対して5,000ドルを支払った。

出典: Classic Rock(Louder)「The Story Behind The Song」(Henry Yates)

ニッケルバックの初期の録音を担ったエンジニア、ジョーイ・モイ(Joey Moi)は、バンクーバーの音響学校CDISに通っていた当時、校内の清掃と警備を引き受ける見返りにスタジオを無償で使える立場を得ていた。割り当てられたのは深夜0時から朝8時までの枠で、その時間にニッケルバックのデモを朝まで録っていたと、モイは2013年のMusicRowのインタビューで語っている。同記事によれば、モイはそこからエンジニアを経て共同プロデュースへ進み、その作品として『The Long Road』と『Dark Horse』が挙げられている。「Burn It to the Ground」では作曲にも名を連ねた。バンクーバー時代にはクルーガーと二人でデフォルトというバンドの人物を手がけており、デフォルトが創作面で行き詰まってメンバーが離れたあと、そのシンガーとカントリー作品をやろうと話したことがナッシュビルへ向かう糸口になったとも述べている。

出典: MusicRow

「Photograph」には、前科と、そこに記録された不法侵入の回数に触れる一節がある。CBC Radio qによれば、下敷きになっているのはチャド・クルーガー(Chad Kroeger)が自分の高校に入り込み、事務室の金庫から金を持ち出そうとした一件で、歌詞に置かれた数は実際の回数ではない。本当の数はそれより多く、語の収まりがよかったために少ないほうの言い方に置き換えられたと同記事は伝えている。クルーガー本人は歌にすることをためらわなかった理由として、罪に問われて前科として残っていること、そして償いはすでに済んでいることを挙げた。のちにLouderが掲載した記事は、侵入先をJ.C.チャリック高校と記している。ただし本人が公式サイトに書いたプロフィールでは、侵入先は自分の通う中学校とされており、学校の種類は出典によって食い違う。

異説あり出典: CBC Radio q

「Photograph」のビデオでチャド・クルーガー(Chad Kroeger)が掲げている写真は、歌詞が指しているその写真の実物だと本人がCBC Radio qで説明している。写っているのはクルーガーと、バンドの友人でありプロデューサーでもあるジョーイ・モイ(Joey Moi)。モイの頭に載った銀色の物体はトロフィーではなく、よく磨かれた大きなシャンパンクーラーで、ある大晦日に正体をなくすほど酔っていたところを撮られた一枚だとクルーガーは述べている。写真にはもう一人ロブ・マッキー(Rob Mackie)がクルーガーのすぐ隣に写っていたが、後処理で切り落とされたうえでプリントが二人に渡っており、クーラーを押さえているマッキーの手だけが画面に残っている。ベースのマイク・クルーガー(Mike Kroeger)がWSOU-FMで語った内容として、Loudwireはさらに次の点を伝えている。この写真はビデオ用の小道具ではなくチャドの自宅キッチンに何年も掛かっていたもので、撮影後もキッチンに戻された。クーラーはマイクと妻がチャドの新居祝いに贈ったものだという。

出典: CBC Radio q

『Get Rollin'』の1曲目「San Quentin」は、チャド・クルーガーが実在の刑務所長と顔を合わせたことから生まれた曲である。Loudwireは、その場をテレビ司会者ガイ・フィエリ(Guy Fieri)の誕生日パーティー、相手をサン・クエンティン刑務所の所長と伝えている。BLABBERMOUTH.NETは刑務所の名前を出さず、カリフォルニアの悪名高い重警備刑務所の所長とだけ記し、曲は主人公が知恵を絞って脱獄していく筋書きをたどると説明する。Songfactsが伝えるクルーガー自身の話では、その会話の最中に頭を占めていたのは同じ名前の曲を書くという思いつきだけで、彼はそれを携帯電話のメモに書き留めた。シングルは2022年9月7日に各配信サービスで公開された。

出典: Loudwire

チャド・クルーガーはサンタナのアルバム『Shaman』(アリスタ)に提供した「Why Don't You & I」で作曲と歌唱を担当したが、この曲をシングルとして切り出す判断が下された段になって、ニッケルバックの所属先ロードランナー・レコードが許諾を出さなかった。シングル版はザ・コーリングのアレックス・バンドの歌で録り直され、付随するビデオにも彼が出演している。ロードランナーは声明で、アリスタとの取り決めはクルーガーが『Shaman』で歌うところまでであり、シングル化は両社の間で当初から想定されていなかったと説明した。サンタナはLaunchに対し、この件にわだかまりはないと述べ、参加したいと掛け合ったのはクルーガー自身で、アレックスを引っ張ってきたのも彼だったと明かしている。Blabbermouth.netは、ニッケルバックが9月下旬に新作を控えており、夏場に注目シングルでクルーガーが顔を出すと秋の新作への関心が削がれかねないとロードランナーが考えた、と伝えている。

出典: Blabbermouth.net

『Dark Horse』収録の「Something In Your Mouth」には、プロデューサーのマット・ラング(Mutt Lange)が当初もっと露骨な別のタイトルを考えていた——チャド・クルーガー(Chad Kroeger)が2023年、米サクラメントのラジオ番組でそう振り返っている。クルーガーはさすがに際どすぎるとして見送ったが、その語呂の可笑しさは覚えていた。後にスティール・パンサーの面々から一緒に曲を書こうと持ちかけられたとき、彼はすかさずその没案を出し、相手も即座に乗ったという。こうして生まれたのが、エクストリームのヌーノ・ベッテンコート(Nuno Bettencourt)も加わった「It Won't Suck Itself」で、スティール・パンサーの2011年作『Balls Out』の6曲目に収められた。歌詞は、蛇やサソリに噛まれて毒を吸い出してもらうという筋に振り替えたとクルーガーは説明している。

出典: Loudwire

2005年1月4日のNPRの報道によれば、カナダ・アルバータ州に住む当時21歳の大学生でミュージシャンのマイキー・スミスは、ラジオで流れた「How You Remind Me」と「Someday」の旋律が重なることに気づき、2曲を左右のスピーカーに振り分けて同時に鳴らす音源を作った。似ている度合いを示すために多少の加工を加えたことは本人が認めている。友人と、ニッケルバックのファンだった交際相手に自分の主張を示すつもりだったといい、友人が聴けるように自身のウェブページへ置いた。そこから本人の想定を超えて広まり、「How You Remind Me of Someday」の名でインターネット上に流通したと同記事は伝えている。

出典: NPR(米国公共ラジオ)/記者ショーン・コール(加盟局WBUR)

2023年9月、トロント国際映画祭でのドキュメンタリー『Hate to Love: Nickelback』プレミアの場で、バンドはPeople誌の取材に応じている。チャド・クルーガー(Chad Kroeger)は、バンドが浴びてきた反感を作品で扱うことに当初は消極的で、ギターのライアン・ピーク(Ryan Peake)に必要だと説得されたと述べた。ピークの主張は、自分たちで語れば話の主導権をこちら側が握り、自分たちの見方を示せるというものだった。なぜためらったのかと問われたチャドは記者の録音機を取り上げ、世界中に嫌われていることについて毎日のようにコメントを求められたら誰でも抵抗を覚えるはずだと問い返している。そのうえで、作品で語り尽くした以上、今後この質問が出た時点で取材は終わりだと宣言した。

出典: Blabbermouth

『All the Right Reasons』収録の「Rockstar」は、著作権侵害訴訟の的になったことがある。SNOWBLIND REVIVALのミュージシャン、カーク・ジョンストンが、自身の「Rock Star」という曲を下敷きにされたと主張したものだが、2023年3月16日、連邦地裁のロバート・ピットマン判事はバンド側の主張を認めた。Loudwireによれば、判事は両曲が似て聞こえないと断じ、主題が重なる部分があっても、NICKELBACK側の歌詞が具体的な描写を積み重ねている点で別物になっていると述べた。さらに、被告がジョンストンの曲を聴く現実的な機会があったことを示す証拠は提出されておらず、同じ会場で演奏した事実だけでは接触の証明にならないとした。ロックスターという題材自体はありふれた常套句であり一人の作り手が独占できるものではないとして、同種の主題を持つ他の17曲を引き合いに出している。

出典: Loudwire

2005年の「フォトグラフ」のビデオは、冒頭のカットがミーム化したことでシングル自体の人気が再燃した。2019年10月には、当時のアメリカ大統領ドナルド・トランプが自身のTwitterにこのビデオのクリップを投稿している。冒頭の場面をデジタル加工し、チャド・クルーガー(Chad Kroeger)が掲げる額入りの写真を、当時の大統領候補ジョー・バイデンとその息子ハンター、氏名不詳の男性2人が写るものに差し替えたものだった。投稿はデジタルミレニアム著作権法(DMCA)に基づく申し立てにより12時間以内に削除され、ニッケルバックはこの件に公には反応しなかった。翌2020年にはGoogleと組み、写真アプリGoogle Photosの宣伝で自らこのビデオをパロディ化し、歌詞も新しく書き替えている。

出典: Classic Rock(Louder)

2010年2月28日、バンクーバー冬季五輪の閉会式がBCプレイスで行われ、ニッケルバックが「Burn It to the Ground」を演奏した。ジョージア・ストレートはこのバンドを開催地であるブリティッシュ・コロンビア州のバンドとして紹介している。この夜のステージにはニール・ヤングやアヴリル・ラヴィーンらカナダの顔ぶれが並んだ。

出典: ジョージア・ストレート(バンクーバー)

『Silver Side Up』の発売日は2001年9月11日だった。同日ニッケルバックは3ドアーズ・ダウンのツアーに帯同しており、オープニング・アクトとして、その晩最初に客席へ言葉を発する役目を負うことになった。チャド・クルーガーはLoudwireの2022年のインタビューで、異様で不気味な空気のなか自分が最初にマイクの前に立ったことを振り返り、来場への礼を述べたうえで、米国史でも有数の暗い局面にあってせめて気を紛らわせる役回りを担わせてほしいと客席に呼びかけたと語っている。会場の空気はいくらかほどけたものの長くは続かず、公演が終われば現実に戻らざるを得なかったとも述べている。自分たちの新譜がその日に発売されたことにメンバーの一人が気づいたのは一日の半ばで、それまで全員が完全に失念していた。

出典: Loudwire

2011年11月24日、デトロイトのフォード・フィールドで行われた感謝祭恒例のNFL戦、デトロイト・ライオンズ対グリーンベイ・パッカーズのハーフタイムにNICKELBACKが出演し、その週の月曜に発売されたばかりの『Here and Now』から「When We Stand Together」を取り上げた。CBCニュースによれば、バンドの演奏そのものは4分に満たず、場内アナウンスがバンド名を告げた際にはブーイングが起きたと伝えられるものの、演奏中の観客は騒ぎ立てなかった。ステージからは花火が上がり、統制された一団のファンがステージを囲むフィールドに入って、ドラマーやダンサー、旗手による振付も加わった。ショーはユナイテッド・ウェイの協賛によるもので、バンドに出演料は支払われていない。

出典: CBCニュース(カナダ放送協会)

チャド・クルーガー(Chad Kroeger)の声帯の不調で2015年の『No Fixed Address』ワールド・ツアーが大量に中止された件は、保険をめぐる訴訟に発展した。CBCによれば中止は60本を超え、バンドはその補償として保険会社ロイズ・オブ・ロンドンに1,300万米ドルを請求している。ロイズは同年12月15日、ニッケルバック、ニッケルバック・プロダクションズ、クルーガーを相手取ってロサンゼルス上位裁判所に提訴し、保険契約そのものの取り消しを求めた。クルーガーは2012年春の時点で同じ症状の診断と治療を受けており、加入前にそれを申告していなかった、というのがロイズ側の言い分である。バンドは翌2016年に反訴し、保険金を支払わずに済ませるために事実と異なる主張をしていると訴えた。

異説あり出典: CBCニュース

招聘元クリエイティブマンの経歴欄によれば、NICKELBACKの初来日は2002年5月、東京での一夜限りのショウケース公演である。同欄はこれをプレミアム・ライヴとし、チケットは発売から5分で完売したと記している。バンド自身も公式サイトの2002年5月30日付ニュースで、東京での滞在を終えて戻ったことを報告し、テレビ出演をいくつかこなしたこと、公演はソールド・アウトだったこと、滞在中に現地で初めて開かれたというMTVのアワードにも出演したことを伝えている。rockinon.comの2012年12月4日付レポートによれば、同年12月の日本武道館公演より前の来日は、フェス出演を含めても3回だけだった。

異説あり出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「Nickelback Returns From Japan」(Internet Archive 保存版)

2012年9月12日、ワーナーミュージック・ジャパンはニッケルバックの6作を廉価再発シリーズ〈ロードレイジ1800〉として一斉に発売した。内訳は『The State』(WPCR-14622)、『Silver Side Up』(WPCR-14623)、『Curb』(WPCR-14624)、『The Long Road』(WPCR-14625)、『All the Right Reasons』(WPCR-14626)、『Dark Horse』(WPCR-14627)の6点。このうち4作のトラックリストにはボーナス・トラックの表記があり、『The State』は「Little Friend」、『Silver Side Up』は「Learn The Hard Way」、『The Long Road』は「Someday」のアコースティック版と「Slow Motion」、『All the Right Reasons』は「We Will Rock You」と「Someday」のアコースティック・ライヴ版が加えられている。『Curb』と『Dark Horse』のトラックリストにその表記はない。なお『The State』に加わった「Little Friend」は、同じシリーズで再発された『Curb』の1曲目と曲名が一致するが、同一音源かどうかは商品ページに書かれていない。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン『シルヴァー・サイド・アップ <ロードレイジ1800>』商品ページ(ほか同シリーズ各ページ)

サマーソニックの公式サイトが収録している2000年以降の歴代ラインナップで、ニッケルバックの名前があるのは2010年と2018年の2回である。2010年は8月7日の東京・マリンステージと8月8日の大阪・オーシャンステージで、いずれもジェイ・Zとジ・オフスプリングに続く位置に置かれていた。2018年は大阪が8月18日、東京が8月19日で、両会場ともマウンテンステージの先頭に名前が並ぶ。同年の記録ページは、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジとニッケルバックがマウンテンステージのトリを務めたと記している。

出典: SUMMER SONIC 公式サイト HISTORY 2018/HISTORY 2010

2009年の来日は、招聘元クリエイティブマンが11月25日と27日、東京・新木場STUDIO COASTでの2公演として発表したものだった。開場18時/開演19時、チケットは10月10日発売で8,500円(税込・オールスタンディング・ドリンク代別)、27日のみ当日券9,000円が若干枚数用意されている。同社の告知文はこれを「伝説のショウケース以来、約7年越しとなる初来日公演」と紹介したが、同じページの経歴欄は2002年5月のショウケースを初来日と記しており、記述が食い違う。rockinon.comは11月25日公演のレポート(2009年11月26日公開)で、2002年の初来日以来7年ぶりの日本公演であり、チケットは両日ともソールド・アウトしたと伝えている。告知ページの日程欄にも、両日にSOLD OUTの表示が出ていた。

異説あり出典: クリエイティブマン・プロダクション 公演公式ページ

ロードランナー・ジャパンは公式サイトのニュース欄(2002年9月12日付)で、NICKELBACKのデビュー作『カーブ』の国内盤を11月20日に発売すると告知した。同社はこの国内盤について、ロードランナーと契約する以前に自主制作という形で発表されていたアルバムにリマスター処理を施したものだと説明している。品番はRRCY-21180。オリコンの作品データベースにも、発売日2002年11月20日、発売元ロードランナー・ジャパン、同じ品番、全12曲として登録されている。

出典: ロードランナー・ジャパン 公式サイト NICKELBACK News&Topics

『ザ・ステイト』の日本盤は2000年4月21日、ロードランナー・ジャパンから品番RRCY-11121で発売された。同社の作品案内は価格を税込2,548円とし、収録曲を12曲並べている。11曲目に「Leader of Men」のアコースティック・ヴァージョン、12曲目に「Little Friend」が置かれ、後者には日本盤ボーナストラックであることを示す注記が添えられている。案内文はバンドをカナダのチャートで注目を集める存在として紹介し、本作を日本市場への登場として扱っていた。

出典: ロードランナー・ジャパン 公式サイト 作品案内(Wayback Machine 保存版)

『シルヴァー・サイド・アップ』の日本盤は2001年9月21日、ロードランナー・ジャパンから品番RRCY-11155で発売された。価格は税込2,548円、税抜2,427円。収録は11曲で、最後に置かれた「Learn the Hard Way」には日本盤ボーナス・トラックである旨の注記が付く。同じページのバンド紹介で発売元は、ロードランナーからのデビュー作にあたる『ザ・ステイト』について、同作で日本デビューも飾ったと書いている。2012年の廉価再発盤(WPCR-14623)の商品ページも、末尾の同曲をボーナス・トラックと表記している。

出典: ロードランナー・ジャパン 公式サイト 作品案内(Wayback Machine 保存版)

『ザ・ロング・ロード』の日本盤は2003年9月17日、2形態で同時に発売された。DVD付き初回限定盤が品番RRCY-29052で税込3,675円(税抜3,500円)、通常盤がRRCY-21195で税込2,548円(税抜2,427円)である。ボーナス・トラックは形態ごとに異なり、限定盤には「Saturday Night's Alright (for fighting)」「Yanking Out My Heart」「Learn The Hard Way」の3曲、通常盤には「Slow Motion」と「Someday」のアコースティック・ヴァージョンの2曲が加えられた。付属DVDにはプロモーション・ビデオ5本が収められ、発売元はこのDVD付き初回限定盤を日本盤のみの仕様と案内している。

出典: ロードランナー・ジャパン 公式サイト 作品案内(Wayback Machine 保存版)

『All the Right Reasons』の日本盤には、発売当時、クイーンのカヴァー「ウィ・ウィル・ロック・ユー」がボーナス・トラックとして収められていた。同曲は2012年9月12日に出た廉価再発盤〈ロードレイジ1800〉(WPCR-14626)でも12曲目にボーナス・トラックとして立っている。2020年10月2日発売の15周年記念エクスパンデッド・エディション(WPCR-18348/9)では、Bサイド曲を集めたボーナス・トラック4曲の1曲として最新リマスター音源で収録された。残る3曲は「フォトグラフ」「トゥー・バッド」「サムデイ」のアコースティック・ヴァージョンである。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン『オール・ザ・ライト・リーズンズ(15周年記念エクスパンデッド・エディション)』商品ページ(WPCR-18348/9)

7作目『ヒア・アンド・ナウ』の日本盤は2011年11月16日に発売された(品番WPCR-14280、税込2,703円)。ワーナーミュージック・ジャパンの商品ページはこれを日本先行リリースと案内し、アメリカでの発売日を11月21日と告知している。日本盤には「Burn It to the Ground」「Something In Your Mouth」「Photograph」のライヴ音源3曲がボーナス・トラックとして加えられ、トラックリストの12〜14曲目に置かれた。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン『ヒア・アンド・ナウ』商品ページ

2019年2月のジャパン・ツアーは、2月6日のZepp Osaka Bayside、7日のZepp Nagoya、9日の日本武道館という3公演だった。招聘元クリエイティブマンプロダクションの公演ページによれば、主催は大阪・名古屋がWOWOW、東京はWOWOWとbayfmで、協力にワーナーミュージック・ジャパンが入っている。チケットの一般発売は2018年11月24日。名古屋公演は同年12月19日の時点でソールドアウトが告知され、これを受けて2階席の追加販売がイープラス限定で始まったが、その追加分も完売した。

出典: クリエイティブマンプロダクション NICKELBACK 2019年2月来日公演 公式ページ

ニッケルバックの『Feed the Machine』は、日本盤(WPCR-17723)が2017年6月16日に発売された。発売元ワーナーミュージック・ジャパンの商品ページは、トラックリスト3曲目の「Song on Fire」に、tvk『ビルボードTOP40』の7月度エンディングテーマ曲というタイアップを注記している。注記が示すのは月までで、西暦は添えられていない。日本盤の収録は全11曲で、ボーナス・トラックの表記はない。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン『フィード・ザ・マシーン』商品ページ(WPCR-17723)

『Get Rollin'』の日本盤(WPCR-18558、税込3,080円)は、輸入盤と同じ2022年11月18日に発売された。輸入デラックス盤に入っていたアコースティック4曲、「High Time」「Just One More」「Does Heaven Even Know You're Missing?」「Horizon」に加え、日本盤限定のボーナス・トラックとして「Steel Still Rusts」のアコースティック・ヴァージョンを収録した全16曲という構成で、11曲のアルバム本編に5曲が続く形になっている。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン商品ページ(WPCR-18558、Wayback Machine 2022年12月1日キャプチャ)

BARKSが2019年2月14日に公開したライブレポートは、ジャパン・ツアー最終日にあたる同年2月9日の日本武道館公演を伝えている。同レポートによれば、「ララバイ」ではライアン・ピークがピアノを弾き、背後のLEDには光の映像が流れていた。レポートはまた、ステージを縦横に動き回り日本語で客席に礼を述べるチャド・クルーガーの様子を描いたうえで、ギターのピークとのやり取りもこのバンドの見どころのひとつだと書いている。

出典: BARKS「【ライブレポート】ニッケルバック、圧巻の武道館公演でジャパン・ツアーを締めくくる」2019年2月14日

2009年11月に東京・STUDIO COASTで行なわれる2公演(25日、27日)に合わせ、『ダーク・ホース』にボーナスDVDを付けた日本独自企画の来日記念盤『ダーク・ホース ~ツアー・エディション~』が、初日と同じ11月25日に発売されるとBARKSが2009年10月20日に伝えた。デジパック仕様でブックレットを増補し、品番はRRCY-29197/8、価格は税込2,980円と案内された。ボーナスDVDには「ガッタ・ビー・サムバディ」「アイド・カム・フォー・ユー」「イフ・トゥデイ・ワズ・ユア・ラスト・デイ」「バーン・イット・トゥ・ザ・グラウンド」のビデオ・クリップ4曲に加え、VH1チャンネル用に収録されたライヴ映像3曲(「バーン・イット・トゥ・ザ・グラウンド」「サムシング・イン・ユア・マウス」「アニマルズ」)を収録。サイン入りGIBSONギターが当たる応募券も封入されるとされた。

出典: BARKS「ニッケルバック、チケットわずか」

2012年12月3日の日本武道館公演は、『Here and Now』を携えたワールド・ツアーの最終公演だった。rockinon.comのレポートによれば、これは3年ぶりの単独来日で(前回2009年の単独公演は新木場コースト、2010年にはサマーソニックに出演している)、会場は2階の最上付近までファンで埋め尽くされていた。1曲目は「This Means War」、アンコールは「Gotta Be Somebody」と「Burn It to the Ground」の2曲。ステージ上ではチープ・トリックの『アット・武道館』やディープ・パープルの『ライヴ・イン・ジャパン』にも触れられた。

出典: rockinon.com(ライヴ・レポート)

2019年2月9日の日本武道館公演は、ジャパン・ツアーの最終日だった。BARKSのオフィシャル・レポートによれば、バンドが武道館に立つのは2012年以来で、雪がちらつく当日は早い時間から観客が集まった。本編は当時の最新作『フィード・ザ・マシーン』のタイトル曲で幕を開け、「ララバイ」ではライアン・ピークがピアノを弾き、「ロックスター」ではファン2人がステージに上げられて一緒に歌った。本編の最後は「ハウ・ユー・リマインド・ミー」、アンコールは「ミリオン・マイルズ・アン・アワー」に続けて「バーン・イット・トゥ・ザ・グラウンド」が演奏されている。

出典: BARKS「【ライブレポート】ニッケルバック、圧巻の武道館公演でジャパン・ツアーを締めくくる」

公式サイトに置かれていたチャド・クルーガー本人の一人称プロフィール(末尾に本人の署名がある)は、バンドの始まりをこう書いている。1996年に10曲を書き上げ、ライアン・ピーク、兄弟のマイク、いとこのブランドンを説得してバンクーバーで一緒に録音した——そこでニッケルバックが生まれた。ワーナーミュージック・ジャパンの公式プロフィールも、アルバータ州ハンナ育ちのクルーガー兄弟とブルックス育ちのピークの3人が1996年にバンクーバーへ拠点を移したこと、結成当初のドラマーがチャドの従兄弟ブランドン・クルーガーだったことを記している。一方、Canada's Walk of Fame の殿堂入り者ページはブランドンを兄弟の一人と書き、結成年を1995年としており、記述は食い違っている。

異説あり出典: ニッケルバック公式サイト チャド・クルーガー本人によるプロフィール(Wayback Machine 2001年3月9日採取)

初期のNICKELBACK公式サイトでは、マイク・クルーガー(Mike Kroeger)の紹介ページが散文ではなく、項目を並べたプロフィール表になっていた。担当はベース、学歴の欄は「音楽学校を自分で辞めた」、そして本人の状態を示す欄には「ストレート・エッジ」と書かれている。使用ベースはWarwick、Tobias、Zonの3社、アンプはMesa BoogieとSamson。ほかに飼い犬はジャーマン・シェパード、愛車は96年式ダッジのディーゼル4WD、好きな映画は『ビッグ・リボウスキ』といった欄も並んでいた。Internet Archiveが2001年3月9日に保存した版での記載である。

出典: NICKELBACK公式サイト Mike Kroeger プロフィール(Internet Archive 2001-03-09 保存版)

NICKELBACK公式サイトに置かれた当時のドラマー、ライアン・ヴィケダル(Ryan Vikedal)本人によるプロフィールは、「NIKと呼んでくれ」という一文で始まっていた。本人の記述によれば、ドラムを叩き始めたのは1986年、アルバータ州ブルックスでのことで、キャリアは14年、そのうち直近の2年半がニッケルバックだった。その後エドモントンに移り、そこで最初に得た仕事がThe Corb Lund Bandで、同バンドは当時も活動を続けていると書き添えている。ジャズを大量に聴くこと、オフはホッケーとゴルフとプレイステーションで過ごすことも記されている。以上は2001年3月9日に保存された版での記載である。

出典: NICKELBACK公式サイト Ryan Vikedal 本人バイオ(Internet Archive 2001-03-09 保存版)

初期のNICKELBACK公式サイトのプロフィール欄は、メンバー4人だけのものではなかった。ナビゲーションはChad Kroeger、Ryan Peake、Mike Kroeger、Ryan Vikedalに続けて「Chief」を並べ、ツアーマネージャー兼ライブ音響エンジニアである彼にも、メンバーと同じ体裁の紹介ページを与えていた。ページによれば、Chiefはバンドの日々の日程管理を担い、取材のセッティング、帳簿、金銭の管理、物販、サウンドチェック、そして各公演のアドバンスと精算までを引き受けていた。サイトにはライブ音響やツアーについて彼に質問を送れる「ASK CHIEF」というページも設けられていた。

出典: NICKELBACK公式サイト「Chief」バイオ(Internet Archive 2001-03-09 保存版)

2001年5月4日に保存された公式サイトのメンバー紹介ページによれば、ライアン・ピークの担当はリズムギターとバックボーカルである。同ページは保存時点でのギター歴を13年とし、プロになったのはその4年前、ニッケルバックが結成された時だと記している。ステージで使うエレキギターは3本で、57年のテレキャスター、99年のテレキャスター、99年のレスポール・カスタム。アンプはメサ・ブギーしか使わないと書かれている。音楽的影響として並んでいるのは、ブルー・ロデオ、TOOL、トード・ザ・ウェット・スプロケット、フェイス・ノー・モア、ポリスの5組である。

出典: NICKELBACK 公式サイト メンバー紹介ページ「Ryan Peake」(Internet Archive 2001年5月4日保存)

ロードランナー・レコードの公式アーティスト・バイオは、ドラマーのダニエル・アデアを『All the Right Reasons』の制作にちょうど間に合う形で加わった新メンバーとして紹介している。同バイオは、強打と多彩さを併せ持つそのプレイが当時の新曲に合っていたとして、性格の異なる「Animals」と「If Everyone Cared」の2曲を対照的な例に挙げる。さらに、チャド・クルーガーのスタジオで行われたアデアの「オーディション」での演奏が、完成した作品にまで入り込んだと記している。どの曲のどの部分なのかはバイオに書かれていない。

異説あり出典: ロードランナー・レコード公式アーティスト・バイオ(2005年11月27日 Wayback 保存、ページ上に発行日表記なし)

2017年1月25日、BMGはニッケルバックとワールドワイドのレコーディング契約を結んだと発表した。この発表の時点でバンドはすでにスタジオに入っており、BMGから出す次のフル・アルバムに向けた素材づくりを進めていた。発表文はラインナップを、チャド・クルーガー(Chad Kroeger、リード・ヴォーカル/ギター)、ライアン・ピーク(Ryan Peake、ギター/バッキング・ヴォーカル)、マイク・クルーガー(Mike Kroeger、ベース)、ダニエル・アデア(Daniel Adair、ドラム/バッキング・ヴォーカル)の4人として記している。

出典: BMG公式プレスリリース(2017年1月25日)

604レコードは、レーベルの公式サイト自身の説明によれば、狙って作られたものではない。ニッケルバック(Nickelback)の顧問弁護士だったジョナサン・シムキン(Jonathan Simkin)が、チャド・クルーガー(Chad Kroeger)の見出したセオリー・オブ・ア・デッドマンをロサンゼルスで売り込んでいた最中、アトランティックの担当者から、売り込んでいるのはそのバンドなのか、それともあなた自身のレーベルなのかと問われ、シムキンは後者だと答えた。その行き違いからレーベルは形になっていったと同サイトは記す。ただし成立の年については、同じページの中に2001年の出来事とする記述と、2002年からの独立レーベルだとする記述の両方がある。2002年6月に伝えられた発表の時点では、第一号契約アーティストはセオリー・オブ・ア・デッドマン、米国での配給はロードランナー、カナダでの配給はユニバーサル ミュージック カナダとされていた。

異説あり出典: 604レコード公式サイト Info ページ

2022年8月26日、BMGはニッケルバックの10作目のスタジオ・アルバムを自社から発売すると発表した。バンドがSNSにティーザーを複数投稿したのち、レーベルにはファンからの問い合わせが相次いだとBMGは説明している。この発表では作品名も発売日も明かされず、詳細は追って知らせるとされた。バンドは2017年にBMGと世界規模の録音契約を結んでおり、9作目『Feed the Machine』に続く同レーベルでの2作目にあたる。発表文にコメントを寄せたのは、当時BMGのEVP(ニューヨーク)兼SVPインターナショナル・マーケティングだったジェイソン・ラディル。

出典: BMG公式プレスリリース(2022年8月26日)

バンド公式のD2Cストアでは、2026年8月19日に確認した時点で、告知された発売日を10月30日として予約を受け付けていた。商品説明は本作を通算11作目のスタジオ・アルバムとしており、並んでいた形態は12インチ140グラムのゲートフォールドLP、CD、D2C限定の別ジャケットCD、カセット、サイン入りの別ジャケットLPだった。

出典: NICKELBACK公式D2Cストア 商品ページ「Everything Under The Sun Standard LP」

ニッケルバック公式サイトに置かれていたチャド・クルーガー本人の一人称プロフィールで、彼はレコード契約を結んだのは24歳のときで、その対象は自ら our second effort と呼ぶ『The State』のマスター音源だったと記している。以来ずっとツアーを続けている、とも書き添えている。ページの本文に契約先のレーベル名は出てこない。

出典: ニッケルバック公式サイト チャド・クルーガー本人によるプロフィール(Internet Archive 2001年3月9日保存版)

『All the Right Reasons』というアルバム・タイトルは、収録曲「Fight For All the Wrong Reasons」をもじった言葉遊びである。ロードランナー・レコードの公式バイオは、この作品の成り立ちを作り手として何かを生み出す必要に由来するものと位置づけ、タイトルはそこから来たと記している。

出典: ロードランナー・レコード公式アーティスト・バイオ(2005年時点のWayback保存)

3rdアルバム『Silver Side Up』の制作中、バンドの公式サイトは進行状況を短い記事で伝えていた。2001年6月6日付の記事によれば、レコーディングは6月8日に終わる見込みで、12曲前後を録り終えていたが収録曲は未確定、ミックスは Randy Staub が担当することになっていた。同じ記事は『Silver Side Up』がまだ仮題だと断ったうえで、アートワークは用意ができており、まもなく仕上がると書いている。2001年4月4日付の記事の段階ではプロデューサーも決まっておらず、タイトル案とアートワークの案が並行して出ていた。

出典: NICKELBACK 公式サイト ニュース「New Record Almost Complete」(2001年6月6日/Internet Archive 保存版)

公式ストアで扱われている『Get Rollin'』のデラックス盤CDについて、商品ページは8面のデジパック仕様で、表ジャケットに箔押しが施されていると説明している。収録内容はアルバム本編に、収録曲のアコースティック・バージョン4曲を加えたもの。2026年8月20日に確認した時点での記載で、この説明文は随時書き換えられる。

出典: NICKELBACK 公式ストア 商品ページ「Get Rollin' (Deluxe) - CD」(2026年8月20日閲覧)

『Silver Side Up』は、前作『The State』と同じヴァンクーヴァーのグリーン・ハウス・スタジオで録音された。パール・ジャムやテンプル・オブ・ザ・ドッグを手がけたリック・パラシャーを迎え、録音そのものは5週間で終えている。仕上げのミックスは、メタリカやU2を担当したランディ・スタウブがジ・アーモリーで行った。ここまではロードランナー・レコードの公式アーティスト・バイオによる説明である。録音時期を2001年春とし、パラシャーとバンドの共同プロデュースだったと伝えているのは、後年のカナダの雑誌 FACES Magazine の記事で、同記事は当時のドラマーがライアン・ヴィケダルだったことも記している。

出典: ロードランナー・レコード公式アーティスト・バイオ(2001年11月22日 Wayback 保存、ページ上に発行日表記なし)

4作目『All the Right Reasons』は、ヴァンクーヴァー近郊にあるチャド・クルーガーのスタジオで、友人のジョーイ・モイとバンドの共同プロデュースによって作られた。ロードランナー・レコードの公式アーティスト・バイオは、自分たちのスタジオを使い友人と組む体制だったことの二つを理由に挙げ、完成を急かされることがなかったと説明している。制作には7か月がかかり、収録された11曲はいずれも納得のいく形になるまで作り込まれた。同バイオによれば、ツアー後の休養に入って2週間でチャド、マイク、ライアンが再び曲を書きたくなり、このスタジオでのジャムから制作が動き出している。

出典: ロードランナー・レコード公式アーティスト・バイオ(2005年11月27日 Wayback 保存、ページ上に発行日表記なし)

9作目『Feed the Machine』は2017年6月16日にBMGから発売された。レコーディングはバンクーバーで行われている。BMGの発表文には、表題曲でありリード・シングルでもある「Feed the Machine」について、人から言われたことをそのまま受け取るのではなく自分の頭で考えることを扱った曲だとする、ギターのライアン・ピーク(Ryan Peake)の説明が載っている。日本盤は品番WPCR-17723として同じ6月16日に出ており、ワーナーミュージック・ジャパンは世界同時リリースと案内している。

出典: BMG公式プレスリリース(2017年6月16日)

バンド公式ストアが扱う『Get Rollin'』のデラックス盤CDは、表ジャケットに箔押しを施した8面デジパック仕様で、アルバム収録曲のアコースティック・バージョン4曲をボーナス・トラックとして加えている。4曲は「High Time」「Does Heaven Even Know You're Missing?」「Just One More」「Horizon」。同ストアの商品説明は、本作を通算10作目のスタジオ・アルバムであり5年ぶりの新作と位置づけている。この4曲の内訳は完成品を待たずに公表されており、2022年9月7日のBMGの発売告知の時点で、すでに曲名まで挙げられていた。

出典: NICKELBACK公式ストア 商品ページ「Get Rollin' (Deluxe) - CD」

公式ストアが販売する7インチ・シングル「Devil Went Down to Georgia」は、バンド名義ではなく、Chad Kroeger、Dave Martone、Ryan Peake、Mike Kroeger、Daniel Adair という5人の個人名による演奏としてクレジットされている。同じストアが並べて売る7インチ「Rockstar Sea Shanty」は「Nickelback & the Lottery Winners」名義で、名義は書き分けられている。チャーリー・ダニエルズ・バンドのこの曲のカバーが公開されたのは2020年8月14日で、Loudwireは参加したデイヴ・マートン(Dave Martone)を、マーティ・フリードマンやイングヴェイ・マルムスティーンらと仕事をしてきたカナダのギタリスト兼プロデューサーとして紹介している。

出典: NICKELBACK公式ストア 商品ページ「Devil Went Down to Georgia 7" Vinyl」

2013年10月、アヴリル・ラヴィーンの公式サイトは「Let Me Go」について1週間を挟んで2本の短い投稿を出している。10月8日付は曲名と、10月15日に iTunes へ、という一行だけ。10月15日付は iTunes での取り扱いが始まったことを告げ、あわせてビデオを VEVO で見られると案内している。投稿はこのビデオを Chad Kroeger をフィーチャーしたものと記す。同じページでは同曲が「Let Me Go Featuring Chad Kroeger」と表記され、購入先として iTunes が挙げられている。

出典: アヴリル・ラヴィーン公式サイト(Wayback Machine 保存)

ロードランナー・レコードの公式アーティスト・バイオは、『Silver Side Up』でバンドの音が広がった一例として「Good Times Gone」を挙げている。この曲にはゲストのスライド・ギターが入っており、弾いているのはビッグ・レックのギタリスト、イアン・ソーンリー(Ian Thornley)。レーベルはその演奏を即興によるものと説明している。同バイオは、プロデューサーのリック・パラシャーとミキサーのランディ・スタウブという組み合わせがバンドの音を新しい方向へ押し広げたとし、その具体例として同曲を名指ししている。

出典: ロードランナー・レコード公式アーティスト・バイオ(2001年11月22日 Wayback 保存、ページ上に発行日表記なし)

ロードランナー・レコードの公式バイオによれば、ニッケルバックはコロラドでの公演のあと楽屋でZZトップのビリー・ギボンズ(Billy Gibbons)と顔を合わせ、『All the Right Reasons』の「Follow You Home」にギター・ソロが必要になったときに彼へ協力を求めた。バンドはロサンゼルスまで出向いてそのパートを録音している。同バイオでチャド・クルーガーは、ギボンズがソロを弾いたあと同曲の3番まで低くしゃがれた声で歌い、そこに歪みの効果を加えたと説明している。ギボンズの参加はこの1曲では終わらず、「Rockstar」にもバッキング・ヴォーカルで加わった。Loudwireは、「Rockstar」は自伝的な内容ではまったくなく、ロックスターの暮らしとして思い浮かべられるものを誇張して並べただけだというクルーガーの説明を伝えている。

出典: ロードランナー・レコード公式アーティスト・バイオ(2005年時点のWayback保存)

2011年11月22日、NICKELBACKの公式サイトのニュース欄に「Nickelback Responds To NFL Petition」と題した項目が掲載された。本文は記事ではなく動画の埋め込みそのもので、添えられた一行の説明は、デトロイトの人々がなぜ自分たちを嫌うのかをバンドが腰を据えて考える、と紹介するものだった。末尾には #nickelback2detroit というハッシュタグが付いている。署名活動が何を求めたものだったのかについて、公式サイトは見出しの「NFL Petition」という語以外に何も書いていない。同じニュース欄には、11月24日にデトロイトで行われるデトロイト・ライオンズ対グリーンベイ・パッカーズ戦のUnited Way感謝祭ハーフタイムショーにバンドが出演するという告知も並んでいた。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース配信(Internet Archive 保存版)

公式ドキュメンタリー『Hate to Love: Nickelback』は、2023年のトロント国際映画祭でガラ・プレゼンテーション部門のワールドプレミア作品として発表され、Loudwireによれば9月8日に上映された。2024年2月15日には、Trafalgar Releasing、Gimme Sugar Productions、Submarine Entertainmentの3社が3月27日と3月30日の2夜限定で世界の劇場にかけると発表し、予定規模を30か国・1,350会場以上とした。4月1日には、30か国での劇場上映の週末を経て、配信プラットフォームVeepsで4月12日にプレミア公開すると告知された。公式ストア(nickelback.com)では2026年8月時点で、20ページのブックレットとアウトテイク・リールを付けたメディアブック仕様のデラックス版Blu-rayが扱われている。

出典: トロント国際映画祭(TIFF)公式プレスリリース(Wayback Machine 保存版)

映像作品『ライヴ・アット・スタージス』の日本盤DVDは2009年1月28日、品番RRBY-21026で発売された(税込3,981円)。ワーナーミュージック・ジャパンの作品ページはトラックリストを12件とし、特典として、バックステージでの映像やインタビューなどを盛り込んだ約17分のツアー・ドキュメンタリー、ライヴ写真をムービー・スライドで見せるフォト・ギャラリー、ライヴ開催地となったスタージスと同地で行われるフェスティバル「ロッキン・ザ・ラリー」を紹介する約5分の映像、そして「Rockstar」のミュージック・ビデオを挙げている。日本語字幕の注記が付くのは、このうちドキュメンタリーと紹介映像の2本である。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン 公式サイト 作品ページ

「How You Remind Me」のビデオについて、公式サイトが監督として挙げているのは「The Brother's Strausse」——綴りは同サイトの表記のままで、リンキン・パークとパワーマン5000の名が脇に併記されている。これは2001年7月24日付のニュースで、先行シングルとなるこの曲のビデオをその週末に2日がかりで撮影し、8月半ばまでにMTVとMuchMusicへ渡す予定だと伝えたものだった。約1か月後の8月21日付ニュースは、9月11日発売予定の『Silver Side Up』からのシングルとして曲を紹介したうえで、映像がオンエアされ始めたと報告し、前夜の8月20日にMTVで初めて流れたらしいと伝聞のかたちで書いている。MTV2でのレギュラーローテーション入りは8月23日からの予定とされた。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「Nickelback To Shoot How You Remind Me」(Internet Archive 保存版)

「Too Bad」のビデオは、バンドが演奏する場面と物語の場面を別々の日に撮り分けている。公式サイトは2001年11月1日付のニュースで、前の週末にバンクーバーで演奏部分を撮り終えたと報告し、続く11月19日付のニュースでは、バンドの立ち会いを必要としない物語部分をその日、同じくバンクーバーで撮影していると伝えた。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「TOO BAD TODAY」(Internet Archive 保存版)

映像作品『ライヴ・アット・ホーム』の日本盤DVDは2002年11月6日、品番RRBY-21003で発売された(税込5,040円)。発売元の作品案内によれば、収録されたのはカナダ・エドモントンのスカイリーチ・センターで行われた公演で、『シルヴァー・サイド・アップ』発表後のワールド・ツアーの一環にあたる。11曲目「It Ain't Like That」には、元アリス・イン・チェインズのジェリー・カントレルがゲストとして加わっている。ただし公演日については、同じ発売元の作品案内が2002年1月22日、2002年9月12日付のニュース欄が1月25日と書いており、二つの記載が食い違っている。

異説あり出典: ロードランナー・ジャパン 公式サイト 作品案内(Wayback Machine 保存版)

2003年9月26日、JVCの米国法人JVC Company of Americaが、全米規模のブランド広告キャンペーンにNICKELBACKを起用すると発表した。キャンペーンの立ち上げは『The Long Road』の発売に合わせられ、バンドについてはメンバー4人全員が写る誌面広告が中心に据えられた。あわせて放送・屋外・インターネットでの展開と、ツアーへの協賛も行うとされている。起用されたのはバンドだけではなく、映画プロデューサーのジェリー・ブラッカイマーやシンガーソングライターのリサ・ローブらが同じ企画に名を連ねた。このニュースリリースはバンドの公式サイト内に置かれていた。

出典: JVC Company of America ニュースリリース(NICKELBACK公式サイト掲載/Internet Archive 保存版)

カナダズ・ウォーク・オブ・フェイムの顕彰者ページは、『All the Right Reasons』からのヒット曲「Rockstar」のビデオを、大勢の著名人が曲に口を合わせて登場する点で特徴的だと紹介している。同ページが例に挙げるのは、キッド・ロック、ジーン・シモンズ、テッド・ニュージェント、ジョン・リッチ、ネリー・ファータド、ルーペ・フィアスコ。あくまで例示であって、出演者を網羅した一覧ではない。

出典: カナダズ・ウォーク・オブ・フェイム公式サイト 顕彰者ページ

ビルボードのチャート履歴によれば、ニッケルバックがビルボード200に送り込んだ作品は11作で、うち1位獲得が1作、トップ10入りが7作と集計されている。『Curb』の行は2002年7月13日付の1週のみで、最高位は初登場と同じ182位。『All the Right Reasons』は2005年10月22日付で1位に初登場し、最高位在位は1週、通算登場週数は2026年8月20日閲覧時点で206週と記録されている。『Dark Horse』『Silver Side Up』『Here and Now』の3作は最高2位で、いずれも初登場週がそのまま最高位週になっている。

出典: ビルボード ニッケルバック チャート履歴(ビルボード200)

編集盤『The Best Of Nickelback: Volume 1』は、2013年12月7日付の米ビルボード200に21位で初登場した。ビルボードのチャート履歴では初登場日と最高位到達日が同じ日付になっており、21位が初登場位置であると同時に最高位でもある。同表の通算登場週数の欄は、2026年8月20日閲覧時点で305週を示している。

出典: ビルボード ニッケルバック チャート履歴(ビルボード200)

インディー時代の反響は、当時のバンド公式サイトのニュース欄に残っている。1999年6月9日付の記事は、ファンからの要望が続いたことでマッチミュージックが「Leader of Men」のビデオをレギュラー・ローテーションに加えたと伝え、続けて、HMVレコード・ロブソン店の集計による The Vancouver Province のインディー・トップ5で『The State』が1位に挙げられたこと、バンクーバーの同店でニッケルバックがインディー系で最も売れているアクトになっていることを、いずれもバンド自身の言葉として書いている。

出典: ニッケルバック公式サイト ニュース欄(Internet Archive 2000年1月26日保存版)

『The State』は2000年8月26日付で米ビルボード200に初登場した。ビルボードのチャート履歴によれば、最高位は2000年9月23日付に記録した130位で、チャートには通算18週とどまっている。なおこのページに発売日の記載はなく、初登場日はあくまでチャートに入った日である。

出典: ビルボード ニッケルバック チャート履歴(ビルボード200)

英オフィシャル・チャート・カンパニーの記録では、『Silver Side Up』は2002年3月23日付の英アルバム・チャートで1位に達し、翌週も首位を保って通算2週の1位となっている。シングル「How You Remind Me」の英シングル・チャートでの最高位は4位で、同じ作品ページに併載されたオフィシャル・ロック&メタル・シングル・チャートでは1位を12週記録している。「Rockstar」は2007年10月27日付に64位で初登場し、続く各週で58位、45位、34位、20位と順位を上げ、最高位は2位と記録されている。

出典: オフィシャル・チャート・カンパニー(英国)アーティストページおよび各作品ページ

ミュージック・カナダの認定データベースでは、『Silver Side Up』のゴールド、プラチナ、ダブル・プラチナの3行がいずれも2001年10月1日付で記録されている。以降はトリプル・プラチナが同年11月19日、4×プラチナが12月11日、5×プラチナが2002年2月27日、6×プラチナが4月30日、7×プラチナが10月4日と続き、最上位は2004年4月1日の8×プラチナである。9行すべてのレーベル欄はEMIと記載されている。『Silver Side Up』については、最上位の等級だけでなく通過した各段階が1行ずつ日付付きで残されている。

出典: ミュージック・カナダ ゴールド/プラチナ認定データベース

ミュージック・カナダの認定データベースでは、『Dark Horse』のゴールド、プラチナ、ダブル・プラチナ、トリプル・プラチナの4行が2008年11月26日付で並ぶ。4×プラチナは2009年2月27日、5×プラチナは同年7月31日、6×プラチナは2010年4月12日で、ここまでのレーベル欄はいずれもEMIと記載されている。7×、8×、9×プラチナの3行はいずれも2023年10月30日付で、レーベル欄の表記はIGNITE MUSIC FUND II SPE I LPに変わっている。データベースはこの名称を印字するだけで、表記が変わった理由には触れていない。

出典: ミュージック・カナダ ゴールド/プラチナ認定データベース

オリコンの週間アルバムランキングでのニッケルバックの最高位は、『ヒア・アンド・ナウ』が記録した8位である。オリコンのアルバム売上ページは、1987年10月5日付以降に同ランキングのTOP50入りした作品を対象に推定累積売上の上位20件までを掲載する枠だが、該当するのは8作品のみで、トップ10に入っているのはこの1作だけとなっている。ほかは『ダーク・ホース』が17位、『ノー・フィックスド・アドレス』が15位、『フィード・ザ・マシーン』が14位、『ゲット・ローリン』が20位、『オール・ザ・ライト・リーズンズ』が26位で、最も低いのは『ザ・ロング・ロード〜スペシャル・リミテッド・エディション』の29位。『ヒア・アンド・ナウ』の登場回数は19週で、オリコンはこの数値を週間アルバムランキングTOP300へのランクイン回数と定義している。

出典: オリコン「ニッケルバックのアルバム売上TOP8作品」

『Feed the Machine』はドイツのアルバム・チャートに6位で初登場した。同じくスウェーデンで6位、ノルウェーで10位に入り、以下イタリアが12位、ベルギーとオランダがともに16位、ポーランドが18位だった。BMGは、このときドイツのトップ10に入ったアーティストのうち、ドイツ勢以外は同バンドだけだったとしている。

出典: BMG公式プレスリリース(2017年6月27日)

2022年11月18日に発売された『Get Rollin'』は、スイスのチャートで1位に初登場した。BMGはこれをバンドにとってキャリア初のスイス1位だと発表している。米ビルボードではトップ・ハード・ロック・アルバム2位、インディペンデント・アルバム3位、トップ・オルタナティヴ・アルバム4位、ビルボード200は30位で初登場。オーストラリアでは11月28日付のARIAトップ50アルバム・チャートに3位で初登場し、英国、カナダ、ドイツ、オーストリアでもトップ10に入った。

出典: BMG公式プレスリリース(2022年11月30日)

NICKELBACKは2007年にカナダズ・ウォーク・オブ・フェイム(Canada's Walk of Fame)入りしている。公式サイトの顕彰者ページは、顕彰の部門をArts & Entertainment、結成年を1995年、結成地をアルバータ州ハンナと記載する。同ページの紹介文は、小さな町ハンナで結成されたバンドがのちにブリティッシュコロンビア州バンクーバーへ拠点を移したと記す。同ページの関連表示では、同じ2007年の顕彰者としてキャサリン・オハラ、ゴードン・ピンセント、ジル・ヘネシーの名が並ぶ。

出典: カナダズ・ウォーク・オブ・フェイム公式サイト 顕彰者ページ

グラミー賞の公式サイトは、バンドとは別にチャド・クルーガー個人のアーティストページを持っている。そちらの表示は受賞0・ノミネート9で、うち4件が第45回に集中している。4件のうち3件は「Hero」での候補入りで、1件は曲名欄が「Hero (From Spider-Man)」と記載され、候補者はチャド単独、あるいはJosey Scottとの連名になっている。第46回の最優秀ロック・ソング賞「Someday」の行では、候補者欄にチャド・クルーガー、マイク・クルーガー、ライアン・ピーク、ライアン・“ニック”・ヴィケダルの4名が並ぶ。この項目は個人ページには載るが、バンド名義のページに並ぶ5件の中には無い。

出典: GRAMMY.com(レコーディング・アカデミー公式)Chad Kroeger アーティストページ

JUNO賞を主催するCARASの公式サイトには、歴代の受賞数上位を並べた「Top 100 Winners」という表がある。2026年8月20日に閲覧した時点で、NICKELBACKは通算13受賞・40ノミネートの第9位に置かれている。表の上位はアン・マレー(Anne Murray)の26受賞、ザ・ウィークエンド(The Weeknd)の22受賞、ブライアン・アダムス(Bryan Adams)の21受賞。13受賞で並んでいるのは第9位から第15位までの7組で、NICKELBACKのほか、ジム・カディ、ショーン・メンデス、シャナイア・トゥエイン、ブルース・コバーン、サラ・マクラクラン、ゴードン・ライトフットが同数である。一方、レーベルのBMGは2024年2月7日付のプレスリリースで、13回の受賞はJUNO賞の歴代受賞者のなかで10位にあたると記していた。この表はデータベースから生成される可変の順位表で、他の受賞者が受賞すれば並びは動く。

異説あり出典: JUNO AWARDS 公式サイト(CARAS)「Top 100 Winners」

2003年のJUNO賞で、NICKELBACKはSongwriter of the Year部門を受賞している。公式の受賞・候補データベースの当該行には、バンド名のNickelbackとチャド・クルーガー(Chad Kroeger)の両方がリンクとして並べて記載されており、受賞者をどちらか一方に絞る書き方はされていない。対象作として挙がっているのは3曲で、ジョーイ・スコット(Josey Scott)との共演曲「Hero」と、NICKELBACK名義の「Too Bad」「How You Remind Me」。なおこの対象作欄では、バンド名の綴りが「Nickleback」と崩れている。同じ2003年にはTD JUNO Fan Choiceにも名前が挙がったが、こちらは候補止まりだった。

出典: JUNO AWARDS 公式サイト(CARAS)受賞者データベース

JUNO賞の公式データベースには、NICKELBACKの候補・受賞が計40件記録されており、そのうち受賞は13件である。最初の受賞は2001年のBest New Groupで、13件のうち12件は2001年から2009年までのあいだに記録されている。2010年以降、競争部門はいずれも候補どまりで、『No Fixed Address』が2016年、『Feed the Machine』が2018年、『Get Rollin'』が2023年にRock Album of the Yearの候補に挙がったが、受賞として記録された行には現れない。この期間に受賞と記録されているのは、2023年のカナディアン・ミュージック・ホール・オブ・フェイム入りだけである。データベース上で最も新しい項目は2024年のGroup of the Yearのノミネートで、2026年8月20日に閲覧した時点では、アーティストページのカウンターは2026年のノミネートを0と表示している。

出典: JUNO AWARDS 公式サイト(CARAS)アーティストページと受賞者データベース

Canada's Walk of Fame の公式サイトにあるNICKELBACKの項目は、殿堂入り年を2007年、顕彰部門(Pillar of Achievement)をArts & Entertainmentと記載している。同じ項目は結成年を1995年、結成地をアルバータ州ハナとしている。サイト内の階層はInductees、Arts & Entertainment、Musicを経てこの項目に至る。以上はいずれも2026年8月20日に同ページを閲覧した時点の記載である。

出典: Canada's Walk of Fame 公式サイト

MuchMusicが自社サイトに掲げていた2006年のMuchMusic Video Awards受賞者一覧は、MuchLOUD Best Rock VideoをNICKELBACKの「Photograph」の受賞としている。同一覧はこのビデオのレーベルをEMI、監督をNigel Dick、プロデューサーをNina Dluhy、制作会社をA Band Apartと記載する。バンドは他の2部門にも名前が挙がっているが受賞の表記は無く、「Photograph」で並んだBest VideoはKardinal Offishall f. Ray Robinson、バンドとして挙がったPeople's Choice: Favourite Canadian GroupはSimple Planが受けている。以上は2026年8月20日にInternet Archiveの保存版を閲覧した時点の記載による。

出典: MuchMusic 公式サイト(Internet Archive 保存版)

アメリカン・ミュージック・アワードの公式受賞者データベースに登録されているニッケルバックの受賞は2件で、2006年のPop/Rock Albumと、2007年のPop/Rock Groupである。同データベースの結果表はYear/Category/Winnersの3列しか持たず、アルバム部門であっても対象作の題名は印字されない(同年のSoul/R&B Albumの行も受賞者名のみ)。2006年のアルバム賞の対象作について、Loudwireは『All the Right Reasons』がポップ/ロック部門のアルバム賞を獲得したと記している。(データベースは2026年8月19日閲覧)

出典: アメリカン・ミュージック・アワード公式サイト 受賞者データベース

ビルボード・ミュージック・アワードの公式サイトが公開している受賞者データベース(収録範囲は1990年から2023年)には、NICKELBACKの受賞が7件記録されている。うち4件は2002年で、Hot 100 Single of the Year、Hot 100 Airplay Single of the Year、Top 40 Track of the Yearの3部門はいずれも「How You Remind Me」を対象としたもの、残る1部門はバンド自身に対するHot 100 Singles Group/Duo of the Yearだった。残り3件は2006年で、Artist-Duo/Group of the YearとHot 100 Artist-Duo/Group of the Year、そして『All the Right Reasons』でのRock Album of the Yearが並ぶ。このデータベースは受賞者のみを収録し、ノミネートは掲載していない。

出典: ビルボード・ミュージック・アワード公式サイト 受賞者データベース

2001年11月5日、公式サイトのニュース欄に「Nickelback and Salt Lake」と題した短い声明が掲載された。ソルトレイクシティ公演を中止したことを詫びる内容で、メンバーも人間である以上体調を崩すことはあると述べたうえで、過去4年間に中止した公演は2本だけであり、どちらも病気が理由だったとバンド自身が記している。公演を中止するつもりは元々ないこと、過密なツアー日程のため同市に戻れるのは翌年になってからであることも添えられ、末尾はNBと署名されていた。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「Nickelback and Salt Lake」(Internet Archive 保存版)

公式サイトの2002年1月23日付のツアー日誌によると、バンドはその前の日曜、バンクーバー・カナックスの練習後にリンクで選手たちと滑った。ヤルコ・ルーツ(Jarko Ruutu)、ジェイソン・ストラドウィック、セディン兄弟の名が挙げられ、ヘッドコーチのマーク・クロフォードとも言葉を交わしている。同じ晩、彼らはその同じGMプレイスで公演を行った。記事はさらに、機材を積んだトラックの1台が丸太を積んだセミトレーラーに接触された件も伝えている。居眠りをした運転手が先行するトラックを避けようとして2台目に当たり、バックミラーとフロントガラスが割れた。セミはそのまま走り去り、バンドのドライバーはフロントガラスのないまま氷点下30度の中を2時間走ることになった。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「LATEST ON THE CANADIAN TOUR」(Internet Archive 保存版)

NFLの公式サイトが2011年11月11日に掲載した告知は、感謝祭の日にデトロイト・ライオンズがグリーンベイ・パッカーズを迎える試合のハーフタイムを「2011 United Way Thanksgiving Halftime Show」と呼び、そこにNICKELBACKが出演すると伝えていた。同告知によれば、ユナイテッド・ウェイがこのハーフタイムショーでNFLと組むのはこの年で13年目にあたり、両団体の提携そのものは38年目だという。ハーフタイムショーの枠全体の尺は10分と告知され、制作はe2kという会社が毎年担当していると説明されている。過去にこの枠に立った例としてキッド・ロック、マライア・キャリー、ボン・ジョヴィ、メアリー・J・ブライジ、ジョン・メレンキャンプらの名が挙がり、試合前の国歌斉唱は『アメリカン・アイドル』シーズン10で2位となったローレン・アライナが務めると記されている。

出典: NFL公式サイト ニュース

2023年のトロント国際映画祭(TIFF)は、8月31日付のプレスリリースで、無料の野外プログラム「フェスティバル・ストリート」のミュージック・ステージに9月8日NICKELBACKが登場すると発表した。TIFFはこれを、ガラ部門で上映されるドキュメンタリー『Hate to Love: Nickelback』のプレミアを宣伝するための出演と説明している。会場は一般に開放されたキング・ストリート・ウェストの街路で、フェスティバル・ストリートの会期は9月7日から10日。公式イベントページには19時開演、20時終演と掲載されていた。

出典: トロント国際映画祭(TIFF)公式プレスリリース/公式イベントページ(Wayback Machine 保存版)

ライヴ盤『Live From Nashville』は、2023年のGet Rollin' ツアー中に行われたナッシュヴィルのブリヂストン・アリーナでのソールドアウト公演を収めている。BLABBERMOUTHはこの公演を2023年8月のものとしている。BMGが発売時に掲載した曲目は18曲で、うち5曲がゲストとの共演にあたる。クリス・ドートリー(Chris Daughtry)との「Savin' Me」、ブラントリー・ギルバートとジョシュ・ロスを迎えたスティーヴ・アール(Steve Earle)「Copperhead Road」のカヴァー、ERNESTとの「Flower Shops」、ベイリー・ジマーマンとの「Rockstar」、HARDYとの「SOLD OUT」である。なお2024年9月の発売告知の時点で公表されていた曲目は19曲で、ザ・ロッタリー・ウィナーズが加わる「Don't Look Back In Anger」が含まれていた。

異説あり出典: BMG公式プレスリリース(2024年11月19日)

『All the Right Reasons』の15周年記念エクスパンデッド・エディション(2020年10月2日発売、WPCR-18348/9)のボーナス・ディスクは、2006年8月8日のライヴ音源12曲である。サウス・ダコタ州スタージスで毎年開かれるスタージス・モーターサイクル・ラリーにバンドが出演した際のもので、2006年にDVD『ライヴ・アット・スタージス』として発売された映像作品と同じ音源にあたる。曲目は「Intro/Animals」に始まり、「Photograph」「Far Away」「Savin' Me」などを経て「Figured You Out」で終わる。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン『オール・ザ・ライト・リーズンズ(15周年記念エクスパンデッド・エディション)』商品ページ(WPCR-18348/9)

2015年の No Fixed Address Tour で、日本公演は5月30日の東京体育館と6月2日のZepp Nambaの2本が組まれた。ユニバーサル ミュージック ジャパンが東京公演の前日に公開した開催概要によれば、両会場とも開場18時・開演19時で、チケットは東京が全席指定席9,500円(税込)、大阪が1階スタンディング9,500円・2階指定席10,500円。日程と会場は、同年2月27日の来日決定告知の時点から変わっていない。東京公演はこの日程どおり行われ、アルバム『No Fixed Address』を携えたツアーとして、セットリストを載せたライブ・レポートが残っている。

出典: ユニバーサル ミュージック ジャパン ニッケルバック公式ニュース(2015年5月29日)

2015年6月、チャド・クルーガーは声帯に手術可能な嚢胞があると診断され、ニッケルバックは『No Fixed Address』北米ツアー第2レグの残り公演をすべて中止した。この時点では9月30日のヘルシンキ公演から欧州編を再開する予定と説明されていたが、8月13日、公式サイトが2015年の残る日程をすべて取りやめると発表する。手術そのものは終えていたものの、完全に回復するには6〜9か月にわたって声を休ませるよう医師から指示されたためだった。中止となったのはヘルシンキのハートウォール・アリーナ公演から12月までの欧州各地の日程で、チケットの払い戻しは購入した窓口で受け付けられた。

出典: ニッケルバック公式サイト(インターネット・アーカイブ保存版)

2023年1月23日、ニッケルバックは『Get Rollin'』に伴う北米ツアー「Get Rollin' Tour」を発表した。ライヴ・ネイション制作で38都市を回る日程が組まれ、6月12日にケベック・シティのヴィデオトロン・センターで開幕し、8月30日にニューヨーク州ベルモント・パークのUBSアリーナで締めくくるとされた。フェス以外の全公演にブラントリー・ギルバートが同行し、ジョシュ・ロスも加わると告知され、チケットは1月27日発売。6月8日には16公演の追加が発表され、告知上の規模は53都市に拡大した。追加分の最終日程として掲載されたのは、10月5日のノースダコタ州ファーゴ、ファーゴドームである。

出典: アメリカン・ファミリー・インシュアランス・アンフィシアター プレスリリース(ライヴ・ネイション発表、2023年1月23日)

2011年12月8日、NICKELBACKは公式サイトのニュース欄で、BCチルドレンズ・ホスピタルに5万ドルを寄付すると発表した。きっかけは同じブリティッシュコロンビア州チリワックのバンド、Pardon My Stripteaseが、がんと闘う1歳のリリー・ジーン・パットのために書いたチャリティ・シングル「Pray (For L.J.)」である。この曲はiTunesのロック・シングル・チャートでNICKELBACKのすぐ後ろに入り、Pardon My Stripteaseは地元メディアを通じて、集まった資金と同額を拠出するようNICKELBACKに挑戦状を突きつけていた。バンドを代表して発言したチャド・クルーガーは、自分たちの足元で起きた出来事だからこそ響いたと述べ、あわせてバンクーバーの2紙、The ProvinceとThe Sunにも同額の拠出を呼びかけた。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース配信(Internet Archive 保存版)

2001年5月15日付の公式サイトのニュースで、バンドはその夏の見通しを説明している。ヨーロッパのフェスティバルには正式に招かれていたものの、口蹄疫の流行で開催がすべて保留となり、行って演奏したくとも成り行きを待つしかない、というのがそのときの状況だった。『The State』が前週にヨーロッパで発売されたばかりの時期で、バンドはすでに次作のレコーディングに入って2週間あまり、6曲を仕上げていた。

出典: NICKELBACK公式サイト ニュース「What's been going On」(Internet Archive 保存版)

2024年3月29日にBlabbermouthが報じたインタビューで、ライアン・ピークはバンドが長く続いてきた理由を演奏力ではなく人間関係の面から説明している。ピークによれば、当時の顔ぶれはハナ出身の3人と、その北にあるキャムローズ出身のいとこという構成で、ドラマーはその後何度か交代した。小さな町で若いうちから一緒に演奏していたことが結びつきを生み、互いをよく知っているからこそ、押すときと距離を置くときの見極めがつくのだという。飛び抜けてうまい集まりではなかったが、集まって作業すると何かがかみ合った、とも述べている。

出典: Blabbermouth.net「RYAN PEAKE Explains NICKELBACK's Longevity」2024年3月29日(初出:iHeart Radio Canadaのインタビュー)

チャド・クルーガー(Chad Kroeger)はClassic Rock誌の2005年の取材で、育った町アルバータ州ハンナを、人口およそ3,000人、最寄りの都市まで2時間の場所だったと説明している。どこからも遠かったぶん入ってくる音楽は限られ、誰かがアルバムを1枚町に持ち帰れば、それだけで町中の知るところになった。レコードを買うには都市まで出るしかなく、結局のところ耳に入るのはラジオが流すものだけで、彼の家で鳴っていたのはカントリー&ウエスタンだった。地元で演奏する場はあっても意味は無く、町を出るほかなかった——ハンナでバンドを軌道に乗せるのは不可能だから、バンクーバーへ移ったのだ、というのが本人の語りである。

出典: Classic Rock(Louder)

英Classic Rockの記事によれば、ニッケルバックは活動初期の4年間、北米の会場を転々としながら、公演の合間の時間で自分たちのレコードの流通とブッキングを処理していた。ラジオでのオンエアも自前で、ハンナを離れて各地に移った友人たちに、住んでいる土地の放送局へリクエストを繰り返すよう頼んでいたという。この時期の編成は、チャド・クルーガーの兄弟マイク・クルーガー(Mike Kroeger)がベース、ドラムがライアン・ヴィケダル(Ryan Vikedal)で、ヴィケダルはのちにダニエル・アデア(Daniel Adair)に代わっている。

出典: Classic Rock(Louder)

ライアン・ヴィケダル(Ryan Vikedal)はニッケルバックの初代ドラマーではない。ビルボードが2005年1月27日に彼の脱退を報じた記事によれば在籍は1998年からで、それ以前はミッチ・グインドン(Mitch Guindon)が、さらにその前はバンドの前身時代から在籍したブランドン・クルーガー(Brandon Kroeger)が叩いていた。ブランドンとチャドの続柄は出典で食い違っており、ビルボードは「クルーガー家のきょうだい」と書く一方、チャド本人は公式サイトの自己紹介で「いとこのブランドン」と記している。グインドンについては、バンドが2017年にLoudwireの企画で、自動車会社に就職するため脱退したという記述を否定し、実際には自分たちが辞めさせたのだと述べた。チャド・クルーガーは、彼が冷たい空気にアレルギーを持っていてツアーに向かず、冬のカナダ中部に着いた時点で皮膚に異常が出て、本人が続けられないと口にしたと説明している。

異説あり出典: Billboard「Nickelback Parts With Drummer」(Billboard Staff)/Loudwire「Nickelback Play 'Wikipedia: Fact or Fiction?'」(Graham Hartmann)

2022年11月に出た『Get Rollin'』はBMGからのリリースだった。2026年7月14日の発表によれば、新作『Everything Under The Sun』はVirgin Music Groupからのリリースとなり、同社からは最初のリリースにあたるとされている。発表にはVirgin Music Group北米社長Jacqueline Saturnによる、提携についてのコメントも添えられていた。告知された発売日は2026年8月時点でまだ到来していない。

出典: BLABBERMOUTH.NET

2026年7月14日、バンドは新作スタジオ・アルバム『Everything Under The Sun』を発表した。発表時に公開された内容によれば、発売予定日は2026年10月30日、収録は12曲で、1曲目には同日に配信が始まった「Rattle The Cage」が置かれている。アルバムとしては2022年の『Get Rollin'』に続く作品にあたる。本項は2026年8月時点で確認できる告知の内容にもとづくもので、この時点で発売日はまだ到来していない。

出典: BLABBERMOUTH.NET

『No Fixed Address』というタイトルは、このアルバムの録り方そのものから来ている。チャド・クルーガーはThe Pulse Of Radioに対し、バンクーバー、ロサンゼルス、マウイと場所を移しながら録音し、ヨーロッパ・ツアーにも可搬式のリグを持ち込んで現地でも録音したことを挙げ、あちこちで作ったからこの題名にしたと説明した。Loudwireの取材では、ロサンゼルス、マウイ、バンクーバーではいずれも家を借りて録音ボタンを押したこと、制作が断続的に1年以上に及んだことも語っている。全11曲で、リパブリック・レコードとの新契約による最初の作品にあたる。

出典: BLABBERMOUTH.NET/Loudwire(Full Metal Jackieによるチャド・クルーガー取材)

1996年の『Curb』はニッケルバックにとって初のフルレングス作で、その2か月前に発売されたEP『Hesher』の4曲が、リマスターないし再録音の形で収められている。シングルとして切られたのは「Fly」1曲だけだった。収録曲の「Just Four」はのちに「Just For」と改題されたうえで録り直され、2001年の『Silver Side Up』に入っている。

出典: Louder「Every Nickelback album ranked from worst to best」(Maddy Howell)

『Silver Side Up』をプロデュースしたリック・パラシャー(Rick Parashar)は、パール・ジャムの『Ten』を手掛けたプロデューサーである。兄弟のラージとともにシアトルのロンドン・ブリッジ・スタジオを設立し、同スタジオは1990年代初頭のグランジ勃興の中心地となった。ほかにテンプル・オブ・ザ・ドッグのセルフタイトル作、アリス・イン・チェインズのEP『Sap』、2000年代には3ドアーズ・ダウンの『Away From the Sun』を手掛けている。2014年8月14日、脚にできた血栓による肺塞栓症で、50歳で死去した。

出典: Loudwire

『Silver Side Up』の先行シングルは、一時「How You Remind Me」ではなく「Never Again」に決まりかけていた。チャド・クルーガーはその理由に「Never Again」を非常に力強い曲だと感じていたことを挙げ、バンドの別の一面を見せることに気後れしていたのかもしれない、と留保付きで振り返っている。ギターのライアン・ピークも手応えを欠いていた。アルバムを出すバンドはたいていラジオでかかってほしい曲を思い描くものだが、自分たちにはその確信がなかったと語る。当時の累計セールスは50万枚ほどで、本作はバンドの浮沈を決める一枚と見られていた。前作に多額を投じたレーベルからの圧力もあり、ピークは、本来一度きりであるはずの機会をもう半分だけ上乗せしてもらった状態だったと述べている。

出典: Classic Rock(Louder)「The Story Behind The Song」(Henry Yates)

Mix誌2003年11月号の制作記事によれば、『The Long Road』はニッケルバックが自分たちの手でプロデュースした最初の作品にあたる。当初は主要なシングルに外部のプロデューサーを迎える計画だったが、着手が先延ばしになったことと、デモに対するレーベルの反応が良かったことが重なって、自分たちで手がける形になった。エンジニア兼共同プロデューサーはジョーイ・モイ。ミックスはランディ・ストーブがバンクーバー中心部のスタジオThe WarehouseでSSL 4072を使って行い、マスタリングはジョージ・マリノがSterling Soundで担当した。

出典: Mix誌「In the Studio With Nickelback」(Bryan Reesman、2003年11月)/Internet Archive保存版

『The Long Road』の録音はグリーンハウス・スタジオで始まったが、途中でチャド・クルーガーの私設スタジオへ移った。1時間かかる通勤を嫌い自分の設備を欲しがった彼は、グリーンハウスのAルームの機材をまとめて買い取り、改装した納屋へ制作の場を移している。共同プロデューサーのジョーイ・モイは施工業者に与えられた期間が30日だったと語り、Mix誌自身は工事が35日で終わったと記している。干し草置き場だった2階はボーカルブースを備えたミックスルームに、1階の馬房はリハーサル兼録音の場になった。バンドは最初の2か月半をグリーンハウスで作業し、転換のための1週間を挟んだうえで、残りの数週間をMountain Viewと名づけられたこの納屋のスタジオで進めた。

異説あり出典: Mix誌「In the Studio With Nickelback」(Bryan Reesman、2003年11月)/Internet Archive保存版

Mix誌2003年11月の取材で、チャド・クルーガーは『The Long Road』の中でバンドが最も集中して取り組んだ曲として「Someday」を挙げている。重ねられた音は100トラックを超え、その中にはマンドリンも入っているが、聴き手がそれと聴き分けることはないとクルーガーは述べている。厚いミックスの中でも埋もれずに残るアコースティックギターはGibsonのジャンボで、アンプを通さずColesのリボンマイクとNeumann M147の2本で収録された。時間をかけられたおかげで音の層と質感を作り込めた点が、それ以前のどのアルバムとも違うところだというのが本人の説明である。

出典: Mix誌「In the Studio With Nickelback」(Bryan Reesman、2003年11月1日)/Internet Archive保存版

Mix誌2003年11月号の取材記事によれば、チャド・クルーガーは著名なSSLの大型コンソールを所有していた。同誌はその卓の来歴を、ブルース・フェアバーンとボブ・ロックの名で知られるバンクーバー中心部のスタジオLittle Mountainに元々置かれていたもので、同スタジオは郊外のバーナビーへ移ってGreenhouse Studiosと改称された、と説明している。この卓で録音された作品として挙がっているのは、エアロスミス『Pump』、モトリー・クルー『Dr. Feelgood』、ザ・カルト『Sonic Temple』、ボン・ジョヴィ『Slippery When Wet』、そしてメタリカのいわゆるブラック・アルバムの一部である。『The Long Road』の録音は、そのGreenhouse Studiosで始まっている。

出典: Mix誌「In the Studio With Nickelback」(Bryan Reesman、2003年11月)/Internet Archive保存版

チャド・クルーガー本人が、Nickelbackがこれまでに書いた中でいちばん手こずった曲として挙げているのが、『All the Right Reasons』収録の「Savin' Me」である。ヴァースの出来には手応えがあった一方でサビだけが決まらず、その間クルーガーはこの曲を心底嫌っていたという。サビがかたちになったのはその後で、現在は気に入っている曲だと語っている。ただしサビが決まるまでにかかった期間の説明は取材ごとに食い違っており、Louderのインタビューでは1曲に1ヶ月、Songfactsが伝える別の証言では6週間とされている。

異説あり出典: Louder

『Dark Horse』の制作には、プロデューサーとしてロバート“マット”ラングが加わった。Classic Rock誌のQ&Aで、前作は自分たちだけで作れたのになぜそこまでの大物を招いたのかと問われたチャド・クルーガーは、このまま自主制作を続けていくつもりではあったが、ラングに少しでも一緒にやる気があるのなら迷わず全体の指揮を委ねる、とかねてバンドに話していたと答えている。クルーガーが語るラング像は、内向的ではあるが世捨て人ではなく、無類のスポーツ好きというもので、コントロールルームには常にスポーツ中継が流れていなければならなかった。そのすべてを観てしまった結果、授与された五輪の金メダルを自分は一つ残らず把握してしまった、とクルーガーは振り返っている。

出典: Classic Rock(Louder)

7作目『Here and Now』は外部のプロデューサーを立てず、バンド自身の手でマウンテン・ヴュー・スタジオ(Mountain View Studios)にて制作された。ロードランナーは2011年9月8日にこの新作を11月21日発売と告知し、あわせて先行の2曲を9月26日にラジオへ同時解禁——「Bottoms Up」をロック局、「When We Stand Together」をポップ局に——翌27日から配信、2012年初頭にワールドツアーを開始する予定だと発表している。チャド・クルーガー(Chad Kroeger)はこの告知に寄せ、この年は明確なビジョンを持ってスタジオに入り、それがそのまま形になったとして、仕上がりに強い手応えを示した。

出典: Loudwire

『No Fixed Address』に続く9作目を録っていた最中、メンバーは息抜きに自分たちの好きな一曲、ドン・ヘンリーの「Dirty Laundry」を演奏した。その場の勢いで残った録音を眠らせておくのは惜しいと、2016年8月にそのままSpotifyで公開している。原曲は1982年の発表で、作曲とプロデュースはヘンリーとダニー・コーチマー。クルーガーは、ニッケルバックのレコードを作るという重い仕事に取りかかるとき、メンバーの音楽の好みがそれぞれ違うので、全員の機嫌を保つことが大きな比重を占めると語っている。

出典: Blabbermouth.net

『Feed the Machine』は、バンドがクリス・ベイスフォードと共同でプロデュースした作品である。Loudwireは2017年2月1日の記事でそう伝え、ベイスフォードの名にスラッシュ、シャインダウンという過去の関わりを併記している。同じ日のBlabbermouthの告知によれば、バンドはこの時点でまだスタジオで仕上げ作業の最中で、9作目にあたる本作のレーベルはBMG。先行シングルとなった表題曲については、バンド自身が書き、ベイスフォードとの共同プロデュースであると記されている。

出典: Loudwire

通算10作目『Get Rollin'』は、締め切りに追われずに作られた。チャド・クルーガー(Chad Kroeger)はラジオ局WRATのインタビューで、この25年間は常に背後から急かされ、いつまでにレコードを仕上げ、いつからツアーに出るかを他人に決められてきたようなものだったと振り返っている。今回は違い、同じギター・ソロをさらに40回、3日かけて弾き直し、自分たちの思うとおりの形になるまで詰めることができた。それを本人は贅沢なことだったと語る。ただしクルーガーは、パンデミックによる長い休止期間があった以上、本来はもっと早く新作に取りかかれたはずだとも認めており、制作は着手できるときに進めるという緩やかなペースで運んだ。

出典: Blabbermouth.net

「Leader Of Men」の歌詞は、ひとつの出来事を順に語ったものではない。Songfacts の記述によれば、チャド・クルーガー(Chad Kroeger)自身が通ってきた別々の体験が重ね合わされており、マジックマッシュルームを摂取している最中の感覚をなぞった部分と、溺れかけた友人を助けなければならなかったときの記憶とが、一曲のなかに同居している。互いに無関係な二つの場面が、同じ歌詞の中に並んでいることになる。

出典: Songfacts

「How You Remind Me」が書かれたのは2000年、チャド・クルーガーが当時バンクーバーで同居していた恋人と激しく口論した直後だった。本人の回想によれば、投げやりな気分のまま旧宅の地下にあったリハーサル室へ降り、彼女への痛烈な一撃になるような歌詞を書こうとしたのだという。曲中では愛していると歌いながら、その裏で言い返すつもりだったと本人は語っている。歌詞は彼女に届くように、わざとマイクへ向かって大声で吐き出していた。ところが彼女はドアを開け、その曲を気に入ったと告げる。意趣返しはそこで目的を失った。何年も後、クルーガーはあれは君を書いた曲だと本人に伝えたが、彼女は自分がそのモデルだとは信じようとしなかった。

出典: Classic Rock(Louder)「The Story Behind The Song」(Henry Yates)

2003年9月12日付のBillboardの記事は、先行シングル「Someday」がMainstream Rock Tracksで2位、Modern Rock Tracksで6位につけていると伝えている。同記事は『The Long Road』を11日後の9月23日にRoadrunnerから発売予定の作品として紹介し、あわせてチャド・クルーガーの言葉を載せた。本人はこのアルバムに中心となるテーマは無いと語り、『Silver Side Up』が極めて個人的な作品だったのに対し、今作は自分の人生の経験に拠っておらず、誰の身の上の話としても成り立つ、と説明している。

出典: Billboard「Nickelback Ready To Hit 'The Long Road'」(Billboard Staff、2003年9月12日)

「Side of a Bullet」が書かれたのは、ダイムバッグ・ダレルがオハイオ州コロンバスのステージ上で殺害されてからおよそ3か月後だった。チャド・クルーガーは先に激しく金属質なリフを作り、そのうえに掛け合いの形の歌詞を乗せている。語り手はダイムバッグを殺されたことに激昂したパンテラのファンで、犯人がすでに警官に撃たれて死んでいることを知らないまま報復を誓う、という構図になっている。クルーガーはMTVの取材に対し、当時は動揺がひどく、2か月ほどはどこかでダイムバッグの写真を目にするだけで怒りが込み上げたと話している。

出典: BLABBERMOUTH.NET

『Dark Horse』収録の「If Today Was Your Last Day」について、チャド・クルーガーはClassic Rock誌のQ&Aで、動機づけの性格を持つ曲だと説明している。一週間後に自分がこの世にいないと分かっていたら何をするか、という問いが曲の前提で、人は口では言いながら先送りにしてきたことに手をつけようとするはずだ、日々を当たり前のものとして扱っているからだ、というのが本人の示した趣旨である。

出典: Classic Rock(Louder)

『Get Rollin'』収録の「Those Days」は、チャド・クルーガーがカナダ・アルバータ州ハナという小さな村で過ごした1980年代の少年時代を振り返る曲である。Songfactsによれば、思い返されているのは兄弟でベーシストのマイク・クルーガー、そして旧友でギタリストのライアン・ピークと過ごした日々で、街灯が点いたら家に帰るという門限、R指定の『エルム街の悪夢』を大人に付き添われて映画館で観たこと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンのように時速88マイルを出そうとしたこと、プリンス「Purple Rain」で踊った初めてのスローダンス、Motörhead「Ace of Spades」やGuns n' Roses「Sweet Child O' Mine」を聴いたことといった記憶が歌詞に並ぶ。作詞作曲はクルーガーとピーク。

出典: Songfacts

チャド・クルーガーが書いた「Hero」は、映画『スパイダーマン』のサウンドトラックへの収録が予定された曲として、2002年3月21日と22日にバンクーバーのスタジオで録音された。当初は元アリス・イン・チェインズのジェリー・カントレル(Jerry Cantrell)、クルーガー、サライヴァのジョシー・スコット(Josey Scott)の3人による共演として企画されていたが、カントレルはこの録音に合流できず、作業は残る2人で進んだ。完成版でドラムを叩いたのは元サウンドガーデンのマット・キャメロン(Matt Cameron)、ギターのリードを弾いたのはクルーガーが目をかけていたバンクーバーのセオリー・オブ・ア・デッドマンのギタリストで、同バンドはロードランナー・レコードと契約したばかりだった。ミュージック・ビデオは録音に続く週末に撮影されたが、キャメロンは妊娠中と伝えられる妻のもとへ帰っており、その代わりにアワー・レディ・ピースのジェレミー・タガート(Jeremy Taggart)が、ベースにはニッケルバックのマイク・クルーガーが撮影に入った。

出典: BLABBERMOUTH.NET

ニッケルバックは、ZZトップに捧げるトリビュート盤『A Tribute From Friends』のために「Legs」を録音した。同盤を発売済みの作品として扱った2011年10月11日付のラウドワイアーのレビューは、この曲を取り上げ、ドラムのダニエル・アデアが16分音符を刻んでいると記している。

出典: Loudwire

2012年5月、Chad Kroeger がアヴリル・ラヴィーンの新作のためにスタジオで共作しているとラウドワイヤーが報じた。同記事が伝えた本人の説明によれば、ボストンのラジオ局 Mix 104.1 に対し、当初は2曲ほど書くつもりだったが、1曲で歌ってほしいと頼まれ、そこから曲数が膨らんでいったと語ったという。記事が出た時点でラヴィーンのアルバムは8曲ほどまで進んでおり、元 Evanescence の David Hodges もこの作品に関わっていた。

出典: Loudwire(ラウドワイヤー)

2013年9月5日、アヴリル・ラヴィーンがセルフタイトル作『Avril Lavigne』の発売を告知し、ビルボードがこれを伝えた。同記事によれば Epic Records からの発売は11月5日、予約受付は9月24日開始と告知されていた。同記事はこの作品をラヴィーン、Chad Kroeger、Martin Johnson、David Hodges の4人の共同プロデュース名義とし、録音は Henson Studios で行われたと記している。記事に載った曲順表では「Let Me Go」に feat. Chad Kroeger と添えられている。

出典: ビルボード(Billboard、ニュース面)

マリアナス・トレンチのジョシュ・ラムジー(Josh Ramsay)がソロ名義で発表した「Lady Mine」には、チャド・クルーガーがゲストとして加わっている。2021年12月に公開された同曲はホーンセクションを擁する70年代志向のロックで、ラムジーはホーン以外の全楽器を自分で演奏し、プロデュースも手がけた。ミックスは旧知のデイヴ・「レイヴ」・オギルヴィー(Dave "Rave" Ogilvie)との共同である。ラムジー本人は、愉快な70年代風のロックを狙ったが、クルーガーの歌が加わったことで当初の想定より振り切れた仕上がりになったと語っている。同曲はソロ・デビュー作『The Josh Ramsay Show』からの先行第1弾で、発表時点では翌年初頭の発売が予定されていた。

出典: Blabbermouth.net

先行曲「Rattle The Cage」にはギタリストのJohn 5がゲスト参加している。2026年7月14日にアルバム発表と同時に公開された収録曲リストでは、1曲目が「Rattle The Cage (feat. John 5)」と、曲名そのものにクレジットを含む形で記されている。同曲は同日に各配信サービスで公開された。発表を報じた同日のBLABBERMOUTH.NETの記事には、バンド公式YouTubeチャンネルのオフィシャル・ミュージックビデオとビジュアライザーの2本が埋め込まれていた。John 5についてはSongfactsが2026年7月17日付の記事で現在Mötley Crüeのメンバーだと記している。

出典: BLABBERMOUTH.NET

ベースのマイク・クルーガーは2026年7月28日のラジオ番組で、この曲の元になった素材はハードディスクにデモとして長く残っていたもので、何作かのアルバム制作の場に持ち出しては形にせずに終わってきたと説明し、脇に置いたアイデアはその時期がまだ来ていないだけのことが多い、と述べている。ジョン5への参加依頼はバンドの側から出たもので、自分たちの幅を広げたいという考えから、共通の知人が多かった同人に直接連絡して承諾を得た、というのがクルーガーの説明である。

出典: Loudwire

Mix誌2003年11月の制作記事によれば、『The Long Road』のセッションで録られた曲のうち、バンド全員が同じ場で演奏していない一曲がある。エルトン・ジョン/バーニー・トーピンのヒット曲「Saturday Night's Alright for Fighting」のカバーで、時間の制約と日程の折り合いがつかなかったため、ニッケルバックはゲストに音源ファイルを送る形をとった。キッド・ロックはボーカルをミシガンのスタジオで、パンテラのギタリスト、ダイムバッグ・ダレルはギターをテキサスのスタジオで、それぞれ別に加えている。

出典: Mix誌「In the Studio With Nickelback」(Bryan Reesman、2003年11月1日)/Internet Archive保存版

『All the Right Reasons』の「Side of a Bullet」は、オハイオ州コロンバスでDAMAGEPLANのステージに立っている最中に射殺されたダイムバッグ・ダレルへの追悼曲である。曲中の24秒のギター・ソロを弾いているのはダイムバッグ本人で、パンテラの『Vulgar Display of Power』と『Far Beyond Driven』のセッションに残されていた未発表のアウトテイクを継ぎ合わせて組み立てられている。ロードランナーの公式バイオでチャド・クルーガーは、ダイムバッグの兄弟でパンテラのドラマーだったヴィニー・ポールに電話で曲を聴かせ、了解を取り付けたと語っている。ヴィニーは当初ドラムを録り直すことも考えたが、ダニエル・アデアの演奏が見事だとしてそれを残し、ギターの素材だけを提供した。Loudwireは、ダイムバッグの長年のパートナーであるリタ・ヘイニーもこの曲に了承を与えたと伝えている。

出典: BLABBERMOUTH.NET

『No Fixed Address』の北米発売を控えた2014年10月、チャド・クルーガーはLoudwireの取材(フル・メタル・ジャッキーによるインタビュー)で、今作には大きく舵を切った部分があると語った。先日ホーン・セクションを雇い入れたところで、それはマイケル・ジャクソンの「スリラー」で演奏した面々だという。さらに女性のバックグラウンド・ヴォーカルを迎え、フロー・ライダーがラップで参加しているとも述べている。作品ごとにまだ足を踏み入れていない領域に入るようにしている、というのが本人の説明で、奏者の氏名やどの曲での参加かは語られていない。

出典: Loudwire

「How You Remind Me」と「Someday」を重ねた音源がインターネット上に広まった件について、2005年1月4日のNPRの記事は二つの受け止めを載せている。記事の時点でバンドの広報担当はこの指摘にコメントしておらず、ベースのマイク・クルーガーはクリーヴランドの新聞フリー・タイムズの取材に答え、そこに気づいたのは大したもので、ヒット曲としての質を示すものでもある、はっきりした持ち味を持つバンドは似て聞こえる危険を負う、と述べたと同記事は伝えている。彼は自分のバンドと AC/DC をその例に挙げた。一方、ジョン・フォガティの自作2曲が同じ曲だとファンタジー・レコードに主張された1980年代半ばの裁判で鑑定人を務め勝訴に貢献した音楽学者ジェラルド・エスケリンは、この2曲は旋律そのものが異なり、共通するのはベースラインかコード構造だと同記事に語っている。

出典: NPR(米国公共ラジオ)/記者ショーン・コール(WBUR)。マイク・クルーガーの発言は同記事がクリーヴランドのフリー・タイムズ紙の取材として伝えたもの

2011年11月22日、NICKELBACKはデトロイト・ライオンズ対グリーンベイ・パッカーズ戦のハーフタイム出演に反対する署名運動に、コメディ映像で応じた。ラウドワイアーが同日報じたところによれば、映像はコメディ・サイトのFunny or Dieがバンドと組んで制作したもので、コメディアンのポール・シアーがレコード会社の重役役で登場し、デトロイトの観客に受け入れられる方法をバンドに持ちかける。バンド名をThe Four Nickelsに改めてモータウン勢に転じる案や、トム・セレック、アリス・クーパー、ロボコップ、デイヴ・クーリエといったデトロイトゆかりの顔ぶれに扮する案が並んだ。バンドの公式サイトも同じ日に「Nickelback Responds To NFL Petition」の見出しでこの映像を掲載し、#nickelback2detroit のハッシュタグを添えている。

出典: ラウドワイアー(Mary Ouellette 執筆)

ニッケルバックのビデオを複数手がけたナイジェル・ディック(Nigel Dick)は、自身の公式サイトに作品ごとの制作記録を残しており、そこから撮影日とロケ地がわかる。「Photograph」は2005年7月23日・24日と8月5日の3日間で撮影され、場所はメンバーが育ったカナダ・アルバータ州ハナ(Hanna)と米カリフォルニア州ヴァル・ヴェルデにまたがった。「Far Away」は同じ年の11月1日・2日、ブリティッシュコロンビア州サリーのグリーン・ティンバーズ公園。「Song On Fire」は2017年5月19日・20日、同じくブリティッシュコロンビア州のメープルリッジで撮られている。ディックはこの回について、ブリティッシュコロンビアなら必ず雨が降ると踏んで霧雨の森という画を考えたのに、当日は太陽が出てしまった、と書き添えている。

出典: ナイジェル・ディック公式サイト

『Hate to Love: Nickelback』を監督したリー・ブルックス(Leigh Brooks)は英国の映像作家で、本人がSNSに記したところでは撮影に6年をかけている。完成までの道のりは長く、2020年4月にはギターのライアン・ピーク(Ryan Peake)がバンドのSNSに投稿した動画で、ツアー中に予告してから1年半が経ったと前置きしたうえで、公開はもう目前であり1〜2か月のうちには何か届けられそうだと語っていた。実際のワールドプレミアはその3年以上あと、2023年9月のトロント国際映画祭でのことだった。ブルックスは以前からロックのドキュメンタリーを撮っており、TERRORVISIONを追った『Terrorvision: Wired Up and Scary』(2017年)と、LIFE OF AGONYを題材にした『The Sound of Scars』(2022年)がある。

出典: Blabbermouth

作品は未公開のアーカイヴ映像やライヴ映像とインタビューで構成され、チャド・クルーガー、ライアン・ピーク、マイク・クルーガー、ダニエル・アデアの4人がバンドの毀誉褒貶を正面から語る。Blabbermouthによれば、擁護する側として俳優のライアン・レイノルズやSMASHING PUMPKINSのビリー・コーガンも登場する。Louderのレビューによれば、コメディアンのブライアン・ポーゼンやアーノルド・シュワルツェネッガー、GREEN DAYのビリー・ジョー・アームストロングがバンドをからかう映像クリップも使われ、反NICKELBACK感情がどこまで浸透していたかを示す材料とされている。同レビューによれば、Roadrunner Recordsの元A&R担当モンテ・コナーも登場し、1999年当時のレーベル最大の契約相手はSLIPKNOTで、そのSLIPKNOT側がNICKELBACKの加入を歓迎していたとは思わないと語ったうえで、NICKELBACKの商業的成功がレーベルを存続させたと述べている。

出典: Blabbermouth/Louder

「If Everyone Cared」のシングルとビデオのデジタル販売による収益を、全額チャリティに寄付する——2007年1月29日、レーベルのロードランナーがニュースリリースとしてそう発表した。寄付先に挙げられたのはアムネスティ・インターナショナルと International Children's Awareness Canada の2団体で、開始は同年2月1日とされている。後者は、ギタリストのライアン・ピーク(Ryan Peake)が以前から支援してきた団体である。示されたのはこの計画までで、寄付の総額や継続期間には触れられていない。

出典: UPI

WWEは自社サイトで、『Dark Horse』収録の「Burn It to the Ground」を、USA Networkで放送する『Raw』の新しい公式テーマ曲として使い始めると告知した。開始日は11月16日と書かれているが、この記事にはどこにも年の表記がなく、何年の11月16日なのかは出典からは分からない。同記事によれば、この曲はデジタル・シングルだけで25万枚以上を売り、『Dark Horse』はBillboard 200に初登場2位で入って50週にわたりチャートに残り、米国だけで240万枚を超えて売れていた。これらの数字はいずれもWWE側の記述である。

出典: WWE公式サイト

『Hate to Love: Nickelback』は最初から長編として企画されたものではなく、アルバム『Feed the Machine』のEPK(電子プレスキット)を撮る仕事から始まったと、監督のリー・ブルックスは2023年2月のラジオ番組での取材で語っている。TERRORVISIONのドキュメンタリーを撮り終えた頃、英国で「How You Remind Me」を最初にオンエアしたラジオDJのBenから、ブルックスがよく組む友人に電話が入り、新作アルバムのEPKを一緒に撮れる人物を探していると持ちかけられたのが発端だった。ブルックスは、その時点でNICKELBACKについて知っていたのは「How You Remind Me」だけだったと振り返る。企画はやがて全アルバムを扱う長尺版へ広がり、バンドが故郷アルバータ州ハンナで公演を行うと知って、そこも撮るべきだと考えたと説明している。

出典: Blabbermouth

『Get Rollin'』収録のシングル「San Quentin」のティーザーが公開された際、バンドがメタルコアに接近したと受け取るファンがいた。2022年12月1日付のMetal Hammerによれば、ライアン・ピークはカナダCBC Radio Oneでこの反応に触れ、自分は最初ポップスを聴いていたがギターを弾き始めてからはアンスラックスやテスタメントを聴くようになった、と自身の出自を説明している。そのうえで、メロディアスな曲を好む客層は予想外に重い曲でもライブでは受け入れるのに対し、メタルの聴き手はジャンルに対して保護的だと感じる、というのが彼の見方だと同誌は伝えている。

出典: Metal Hammer / Louder(Liz Scarlett)2022年12月1日(初出:CBC Radio One、ホスト:トム・パワー)

2003年4月の時点で、『Silver Side Up』は全米レコード協会(RIAA)の5倍プラチナに達していた。2001年9月の発売以降、出荷が500万枚を超えたことによる認定である。同じ認定のまとめでは、ディスターブドの『The Sickness』がトリプル・プラチナ、サライヴァの『Back Into Your System』とマリリン・マンソンの『Holy Wood』がそれぞれゴールドに認定されたことも併せて伝えられている。

出典: BLABBERMOUTH.NET

「How You Remind Me」は、Billboardが2000年1月1日付から2024年12月28日付までのHot 100の成績を集計したチャート「Top Hot 100 Songs of the 21st Century」で24位に入った。これを報じたLoudwireは、本格的なロック勢としてこのリストに残ったのはニッケルバックだけだとしたうえで、オルタナティヴ・ラジオでヒットした曲は他にも複数入っていると添えている。同曲は2001年7月に『Silver Side Up』の先行シングルとして発売され、米国ではHot 100で4週、Mainstream RockとAlternative Airplayでそれぞれ13週にわたって首位を保った。

出典: Loudwire

CBC Musicが2023年3月1日に公開した記事によれば、ニッケルバックが2001年に最優秀新人グループでJUNO賞を初めて受賞したとき、チャド・クルーガーとライアン・ピークはプロモーションでイタリアにいた。ハミルトンで賞を受け取ったのはマイク・クルーガーと、当時のドラマーだったライアン・ヴィケダルである。クルーガーによれば、受賞の知らせは真夜中にピークが自室のドアを叩いたことで届いたという。この取材は、バンドのカナダ音楽の殿堂入りを前に行われたものである。

出典: CBC Music(Kelsey Adams)2023年3月1日「Nickelback celebrates 28 years of hard rock」

2002年6月16日にトロントで開かれた第13回MuchMusic Video Awardsで、NICKELBACKは2部門を受賞した。ただし対象作品の記載は資料によって食い違う。翌日付のBillboardは最優秀ビデオが「Too Bad」、MuchLOUD最優秀ロック・ビデオが「How You Remind Me」だったとし、MuchMusic自身の受賞者一覧(Internet Archiveの保存版)はどちらの部門も「Too Bad」と記している。受賞数と部門名は両者で一致する。同じBillboardの記事は、チャド・クルーガー個人名義分を含めた12ノミネートが最多だったこと、バンドが複数の部門で自作同士と競合したこと、2時間の番組がパイロ演出を伴う「Too Bad」の演奏で始まったことを伝えている。

異説あり出典: Billboard

2009年6月にトロントで開かれたMuchMusic Video Awardsで、NICKELBACKは「Gotta Be Somebody」により最優秀ビデオ、最優秀ロック・ビデオ、最優秀ポストプロダクションの3部門を受賞した。同賞を報じたCBC Newsによれば、バンドはこの回に5部門で候補に挙がっており、3つという受賞数はこの日もっとも多かった。受賞のうち1つは、黒いSUVから降りてレッドカーペットに立った直後に手渡されている。

出典: CBC News

2025年2月18日、CreedのフェスティバルSummer Of '99 And Beyond Festivalの2025年版に、NICKELBACKが共同ヘッドライナーとして出演すると発表された。会場はウィスコンシン州イーストトロイのAlpine Valley Music Theatre、日程は7月18日と19日の2日間で、18日をNICKELBACK、19日をCreedがヘッドライナーとして務めるとされた。同発表は、両バンドが同じステージに立つのは1999年以来であること、NICKELBACKがこの会場に初めて出演したのは2007年であることも記している。

出典: BLABBERMOUTH.NET

2010年8月7日、ニッケルバックはサマーソニックのメイン・ステージである千葉マリンスタジアムに出演した。激ロックのライブ・レポートは、この日の開演について、登場を告げるSEも前置きもないまま「Burn It to the Ground」のイントロがいきなり鳴り出したと伝えている。以降は「Photograph」「Savin' Me」「Figured You Out」「Rockstar」と続き、終盤は「Gotta Be Somebody」と「How You Remind Me」で締めくくられた。

出典: 激ロック ライブレポート「SUMMER SONIC 2010|NICKELBACK」

『Get Rollin'』の発売を祝う3本の小規模公演の初日として、2022年11月15日にカナダ・オンタリオ州トロントのHistoryで行われた公演は、バンドにとって約3年ぶりのステージとなった。この日のセットリストにはアルバムからのシングル2曲「San Quentin」と「Those Days」が並び、どちらもライブで演奏されるのはこれが初めてだった。ほかに「Photograph」「Someday」「Rockstar」といったヒット曲も演奏されている。アルバム自体の発売は3日後の11月18日、レーベルはBMGだった。

出典: BLABBERMOUTH.NET

2023年11月27日、BLABBERMOUTH.NETが翌年春のヨーロッパ公演の発表を報じた。Live Nation制作の全12公演で、5月16日のグラスゴーOVO Hydroに始まり6月8日のミュンヘンOlympiahalleで終わる日程、前座はイギリスのLOTTERY WINNERSが全公演を務めるとされた。このうち5月23日のバーミンガムUtilita Arena公演は実施され、Louderが5月30日付でレポートを掲載している。同誌はイギリスでは6年ぶりのツアーで16,000人が集まったと伝えた。ミュンヘンの会場オリンピアパルクは公式イベントページで、この欧州日程をGet Rollin' World Tourの続きと位置づけていた。

出典: BLABBERMOUTH.NET