JOE SATRIANI

1986年にデビューしたアメリカのギタリスト、JOE SATRIANI(ジョー・サトリアーニ)のバイオグラフィとディスコグラフィ。『Surfing With the Alien』から2026年の『The Sea Of Emotion』まで、全19作品を収録曲・CD情報・ライナーノーツつきで作品ごとに掲載。METAL BOOST。

Biography

JOE SATRIANI
バイオグラフィー

ジョー・サトリアーニ(Joe Satriani、1956年7月15日生まれ)は、ニューヨーク州ウエストベリー出身のロック・ギタリスト、作曲家、プロデューサーである。1980年代半ばに始まったソロ作品で、歌のないギター・アルバムを商業的に成立させた数少ない人物であり、アルバムの総売上は1,000万枚を超える。グラミー賞には15回ノミネートされている。ギター教師としての一面も知られており、教え子にはスティーヴ・ヴァイ、METALLICAのカーク・ハメット、TESTAMENTのアレックス・スコルニックらがいる。

ギターを手に取った日——ロングアイランド(1956〜1978年)

サトリアーニはイタリア系の家庭に生まれた。父方の祖父母はピアチェンツァとボッビオ、母方はバーリの出身である。ギターを始めた動機は本人が繰り返し語っている——14歳のとき、ジミ・ヘンドリックスの死を知った日である。公式のバイオグラフィはその日付を1970年9月18日と記している。知らせを聞いたのはアメリカン・フットボールの練習中で、彼はその場でコーチに、辞めてギタリストになると告げた。

カール・プレイス高校を卒業し、1974年にはジャズ・ギタリストのビリー・バウアーと、人前に出ることを避けていたジャズ・ピアニストのレニー・トリスターノに音楽を学んでいる。技術的に厳しかったトリスターノの影響は、サトリアーニの演奏に大きく残った。この時期から彼はギターを教え始め、当時の最も有名な生徒が、同じロングアイランド出身で同じカール・プレイス高校に通っていたスティーヴ・ヴァイだった。ヴァイが13歳、サトリアーニが17歳だった1973年のことである。教えながら、彼自身はファイヴ・タウンズ・カレッジで音楽を学んでいた。

1978年、音楽で身を立てるためカリフォルニア州バークレーへ移る。そこでもすぐに教えることを再開し、生徒にはMETALLICAのカーク・ハメット、Counting Crowsのデヴィッド・ブライソン、Third Eye Blindのケヴィン・カドガン、PrimusとPossessedのラリー・ラロンド、TESTAMENTのアレックス・スコルニック、元Exodusのリック・ハノルト、Lȧȧz Rockitのフィル・ケットナー、チャーリー・ハンターらが並ぶ。

自主制作から『Surfing With The Alien』へ(1979〜1989年)

1970年代の終わり、サトリアーニは義理の兄弟ニール・シーハンとサンフランシスコでSQUARESというバンドを組んだ。その後、キャリアの下り坂にあったグレッグ・キーン・バンドに誘われる。皮肉なようだが、この参加が彼を救った——1986年に自費同然で作った最初のアルバム『Not of This Earth』でクレジットカードの借金を抱え込んでおり、キーン・バンドの報酬がそれを返すことを可能にしたのである。同じ1986年には、Crowded Houseのデビュー・アルバムでバッキング・ヴォーカルも歌っている。

転機は1987年の2作目『Surfing With the Alien』だった。ラジオでかかる曲が生まれ、全編インストゥルメンタルの作品としては長く例外的な高順位——米ビルボード200で29位——を記録した。この成功が翌1988年、ミック・ジャガーの初のソロ・ツアーにリード・ギタリストとして招かれることにつながる。1987年にはデス・メタル・バンドPossessedのEP『The Eyes of Horror』のプロデュースも手掛けた。

1989年の『Flying in a Blue Dream』は全18曲という彼の最多収録作で、初めて自ら歌い、ハーモニカとバンジョー型ギターも弾いた。録音中に父を亡くしており、作品にはその影が落ちていると言われる。

『The Extremist』、ディープ・パープル、そしてG3(1992〜2000年)

1992年の『The Extremist』は米ビルボード200で22位まで上がり、ゴールド認定を受けた自己最高の商業的成功作である。「Summer Song」はソニーのディスクマンとウォークマンの広告に使われ、一気に広まった。

1993年の暮れ、彼はDEEP PURPLEに加わる。リッチー・ブラックモアが欧州公演の最終日を終えて脱退したあと、2週間後に迫っていた日本ツアーの代役としてである。公演は成功し、バンドは正式加入を持ちかけたが、ソニーとの複数枚のソロ契約に署名した直後だったサトリアーニはこれを断った。空席はスティーヴ・モーズが埋めた。

1996年、彼はG3を始める。3人のギタリストが交替で組を作り、それぞれの演奏のあと最後に全員で演奏するツアー形式で、最初の組み合わせはサトリアーニ、スティーヴ・ヴァイ、エリック・ジョンソンだった。G3はその後も断続的に続き、常任メンバーはサトリアーニだけである。これまでに参加したギタリストにはイングヴェイ・マルムスティーン、ジョン・ペトルーシ、ケニー・ウェイン・シェパード、ロバート・フリップ、アンディ・ティモンズ、ウリ・ジョン・ロート、マイケル・シェンカー、エイドリアン・レッグ、ポール・ギルバート、スティーヴ・モーズ、スティーヴ・ルカサーらがいる。

1998年の『Crystal Planet』でEpicへ移り、2000年の『Engines of Creation』では電子音楽へ大きく踏み込んだ。

チキンフットと2000年代以降(2002〜2022年)

2002年の『Strange Beautiful Music』、2004年の『Is There Love in Space?』と作品を重ね、2005年5月には初のインド公演(デリー、コルカタ、ムンバイ)を行った。2006年には『Super Colossal』を発表。同年、恵まれない公立学校の子どもたちに楽器と指導を無償で届ける非営利団体Little Kids Rockの公式サポーターとなり、ヴァイと同じく名誉理事を務めている。

2008年5月、サトリアーニはCHICKENFOOTへの参加を明かした。元VAN HALENのサミー・ヘイガーとマイケル・アンソニー、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミスという編成で、2009年6月5日にデビュー作、2011年9月27日に『Chickenfoot III』を出している。デビュー作の全曲に彼の共作クレジットが付いた。

2013年の『Unstoppable Momentum』、2015年の『Shockwave Supernova』、2018年の『What Happens Next』、2020年の『Shapeshifting』と続き、2022年の『The Elephants of Mars』でearMUSICへ移った。1995年のセルフタイトル作以来、Epicとソニー以外から出た初めてのアルバムである。2014年には全スタジオ作をリマスターした箱物『The Complete Studio Recordings』と、自伝『Strange Beautiful Music: A Memoir』が出ている。

SatchVai——半世紀越しの共作(2024年〜)

2024年初頭、サトリアーニ、スティーヴ・ヴァイ、エリック・ジョンソンがG3の初期編成で「Reunion」ツアーを行った。その後サトリアーニとヴァイはSATCHVAIの名でツアーを続け、50年を越える付き合いのなかで初めて共作したシングル「The Sea of Emotion, Pt. 1」を2024年3月29日に発表する。2025年には欧州で「Surfing with the Hydra」ツアーを回り、2026年の北米公演にはAnimals as Leadersが同行する。ふたりの初のスタジオ・アルバム『The Sea Of Emotion』は2026年11月6日発売である。

ボックス・セットとしては、2008年の『Original Album Classics』(5作を収めたソニーの5枚組)も出ている。

演奏と音

サトリアーニは技術的な到達度の高いギタリストとして知られる。レガート、両手タッピング、アルペジオ・タッピング、ヴォリューム奏法、ハーモニクス、アーミングを自在に扱い、速いパッセージではハンマリングとプリングを軸にしたレガートで滑らかに流す。オルタネイト・ピッキングやスウィープ・ピッキングにも長けている。影響を受けたのはジミ・ヘンドリックスと、ブライアン・メイ、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、リッチー・ブラックモア、ジェフ・ベックといった英国のロック・ギタリストたち、それにジャズ・フュージョンのアラン・ホールズワースである。

楽器はアイバニーズのJSシリーズと、マーシャルのJVM410HJSアンプ。どちらも彼のために設計された製品である。曲名にはしばしばSF的な参照が入る——「Surfing with the Alien」「Back to Shalla-Bal」「The Power Cosmic 2000」はシルバーサーファー、「Ice 9」はカート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』、「Borg Sex」は『スター・トレック』のボーグからである。

日本での公演

日本との縁は深い。1993年12月のDEEP PURPLE日本ツアーは彼の代役参加によって成立し、その録音の一部は後年リリースされている。単独では2017年2月に「Surfing to Shockwave Japan Tour 2017」として15年ぶりに来日し、7日になんばHatch、8日に中野サンプラザホールで演奏した。バンドはマイク・ケネリー(ギター、キーボード)、ブライアン・ベラー(ベース)、マルコ・ミンネマン(ドラム)。2024年9月にはSAMMY HAGARの「The Best of All Worlds 2024 Tour」のギタリストとして名古屋(9月20日)、大阪(9月22日)、東京(9月23日)に立っている。当サイトのLIVE欄には、興行の名義が本人のものである2017年の2公演を登録している。

ディスコグラフィ(当サイト登録分)

ライヴ盤(『Live in San Francisco』『Satriani Live!』『Satchurated: Live in Montreal』『Time Machine, Vol. 2』ほか)、そのほかの編集盤(『The Electric Joe Satriani: An Anthology』『The Complete Studio Recordings』ほか)、EP(1984年のセルフタイトル、1988年『Dreaming #11』、1993年『The Satch EP』、2000年に一部の店で無料配布された『Additional Creations』)、2019年のSQUARES名義の回顧盤、そしてG3のライヴ盤は当サイトに登録していない。CHICKENFOOTは別のアーティストとして登録している。

出典について

ここに記した事実は、本人の公式サイト satriani.com のバイオグラフィ、英語版Wikipediaの本人および各アルバムの項目、MusicBrainzの release 行(発売日・レーベル・品番・曲目)、Spotifyの埋め込みペイロード(アルバムの同一性確認)、YouTubeのoEmbed(公式動画の投稿者確認)、そして2017年の来日公演についてはソニー・ミュージックの公式アーティスト・ページと興行元エムアンドアイカンパニーのプレスリリースに拠っている。グラミー賞の「15回ノミネート・受賞なし」は公式バイオグラフィとWikipediaの双方が記す数字である。

Trivia

1993年、リッチー・ブラックモアが脱退した直後のDEEP PURPLEに、サトリアーニは代役として加わった。公式のバイオグラフィがこの参加について記すのは「1993年の日本ツアー」である。つまり彼がこのバンドで弾いたのは、まず日本の舞台だった。

出典: JOE SATRIANI公式サイト バイオグラフィ

単独名義での来日は2017年2月、「Surfing to Shockwave Japan Tour 2017」として行われた。ソニー・ミュージックの公式アーティスト・ページはこれを15年ぶりの単独来日公演と告知しており、2月7日のなんばHatch(大阪)と8日の中野サンプラザホール(東京)の2公演。同行したのはマイク・ケネリー(ギター、キーボード)、ブライアン・ベラー(ベース)、マルコ・ミンネマン(ドラム)である。

出典: ソニー・ミュージック公式アーティスト・ページ(JOE SATRIANI/公演告知)

サトリアーニがギターに向かうと決めた日は特定できる。公式のバイオグラフィは、彼が1970年9月18日以来ギターの芸に身を捧げてきたと記す。ジミ・ヘンドリックスが亡くなった日である。当時14歳で、知らせを聞いたのはアメリカン・フットボールの練習中だった。彼はその場でコーチに、辞めてギタリストになると告げている。

出典: JOE SATRIANI公式サイト バイオグラフィ

サトリアーニは長くギターを教えており、公式のバイオグラフィは十代のころにスティーヴ・ヴァイに教えたことを明記している。教え子として名が挙がるのは、ほかにMETALLICAのカーク・ハメットとTESTAMENTのアレックス・スコルニックである。のちにヴァイとはG3で同じ舞台に立ち、2024年からはSATCHVAIの名でツアーを共にすることになる。

出典: JOE SATRIANI公式サイト バイオグラフィ

サンフランシスコに移ったサトリアーニは、まずThe Squaresで演奏し、その後グレッグ・キーン・バンドに短期間在籍した。公式のバイオグラフィがソロ以前の活動として挙げるのはこの二つである。

出典: JOE SATRIANI公式サイト バイオグラフィ

1987年の『Surfing With The Alien』は彼の2作目のスタジオ作で、公式のバイオグラフィによればビルボード200で29位に達し、ラジオでかかる曲を生んだ。歌の入らないギター・アルバムとしては例外的な数字で、この成功が翌年ミック・ジャガーの誘いにつながっている。

出典: JOE SATRIANI公式サイト バイオグラフィ

『Surfing With The Alien』の成功は、1988年、ミック・ジャガーが初のソロ・ツアーのリード・ギタリストにサトリアーニを招くことにつながった。公式のバイオグラフィはこの起用を同作の成功の帰結として記している。

出典: JOE SATRIANI公式サイト バイオグラフィ

グラミー賞のノミネートは15回に及ぶ。公式のバイオグラフィはその対象に『Surfing With The Alien』と『The Extremist』を挙げている。受賞は一度もない。

出典: JOE SATRIANI公式サイト バイオグラフィ

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News

SATCHVAI(Joe Satriani/Steve Vai)、デビュー作『The Sea Of Emotion』を11月6日に発売 先行曲「Mayhem」を公開

earMUSICから11月6日発売。プロデュース/キーボードはEric Caudieux、「I Wanna Play My Guitar」にGlenn Hughesが参加する。

出典: Blabbermouth(2026年9月2日)

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ニュース一覧 →

Albums

The Sea Of Emotion CD
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ジョー・サトリアーニとスティーヴ・ヴァイがSatchVai名義で初めて共作したスタジオ作。2026年11月6日発売。

The Elephants of Mars CD
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18作目。2022年4月8日earMUSICから発売。1995年以来初めてEpic/ソニー以外から出たアルバムである。

Shapeshifting CD
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17作目。2020年4月10日発売。曲ごとに自分の様式を変えるという発想で作られた全13曲。

What Happens Next CD
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16作目。チャド・スミスとグレン・ヒューズを迎えた3人編成の作品で、2018年1月12日発売。

Shockwave Supernova CD
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15作目。ステージ上の分身「Shockwave Supernova」を主題にした全15曲。2015年7月24日発売。

Unstoppable Momentum CD
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14作目。ヴィニー・カリウタ、クリス・チェイニー、マイク・ケネリーとの全11曲。2013年5月7日発売。

Black Swans and Wormhole Wizards CD
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13作目。2010年10月5日発売。日本盤は「Heartbeats」「Longing」の2曲を追加した全13曲。

Professor Satchafunkilus and the Musterion of Rock CD
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12作目。題名は自身の愛称「Satch」と、ギリシャ語で秘められたものを指す musterion を重ねたもの。

Super Colossal CD
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11作目。2006年3月14日発売。最後の「Crowd Chant」は北米のスポーツ会場の定番曲になった。

Is There Love in Space? CD
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10作目。1995年以来はじめて自ら歌った曲を含む全11曲。2004年4月13日発売。

Strange Beautiful Music CD
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9作目。題名は自身の出版社の名でもあり、ジミ・ヘンドリックスの歌詞から採られている。

Engines of Creation CD
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8作目。本人が「完全にテクノ」と呼んだ電子音楽への実験作。2000年3月14日発売。

Crystal Planet CD
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7作目で、Epic移籍後の第1作。7弦ギターを初めて録音に使った作品でもある。1998年3月発売。

Joe Satriani CD
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6作目のセルフタイトル作。グリン・ジョンズを迎え、ブルースに寄った肩の力の抜けた音になった。

Time Machine CD

5作目は2枚組。1枚目が新曲と未発表音源、2枚目が1988年と1992年のライヴという構成である。

The Extremist CD
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4作目。全米22位でゴールド認定を受けた最大のヒット作で、「Summer Song」を含む。

Flying in a Blue Dream CD
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3作目。全18曲という最多収録で、初めて自ら歌い、ハーモニカとバンジョー・ギターも弾いている。

Surfing with the Alien CD
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2作目。全米29位まで上がり、全編インストゥルメンタルのギター作品として例外的な成功を収めた。

Not of This Earth CD
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デビュー作。1986年12月18日発売。表題曲ではピッチ・アクシス理論と本人が呼ぶ手法を使っている。

BOX

ボックス・セットや複数枚組の記念盤・拡張盤を、アルバムとは別に掲載しています。

Original Album Classics Compilation

JOE SATRIANIの『Not of This Earth』『Flying in a Blue Dream』『The Extremist』『Joe Satriani』『Crystal Planet』を収めた5枚組。