OVERKILL TRIVIA

Trivia

2017年の『The Grinding Wheel』の日本盤には、日本盤だけのボーナス・トラックとしてIRON MAIDENの「Sanctuary」のカヴァーが加えられ、初回限定盤には2015年のTHRASH DOMINATION出演時のライヴ映像を収めたDVDが付いた。この映像は、日本のレーベルであるワードレコーズがバンドと粘り強く交渉を重ねて実現したものだという。「Sanctuary」についてエルズワースは、自分たちがどこから来たのかを思い出すのが好きで、1980年代の初めのカヴァー・バンドの頃にはIRON MAIDENの最初の2枚のアルバムの曲の多くを演奏していた、と語っている。

出典: BARKS「オーヴァーキル、日本盤のみにライブDVD同梱」

OVERKILLが初めて日本に来たのは1990年で、エルズワースはそれより前から、伊藤政則のラジオ番組を通じて彼のことを知り、早くから親しくしていたという。来日すると、必ず時間を作って寺を訪ねたり、家族へのお土産を買ったり、古くからの友人との再会を楽しんだりしている。日本の観客については、ライヴが始まるまではとても静かなのに、始まると南アメリカ並みにクレイジーになる、そこが大好きだと語っている。

出典: BARKS「【インタビュー】オーヴァーキル「完成した時、全員がニヤリとした」」

エルズワースの「ブリッツ」という呼び名は、DEAD BOYSのジョニー・ブリッツから借りたものである。結成から40年を超えるあいだに、ドラムはラット・スケイツ、ボビー“シド”ファルク、ティム・マレアー、ロン・リップニッキ、ジェイソン・ビットナー、ジェラミー・クリングと6人が務めてきたが、エルズワースとベースのD.D.ヴァーニの2人は結成当初から在籍し続けている。エルズワースはその理由を、同じような育ち方をしたので互いを理解できるからだと語っている。

出典: LOUD PARK 17 公式サイト「OVERKILL」(出演者紹介)

最初の3枚のアルバムは、どれもバンド名を題にした曲で終わる。デビュー作『Feel the Fire』の「Overkill」、『Taking Over』の「Overkill II (The Nightmare Continues)」、『Under the Influence』の「Overkill III (Under the Influence)」である。2007年の『Immortalis』も、題に「V」を冠した「Overkill V... The Brand」で幕を閉じる。

出典: Nuclear Blast『Under The Influence』作品ページ(収録曲)

2019年の『The Wings of War』はドイツの公式チャートに5位で初登場し、バンドにとってドイツで最高の順位になった。知らせを受けたエルズワースは、Chalyがドイツでこれまでになく高く飛んでいる、と喜んだ。アメリカでの最高は2014年の『White Devil Armory』で、初週におよそ8400枚を売ってビルボード200の31位に入っている。

出典: OVERKILL公式サイト「The Wings of War」チャート報告(2019年3月1日)

バンド名は、MOTÖRHEADの1979年のアルバム『Overkill』から取られた。エルズワースによれば、2008年にMOTÖRHEADとヨーロッパを回ったツアーの最終日、ドイツでの公演で、レミーから今夜「Overkill」を一緒に歌ってほしいと頼まれた。彼は各節の最初の単語を前腕に書いておいたが、レミーは曲の途中でそれに気づき、ベルリンの1万人の観客の前で彼のマイクに向かって「カンニング・ペーパーだ!」と叫んだという。

出典: Blabbermouth.net「OVERKILL Frontman Talks 'Grinding Wheel' Album; Touring With MOTÖRHEAD」

D.D.ヴァーニとラット・スケイツは、もともとパンク・バンドのTHE LUBRICUNTSで一緒に活動していた。そのバンドが解散するとVIRGIN KILLERを結成し、地元の友人ボビー“ブリッツ”エルズワースと活動を始めて、やがてOVERKILLと名乗るようになった。エルズワースは2人に初めて会った日を、ギタリストのロブ・ピサレクの両親の家の地下室で練習していたところへ、真夏の暑い日に2人が革ジャンと革のパンツで現れた、と振り返る。2人が持ち込んだパンクと、自分たちがやっていた伝統的なメタルやNWOBHMとのあいだからOVERKILLが生まれた、というのが彼の説明である。

出典: Louder(Metal Hammer)「Bobby 'Blitz' Ellsworth: "It was totally about free beer and chicks"」

OVERKILLの多くのアルバムに描かれている、翼と角を持つ頭蓋骨のマスコットはChalyと呼ばれる。1988年の『Under the Influence』では下水道から這い出ようとする男に目から光線を浴びせ、20年以上後の『Ironbound』では牢獄に囚われ、『The Electric Age』では電気椅子にかけられた。2023年の『Scorched』では、トラヴィス・スミスが蛇の姿をした2匹のChalyを描いている。バンドの公式サイトのニュースはChalyの署名で書かれ、サイトへの問い合わせ窓口の名前も「Contact Chaly」である。

出典: Loudwire「10 Best Metal Mascots」

1989年の『The Years of Decay』で、バンドはそれまでの3作を録ったPyramid Studiosを離れ、まだ駆け出しだったプロデューサーのテリー・デイトとコネチカット州スタンフォードのCarriage House Studiosで録音した。曲作りの中心だったボビー・グスタフソンとD.D.ヴァーニが8曲を仕上げた時点で、のちの代表曲「Elimination」はまだ未完成で、スタジオで完成された。この曲はMTVの『Headbangers Ball』で繰り返し流れてバンドの最も有名な曲になり、エルズワースは、当時のエイズの流行への不安から生まれた曲だと語っている。アルバムは雑誌Decibelの殿堂の85番目に選ばれた。

出典: Decibel「Overkill – “The Years of Decay”」(Decibel Hall of Fame No. 85)

2007年の『Immortalis』はBodog Musicから出た。そこには、1985年のデビュー作を出したMegaforce Recordsの元オーナー、ジョン(ジョニー)とマーシャ・ザズーラ夫妻が加わっており、バンドは20年前に自分たちと契約した2人と再び組むことになった。エルズワースは「もう家には帰れないなんて言ったのは誰だ? そいつは間違っていた」と、最初の、そして最大の支援者との再会を喜んでいる。

出典: Blabbermouth.net「OVERKILL: New Album Title Revealed」

『Immortalis』の「Skull and Bones」では、LAMB OF GODのランディ・ブライがエルズワースと歌を分け合っている。制作中の近況報告で、エルズワース自身がこのデュエットを、ブライがこの曲に地獄のようなデュエットの雰囲気を与えてくれた、と伝えた。同じ報告で彼は、このアルバムをニュージャージーの暗いスタジオの奥底から生まれた、またしても自主制作の作品だと紹介している。

出典: Blabbermouth.net「OVERKILL: New Album To Feature Guest Appearance By LAMB OF GOD Frontman」

2016年4月16日、バンドはドイツのオーバーハウゼンのTurbinenhalle 2で、前半に発売25周年の『Horrorscope』、後半に30周年の『Feel the Fire』をそれぞれ全曲演奏した。ドラマーのロン・リップニッキが家庭の事情で来られなかったため、バンドのサウンド・エンジニアで、テキサス州エルパソのPISSING RAZORSのメンバーでもあるエディ・ガルシアが代わりに叩いた。この夜は映像作品のために撮影され、2018年に『Live in Overhausen』として出ている。

出典: Blabbermouth.net「OVERKILL Taps PISSING RAZORS Drummer EDDY GARCIA For European Tour, DVD Shoot」

『The Wings of War』という題は、ジャケットの絵ができてから付けられた。5つの姿が会議で何か重要なことを話し合っているように見えるその絵について、デイヴ・リンスクとD.D.ヴァーニが「軍事会議みたいだな」と話しているのをエルズワースが耳にし、そこから題を考えたという。題が決まったのは一番最後で、Nuclear Blastにマスターを渡す2週間前になっても仮の題しかなかった。そのため、このアルバムには表題曲が無い。

出典: BARKS「【インタビュー】オーヴァーキル「メタルは世代を超越しうる」」

「Welcome to the Garden State」の“Garden State”は、バンドの出身地ニュージャージー州の愛称である。エルズワースは、自分たちが誇りにしているパンク・ロックとニュージャージーの2つを、みんなで合唱できる楽しく簡単な曲にしたと語る。曲の最後だけはブルース・スプリングスティーンへのちょっとしたトリビュートになっているが、スプリングスティーンというよりニュージャージーそのものへのトリビュートなのだという。

出典: BARKS「【インタビュー】オーヴァーキル「メタルは世代を超越しうる」」

結成初期のOVERKILLは、ニューヨーク・ブルックリンのクラブL'Amourのハウス・バンドで、当時のマネージャーはクラブのオーナーのうちの2人だった。エルズワースによれば、L'Amourの法定の収容人数はおよそ1200人だったが、OVERKILLの公演には平均で約1750人が入っていたという。同じ店のMETALLICAの公演は、平均で2200人だったそうだ。

出典: Louder(Metal Hammer)「Overkill's Bobby 'Blitz' Ellsworth: My Life Story」

2014年の『White Devil Armory』の題は、D.D.ヴァーニが「Armory」という言葉にこだわっていたところへ、エルズワースがその前に「White Devil」と書き足して生まれた。エルズワースは取材の席で、そのとき書き留めた電話料金の請求書が手元にあり、「Armory」の前に「White Devil」と書いてある、と話している。収録曲「King of the Rat Bastards」の題も、彼がある日インターネットで見かけた言葉だという。

出典: Songfacts「Bobby "Blitz" Ellsworth of Overkill」(Songwriter Interviews)

1984年、エルズワースは買ったばかりの車に、D.D.ヴァーニと仲間2人、それにビール2ケースを積んで、ニュージャージーからカナダのモントリオールまで「World War III」という公演を観に行った。DESTRUCTIONを初めて観る機会だったが、観られたのはヴァーニだけで、エルズワースはサント・カトリーヌ通りで出会った女の子と過ごしているうちに公演を見逃し、ヴァーニに「見逃したな!」と言われたという。

出典: Blabbermouth.net「BOBBY 'BLITZ' ELLSWORTH Says It's 'Flattering' When OVERKILL Is Compared To MOTÖRHEAD」