POISON
POISONの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
ポイズン (POISON)
バイオグラフィ、ディスコグラフィ、文化的影響
1. グラム・メタル (Glam Metal) の象徴としてのポイズン
1980年代の音楽シーン、特にハードロック (Hard Rock) とヘヴィメタル (Heavy Metal) の領域において、ポイズン (POISON) ほど 「グラム・メタル (Glam Metal)」 または 「ヘア・メタル (Hair Metal)」 というジャンルの美学と商業的成功を体現したバンドは他に類を見ない。ペンシルベニア州 (Pennsylvania) の田舎町からロサンゼルス (Los Angeles) のサンセット・ストリップ (Sunset Strip) へと拠点を移し、極彩色のメイクアップとキャッチーなアンセムで世界を席巻したPOISONの軌跡は、MTV世代のアメリカンドリームそのものであった。
2. バンドの歴史 (Biography)
2.1 結成前夜: パリス (Paris) とメカニクスバーグ (Mechanicsburg) の閉塞感 (1983-1984)
ポイズン (POISON) の物語は、ハリウッドの華やかな照明の下ではなく、アメリカ東海岸のペンシルベニア州メカニクスバーグ (Mechanicsburg, Pennsylvania) という、鉄鋼業と農業が中心の静かな町で幕を開けた。
1983年、ボーカリストのブレット・マイケルズ (Bret Michaels) (本名: Bret Michael Sychak) とドラマーのリッキー・ロケット (Rikki Rockett) (本名: Richard Allan Ream) は、共通の音楽的ビジョンを持っていた。彼らは当初、「スペクターズ (Spectres)」というバンドで活動していたが、より大きな商業的成功と視覚的なインパクトを求めていた。彼らは、近隣のハリスバーグ (Harrisburg) 出身のベーシスト、ボビー・ダル (Bobby Dall) (本名: Robert Harry Kuykendall) と、ギタリストのマット・スミス (Matt Smith) を迎え入れ、新バンド 「パリス (Paris)」 を結成した。
当時のペンシルベニア州のクラブシーンは、サザン・ロック (Southern Rock) や、より硬派なヘヴィメタルが主流であり、パリス (Paris) が目指していた「派手な衣装、メイクアップ、そしてポップなフックを持つロックンロール」を受け入れる土壌は皆無に等しかった。彼らは地元でカヴァー曲を中心に演奏し、徐々にオリジナル曲をセットリストに組み込んでいったが、地元の保守的な空気と商業的な限界 (「天井」) を敏感に感じ取っていた。
2.2 ロサンゼルス (Los Angeles) への移住と 「ポイズン (POISON)」の誕生 (1984-1985)
1984年3月、バンドは一大決心をする。彼らは所有物を売り払い、ボロボロの救急車 (またはバンと言われる) に機材を詰め込み、大陸を横断してカリフォルニア州ロサンゼルス (Los Angeles, California) へと向かった。当時のロサンゼルス、特にウェスト・ハリウッド (West Hollywood) のサンセット・ストリップ (Sunset Strip) は、モトリー・クルー (Mötley Crüe) やラット (Ratt) といったバンドが成功を収め、グラム・メタル・ムーブメントが爆発寸前の活況を呈していた。
ロサンゼルスに到着した彼らは、極貧生活を余儀なくされた。リハーサルスタジオの倉庫に住み込み、食事にも事欠く日々の中で、彼らは自身のブランディングを再構築した。この時期、バンド名を「パリス (Paris)」 から 「ポイズン (POISON)」 へと変更した。
バンド名変更の由来
バンド名の由来については複数の説が存在するが、最も有力なエピソードとして、映画『スパイナル・タップ (This Is Spinal Tap)』の影響が挙げられる。同映画に登場するドラマー、ミック・シュリンプトン (Mick Shrimpton) が着ていたTシャツに書かれた「POISON」という文字を見て、バンドの危険でセクシーなイメージに合致すると直感し、採用したというものである。一方で、以前の「パリス (Paris)」という名前については、「フランス人の娼婦が提案した」というジョークめいた説明がなされることもある。
初期の苦闘とマット・スミス (Matt Smith) の脱退
ポイズン (POISON) は、ザ・トルバドゥール (The Troubadour) やウィスキー・ア・ゴーゴー (Whisky a Go Go) といった伝説的なクラブでのギグを重ね、その過激なルックス (女性と見紛うほどのメイクとヘアスタイル) と、キャッチーな楽曲で急速にファンベースを拡大していった。POISONはチラシ配り (フライヤー) 戦略を徹底し、自分たちのショーを「単なるコンサートではなく、パーティ」として売り込んだ。
しかし、成功の兆しが見え始めた1985年、オリジナル・ギタリストのマット・スミス (Matt Smith) がバンドを脱退する。彼は当時、恋人が妊娠しており、経済的に不安定なバンド活動を続けることへの不安と、家族への責任感からペンシルベニアに戻る決断を下した。スミスは初期の楽曲制作に大きく貢献しており、彼の脱退はバンドにとって最初の危機であった。
2.3 C.C. デヴィル (C.C. DeVille) の加入と黄金のラインナップ (1985)
スミスの後任を探すため、バンドは大規模なオーディションを行った。このオーディションには、後にガンズ・アンド・ローゼズ (Guns N' Roses) で世界的名声を得ることになるスラッシュ (Slash) も参加していた。スラッシュは技術的に優れていたが、バンドが求めていた「アメリカン・グラム」の美学には合わなかった。
最終的に選ばれたのは、ニューヨーク州ブルックリン (Brooklyn, New York) 出身のC.C. デヴィル (C.C. DeVille) (本名: Bruce Anthony Johannesson) であった。デヴィルは、オーディションでヴァン・ヘイレン (Van Halen) のような派手なライトハンド奏法を披露するだけでなく、その奇抜なファッションとハイテンションなキャラクターが、ブレット・マイケルズ (Bret Michaels) らのビジョンと完全に一致していた。こうして、ブレット、リッキー、ボビー、C.C. という、ポイズン (POISON) の黄金期を支える「クラシック・ラインナップ」が完成した。
2.4 デビューと爆発的成功: 『ポイズン・ダメージ』 (1986-1987)
1986年、バンドはインディペンデント・レーベルのエニグマ・レコード (Enigma Records) と契約を結んだ。契約金はわずかだったが、POISONはデビューアルバムの制作に着手した。
1986年5月23日 (日本盤は7月21日)、デビューアルバム 『ルック・ホワット・ザ・キャット・ドラッグド・イン (Look What the Cat Dragged In)』 (日本盤タイトル: 『ポイズン・ダメージ (POISON Damage)』) がリリースされた。アルバムのジャケット写真は、メンバー4人が過剰なほどのメイクアップを施し、カメラを見つめるショットで、当時の音楽シーンに強烈なインパクトを与えた。そのルックスは「女性よりも美しい男たち」として話題になり、同時に硬派なロックファンからは激しい反発も招いた。
しかし、MTVの普及がPOISONに追い風となった。シングル 「トーク・ダーティー・トゥ・ミー (Talk Dirty to Me)」 のミュージックビデオは、バンドの楽しげなパフォーマンスとキャッチーなリフがお茶の間に浸透し、全米チャート (Billboard Hot 100) で9位を記録する大ヒットとなった。アルバムは全米アルバムチャート (Billboard 200) で3位まで上昇し、最終的に米国内だけで300万枚 (3×プラチナム) を売り上げた。
2.5 頂点への到達: 『オープン・アップ・アンド・セイ... アー!』(1988-1989)
デビュー作の成功により、メジャーレーベルのキャピトル・レコード (Capitol Records) の配給網に乗ったバンドは、1988年に2作目のアルバム 『オープン・アップ・アンド・セイ... アー! (Open Up and Say... Ahh!)』 をリリースした。プロデューサーにはトム・ワーマン (Tom Werman) を迎え、サウンドはより厚みを増した。
このアルバムからのシングル 「エヴリ・ローズ・ハズ・イツ・ソーン (Every Rose Has Its Thorn)」は、バンドのキャリアにおける最大のヒット曲となった。ブレット・マイケルズ (Bret Michaels) が自身の失恋体験を元に書いたこのアコースティック・バラードは、1988年12月に全米シングルチャートで1位を獲得した。この曲の成功により、アルバムは全米2位を記録し、米国内で500万枚 (5×プラチナム) のセールスを達成した。
その他のシングル「ナッシン・バット・ア・グッド・タイム (Nothin' But a Good Time)」 (全米6位) や「フォールン・エンジェル (Fallen Angel)」 (全米12位) もヒットし、ポイズン (POISON) はアリーナクラスのスタジアム・バンドとしての地位を不動のものにした。
2.6 成熟と葛藤: 『フレッシュ・アンド・ブラッド』 (1990-1991)
1990年、3作目のアルバム 『フレッシュ・アンド・ブラッド (Flesh & Blood)』をリリース。このアルバムでは、従来のパーティー・ロック路線を維持しつつも、よりブルージーで内省的な歌詞や楽曲構成が見られるようになった。シングル「アンスキニー・ポップ (Unskinny Bop)」(全米3位) や、亡くなった友人に捧げたバラード「サムシング・トゥ・ビリーヴ・イン (Something to Believe In)」 (全米4位) がヒットし、アルバムは全米2位、3×プラチナムを記録した。
しかし、順風満帆に見えたバンドの内部では、亀裂が生じ始めていた。特にギタリストのC.C. デヴィル (C.C. DeVille) は深刻な薬物依存とアルコール問題を抱えており、パフォーマンスの質が低下していた。
2.7 C.C. デヴィルの解雇とリッチー・コッツェンの加入 (1991-1993)
バンドの緊張状態が決定的になったのは、1991年のMTVビデオ・ミュージック・アワード (MTV Video Music Awards) でのパフォーマンスであった。生放送中、泥酔状態のデヴィル (DeVille) は演奏すべき曲を間違え、ギターのプラグが抜けるなどのトラブルを引き起こした。ステージ裏ではブレット・マイケルズ (Bret Michaels) とデヴィル (DeVille) が殴り合いの喧嘩となり、これが決定打となってデヴィルはバンドを解雇された。
後任として選ばれたのは、ペンシルベニア州出身の若きギター・ヴィルトゥオーゾ、リッチー・コッツェン (Richie Kotzen) であった。コッツェンはテクニカルなプレイヤーであり、R&Bやソウル、フュージョンのバックグラウンドを持っていた。彼を迎えて制作された4作目のアルバム 『ネイティヴ・タン (Native Tongue)』 (1993年) は、ゴスペル・クワイアやホーン・セクションを取り入れた意欲作となり、音楽的には高い評価を得た。
しかし、時代はグランジ (Grunge) やオルタナティヴ・ロック (Alternative Rock) が主流となっており、ポイズン (POISON) のような80年代バンドへの逆風は強かった。アルバムはゴールドディスク (50万枚) に留まり、以前のような爆発的ヒットにはならなかった。
さらにツアー中、バンドを揺るがすスキャンダルが発覚する。リッチー・コッツェン (Richie Kotzen) が、ドラマーのリッキー・ロケット (Rikki Rockett) の婚約者であったディアナ・イヴ (Deanna Eve) と不倫関係にあることが発覚したのである。バンドの結束 (特にロケットとの友情) を裏切る行為として、コッツェンは即座に解雇された。
2.8 迷走の時代とブルース・サラセノの加入 (1993-1999)
コッツェンの後任として、セッション・ギタリストとして評価の高かったブルース・サラセノ (Blues Saraceno) が加入した。彼と共に5作目のアルバム『クラック・ア・スマイル (Crack a Smile)』 のレコーディングが行われたが、レーベルのキャピトル・レコード (Capitol Records) はこのアルバムのリリースを無期限延期とした。グランジ全盛の市場において、新作よりもベスト盤の方が利益が見込めると判断されたためである。その代わりに1996年にリリースされた 『ポイズン・グレイテスト・ヒッツ 1986-1996 (POISON's Greatest Hits: 1986-1996)』 はダブル・プラチナムを記録し、バンドの根強い人気を証明した。
サラセノ (Saraceno) は、公式にアルバムがリリースされないままバンドを去ることになる (『クラック・ア・スマイル』は後に2000年にリリースされた)。
2.9 再結成と現在 (1999-Present)
1999年、長年の確執を乗り越え、C.C.デヴィル (C.C. DeVille) がバンドに復帰。オリジナル・ラインナップでの再結成ツアー 「Greatest Hits Reunion Tour」は大成功を収めた。2000年にはインディペンデント・レーベル Cyanide Music (サイアナイド・ミュージック) から、ライヴ音源と新曲を収録した 『パワー・トゥ・ザ・ピープル (Power to the People)』 をリリース。
2002年にはオリジナル・メンバーによる久々のフル・スタジオ・アルバム 『ホーリーウィアード (Hollyweird)』 を発表。2000年代以降、ポイズン (POISON) はモトリー・クルー (Mötley Crüe) やデフ・レパード (Def Leppard)、キッス (KISS) などとの大規模なジョイント・ツアーを夏ごとに行い、安定した動員力を誇っている。
また、フロントマンのブレット・マイケルズ (Bret Michaels) は、リアリティ番組 『ロック・オブ・ラブ (Rock of Love with Bret Michaels)』 や 『セレブリティ・アプレンティス (The Celebrity Apprentice)』での優勝を通じて、お茶の間の人気者となり、バンドの認知度を新たな世代へと広げた。
2022年には「ザ・スタジアム・ツアー (The Stadium Tour)」に参加し、デフ・レパード (Def Leppard)、モトリー・クルー (Mötley Crüe)、ジョーン・ジェット (Joan Jett) と共に全米のスタジアムを回った。2026年にデビュー40周年を記念するツアーが噂されていたが、ブレット・マイケルズ (Bret Michaels) の健康問題やソロ活動との兼ね合いにより、正式な日程は調整中とされていて、2027年に開催との情報もある。
3. メンバー詳細プロフィール
| 名前 (英語 / カタカナ) | 担当パート | 在籍期間 | 詳細・備考 |
|---|---|---|---|
| Bret Michaels (ブレット・マイケルズ) |
Lead Vocals, Rhythm Guitar, Harmonica |
1983- 現在 |
バンドの顔であり、主要ソングライター。1型糖尿病を患っており、病気への啓発活動も行う。ソロアーティスト、リアリティTVスターとしても成功。 |
| Rikki Rockett (リッキー・ロケット) |
Drums, Percussion, Backing Vocals |
1983- 現在 |
創設メンバー。ヴィーガンであり、ブラジリアン柔術の黒帯を持つ。2015年に口腔がんを患ったが、免疫療法により寛解した。 |
| Bobby Dall (ボビー・ダル) |
Bass, Piano, Backing Vocals |
1983- 現在 |
バンドのボトムを支えるベーシスト。ライブでのエネルギッシュなパフォーマンスと、低く構えたベーススタイルが特徴。 |
| C.C. DeVille (C.C. デヴィル) |
Lead Guitar, Backing Vocals |
1985-1991 1999- 現在 |
本名: Bruce Anthony Johannesson。マット・スミスの後任として加入。特徴的なリフとソロ、そして奇抜なキャラクターでバンドの黄金期を牽引。 |
| Matt Smith (マット・スミス) |
Lead Guitar, Backing Vocals |
1983- 1985 |
オリジナル・ギタリスト。「パリス」時代からデビュー直前まで在籍。初期楽曲の作曲に関与したが、家庭の事情で脱退。 |
| Richie Kotzen (リッチー・コッツェン) |
Lead Guitar, Keyboards, Vocals |
1991- 1993 |
テクニカルな速弾きとブルース・フィーリングを持ち込む。『Native Tongue』で音楽性を広げたが、不倫スキャンダルにより解雇。後にMr. Big等でも活躍。 |
| Blues Saraceno (ブルース・サラセノ) |
Lead Guitar, Keyboards, Vocals |
1993- 1996 |
『Crack a Smile』 録音時のギタリスト。アルバムがお蔵入りした不運の時期を支えた。現在はテレビ・映画音楽の作曲家として成功。 |
4. ディスコグラフィ (Discography)
ここではポイズン (POISON) の主要作品を、アルバムごとの背景、トラックリスト (英語・カタカナ併記)、及びチャート記録と共に詳述する。
4.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)
第1作:『ポイズン・ダメージ』 (Look What the Cat Dragged In)
- リリース日: 1986年5月23日 (US) / 1986年7月21日 (日本)
- レーベル: Enigma / Capitol
- RIAA認定: 3× Platinum (300万枚)
- チャート: US Billboard 200: #3
- 解説: わずか12日間、23,000ドルという低予算で制作されたデビュー作。グラム・メタルの教科書とも言える作品で、パーティ、セックス、ロックンロールをテーマにした楽曲が並ぶ。日本盤タイトルの「ポイズン・ダメージ」は、独自の邦題文化を反映している。
| トラック | 曲名 (英語 / カタカナ) | 備考 |
|---|---|---|
| 1 | Cry Tough (クライ・タフ) | 初期のミュージックビデオが制作された曲。 |
| 2 | I Want Action (アイ・ウォント・アクション) | シングルカット (US #50)。コーラスが印象的なアンセム。 |
| 3 | I Won't Forget You (アイ・ウォント・フォゲット・ユー) | パワーバラード (US #13)。切ないメロディが特徴. |
| 4 | Play Dirty (プレイ・ダーティー) | ハードなギターリフが主導する曲。 |
| 5 | Look What the Cat Dragged In (ルック・ホワット・ザ・キャット・ドラッグド・イン) | タイトル曲。自堕落な生活を歌う。 |
| 6 | Talk Dirty to Me (トーク・ダーティー・トゥ・ミー) | 最大のヒット曲の一つ (US #9)。パンク的なスピード感とポップなメロディ。 |
| 7 | Want Some, Need Some (ウォント・サム、ニード・サム) | - |
| 8 | Blame It on You (ブレイム・イット・オン・ユー) | - |
| 9 | #1 Bad Boy (ナンバーワン・バッド・ボーイ) | - |
| 10 | Let Me Go to the Show (レット・ミー・ゴー・トゥ・ザ・ショウ) | ライブへの渇望を歌った曲。 |
第2作:『オープン・アップ・アンド・セイ... アー!』 (Open Up and Say... Ahh!)
- リリース日: 1988年5月3日
- レーベル: Enigma / Capitol
- RIAA認定: 5× Platinum (500万枚)
- チャート: US Billboard 200: #2
- 解説: バンドの商業的頂点。プロデューサーのトム・ワーマンの手により、サウンドがよりラジオフレンドリーに洗練された。
| トラック | 曲名 (英語 / カタカナ) | 備考 |
|---|---|---|
| 1 | Love on the Rocks (ラヴ・オン・ザ・ロックス) | オープニングを飾るハードなナンバー。 |
| 2 | Nothin' But a Good Time (ナッシン・バット・ア・グッド・タイム) | 代表曲 (US #6)。労働者階級の逃避願望を歌ったアンセム。 |
| 3 | Back to the Rocking Horse (バック・トゥ・ザ・ロッキング・ホース) | - |
| 4 | Good Love (グッド・ラヴ) | - |
| 5 | Tearin' Down the Walls (テアリン・ダウン・ザ・ウォールズ) | - |
| 6 | Look But You Can't Touch (ルック・バット・ユー・キャント・タッチ) | - |
| 7 | Fallen Angel (フォールン・エンジェル) | 物語性のある歌詞が特徴 (US #12)。 |
| 8 | Every Rose Has Its Thorn (エヴリ・ローズ・ハズ・イツ・ソーン) | 全米No.1ヒット。アコースティック・バラードの金字塔。 |
| 9 | Your Mama Don't Dance (ユア・ママ・ドント・ダンス) | ロギンス&メッシーナのカヴァー (US #10)。 |
| 10 | Bad to be Good (バッド・トゥ・ビー・グッド) | - |
第3作:『フレッシュ・アンド・ブラッド』 (Flesh & Blood)
- リリース日: 1990年6月21日
- レーベル: Enigma / Capitol
- RIAA認定: 3× Platinum
- チャート: US Billboard 200: #2
- 解説: ブルース・フェアバーン (Bruce Fairbairn) プロデュース。歌詞の成熟が見られ、パーティ・ソング一辺倒からの脱却を図った。
| トラック | 曲名 (英語 / カタカナ) | 備考 |
|---|---|---|
| 1 | Strange Days of Uncle Jack (ストレンジ・デイズ・オブ・アンクル・ジャック) | - |
| 2 | Valley of Lost Souls (ヴァレー・オブ・ロスト・ソウルズ) | - |
| 3 | (Flesh & Blood) Sacrifice (フレッシュ・アンド・ブラッド・サクリファイス) | - |
| 4 | Swampjuice (Soul-O) (スワンプジュース) | インストゥルメンタル。 |
| 5 | Unskinny Bop (アンスキニー・ボップ) | 謎めいたタイトルのファンク・ロック (US #3)。 |
| 6 | Let It Play (レット・イット・プレイ) | - |
| 7 | Life Goes On (ライフ・ゴーズ・オン) | 人生の苦悩と希望を歌うバラード (US #35)。 |
| 8 | Come Hell or High Water (カム・ヘル・オア・ハイ・ウォーター) | - |
| 9 | Ride the Wind (ライド・ザ・ウィンド) | 疾走感のあるアリーナ・ロック (US #38)。 |
| 10 | Don't Give Up an Inch (ドント・ギヴ・アップ・アン・インチ) | - |
| 11 | Something to Believe In (サムシング・トゥ・ビリーヴ・イン) | 感動的なピアノ・バラード (US #4)。 |
| 12 | Ball and Chain (ボール・アンド・チェイン) | - |
| 13 | Life Loves a Tragedy (ライフ・ラヴズ・ア・トラジディ) | - |
| 14 | Poor Boy Blues (プア・ボーイ・ブルース) | ブルージーなアコースティック曲。 |
第4作:『ネイティヴ・タン』 (Native Tongue)
- リリース日: 1993年2月8日
- レーベル: Capitol
- RIAA認定: Gold (50万枚)
- チャート: US #16
- 解説: リッチー・コッツェン加入作。トライバルなドラムやゴスペル・コーラスなど、音楽的な実験が見られる。
- 1. Native Tongue (ネイティヴ・タン) - イントロ
- 2. The Scream (ザ・スクリーム)
- 3. Stand (スタンド) - シングルカット。ゴスペルを取り入れた曲。
- 4. Stay Alive (ステイ・アライヴ)
- 5. Until You Suffer Some (Fire and Ice) (アンティル・ユー・サファー・サム) - 切ないバラード。
- 15. Bastard Son of a Thousand Blues (バスタード・サン・オブ・ア・サウザンド・ブルース)
第5作:『クラック・ア・スマイル... アンド・モア!』 (Crack a Smile... and More!)
- リリース日: 2000年3月14日 (録音は1994-1995年)
- レーベル: Capitol
- 解説: ブルース・サラセノ在籍時の未発表アルバムに、MTVアンプラグド音源などを追加してリリース。
- 1. Best Thing You Ever Had (ベスト・シング・ユー・エヴァー・ハッド)
- 2. Shut Up, Make Love (シャット・アップ、メイク・ラヴ)
- 4. Cover of the Rolling Stone (カヴァー・オブ・ザ・ローリング・ストーン) - ドクター・フックのカヴァー。
第6作:『ホーリーウィアード』 (Hollyweird)
- リリース日: 2002年5月21日
- レーベル: Cyanide Music
- 解説: オリジナル・ラインナップによる久々のスタジオ盤。原点回帰を目指した。
- 1. Hollyweird (ホーリーウィアード)
- 2. Squeeze Box (スクイーズ・ボックス) - ザ・フー (The Who) のカヴァー。
- 3. Shooting Star (シューティング・スター)
カヴァー・アルバム: 『ポイズン・ド!』 (POISON'd!)
- リリース日: 2007年6月5日
- レーベル: Capitol
- 解説: メンバーが影響を受けたクラシック・ロックのカヴァー集。アリス・クーパー (Alice Cooper) やデヴィッド・ボウイ (David Bowie) 等の曲を収録。
4.2 ライヴ・アルバム (Live Albums)
| タイトル (英語 / カタカナ) | リリース年 | 解説 |
|---|---|---|
| Swallow This Live (スワロウ・ディス・ライヴ) |
1991 | 2枚組ライブ盤。絶頂期のツアーを収録。スタジオ新曲4曲も収録。USゴールド認定。 |
| Power to the People (パワー・トゥ・ザ・ピープル) |
2000 | 半分がスタジオ新曲、半分が再結成ツアーのライブ音源という変則的な構成。インディーズからのリリース。 |
| Great Big Hits Live! Bootleg (グレート・ビッグ・ヒッツ・ライヴ! ブートレグ) |
2006 | 『Power to the People』のライブパートのみを抽出した廉価版的な作品。 |
| Live, Raw & Uncut (ライヴ・ロウ・アンド・アンカット) |
2008 | DVD作品のサウンドトラック。 |
4.3 コンピレーション・アルバム (Compilation Albums)
| タイトル (英語 / カタカナ) | リリース年 | 解説 |
|---|---|---|
| POISON's Greatest Hits: 1986-1996 (ポイズン・グレイテスト・ヒッツ 1986-1996) |
1996 | ダブル・プラチナムを獲得した決定的なベスト盤。新曲2曲を含む。 |
| Best of Ballads & Blues (ベスト・オブ・バラッズ・アンド・ブルース) |
2003 | バラードとブルージーな曲に焦点を当てた編集盤。 |
| The Best of POISON: 20 Years of Rock (ベスト・オブ・ポイズン) |
2006 | デビュー20周年記念ベスト。USゴールド認定。 |
5. ポイズンの遺産
ポイズン (POISON) は、音楽評論家からはしばしば「軽薄」「商業主義的」と批判されてきた。しかし、POISONが作り上げた楽曲のキャッチーさと、観客を楽しませることに徹したエンターテインメント精神は、時代を超えて支持され続けている。「Every Rose Has Its Thorn」 はアメリカン・ポップカルチャーの一部となり、「Nothin' But a Good Time」 は労働の疲れを癒やす普遍的な賛歌となった。
POISONの歴史は、メンバーチェンジ、薬物問題、スキャンダル、病気といった困難の連続であったが、その都度不死鳥のように蘇ってきた。特に、グランジ・ブームによる逆風を耐え抜き、2000年代以降に「クラシック・ロック」としての地位を確立した手腕は特筆に値する。POISONはロックンロールが持つ「楽しさ」と「危うさ」を体現し続ける、稀有なバンドである。
News
POISONのブレット・マイケルズ、医師の指示で今後の全公演をキャンセル
腎結石の除去と尿管ステント留置の処置を受けたのち、医師が追加の療養を必要と判断した。暑さ・湿度と、1型糖尿病である本人の血糖値への影響が理由に挙げられている。対象は8月22日から11月14日までの7公演。
POISONのブレット・マイケルズ、手術からの回復のため数か月間ツアーを休止 — 復帰は2027年
8月21日ジョージア州シュガーヒル公演の直後に医師と救急隊が追加の休養が必要と判断し、残る2026年の公演をすべて取りやめると8月22日に発表された。7月18日のワシントン州スポケーン公演の翌19日に腎結石と診断され、緊急手術を受けたばかりだった。
POISONのBret Michaels、腎結石手術後に3〜4週間の療養を医師から指示される
ソロツアー「Live & Amplified」中、Fairchild空軍基地での公演後に激しい腎臓の痛みを訴えていた。