OVERKILL
1980年にニュージャージーで結成されたスラッシュ・メタル・バンド、OVERKILL(オーヴァーキル)のバイオグラフィとディスコグラフィー。1985年のデビュー作『Feel the Fire』から2023年の『Scorched』までのスタジオ・アルバム20枚とカヴァー・アルバム『Coverkill』に個別ページを用意し、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ビデオ、来日公演の記録をまとめている。
Biography
OVERKILL
バイオグラフィー
OVERKILL(オーヴァーキル)は、1980年にアメリカ東海岸のニュージャージーで結成されたスラッシュ・メタル・バンドである。名前はMOTÖRHEADの1979年のアルバムから取られた。ヴォーカルのボビー・“ブリッツ”・エルズワースとベースのD.D.ヴァーニの2人を軸に、メンバーを入れ替えながらも大きな活動休止を一度も挟まず、1985年の『Feel the Fire』から2023年の『Scorched』まで20枚のスタジオ・アルバムを出してきた。2014年の『White Devil Armory』はビルボード200で31位、2019年の『The Wings of War』はドイツで5位と、それぞれバンド最高の順位を記録している。日本には1990年に初めて訪れ、THRASH DOMINATIONに3度、LOUD PARKに1度出演した。
結成とニュージャージー(1980〜1984年)
日本のレーベルであるワードレコーズと、LOUD PARK 17を主催したクリエイティブマンの紹介によれば、OVERKILLは1980年、ベースのD.D.ヴァーニとドラムのラット・スケイツを中心に結成された。2人はもともとパンク・バンドのTHE LUBRICUNTSで一緒に活動しており、そのバンドが解散するとVIRGIN KILLERを結成して、地元の友人ボビー“ブリッツ”エルズワースと活動を始め、やがてOVERKILLと名乗るようになった。エルズワースの「ブリッツ」という呼び名は、DEAD BOYSのジョニー・ブリッツから借りたものである。バンドの公式Xのプロフィールにも「1980年結成」とある。
エルズワース自身は、ヴァーニとスケイツに初めて会った日のことを、ギタリストのロブ・ピサレクの両親の家の地下室で練習していたところへ、2人が真夏の暑さの中を革ジャンと革のパンツで現れた、と振り返っている。場所はニューヨーク州のニュー・シティだったという。最初はIRON MAIDEN、JUDAS PRIEST、MOTÖRHEAD、RIOT、DEAD BOYS、RAMONESなどのカヴァーを演奏するバンドで、パンクの2人とNWOBHM寄りのエルズワースが混ざったところからOVERKILLの音が生まれた、と彼は語る。ギタリストの座は流動的で、のちにANTHRAXで知られるダン・スピッツも一時在籍した。1982年にボビー・グスタフソンが加わって、ラインナップはひとまず固まった。
1983年のデモ『Power in Black』はテープ・トレードの世界で広まり、Megaforce Recordsの目に留まった。ブルックリンのクラブL'Amourでは、オーナーのうち2人がマネージャーを務めるハウス・バンドになり、エルズワースによれば、定員がおよそ1200人のところに平均で約1750人を集めていたという。1984年にはMetal Storm Recordsと契約して4曲入りのEP『Overkill』を録音したが、発売は予定より7か月遅れ、デビュー・アルバムの後になった。
Megaforceとデビュー(1985〜1987年)
デビュー・アルバム『Feel the Fire』は1985年、ジョン(ジョニー)とマーシャ・ザズーラ夫妻のMegaforce Recordsから出た。最初の3作はいずれもニューヨーク州イサカのPyramid Studiosで、カール・カネディとアレックス・ペリアラスとともに録音されている。各アルバムを締めくくる「Overkill」「Overkill II (The Nightmare Continues)」「Overkill III (Under the Influence)」は、バンド名を題にした連作になった。
エルズワースは最初の2作のあいだに声帯にポリープができ、正しい歌い方を学ぶためにレッスンを受けた。1987年の2作目『Taking Over』は、Megaforceの作品のままAtlanticを通じて出るようになった最初のアルバムで、ビルボード200に初めて入った(191位)。同じ年のEP『!!!Fuck You!!!』の表題曲は、カナダのパンク・バンドSUBHUMANSの曲で、エルズワースは、レコードにステッカーを貼って規制しようとしたPMRCに向けた、バンド唯一の政治的な声明だったと語っている。結成メンバーのラット・スケイツはこのEPを最後に友好的にバンドを離れ、元PAUL DI'ANNO'S BATTLEZONEのデンマーク人ドラマー、ボビー“シド”ファルクが後任になった。
Atlantic時代(1988〜1995年)
1988年の『Under the Influence』からは「Hello From the Gutter」のビデオがMTVの『Headbangers Ball』で流れた。1989年の『The Years of Decay』は、プロデューサーにテリー・デイトを迎え、コネチカット州スタンフォードのCarriage House Studiosで録音された。曲作りの中心だったグスタフソンとヴァーニが8曲を仕上げた時点でまだ未完成だった「Elimination」は、スタジオで完成され、MTVで繰り返し流れてバンドの代表曲になった。このアルバムは雑誌Decibelの殿堂(Hall of Fame)の85番目に選ばれている。
1990年にグスタフソンが抜けると、バンドはメリット・ギャントとロブ・カナヴィーノの2人をギターに迎えて5人編成になった。1991年の『Horrorscope』はドゥームの要素を取り入れた重い作品で、ファンのあいだで代表作として愛され、サウンドスキャンの集計が始まった1991年以降で最も売れたアルバムになった。1993年の『I Hear Black』はMegaforceとの連名を離れてAtlanticが単独で出した最初の作品で、ドラムはティム・マレアーに代わり、ビルボード200で122位に入った。1994年の『W.F.O.』はふたたび速いスラッシュに戻った自主制作の作品で、Atlanticでの最後のアルバムになった。1995年のライヴ盤『Wrecking Your Neck』はCMCから出ている。
独立の時代(1995〜2009年)
Atlanticを離れたバンドは、90年代半ばから自分たちでマネージメントを行うようになった。エルズワースはこの時期をバンドの最も誇らしい時代のひとつに挙げ、OVERKILLの名を冠した商品は今も彼とヴァーニが自ら承認していると語っている。1996年の『The Killing Kind』ではギターがジョー・コミューとセバスチャン・マリノに代わり、1997年の『From the Underground and Below』では初めてコリン・リチャードソンがミックスを担当した。1999年の『Necroshine』の表題曲は、鼻の癌腫と向き合っていたエルズワースが気を紛らわせる曲を頼んだところ、3日後にヴァーニから届いた曲だという。同じ年にはカヴァー・アルバム『Coverkill』も出ている。
2000年の『Bloodletting』は、ギターをデイヴ・リンスク1人に絞った4人編成で作られた。2002年にはデレク・テイラーが2人目のギタリストとして加わり、同じ年にニュージャージー州アズベリー・パークで録ったライヴ盤『Wrecking Everything』が出た。2002年6月27日、ドイツのニュルンベルクでの公演中にエルズワースが倒れ、軽い脳卒中と診断されたが、2日間の検査の後に退院している。2003年の『Killbox 13』はリチャードソンが制作とミックスを手掛け、2005年の『ReliXIV』を最後にマレアーが離れて、元HADESのロン・リップニッキが加わった。2007年の『Immortalis』は、ザズーラ夫妻が関わるBodog Musicから出て、デビュー時の恩人との再会になった。この作品の「Skull and Bones」にはLAMB OF GODのランディ・ブライが参加している。
Nuclear Blast時代(2009〜2023年)
2009年の終わり、バンドは北米以外をNuclear Blast、北米をE1/Kochが受け持つ複数作の契約を結び、2010年に『Ironbound』を出した。ミックスはピーター・テクレンで、ビルボード200に17年ぶりに入った(192位)。2012年の『The Electric Age』はヴァーニ自身のGear Recording Studiosで録音されて77位、2014年の『White Devil Armory』は31位とバンド最高の順位を記録した。2015年にはNuclear Blastとの契約が全世界に広がり、1995年から2007年までの作品を集めたボックス・セット『Historikill』も出ている。
2016年4月16日、バンドはドイツのオーバーハウゼンで、『Horrorscope』と『Feel the Fire』をそれぞれ発売25周年と30周年を記念して全曲演奏した。家庭の事情で来られなかったリップニッキに代わって、バンドのサウンド・エンジニアだったエディ・ガルシアがドラムを叩き、その模様は2018年に『Live in Overhausen』として出た。2017年の『The Grinding Wheel』は初めてアンディ・スニープがミックスを担当し、ビルボード200で69位、ドイツで10位。同じ年、SHADOWS FALLやFLOTSAM AND JETSAMで知られるジェイソン・ビットナーが正式にドラマーとなった。2019年の『The Wings of War』はドイツの公式チャートで5位に入り、バンドにとってドイツで最高の順位になった。2023年の『Scorched』は、パンデミックの中でメンバーがそれぞれ自分の場所で録音した作品で、前作から4年あまりというバンド史上最長の間隔をあけて出た。
2024年以降
2024年8月1日のポルトガルの公演を最後にビットナーが離れ、VENOM INC.やTHE ABSENCEで活動してきたジェラミー・クリングが加わった。エルズワースによれば、クリングは『Ironbound』の頃からバンドと関わりのある古い友人である。その後、肩の怪我を治療するヴァーニに代わって、ツアーでは別のベーシストが加わることがあった。2026年の春には、TESTAMENTの全米ツアーにDESTRUCTIONとともに出演している。2026年4月、ヴァーニは次のアルバムの曲はほとんど書き上げてデモも録ってあると語り、2027年の初め頃の発売を見込んでいた。
マスコットのChaly
OVERKILLのアルバムの多くには、翼と角を持つ頭蓋骨のマスコット、Chalyが描かれている。1988年の『Under the Influence』では目から光線を放ち、2010年の『Ironbound』では牢獄に囚われ、2012年の『The Electric Age』では電気椅子にかけられた。2023年の『Scorched』では、トラヴィス・スミスが蛇の姿をした2匹のChalyを描いている。バンドの公式サイトのニュースは「Chaly」の署名で書かれている。
メンバーについて
現在のメンバーは、ボビー“ブリッツ”エルズワース(ヴォーカル)、D.D.ヴァーニ(ベース)、デイヴ・リンスク(リード・ギター)、デレク・テイラー(リズム・ギター)、ジェラミー・クリング(ドラム)の5人である(バンドの公式サイトによる)。エルズワースとヴァーニは結成当初から在籍し、ヴァーニはバンドの主なソングライターでもある。エルズワースは2人の関係について、同じような育ち方をしたから互いを理解できると語っている。
これまでに在籍したメンバーには、結成メンバーのラット・スケイツ(ドラム、1980〜1987年)、ボビー・グスタフソン(ギター、1982〜1990年)、ボビー“シド”ファルク(ドラム)、メリット・ギャントとロブ・カナヴィーノ(ギター、1990年〜)、ティム・マレアー(ドラム、『I Hear Black』の制作前から2005年まで)、ジョー・コミューとセバスチャン・マリノ(ギター、『The Killing Kind』から)、ロン・リップニッキ(ドラム、2005〜2017年)、ジェイソン・ビットナー(ドラム、2017〜2024年)がいる。スケイツは2007年に、初期の頃を振り返るドキュメンタリー映画『Born in the Basement』を発表した。エルズワースはマイク・ポートノイらと組んだBPMDで、1970年代のアメリカのロックのカヴァー・アルバム『American Made』も出している。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム20作とカヴァー・アルバム1作を発売順に並べる。各作の個別ページに収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ビデオをまとめている。ほかに、1984年に録音されたEP『Overkill』、1987年のEP『!!!Fuck You!!!』、ライヴ盤『Wrecking Your Neck』(1995年)、『Wrecking Everything』(2002年)、『Live in Overhausen』(2018年)、ボックス・セット『Historikill: 1995-2007』(2015年)と『The Atlantic Years 1986-1994』(2021年)がある。
| 発売 | 題名 | レーベル |
|---|---|---|
| 1985年 | Feel the Fire | Megaforce Records |
| 1987年 | Taking Over | Megaforce Worldwide/Atlantic |
| 1988年7月5日 | Under the Influence | Megaforce Worldwide/Atlantic |
| 1989年10月13日 | The Years of Decay | Megaforce Worldwide/Atlantic |
| 1991年9月3日 | Horrorscope | Megaforce Worldwide/Atlantic |
| 1993年3月 | I Hear Black | Atlantic |
| 1994年7月 | W.F.O. | Atlantic |
| 1996年3月5日 | The Killing Kind | CMC International |
| 1997年9月 | From the Underground and Below | CMC International |
| 1999年2月23日 | Necroshine | CMC International |
| 1999年10月26日 | Coverkill(カヴァー・アルバム) | CMC International |
| 2000年10月 | Bloodletting | Steamhammer/Metal-is Records |
| 2003年3月25日 | Killbox 13 | Spitfire Records |
| 2005年3月21日 | ReliXIV | Regain Records/Spitfire Records |
| 2007年10月9日 | Immortalis | Bodog Music |
| 2010年1月29日 | Ironbound | Nuclear Blast/E1 Music |
| 2012年3月27日 | The Electric Age | eOne Music/Nuclear Blast |
| 2014年7月18日 | White Devil Armory | Nuclear Blast/eOne Music |
| 2017年2月10日 | The Grinding Wheel | Nuclear Blast |
| 2019年2月22日 | The Wings of War | Nuclear Blast |
| 2023年4月14日 | Scorched | Nuclear Blast |
日本公演
バンドが初めて来日したのは1990年で、次の来日はそれから11年後の2001年だった(ワードレコーズとLOUD PARK 17の紹介、およびエルズワース自身の発言による)。1990年の公演の日付と会場は確かな出典で確かめられなかったため、下の表には載せていない。2004年からはクラブチッタが企画するTHRASH DOMINATIONに3度出演し、2004年はTESTAMENTの出演取り消しを受けてヘッドライナーを務めた。2010年には6年ぶりに来日し、大阪での単独公演も行っている。2017年にはLOUD PARK 17の初日に初めて出演した。2020年9月のTHRASH DOMINATION 2020にも出演が決まっていたが、新型コロナウイルス感染症の影響で公演そのものが中止になった。エルズワースは日本の観客について、始まる前はとても静かなのに、始まると南アメリカ並みに熱狂する、と語っている。
| 日付 | 会場 | 公演 |
|---|---|---|
| 2001年1月30日 | 心斎橋BIGCAT(大阪) | — |
| 2001年1月31日 | 名古屋BOTTOM LINE(愛知) | — |
| 2004年9月24日 | なんばHatch(大阪) | THRASH DOMINATION 04 |
| 2004年9月25日 | クラブチッタ川崎(神奈川) | THRASH DOMINATION 04 |
| 2004年9月26日 | クラブチッタ川崎(神奈川) | THRASH DOMINATION 04 |
| 2010年9月17日 | 梅田Shangri-La(大阪) | KILL FEST JAPAN TOUR 2010(単独公演) |
| 2010年9月18日 | クラブチッタ川崎(神奈川) | THRASH DOMINATION 10 |
| 2010年9月19日 | クラブチッタ川崎(神奈川) | THRASH DOMINATION 10 |
| 2015年3月21日 | クラブチッタ川崎(神奈川) | THRASH DOMINATION 2015 |
| 2015年3月22日 | クラブチッタ川崎(神奈川) | THRASH DOMINATION 2015 |
| 2017年10月14日 | さいたまスーパーアリーナ(埼玉) | LOUD PARK 17 |
出典について
このページは、バンド公式サイト wreckingcrew.com(「The History」とニュース、2001年当時のページはInternet Archive保存版)、バンドの公式Xのプロフィール、Nuclear Blastの作品ページとニュース、日本のレーベルであるワードレコーズの作品ページ、LOUD PARK 17(クリエイティブマン)の公式サイト、THRASH DOMINATIONの主催者サイトとクラブチッタ、なんばHatch、心斎橋BIGCAT、名古屋BOTTOM LINEの公演案内(いずれもInternet Archive保存版)、ビルボードのチャート記録、ドイツの公式チャート、Blabbermouth.net、Louder(Metal Hammer)、Loudwire、Decibel、Songfacts、BARKS、激ロック、rockin'on、CDJournal、タワーレコードの記事と商品ページ、MusicBrainzとWikidataに基づく。英語版と日本語版のWikipediaは手がかりとしてのみ使い、そこから得た事実は上記のいずれかで確かめた。日本盤の日付と品番は各作品のページに記した。
Trivia
2017年の『The Grinding Wheel』の日本盤には、日本盤だけのボーナス・トラックとしてIRON MAIDENの「Sanctuary」のカヴァーが加えられ、初回限定盤には2015年のTHRASH DOMINATION出演時のライヴ映像を収めたDVDが付いた。この映像は、日本のレーベルであるワードレコーズがバンドと粘り強く交渉を重ねて実現したものだという。「Sanctuary」についてエルズワースは、自分たちがどこから来たのかを思い出すのが好きで、1980年代の初めのカヴァー・バンドの頃にはIRON MAIDENの最初の2枚のアルバムの曲の多くを演奏していた、と語っている。
OVERKILLが初めて日本に来たのは1990年で、エルズワースはそれより前から、伊藤政則のラジオ番組を通じて彼のことを知り、早くから親しくしていたという。来日すると、必ず時間を作って寺を訪ねたり、家族へのお土産を買ったり、古くからの友人との再会を楽しんだりしている。日本の観客については、ライヴが始まるまではとても静かなのに、始まると南アメリカ並みにクレイジーになる、そこが大好きだと語っている。
エルズワースの「ブリッツ」という呼び名は、DEAD BOYSのジョニー・ブリッツから借りたものである。結成から40年を超えるあいだに、ドラムはラット・スケイツ、ボビー“シド”ファルク、ティム・マレアー、ロン・リップニッキ、ジェイソン・ビットナー、ジェラミー・クリングと6人が務めてきたが、エルズワースとベースのD.D.ヴァーニの2人は結成当初から在籍し続けている。エルズワースはその理由を、同じような育ち方をしたので互いを理解できるからだと語っている。
最初の3枚のアルバムは、どれもバンド名を題にした曲で終わる。デビュー作『Feel the Fire』の「Overkill」、『Taking Over』の「Overkill II (The Nightmare Continues)」、『Under the Influence』の「Overkill III (Under the Influence)」である。2007年の『Immortalis』も、題に「V」を冠した「Overkill V... The Brand」で幕を閉じる。
2019年の『The Wings of War』はドイツの公式チャートに5位で初登場し、バンドにとってドイツで最高の順位になった。知らせを受けたエルズワースは、Chalyがドイツでこれまでになく高く飛んでいる、と喜んだ。アメリカでの最高は2014年の『White Devil Armory』で、初週におよそ8400枚を売ってビルボード200の31位に入っている。
バンド名は、MOTÖRHEADの1979年のアルバム『Overkill』から取られた。エルズワースによれば、2008年にMOTÖRHEADとヨーロッパを回ったツアーの最終日、ドイツでの公演で、レミーから今夜「Overkill」を一緒に歌ってほしいと頼まれた。彼は各節の最初の単語を前腕に書いておいたが、レミーは曲の途中でそれに気づき、ベルリンの1万人の観客の前で彼のマイクに向かって「カンニング・ペーパーだ!」と叫んだという。
D.D.ヴァーニとラット・スケイツは、もともとパンク・バンドのTHE LUBRICUNTSで一緒に活動していた。そのバンドが解散するとVIRGIN KILLERを結成し、地元の友人ボビー“ブリッツ”エルズワースと活動を始めて、やがてOVERKILLと名乗るようになった。エルズワースは2人に初めて会った日を、ギタリストのロブ・ピサレクの両親の家の地下室で練習していたところへ、真夏の暑い日に2人が革ジャンと革のパンツで現れた、と振り返る。2人が持ち込んだパンクと、自分たちがやっていた伝統的なメタルやNWOBHMとのあいだからOVERKILLが生まれた、というのが彼の説明である。
OVERKILLの多くのアルバムに描かれている、翼と角を持つ頭蓋骨のマスコットはChalyと呼ばれる。1988年の『Under the Influence』では下水道から這い出ようとする男に目から光線を浴びせ、20年以上後の『Ironbound』では牢獄に囚われ、『The Electric Age』では電気椅子にかけられた。2023年の『Scorched』では、トラヴィス・スミスが蛇の姿をした2匹のChalyを描いている。バンドの公式サイトのニュースはChalyの署名で書かれ、サイトへの問い合わせ窓口の名前も「Contact Chaly」である。
News
元OVERKILLのSid Falck、新プロジェクトBLOODSTONE, TXを始動 初シングル「Hellfire」は10月31日配信
テキサスのTHE OUTLAW DEVILSの元メンバーとの新バンドで、ヴォーカルのJerry Woolverton、ギターのGary Wofford、ベースのRob Tateが参加する。シングルはDSN Musicから。FalckはOVERKILLのほかPaul Di’Annoのバンドとしても知られる。
Current Members / 現メンバー
バンドの公式サイトで確認した現行ラインナップです。2026-10-02時点。
Albums
OVERKILLの16作目。2012年3月発売。D.D.ヴァーニ自身のGear Recording Studiosで録音され、アメリカのビルボード200で77位に入った。
OVERKILLの14作目。2007年10月発売。Bodog Musicから出て、デビュー時のMegaforceのザズーラ夫妻と再び組んだ。LAMB OF GODのランディ・ブライが参加。
OVERKILLの9作目。1997年9月発売。コリン・リチャードソンが初めてミックスを手掛け、重く沈んだ音で当時の新しい感触も取り入れた。
OVERKILLの3作目。1988年7月発売。ドラムがシド・ファルクに代わった最初のアルバムで、「Hello From the Gutter」のビデオがMTVで流れた。
OVERKILLの2作目。1986年9月から12月にニューヨーク州イサカのPyramid Sound Studiosで、アレックス・ペリアラスとの共同制作により録音された。
OVERKILLのデビュー・アルバム。ニューヨーク州イサカのPyramidで録音され、1985年にMegaforce Recordsから発売された。東海岸スラッシュの出発点の一枚。