TYGERS OF PAN TANG
TYGERS OF PAN TANGの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
TYGERS OF PAN TANG
バイオグラフィー
概要
タイガース・オブ・パンタンは、イングランド北東部タイン・アンド・ウィアの海沿いの町ホイットリー・ベイで生まれたバンドである。ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィメタル(NWOBHM)を構成した一群のなかでも、アイアン・メイデンやサクソンと同じ時期に地元から全国区へ駆け上がった一組であり、ギタリストのロブ・ウィアーは結成から現在まで唯一在籍し続けている。
結成年は1978年とするのが通例で、バンド自身も2023年12月に「45年」を掲げている。ただしこの点は当人たちの証言のなかでも揺れており、ウィアーは2012年のSea of Tranquilityの取材で「1979年に始めた」と述べ、1999年のヴァッケン出演を20周年と位置づけていた。元ヴォーカリストのジェス・コックスも同じく20周年と呼んでいる。当サイトは1978年を採るが、結成の「月」までは特定しない。
英国オフィシャル・チャートに残る成績は、『Wild Cat』が18位(1980年8月30日初登場、5週)、『Spellbound』が33位(1981年4月18日、4週)、『Crazy Nights』が51位(1981年11月21日、3週)、そして『The Cage』が13位(1982年8月28日、8週)。最高位を記録した『The Cage』が、同時にバンドを解散へ追い込んだ作品でもあった。
ホイットリー・ベイからの出発
ベーシストのリチャード“ロッキー”ロウズがロブ・ウィアーとドラマーのブライアン・ディックと出会ったのは1976年ごろで、はじめはウィアーのパンク・バンド Trick のローディーだったという。三人で音を出すようになり、やがて歌い手を探した。最初のシンガーはジェス・コックスではなくマーク・ブッチャーである。ロウズは「マークという男が加入して25本ほどやった。マークが抜けたあと少し間が空いて、また集まってジェス・コックスが入った」と証言しており、ディックも最初のライヴを「マーク・ブッチャーを擁する4人編成だった」と語っている。多くの紹介記事がコックスを創設メンバーとして扱うが、当人たちの説明はそうではない。
最初のライヴはダラムの Coach and Eight。ディックの記憶では観客はたった一人で、演目にはテッド・ニュージェント「Cat Scratch Fever」やラッシュ「Bastille Day」、モーターヘッドのカヴァーが混じっていた。しばらくは北東部のパブと労働者クラブを回り、1時間のセットを二回演奏する決まりのなかで自作曲とAC/DCやステイタス・クォーのカヴァーを並べていた。
バンド名はロッキー・ロウズが持ち込んだものである。出典はマイケル・ムアコックの小説『ストームブリンガー』で、ディックは「ロッキーがバンド名を考えた。ムアコックのSF小説から取ってきた」と明言している。ウィアー自身の説明はもう少し具体的で、皇帝の領地へ至るにはパン・タンの断崖を越えねばならず、そこを守っているのが番犬ではなく皇帝の虎だった、というくだりから採ったのだという。2019年の取材では「この名前は41年間よく働いてくれた」と語っている。
彼らを見つけたのは、ニート・レコーズのデイヴィッド・ウッドだった。場所はホイットリー・ベイ・ハイスクール——ウッドの子どもが通っていた学校である。最初のスタジオ作業はウォールセンドのインパルス・スタジオで、ニート期の音源はすべてスティーヴ・トンプソンがプロデュースした。デビュー・シングル「Don't Touch Me There」は1979年に世に出ている。コックスの言葉によれば、ニートはレイヴンやヴェノムも抱えた場所であり、その勢いを見たロンドンの音楽紙が付けた呼び名がNWOBHMだった。
誤植から始まったMCAとの契約
バンドがメジャーに引き上げられた経緯は、本人たちの説明ではかなり間の抜けたものである。ニューカッスルのメイフェア・ボールルームでヘッドライナーを務めて1,500人を集めたところ、これが業界誌 Music Week に15,000人と誤植で報じられ、その記事を見たMCAレコーズが契約を持ちかけた——ロッキー・ロウズはそう語っている。
NWOBHMという言葉を彼らが初めて目にしたのは、サウンズ誌のジェフ・バートンの記事だった。同誌がデフ・レパードとアイアン・メイデンを取り上げたあと、バンドのマネージャーが「ニューカッスルにも同じようなバンドがいる」とテープを送り、翌週の特集に載った。以後、状況が動き出す。初のサポートはロンドンのマーキーでアイアン・メイデンと2晩、初の全国ツアーはマグナムの前座、さらにデフ・レパードの On Through the Night ツアー、サクソンの Wheels of Steel ツアーと続いた。
デビュー作『Wild Cat』は1980年夏、ロンドンのモーガン・スタジオでクリス・ツァンガリデスのプロデュースにより録音された。ウィアーによれば所要13日。マスタリングはイアン・クーパーである。
ジョン・サイクスとジョン・デヴェリル
1980年半ば、二人目のギタリストとしてジョン・サイクスが加入する。ジェス・コックスがまだ在籍していた時期で、ロウズは1980年のレディング・フェスティヴァルを「サイクスの最初のまともなライヴ」と呼んでいる。同じ年の11月、コックスが去る。ウィアーの説明では、コックスはアイアン・メイデンを離れてライオンハートを準備していたデニス・ストラットンと話を進めていた。バンドは急いで音楽紙に募集広告を出し、応募者のなかからカーディフ出身のジョン・デヴェリルを選ぶ。デヴェリル自身は、その年の初めに地元でマグナムの前座に立つタイガースを観ていたと述べている。
二人が入ったことでバンドは変わった。デヴェリルは「ギターが二本になって音が厚くなったし、私はジェスとはまったく違う歌い手だ。音域が広く、より旋律的に歌う」と語り、サイクスを「これまで一緒にやったなかで断然最高」と評している。その編成で作られたのが1981年4月10日発売の『Spellbound』(MCF 3104)で、録音は再びモーガン・スタジオ、プロデューサーもツァンガリデスだった。この時スタジオ2ではゲイリー・ムーアが作業しており、サイクスにとって憧れの存在だったムーアは、ピーター・グリーンやジェフ・ベックの手を経た1950年代のレス・ポールを彼に貸したという。
問題は次だった。同じ1981年の11月3日に出た『Crazy Nights』(MCF 3123)は、本人たちが一様に失敗作と認めている。ロウズによればデモも作らず、多くはコード進行の上でスタジオで書かれ、オーヴァーダブもコーラスもほとんど無い。デヴェリルは「レコード会社から次を出せという圧力があって急がされた。準備ができていなかったし、ツアー続きで疲れ切ってもいた。私にとっては未完成のアルバムだ」と述べている。15か月で3枚を出す速度そのものに無理があった。発売記念公演は1981年11月5日、ガイ・フォークス・ナイトのマーキーで行われている。
『The Cage』と、終わり
1982年春、サイクスが脱退する。ランディ・ローズの死後、オジー・オズボーンのバンドのオーディションを受けるためだった。彼はその職を得られず、復帰を申し出たが断られた——ロウズはそう証言している。後任はニューカッスルのパンク・バンド、ペネトレイションにいたフレッド・パーサー。当初はフランス公演のための臨時要員のはずが、うまく噛み合ってそのまま正式加入した。
4作目『The Cage』(MCF 3150、1982年)はロンドンのマーキー・スタジオで、ピーター・コリンズのプロデュースにより作られた。コリンズにとって初のロック作品で、彼はのちにラッシュを手がけることになる。サイクスが参加しているのは2曲だけ——「Love Potion No. 9」と「Danger In Paradise」——で、前者はサイクス在籍中に録音された最初のコリンズとのセッションだった。デヴェリルはこの路線変更について「レコード会社が完全に介入して曲を押し付けてきた。80年代のロックにはびこっていた“ヒット・シングル”というやつだ。突然、誰もがボン・ジョヴィにならなければいけなくなった」と振り返っている。
皮肉なことに、それは商業的には成功した。全英13位はバンドの最高位であり、この時期に初の来日公演も実現している。ウィアーによれば4,000人規模の会場で5公演、いずれも売り切れだった。1982年のレディング・フェスティヴァルでは、ブラックフットとアイアン・メイデンに挟まれた出番で大きな成果を上げている。
そして同じ成功が終わりを呼んだ。ロウズは「4作目『The Cage』の成功のなかに解散の種があった。MCAはもっとカヴァーを、もっとソウルの名曲をロック化したものを求めたが、我々はやりたくなかった」と述べている。ウィアーの説明も同じ方向を向いており、MCAの計画は『The Cage』からアメリカ市場へ、そのためにより商業的な色をというものだった。バンドは5作目のデモを4トラックで録ったが、世に出ることはなかった。
ロブ・ウィアー不在の二作
ここが、このバンドの経歴でもっとも誤解されやすい部分である。1985年の『The Wreck-Age』と1987年の『Burning In The Shade』には、創設者ロブ・ウィアーもロッキー・ロウズも参加していない。ウィアー自身が「あれは我々が解散して2〜3年あとのことだ」と説明している。ウィアーはブライアン・ディックとサージェントを結成し、続いてジェス・コックスとタイガー・タイガーを組んでいた。一方ジョン・デヴェリルはブライアン・ディックとともに地元のミュージシャン3人を加えて活動を続け、この2枚を残した。
『The Wreck-Age』はミュージック・フォー・ネイションズから1985年に、『Burning In The Shade』はゼブラ・レコーズから1987年に発売されている。デヴェリルは後者について「スティーヴ・トンプソンと一緒に書いた。私にとってタイガースでの最後の仕事だ。スティーヴ・ラムの素晴らしいギターが入っている。この作品は誇りに思っている」と語る。ブライアン・ディックは6枚のスタジオ作に叩き、1987年秋のヨーロッパ公演を最後に区切りをつけた。デヴェリルは音楽を離れ、ロイヤル・ウェルシュ音楽演劇大学で3年学んで俳優になった。
1999年、ヴァッケンからの再始動
再始動のきっかけは一本の電話だった。1999年、ヴァッケン・オープン・エアから20周年記念公演の話が来る。ジェス・コックスは「ロブ・ウィアーとヴァッケンで20周年公演をやった。ほかの連中はやりたがらなかったので、ブリッツクリークにバックを頼んだ」と述べている。この時の音源が、2001年にスピットファイアから出た『Live At Wacken』である。
ウィアーは2000年に入って稼働するバンドを組み直し、ドラマーのクレイグ・エリスはそれ以来ずっと在籍している。2001年の『Mystical』(Zレコーズ)が再始動後の最初のスタジオ作で、以後、2003年『Noises From The Cathouse』(コミュニケ)、2008年『Animal Instinct』(ライヴ・ワイアー)、2012年『Ambush』(ロックセクター)、2016年『Tygers Of Pan Tang』、2019年『Ritual』、2023年『Bloodlines』(いずれもマイティ・ミュージック/ターゲット)と続く。
『Ambush』は旧交を温める作品でもあった。プロデューサーは『Wild Cat』と『Spellbound』を手がけたクリス・ツァンガリデスで、録音は彼がディールに構えたエコロジー・ルームズ。ジャケットは1981年に『Crazy Nights』を描いたロドニー・マシューズが再び担当し、マスタリングは『Wild Cat』『Spellbound』と同じイアン・クーパーが務めている。
ジャック・メイル加入以降
現在のヴォーカリストは、イタリア・フィレンツェ在住のヤコポ“ジャック”メイルである。ウィアーが語るオーディションの様子はこうだ。「2004年か2005年に、彼はニューカッスルまで来た。最初に歌ったのは『Hellbound』で、45秒で私は聴くのをやめ、周りを見て『みんな、いいか?』と言った」。
以後の編成の入れ替わりは公式サイトの告知でたどれる。ベースのブライアン・ウェストは12年在籍して2011年末に退き、その年の後半に代役を務めていたギャヴ・グレイが正式メンバーになった。ギタリストのディーン・ロバートソンは12年以上在籍して2013年1月3日に脱退し、6週間後にマイケル“ミッキー・クリスタル”マクリスタルが加入。そのミッキー・クリスタルも7年を経た2020年4月に離れている。ベースは2021年8月にヒュー・ホールディングが加わり、10月14日サウサンプトンで初ライヴ。そして2026年1月19日、ギタリストのジョン・フーティットの加入が発表された。
2024年のライヴ盤『Live Blood』はウェールズのザ・パトリオット・クラブで前年に録音されたもので、2024年末には『Animal Instinct』がマルコ・アンジオーニの新規リミックスとアンディ・ピルキントンの新しいジャケットで再発された。2026年9月には、フーティット加入後初のスタジオ作『Electrifyed』が控えている。
日本との関わり
日本との縁は『The Cage』の時期に始まっている。ロッキー・ロウズは「『The Cage』は商業的に成功し、我々のいちばん大きなアルバムになった。そして日本へ行った」と述べ、ウィアーは4,000人規模5公演の完売と説明している。
日本盤としては、1985年の『The Wreck-Age』がビクターから1986年1月21日にVDP-1066として出ているほか、MCA期の4作は1992年12月16日にMVCM-314〜317としてCD化された。近年はマーキー・インコーポレイティド(アヴァロン)が国内盤を扱っており、2026年の『Electrifyed』はMICP-12044として9月9日に、国際盤より2日早く発売される。ユニバーサル ミュージックストアはMCA期のSHM-CD再発も扱っている。
なお日本語表記は一定しない。タワーレコード、ディスクユニオン、HMV、BARKS、ユニバーサル ミュージックストアはいずれもタイガース・オブ・パンタンと書き、当サイトもこれに従う。一方で現在の国内レーベルであるマーキー/アヴァロンは自社の商品情報でタイガーズ・オブ・パンタンと表記しており、Amazon.co.jpの商品名がそちらになるのはそのためである。
メンバー
現在の編成は、2026年5月の公式ニュースの署名(「Robb, Craig, Jack, Huw and John」)どおり、ロブ・ウィアー(ギター/創設メンバー)、クレイグ・エリス(ドラムス、2000年〜)、ヤコポ“ジャック”メイル(ヴォーカル、2004年〜)、ヒュー・ホールディング(ベース、2021年〜)、ジョン・フーティット(ギター、2026年〜)の5人。
過去の在籍者では、マーク・ブッチャー(初代ヴォーカル)、ジェス・コックス(ヴォーカル)、リチャード“ロッキー”ロウズ(ベース/バンド名の考案者)、ブライアン・ディック(ドラムス)、ジョン・サイクス(ギター、1980–1982/のちシン・リジィ、ホワイトスネイク、ブルー・マーダー)、ジョン・デヴェリル(ヴォーカル)、フレッド・パーサー(ギター)、スティーヴ・ラム(ギター)、ブライアン・ウェスト(ベース)、ディーン・ロバートソン(ギター)、ギャヴ・グレイ(ベース)、ミッキー・クリスタル(ギター)らが名を連ねる。
公式サイトにはメンバー一覧のページが存在しないため、当サイトはこのバンドについて一次情報に基づくメンバー・セクションを持たない。上記はいずれもニュース記事や本人インタビューからの記述である。
ディスコグラフィ(当サイト登録分)
| 年 | タイトル | 種別 |
|---|---|---|
| 2026 | Electrifyed | スタジオ |
| 2024 | Live Blood | ライヴ |
| 2023 | Bloodlines | スタジオ |
| 2022 | A New Heartbeat | EP |
| 2019 | Ritual | スタジオ |
| 2016 | Tygers of Pan Tang | スタジオ |
| 2012 | Ambush | スタジオ |
| 2008 | Animal Instinct | スタジオ |
| 2005 | Leg of the Boot: Live in Holland | ライヴ |
| 2003 | Live in the Roar | ライヴ |
| 2003 | Noises From the Cathouse | スタジオ |
| 2001 | Live at Wacken | ライヴ |
| 2001 | Live at Nottingham Rock City | ライヴ |
| 2001 | Mystical | スタジオ |
| 1987 | Burning in the Shade | スタジオ |
| 1985 | The Wreck-Age | スタジオ |
| 1982 | The Cage | スタジオ |
| 1981 | Crazy Nights | スタジオ |
| 1981 | Spellbound | スタジオ |
| 1980 | Wild Cat | スタジオ |
出典
本稿はバンド公式サイト(tygersofpantang.com のディスコグラフィ、ニュース、ニュース・アーカイヴ、ロブ・ウィアーのブログ、press_pedro のインタビュー)を軸に、Official Charts Company のチャート記録、MusicBrainz のリリース・データ、Alikivi によるリチャード“ロッキー”ロウズおよびブライアン・ディックへのインタビュー、Defenders of the Faith によるロブ・ウィアーおよびジョン・デヴェリルへのインタビュー、Metal Express Radio によるジェス・コックスへのインタビュー、Metal Plague、Toilet ov Hell、Sea of Tranquility、Louder(Classic Rock/Metal Hammer)、MetalTalk、BARKS、タワーレコード、ディスクユニオン、HMV、ユニバーサル ミュージックストア、バンド自身の Bandcamp の各ページに拠っている。結成年、ならびに『Noises From The Cathouse』の年については資料が食い違っており、その場合は一方を採らずに食い違いそのものを記した。アルバムの通し番号は、バンドまたはレーベルが自ら述べている場合にのみ用いている。
Trivia
日本語表記は一つに定まっていない。タワーレコード、ディスクユニオン、HMV、BARKS、ユニバーサル ミュージックストアはいずれも「タイガース・オブ・パンタン」と書くが、現在の国内レーベルであるマーキー・インコーポレイティド(アヴァロン)は自社の商品情報で「タイガーズ・オブ・パンタン」と表記している。Amazon.co.jpで、アーティスト名は「タイガース」なのに商品名が「タイガーズ」になっているのはそのためである。
『The Cage』の成功は日本公演につながった。ロッキー・ロウズは「『The Cage』は商業的に成功し、我々のいちばん大きなアルバムになった。そして日本へ行った」と述べている。
英国オフィシャル・チャートに残る成績は、『Wild Cat』が18位で5週、『Spellbound』が33位で4週、『Crazy Nights』が51位で3週、そして『The Cage』が13位で8週。シングルでは「Hellbound」が48位で3週、「Rendezvous」が49位で4週を記録している。最高位を出した『The Cage』が、同時にバンドを解散へ追い込んだ作品でもあった。
現在のヴォーカリスト、ヤコポ“ジャック”メイルの採用は速かった。ロブ・ウィアーの説明によれば、メイルは2004年か2005年にイングランド北東部のニューカッスル・アポン・タインまでオーディションに来た。最初に歌ったのは「Hellbound」で、45秒でウィアーは聴くのをやめ、その場にいた全員を見回して「みんな、これでいいか」と言ったという。
2021年11月、バンドはグレート・ヤーマスで開かれた Hard Rock Hell Awards で NWOBHM 部門を受賞した。受け取ったのはロブ・ウィアーである。公式サイトがこの件で特筆しているのは受賞そのものよりも、旧メンバーであるジョン・サイクスとジョン・デヴェリルから祝いの言葉が届いたことのほうだった。
2019年の『Ritual』を録音したトリニティ・ハイツ・スタジオは、フレッド・パーサーの持ち物である。1982年にジョン・サイクスの後任として加入し『The Cage』を弾いたその人が、37年後に同じバンドの録音でエンジニアを務めたことになる。プロデュースはバンド自身、ミックスはソーレン・アンダーセンが担当した。
デビュー・シングル「Don't Touch Me There」は、40周年にあたる2019年に録り直されている。この再録音にはロブ・ウィアー、当時のギタリストであるミッキー・クリスタル、元メンバーでありプロデューサーでもあるフレッド・パーサー、そしてプロデューサーのソーレン・アンダーセンがそれぞれソロを寄せた。発表されたのは12インチ「White Lines」のB面としてである。
デンマークのマイティ・ミュージック/ターゲット・グループとの長い関係は、偶然から始まった。ロブ・ウィアーによれば、ローマのジェイルブレイクで演奏している最中に客席へ目をやると、1970年代終わりのタイガースの旧マネージャーが立っていたのだという。
Albums
2023年の『Bloodlines』以来となる通算14作目のスタジオ・アルバム。国際盤は2026年9月11日にマイティ・ミュージックからPMZ437CDとして、日本盤はマーキー・インコーポレイティドから9月9日にMICP-12044として発売される。2026年1月に加入したギタリスト、ジョン・フーティットにとって初のスタジオ録音にあたる。
2023年にウェールズのザ・パトリオット・クラブで録音され、2024年4月26日に発売されたライヴ・アルバム。バンド自身が「各年代の曲を収めた」と説明するとおり、1980年代の楽曲と近年の曲を並べた選曲になっている。先行して「Gangland」と「Keeping Me Alive」が公開された。
2023年5月5日にマイティ・ミュージックからPMZ390CDとして発売された通算13作目のスタジオ・アルバム。「Edge Of The World」に始まり「Making All The Rules」で終わる全10曲で、前年のEP表題曲「A New Heartbeat」も収められている。
2022年4月22日に発表された4曲入りEP。表題曲と「Red Mist」の新曲2曲に、1980年のデビュー作『Wild Cat』収録の「Fireclown」と「Killers」を2022年に録り直した2曲を加えた構成になっている。
バンド名を冠した通算11作目のスタジオ・アルバムで、2016年10月21日にマイティ・ミュージックからPMZ 200として発売された。先行曲「Only The Brave」で幕を開ける全11曲。
2008年にライヴ・ワイアー・レコーズから発売された通算9作目のスタジオ・アルバム。2024年末にマルコ・アンジオーニによる新規リミックスとアンディ・ピルキントンの新しいジャケットで再発されており、このページのプレイヤーが鳴らしているのはその再発盤である。
2005年6月6日にエンジェル・エア・レコーズからSJPCD206として発売されたライヴ・アルバム。バンド自身の公式ディスコグラフィでは『Live In Dokkum, Holland '05』と表記されている。末尾にスタジオ録音3曲がボーナスとして加えられている。
2003年にイングランド・カーライルで収録され、同年エンジェル・エア・レコーズから発売されたライヴ・アルバム。当時の最新作『Noises From The Cathouse』の楽曲と1980年代の代表曲を並べた全16曲を収める。
コミュニケ・レコーズから発売されたスタジオ・アルバム。バンドの公式ディスコグラフィは本作を2003年としており、当サイトはそれに従っている(MusicBrainz は2004年としている)。このページのプレイヤーは、ボーナス3曲を加えた2016年のエンジェル・エア再発盤を鳴らしている。
1999年のヴァッケン・オープン・エアでの演奏を収め、2001年にスピットファイア・レコーズから発売されたライヴ・アルバム。公式ディスコグラフィでの表記は『Live At Wacken, Germany '99』である。
1981年のノッティンガム・ロック・シティ公演を収め、2001年にスピットファイア・レコーズから発売されたライヴ・アルバム。ジョン・サイクスが在籍した『Spellbound』期の演奏を記録したもので、2018年には『Hellbound Spellbound Live 1981』として再発されている。配信サービスには置かれていないため、当サイトではジャケットを掲げている。
1987年にゼブラ・レコーズからZEB 10として発売された、第一期タイガース・オブ・パンタン最後のスタジオ・アルバム。創設者ロブ・ウィアーは既に脱退しており、本作を最後にバンドはいったん活動を終えている。
1985年にミュージック・フォー・ネイションズからMFN 50として発売されたスタジオ・アルバム。創設者ロブ・ウィアーが不在の編成で作られた最初の作品である。日本盤はビクターから1986年1月21日にVDP-1066として発売された。
1982年にMCAレコーズからMCF 3150として発売された4作目のスタジオ・アルバム。ジョン・サイクスが参加した最後の作品で、カヴァー曲「Love Potion No. 9」を含む全11曲を収める。
1981年11月3日にMCAレコーズからMCF 3123として発売された3作目のスタジオ・アルバム。『Spellbound』からわずか7か月という短い間隔で送り出された。
1981年4月10日にMCAレコーズからMCF 3104として発売された2作目のスタジオ・アルバム。ギターにジョン・サイクス、ヴォーカルにジョン・デヴェリルを迎えた新編成による最初の作品である。
1980年にMCAレコーズから発売されたデビュー・アルバム。ジェス・コックス(ヴォーカル)、ロブ・ウィアー(ギター)、リチャード“ロッキー”ロウズ(ベース)、ブライアン・ディック(ドラムス)の4人編成で録音された。配信サービスには置かれていないため、当サイトではジャケットを掲げている。