SENTENCED
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、スカンジナビア半島はヘヴィメタル (Heavy Metal) の新たな震源地として世界的な注目を集め始めていた。
Biography
氷点下の挽歌
センテンスト (SENTENCED) の軌跡、伝説
北欧メタルの精神的支柱
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、スカンジナビア半島はヘヴィメタル (Heavy Metal) の新たな震源地として世界的な注目を集め始めていた。ノルウェー (Norway) がブラックメタル (Black Metal) の炎に包まれ、スウェーデン (Sweden) がデスメタル (Death Metal) の重厚なリフを轟かせる中、フィンランド (Finland) もまた独自の、よりメランコリックで叙情的なサウンドを醸成しつつあった。そのフィンランド・メタルの黎明期において、北部の都市オウル (Oulu) 近郊の小さな町ムホス (Muhos) から現れたセンテンスト (SENTENCED) は、単なるバンドという枠組みを超え、北欧人の精神性を体現する存在となった。
SENTENCEDの音楽的旅路は、初期の獰猛かつ技術的なデスメタルから、中期のロックンロールのグルーヴを取り入れた「デス・ン・ロール (Death 'n' Roll)」、保持後期の絶望と哀愁に満ちたゴシックメタル (Gothic Metal) へと、劇的かつ流動的に変遷した。しかし、その根底には常に、ミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula) が奏でる「泣き」のギターメロディと、サミ・ロパッカ (Sami Lopakka) が綴る「死」「自殺」「喪失」をテーマにした陰鬱な歌詞世界が一貫して流れていた。
2005年、バンドは人気と創造性の頂点にありながら、「自らの葬儀」を執り行うという形で解散を選んだ。それは商業的な衰退やメンバー間の不和による崩壊ではなく、美学に基づいた「バンドとしての自決」であった。
第1章: 極北の胎動―結成とデスメタルへの傾倒 (1988-1991)
1.1 前身バンド「Deformity」とセンテンストの誕生
センテンスト (SENTENCED) の物語は、1988年にフィンランド (Finland) の北ポフヤンマー県 (Northern Ostrobothnia) に位置するムホス (Muhos) で結成されたデフォーミティ (Deformity) というバンドに端を発する。当時のメンバーはまだ十代の若者たちであり、彼らはスレイヤー (Slayer) や初期のデスメタルバンドに触発され、楽器を手に取った。
この初期のラインナップは、後のセンテンスト (SENTENCED) の核となるメンバーによって構成されていた。
- ミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula): リードギター (Lead Guitar) およびボーカル (Vocals)
- サミ・ロパッカ (Sami Lopakka): ギター (Guitar)
- ヴェサ・ランタ (Vesa Ranta): ドラムス (Drums)
- ラリ・キュルマネン (Lari Kylmänen): ベース (Bass)
彼らは1989年にバンド名をセンテンスト (SENTENCED) へと改名した。「宣告された」という意味を持つこの名前は、彼らが後に追求することになる運命論的で悲観的なテーマを既に暗示していたと言える。改名後、ドラマーのトゥーレ・ヘイッキラ (Tuure Heikkilä) が一時在籍していた時期もあったが、すぐにヴェサ・ランタ (Vesa Ranta) が定着し、黄金期のラインナップの基礎が築かれた。
1.2 初期デモテープの制作とアンダーグラウンドでの台頭
バンドは結成後まもなく、精力的なデモ制作に着手し、当時の活況を呈していたテープ・トレード (Tape Trading) シーンに身を投じた。
- 1. 『When Death Joins Us...』 (1990年)
SENTENCEDにとって初のデモテープであり、バンドの生々しい衝動が記録されている。このデモは、当時のデスメタルシーンにおいて即座に注目を集め、SENTENCEDが最初のレコード契約を獲得する決定的な要因となった。 - 2. 『Rotting Ways to Misery』 (1991年)
2本目のデモテープ。この時点でバンドの作曲能力は飛躍的に向上しており、複雑なリフ構成やリズムの変化など、後のテクニカルなスタイルへの萌芽が見られる。
特筆すべきは、SENTENCEDが最初のデモテープ『When Death Joins Us...』をリリースした後、すぐにフランス (France) のレーベルであるスラッシュ・レコード (Thrash Records) と契約を結んだという事実である。インターネット以前の時代において、フィンランド (Finland) の片田舎のバンドが、デモテープ1本で国外のレーベルと契約することは異例の快挙であり、SENTENCEDの楽曲が持つポテンシャルがいかに高かったかを物語っている。
1.3 ラリ・キュルマネンの脱退とタネリ・ヤルヴァの加入
1991年、デビューアルバムのレコーディング直前に、ベーシストのラリ・キュルマネン (Lari Kylmänen) がバンドを脱退した。彼の後任として加入したのが、タネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva) である。
タネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva) の加入は、バンドにとって運命的な転機であった。彼は当初ベーシストとして加入したが、その野性的なルックスとカリスマ性、速度に開花する独特のボーカルスタイルは、センテンスト (SENTENCED) を単なる「上手いデスメタルバンド」から、独自の美学を持つ「アーティスト集団」へと昇華させる触媒となった。
第2章: デスメタル期の栄光と深化 (1991-1993)
2.1 『Shadows of the Past』 (1991) ― 暗黒のデビュー
1991年11月、センテンスト (SENTENCED) はデビューアルバム『Shadows of the Past』をフランス (France) のスラッシュ・レコード (Thrash Records) からリリースした。
- 音楽性: このアルバムにおける音楽性は、高速で獰猛な典型的なヨーロピアン・デスメタル (European Death Metal) である。楽曲構造は比較的直線的でありながらも、北欧特有の冷ややかなメロディが随所に顔を覗かせている。
- ボーカル: この時点では、リードギタリストのミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula) がボーカルを兼任していた。彼のボーカルスタイルは深く粗暴なグロウル (Growl) であり、楽曲の攻撃性を強調していたが、同時にギタープレイとの兼任によるライブパフォーマンスへの制約も課題として浮上していた。
- 評価: このアルバムにより、SENTENCEDはアモルフィス (Amorphis)、コンヴァルス (Convulse)、フネブレ (Funebre)、デミゴッド (Demigod) といった他のフィンランド産エクストリーム・メタルバンドと肩を並べる存在として認知された。
アルバムリリース後、バンドは1992年にプロモーションテープ『Journey to Pohjola』を録音した。「Pohjola (ポホヨラ)」とはフィンランド神話における「北の地」を指し、SENTENCEDのアイデンティティがより自国の文化や神話に根差し始めたことを示している。このテープの質の高さが決定打となり、バンドはフィンランド (Finland) の有力レーベルであるスパインファーム・レコード (Spinefarm Records) ととの契約を獲得した。この時点で、SENTENCEDはすでに50回以上のライブを行い、デビューアルバムを1,500枚完売させるなど、着実な支持基盤を築いていた。
2.2 『North from Here』 (1993) ― 「北」からの技術的革新
1993年6月、2ndアルバム『North from Here』がスパインファーム (Spinefarm) からリリースされた。この作品はバンドのキャリアにおける最初の、そして極めて重要な「変態(メタモルフォーゼ)」であった。
[作品分析: North from Here]
- ボーカルの変更: 最大の変化はボーカルである。ミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula) は複雑化するギタープレイに専念するためボーカルを退き、ベーシストのタネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva) がリードボーカルを担当することになった。タネリの声は、単なる低音の咆哮にとどまらず、感情の起伏を表現できる野太いスクリームであり、サウンドに人間的な狂気と深みを与えた。
- 音楽的進化: 前作のストレートなデスメタルから脱却し、極めてテクニカルで複雑な構成を持つ「テクニカル・メロディック・デスメタル (Technical Melodic Death Metal)」へと進化した。変拍子や急激なテンポチェンジが多用され、アージスト (Atheist) やデス (Death) といった米国のテクニカル・デスメタルの影響を感じさせつつも、その旋律はあくまで北欧的であった。
- 歌詞のテーマ: 歌詞の面でも進化が見られた。典型的なゴア(流血)やホラーのテーマから離れ、フィンランド (Finland) の軍事史(冬戦争などを想起させる描写)や叙事詩『カレワラ (Kalevala)』、そして極北の厳しい自然と精神的荒廃へとテーマが移行した。
『North from Here』は、今日でもメロディック・デスメタルの歴史的傑作として、また「フィンランド・サウンド」の原型の一つとして高く評価されている。ミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula) の天才的なリフワークと、タネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva) の激情的なボーカルが融合した、二度と再現不可能な瞬間が刻まれている。
2.3 『The Trooper』 EP (1993) ― 旋律への回帰
同年、バンドはEP『The Trooper』をリリースした。タイトルトラックはアイアン・メイデン (Iron Maiden) の名曲「The Trooper」のカバーである。デスメタルバンドがNWOBHM (New Wave of British Heavy Metal) の古典をカバーすることは、SENTENCEDのルーツにある正統派ヘヴィメタルへの敬意を示すとともに、来るべき音楽性の変化――よりメロディックでキャッチーな方向性――を予兆させるものであった。これがスパインファーム (Spinefarm) からの最後のリリースとなった。
第3章: 転換期と「Death 'n' Roll」への接近 (1994-1996)
3.1 センチュリー・メディアとの契約と『Amok』 (1995)
1994年、センテンスト (SENTENCED) はドイツ (Germany) の大手メタルレーベル、センチュリー・メディア (Century Media) とワールドワイド契約を締結した。これはバンドにとって、ローカルなカルトバンドから世界的なメタルアクトへと飛躍するための重要なステップであった。
1995年1月3日にリリースされた3rdアルバム『Amok』は、SENTENCEDの最大のブレイクスルー作品となり、同時に多くの議論を呼ぶ問題作となった。
[作品分析: Amok]
- スタイルの変化: 『North from Here』で見せた複雑怪奇な展開は影を潜め、ミドルテンポでグルーヴ感のある、いわゆる「ダーク・メタル (Dark Metal)」あるいは「デス・ン・ロール (Death 'n' Roll)」とも形容されるスタイルへと劇的に変化した。ブラック・サバス (Black Sabbath) 的な重厚さと、ロックンロールの躍動感が融合している。
- 楽曲: 代表曲「Nepenthe」は、その象徴である。ミュージックビデオも制作され、雪に覆われた荒涼とした風景の中で演奏するバンドの姿は、SENTENCEDの退廃的でメランコリックな世界観を視覚的に決定づけた。また、「The War Ain't Over!」や「Dance on the Graves (Lil' Siztah)」などの楽曲では、キャッチーなフックと攻撃性が同居している。
- 成功: このアルバムは世界中で35,000枚以上を売り上げ、バンドの知名度を飛躍的に高めた。多くのファンにとって、『Amok』こそがセンテンスト (SENTENCED) の最高傑作であると同時に、デスメタル時代の終わりの始まりとして記憶されている。
3.2 『Love & Death』 (1995) とタネリ・ヤルヴァの脱退
『Amok』の成功に続き、同年にEP『Love & Death』をリリース。ここではビリー・アイドル (Billy Idol) の「White Wedding」をカバーするなど、さらにメロディックで実験的な、ゴシック・ロック (Gothic Rock) への接近を見せた。
しかし、バンドが商業的にも芸術的にも絶頂に向かおうとしていた矢先、ファンと音楽業界に衝撃が走る。フロントマンのタネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva) がバンドを脱退したのである。
[タネリ・ヤルヴァ脱退の深層]
- 脱退の理由: 当時の公式発表や後のインタビューによれば、タネリは「バンドの成功が大きくなりすぎ、それが重荷になってきたこと」や「音楽的な方向性の違い」を理由に挙げていた。より具体的には、バンド内の人間関係の軋轢や、終わりのないツアー生活への疲弊があったとされる。「自分はバンドを追い出されたわけではなく、自らの意志で去った」と強調しており、自身の創造性をより自由に追求できる場所を求めていた。
- その後: タネリは脱退後、しばらくの沈黙を経てザ・ブラック・リーグ (The Black League) を結成し、よりダーティでロックンロール色の強い音楽活動を展開した。
第4章: ヴィレ・レイヒアラの加入とゴシック・メタルへの転身 (1996-1999)
4.1 新ボーカリスト、ヴィレ・レイヒアラの発掘
タネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva) という強烈な個性を失ったバンドは、存続の危機に立たされた。しかも、ドイツ (Germany) のウッドハウス・スタジオ (Woodhouse Studio) での次作レコーディングが既に予約されており、猶予は残されていなかった。
バンドは必死のオーディションを行った。その中で見出されたのが、当時ブリード (Breed) というバンドで活動していたヴィレ・レイヒアラ (Ville Laihiala) であった。彼の声はタネリのような野太い咆哮とは異なり、ジェイムズ・ヘットフィールド (James Hetfield) (メタリカ (Metallica)) を彷彿とさせる、ラフで男らしい中低音の歌唱スタイルを持っていた。
4.2 『Down』 (1996) ― ゴシックへの完全移行
1996年11月、新体制による4thアルバム『Down』がリリースされた。このタイトル『Down』は、バンドの精神状態や音楽的なチューニング、そしてテーマの方向性を象徴するものであった。
- 劇的な変化: このアルバムでセンテンスト (SENTENCED) はデスメタルの要素(グロウルやブラストビート)をほぼ完全に排除し、メランコリックなヘヴィロック、すなわちゴシック・メタル (Gothic Metal) へと完全に舵を切った。
- ヴィレの貢献: 加入直後のヴィレ・レイヒアラ (Ville Laihiala) のボーカルは、まだ彼自身のスタイルを模索している部分もあったが、楽曲「Noose」や「Bleed」において力強いパフォーマンスを披露した。彼の声質は、メロディックな楽曲により適していた。
- ゲスト参加: サマエル (Samael) のVorphがバッキングボーカルとして参加し、アルバムに邪悪な雰囲気を添えている。また、ベーシストとしてセッションメンバーが参加していたが、ツアー後にサミ・クッコホヴィ (Sami Kukkohovi) が正式メンバーとして加入し、最後のラインナップが完成する。
- 評価: 当初、この急激なスタイル変更は「売れ線に走った」「デスメタルへの裏切り」として、古参のファンから激しい反発を招いた。しかし、その楽曲の質の高さは否定しがたく、結果として「Noose」などのヒット曲を生み出し、新たなファン層を獲得することに成功した。
4.3 『Frozen』 (1998) ― 自殺と絶望の美学
1998年リリースの5thアルバム『Frozen』では、SENTENCEDの音楽性はより内省的で鬱屈したものとなり、バンドのパブリックイメージとなる「Suicide Metal (自殺メタル)」の美学が確立された。
[作品分析: Frozen]
- テーマ: アルバム全体を貫くのは徹底した「自殺」「絶望」「虚無」である。「The Suicider」「Excuse Me While I Kill Myself」(後のアルバム収録曲だが、この時期からテーマ性は一貫している)といった曲名に象徴されるように、北欧の長く暗い冬と、そこから逃れられない精神的閉塞感が音に刻み込まれている。
- サミ・ロパッカの歌詞: ギタリストのサミ・ロパッカ (Sami Lopakka) が書く歌詞は、シニカルなブラックユーモアと深い悲しみが絶妙なバランスで同居しており、単なる鬱々とした音楽とは一線を画す文学性を帯びていた。
- 楽曲: タイトルトラックのような疾走曲はなくなり、ミドルテンポで淡々と、しかし感情豊かに進行する楽曲が中心となった。「Farewell」や「The Rain Comes Falling Down」などは、ライブでの定番曲となった。
第5章: 黄金期と商業的成功 (2000-2004)
5.1 『Crimson』 (2000) ― 哀愁の極み
2000年1月にリリースされた6thアルバム『Crimson』で、バンドはメロディセンスの頂点に達する。アルバムジャケットのアートワークも、それまでの暗色系から一転して鮮烈な真紅(クリムゾン)が採用された。
[作品分析: Crimson]
- キャッチーさの確立: このアルバムは、ゴシック・ロックとしての完成形を示した。「Killing Me Killing You」はピアノを取り入れた悲しくも美しいバラードであり、ミュージックビデオも頻繁に放送され、バンドの代表曲の一つとなった。
- 多様性: 「Bleed in My Arms」のような重苦しい曲から、「Fragile」のような繊細な曲まで、感情の振れ幅が大きい。ヴィレ・レイヒアラ (Ville Laihiala) のボーカルも、荒々しさだけでなく、より歌い上げるスタイルへと進化している。
- チャートアクション: このアルバムはフィンランド (Finland) のナショナルチャートで1位を獲得し、バンドの国民的人気を不動のものにした。
5.2 『The Cold White Light』 (2002) ― 冷たく白い光
2002年5月リリースの7thアルバム『The Cold White Light』は、バンドにとって初のゴールドディスク認定作品(フィンランド国内)となった記念碑的作品である。
- プロダクション: プロダクションの質が飛躍的に向上し、ギターの音色は冷たく澄み渡り、リズム隊はよりタイトになった。
- サウンド: 歌詞は相変わらず自殺や死を扱っているものの(「Excuse Me While I Kill Myself」など)、音楽的には「Neverlasting」に見られるような、ある種の軽快さやロック的なダイナミズムが増している。これは「絶望のあまり笑うしかない」というような、SENTENCED特有のニヒリズムの表れとも取れる。
- 歌詞: 歌詞はより皮肉めいており、自己憐憫を通り越した境地にある。「Konevitsan kirkonkellot」(コネヴィッツァの教会鐘)というインストゥルメンタル曲で幕を開ける構成も印象的であった。
第6章: 自ら選んだ終焉 ― 葬送の美学 (2005)
6.1 解散の決断
2005年初頭、センテンスト (SENTENCED) は公式サイトおよびプレスリリースを通じて衝撃的な発表を行った。「次のアルバムが最後になる。バンドは解散する」という宣言である。
バンドは人気絶頂期にあり、商業的成功を収めていた。しかし、SENTENCEDは「惰性で続けること」を何よりも嫌った。「創造性の炎が燃え尽きる前に、自らの手で幕を引く」――それは、バンドとしての尊厳を守るための、ある種の「自殺」にも似た決断であった。
6.2 『The Funeral Album』 ― 遺書としてのアルバム
2005年5月、ラストアルバム『The Funeral Album』(葬儀のアルバム)がリリースされた。このアルバムは、その名の通りバンドの「死」と「葬儀」をテーマにしたコンセプトアルバムである。
コンセプト: イントロの「May Today Become the Day」(今日がその日にならんことを)から、アウトロの「End of the Road」(道の終わり)に至るまで、死出の旅路、別れ、そして無への回帰が一貫して描かれている。
- "Ever-Frost": シングルカットされ、フィンランドチャートで6週連続1位を記録した名曲。キャッチーなメロディに乗せて「我々は墓に小便をかける」と歌うパンク精神と哀愁が同居している。
- "Vengeance Is Mine": 激しい怒りを叩きつけるファストチューン。
- "Despair-Ridden Hearts": ハーモニカ(マウスハープ)を取り入れた、西部劇の荒野と北欧の荒野を重ね合わせたような叙情的な楽曲。
- "End of the Road": バンドからファンへの別れの挨拶。「葬儀は終わった、家に帰れ」と冷たくも優しく突き放す、感動的なラストナンバーである。
- アートワーク: ジャケットには、バンドロゴが刻まれた墓標と、そこに手向けられた枯れた花束が描かれている。
- 成功: このアルバムはフィンランド (Finland) チャートで初登場1位を獲得し、ゴールドディスクに認定された。
6.3 『Buried Alive』 ― 生き埋めにされた夜
バンドは最後の「葬儀ツアー (Funeral Tour)」を行い、ヨーロッパ各地のフェスティバルやクラブを巡った。そして2005年10月1日、SENTENCEDの故郷であるオウル (Oulu) のクラブ・テアトリア (Club Teatria) で、正真正銘のラストライブが行われた。
このライブは『Buried Alive』(生き埋め)というタイトルで、2006年にDVDおよびCDとしてリリースされた。
[ラストライブのハイライト]
- セットリスト: デスメタル時代の初期曲から最新作まで、全キャリアを網羅するセットリストが組まれた。
- サプライズ: 最大の驚きは、かつてのフロントマンであるタネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva) がゲストとしてステージに登場したことである。彼は「The War Ain't Over!」「Nepenthe」「Northern Lights」など、彼が在籍していた時代の楽曲をヴィレ・レイヒアラ (Ville Laihiala) に代わって歌い上げた。新旧のボーカリストが同じステージでバンドの歴史を祝福する姿は、会場のファンを涙させた。
- 終幕: アンコールの最後、バンドメンバーは一人ずつ楽器を置き、ステージを去っていく。最後に残ったミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula) がギターのフィードバックノイズを残して去り、キャンドルの火が消えるようにセンテンスト (SENTENCED) の歴史は幕を閉じた。
第7章: 死後、そして伝説へ (2006-Present)
7.1 ミーカ・テンキュラの死
解散から約3年半後の2009年2月18日、バンドのメインソングライターであり、その魂そのものであったギタリストのミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula) が、ムホス (Muhos) の自宅で遺体となって発見された。享年34歳という若さであった。
- 死因: 遺伝性の心臓疾患による突発的な心臓発作と発表された。
- 衝撃と追悼: 彼の死により、センテンスト (SENTENCED) 再結成の可能性は物理的にも永遠に失われた。公式サイトでは元メンバーたちが共同声明を発表し、「親愛なる友人であり、真に卓越したアーティスト、そしてかつてセンテンスト (SENTENCED) であったものの魂そのもの。兄弟よ、今は安らかに眠れ。君の音楽と我々の心の中で、君は永遠に生き続ける」と追悼した。
- 遺産: インソムニウム (Insomnium) の楽曲「Weighed Down with Sorrow」など、多くの後輩バンドが彼に捧げる楽曲を制作した。彼の奏でる独特の悲しみを帯びたギターソロは、今も「フィンランドの音」として語り継がれている。
7.2 メンバーのその後 (Post-SENTENCED Activities)
バンド解散後、メンバーたちはそれぞれの道を歩んでいる。
- ヴィレ・レイヒアラ (Ville Laihiala)
- Poisonblack: 解散前から並行して活動していたバンド。よりハードロック/ヘヴィメタル寄りのサウンドを展開。
- S-TOOL: その後に結成したバンド。
- サミ・ロパッカ (Sami Lopakka) & サミ・クッコホヴィ (Sami Kukkohovi)
- KYPCK (Kursk): ロシア語で歌うドゥームメタルバンド。AK-47を模したギターを使用するなど、ユニークかつ重厚な活動を行っている。
- ヴェサ・ランタ (Vesa Ranta)
- The Man-Eating Tree: アトモスフェリックなゴシックメタルバンドを結成。
- 映像作家: 現在は写真家・映像作家としても成功を収めており、多くのメタルバンドのミュージックビデオやドキュメンタリーを手掛けている。
- タネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva)
- The Black League: ロックンロール/メタルバンド。
- T. Jarva and the Dark Place: ソロプロジェクト。
ディスコグラフィー (Discography)
以下にセンテンスト (SENTENCED) の全公式リリースを詳細に記載する。
スタジオ・アルバム (Studio Albums)
| 発売年 | タイトル (Title) | レーベル (Label) | 解説 (Description) |
|---|---|---|---|
| 1991 | Shadows of the Past | Thrash Records | 記念すべきデビュー作。純粋なデスメタル。ミーカ・テンキュラがボーカル兼任。 |
| 1993 | North from Here | Spinefarm | テクニカル・メロディック・デスメタルの金字塔。タネリ・ヤルヴァがボーカルを担当。複雑な展開と極北の叙情性が融合。 |
| 1995 | Amok | Century Media | メジャーデビュー作。デスメタルからデス・ン・ロールへの転換点。代表曲「Nepenthe」収録。 |
| 1996 | Down | Century Media | ヴィレ・レイヒアラ加入第一弾。ゴシック・メタルへ完全移行し、新たなファン層を開拓。 |
| 1998 | Frozen | Century Media | 「自殺」をテーマにしたコンセプト性の強い作品。冷徹で絶望的な雰囲気が支配する。 |
| 2000 | Crimson | Century Media | メロディセンスが開花し、商業的成功を収めた傑作。「Killing Me Killing You」収録。 |
| 2002 | The Cold White Light | Century Media | フィンランド国内でゴールドディスク獲得。洗練されたサウンドとブラックユーモアの極致。 |
| 2005 | The Funeral Album | Century Media | ラストアルバム。バンドの「葬儀」と「死」を描ききった有終の美。 |
EP/ミニアルバム (EPs)
| 発売年 | タイトル (Title) | レーベル (Label) | 解説 (Description) |
|---|---|---|---|
| 1993 | The Trooper | Spinefarm | アイアン・メイデン (Iron Maiden) のカバーを収録。メロディックな方向性への架け橋となった作品。 |
| 1995 | Love & Death | Century Media | 『Amok』の延長線上にある作品。ビリー・アイドル (Billy Idol) のカバー「White Wedding」を収録。タネリ・ヤルヴァ在籍最後の作品。 |
ライブ・アルバム / 映像作品 (Live Albums / DVDs)
| 発売年 | タイトル (Title) | レーベル (Label) | 解説 (Description) |
|---|---|---|---|
| 2006 | Buried Alive | Century Media | 2005年10月1日、オウル (Oulu) でのラストライブを完全収録。2枚組DVDおよびCD。ドキュメンタリー映像も含む。 |
コンピレーション (Compilations / Box Sets)
| 発売年 | タイトル (Title) | 解説 (Description) |
|---|---|---|
| 1997 | Story: A Recollection | 初期のベスト盤。未発表曲やデモ音源を含む。 |
| 2009 | Manifesto of SENTENCED | シングル曲を中心としたベスト盤。入門編として最適。 |
| 2009 | Coffin - The Complete Discography | 全アルバム、デモ、レアトラックを収録した、文字通り「棺桶」型のボックスセット。ミーカ・テンキュラへの追悼の意味合いも強い。 |
デモテープ (Demos)
- When Death Joins Us... (1990)
- Rotting Ways to Misery (1991)
- Journey to Pohjola (1992) - プロモーション用デモ
バンドメンバー変遷と役割 (Detailed Member History)
最終ラインナップ (Final Line-up: 1997-2005)
- ヴィレ・レイヒアラ (Ville Laihiala)
- 担当: ボーカル (Vocals)
- 在籍期間: 1996-2005
- 概要: 第2代専任ボーカリスト。その哀愁を帯びたバリトンボイスは、後期のゴシック・スタイルに不可欠であった。ステージ上でのふてぶてしくもカリスマ的な振る舞いは、バンドのフロントマンとして理想的であった。
- ミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula)
- 担当: リードギター (Lead Guitar), ボーカル (Vocals - 1989-1992)
- 在籍期間: 1989-2005 (結成から解散まで)
- 概要: バンドの創設者であり、メインコンポーザー。彼の奏でるリードギターは、技術的に卓越しているだけでなく、聴く者の心の琴線に触れる独特の「泣き」を持っていた。内向的な性格で知られ、インタビューよりも音楽で語るタイプであった。
- サミ・ロパッカ (Sami Lopakka)
- 担当: リズムギター (Rhythm Guitar)
- 在籍期間: 1989-2005 (結成から解散まで)
- 概要: バンドの創設者であり、スポークスマン的存在。また、バンドのメインリリシスト(作詞家)として、「自殺」「絶望」「北欧の自然」といったテーマを言語化した。彼の書く歌詞の世界観こそが、センテンスト (SENTENCED) を哲学的な存在にしたと言える。
- サミ・クッコホヴィ (Sami Kukkohovi)
- 担当: ベース (Bass)
- 在籍期間: 1997-2005
- 概要: 『Down』リリース後のツアーから参加し、後に正式加入。堅実なプレイでボトムを支え、コーラスワークでも貢献した。
- ヴェサ・ランタ (Vesa Ranta)
- 担当: ドラムス (Drums)
- 在籍期間: 1989-2005 (結成から解散まで)
- 概要: バンドの創設者。パワフルかつダイナミックなドラミングで、デスメタル期からゴシック期まで、あらゆるスタイルの変化に対応した。アートワークや写真撮影も手掛け、バンドのビジュアル面にも貢献した。
過去のメンバー (Former Members)
- タネリ・ヤルヴァ (Taneli Jarva)
- 担当: ベース (Bass: 1991-1995), ボーカル (Vocals: 1992-1995)
- 概要: 第2の創設者とも言える重要人物。彼の加入によりバンドは個性を確立した。『Amok』での成功後、惜しまれつつ脱退。
- ラリ・キュルマネン (Lari Kylmänen)
- 担当: ベース (Bass: 1989-1991)
- 概要: 最初期メンバー。デモ制作に参加したが、デビューアルバム前に脱退。
- トゥーレ・ヘイッキラ (Tuure Heikkilä)
- 担当: ドラムス (Drums: 1988-1989)
- 概要: 前身バンド Deformity 時代のドラマー。
永遠の氷像として
センテンスト (SENTENCED) は、フィンランド (Finland) のヘヴィメタル史において、HIMやChildren of Bodom、Nightwish といったバンドが世界的な成功を収めるための土壌を耕した先駆者(パイオニア)であった。しかし、SENTENCED自身は商業的な成功そのものよりも、自らの美学――「北欧の憂鬱」を表現すること――に忠実であり続けた。
デスメタルからゴシックメタルへとスタイルを変えても、その根底にある「魂の暗闇」は決して変わることがなかった。そして、最も美しい瞬間に自らの命を絶つかのようにバンドを解散させたその決断は、SENTENCEDの表現活動の総仕上げとして、メタルシーンにおける伝説となった。
ミーカ・テンキュラ (Miika Tenkula) はもういない。しかし、彼が遺した旋律は、北欧の凍てつく風の中に、そして世界中のファンの心の中に、永遠に響き続けている。
"Rest now, brother - in your music and our hearts you will live forever."
(安らかに眠れ、兄弟よ。君の音楽と我々の心の中で、君は永遠に生き続ける。)
- バンドメンバーによるミーカ・テンキュラへの追悼文より