PRAYING MANTIS トリビア 全16件
PRAYING MANTISにまつわる事実を、出典付きで16件掲載しています。
Trivia
1980年代半ばに止まっていたこのバンドを、もう一度人前に立たせたのは日本の公演だった。1990年4月、東京・中野サンプラザで、NWOBHM10周年を記念する公演が組まれる。トロイ兄弟はそこに、IRON MAIDENの初代ヴォーカリストであるポール・ディアノと、同じくIRON MAIDENにいたギタリストのデニス・ストラットンを迎えて立った。その夜の記録が『Live at Last』で、全14曲のうち6曲——「Wrathchild」「Murders in the Rue Morgue」「Remember Tomorrow」「Phantom of the Opera」「Iron Maiden」「Running Free」——はIRON MAIDENの曲である。公式サイトはこの日本公演を、バンドが1990年に再結成した場そのものとして記している。
1991年の『Predator in Disguise』から2003年の『The Journey Goes On』まで、このバンドの新作はまず日本で出た。発売元はポニーキャニオン(キャニオン・インターナショナル)で、品番はPCCY-00207、PCCY-00422、PCCY-00794、PCCY-01257、PCCY-01462、PCCY-01636と続く。バンドの公式サイトのバンド紹介はこの時期について、日本のポニーキャニオンから数多くのアルバムを成功裏に発表し、日本がバンドにとって主要な市場のひとつになった、と書いている。1981年のデビュー作のあと本国で10年近く音沙汰が無かったバンドが、以後30年以上作品を出し続けられた理由の相当な部分が、この一行に入っている。
2024年6月の来日公演は、バンド自身が日本での最後の演奏として告知したものだった。6月5日の渋谷クラブクアトロと6月6日の梅田クラブクアトロ、名称は「PRAYING MANTIS 50th Anniversary Farewell Japan Tour 2024」。公式サイトが埋め込んでいる公演情報には、結成50周年を祝う内容であること、13作目のスタジオ・アルバム『Defiance』の新曲を含めキャリア全体から演奏すること、そして「この東京と大阪の公演は、ツアー活動から退く前の日本での最後の演奏になる」と書かれている。主催は東京音協、料金は全席スタンディングで税込9,500円、別途ドリンク代600円だった。
このバンドは最初「Junction」という名前だった。改名は完全な偶然から起きている。クリス・トロイが公式サイトの「Troy Story」欄に書いたところによれば、当時のシンガーだったスタンの歌に4人でコーラスを重ねている最中のことだった。録音は2台のカセット・レコーダーで音を往復させる原始的なやり方で、マイク・スタンドは箒の柄の先端に安定用のバールをテープで留めたもの。歌いながらメンバーが手を動かしているのを見たスタンが笑い出し、「お前たち、カマキリの群れみたいだぞ」と言った。その一言でJunctionは終わり、Praying Mantisになった。
バンドを世に出したのは1本のデモ・テープだった。ベッケナムの8トラック・スタジオ、ファースト・ライトで録音された「Captured City」「Lovers to the Grave」「Johnny Cool」「The Ripper」の4曲である。これをロンドン北部キングズベリーでニール・ケイが回していたヘヴィ・メタル・サウンドハウスに持ち込んだところ、ケイが店でかけ始めた。同じ場所ではIRON MAIDENやSAMSONの音源もかかっていた。公式サイトはこの店について、当時のロンドン随一のハード・ロック・ディスコであり、そこから一つの運動が形になったと書いている。
1980年、IRON MAIDENの前座として回っていたツアーでのこと。クリス・トロイは、高さ8フィートほどある舞台の、客席側へ張り出した仮設部分と自分のベース・アンプの前を、セット中に7、8回は往復していた。最後の曲「Captured City」の最後の音、ベースを頭上に掲げようとストラップを外した瞬間に一歩下がり、足が板を踏まなかった。彼は舞台下の足場のパイプの脇、木の床に落ちる。バンドの他のメンバーは反対側の袖にはけていて誰も気づかず、アンコールのためにティノ・トロイが「The Ripper」のカウントを取り、そこで止めて客席にこう言った——「すみません、ベーシストを失くしたようです」。骨は折れていなかった。本人はこの晩を、ファンに「マンティスはウケたか」と訊かれた者がどう答えたかで締めくくっている——ええ、特にベーシストがよく落ちていました、と。
デビュー作『Time Tells No Lies』の全英での成績は、実は小さい。オフィシャル・チャート・カンパニーのデータベースによれば、アルバムは1981年4月11日付のチャートに登場して最高60位、在位2週。先行シングル「Cheated」は1981年1月31日付で入り、最高69位、在位2週である。バンドの公式サイトのバンド紹介は「シングル『Cheated』は1980年に全英チャートでトップ40に入った」と書いているが、オフィシャル・チャート・カンパニーの記録は年も順位もそれと異なっている。数字の大小とは別に、この一枚が以後45年にわたりNWOBHMを語る際に必ず挙げられてきたという事実のほうが、このバンドについては重い。
「Captured City」は、1979年のファースト・ライトのデモ以来ライヴの締めであり続けてきた曲である。ところがこの曲は、32年ものあいだスタジオ録音として正規に手に入らなかった。1981年のデビュー作にも、1990年代以降のどのアルバムにも入っていない。正式な録音が出たのは2011年、結成30周年を機に作られた『Metalmorphosis』である。同じことが1980年のシングル曲「Praying Mantis」——バンド名を冠した曲——にも言える。日本独自企画として出たこのアルバムは、単なる再録音盤ではなく、そこにしか無い2曲を抱えている。
『Metalmorphosis』は日本でしか出ていない。キングレコードから2011年12月21日、品番KICP-1598で発売された全11曲で、公式サイトはこの盤について、同年3月にドイツで出た5曲入りEP『Metalmorphosis: 30th Anniversary EP』の内容に6曲を加えたものだと説明している。つまり企画そのものはヨーロッパで始まり、完成形は日本盤としてしか存在しない。録音のドラムはベンジー・リードとゲイリー・マッケンジーが曲ごとに分担し、ミックスとマスタリングはロンドンのパインウッドおよびスナップ・スタジオでウェス・メイビーが手がけている。配信は無く、聴くには現在もこのCDを探すしかない。
最初のまともな練習場所は、ロンドンE1のケーブル・ストリートにあったナサニエル・ヘックフォード校の、石炭置き場だった部屋である。メンバーの父親がその学校の用務員をしていた。彼らは厚い煉瓦壁の部屋に黒いカーテンを張り、誰にも迷惑をかけずに鳴らせる場所を手に入れた。照明機材は業務用の空き缶を組んで自作し、PAも自分たちで組み、故障ばかりする中古のベッドフォード救急車を機材車として買っている。クリス・トロイは、その学校が切り裂きジャック事件の舞台のただ中にあったこと、そして初期のJunctionの曲「The Ripper」がまさにその題材で書かれたことも書き添えている。
同じIRON MAIDENとのツアー中、真冬のスコットランドで移動中のバスが故障した。乗っていたのはマンティスの一行とIRON MAIDENのクルーを合わせて25人ほど、車両は座席数と車齢が釣り合うほど古い50人乗りだったという。携帯電話などない時代で、運転手は公衆電話を探しに歩いて出ていった。荒野のただ中で暖房が落ちていく車内、運転手が燃料を気にしながら時折エンジンを回して入れる暖気を、全員が命綱のように待つ。ローディーたちは体面を捨てて互いに抱き合って暖を取った。何時間も経ってようやく代わりのバスが現れたときのことを、クリス・トロイは「ビールとセックス以外で、これほど嬉しかったものはそう多くない」と書いている。その晩の宿の女将が出した処方は、熱い風呂と、ウイスキーを一垂らししたコーヒーと、電気毛布だった。
1990年の再始動以降、このバンドにはIRON MAIDENにいた人間が次々に加わった。公式サイトのバンド紹介が名前を挙げているのは3人——デニス・ストラットン、ポール・ディアノ、そしてクライヴ・バーである。ストラットンはその後2007年まで在籍し、17年にわたってツイン・リードの片方を担った。さらに1991年の『Predator in Disguise』では、MSGで歌っていたゲイリー・バーデンがヴォーカルを執っている。公式サイトは1980年の『Metal for Muthas』の頃からIRON MAIDENとPRAYING MANTISが多くの場面で対になって扱われ、強い音楽的な関係を築いたと書いており、この人の流れはその延長線上にある。
2009年の『Sanctuary』の5曲目には、題が二つある。バンド自身が公式アーカイヴ・サイトに載せている曲目表は、この曲を「Turn the tide / Lonely Way Home」と併記しており、国際盤は後者、日本盤は前者を採った。フロンティアーズが公式チャンネルで公開した映像の題は「Turn The Tide」である。同じ曲目表では9曲目の「Broken Chains」に「(Japanese release Only)」と注記が付いており、日本盤だけが全11曲になる理由もそこに書かれている。
トロイ兄弟はギリシャ系である。バンドが2025年10月10日のアテネ公演を告知した文面に、6年ぶりのギリシャであること、ギリシャではいつも良い時間を過ごしていることに続けて、「トロイ兄弟は半分ギリシャ人なんですよ、ご存じでした?」と書かれている。バンド自身が公演告知のついでに明かした出自で、公式サイトのバンド紹介にも伝記にも出てこない。
このバンドの結成年は、バンド自身の資料の中で二つに割れている。公式サイトのバンド紹介は「1973年、ロンドンでクリスとティノのトロイ兄弟によって結成された」と書き、同じページは執筆時点のバンドを「46年の歴史」とも表現している。一方、2024年の来日公演と同年のアルバム『Defiance』はいずれも結成50周年として告知されており、こちらは1974年から数えた年数である。MusicBrainzも開始年を1974年としている。当サイトは後者、すなわち1974年を採っている。なお、アーカイヴ・サイトの概要は年を特定せず「1970年代半ば」とだけ書いている。
2026年11月から12月にかけてのドイツ・イタリア公演を、会場は「45th Anniversary - Time Tells No Lies Tour 2026」の名で売っている。2024年の来日公演が結成50周年だったのに、2年後に45周年に戻るのは矛盾しているようだが、数えているものが違う。50はバンドの結成から、45は1981年4月のデビュー作『Time Tells No Lies』からの年数である。11月21日のリヒテンフェルス公演を扱うパウンチー・キャッツのチケット・ページには、開演20時、オール・スタンディング、税・手数料込み25.83ユーロと出ている。