SLIPKNOT BIOGRAPHY
プロフィール
| 結成 | 1995年、アイオワ州デモイン |
|---|---|
| 出身 | アメリカ |
| ジャンル | ニューメタル、オルタナティヴメタル |
Biography
SLIPKNOT (スリップノット)
歴史的変遷、音楽的構造、視覚的アイデンティティ
1. デモインの閉塞とカオスの胎動
現代へヴィミュージックの歴史において、Slipknot (スリップノット) ほど視覚的な衝撃と音楽的な暴虐性を高度に融合させ、商業的な成功を収めたバンドは他に類を見ない。アメリカ合衆国アイオワ州デモイン (Des Moines, Iowa) という、エンターテインメント産業の中心地からは隔絶された農業地帯から出現したSLIPKNOTは、その地理的な閉塞感と鬱屈した怒りを、極限までダウンチューニングされたギターリフ、複雑怪奇なパーカッション、そして不穏なサンプリング音へと昇華させた。
2. バンド・ヒストリー (Biography)
Slipknotの歴史は、単なるメンバーチェンジの記録ではなく、結束と分裂、生と死、長きにわたる旅、そして再生の物語である。その歩みは、いくつかの明確な「時代 (Era)」 に区分することができる。
2.1 黎明期: The Pale Ones から Meld、そして Slipknotへ (1991-1995)
Slipknotの起源は、1990年代初頭のデモインのアンダーグラウンド・シーンに遡る。当時、デモインにはヘヴィメタルのシーンが存在していたが、メンバーの流動性は激しく、バンド間の交流も盛んであった。
2.1.1 結成の核
1991年から1993年にかけて、後にSlipknotの核となるShawn "Clown" Crahan (ショーン・“クラウン”・クラハン) と Paul Gray (ポール・グレイ)は、互いに異なるバンドで活動しながらも親交を深めていた。1993年には、Paul Gray、ギタリストのJosh Brainard (ジョシュ・ブレイナード)、そしてボーカリストのAnders Colsefni (アンダース・コルセフニ)らが「Inveigh Catharsis」 というバンドを結成している。
決定的な転機は1995年9月に訪れた。Shawn CrahanとPaul Grayは、Anders Colsefniを誘い、「The Pale Ones (ザ・ペイル・ワンズ)」という名のバンドを始動させる。彼らの構想は、従来のメタルの枠組みを超えた、パーカッションを多用した重厚なサウンドであった。練習場所はAndersの地下室であり、そこは防音対策としてカーペットの切れ端で覆われていたが、湿気とペットの尿の臭いが充満する劣悪な環境であったという。
2.1.2 Joey Jordison の加入と 「Slipknot」の誕生
バンドのリズムを強化するため、Paul Grayは当時ガソリンスタンド 「Sinclair (シンクレア)」で夜勤をしていたドラマー、Joey Jordison (ジョーイ・ジョーディソン)を勧誘する。Joeyの加入により、バンドは技術的にも速度的にも飛躍的な進化を遂げた。彼のドラミングは、デスメタル譲りのブラストビートと精密なグルーヴをバンドにもたらした。
1995年12月、バンドは一時的に「Meld (メルド)」と名乗った後、Joeyの提案により、彼らが演奏していた楽曲のタイトルから 「Slipknot (スリップノット)」を正式なバンド名として採用した。この名称は「引き結び」を意味し、一度結ばれると容易には解けない結束、あるいは首を吊るための縄という二重のイメージを内包していた。
2.2 『Mate. Feed. Kill. Repeat.』 と試行錯誤 (1996-1997)
2.2.1 実験的なデモ制作
1996年、バンドは自主制作アルバム 『Mate. Feed. Kill. Repeat. (メイト・フィード・キル・リピート)』のレコーディングを開始した。この作品は現在のSlipknotのサウンドとは大きく異なり、ファンク、ジャズ、ディスコ、そしてデスメタルの要素が混在した実験的な作風であった。1996年のハロウィン (10月31日) に1,000枚限定でリリースされたこのアルバムは、現在では極めて希少なコレクターズアイテムとなっている。
当時のラインナップは以下の通りである:
- Anders Colsefni: ボーカル、パーカッション
- Shawn Crahan: パーカッション
- Paul Gray: ベース
- Joey Jordison: ドラムス
- Donnie Steele (ドニー・スティール): ギター
- Josh Brainard: ギター
2.2.2 メンバーの激動とCraig Jones、Mick Thomsonの加入
レコーディング中、ギタリストのDonnie Steeleが、キリスト教への信仰心を取り戻したことを理由に脱退した。彼の後任としてCraig Jones (クレイグ・ジョーンズ)が加入したが、Craigはすぐにサンプラー/キーボード/メディア担当へと役割を変更した。この変更により、空席となったギタリストの座にMick Thomson (ミック・トムソン) が招き入れられた。
2.3 Corey Taylor の加入と 「9人体制」の確立 (1997-1999)
2.3.1 フロントマンの交代劇
バンドは地元のライバルバンドであった「Stone Sour (ストーン・サワー)」のボーカリスト、Corey Taylor (コリィ・テイラー)の圧倒的な歌唱力とカリスマ性に注目していた。Shawn Crahan、Joey Jordison、Mick Thomsonの3人は、Coreyが働いていたアダルトショップ 「The Adult Emporium」を訪れ、彼をSlipknotに勧誘した。Coreyの加入により、当初のボーカリストであったAnders Colsefniはバックボーカル兼パーカッションへと配置転換されたが、Andersはこの扱いに不満を感じ、ステージ上で脱退を宣言した。
2.3.2 メジャー契約とメンバーの固定
1998年、バンドはプロデューサーRoss Robinson (ロス・ロビンソン)に見出され、デモテープの制作を開始する。Rossの過激でフィジカルなプロデュース手法は、バンドの狂気を引き出すのに最適であった。その後、バンドはRoadrunner Records (ロードランナー・レコード)と契約を締結する。
この時期、DJとしてSid Wilson (シド・ウィルソン)が加入し、彼のターンテーブルによるスクラッチとサウンドエフェクトがバンドの音響に不可欠な要素となった。また、Andersの脱退後に一時的に参加していたパーカッショニストGreg "Cuddles" Welts (グレッグ・“カドルス”・ウェルツ)が解雇され、その後任としてChris Fehn (クリス・フェーン)が加入。さらに、1stアルバムのレコーディング終了直前にギタリストのJosh Brainardが脱退し、Stone SourのメンバーでもあったJim Root (ジム・ルート)が加入したことで、黄金期と呼ばれる9人のラインナップが完成した。
2.4 デビュー・アルバム 『Slipknot』 と世界的な衝撃 (1999-2000)
1999年6月29日にリリースされたセルフタイトルアルバム 『Slipknot (スリップノット)』は、音楽シーンに激震を走らせた。ラップ、スクリーム、メロディックなボーカルが交錯するCoreyのスタイルと、9人編成による音圧は、当時のNu-Metal (ニュー・メタル) ブームの中でも異彩を放っていた。
バンドは「Ozzfest (オズフェスト) 1999」に参加し、その破滅的なパフォーマンスで観衆を圧倒した。Shawn Crahanが自身の頭を打ち付け、Sid Wilsonがステージセットからダイブし、Joey Jordisonがドラムセットごと回転するようなショーは、瞬く間に口コミで広まった。アルバムは発売から数ヶ月でプラチナディスクを獲得し、Roadrunner Records史上最も売れたデビューアルバムとなった。
2.5 『Iowa』: 暗黒の頂点とバンドの危機 (2001-2002)
デビュー作の成功は、バンドに富と名声をもたらしたが、同時に極度のプレッシャーと疲労、そして内部対立をもたらした。2001年8月28日にリリースされた2ndアルバム 『Iowa (アイオワ)』は、そうした負の感情が凝縮された作品である。
2.5.1 憎悪の記録
レコーディング期間中、メンバー間の関係は最悪の状態にあり、互いに顔を合わせることを避けるほどであった。アルコールや薬物の問題も深刻化していた。しかし、SLIPKNOTは「売れ線」に走ることなく、逆によりヘヴィで、よりブルータルなデスメタル寄りのサウンドを選択した。「People = Shit (ピープル・イコール・シット)」 というタイトルが示す通り、このアルバムは全人類への憎悪に満ちていたが、皮肉にも全米ビルボード3位、全英1位という商業的成功を収めた。
2.5.2 解散の危機
『Iowa』に伴うツアーは過酷を極め、メンバーの精神状態は限界に達していた。2002年のツアー終了後、バンドは活動を休止し、Corey TaylorとJim RootはStone Sourを再始動させ、Joey JordisonはMurderdolls (マーダードールズ)で活動するなど、各メンバーはサイドプロジェクトに没頭した。多くのメディアやファンは、Slipknotの解散を予期していた。
2.6 『Vol. 3: (The Subliminal Verses)』 と再生 (2003-2007)
長い沈黙を破り、バンドは伝説的なプロデューサー Rick Rubin (リック・ルービン)を迎えて3rdアルバムの制作に入った。Rick Rubinの邸宅 (Houdini Mansion) で行われたレコーディングは、メンバー間のコミュニケーションを修復するプロセスでもあった。
2004年にリリースされた『Vol. 3: (The Subliminal Verses) (Vol. 3: ザ・サブリミナル・ヴァーシズ)』は、Coreyのボーカルスタイルに変化が見られ、アコースティックギターやギターソロが導入されるなど、音楽的な幅を大きく広げた。2006年にはシングル「Before I Forget (ビフォー・アイ・フォーゲット)」で初のグラミー賞(ベスト・メタル・パフォーマンス)を受賞し、バンドは音楽的な成熟期を迎えた。
2.7 『All Hope Is Gone』 とPaul Grayの死 (2008-2010)
2008年の4thアルバム 『All Hope Is Gone (オール・ホープ・イズ・ゴーン)』は、アイオワ州にある自前のスタジオで録音された。デスメタル、スラッシュメタル、グルーヴメタルの要素が強化されたこの作品は、ビルボード200で初の全米1位を獲得した。しかし、レコーディング中はバンドが二つの派閥に分かれ、別々に録音を行うなど、結束力の低下が露呈していた。
2.7.1 #2 Paul Gray の喪失
2010年5月24日、バンドにとって最大の悲劇が訪れた。創設メンバーであり、作曲の要であり、メンバー間の調整役でもあったベーシストのPaul Grayが、アイオワ州アーバンデールのホテルで死亡しているのが発見された。死因はモルヒネとフェンタニルの過剰摂取によるものであった。翌日、マスクを外したメンバー全員が記者会見を開き、涙ながらにPaulへの追悼の意を述べた。この出来事はバンドの存続に決定的な疑問符を突きつけた。
2.8 喪失からの帰還: 『.5: The Gray Chapter』とJoey Jordisonの解雇 (2011-2018)
2.8.1 Joey Jordison との決別
2013年12月、バンドは突如として創設メンバーでドラマーのJoey Jordisonとの決別を発表した。当初、理由は「個人的な事情」とされたが、Joey自身は「自分は辞めていない、解雇された」と主張した。後にJoeyは、横断性脊髄炎という神経疾患を患い、ドラムプレイに支障をきたしていたことを明かしたが、バンド側とのコミュニケーション不足が解雇につながったとされる (Joeyは2021年に死去)。
2.8.2 新たなるリズム隊
PaulとJoeyというリズムセクションの両翼を失ったバンドは、2014年に5thアルバム『.5: The Gray Chapter (.5: ザ・グレイ・チャプター)』を発表した。このアルバムで、バンドは新たなベーシストにAlessandro "V-Man" Venturella (アレッサンドロ・“Vマン”・ヴェンチュレラ)、ドラマーにJay Weinberg (ジェイ・ワインバーグ)を迎えた。SLIPKNOTは当初、正規メンバーとは区別され、個別のマスクではなく共通のシンプルなマスクを与えられていたが、ツアーを通じてバンドに不可欠な存在へと成長していった。
2.9 『We Are Not Your Kind』 とChris Fehnの訴訟 (2019-2021)
2019年、6thアルバムのリリースを前に、パーカッショニストのChris Fehnがバンドを相手取り、金銭的な不平等を訴える訴訟を起こした。これに対し、バンドは即座に彼を解雇した。同年8月にリリースされた『We Are Not Your Kind (ウィ・アー・ノット・ユア・カインド)』は、実験的なインタールードと『Iowa』 期の重厚さを融合させた傑作として高く評価され、全英チャート1位を記録した。Chrisの後任には、Shawn Crahanのサイドプロジェクト「Dirty Little Rabbits」 のキーボーディストであったMichael Pfaff (マイケル・ファフ)が加入。彼の正体はしばらく伏せられており、そのマスクの形状からファンには「Tortilla Man (トルティーヤ・マン)」と呼ばれ親しまれた。
2.10 『The End, So Far』 と大変革の時代 (2022-2023)
2022年、7thアルバム 『The End, So Far (ジ・エンド、ソー・ファー)』をリリース。タイトルが示唆するように、これはRoadrunner Recordsとの長きにわたる契約の終了を意味する作品であり、プログレッシブ・ロックへの接近など、新たな音楽的境地を見せた。
2023年はバンドにとって再び激動の年となった。
- 6月: 長年サンプラー/キーボードを担当し、「133」や「The Silent One」として知られたCraig Jonesが突如脱退。
- 11月: ドラマーのJay Weinbergが 「クリエイティブな決断」により解雇された。
2.11 新章: Eloy Casagrandeの加入と25周年 (2024-2026)
2.11.1 怪物ドラマーの加入
2024年4月、ブラジルのメタルバンドSepultura (セパルトゥラ)を脱退したEloy Casagrande (エロイ・カサグランデ) が新ドラマーとして加入したことが確認された。Eloyのパワフルでトライバルなドラミングは、初期のJoey Jordisonを彷彿とさせつつ、さらに野性的なグルーヴをバンドにもたらした。
2.11.2 謎のサンプラー "Jeff"
Craig Jonesの後任については、公式な発表はなされていないが、バンドのウェブサイト「youcantkillme.com」 のソースコードやファイル名から、元Dirty Little Rabbitsのベーシスト、Jeff Karnowski (ジェフ・カーノウスキー) である可能性が濃厚とされている。ファンやメディアの間では彼は「Jeff」 あるいは 「Samples/Media」として認識されている。
2.11.3 25周年ツアーと 「Long May You Die」
2024年から2025年にかけて、バンドはデビューアルバムの25周年を記念するツアー「Here Comes The Pain」を展開。セットリストは1999年の楽曲を中心に構成され、赤いジャンプスーツと初期のマスクを模した衣装で原点回帰を果たした。また、バンドはEloy Casagrande加入後にレコーディングされた新曲 「Long May You Die (ロング・メイ・ユー・ダイ)」の存在をSNSで公式に認めた。2025年12月時点でリリース日は未定だが、新たな時代の幕開けを告げる楽曲として期待されている。さらに、Shawn Crahanは未発表アルバム『Look Outside Your Window (ルック・アウトサイド・ユア・ウィンドウ)』の2026年リリースを示唆している。
3. メンバー詳細: 番号と役割の全貌
Slipknotの最大の特徴の一つは、メンバー夫々に番号 (#0~#8) が割り当てられていることである。これは「個人を消し去り、音楽そのものになる」というコンセプトに基づいている。
3.1 現行メンバー (Current Members) [2026年時点]
| 番号 | 名前 (英語/カタカナ) | 担当 | 加入年 | 解説 |
|---|---|---|---|---|
| #8 | Corey Taylor (コリィ・テイラー) |
Vocals | 1997 | 「The Great Big Mouth」の異名を持つ。首が非常に太く、デスボイスからバラードまで歌いこなす広大な声域を持つ。Stone Sourの創設者でもある。 |
| #7 | Mick Thomson (ミック・トムソン) |
Guitar | 1996 | 身長190cmを超える巨漢。高速オルタネイトピッキングによる重厚なリフを担当。マスクは金属的なホッケーマスク風から進化。 |
| #6 | Shawn "Clown" Crahan (ショーン・“クラウン”・クラハン) |
Percussion | 1995 | 創設者であり、バンドの精神的支柱。アートワークやMVの監督も務める。常にピエロ(クラウン)のマスクを着用。 |
| #4 | Jim Root (ジム・ルート) |
Guitar | 1999 | 身長198cm。Coreyと共にStone Sourでも活動していた(後に解雇)。メロディアスなソロや作曲の主力を担う。ジェスター(道化師)風のマスク。 |
| V | Alessandro "V-Man" Venturella (アレッサンドロ・“Vマン”・ヴェンチュレラ) |
Bass | 2014 | 英国出身。元々はMastodon等のギターテック。Paulの後任として加入。手のタトゥーで正体が特定された経緯がある。 |
| Michael "Tortilla Man" Pfaff (マイケル・“トルティーヤ・マン”・ファフ) |
Percussion | 2019 | Dirty Little Rabbitsの元メンバー。ステージ狭しと走り回るエネルギッシュなパフォーマンスが特徴。 | |
| Eloy Casagrande (エロイ・カサグランデ) |
Drums | 2024 | 元Sepultura。圧倒的なパワーとテクニックで、過去の楽曲に新たな生命を吹き込んでいる。 | |
| "Jeff" (Jeff Karnowski) (ジェフ/ジェフ・カーノウスキー) |
Samples | 2023 | 推定メンバー。Craig Jonesの後任。黒いフードとマスクで正体を隠しているが、技術的な解析によりJeff Karnowskiである説が有力。 |
3.2 過去の主要メンバー (Former Members)
- #0 Sid Wilson (シド・ウィルソン): DJ (1998-2026)。「DJ Starscream」 としても活動。ステージ上での予測不能な動き (高所からのダイブ等)で知られる。トランスフォーマーの大ファン。2026年8月14日、バンドはソーシャルメディアに投稿した声明 (のちに削除) で、即日付けで彼とは関係を持たないと発表し、正式に袂を分かった。
- #1 Joey Jordison (ジョーイ・ジョーディソン): Drums (1995-2013)。2021年没。バンドのサウンドロゴ (Tribal S) の考案者であり、高速ドラミングでバンドの屋台骨を支えた。
- #2 Paul Gray (ポール・グレイ): Bass (1995-2010)。2010年没。主要コンポーザーであり、左利きのベーシスト。豚やハンニバル・レクター風のマスクを着用。
- #3 Chris Fehn (クリス・フェーン): Percussion (1998-2019)。長い鼻のピノキオ風マスク(天狗とも形容される)と、それを「オナニー」のようにしごくパフォーマンスで知られた。
- #5 Craig "133" Jones (クレイグ・ジョーンズ): Samples/Media (1996-2023)。無口なキャラクターを貫き、長い釘が突き出たヘルメット型マスクを着用。「133 MHz」がニックネームの由来。
- Jay Weinberg (ジェイ・ワインバーグ): Drums (2014-2023)。Bruce SpringsteenのE Street BandのドラマーMax Weinbergの息子。ファンからメンバーになった成功例だったが、2023年に解雇。
- Anders Colsefni (アンダース・コルセフニ): Original Vocals。初期の野性味あふれるサウンドを形成した。
- Donnie Steele (ドニー・スティール): Original Guitar。初期に脱退後、Paulの死後にツアーベーシストとして一時復帰していた。
4. 視覚的進化: マスクとジャンプスーツの変遷
4.1 マスクの哲学
当初、マスクは「個人のエゴを消し、音楽に集中させる」ための手段だった。しかし、次第に各メンバーの内面や、その時点でのバンドのテーマ (痛み、狂気、死、再生)を表現するキャンバスへと進化した。アルバムサイクルごとにマスクは新調され、それは「脱皮」のような意味を持つ。
Corey Taylorのマスク変遷例:
- 初期: 自身のドレッドヘアを引き抜いて貼り付けた、腐敗したダミー人形のマスク。
- Iowa期: より汚れ、黒ずんだ質感。
- Vol. 3期: 焼けただれた皮膚のような、表情の歪んだマスク (「Screaming Mad」)。
- AHIG期: 表情のない、のっぺりとした不気味なマスク。
- .5期: 上下の顎が分離し、その下に別の仮面が見える二重構造。「仮面の下もまた仮面」という哲学を表現。
- The End, So Far期: 大きな目と脳が透けて見えるような、スカルと異星人を融合させたようなデザイン。
4.2 ジャンプスーツ (Jumpsuits)
統一されたジャンプスーツは「労働者階級」や「囚人」を連想させ、「俺たちは特別なロックスターではなく、音楽という汚い仕事をする作業員だ」というメッセージが込められている。
- 1stアルバム期: 赤、黒、白などのボイラースーツ。背中にバーコード (『Mate. Feed. Kill. Repeat.』のJANコード: 742617000027) と部族的なSロゴ (Tribal S)、腕に番号が入る。
- 25周年ツアー (2024-2025): バンドはこの初期の赤いジャンプスーツを現代的な素材で復刻し、着用している。これは、最新の技術を持ちながら精神性は1999年に回帰するという意思表示である。
5. Knotfest (ノットフェス)と日本市場
5.1 暗黒のカーニバル
Slipknotは、既存のフェスティバルに満足できず、2012年に自らが主催する音楽フェスティバル「Knotfest (ノットフェス)」を立ち上げた。「暗黒のカーニバル」をテーマに、火柱が上がるステージ、サーカス団のパフォーマンス、そしてSlipknotの博物館 (Museum)などが設置され、五感を刺激する体験型イベントとなっている。
5.2 Knotfest Japan (ノットフェス・ジャパン)の歴史と苦難
日本はSlipknotにとって特別な市場であり、Knotfestがアメリカ国外で初めて開催された場所でもある。
- Knotfest Japan 2014: 2014年11月15-16日、幕張メッセで開催。Limp Bizkit, Korn, Lamb of Godなどが出演し、大成功を収めた。
- Knotfest Japan 2016: 2016年11月5-6日、幕張メッセ。Marilyn Manson, Deftones, Disturbedなどが出演。
- パンデミックによる延期 (2020-2023): 本来2020年3月に開催予定だったが、COVID-19の影響で延期。その後、2021年1月、2022年4月へと再延期が繰り返された。
- Knotfest Japan 2023: 2023年4月1-2日、幕張メッセでついに開催が実現。Korn, Man With A Mission, Maximum The Hormone (マキシマムザホルモン) らが出演し、長年の鬱憤を晴らすかのような熱狂を生んだ。
5.3 今後の展望 (2026年以降)
2025年現在、次回のKnotfest Japanの具体的な日程は発表されていないが、バンドは2026年に向けて『Look Outside Your Window』のリリースや新曲の展開を示唆しており、それに合わせた形での開催が有力視されている。
6. 永続する混沌
Slipknotは、メンバーの死や脱退、数々の訴訟や内部対立という存続の危機を乗り越え、四半世紀以上にわたりヘヴィミュージックの最前線を走り続けてきた。
2024年にEloy Casagrande という強力なエンジンを手に入れ、25周年ツアーで原点である「1999年の狂気」を再確認したSLIPKNOTは、新たな進化の段階に入ろうとしている。未発表曲「Long May You Die」の存在は、SLIPKNOTが常に「現在進行形」の怪物であることを証明している。
Slipknotは、その番号とマスクの下で、メンバーが物理的に入れ替わろうとも、「Slipknot」という概念、あるいは一つの「文化」として生き続ける不死の存在となったのである。