PRAYING MANTIS
PRAYING MANTIS(プレイング・マンティス)の詳しいバイオグラフィとディスコグラフィ。トロイ兄弟による1981年のデビュー作『Time Tells No Lies』から2024年『Defiance』、2026年の名古屋ライヴ盤まで、全18作を作品ごとの個別ページ・ライナーノーツ・日本盤情報つきで掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
PRAYING MANTIS
バイオグラフィー
概要
PRAYING MANTIS(プレイング・マンティス)は、1974年にロンドンでティノ・トロイ(ギター、ヴォーカル)とクリス・トロイ(ベース、ヴォーカル)の兄弟が始めたイギリスのハード・ロック・バンドである。IRON MAIDEN、SAMSON、ANGEL WITCHらとともに、1970年代末のロンドンから立ち上がったNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)を代表する一組に数えられる。
1981年のデビュー作『Time Tells No Lies』は、同時代のNWOBHMのなかでも際立ってメロディアスな一枚として読み継がれてきた。ツイン・リード・ギターが重ねるハーモニーと、メンバー全員で積み上げる厚いコーラス・ワーク。この二つは以来45年、バンドがどれだけ編成を変えても手放していない。
そして、このバンドを語るうえで日本は欠かせない。本国での活動が一度止まったあと、1990年に再び人前に立つ場を与えたのは日本の公演であり、1991年以降の新作はまずポニーキャニオンから日本で発売されるという時期が10年以上続いた。当サイトには、バンド自身の公式サイトがアルバムとして挙げる16作に、2026年に日本で発売された2作のライヴ・アルバムを加えた計18作を登録している。
1974年から1979年——ジャンクションという名前だった頃
バンドの出発点は「Junction」という名前だった。クリス・トロイが公式サイトに寄せた回想によれば、最初の練習場所はベッケナムにあったメンバーの家の居間で、ほどなく家人に追い出されている。次に落ち着いたのは、ロンドンE1のケーブル・ストリートにあったナサニエル・ヘックフォード校である。当時ティノ・トロイが通っていたロンドン・カレッジ・オブ・ファーニチャーのすぐ近くで、メンバーの父親がそこの用務員をしていた。彼らは石炭置き場だった厚い煉瓦壁の部屋に黒いカーテンを張り、誰にも迷惑をかけずに鳴らせる場所を手に入れた。業務用の空き缶で照明機材を自作し、PAを組み、故障ばかりする中古のベッドフォード救急車を買った。
バンド名が変わったのは偶然からだった。当時のシンガーだったスタンの歌にコーラスを重ねる録音中、2台のカセット・レコーダーを使って音を重ねながら、メンバーが歌に合わせて手を動かしていた。それを見たスタンが笑い出して「お前たち、カマキリの群れみたいだぞ」と言った。この一言でJunctionは終わり、Praying Mantisが始まる。クリス・トロイ自身が公式サイトの「Troy Story」欄にそう書いている。
最初のまともなデモは、ベッケナムの8トラック・スタジオ、ファースト・ライトで録音された。「Captured City」「Lovers to the Grave」「Johnny Cool」「The Ripper」の4曲である。このデモを、ロンドン北部キングズベリーでニール・ケイが回していたヘヴィ・メタル・サウンドハウスに持ち込んだことが、すべてを変えた。ケイはそれをクラブに集まる人々に聴かせた。同じ場所ではIRON MAIDENやSAMSONの音源もかかっていた。
1980年から1981年——NWOBHMの中心で
1980年2月、EMIがサウンドハウス周辺のバンドを集めたコンピレーション『Metal for Muthas』を発表する。IRON MAIDENとPRAYING MANTISはともにそこに名を連ね、続く全英ツアーを一緒に回った。『Sounds』誌がこの一連の動きをNWOBHMと名付けたのは、ちょうどこの頃である。
この時期のことを、クリス・トロイは二つの話として公式サイトに残している。ひとつは真冬のスコットランドでの移動中、50人乗りの古いバスが荒野の真ん中で故障し、IRON MAIDENのクルーを含む25人ほどが暖房の切れた車内で何時間も待たされた話。もうひとつは、IRON MAIDENの前座として立った高さ8フィートの狭い舞台から、最後の曲「Captured City」の最後の音で足を踏み外して転落した話である。バンドの他のメンバーは反対側から袖にはけていたため誰も気づかず、アンコールのためにティノ・トロイが「The Ripper」のカウントを取り、そこで止めて客席にこう言った——「すみません、ベーシストを失くしたようです」。
1980年6月にはシングル「Praying Mantis」がGEMから、続いてキンクスのカヴァー「All Day and All of the Night」が出た。そしてデビュー・アルバム『Time Tells No Lies』は1981年4月3日、アリスタから発表される。プロデュースはティム・フリーズ=グリーン、録音はロンドンのバッテリー・スタジオ。編成はトロイ兄弟にスティーヴ・キャロル(ギター、ヴォーカル)とデイヴ・ポッツ(ドラムス)を加えた4人だった。ジャケットを描いたのはロドニー・マシューズである。
先行シングル「Cheated」は1981年1月31日付の全英シングル・チャートに入り、最高69位・2週。アルバムは4月11日付のチャートに登場し、最高60位・2週を記録した。数字としては大きくない。しかしこの一枚は、以後40年以上にわたってNWOBHMを語る際に必ず挙げられる作品になった。
1982年から1989年——空白
デビュー作のあと、バンドは契約とマネジメントの問題に巻き込まれる。公式サイトはこの時期について、経営上の問題といくつかの改名を経てバンドが止まった、と簡潔に記している。1980年代半ば、Praying Mantisという名前はいったん表舞台から消えた。ギターのスティーヴ・キャロルはリトル・ボー・ビッチへ移っている。
1990年から1996年——日本での再始動
1990年4月、東京・中野サンプラザで、NWOBHM10周年を記念する公演が行われた。トロイ兄弟はそこに、IRON MAIDENの初代ヴォーカリストであるポール・ディアノと、同じくIRON MAIDENにいたギタリストのデニス・ストラットンを迎えて立った。その夜の記録が『Live at Last』である。題名がそのまま状況を言っている。
この公演がバンドを引き戻した。1991年3月、10年ぶりのスタジオ・アルバム『Predator in Disguise』がポニーキャニオンから発売される。ヴォーカルは元MSGのゲイリー・バーデン、ギターにデニス・ストラットン。以後、このバンドの新作はまず日本で出るという形が10年以上続くことになる。1993年『A Cry for the New World』ではマーク・トンプソン=スミスが歌い、ドラムにブルース・ビスランドが加わった。元IRON MAIDENのクライヴ・バーが在籍した時期もある。
1995年8月には『To the Power of Ten』、翌1996年3月には1995年11月の東京公演を収めた2枚組『Captured Alive in Tokyo City』が出た。1993年11月24日の名古屋ザ・ボトムライン公演も録音されており、こちらは33年後の2026年、『The Bottom Line Nagoya Japan 1993』として日本で発売されている。
1998年から2013年——長い中盤
1998年6月の『Forever in Time』からヴォーカルはトニー・オハラに替わり、2000年『Nowhere to Hide』、2003年『The Journey Goes On』と続く。『Nowhere to Hide』は日本盤が6月21日に全9曲で先に出て、国際盤が11月21日に「Naked」を加えた全10曲で続くという、このバンドとしても珍しい形を採った。落ちていた「Naked」は2003年に録り直され、『The Journey Goes On』の最終曲になっている。
2007年、1990年の再始動以来ギターを弾いてきたデニス・ストラットンが離れ、アンディ・バージェスが加入する。バージェスは以後このバンドの二本目のリード・ギターであり続け、同時に作曲の中心の一人になった。2009年6月のフロンティアーズからの『Sanctuary』が、その編成での最初の作品である。
2011年12月には、結成30周年を機に初期の代表曲を録り直した『Metalmorphosis』がキングレコードから日本独自企画として発売された。1979年のデモ以来ライヴの締めであり続けてきた「Captured City」と、1980年のシングル「Praying Mantis」が、ここで初めてスタジオ録音として正式に手に入るようになっている。
2015年以降——現在の編成
2013年、オランダ人の2人——ヴォーカルのジョン・「ジェイシー」・カウパースとドラムのハンス・イン・ト・ザント——が加入し、マイク・フリーランドとゲイリー・マッケンジーと交代した。この編成での最初の作品が2015年8月の『Legacy』で、以後2018年『Gravity』、2022年『Katharsis』、2024年『Defiance』と続く。2015年9月、デビュー作でギターを弾いたスティーヴ・キャロルの訃報が公式サイトで伝えられた。バンドは、彼の趣味の良いフレーズと澄んだ声が『Time Tells No Lies』を彩ったと記している。
2018年4月28日、ミラノのフロンティアーズ・ロック・フェスティヴァルVでの演奏は、翌2019年にライヴ作品『Keep It Alive!』になった。日本にも繰り返し戻っている。2015年11月3日の原宿アストロホール、2017年6月30日の梅田クラブクアトロと7月1日の豊洲PIT——後者はLIONHEARTとの共演だった。
そして2024年6月、バンドは結成50周年を掲げて来日する。6月5日の渋谷クラブクアトロと6月6日の梅田クラブクアトロ、「PRAYING MANTIS 50th Anniversary Farewell Japan Tour 2024」である。バンド自身の告知によれば、この2公演は日本での最後の演奏として組まれたものだった。2026年11月から12月にかけては、ドイツとイタリアを回るツアーが予定されている。会場が掲げる名称は「45th Anniversary - Time Tells No Lies Tour 2026」——デビュー作から45年、という数え方である。
メンバー(2026年時点)
| 名前 | 担当 | 備考 |
|---|---|---|
| ティノ・トロイ | リード・ギター、ヴォーカル | 創設者。1974年から |
| クリス・トロイ | ベース、ヴォーカル | 創設者。1974年から |
| アンディ・バージェス | リード・ギター、ヴォーカル | 2007年加入。デニス・ストラットンの後任 |
| ジョン・「ジェイシー」・カウパース | ヴォーカル | 2013年加入。オランダ出身 |
| ハンス・イン・ト・ザント | ドラムス、パーカッション、ヴォーカル | 2013年加入。オランダ出身 |
ディスコグラフィ(当サイト登録分)
| 年 | タイトル | 種別 |
|---|---|---|
| 2026 | The Bottom Line Nagoya Japan 1998 | ライヴ・アルバム |
| 2026 | The Bottom Line Nagoya Japan 1993 | ライヴ・アルバム |
| 2024 | Defiance | スタジオ・アルバム |
| 2022 | Katharsis | スタジオ・アルバム |
| 2019 | Keep It Alive! | ライヴ・アルバム |
| 2018 | Gravity | スタジオ・アルバム |
| 2015 | Legacy | スタジオ・アルバム |
| 2011 | Metalmorphosis | スタジオ・アルバム(再録音/日本独自企画) |
| 2009 | Sanctuary | スタジオ・アルバム |
| 2003 | The Journey Goes On | スタジオ・アルバム |
| 2000 | Nowhere to Hide | スタジオ・アルバム |
| 1998 | Forever in Time | スタジオ・アルバム |
| 1996 | Captured Alive in Tokyo City | ライヴ・アルバム |
| 1995 | To the Power of Ten | スタジオ・アルバム |
| 1993 | A Cry for the New World | スタジオ・アルバム |
| 1991 | Predator in Disguise | スタジオ・アルバム |
| 1990 | Live at Last | ライヴ・アルバム |
| 1981 | Time Tells No Lies | スタジオ・アルバム |
バンドの公式サイトはこのうち16作をアルバムとして挙げている。2026年に日本で発売された『The Bottom Line Nagoya Japan 1993』『The Bottom Line Nagoya Japan 1998』の2作は、そのリストが作られたあとの発売である。なお、MusicBrainzが同じアーティストの下に持つ編集盤『Demorabilia』(1999年)と『The Best of Praying Mantis』(2004年)は、公式サイトではコンピレーションの欄に置かれているため、当サイトのディスコグラフィには含めていない。1993年に日本で出た4曲入りEP『Only the Children Cry』も同様である。
出典について
この記事は、バンドの公式サイト prayingmantis.rocks(バンド紹介、アルバム一覧、クリス・トロイ本人による回想「Troy Story」)と、そこが案内するアーカイヴ・サイト praying-mantis.com(バンド概要、全ディスコグラフィ、『Sanctuary』『Metalmorphosis』の公式クレジット、スティーヴ・キャロルの訃報)、MusicBrainz がアーティスト 4150ecb6-ec16-474e-8273-d4bdf577e931 について持つリリース・データ、TOWER RECORDS ONLINE の日本盤商品ページ(PCCY-01257 / PCCY-01462 / PCCY-01636 / KICP-1372 / KICP-1598 / KICP-1738 / KICP-1902 / KIZC-586 / MICP-11678 / MICP-11858 / MICP-30230 / MICP-30235 / CANDY121OBI)、Apple Music 日本のカタログ、Official Charts Company のチャート・データ、東京音協の2024年来日公演ページ、Paunchy Cats(Eventim Light)の2026年公演ページ、そして Songkick の公演データを読んで書いた。発売日・レーベル・品番は、MusicBrainz のオリジナル盤の行と TOWER RECORDS ONLINE が一致する箇所を採っている。動画はすべて投稿チャンネルを確認しており、ファンによる再アップロードは含めていない。
Trivia
1980年代半ばに止まっていたこのバンドを、もう一度人前に立たせたのは日本の公演だった。1990年4月、東京・中野サンプラザで、NWOBHM10周年を記念する公演が組まれる。トロイ兄弟はそこに、IRON MAIDENの初代ヴォーカリストであるポール・ディアノと、同じくIRON MAIDENにいたギタリストのデニス・ストラットンを迎えて立った。その夜の記録が『Live at Last』で、全14曲のうち6曲——「Wrathchild」「Murders in the Rue Morgue」「Remember Tomorrow」「Phantom of the Opera」「Iron Maiden」「Running Free」——はIRON MAIDENの曲である。公式サイトはこの日本公演を、バンドが1990年に再結成した場そのものとして記している。
1991年の『Predator in Disguise』から2003年の『The Journey Goes On』まで、このバンドの新作はまず日本で出た。発売元はポニーキャニオン(キャニオン・インターナショナル)で、品番はPCCY-00207、PCCY-00422、PCCY-00794、PCCY-01257、PCCY-01462、PCCY-01636と続く。バンドの公式サイトのバンド紹介はこの時期について、日本のポニーキャニオンから数多くのアルバムを成功裏に発表し、日本がバンドにとって主要な市場のひとつになった、と書いている。1981年のデビュー作のあと本国で10年近く音沙汰が無かったバンドが、以後30年以上作品を出し続けられた理由の相当な部分が、この一行に入っている。
2024年6月の来日公演は、バンド自身が日本での最後の演奏として告知したものだった。6月5日の渋谷クラブクアトロと6月6日の梅田クラブクアトロ、名称は「PRAYING MANTIS 50th Anniversary Farewell Japan Tour 2024」。公式サイトが埋め込んでいる公演情報には、結成50周年を祝う内容であること、13作目のスタジオ・アルバム『Defiance』の新曲を含めキャリア全体から演奏すること、そして「この東京と大阪の公演は、ツアー活動から退く前の日本での最後の演奏になる」と書かれている。主催は東京音協、料金は全席スタンディングで税込9,500円、別途ドリンク代600円だった。
このバンドは最初「Junction」という名前だった。改名は完全な偶然から起きている。クリス・トロイが公式サイトの「Troy Story」欄に書いたところによれば、当時のシンガーだったスタンの歌に4人でコーラスを重ねている最中のことだった。録音は2台のカセット・レコーダーで音を往復させる原始的なやり方で、マイク・スタンドは箒の柄の先端に安定用のバールをテープで留めたもの。歌いながらメンバーが手を動かしているのを見たスタンが笑い出し、「お前たち、カマキリの群れみたいだぞ」と言った。その一言でJunctionは終わり、Praying Mantisになった。
バンドを世に出したのは1本のデモ・テープだった。ベッケナムの8トラック・スタジオ、ファースト・ライトで録音された「Captured City」「Lovers to the Grave」「Johnny Cool」「The Ripper」の4曲である。これをロンドン北部キングズベリーでニール・ケイが回していたヘヴィ・メタル・サウンドハウスに持ち込んだところ、ケイが店でかけ始めた。同じ場所ではIRON MAIDENやSAMSONの音源もかかっていた。公式サイトはこの店について、当時のロンドン随一のハード・ロック・ディスコであり、そこから一つの運動が形になったと書いている。
1980年、IRON MAIDENの前座として回っていたツアーでのこと。クリス・トロイは、高さ8フィートほどある舞台の、客席側へ張り出した仮設部分と自分のベース・アンプの前を、セット中に7、8回は往復していた。最後の曲「Captured City」の最後の音、ベースを頭上に掲げようとストラップを外した瞬間に一歩下がり、足が板を踏まなかった。彼は舞台下の足場のパイプの脇、木の床に落ちる。バンドの他のメンバーは反対側の袖にはけていて誰も気づかず、アンコールのためにティノ・トロイが「The Ripper」のカウントを取り、そこで止めて客席にこう言った——「すみません、ベーシストを失くしたようです」。骨は折れていなかった。本人はこの晩を、ファンに「マンティスはウケたか」と訊かれた者がどう答えたかで締めくくっている——ええ、特にベーシストがよく落ちていました、と。
デビュー作『Time Tells No Lies』の全英での成績は、実は小さい。オフィシャル・チャート・カンパニーのデータベースによれば、アルバムは1981年4月11日付のチャートに登場して最高60位、在位2週。先行シングル「Cheated」は1981年1月31日付で入り、最高69位、在位2週である。バンドの公式サイトのバンド紹介は「シングル『Cheated』は1980年に全英チャートでトップ40に入った」と書いているが、オフィシャル・チャート・カンパニーの記録は年も順位もそれと異なっている。数字の大小とは別に、この一枚が以後45年にわたりNWOBHMを語る際に必ず挙げられてきたという事実のほうが、このバンドについては重い。
「Captured City」は、1979年のファースト・ライトのデモ以来ライヴの締めであり続けてきた曲である。ところがこの曲は、32年ものあいだスタジオ録音として正規に手に入らなかった。1981年のデビュー作にも、1990年代以降のどのアルバムにも入っていない。正式な録音が出たのは2011年、結成30周年を機に作られた『Metalmorphosis』である。同じことが1980年のシングル曲「Praying Mantis」——バンド名を冠した曲——にも言える。日本独自企画として出たこのアルバムは、単なる再録音盤ではなく、そこにしか無い2曲を抱えている。
Current Members / 現メンバー
公式サイトで確認した現行ラインナップです。2026-09-17時点。
Albums
1998年11月11日、名古屋ザ・ボトムラインでの公演を収めた2枚組ライヴ・アルバム。マーキー・インコーポレイティドから2026年7月8日にSHM-CD仕様で発売された。全15曲、約1時間36分。
1993年11月24日、名古屋ザ・ボトムラインでの公演を収めた2枚組ライヴ・アルバム。『A Cry for the New World』のツアー中の一夜で、元IRON MAIDENのデニス・ストラットンが在籍していた時期にあたる。全16曲、約1時間39分。
フロンティアーズと日本のマーキー・インコーポレイティドが2024年4月19日に同時発売した13作目のスタジオ・アルバム。結成50周年の年の作品で、日本盤は表題曲の別ヴァージョンを加えた全12曲。
フロンティアーズから2022年1月28日に発表された12作目のスタジオ・アルバム。日本盤はマーキー・インコーポレイティドから同日、「Find Our Way Back Home」のアコースティック・ヴァージョンを加えた全12曲で発売された。
2018年4月28日、ミラノのフロンティアーズ・ロック・フェスティヴァルVでの公演を収めたライヴ作品。フロンティアーズから2019年12月6日にCD+DVDで発売され、日本盤はキングレコードから2020年1月29日に、CDのみボーナス・トラック1曲を加えて出た。
11作目のスタジオ・アルバム。日本盤がキングレコードから2018年5月9日、本国盤がフロンティアーズから5月11日に発売された。日本盤は「The Last Summer」の別ミックスを加えた全12曲。
フロンティアーズから2015年8月21日に発表された10作目のスタジオ・アルバム。ヴォーカルのジェイシー・カウパースとドラムのハンス・イン・ト・ザントを迎えた最初の作品で、日本盤は8月26日にキングレコードから1曲を加えて発売された。
フロンティアーズから2009年6月5日に発表された9作目のスタジオ・アルバム。前作から6年ぶりで、アンディ・バージェスがデニス・ストラットンに代わって加入して最初の作品。日本盤は7月23日にキングレコードから1曲を加えて発売された。
ポニーキャニオンから2003年3月19日に発表された8作目のスタジオ・アルバム。1990年代以降のこのバンドの作品と同じく日本先行で、品番はPCCY-01636。全10曲。
ポニーキャニオンから1998年6月17日に発表された6作目のスタジオ・アルバム。トニー・オハラがヴォーカルを執った最初の作品で、品番はPCCY-01257。全10曲。
1995年11月の東京公演を収めた2枚組ライヴ・アルバム。ポニーキャニオンから1996年3月21日に品番PCCY-00902で発売された。CD2枚に全20曲。
ポニーキャニオンから1993年5月21日に発表された4作目のスタジオ・アルバム。マーク・トンプソン=スミスがヴォーカルを執り、元IRON MAIDENのデニス・ストラットンがギターで参加している。品番はPCCY-00422、全11曲。
1981年のデビュー作から10年を経て出た、実質的な再始動作。ポニーキャニオンから1991年3月21日に品番PCCY-00207で発売された。ヴォーカルは元MSGのゲイリー・バーデン、ギターに元IRON MAIDENのデニス・ストラットン。全11曲。
1990年4月、中野サンプラザでのNWOBHM10周年記念公演を収めたライヴ・アルバム。元IRON MAIDENのポール・ディアノとデニス・ストラットンが加わった編成で、バンド自身の曲とIRON MAIDENの曲が半々に並ぶ。全14曲。
1981年4月3日にアリスタから発表されたデビュー・アルバム。NWOBHMを代表する一枚として今日まで読み継がれ、全英アルバム・チャート60位を記録した。全9曲。