BACKYARD BABIES
1980年代後半から1990年代にかけて、スウェーデン (Sweden) は世界の音楽輸出大国としての地位を確立しつつあった。
Biography
バックヤード・ベイビーズ (Backyard Babies)
スカンジナビア・スリーズ・ロックの軌跡と音楽的遺産
1. 北欧ロックの革命児とその文化的背景
1.1 スカンジナビア・ロック (Scandinavian Rock) の勃興と位置づけ
1980年代後半から1990年代にかけて、スウェーデン (Sweden) は世界の音楽輸出大国としての地位を確立しつつあった。ABBAやRoxetteといったポップ・アクトがチャートを席巻する一方で、アンダーグラウンドではデスメタル (Death Metal) やハードコア・パンク (Hardcore Punk) が独自の進化を遂げていた。この文化的土壌の中で、グラム・ロック (Glam Rock) の退廃的な美学、パンク・ロック (Punk Rock) の攻撃性、そしてクラシックなハード・ロック (Hard Rock) のリフを融合させた「スリーズ・ロック (Sleaze Rock)」または「アクション・ロック (Action Rock)」と呼ばれるサブジャンルが形成された。
バックヤード・ベイビーズ (Backyard Babies) は、ザ・ヘラコプターズ (The Hellacopters) やハードコア・スーパースター (Hardcore Superstar) と並び、この北欧ロック・ムーブメントの象徴的存在である。Backyard Babiesは単なるリバイバル・バンドに留まらず、北欧特有のメランコリーと爆発的なエネルギーを融合させ、世界的なファンベースを築き上げた。
2. 黎明期: ネシェ (Nässjö) での萌芽とタイラント (Tyrant) 時代 (1987年 - 1989年)
2.1 結成の地: ネシェ (Nässjö) の閉塞感と創造性
バンドの起源は、スウェーデン南部のスモーランド地方 (Småland) に位置する鉄道の町、ネシェ (Nässjö) にある。人口2万人にも満たないこの町は、若者にとって娯楽が少なく、閉塞感が漂っていた。しかし、多くのロック・レジェンドたちがそうであったように、退屈こそが創造性の源泉となった。1987年、地元の学校に通う10代の少年たちが集まり、バンド「タイラント (Tyrant)」を結成した。
2.2 タイラント (Tyrant) の活動とデモ音源
初期のラインナップは、後の黄金期とは異なる構成であった。
- トビアス"トッベ"フィッシャー (Tobias "Tobbe" Fischer): ボーカル (Vocals) / ベース (Bass)
- ドレゲン (Dregen): ギター (Guitar)
- ヨハン・ブロムクヴィスト (Johan Blomqvist): ギター (Guitar)
- ペダー・カールソン (Peder Carlsson): ドラムス (Drums)
この時期、は地元のユースセンターや小規模なクラブでライブを行いながら、ラフなデモテープを制作していた。1989年に制作されたデモ『Tyrant』は、まだBackyard Babiesのスタイルが確立される前の、より粗削りでメタル寄りのサウンドを含んでいたとされる。
2.3 運命の転換: メンバーチェンジとバンド名の変更
1989年、バンドにとって決定的な転機が訪れる。フロントマンであったトビアス・フィッシャーがバンドを脱退したのである。フィッシャーは後にストックホルム (Stockholm) でプロの写真家およびウェブデザイナーとして成功し、バックヤード・ベイビーズのアートワークやウェブサイト制作に関与することで、バンドとの関係を維持することになる。
フィッシャーの脱退に伴い、バンドは抜本的な再編成を行った。それまでギターを担当していたヨハン・ブロムクヴィストがベースに転向し、新たなボーカリストとしてニッケ・ボルグ (Nicke Borg) が加入した。ニッケはボーカルだけでなくリズムギターも担当することになり、バンドはツイン・ギター体制を確立した。この再編成と同時に、バンド名は「バックヤード・ベイビーズ (Backyard Babies)」へと改名された。
黄金のラインナップ (The Classic Lineup) の確立:
- ニッケ・ボルグ (Nicke Borg): リード・ボーカル (Lead Vocals) / ギター (Guitar)
- ドレゲン (Dregen): リード・ギター (Lead Guitar) / バッキング・ボーカル (Backing Vocals)
- ヨハン・ブロムクヴィスト (Johan Blomqvist): ベース (Bass)
- ペダー・カールソン (Peder Carlsson): ドラムス (Drums)
この4人のメンバーは全員1973年生まれであり、ネシェという同じ町の出身である。この強固な絆は、後の数々の困難や活動休止を乗り越える原動力となった。
3. 地下からの浮上: デビューと初期の苦闘 (1990年-1994年)
3.1 初期のデモ制作とスタイル模索
新生バックヤード・ベイビーズとしての活動を開始した彼らは、1990年に同名のデモ『Backyard Babies』を制作し、スウェーデン国内でのツアーを開始した。当時のサウンドは、ハノイ・ロックス (Hanoi Rocks) やガンズ・アンド・ローゼズ (Guns N' Roses)、ニューヨーク・ドールズ (New York Dolls) といったバンドからの影響を色濃く反映しており、スリーズ・ロックとパンクの境界線を曖昧にするものであった。
3.2 伝説のEP 『Something to Swallow』 (1991年)
1991年、バンドは初の公式音源となるEP『Something to Swallow』を自主制作 (Opus 1 Productions) でリリースした。この12インチEPには5曲が収録されており、「Strange Kind of Attitude」や「Kickin' Up Dust」といった楽曲は、後のデビュー・アルバムの核となるものであった。このEPは国内外の音楽メディアやファンジンで取り上げられ、Backyard Babiesの存在をアンダーグラウンド・シーンに知らしめる重要な契機となった。
3.3 メジャー契約と 『Diesel & Power』 (1994年)
EPの成功を受け、1993年にスウェーデンのインディペンデント・レーベル「メガロック・レコード (Megarock Records)」との契約を獲得。そして1994年、待望のデビュー・フルアルバム『Diesel & Power』がリリースされた。
- 音楽性: このアルバムは、後の作品に比べるとブルース (Blues) 色が強く、テンポも幾分ミッド・テンポ主体のグルーヴ重視であった。ファッションやアートワークも含め、80年代後半のLAメタルやスリーズ・ロックの美学を継承しつつ、北欧特有の冷徹な空気感を纏っていた。
- 主要曲: シングルカットされた「Electric Suzy」はバンドの初期の代表曲となり、そのB面にはハノイ・ロックスの名曲「Taxi Driver」のカバーが収録され、Backyard Babiesのルーツを明確に示した。
アルバムリリース後、バンドは故郷ネシェを離れ、首都ストックホルムへと拠点を移した。これはより大きな成功を目指すための必然的なステップであったが、同時にBackyard Babiesを新たな試練へと導くことになった。
4. 停滞と課外活動: ヘラコプターズの影 (1995年-1997年)
4.1 ストックホルムでの行き詰まり
ストックホルムへの移住後、バンドはすぐに順風満帆な活動を行えたわけではなかった。新しい環境への適応、レーベルとの関係、そして音楽的な方向性の模索により、1995年から1996年にかけてバックヤード・ベイビーズとしての活動は停滞期に入った。この時期、Backyard Babiesは元ハノイ・ロックスのマイケル・モンロー (Michael Monroe) が結成したバンド「デモリション23. (Demolition 23.)」のオープニング・アクトを務めるなど、散発的な活動を行っていたが、バンドとしての次なるステップが見えない状況が続いた。
4.2 ドレゲンのザ・ヘラコプターズ (The Hellacopters) 加入
この停滞期に、ギタリストのドレゲンは、エントゥームド (Entombed) のドラマーであったニッケ・アンダーソン (Nicke Andersson) と意気投合し、サイド・プロジェクトとして「ザ・ヘラコプターズ (The Hellacopters)」を結成した。当初は単なるプロジェクトであったが、1996年にリリースされたデビュー・アルバム『Supershitty to the Max!』がスウェーデン・グラミー賞 (Grammis) を受賞するなど爆発的な成功を収めたことで、ドレゲンの活動比重は大きくヘラコプターズへと傾いた。
ドレゲンはヘラコプターズの2ndアルバム『Payin' the Dues』(1997年) まで参加し、KISSのオープニングを務めるなど大規模なツアーにも同行した。この間、バックヤード・ベイビーズは事実上の活動休止状態となり、解散の危機さえ囁かれた。
4.3 決断と帰還
しかし、二つのバンドでの過酷なツアー生活はドレゲンの心身を消耗させた。彼は「どちらかのバンドに専念しなければならない」という決断を迫られ、最終的に自身の原点であるバックヤード・ベイビーズを選んだ。ドレゲンの完全復帰は、他のメンバー(ニッケ、ヨハン、ペダー)に新たな活力を与え、バンドは怒涛の快進撃を開始することになる。
5. 黄金時代: 『Total 13』による革命 (1998年-2000年)
5.1 『Total 13』の制作とサウンドの変革
1998年、バンドはMVGレコード (MVG Records) からセカンド・アルバム『Total 13』をリリースした。このアルバムは、Backyard Babiesのキャリアにおける最高傑作とされるだけでなく、スカンジナビアン・ロックの歴史における金字塔となった。
- プロデューサー: トーマス・スコッグスベリ (Thomas Skogsberg) が起用された。彼はエントゥームドなどデスメタルのプロデュースで知られており、その起用がアルバムに強烈に歪んだギター・サウンドと、生々しく攻撃的な音像をもたらした。
- 音楽性の変化: 『Diesel & Power』時代のブルージーな要素は後退し、ラモーンズ (Ramones) やダムド (The Damned) を彷彿とさせる高速パンク・ビートと、キャッチーなメロディが融合した「ハイ・エナジー・ロックンロール」が完成した。
5.2 アルバム分析
アルバムには「Made Me Madman」「Look at You」「Highlights」「Bombed (Out of My Mind)」といった、後のライブでの定番曲が多数収録されている。特に日本盤 (AMCE-2711) には、世界中の盤の中でも最も多くのボーナス・トラックが収録されたことで知られる。
- 日本盤ボーナス・トラック: 「Powderhead」「Can't Find the Door」「Wireless Mind」「Rocker (feat. Michael Monroe)」。
「Rocker」でのマイケル・モンローとの共演は、バンドが彼らのアイドルから正統な後継者として認められた瞬間でもあった。
5.3 評価と世界的ブレイク
『Total 13』はスウェーデン国内でゴールド・ディスクを獲得し、スウェーデン・グラミー賞の「ベスト・ハード・ロック」部門を受賞した。イギリスの音楽誌『Kerrang!』や『Metal Hammer』でも絶賛され、バンドは初の本格的なワールド・ツアーを敢行。日本でも「スウェーデンのガンズ」として紹介され、即座に熱狂的なファンベースを獲得した。
6. 巨人の肩の上で: AC/DCとのツアーと 『Making Enemies Is Good』 (2000年-2002年)
6.1 AC/DC "Stiff Upper Lip" ツアーへの抜擢
2000年、バックヤード・ベイビーズはそのキャリアにおいて最大級の栄誉を得る。ロック界の巨人、AC/DCの「Stiff Upper Lip World Tour」のヨーロッパ公演におけるサポート・アクトに抜擢されたのである。
- ツアー日程と規模: 2000年11月を中心に、オスロ、ヨーテボリ、ストックホルム、ヘルシンキといった北欧主要都市に加え、ドイツ、オランダ、スイスでの公演をサポートした。
- 具体的日程例:
- 2000年11月3日: オスロ (Oslo Spektrum)
- 2000年11月4日: ヨーテボリ (Scandinavium)
- 2000年11月5日: ストックホルム (Globen)
- 2000年11月11日: ライプツィヒ (Leipzig Messehalle)
アリーナやスタジアム・クラスの会場で、AC/DCの厳格なファンの前で演奏することは、バンドの演奏力、ステージング、そしてメンタリティを極限まで鍛え上げた。ドレゲンは後に「AC/DCとのツアーはロックンロールの大学に通うようなものだった」と語っている。
6.2 『Making Enemies Is Good』 (2001年)
AC/DCとのツアーで得た経験を糧に、2001年に3枚目のアルバム『Making Enemies Is Good』をリリースした。
- サウンドの進化: 前作の混沌としたパンク・サウンドを整理し、より重厚でダーク、かつスタジアム・ロックに対応しうるスケール感を持ったサウンドへと進化した。批評家からは「制御されたカオス (Controlled Chaos)」と評された。
- コラボレーション: ザ・ワイルドハーツ (The Wildhearts) のジンジャー (Ginger) が楽曲制作に深く関与しており、「Brand New Hate」や「The Clash」といった楽曲の共作者としてクレジットされている。特に「Brand New Hate」は、そのキャッチーなリフと「F**k You」アティテュードが融合した、バンド最大のヒット曲の一つとなった。
- チャート・アクション: スウェーデン・チャートで1位を獲得し、フィンランドでも13位を記録。2度目のスウェーデン・グラミー賞を受賞し、名実ともに北欧トップ・バンドの地位を不動のものにした。
7. 世界制覇への野望: 『Stockholm Syndrome』と米国進出 (2003年 - 2005年)
7.1 『Stockholm Syndrome』 (2003年)
2003年、バンドはRCAレコードと契約し、4枚目のアルバム『Stockholm Syndrome』をリリースした。
- 制作背景: ストックホルムのポーラー・スタジオ (Polar Studios) で録音され、ミックスはアメリカのジョー・バレシ (Joe Barresi) が担当した。バレシはクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ (Queens of the Stone Age) やモンスター・マグネット (Monster Magnet) の作品で知られており、アルバムにモダンで太いロック・サウンドをもたらした。
- ゲスト陣: 収録曲「Friends」には、バンドの交友関係の広さを象徴する豪華ゲストが参加した。
- ジョーイ・ラモーン (Joey Ramone - Ramones)
- マイケル・モンロー (Michael Monroe - Hanoi Rocks)
- ダンコ・ジョーンズ (Danko Jones)
- タイラ (Tyla - The Dogs D'Amour)
- ニナ・パーション (Nina Persson - The Cardigans)
- ヒット・シングル: 「Minus Celsius」は、ラジオ・ヒットとなっただけでなく、後に人気音楽ゲーム『Guitar Hero III: Legends of Rock』のボーナス・トラックとして収録され、アメリカの若いゲーマー世代にバンドの名を浸透させる大きな要因となった。
7.2 アメリカ進出とソーシャル・ディストーションとのツアー
2000年代中盤、バンドはアメリカ市場の開拓に注力した。
- モンスター・マグネットとのツアー (2004年): ヨーロッパおよびアメリカでのツアーを共にした。
- ソーシャル・ディストーションとのツアー (2005年): アメリカのパンク・レジェンド、ソーシャル・ディストーション (Social Distortion) のオープニング・アクトとして、全米およびヨーロッパをツアーした。
- 主な公演地: ニューヨークのアーヴィング・プラザ (Irving Plaza)、ロンドンのアストリア (London Astoria)、ボストンのアヴァロン (Avalon) など。
- セットリスト例 (2005年8月6日 ロンドン): 「U.F.O. Romeo」「Brand New Hate」「The Clash」「Minus Celsius」「Star War」など、ベスト・ヒット的な選曲で挑み、メイン・アクトのファン層に強烈なインパクトを与えた。
7.3 ライブ盤『Live Live in Paris』
2005年には、この時期の脂の乗り切ったライブ・パフォーマンスを収録したアルバム『Live Live in Paris』をリリース。パリの熱狂的な観衆の前で、バンドがいかにライブ・バンドとして完成されていたかを証明する作品となった。
8. 成熟と自立: ニッケ・アンダーソンとの再会とセルフタイトル (2006年 - 2009年)
8.1 『People Like People Like People Like Us』 (2006年)
通算5枚目のアルバム『People Like People Like People Like Us』は、プロデューサーにニッケ・アンダーソン(ザ・ヘラコプターズ)を迎えて制作された。かつてドレゲンと共にバンドを組んでいた盟友によるプロデュースは、バンドのサウンドをよりストレートでガレージ・ロック的な原点へと回帰させた。
- 主要曲: 「Dysfunctional Professional」「The Mess Age (How Could I Be So Wrong)」。
- 評価: スウェーデン・チャートで3位を記録。派手さは前作に劣るものの、楽曲のクオリティの高さと成熟した演奏力が評価された。
8.2 独立とセルフタイトル・アルバム 『Backyard Babies』 (2008年)
2008年、バンドは長年所属したメジャー・レーベルを離れ、自主レーベル「Billion Dollar Babies」を設立。通算6枚目となるアルバム『Backyard Babies』をリリースした。
- セルフタイトルの意味: 原点回帰と、自分たちのキャリアを自分たちでコントロールするという強い意志が込められている。
- 楽曲: 「Fuck Off and Die」「Degenerated」など、タイトルからしてBackyard Babiesらしい挑発的なロック・ナンバーが並ぶ。「Degenerated」は『Guitar Hero World Tour』に収録された。
- チャート: スウェーデン・チャートで1位を獲得。自主制作体制となってもその人気が衰えていないことを証明した。
8.3 20周年記念と無期限活動休止宣言
2009年、結成20周年を記念して豪華ボックス・セット『Them XX』をリリース。これには未発表曲、B面曲、詳細な写真集などが含まれ、20年間の活動の総決算となった。そして2010年初頭、バンドは「無期限の活動休止 (Indefinite Hiatus)」を宣言した。ドレゲンは「20年間の活動、特に後半の10年間はノンストップだった。バンドを続けるためには、一度止まって充電する必要があった」と語っている。解散ではなく、あくまで「休憩」であることが強調されたが、ファンにとっては長い冬の時代の始まりとなった。
9. ソロ活動と探求の時代 (2010年-2014年)
活動休止中、メンバーはそれぞれの音楽的興味を追求し、それが後のバンド再開時に新たな深みをもたらすことになった。
9.1 ニッケ・ボルグ・ホームランド (Nicke Borg Homeland)
フロントマンのニッケ・ボルグは、ソロ・プロジェクト「ニッケ・ボルグ・ホームランド」を始動させた。彼のソロ・ワークは、バックヤード・ベイビーズのハイ・エナジーなロックとは対照的に、アメリカーナ (Americana)、カントリー (Country)、フォーク (Folk) の要素を深く掘り下げたものであった。ジョニー・キャッシュ (Johnny Cash) やスティーヴ・アール (Steve Earle) への敬愛を感じさせる内省的な歌詞とメロディは、彼のソングライターとしての才能を改めて世に知らしめた。
主要ディスコグラフィ:
- Chapter 1 (EP, 2010): デビューEP。
- Chapter 2 (Album, 2011): 1stフルアルバム。スウェーデン・チャート26位。
- Ruins of a Riot (Album, 2013): よりバンド・サウンドに接近した2ndアルバム。チャート16位。
- Chapter 3 (Live In The Studio) (2014): スタジオ・ライブ盤。
9.2 ドレゲンの多忙な日々
一方、ドレゲンは休むことなくロックンロールの最前線で活動を続けた。
- マイケル・モンロー・バンドへの加入 (2011年): 自身のアイドルであるマイケル・モンローのバンドにギタリストとして加入。アルバム『Horns and Halos』の制作とワールド・ツアーに参加し、スティーヴ・コンテ (Steve Conte) やサミ・ヤッファ (Sami Yaffa) といったレジェンドたちと共演した。
- ソロ・アルバム『Dregen』 (2013年): 初のソロ・アルバムを発表。ニッケ・アンダーソンやダンコ・ジョーンズがゲスト参加し、よりブルージーでファンキーな側面を見せた。
- 自伝の出版: 自伝『Dregen: Självbiografin』を出版し、スウェーデン国内でベストセラーとなった。
9.3 その他のメンバー
ヨハン・ブロムクヴィストとペダー・カールソンも、音楽活動や個人の生活を充実させながら、バンド再開の時を待っていた。ヨハンはEBSなどの機材メーカーのアーティストとして活動し、ベース・プレイに磨きをかけた。
10. 帰還: 再結成と30周年 (2015年-2019年)
10.1 『Four By Four』での再始動 (2015年)
5年間の沈黙を破り、2015年にバンドは活動再開を宣言した。同年8月にリリースされた通算7枚目のアルバム『Four By Four』は、「4人のメンバーによる4枚目の傑作」という意味合いや、四輪駆動車のような力強さを象徴するタイトルであった。
- シングル: 先行シングル「Th1rt3en or Nothing」は、往年のBackyard Babiesらしいグルーヴと、ソロ活動で培ったメロディセンスが融合した楽曲で、ファンの期待に応えた。
- ライブ活動: スウェーデン・ロック・フェスティバル (Sweden Rock Festival) への出演を皮切りに、ヨーロッパ・ツアー、日本ツアー (LOUD PARKへの出演など) を精力的に行った。
10.2 映像作品『Live at Cirkus』 (2017年)
2017年には、再結成後のハイライトとなるストックホルムの歴史的会場「Cirkus」でのライブを収録した『Live at Cirkus』をBlu-ray/DVDおよびCDでリリース。アコースティック・セットも交えた構成で、ベテラン・バンドとしての貫禄を見せつけた。
10.3 30周年記念アルバム 『Sliver & Gold』 (2019年)
2019年、結成30周年を記念する8枚目のスタジオ・アルバム『Sliver & Gold』をCentury Mediaからリリース。プロデューサーには、スウェーデンのパンク・バンド、Satorのチップス・キースビー (Chips Kiesbye) を起用 (彼はThe Hellacoptersのプロデュースでも知られる)。シングル「Shovin' Rocks」や「Good Morning Midnight」は、初期の衝動と30年の熟練が同居した、まさに「バックヤード・ベイビーズ・サウンド」の集大成とも言える楽曲であった。
11. 現在の状況と未来 (2020年-2025年)
11.1 パンデミックとドレゲンのヘラコプターズ再加入
『Sliver & Gold』のツアー後、世界はCOVID-19パンデミックに見舞われた。ライブ活動が制限される中、ドレゲンは再びザ・ヘラコプターズに正式メンバーとして再加入した。ヘラコプターズは2022年にアルバム『Eyes of Oblivion』をリリースし、大規模な活動を展開している。
11.2 現在のステータス (2024年-2025年)
2024年のインタビューにおいて、ドレゲンはバックヤード・ベイビーズの現状について次のように語っている。「バンドは解散していないし、メンバー間の仲違いもない。現在は自分がヘラコプターズの活動で多忙なため、一時的に活動をスローダウンさせているだけだ。将来的には必ずバックヤード・ベイビーズとして何かを行うだろう」。
メンバーは現在も連絡を取り合っており、公式には「活動休止中 (Hiatus)」の状態にあるが、ファンはいつでもBackyard Babiesが「エンジンを再始動」させることを確信して待っている。Backyard Babiesの歴史が証明するように、バックヤード・ベイビーズは決して死なず、常にバックヤードで次のパーティーの準備をしているのである。
12. ディスコグラフィ (Discography)
以下に、バックヤード・ベイビーズの全作品を詳細なデータと共に記載する。特に日本盤の独自仕様については可能な限り詳述した。
12.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)
| 発売年 | タイトル (Title) | レーベル (Label) | 最高位 (SWE) | 備考・日本盤情報 (Notes & Japanese Editions) |
|---|---|---|---|---|
| 1994 | Diesel & Power | Megarock | - | デビュー作。日本盤(TECP-25556等) あり。ブルース・ハードロック色が強い。 |
| 1998 | Total 13 | MVG/EastWest | 12 | 名盤。日本盤(AMCE-2711) ボーナス: "Powderhead", "Can't Find the Door", "Wireless Mind", "Rocker (feat. Michael Monroe)"。 |
| 2001 | Making Enemies Is Good | RCA/BMG | 1 | 日本盤(BVCP-21192)あり。ジンジャー (Wildhearts) 参加。より洗練されたロック・サウンド。 |
| 2003 | Stockholm Syndrome | RCA/BMG | 2 | 日本盤(BVCP-21318) ボーナス: "Please! Please! Please!", "Big Bad Wolf"。 |
| 2006 | People Like People Like People Like Us | Sony BMG | 3 | 日本盤(BVCP-21460) あり。ニッケ・アンダーソン・プロデュース。 |
| 2008 | Backyard Babies | Billion Dollar Babies | 1 | 日本盤(VICP-64386) あり。「Fuck Off and Die」収録。 |
| 2015 | Four By Four | Sony / Gain / Victor | 2 | 再結成作。日本盤(VICP-65326) ボーナス: "Th1rt3en Or Nothing (Live)"。 |
| 2019 | Sliver & Gold | Century Media | 5 | 30周年作。アコースティック・ライブ音源付デラックス盤あり。 |
12.2 ライブ・アルバム (Live Albums)
| 発売年 | タイトル (Title) | 収録地 (Venue) | 備考 (Notes) |
|---|---|---|---|
| 1998 | Safety Pin & Leopard Skin | UK, Sweden | 『Total 13』期のライブ音源。日本企画盤としてもリリースされた。 |
| 2005 | Live Live in Paris | Paris, France | 2005年5月、パリの "La Maroquinerie" での公演を収録。 |
| 2017 | Live at Cirkus | Stockholm, Sweden | 2016年2月10日、Cirkusでの公演を収録。映像版もあり。 |
12.3 デモ・EP・コンピレーション (Demos, EPs, Compilations)
| 発売年 | タイトル (Title) | 形式 (Format) | 内容・備考 (Details) |
|---|---|---|---|
| 1989 | Tyrant | Demo Cassette | 結成初期のデモ。 |
| 1990 | Backyard Babies | Demo Cassette | 改名後初のデモ。 |
| 1991 | Something to Swallow | 12" EP | 公式デビューEP。5曲収録。レア盤。"God's Favourite", "Suicidal Thoughts"などを収録。 |
| 1992 | Bite & Chew | EP | - |
| 1997 | Knockouts! EP | EP | シングル曲やカバー曲を収録。 |
| 2001 | Independent Days | Compilation | 『Total 13』以前のシングル、B面、レア曲を集めた編集盤。 |
| 2002 | From Demos to Demons 1989-1992 | Box Set/CD | 初期のデモ音源を網羅したアーカイヴ作品。 |
| 2009 | Them XX | Box Set | 結成20周年記念ボックス。CD、DVD、写真集を含む。 |
12.4 主なシングル (Selected Singles)
バックヤード・ベイビーズは多くのシングルをリリースしており、B面曲にも定評がある。
- Electric Suzy (1994) - c/w "Taxi Driver" (Hanoi Rocks Cover)
- Look at You (1998)
- Bombed (Out of My Mind) (1998)
- Brand New Hate (2001) - 最大のヒット曲の一つ。
- The Clash (2001)
- Minus Celsius (2003) - Guitar Hero収録。
- A Song for the Outcast (2004)
- Dysfunctional Professional (2006)
- Fuck Off and Die (2008)
- Th1rt3en or Nothing (2015)
- Shovin' Rocks (2018)
13. メンバー詳細プロフィールと使用機材 (Member Profiles & Equipment)
バックヤード・ベイビーズの最大の特徴は、35年以上にわたりオリジナル・メンバー4人が不動であることにある。
13.1 ニッケ・ボルグ (Nicke Borg)
- 役割: リード・ボーカル、リズム・ギター
- 生年月日: 1973年4月3日
- 出身: ネシェ (Nässjö)
- スタイル: 特徴的な鼻にかかったハスキーな歌声と、パンクからカントリーまで歌いこなす表現力を持つ。ソロ活動ではアコースティック・ギターを多用する。
- 主な使用機材:
- Guitars: Gibson SG Standard, Gibson Les Paul Junior, Gretsch各種。
- Amps: Marshall JCM800, Fender Bassman。
13.2 ドレゲン (Dregen)
- 本名: アンドレアス・ティロン・スヴェンソン (Andreas Tyrone Svensson)
- 役割: リード・ギター、バッキング・ボーカル
- 生年月日: 1973年6月12日
- 出身: ネシェ (Nässjö)
- スタイル: ステージ上での激しいアクションと、ルーズでありながら鋭いリフ・ワークが特徴。キース・リチャーズやジョニー・サンダースの系譜に連なる「ギター・ヒーロー」である。
- 主な使用機材:
- Guitars: Gibson ES-335 (彼のトレードマーク。ピックガードに"Richards"や"Dregen"の文字)、Gibson Les Paul。
- Amps: Fender Super Sonic, Marshall 1959 SLP。
- Side Projects: The Hellacopters, Michael Monroe Band, Imperial State Electric, Supershit 666 (w/ Ginger & Nicke Andersson)。
13.3 ヨハン・ブロムクヴィスト (Johan Blomqvist)
- 役割: ベース
- 生年月日: 1973年3月6日
- 出身: ネシェ (Nässjö)
- スタイル: 元ギタリストであるため、ピック弾きによるメロディアスでドライブ感のあるベースラインを得意とする。ラモーンズのディー・ディー・ラモーン (Dee Dee Ramone) を敬愛しており、プレシジョン・ベースを低く構えるスタイルが基本。
- 主な使用機材:
- Basses: Fender Precision Bass (Custom Shop製など多数)。
- Amps: EBS Classic 500 heads, EBS ClassicLine 810 cabinets。
- Pedals: EBS Micro Bass II, Valve Drive DI。
13.4 ペダー・カールソン (Peder Carlsson)
- 役割: ドラムス、パーカッション
- 生年月日: 1973年
- 出身: ネシェ (Nässjö)
- スタイル: パワフルで手数の多いドラミングが特徴だが、楽曲のグルーヴを損なわないタイトさを持つ。ライブではコーラスも担当する。
- 主な使用機材:
- Drums: Ludwig, Yamahaなど時期により変遷。
- Cymbals: Zildjian。
Albums
パンクの衝動とスリーズ・ロックの荒々しさを直撃的に鳴らし、BACKYARD BABIESが生々しい勢いを刻んだ第五作。