SYSTEM OF A DOWN
1994年にロサンゼルスで結成された、全員がアルメニア系の4人組SYSTEM OF A DOWN(システム・オブ・ア・ダウン)のバイオグラフィとディスコグラフィー。1998年のデビュー作から2005年の『Hypnotize』までのアルバム5枚に個別ページを用意し、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、来日公演の記録をまとめている。
Biography
SYSTEM OF A DOWN
バイオグラフィー
SYSTEM OF A DOWN(システム・オブ・ア・ダウン)は、1994年にロサンゼルスで結成された4人組である。メンバーは全員がアルメニア系で、メタルとパンクに中東やアルメニアの音楽までを持ち込んだ予測のつかない曲と、政治の告発から冗談のような言葉遊びまでを行き来する歌詞で知られる。1998年のデビュー作から2005年の『Mezmerize』『Hypnotize』までの5作のうち3作がビルボード200の1位を獲得し、「B.Y.O.B.」でグラミー賞を受けた。2006年に活動を休止し、2010年に再び集まってからは新しいアルバムを出さないままライヴを続けている。
結成と契約(1994〜1997年)
サージ・タンキアン、ダロン・マラキアン、シャヴォ・オダジアンは、それまでのバンドSOILが解散した後の1994年に、SYSTEM OF A DOWNを結成した。バンド名は、マラキアンが書いた詩「Victim of a Down」から採られている。オダジアンは、「Victim」を「System」に変えればより人目を引き、レコード店の棚でも敬愛するSLAYERの近くに並ぶと考え、マラキアンも賛成した。最初のドラムはアンディ・カチャトゥリアンで、1997年にジョン・ドルマヤンが代わって加わった。
ロサンゼルスのクラブで評判を集めた彼らについて、のちに日本盤を出すソニーミュージックは、デビュー前の3曲入りデモ・カセットが口コミで3万本売れたと書いている。それでも多くのレーベルは、全員がアルメニア系のバンドはアルメニア人の外では通用しないと見て契約を見送った。リック・ルービンはViper Roomでの公演を観て契約を申し出た。マラキアンの回想では、バンドは一度Universalと契約しかけたが、ロックを扱える人がいないと見て取り、1997年にルービンのAmerican Recordingsを選んだという。
デビュー作と初来日(1998〜2000年)
1998年6月30日、ルービンがバンドと共同でプロデュースしたデビュー作『System of a Down』を発表した。シングルは「Sugar」と「Spiders」で、ジャケットの開いた手は、ジョン・ハートフィールドがドイツ共産党のために作ったポスターから採られている。発売週の売り上げは3千枚にすぎなかったが、その後も売れ続けて2000年2月2日にゴールド・ディスクとなった。日本盤は同じ年の10月1日に出ている。
1999年の初めには、FEAR FACTORYの北米ツアーのサポートを務めた。当時バンドの公式サイトに載っていた日程によれば、1月14日のヒューストンから2月5日のサンディエゴまでがその区間で、ニューヨークのアーヴィング・プラザには1月18日と19日の2夜出演している。この月のアーヴィング・プラザでのライヴ4曲は、同じ年の6月に出たデビュー作の2枚組に収められた。日本のレーベルの紹介によれば、1999年4月には東京と大阪で初めての日本公演を行っている。
『Toxicity』と『Steal This Album!』(2001〜2002年)
2001年7月29日、2作目の発売を前に、フジロック・フェスティバルのGREEN STAGEに出演した。同じ日の同じステージにはTOOLとEMINEMも立っている。9月4日に出た『Toxicity』はビルボード200で初登場1位となり、最初の週に22万2千枚を売った。デビュー作の初週の70倍を超える数字である。発売の週には地元ロサンゼルスでの無料公演が中止になり、小さな騒ぎが起きている。9月14日にシカゴ近郊で始まる予定だったSLIPKNOTとの共同ヘッドライン・ツアー「Pledge of Allegiance」は、21日に延期されている。
『Toxicity』からは「Chop Suey!」が第44回、「Aerials」が第45回のグラミー賞にノミネートされた。アルバムは2026年8月28日にRIAAの7倍プラチナに認定され、同じ日に「Chop Suey!」はバンド初のダイアモンド・シングルになっている。2002年の初めには、この時期に録られた未完成の曲が「Toxicity II」の名でインターネットに流出した。バンドは録音を仕上げ、11月26日に3作目『Steal This Album!』として出した。ビルボード200で15位に入り、のちにプラチナに認定されている。
『Mezmerize』と『Hypnotize』(2004〜2006年)
2004年1月、バンドはノース・ハリウッドで新しい曲を作り始め、ローレル・キャニオンの通称フーディーニ邸でルービンと録音した。録った曲は35曲ほどにのぼり、それを2枚のアルバムに分けて半年違いで出すことにした。2005年5月17日の『Mezmerize』は初登場1位で最初の週に45万3千枚を売り、11月22日の『Hypnotize』も初登場1位となって、同じ年に2作が首位に立った。2作のジャケットには、マラキアンの父で画家のヴァータン・マラキアンの絵が使われている。
『Mezmerize』の「B.Y.O.B.」は、2006年の第48回グラミー賞で最優秀ハード・ロック・パフォーマンス賞を受けた。翌年には『Hypnotize』の「Lonely Day」が同じ部門にノミネートされている。日本ではソニーミュージックが2作を出し、『Mezmerize』はオリコン洋楽チャートの1位になった。
活動休止と再結成(2006年〜)
2006年8月、バンドは活動を休止した。その間、タンキアンはソロ・アルバムを出し、マラキアンとドルマヤンはSCARS ON BROADWAYを組み、オダジアンはACHOZENを立ち上げた。2010年11月に再び集まってからは、新しいアルバムを作らないままツアーを続けている。アルメニア人虐殺から100年にあたる2015年には「Wake Up the Souls」ツアーを行い、その最後の4月23日に、アルメニアの首都エレバンの共和国広場で無料公演を開いた。バンドにとって初めてのアルメニアでの公演で、演奏は2時間半近く、37曲に及んだ。
2020年11月6日には、15年ぶりの新曲「Protect the Land」と「Genocidal Humanoidz」を発表した。アルツァフ(ナゴルノ・カラバフ)で戦争が始まったのを受け、ドルマヤンの呼びかけで4人がスタジオに戻ったもので、収益はアルメニアの人々の支援に充てられた。2025年には北米と南米でスタジアム公演を行い、2026年夏にはイギリスとヨーロッパのスタジアム公演を組んだ。2027年には、FAITH NO MOREとのオーストラリア・ニュージーランド・ツアー。
メンバーについて
サージ・タンキアン(ヴォーカル、キーボード)、ダロン・マラキアン(ギター、ヴォーカル)、シャヴォ・オダジアン(ベース)、ジョン・ドルマヤン(ドラム)の4人。日本のレーベルの紹介によれば、作曲はほとんどをマラキアンが、作詞はほとんどをタンキアンが手掛けてきた。『Mezmerize』と『Hypnotize』ではタンキアンとマラキアンが歌を分け合い、「Lonely Day」はマラキアンがリード・ヴォーカルを取っている。ドルマヤンは1997年、初代ドラムのアンディ・カチャトゥリアンに代わって加入した。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム5作を発売順に並べる。各作の個別ページに収録曲、CD情報、ライナーノーツをまとめている。ほかに、2020年11月6日に2曲入りの『Protect the Land / Genocidal Humanoidz』を出している。
| 発売 | 題名 | レーベル |
|---|---|---|
| 1998年6月30日 | System of a Down | American Recordings/Columbia |
| 2001年9月4日 | Toxicity | American Recordings/Columbia |
| 2002年11月26日 | Steal This Album! | Columbia/American Recordings |
| 2005年5月17日 | Mezmerize | American Recordings/Columbia |
| 2005年11月22日 | Hypnotize | American Recordings/Columbia |
日本公演
日本のレーベル、ソニーミュージックのプロフィールによれば、バンドは1999年4月に東京と大阪で初めての日本公演を行い、大成功に終わった。このサイトではその日付を記した一次資料を確かめられていないため、公演としては載せていない。2001年7月29日には、フジロック・フェスティバル'01の3日目にGREEN STAGEへ出演した。日付と出演の順はフェスティバル自身の2001年のタイムテーブルによる。
| 日付 | 会場 | 公演 |
|---|---|---|
| 2001年7月29日 | 苗場スキー場(新潟) | FUJI ROCK FESTIVAL '01(GREEN STAGE) |
出典について
このページは、バンド公式サイト systemofadown.com(作品一覧)、日本のレーベルであるソニーミュージックのアーティスト・プロフィールと商品情報、Internet Archiveに保存された1999年のバンド公式サイトのツアー日程、フジロック・フェスティバルの公式サイト(2001年のタイムテーブル)、ビルボードのチャート記録と記事、RIAAの認定データベース、グラミー賞の公式サイト、Loudwire、Revolver、Rolling Stone、Consequence、Blabbermouth.netの記事、MusicBrainz、Wikidata、Spotifyの各実体の配信情報に基づく。英語版Wikipediaは手がかりとしてのみ使い、そこから得た事実は上記のいずれかで確かめた。発売日はバンド公式サイトの作品一覧の日付を採り、日本盤の日付と品番は各作品のページに記した。
Trivia
日本のレーベル、ソニーミュージックの紹介によれば、初めての日本公演は1999年4月の東京と大阪だった。2001年7月29日には、フジロック・フェスティバルの3日目にGREEN STAGEへ立っている。2作目『Toxicity』が出る5週間前のことで、フェスティバル自身のタイムテーブルでは、この日のGREEN STAGEの彼らのあとにTOOLとEMINEMの名が並ぶ。
グラミー賞にはこれまで4度ノミネートされ、1度受賞している。2002年の第44回で「Chop Suey!」が最優秀メタル・パフォーマンス、2003年の第45回で「Aerials」が最優秀ハード・ロック・パフォーマンスの候補になり、2006年の第48回で『Mezmerize』の「B.Y.O.B.」が最優秀ハード・ロック・パフォーマンス賞を受けた。翌2007年の第49回では『Hypnotize』の「Lonely Day」が同じ部門の候補になっている。
バンド名は、ダロン・マラキアンが書いた詩「Victim of a Down」から採られた。ベースのシャヴォ・オダジアンは、最初の語を「System」に変えればより人目を引き、レコード店の棚でも敬愛するSLAYERの近くに並ぶと考え、マラキアンにも異論はなかった。デビューのころ自分たちの音楽を説明するよう求められると、マラキアンは「SLAYERとビートルズの間に生まれた子ども」のようなものだと答えていたという。
ロサンゼルスのクラブを2、3年にわたって満員にしていた間、バンドと契約しようとするレーベルは無かった。ダロン・マラキアンによれば、アルメニア系のバンドはロサンゼルスでは客を呼べても、アルメニア人を知らない国で誰が聴くのかと言われたという。契約を申し出たのは、Viper Roomでの公演を観たリック・ルービンで、ルービンはその夜を、笑いが止まらないほど可笑しく強烈な公演だったと振り返っている。バンドは一度Universalと契約しかけたが、事務所に貼られたポスターを見て、ロックを扱える人がいないと悟り、ルービンを選んだ。
1998年のデビュー作は、発売された週にわずか3千枚しか売れなかった。それでも売れ続け、2001年9月に2作目『Toxicity』が出るころには約76万4千枚に達していた。その『Toxicity』はビルボード200に初登場1位で入り、最初の週に22万2千枚を売っている。ビルボードは、その週はニューヨークの非常事態のために集計に誤ったデータが使われ、最初に公表したチャートでは2位になっていたと注記した。
2002年の初め、『Toxicity』の時期に録られた未完成の曲が十数曲、「Toxicity II」の名でインターネットに出回った。バンドはこの事態を逆手に取り、急いで録音を仕上げて年末の商戦に間に合わせた。家で焼いたCD-Rを思わせる素っ気ない包装に、政治活動家アビー・ホフマンにちなむ題名を付けたのが『Steal This Album!』である。日本盤を出したソニーミュージックの紹介も、流出した音源がすべて未完成だったため、バンドが急遽録音して緊急に発売したと書いている。
『Steal This Album!』の「I-E-A-I-A-I-O」は、もとは「KITT」という仮題だったと伝えられ、ドラマ『ナイトライダー』に着想を得ている。ドラムのジョン・ドルマヤンが明かしたところでは、12歳ごろ、ロサンゼルスの酒屋からソーダを手に出てきたデヴィッド・ハッセルホフに出くわし、「ナイトライダーだ!」と叫ぶと、ハッセルホフは「やあ、坊や」と言ってカウボーイ風に指を差してくれた。その話をサージ・タンキアンにすると、酒屋の名前まで歌詞に織り込まれたという。
『Mezmerize』と『Hypnotize』は、半年違いで出た一つの作品である。プロデューサーのリック・ルービンによれば、バンドとは35曲ほどを録り、扱える数まで絞り込めなかった。ダロン・マラキアンは、25曲が並んだCDを人に手渡すのは落ち着かないと語り、ルービンも、一枚のアルバムを最後まで聴く人さえ少ない時代に、きちんと聴いてもらうには少しずつ渡すしかないと考えた。2枚はどちらも35分から40分ほどに収められている。
News
SYSTEM OF A DOWN、地元ロサンゼルスでのスタジアム公演を予告か この1週間で市内各地に映写とポスター
2027年に向けた告知とみられ、正式な発表はまだ無い。
SYSTEM OF A DOWN、『Toxicity』25周年の展示イベントを10月13日〜18日にロサンゼルスのBeyond The Streetsで開催
バンドの公式YouTubeで告知された。
動画を再生Tom Morello、〈Power To The People〉でSYSTEM OF A DOWNのSerj Tankianと AUDIOSLAVE「Like A Stone」を演奏 Chris Cornellに捧げる
10月3日、Merriweather Post Pavilion。Serj Tankianも同フェスの出演者だった。
SYSTEM OF A DOWN、『Toxicity』25周年の展示を10月13日からロサンゼルスで開催
ギャラリー Beyond The Streets で1週間開催される「System Of A Down x Beyond The Streets: Toxicity 25th Anniversary Exhibition」。同作期の資料や物品の展示、インスタレーション、限定グッズ販売を行い、会期中は入場無料。
FALLING IN REVERSE、1年ぶりの新曲「Joseph」を公開 SLIPKNOTのCorey TaylorとSYSTEM OF A DOWNのSerj Tankianが参加
約1年ぶりの新曲で、Corey TaylorとSerj Tankianがゲスト・ヴォーカルで参加した。2人が同じ曲で歌うのは初めてとなる。曲名はRonnie Radkeのミドル・ネームから取られている。Jensen Noen監督のミュージック・ビデオには2人も出演する。
MVを再生SYSTEM OF A DOWN、レア曲「Johnny」を配信解禁 『Toxicity』25周年ヴァイナル再発に合わせて
『Toxicity』25周年のヴァイナル再発に伴い、長らくデジタル未配信だった「Johnny」が各ストリーミング・サービスで配信された。
MVを再生SYSTEM OF A DOWN「Chop Suey!」がバンド初のダイアモンド認定
RIAAが8月に発表した一連の認定で、シングル「Chop Suey!」が10×プラチナ(ダイアモンド)に到達した。バンドにとって初のダイアモンド・シングルとなる。
SYSTEM OF A DOWN「Aerials」がSpotify10億再生を突破
同バンドで4曲目の10億再生到達曲。既に「Chop Suey!」が20億回、「Toxicity」が16億回、「Lonely Day」が同ラインを超えている。
MVを再生SYSTEM OF A DOWNのSerj Tankian、David Bowie「I’m Afraid Of Americans」のカバーに参加
公開されたカバー音源にゲスト参加したもの。
SYSTEM OF A DOWNとFAITH NO MORE、2027年オーストラリア/ニュージーランド共同ツアーを発表
両バンドの合同ツアーが正式にアナウンスされた。
Current Members / 現メンバー
日本のレーベルの紹介で確認した現行ラインナップです。2026-10-01時点。
Albums
SYSTEM OF A DOWNの3作目。2002年11月26日発売。『Toxicity』の時期の曲が未完成のまま流出したのを受け、バンドが録音を仕上げて出した16曲。
SYSTEM OF A DOWNのデビュー作。1998年6月30日発売。リック・ルービンがバンドと共同でプロデュースした13曲を収め、シングル「Sugar」「Spiders」を生んだ。