TESLA
TESLAの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
テスラ (TESLA)
真正なるアメリカン・ハード・ロックの軌跡と遺産
1. サクラメントからの「アンチ・ヒーロー」
1980年代中期、アメリカ合衆国 (United States) のロック・ミュージック・シーンは、ロサンゼルス (Los Angeles) のサンセット・ストリップ (Sunset Strip) を震源地とする煌びやかなムーブメント、すなわち「グラム・メタル (Glam Metal)」 や 「ヘア・メタル (Hair Metal)」の全盛期にあった。モトリー・クルー (Mötley Crüe) やポイズン (Poison) といったバンドが、派手なメイクアップ、過剰にスプレーされたヘアスタイル、そしてスパンデックスの衣装で視覚的な衝撃を与え、快楽主義的な歌詞を歌っていた時代である。
しかし、カリフォルニア州 (California) の州都であり、労働者階級の街としての性格色濃いサクラメント (Sacramento) から登場したテスラ (TESLA) は、その地理的な近接性にもかかわらず、精神的には対極に位置する存在であった。TESLAはステージ衣装としてTシャツとジーンズを選び、メイクアップを拒否し、音楽的にはレッド・ツェッペリン (Led Zeppelin)、エアロスミス (Aerosmith)、そしてバッド・カンパニー (Bad Company) といった1970年代のブリティッシュ・ロックやブルース・ロック (Blues Rock) の伝統を継承するスタイルを貫いた。
2. 黎明期: シティ・キッド (City Kidd) の結成と模索 (1981-1985)
2.1 ローカル・シーンでの胎動
テスラ (TESLA) の歴史は、1981年後半にまで遡る。ベーシストのブライアン・ウィート (Brian Wheat) とギタリストのフランク・ハノン (Frank Hannon) が中心となり、サクラメント (Sacramento) でバンドを結成したことがすべての始まりであった。彼らは当初、アースシェイカー (Earthshaker) というバンド名で活動していた時期もあったが、やがてシティ・キッド (City Kidd) と名乗り、地元のクラブ・サーキットで活動を開始した。
この時期のラインナップは極めて流動的であった。1981年から1983年にかけては、以下のような数多くのミュージシャンが出入りし、バンドのサウンドを模索していた。
- スティーヴ・クラウスマン (Steve Clausman)
- ロバート・"ボビー"・コントレラス (Robert "Bobby" Contreras): ドラマー (Drums)。1981年から1984年まで在籍。
- コリーン・ロイ (Colleen Lloy): ギター (Guitar) およびリード・ヴォーカル (Lead Vocals)。
- ブルック・ブライト (Brook Bright): ギター (Guitar) およびヴォーカル (Vocals)。
- ジェフ・ハーパー (Jeff Harper): アースシェイカー (Earthshaker) およびシティ・キッド (City Kidd) の初代リード・ヴォーカル。1983年4月まで在籍。
- ジョーイ・ムリエタ (Joey Murrieta): ギタリスト。1983年在籍。
- カーティス・チャップマン (Curtis Chapman): ギタリスト。1983年から1984年まで在籍。
この「シティ・キッド (City Kidd)」時代、彼らはまだグラム・ロック (Glam Rock) の影響下にある派手なヴィジュアルやサウンドを試しており、後の硬派なイメージとは異なる側面を持っていたと言われている。しかし、サクラメント周辺での人気は確実に高まりつつあった。
2.2 ジェフ・キース (Jeff Keith) の発見と加入
バンドの運命を決定づける転機は、リード・ヴォーカリストの交代劇であった。1984年、それまでのヴォーカリストに代わり、トラック運転手をしていたという異色の経歴を持つジェフ・キース (Jeff Keith) が加入した。
キースの声質は、スティーヴン・タイラー (Steven Tyler) やロッド・スチュワート (Rod Stewart) を彷彿とさせるハスキーでソウルフルなものであり、彼の加入によってバンドの音楽性はよりブルージーで荒削りなハード・ロックへと舵を切ることとなった。彼の「労働者階級の魂を体現するような歌声」とも言える歌唱は、バンドのアイデンティティを確立する上で不可欠な要素となった。
2.3 トミー・スキーオ (Tommy Skeoch) とトロイ・ルケッタ (Troy Luccketta) の加入
キースの加入と前後して、ギタリストのトミー・スキーオ (Tommy Skeoch) とドラマーのトロイ・ルケッタ (Troy Luccketta) が合流し、後に「クラシック・ラインナップ」と呼ばれる5人が出揃うこととなる。
トミー・スキーオ (Tommy Skeoch) は、テクニカルで構築的なプレイを得意とするフランク・ハノン (Frank Hannon) とは対照的に、直感的でエッジの効いたギター・プレイを持ち味としていた。この二人のツイン・ギター体制は、エアロスミス (Aerosmith) のジョー・ペリー (Joe Perry) とブラッド・ウィットフォード (Brad Whitford)、あるいはアイアン・メイデン (Iron Maiden) のコンビネーションにも通じる、相互補完的なダイナミズムを生み出した。
一方、ドラマーのトロイ・ルケッタ (Troy Luccketta) は、加入以前にサンフランシスコ (San Francisco) のベイエリア (Bay Area) で活動していた「エリック・マーティン・バンド (Eric Martin Band)」(後のミスター・ビッグ (Mr. Big) のヴォーカリスト、エリック・マーティン (Eric Martin) が率いたバンド) に在籍しており、すでにプロフェッショナルなレコーディングとツアーの経験を有していた。ルケッタの加入は、バンドに安定したリズムとプロフェッショナリズムをもたらし、メジャー・デビューへの道を大きく切り開いた。
2.4 「テスラ (TESLA)」 への改名
1986年、ゲフィン・レコード (Geffen Records) との契約を結び、デビュー・アルバムの制作に入ろうとしていた彼らに、マネージメント側からバンド名の変更が提案された。「シティ・キッド (City Kidd)」という名前は、当時すでに活動していた別のバンドと類似していたこと、 Lester そして彼らが目指すシリアスでタイムレスなロック・バンドのイメージには軽すぎるスラング的な響きがあったためである。
新しいバンド名として採用されたのが「テスラ (TESLA)」であった。これは、19世紀から20世紀にかけて活躍したセルビア系アメリカ人 (Serbian-American) の発明家、ニコラ・テスラ (Nikola TESLA) に由来する。バンドのメンバー、特に楽曲の多くを手掛ける主要メンバーたちは、ニコラ・テスラの「交流電流 (AC) を発明し、現代電気文明の基礎を築きながらも、トーマス・エジソン (Thomas Edison) の陰に隠れ、正当な評価を得られなかった天才」というストーリーに深く共鳴した。
この「忘れられた天才へのオマージュ」というコンセプトは、単なるバンド名にとどまらず、彼らの歌詞の世界観やアルバムのアートワーク、 shadow そして「商業主義 (エジソン) に対する芸術的誠実さ (テスラ)」というバンドのアティテュードそのものを象徴するものとなった。
3. 飛躍と黄金期 (1986-1991)
3.1 『メカニカル・レゾナンス (Mechanical Resonance)』と「No Machines」宣言
1986年、テスラ (TESLA) はデビュー・アルバム『メカニカル・レゾナンス (Mechanical Resonance)』をリリースした。プロデューサーにはスティーヴ・トンプソン (Steve Thompson) とマイケル・バービエロ (Michael Barbiero) のコンビが起用された。TESLAはガンズ・アンド・ローゼズ (Guns N' Roses) の『アペタイト・フォー・ディストラクション (Appetite for Destruction)』のミキシングでも知られる名チームであり、テスラの持つ生のエネルギーを損なうことなくレコードに封じ込めることに成功した。
このアルバムのライナーノーツには、「No Machines」というフレーズが誇らしげに記されていた。これは、1980年代の音楽シーンを席巻していたシンセサイザー、シーケンサー、ドラムマシンといった電子機器を一切使用せず、すべて人力の楽器演奏 (ギター、ベース、ドラム、ピアノ、オルガン等) のみで録音されたことを宣言するものであった。この硬派な姿勢は、当時のハイテク化するポップ・ミュージックへのアンチテーゼとして、ロック・ファンの支持を集めた。
アルバムはビルボード200 (Billboard 200) チャートで最高32位を記録し、プラチナ・ディスク (100万枚以上のセールス) を獲得するヒットとなった。
- 「モダン・デイ・カウボーイ (Modern Day Cowboy)」: デビュー・シングル。ヘヴィなギター・リフと社会的な歌詞が特徴で、メインストリーム・ロック・チャートで10位を記録。
- 「リトル・スージー (Little Suzi)」: イギリスのバンド Ph.D. のニュー・ウェーヴ曲をハード・ロック・アレンジでカバー。全米91位、メインストリーム・ロック12位を記録し、MTVでのエアプレイを通じてバンドの顔を広めた。
3.2 ツアー生活と「グラム・メタル」との葛藤
デビュー直後から、テスラはデヴィッド・リー・ロス (David Lee Roth)、アリス・クーパー (Alice Cooper)、デフ・レパード (Def Leppard)、ポイズン (Poison) といったアリーナ級アーティストのオープニング・アクトとして過酷なツアー・スケジュールをこなした。特にデフ・レパード (Def Leppard) の歴史的大ヒットアルバム『ヒステリア (Hysteria)』に伴うツアーへの帯同は、テスラに巨大な観衆の前で演奏する機会を与え、ライブ・バンドとしての実力を飛躍的に高めた。
しかし、ポイズン (Poison) などとツアーを共にすることで、メディアからは「グラム・メタル (Glam Metal)」の一派としてカテゴライズされることが多かった。メンバーたちは当初、自分たちの音楽的ルーツやファッション・スタイルが彼らとは異なると主張し、このレッテル貼りに反発していたが、後にトロイ・ルケッタ (Troy Luccketta) は「あのシーンの一部として受け入れられたこと自体は、結果的に多くの聴衆を得る助けになった」と振り返っている。
3.3 『グレイト・レイディオ・コントラヴァーシー (The Great Radio Controversy)』での頂点
1989年、2ndアルバム『グレイト・レイディオ・コントラヴァーシー (The Great Radio Controversy)』をリリース。アルバム・タイトルは、ラジオの発明者が一般的に知られるグリエルモ・マルコーニ (Guglielmo Marconi) ではなく、実はニコラ・テスラ (Nikola TESLA) であるという歴史的事実 (1943年に米国最高裁判所がテスラの特許を認めた) に基づいている。
この作品でバンドは商業的・芸術的なピークの一つを迎えた。
- チャート・アクション: ビルボード200で最高18位を記録し、ダブル・プラチナム (200万枚) を獲得。
- 「ラヴ・ソング (Love Song)」: アコースティック・ギターのイントロから始まる壮大なパワー・バラード。ビルボード Hot 100で10位にランクインし、バンド最大のヒット曲となった。
- 「ヘヴンズ・トレイル (Heaven's Trail (No Way Out))」: スライド・ギターを多用したブルージーなハード・ロック・ナンバーで、バンドの音楽的アイデンティティを決定づけた。
3.4 『ファイヴ・マン・アコースティカル・ジャム (Five Man Acoustical Jam)』 とアンプラグド革命
1990年、テスラ (TESLA) はロックの歴史に残る重要な作品をリリースした。ライブ・アルバム『ファイヴ・マン・アコースティカル・ジャム (Five Man Acoustical Jam)』である。
ツアー中のフィラデルフィア (Philadelphia) にあるトロカデロ・シアター (Trocadero Theatre) で行われたアコースティック・ライブを収録したこのアルバムは、当初はファンへのプレゼント的な企画盤としてリリースされた。しかし、そのリラックスした雰囲気と、アコースティック・アレンジによって際立った楽曲の良さが評判を呼び、全米12位というスタジオ・アルバムを凌ぐヒットを記録した。
特に、カナダのファイヴ・マン・エレクトリカル・バンド (Five Man Electrical Band) のカバー曲「サインズ (Signs)」は、シングル・チャートで8位を記録し、バンドにとって最高のチャート順位をもたらした。
業界への影響: このアルバムの成功は、MTVにおける「アンプラグド (Unplugged)」ブームの先駆けの一つとなったと言われている。テスラの成功を見て、ポール・マッカートニー (Paul McCartney)、エリック・クラプトン (Eric Clapton)、ニルヴァーナ (Nirvana) といったアーティストたちがこぞってアコースティック・ライブ・アルバムをリリースする流れが生まれた。テスラは「ハード・ロック・バンドがアコースティック楽器を持ってもクールである」ことを証明したパイオニアであった。
3.5 『サイコティック・サパー (Psychotic Supper) desert』: 円熟の最高傑作
1991年、3rdスタジオ・アルバム『サイコティック・サパー (Psychotic Supper)』をリリース。多くの批評家やファン、そして一部メンバーもこのアルバムをテスラの最高傑作 (Magnum Opus) と見なしている。
1990年代に入り、ニルヴァーナ (Nirvana) の『ネヴァーマインド (Nevermind)』の登場によって音楽シーンはグランジ (Grunge) 一色に染まりつつあった。多くの80年代ヘア・メタル・バンドが淘汰される中、テスラはその硬派でブルージーな音楽性ゆえに、グランジ・ファンからも一定の敬意を払われる稀有な存在であった。
- 「エジソンズ・メディスン (Edison's Medicine)」: 再びニコラ・テスラをテーマにした楽曲で、スピーディーかつテクニカルな演奏が光る。
- 「ソング・アンド・エモーション (Song & Emotion)」: ツアーを共にした盟友であり、アルコール依存症の末に亡くなったデフ・レパード (Def Leppard) のギタリスト、スティーヴ・クラーク (Steve Clark) に捧げられた長尺のバラード。
アルバムは全米13位、日本でもオリコン・チャートで18位を記録し、プラチナ・ディスクを獲得した。
4. 停滞と分裂 (1992-1996)
4.1 時代の変化と『バスト・ア・ナット (Bust a Nut)』
1994年、4thアルバム『バスト・ア・ナット (Bust a Nut)』をリリース。この時期、アメリカのロック・シーンは完全にグランジやオルタナティヴ・ロック (Alternative Rock) が主流となっており、伝統的なハード・ロック・バンドにとっては冬の時代であった。それでもなお、テスラは全米20位という健闘を見せ、ゴールド・ディスク (50万枚) を獲得した。日本でもオリコン20位を記録するなど、固定ファンの支持は厚かった。しかし、楽曲はより内省的でダークなトーンを帯びており、かつてのような勢いは失われつつあった。
4.2 トミー・スキーオの薬物問題と解散
バンド内部では深刻な亀裂が生じていた。ギタリストのトミー・スキーオ (Tommy Skeoch) が重度の薬物依存症に陥り、パフォーマンスや人間関係に支障をきたすようになっていたのである。スキーオはリハビリのためにバンドを離脱したり復帰したりを繰り返したが、状況は改善しなかった。
1995年にはベスト・アルバム『タイムズ・メイキン・チェンジズ (Time's Makin' Changes - The Best of TESLA)』をリリースし、プラチナ認定を受けるも、バンドとしての活動継続は限界に達していた。1996年、テスラは無期限の活動休止 (事実上の解散) を発表し、メンバーは散り散りとなった。
4.3 ソロ・プロジェクトの時代
活動休止中、メンバーはそれぞれのプロジェクトに従事した。
- ジェフ・キース (Jeff Keith): スキーオと共にバー7 (Bar7) を結成し、アルバム『The World Is a Freak』をリリース。よりモダンなロック・サウンドを追求した。
- フランク・ハノン (Frank Hannon): ムーン・ドッグ・メイン (Moon Dog Mane) を結成し、ブルージーなルーツを探求した。
- ブライアン・ウィート (Brian Wheat): ソウルモーター (Soulmotor) を結成。
- トロイ・ルケッタ (Troy Luccketta): セッション・ドラマーとして活動し、様々なアーティストのレコーディングに参加した。
5. 再結成と再生 (2000-2018)
5.1 サクラメントでの再会と『イントゥ・ザ・ナウ (Into the Now)』
2000年10月、地元サクラメントのラジオ局主催のイベントで、オリジナル・メンバー5人が再集結し、ライブを行った。チケットは即完売し、ファンの熱狂的な反応を目の当たりにした彼らは、本格的な再結成を決意する。2001年にはそのライブの模様を収めた『リプラグド・ライヴ (Replugged Live)』をリリース。
2004年、10年ぶりとなるスタジオ・アルバム『イントゥ・ザ・ナウ (Into the Now)』を発表。全米31位を記録。歌詞やサウンド・プロダクションには、9.11以降のアメリカ社会の空気感や、モダン・ヘヴィネスの影響が反映されていたが、メロディの良さは健在であった。
5.2 デイヴ・ルード (Dave Rude) の加入と新体制
再結成後もトミー・スキーオの薬物問題は再発し、バンド活動の不安定要因となっていた。家族との時間や自身の健康を優先させるため、またバンドの安定的な活動のため、2006年にスキーオはバンドを恒久的に脱退することとなった。
フランク・ハノンは、Myspaceを通じて若きギタリスト、デイヴ・ルード (Dave Rude) を発見し、自身のソロ・バンドに勧誘していたが、彼をテスラの後任ギタリストとして抜擢した。ルードの加入はバンドに若々しいエネルギーとモダンな感性をもたらし、以降のラインナップは15年以上にわたって安定することとなる。
5.3 自主レーベルとカバー・アルバム『リアル・トゥ・リール (Real to Reel)』
バンドはメジャー・レーベルを離れ、自主レーベル「TESLA Electric Company Recordings (Ryko Distribution)」を設立。その第一弾として、2枚組のカバー・アルバム『リアル・トゥ・リール (Real to Reel)』をリリースした。レッド・ツェッペリン、ブラック・サバス (Black Sabbath)、ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones)、UFO、モントローズ (Montrose) など、TESLAが影響を受けた70年代ロックの名曲を、スタジオ・ライブ形式 (アナログ・テープ録音) でカバーしたこの作品は、TESLAの「No Machines」の精神を再確認するものであった。
5.4 『フォーエヴァー・モア』から『シンプリシティ』へ
その後もコンスタントにアルバムを制作・リリースし、ツアーを続けた。
- 『フォーエヴァー・モア (Forever More)』 (2008): プロデューサーにテリー・トーマス (Terry Thomas) を迎え、全米33位を記録。日本盤にはボーナストラックとして「Mama's Fool (Live)」が収録された。
- 『シンプリシティ (Simplicity)』 (2014): 全米24位。ビルボードのハード・ロック・アルバム・チャートでは2位を記録。日本でもオリコン100位台にランクインした。このアルバムは、オーバーダブを極力排したライブ感のあるサウンドが特徴である。
6. 現在: 不変の魂と新たなリズム (2019-2025)
6.1 フィル・コリン (Phil Collen) とのコラボレーション 『ショック (Shock)』
2019年、8枚目のスタジオ・アルバム『ショック (Shock)』をリリース。本作は、長年の盟友であるデフ・レパードのギタリスト、フィル・コリン (Phil Collen) がプロデュースを担当した。コリンの影響により、これまでの作品以上に重厚なコーラス・ワークや洗練された音作りが導入され、一部のファンからは「ポップすぎる」との声も上がったが、全米チャートでは21位という好成績を収めた。
6.2 シングル・リリースへの移行と「コールド・ブルー・スティール (Cold Blue Steel)」
2020年のパンデミック以降、音楽消費のスタイルが変化する中で、バンドはアルバム制作よりもシングル曲のリリースに重点を置くようになった。
- 「コールド・ブルー・スティール (Cold Blue Steel)」 (2021): メンバー自身によるセルフ・プロデュースで制作され、生々しいロック・サウンドへの回帰を示した。歌詞はアメリカ社会の現実を反映したものとなっている。
- 「タイム・トゥ・ロック! (Time to Rock!)」 (2022): ライブでの盛り上がりを意識したアンセム・ソングであり、TESLAの健在ぶりをアピールした。
6.3 トロイ・ルケッタの離脱とスティーヴ・ブラウン (Steve Brown) の加入
2021年9月、長年ドラムの座を守ってきたトロイ・ルケッタが、バンド活動からの一時離脱を発表した。理由は「家族や友人との時間を過ごすため」とされた。しかし、その後のブライアン・ウィートのインタビュー (2023年) では、彼がバンドに復帰する予定はないことが示唆されており、事実上の脱退状態となっている。
ルケッタの後任としてドラムスを担当することになったのは、スティーヴ・ブラウン (Steve Brown) である。彼はドッケン (Dokken) のドラマーとして知られるミック・ブラウン (Mick Brown) の弟であり、サクラメントを拠点とする実力派ドラマーである。スティーヴ・ブラウンを迎えた新体制で、バンドは「Full Throttle Live Tour」などの精力的なツアーを継続しており、2025年現在も現役のロック・バンドとして君臨している。
7. メンバー詳細プロフィール (Member Profiles)
現行メンバー (Current Members)
| 名前 (Name) | 担当 (Role) | 在籍期間 (Years Active) | 詳細・備考 (Details) |
|---|---|---|---|
| ブライアン・ウィート (Brian Wheat) |
ベース (Bass) バッキング・ヴォーカル (Backing Vocals) ピアノ (Piano) |
1981-1996 2000-現在 |
創設メンバー。バンドのマネージメントやスタジオ (JStreet Recorders) 運営にも関わる実務的なリーダー。ポール・マッカートニー (Paul McCartney) を敬愛し、メロディアスなベースラインを得意とする。 使用機材: Hofner Violin Bass, Gibson Thunderbird. |
| フランク・ハノン (Frank Hannon) |
ギター (Guitar) キーボード (Keyboards) テルミン (Theremin) バッキング・ヴォーカル |
1981-1996 2000-現在 |
創設メンバー。バンドの音楽的支柱。マルチ・プレイヤーであり、ライブではテルミンを使用したサイケデリックなソロも披露する。ジミ・ヘンドリックス (Jimi Hendrix) やピーター・フランプトン (Peter Frampton) の影響が色濃い。 使用機材: Gibson SG, Gibson Les Paul. |
| ジェフ・キース (Jeff Keith) |
リード・ヴォーカル (Lead Vocals) |
1984-1996 2000-現在 |
トラック運転手からロック・スターへ転身。そのハスキーな声はテスラのサウンドの要。「No Machines」の精神を体現するフロントマン。 |
| デイヴ・ルード (Dave Rude) |
ギター (Guitar) バッキング・ヴォーカル |
2006-現在 | トミー・スキーオの後任として加入。自身のバンド「Dave Rude Band」も率いる。Gibson Flying V を愛用し、若々しいステージングでバンドを活性化した。 |
| スティーヴ・ブラウン (Steve Brown) |
ドラムス (Drums) パーカッション |
2021-現在 | トロイ・ルケッタの後任。ミック・ブラウン (Dokken) の弟であり、サクラメントの音楽シーンに深く根ざしたミュージシャン。 |
旧メンバー (Former Members)
| 名前 (Name) | 担当 (Role) | 在籍期間 (Years Active) | 詳細・備考 (Details) |
|---|---|---|---|
| トミー・スキーオ (Tommy Skeoch) |
ギター (Guitar) バッキング・ヴォーカル |
1984-1994 1995 2000-2006 |
クラシック・ラインナップの一員。ワイルドで予測不能なギター・プレイとステージ・アクションで人気を博したが、薬物問題により脱退。現在は自身のバンド「Resist & Bite」などで活動。 |
| トロイ・ルケッタ (Troy Luccketta) |
ドラムス (Drums) | 1984-1996 2000-2021 |
黄金期のリズムを支えた名手。ジャズやフュージョンからの影響も受けたテクニカルかつグルーヴィーなドラミングが特徴。2025年現在はバンドを離れている。 |
| ジェフ・ハーパー (Jeff Harper) |
リード・ヴォーカル | 1981-1983 | シティ・キッド時代の初代ヴォーカル。 |
8. ディスコグラフィ (Discography)
テスラは、日本市場においても多くのアルバムをリリースしており、独自の邦題やボーナス・トラックが存在する。以下に主要作品のデータをまとめる。
8.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)
| 発売年 | 原題 (Original Title) | 邦題 (Japanese Title) | 全米認定 (RIAA) 最高位 |
日本盤の特徴・備考 (Japanese Edition Notes) |
|---|---|---|---|---|
| 1986 | Mechanical Resonance | メカニカル・レゾナンス | #32 Platinum | [MVCG-8]等。 |
| 1989 | The Great Radio Controversy | グレイト・レイディオ・コントラヴァーシー | #18 2× Platinum |
再発盤にはボーナス・トラックとして「Hang Tough」等が追加されることがある。デビュー作にしてプラチナムを獲得。[MVCG-9]等。オリコン最高18位。バンドの最高傑作との呼び声高い。 |
| 1991 | Psychotic Supper | サイコティック・サパー | #13 Platinum | [MVCG-67]等。オリコン最高13位。日本盤ボーナス:「Rock The Nation」「I Ain't Superstitious」「Run Run Run」の3曲が追加収録された版がある。 |
| 1994 | Bust a Nut | バスト・ア・ナット | #20 Gold | [MVCG-161]等。オリコン最高20位。解散前のラスト・アルバム。 |
| 2004 | Into the Now | イントゥ・ザ・ナウ | #31 | [KICP-1029]。オリコン31位。再結成第1弾。日本盤ボーナス・トラック収録。 |
| 2008 | Forever More | フォーエヴァー・モア | #33 | [KICP-1346]。日本盤ボーナス: 「Mama's Fool (Live)」収録。 |
| 2014 | Simplicity | シンプリシティ | #24 | オリコン224位。日本盤ボーナス: 「Taste My Pain」収録。 |
| 2019 | Shock | ショック | #21 | フィル・コリンプロデュースによる意欲作。 |
8.2 ライブ・アルバム (Live Albums)
| 発売年 | タイトル (Title) | 概要 (Description) |
|---|---|---|
| 1990 | Five Man Acoustical Jam (ファイヴ・マン・アコースティカル・ジャム) |
全米12位/Platinum。 ロック史に残るアコースティック・ライブの名盤。フィラデルフィアにて録音。 |
| 2001 | Replugged Live (リプラグド・ライヴ) |
再結成ツアーの模様を収録した2枚組。 |
| 2016 | Mechanical Resonance Live! (メカニカル・レゾナンス・ライヴ!) |
デビュー30周年を記念し、1stアルバム全曲をライブで再現。新曲「Save That Goodness」収録。 |
| 2023 | Full Throttle Live (フル・スロットル・ライヴ) |
2022年8月にサウスダコタ州スタージス (Sturgis) で行われたライブを収録。「Miles Away」のカバーなどを収録。 |
8.3 主要シングル (Key Singles & Charts)
以下の楽曲はテスラのキャリアを語る上で欠かせない代表曲である。
- Modern Day Cowboy (モダン・デイ・カウボーイ) - 1986年
ハードなギター・リフと冷戦時代の不安を歌った歌詞。デビューの衝撃を伝えた。 - Little Suzi (リトル・スージー) - 1987年
キャッチーなメロディとコーラスワークが光るカバー曲。 - Love Song (ラヴ・ソング) - 1989年
全米10位。バンド最大のヒット曲。フランク・ハノンのクラシカルなギター・イントロが有名。 - The Way It Is (ザ・ウェイ・イット・イズ) - 1990年
ブルージーで哀愁漂うバラード。 - Signs (サインズ) - 1990年
全米8位。アコースティック・ライブ・バージョンがシングルカットされ、社会的メッセージを含んだ歌詞が共感を呼んだ。 - Edison's Medicine (エジソンズ・メディスン) - 1991年
ニコラ・テスラの悲劇を歌った、バンドのアイデンティティを象徴する曲。 - What You Give (ホワット・ユー・ギヴ) - 1992年
『サイコティック・サパー』からのヒット・バラード。ジェフ・キースの感情豊かなヴォーカルが際立つ。
9. 時代を超越した「ブルー・カラー」ロックの真髄
テスラ (TESLA) の40年以上にわたる軌跡を振り返るとき、浮かび上がってくるのは「一貫性」と「誠実さ」である。
TESLAは1980年代の華やかな商業主義の只中にありながら、Tシャツとジーンズという労働者階級 (ブルー・カラー) の正装を身にまとい、「No Machines」を掲げて、自らの手で楽器を奏でることにこだわり続けた。その姿勢は、グランジの嵐が吹き荒れた90年代においても、デジタルの波が押し寄せた2000年代以降においても、決して揺らぐことはなかった。
ニコラ・テスラ (Nikola TESLA) がエジソンの影でその天才性を発揮し続けたように、バンドとしてのテスラもまた、スタジアム・ロックの派手なスポットライトの陰で、あるいは流行の変遷の狭間で、常に質の高いロック・ミュージックを提供し続けてきた。日本においても、『サイコティック・サパー』をはじめとする作品群は深く愛され続けており、その音楽等遺産は確固たるものである。
デイヴ・ルードやスティーヴ・ブラウンといった新しい血を導入しながらも、ジェフ・キースとフランク・ハノン、ブライアン・ウィートという核となるメンバーが健在である限り、テスラの「機械仕掛けではない」心臓の鼓動は、これからも力強く鳴り響き続けるだろう。