RAINBOW

1970年代中盤のロックシーンにおいて、レインボー (RAINBOW)、あるいは初期の正式名称であるリッチー・ブラックモアズ・レインボー (Ritchie Blackmore's RAINBOW) の結成は、単なるスーパーグループの誕生以上の意味を持っていた。

Biography

1970年代中盤のロックシーンにおいて、レインボー (RAINBOW)、あるいは初期の正式名称であるリッチー・ブラックモアズ・レインボー (Ritchie Blackmore's RAINBOW) の結成は、単なるスーパーグループの誕生以上の意味を持っていた。それは、ディープ・パープル (Deep Purple)という巨大な成功を収めたバンドのギタリスト、リッチー・ブラックモア (Ritchie Blackmore)が、自身の音楽的ルーツであるクラシック音楽、とりわけバロック音楽の旋律と、激しいハードロックのエネルギーを完全な形で融合させるための実験場であり、聖域の構築であった。 1974年、ディープ・パープルはアルバム 『Stormbringer (邦題: 嵐の使者)』の制作およびツアーを行っていたが、バンド内部には修復不可能な亀裂が生じていた。ブラックモアは、新メンバーであるデヴィッド・カヴァデール (David Coverdale) とグレン・ヒューズ (Glenn Hughes) が持ち込んだファンクやソウルミュージックの要素、いわゆる「シューシャイン・ミュージック (靴磨きの音楽)」と彼が揶揄した黒人音楽的なアプローチに対して強い違和感を抱いていた。 決定的な対立は、クォーターマス (Quatermass) の楽曲 「Black Sheep of the Family」のカバー録音を巡って発生した。ブラックモアはこの曲の録音を強く提案したが、他のメンバーはオリジナル曲の制作を優先すべきだとしてこれを拒否した。自身のクリエイティブな提案が却下されたことに憤慨したブラックモアは、ソロ・プロジェクトとしてこの曲を録音することを決意する。この時、ブラックモアが目を付けたのが、ディープ・パープルの全米ツアーでオープニング・アクトを務めていたアメリカのバンド、エルフ (Elf) のボーカリスト、ロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) であった。

Albums

Stranger in Us All CD
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リッチー・ブラックモアが新編成でRAINBOWを再始動させ、ハード・ロックと中世的な陰影を結んだ最終作。

Bent Out of Shape CD
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洗練されたメロディとリッチー・ブラックモアのギターを結び、RAINBOWが大きな歌心を響かせた第七作。

Straight Between the Eyes CD
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鋭いギターと伸びやかな歌を軸に、RAINBOWがメロディックなハード・ロックを研ぎ澄ませた第六作。

Difficult to Cure CD
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ジョー・リン・ターナーの歌声とリッチー・ブラックモアのギターで、RAINBOWがメロディックなハード・ロックへ進んだ第5作。

Down to Earth CD
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グラハム・ボネットら新編成で、RAINBOWが強靭なハード・ロックと大きなポップ・フックを結んだ第4作。

Long Live Rock 'n' Roll CD
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リッチー・ブラックモアの鋭いギターとロニー・ジェイムス・ディオの歌が、壮大なハード・ロックを結実させた第3作。

Rising CD
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リッチー・ブラックモアとロニー・ジェイムス・ディオが、様式美メタルの原型を築いた第2作。

Ritchie Blackmore's Rainbow CD
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リッチー・ブラックモアとロニー・ジェイムス・ディオが、幻想性と重厚なリフを結び付けたRAINBOWの出発点。