SLAUGHTER
SLAUGHTERの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
スローター (SLAUGHTER)
バイオグラフィ、音楽的変遷、ディスコグラフィ
1. スローターの歴史的位置づけ
ネバダ州ラスベガス (Las Vegas, Nevada) を拠点に結成されたSLAUGHTERは、Vinnie Vincent Invasion (ヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョン) の崩壊という劇的な経緯を経て誕生し、デビュー・アルバム 『Stick It to Ya』で瞬く間にマルチ・プラチナム・ステータスを獲得した。
SLAUGHTERのキャリアは、単なる商業的成功の記録にとどまらない。1990年代のグランジ (Grunge) 旋風による音楽市場の激変、創設メンバーであるギタリスト、Tim Kelly (ティム・ケリー)の悲劇的な事故死、すると長年にわたるメンバー間の結束とライブ活動への献身など、ロック・バンドが直面しうるあらゆる栄光と苦難を体現している。
2. 結成前史:ヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョンの崩壊と新生
2.1. ヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョン (Vinnie Vincent Invasion) における葛藤
スローターの歴史を語る上で、その母体となった Vinnie Vincent Invasion (ヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョン)についての詳述は不可欠である。元KISS (キッス)のギタリスト、Vinnie Vincent (ヴィニー・ヴィンセント)によって1984年にロサンゼルス (Los Angeles, California) で結成されたこのバンドは、ヴィニーの超絶技巧ギターを前面に押し出したグラム・メタル (Glam Metal) バンドであった。
ベーシストの Dana Strum (ダナ・ストラム)は、かつて Ozzy Osbourne (オジー・オズボーン) に Randy Rhoads (ランディ・ローズ)を紹介した人物としても知られる業界の顔役であり、バンドの屋台骨を支えていた。しかし、1986年のデビュー後、初代ヴォーカリストのRobert Fleischman (ロバート・フライシュマン)が脱退。その後任として白羽の矢が立ったのが、ラスベガス出身のMark SLAUGHTER (マーク・スローター)であった。
マーク・スローターの加入により制作されたセカンド・アルバム 『All Systems Go (オール・システムズ・ゴー)』 (1988年)は一定の評価を得たものの、バンド内部、特にヴィニー・ヴィンセントと他のメンバー(特にダナ・ストラム)との関係は急速に悪化していた。ヴィニーの独善的なリーダーシップや金銭的な問題、そして過剰なギター・プレイへの固執は、楽曲のポピュラリティを重視するダナやマークとの間に埋めがたい溝を作っていた。
2.2. クリサリス・レコード (Chrysalis Records) の決断
事態は異例の結末を迎える。所属レーベルであった Chrysalis Records (クリサリス・レコード)は、ヴィニー・ヴィンセントがレーベルとの契約信用枠を超過したことや、度重なるトラブルを問題視し、バンドのリーダーであるヴィニーとの契約を打ち切る決断を下した。
通常であればバンドは解散となるが、クリサリス側はマーク・スローターの声とキャラクター、そしてダナ・ストラムのプロデュース能力と作曲センスに将来性を見出していた。その結果、レーベルはヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョンの契約権利と予算(約400万ドルとも言われる契約価値)を、そのままマークとダナの二人に譲渡するという、音楽業界でも極めて稀な措置をとったのである。これにより、二人はヴィニー・ヴィンセントという「重石」から解放され、自らの理想とするロック・バンドを作り上げるための資金と自由を手に入れた。
3. スローターの誕生と黄金期 (1989年-1992年)
3.1. メンバーの選定とラスベガスへの帰還
新たなバンドの核となったマークとダナは、活動拠点をロサンゼルスから彼らの故郷に近い Las Vegas (ラスベガス)へと移した。これは、流行の最先端であったLAのグラム・メタル・シーンの過飽和状態から距離を置き、独自のアイデンティティを確立するための戦略でもあった。
バンド名をシンプルに 「SLAUGHTER (スローター)」と定めた彼らは、残りのメンバー探しに着手した。彼らが求めたのは、テクニック偏重ではなく、楽曲のメロディを活かせるギタリストと、視覚的な魅力とグルーヴを持ったドラマーであった。
- Tim Kelly (ティム・ケリー): ニュージャージー州トレントン (Trenton, New Jersey)出身のギタリスト。彼は独学でギターを学び、ブルースに根差した感情豊かなプレイを信条としていた。ヴィニー・ヴィンセントの速弾きスタイルとは対照的な彼のプレイは、スローターが目指す「歌えるロック」に不可欠な要素となった。
- Blas Elias (ブラス・エリアス): テキサス州 (Texas) 出身のドラマー。若くエネルギッシュで、ルックスも良く、バンドのアイドル的な側面を強化する存在となった。彼の加入により、スローターのラインナップは完成した。
3.2. デビュー・アルバム 『Stick It to Ya』の爆発的ヒット
1990年1月、デビュー・アルバム『Stick It to Ya (スティック・イット・トゥ・ヤ)』がリリースされた。ダナ・ストラム自身がプロデュースを担当したこのアルバムは、またたく間にチャートを駆け上がり、ダブル・プラチナム (200万枚以上のセールス)を記録した。
チャート記録
| Billboard 200 | 最高位18位 |
|---|---|
| 認定(RIAA) | 2x プラチナム (200万枚) |
| 主要シングル | "Up All Night", "Fly to the Angels", "Spend My Life" |
この成功の要因は、楽曲の質の高さと、MTV全盛期におけるビデオ・クリップの効果的な露出にあった。
- "Up All Night" (アップ・オール・ナイト): バンドの代表曲であり、パーティー・ロックのアンセム。キャッチーなサビとマークの特徴的な高音ヴォーカルが強烈なインパクトを与えた。
- "Fly to the Angels" (フライ・トゥ・ジ・エンジェルズ): バンドの音楽的深みを示したパワー・バラード。亡くなった友人への追悼歌として書かれたこの曲は、多くのリスナーの共感を呼び、シングルとしても大ヒットした。
バンドはKISS (キッス) の 「Hot in the Shade Tour」や Ozzy Osbourne (オジー・オズボーン) のツアーに帯同し、アリーナ・クラスの会場で演奏する機会を得た。SLAUGHTERのライブ・パフォーマンスはエネルギッシュで、マーク・スローターが観客席に飛び込んで歌うスタイルなどが話題となった。1991年には American Music Awards (アメリカン・ミュージック・アワード)で「Favorite Heavy Metal/Hard Rock New Artist」を受賞し、その地位を不動のものとした。
3.3. セカンド・アルバム 『The Wild Life』と時代の変化
デビュー作のツアーを終えたバンドは、休む間もなくセカンド・アルバムの制作に入った。1992年にリリースされた『The Wild Life (ワイルド・ライフ)』は、ビルボード・チャートで初登場8位を記録し、ゴールド・ディスクを獲得した。
- 音楽的進化: 前作のパーティー路線を継承しつつ、「Days Gone By (デイズ・ゴーン・バイ)」や「Real Love (リアル・ラヴ)」といった楽曲では、より成熟したソングライティングと叙情性が披露された。
- 逆風: しかし、1992年は音楽シーンの激変期でもあった。シアトルを中心に勃興したGrunge (グランジ) ムーブメント (Nirvana、Pearl Jamなど)が台頭し、スローターのような「ヘア・メタル (Hair Metal)」 バンドは急速に時代遅れと見なされつつあった。
さらにバンドを襲ったのが、マーク・スローターの健康問題であった。過酷なツアーとレコーディングにより声帯結節(ポリープ)を患い、手術とリハビリを余意なくされたのである。また、同時期にダナ・ストラムもオートバイ事故で演奏する手を負傷し、ティム・ケリーは麻薬関連のトラブルで法的問題を抱えるなど、バンドは満身創痍の状態にあった。
4. 苦難の時代と再生 (1995年-1998年)
4.1. レーベル移籍と 『Fear No Evil』
1990年代半ば、クリサリス・レコードはEMIに吸収され、多くのハード・ロック・バンドとの契約を見直していた。スローターも例外ではなく、メジャー・レーベルからのサポートを失うこととなった。しかし、SLAUGHTERは諦めることなく、ハード・ロックやメタル・バンドの受け皿となっていたインディペンデント・レーベル、CMC International (CMCインターナショナル)と契約を結んだ。
1995年にリリースされた3rdアルバム 『Fear No Evil (フィア・ノー・イーヴル)』はヘヴィなサウンドの流行を取り入れつつも、スローターらしいメロディを残した作品であった。全米チャートでの順位は振るわなかったが、日本市場においては依然として高い人気を誇っており、この時期には日本独自の企画盤などもリリースされている。特に1995年の日本ツアーは成功を収めたが、ティム・ケリーが法的な事情で出国できなかったため、Vince Neil (ヴィンス・ニール) バンドのギタリストであった Dave Marshall (デイヴ・マーシャル)が代役を務めた。
4.2. ギタリスト、ティム・ケリーの死
1997年、バンドは実験的な要素を含んだ4thアルバム 『Revolution (レヴォリューション)』をリリースし、新たな方向性を模索していた。しかし、その翌年、バンド史上最大の悲劇が訪れる。
1998年2月5日、ギタリストのTim Kelly (ティム・ケリー)がアリゾナ州 (Arizona) のハイウェイ96号線で交通事故に遭い、35歳の若さで死去した。
- 事故の詳細: ティムが運転していた車に対し、対向車線を越えてきた18輪の大型トレーラーが正面衝突した。トレーラーの運転手は、アンフェタミンなど少なくとも3種類の薬物の影響下にあったことが後の捜査で判明し、禁固刑を言い渡されている。
- バンドへの影響: 結成以来のオリジナル・メンバーであり、その人柄でファンやメンバーから愛されていたティムの死は、バンドにとって壊滅的な打撃であった。しかし、残されたメンバーは「ティムは音楽が止まることを望まないだろう」という信念のもと、活動の継続を決意した。
ティムへの追悼として、彼が生前最後に参加したツアーの音源を収録したライブ・アルバム『Eternal Live (エターナル・ライヴ)』が1998年にリリースされた。特に日本盤(VICP-60368)には、日本のファンへ向けた特別なライナーノーツやボーナス・トラックが含まれ、彼の功績を称える重要な作品となっている。
5. 新体制と現在への道のり (1999年-現在)
5.1. ジェフ・ブランドーの加入と 『Back to Reality』
ティム・ケリーの後任としてバンドに迎えられたのは、元 Saigon Kick (サイゴン・キック)のギタリスト、Jeff "Blando" Bland (ジェフ・ブランドー)であった。彼は以前からダナ・ストラムらと親交があり、ヴィンス・ニールのソロ・バンドでも共演していたため、音楽的な相性は抜群であった。
1999年、新体制初となるアルバム『Back to Reality (バック・トゥ・リアリティ)』をリリース。タイトルが示す通り、原点回帰とも言えるストレートなハード・ロック・サウンドを展開した。ジェフのギターはティムよりもテクニカルでヘヴィな側面を持ち、バンドのサウンドに新たな厚みをもたらした。
5.2. 定着したツアー・バンドとしての地位
2000年代以降、スローターは新作アルバムのリリースよりも、ライブ活動に主軸を置くようになった。「Rock Never Stops Tour」 などのパッケージ・ツアーに参加し、Poison (ポイズン)、Cinderella (シンデレラ)、Ratt (ラット)といった同世代のバンドと共に全米を巡演している。これらのツアーは、かつてのヒット曲を楽しむノスタルジー需要と、変わらぬ演奏力を求めるファンの期待に応えるものであった。
ドラマーに関しては、オリジナル・メンバーのブラス・エリアスが2003年頃に脱退し、ラスベガスの「Blue Man Group (ブルーマン・グループ)」 や 「Trans-Siberian Orchestra (トランス・サイベリアン・オーゼストラ)」での活動に専念するようになった。その後任として、Timothy "Timbo" DiDuro (ティモシー・ディドゥロ) (2004-2011)、Zoltan Chaney (ゾルタン・チェイニー) (2011-2019) らがドラム・スローンに座った。特にゾルタン・チェイニーは、スティックをジャグリングしたりドラムセットの上に立つなどの派手なパフォーマンスで知られた。
5.3. 近年の動向(2020年代)
2019年頃、ブラス・エリアスが一時的にバンドに復帰し、ファンを喜ばせたが、完全な復帰には至らなかった。2021年からは、Adrenaline Mob (アドレナリン・モブ)などで活動していた Jordan Cannata (ジョーダン・カナタ)がドラマーとして加入している。
マーク・スローターはソロ活動も精力的に行っており、『Reflections in a Rear View Mirror』(2015年)や『Halfway There』 (2017年) といったアルバムをリリースしているが、スローター名義でのスタジオ・アルバムは『Back to Reality』以降途絶えている。しかし、バンドは「30周年記念ツアー」などを通じて現役バリバリのライブ・バンドとして活動を続けており、マークの声量も健在である。
6. メンバー詳細プロフィール (Members Biography)
6.1. Mark SLAUGHTER (マーク・スローター)
- 担当: リード・ヴォーカル、リズム・ギター、キーボード (Lead Vocals, Rhythm Guitar, Keyboards)
- 生年月日: 1964年7月4日
- 出身地: ネバダ州ラスベガス (Las Vegas, Nevada)
- 人物像: 4オクターブ近い声域を持つ稀代のヴォーカリスト。スローター以前はギター講師をしており、ギターの腕前も達人級である。Vinnie Vincent Invasion加入前は、Xcursionというローカル・バンドで活動していた。声優としての活動歴もあり、『バットマン・ザ・フューチャー (Batman Beyond)』 などのテレビ番組や映画の音楽制作にも携わっている。健康管理にストイックで、現在でも往年のハイトーンを維持している数少ないシンガーの一人である。
6.2. Dana Strum (ダナ・ストラム)
- 担当: ベース、バック・ヴォーカル (Bass Guitar, Backing Vocals)
- 生年月日: 1958年12月13日
- 出身地: ワシントンD.C. (Washington, D.C.)
- 人物像: バンドの頭脳であり、全てのアルバムのプロデュースを手掛ける。ビジネス感覚に優れ、ヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョンからの契約移行を成功させた立役者。彼は、オジー・オズボーンにランディ・ローズを引き合わせただけでなく、ジェイク・E・リー(Jake E. Lee) をオジーに紹介した人物としても知られる、LAメタル・シーンの重要人物である。
6.3. Tim Kelly (ティム・ケリー)
- 担当: リード・ギター、バック・ヴォーカル (Lead Guitar, Backing Vocals)
- 生年月日: 1963年1月13日
- 没年月日: 1998年2月5日
- 出身地: ニュージャージー州トレントン (Trenton, New Jersey)
- 人物像: 独学で培った、メロディ重視のプレイスタイルが特徴。スローターの楽曲における「歌うようなギター・ソロ」は彼によるものが多い。ファンへの対応が非常に丁寧で優しかったことでも知られる。彼の死後、バンドはライブで必ず彼に捧げる時間を設けている。
6.4. Blas Elias (ブラス・エリアス)
- 担当: ドラムス、パーカッション (Drums, Percussion)
- 生年月日: 1967年8月18日
- 出身地: テキサス州ケネディ (Kenedy, Texas)
- 人物像: パワフルなドラミングと甘いルックスで人気を博した。映画『ロック・スター(Rock Star)』 (2001年)に、架空のバンド "Steel Dragon"のドラマー役で出演している。現在はラスベガスを拠点に多様なショー・ビジネスで活躍中。
6.5. Jeff Blando (ジェフ・ブランドー)
- 担当: リード・ギター (Lead Guitar)
- 活動期間: 1998年-現在
- 出身地: ミシガン州フリント (Flint, Michigan)
- 人物像: ティム・ケリーの後任として加入。Saigon KickやLeft For Deadでの活動実績があり、よりモダンでヘヴィなギター・トーンを持ち込んだ。ダナと共にヴィンス・ニールのバック・バンドも兼任しており、ダナとは阿吽の呼吸を見せる。
6.6. Jordan Cannata (ジョーダン・カナタ)
- 担当: ドラムス (Drums)
- 活動期間: 2021年-現在
- 人物像: Adrenaline Mobでの活動で知られるテクニカルなドラマー。近年のスローターのライブ・サウンドを支えるエンジンとなっている。
7. ディスコグラフィ (Discography)
ここでは、スローターがリリースした主要作品について、日本盤特有の情報を交えて詳述する。日本のファンにとって、ボーナス・トラックや帯 (OBI)、ライナーノーツの有無はコレクションにおいて極めて重要な要素である。
7.1. スタジオ・アルバム (Studio Albums)
1. Stick It to Ya (スティック・イット・トゥ・ヤ)
- リリース年: 1990年
- 解説: 衝撃のデビュー作。捨て曲なしの名盤として名高い。
| 地域 | レーベル | 規格番号 (Catalog No.) | 特記事項(Notes) |
|---|---|---|---|
| USA | Chrysalis | F2 21702 | オリジナル盤。 |
| Japan | Chrysalis / Toshiba EMI | TOCP-6150 | 1991年発売の日本初回盤。解説・歌詞対訳付き。帯には「全米を揺るがす大型新人」等の煽り文句が躍る。 |
| Japan | Universal | UICY-78657 | 2018年再発盤 (紙ジャケット仕様など)。ボーナス・トラックとしてデモ音源等が追加される場合がある。 |
収録曲(Standard):
- Eye to Eye
- Burnin' Bridges
- Up All Night
- Spend My Life
- Thinking of June (Instrumental)
- She Wants More
- Fly to the Angels
- Mad About You
- That's Not Enough
- You Are the One
- Gave Me Your Heart
- Desperately
- Loaded Gun
- Wingin' It
2. The Wild Life (ワイルド・ライフ)
- リリース年: 1992年
- 解説: 前作よりもハードかつ内省的な側面を見せた2作目。
| 地域 | レーベル | 規格番号 (Catalog No.) | 特記事項 (Notes) |
|---|---|---|---|
| USA | Chrysalis | F2 21911 | オリジナル盤。 |
| Japan | Chrysalis / Toshiba EMI | TOCP-7094 | 日本盤。ボーナス・トラックとして"Real Love (Demo)" やライブ音源が収録されることが多い。 |
| Japan | Universal | UICY-78658 | 再発盤。ボーナス・トラックとして"Perfect World" 等が含まれるバージョンもある。 |
3. Fear No Evil (フィア・ノー・イーヴル)
- リリース年: 1995年
- 解説: インディペンデント移籍第1弾。日本での人気が根強く反映された作品。
| 地域 | レーベル | 規格番号 (Catalog No.) | 特記事項(Notes) |
|---|---|---|---|
| USA | CMC International | CMC 7403 | |
| Japan | Victor Entertainment | VICP-5538 | 日本盤独自のボーナス・トラック "For Your Dreams" (フォー・ユア・ドリームス)を収録。この曲は日本盤でしか聴けない貴重なバラードである。 |
4. Revolution (レヴォリューション)
- リリース年: 1997年
- 解説: 音楽的実験作。ビートルズのようなサイケデリックなアプローチも見られる。
| 地域 | レーベル | 規格番号 (Catalog No.) | 特記事項(Notes) |
|---|---|---|---|
| USA | CMC International | 06076 86214-2 | エンハンストCD仕様 |
| Japan | Victor Entertainment | VICP-60035 | ボーナス・トラック2曲収録: "Perfect World" および "Hard To Say Good-Bye (Acoustic Version)"。これらはコレクターにとって必須の音源である。 |
5. Back to Reality (バック・トゥ・リアリティ)
- リリース年: 1999年
- 解説: ジェフ・ブランドー加入後初のアルバム。原点回帰のハード・ロック。
| 地域 | レーベル | 規格番号 (Catalog No.) | 特記事項(Notes) |
|---|---|---|---|
| USA | CMC International | 06076 86276-2 | |
| Japan | Victor Entertainment | VICP-60777 | 日本盤ボーナス・トラックとしてインストゥルメンタル曲 "Sbabaco" を収録。 |
7.2. ライブ・アルバム及びコンピレーション (Live Albums & Compilations)
Eternal Live (エターナル・ライヴ)
- リリース年: 1998年
- 解説: 亡きティム・ケリーに捧げられたライブ・アルバム。彼の最後の勇姿が収められている。
- 日本盤(VICP-60368): 日本語ライナーノーツには、ティムへの追悼文が詳細に記されており、資料的価値が高い。
Mass SLAUGHTER: The Best of SLAUGHTER (マス・スローター:ザ・ベスト・オブ・スローター)
- リリース年: 1995年
- 解説: デビューから 『The Wild Life』までの代表曲を網羅したベスト盤。
Stick It Live (スティック・イット・ライヴ)
- リリース年: 1990年
- 解説: デビュー直後の勢いあるライブを収録したEP。日本盤もリリースされた。
7.3. 日本独自のリリース (Japan Exclusive Releases)
特筆すべきは、1995年に日本限定でリリースされたEPである。
Hard Times (ハード・タイムス)
- 規格番号: VICP-15053
- 解説: 『Fear No Evil』 からのシングル・カットに加え、未発表曲やカバー曲を含む5曲入りミニ・アルバム。
- 収録曲:
- Hard Times
- Searchin'
- Saturday Night's Alright For Fighting (エルトン・ジョンのカバー)
- She Knows How To Rumble
- Rain On
このEPは、当時の日本のファンへの感謝の証として制作された側面が強く、現在では入手困難なレア・アイテムとなっている。
8. スローターの遺産
スローターは、1980年代後半のグラム・メタル・ブームの最後尾に現れ、そのブームの終焉と共に消え去る運命にあったかもしれない。しかし、マーク・スローターの圧倒的な歌唱力、ダナ・ストラムの巧みなバンド運営、そしてメンバー間の強い絆 (特にティム・ケリーへの想い)が、SLAUGHTERを単なる「一発屋」の枠から救い出した。
日本市場におけるSLAUGHTERの評価は一貫して高く、日本盤独自の充実したボーナス・トラックや企画盤の存在がそれを物語っている。ジョーダン・カナタという強力な新メンバーを擁した現在のスローターは、現役のライブ・バンドとしてそのサウンドを鳴らし続けている。SLAUGHTERのディスコグラフィは、メロディアス・ハード・ロックの教科書として、今後も参照され続けるであろう。