XYZ
XYZの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
異邦の旋律とサンセット・ストリップの残響
XYZ
1. グラム・メタルの黄昏と欧州からの刺客
1980年代後半のロサンゼルス (Los Angeles)、特にウェスト・ハリウッド (West Hollywood)を貫くサンセット・ストリップ (Sunset Strip)は、世界のハードロック (Hard Rock) およびグラム・メタル (Glam Metal) の震源地であった。ネオンサインが煌めくこの通りは、Mötley CrüeやGuns N' Rosesといった巨人を排出し、世界中の若者が「ロック・スター」の夢を抱いて集まる約束の地となっていた。この煌びやかでありながら過酷な競争社会において、XYZというバンドは特異な存在感を放っていた。XYZは単なるアメリカンドリームの追随者ではなく、フランスのリヨン (Lyon) という全く異なる文化的背景を持ち、大西洋を渡ってその夢を掴み取ろうとした「異邦人」であったからである。
XYZの物語は、技術的な卓越性と商業的な不運、すると音楽業界の激動期における適応と生存の記録である。特に、XYZがデビューした1989年から解散に至る1992年までの期間は、音楽シーンがヘア・メタル (Hair Metal) からグランジ (Grunge) へと劇的に転換する分水嶺であり、XYZの興亡はこの時代の空気感を克明に映し出している。
2. 黎明期: リヨンからロサンゼルスへの大移動 (1978-1984)
XYZの起源は、カリフォルニアの太陽の下ではなく、フランス中東部の都市リヨン (Lyon, France) の曇り空の下にあった。1978年に結成されたこのバンドは、当初は地元のクラブサーキットで活動する多くの無名バンドの一つに過ぎなかった。
2.1 結成と初期のラインナップ
オリジナルの結成メンバーは、ベーシスト兼ボーカリストの Pat Fontaine (パット・フォンテーヌ)、ドラマーの Paul Villet (ポール・ヴィレット)、そしてギタリストの Uncle RV (アンクル・RV) というトリオ編成であった。当時の西ヨーロッパ、特にフランスのロックシーンは、イギリスのパンク・ムーブメントやNWOBHM (New Wave of British Heavy Metal) の影響を強く受けており、初期のXYZのサウンドもまた、メロディアスでありながらも欧州特有の憂いを帯びたものであったと推測される。XYZは西ヨーロッパ各地を回り、ニューヨークの伝説的なライブハウスCBGB (シービージービー) でも演奏するなど、早くから国際的な視野を持っていたことがうかがえる。
2.2 Terry Ilousの加入と化学反応
バンドの運命を決定づけたのは、ボーカリスト Terry Ilous (テリー・イロウズ)の加入である。Fontaineと同じくリヨンで育ったIlousは、父親がスペイン人のギタリストであり、幼少期からフラメンコやラテン音楽の影響を受けていた。彼の加入により、バンドは4人編成(カルテット)となり、音楽的な厚みと表現力が飛躍的に向上した。Ilousのボーカルスタイルは、Paul Rodgers (ポール・ロジャース) やDavid Coverdale (デイヴィッド・カヴァデール)といったブルース・ロックの巨匠たちを彷彿とさせるソウルフルな中低音と、当時のメタルシーンで求められた突き抜けるようなハイトーンを兼ね備えており、これが後にXYZの最大の武器となる「哀愁を帯びたハードロック」の基礎を築いた。
2.3 1984年の決断: 渡米と困窮
1984年、バンドはキャリアにおける最大の賭けに出る。活動拠点をフランスからアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス (Los Angeles, California) へと移したのである。この移住は、単なる地理的な移動以上の意味を持っていた。当時のLAは世界の音楽産業の中心地であり、成功への唯一の登竜門と考えられていたが、同時に世界で最も競争の激しい場所でもあった。
渡米直後のXYZを待ち受けていたのは、言語の壁と極貧生活であった。Pat Fontaineは後のインタビューで、当時の成功の尺度が「カロリー」であったと回想している。つまり、餓死寸前の状態から、まともなファストフード店で食事ができるようになることが、XYZにとっての「成功」の第一歩であった。この過酷な環境に適応できず、初期メンバーであるPaul Villet (ドラム) とUncle RV (ギター) は移住から数ヶ月でバンドを脱退し、帰国の途に就いた。
このメンバー離脱は危機的状況であったが、同時にXYZが「フランスのバンド」から「国際的なバンド」へと脱皮する契機ともなった。残されたIlousとFontaineは、現地で新たなメンバーを募集し、アメリカ人のミュージシャンを迎え入れることになる。
- Robert "Bobby" Pieper (ボビー・パイパー): コネチカット州ニューヘイブン出身のギタリスト。
- Joe "Joey" Pafumi (ジョーイ・パフミ): マサチューセッツ州ボストン出身のドラマー。
この米仏混合ラインナップにより、XYZは欧州的なメロディセンスと、アメリカ的なアグレッションを融合させた独自のアイデンティティを確立し始めたのである。
3. サンセット・ストリップの覇者: ウィスキー・ア・ゴーゴーの「ハウスバンド」 (1985-1888)
1980年代中盤のLAメタルシーンは、きらびやかな衣装と派手なパフォーマンスを特徴とするバンド群で溢れかえっていた。XYZはこの喧騒の中で、着実にその地位を固めていった。
3.1 聖地でのレジデンシー
XYZのキャリアにおける重要な転換点は、ウェスト・ハリウッドにある伝説的なナイトクラブThe Whisky a Go Go (ウィスキー・ア・ゴーゴー)の「非公式ハウスバンド (Unofficial House Band)」 という地位を獲得したことである。The Whisky a Go Goは、かつてThe Doors (ザ・ドアーズ) やJanis Joplin (ジャニス・ジョプリン)、Van Halen (ヴァン・ヘイレン)らが常連として出演した聖地であり、ここでのレギュラー出演権を得ることは、業界関係者への露出を保証されることを意味していた。XYZはこのステージで週に何度も演奏し、演奏技術を磨くとともに、固定ファン層 (カルト・フォロワー)を獲得していった。
当時のLAのクラブシーンでは「Pay to Play (演奏するためにバンド側がチケットノルマを負担するシステム)」が横行しており、多くのバンドが金銭的に疲弊していた。しかし、ハウスバンドとしての地位を確立したXYZは、この過酷なシステムの中で生き残るだけでなく、他のバンドとは一線を画す演奏力と楽曲の質で注目を集めるようになった。XYZの楽曲は、当時の主流であった単なるパーティー・ロックとは異なり、マイナー調のメロディや複雑な構成を用いたフック (Hook) のある楽曲が多く、"Hook-laden hard rock" (フック満載のハードロック)と評された。
3.2 黄金期ラインナップの完成
初期のLA時代を支えたPieperとPafumiであったが、バンドがメジャーデビューに向けてさらにレベルアップを図る過程で、メンバーチェンジが行われた。これにより、後に「クラシック・ラインナップ (Classic Lineup)」 と呼ばれる4人が揃うことになる。
- Marc Diglio (マーク・ディグリオ): ギター。Pieperの後任として加入。彼は当時のテクニカルなギターブームに対応できる高度な速弾き技術 (シュレッド)と、楽曲の感情を増幅させるメロディセンスを併せ持っていた。彼の加入により、XYZのサウンドはより洗練され、攻撃的なものへと進化した。
- Paul Monroe (ポール・モンロー): ドラム。Pafumiの後任として加入。東海岸のクラブシーンで叩き上げられた彼のドラミングは、正確無比でありながらパワフルであり、バンドのリズムセクションを強固なものにした。彼は楽曲のアレンジ面でも貢献し、曲のエンディングや展開の構築において重要な役割を果たしたと語っている。
This Terry Ilous (Vo), Pat Fontaine (Ba), Marc Diglio (Gt), Paul Monroe (Dr)の4人こそが、XYZの全盛期を築き上げたメンバーである。
3.3 レコード契約への険しい道のり
ウィスキー・ア・ゴーゴーでの成功にもかかわらず、メジャーデビューへの道は平坦ではなかった。一度は大手レーベルである Atlantic Records (アトランティック・レコード)との開発契約(Development Deal) に漕ぎ着け、デモ制作を行ったものの、正式なアルバムリリースには至らず契約は白紙となった。この「偽りのスタート (False start)」 はバンドに大きな失望を与えたが、XYZは諦めることなく活動を継続した。最終的にXYZの才能を認めたのは、インディペンデント・レーベルの雄、Enigma Records (エニグマ・レコード)であった。Enigmaは当時、Poison (ポイズン) やStryper (ストライパー) といったバンドを成功させており、メジャー配給網 (Capitol Recordsによる配給)を持つ強力なレーベルであった。
4. デビュー・アルバム『XYZ』の衝撃と成果 (1989)
1989年10月17日、バンドはセルフタイトルのデビューアルバム 『XYZ』 をEnigma Recordsよりリリースし、ついに世界のハードロック市場へと打って出た。
4.1 Don Dokkenによるプロデュースと制作秘話
このアルバムのプロデューサーには、当時絶頂期にあったバンドDokken (ドッケン)のリーダー、Don Dokken (ドン・ドッケン) が起用された。Don Dokkenの起用は、XYZのサウンドに決定的な影響を与えた。Dokkenは自身のバンドで確立していた「重厚なコーラスワーク」や「鋭角的なギターサウンド」のノウハウをXYZに注入した。
- ボーカル指導: 制作過程において、DokkenはTerry Ilousのボーカルに対し、特に厳しい指導を行ったとされている。Ilousの英語にはフランス語訛りが強く残っており、アメリカのラジオ市場で受け入れられるよう、発音の矯正や歌詞の伝達性に細心の注意が払われた。
- 楽曲アレンジ: Dokkenの影響は楽曲構造にも及び、サビ (Chorus) でのハーモニーの重ね方や、ギターソロの導入部などに、Dokken特有のドラマティックな手法が取り入れられた。
4.2 楽曲分析と受容
アルバム『XYZ』は、LAメタルの様式美と欧州的な叙情性が融合した傑作として迎えられた。
- "Inside Out" (インサイド・アウト): アルバムのリードトラックであり、バンドの代表曲。キャッチーなリフとシンガロング必至のサビを持つこの曲は、MTVでのミュージックビデオ放映を通じてバンドの知名度を一気に高めた。歌詞は内省的でありながらも、エネルギッシュなロックアンセムとして機能している。
- "What Keeps Me Loving You" (ホワット・キープス・ミー・ラヴィング・ユー): バンド最大のヒットとなったパワーバラード。Ilousの情感豊かなボーカルが際立つこの曲は、ラジオでのエアプレイを獲得し、ビルボードチャートへのランクインに貢献した。
- "Maggy" (マギー): ライブのオープニングを飾ることが多い、疾走感あふれるナンバー。
- "Souvenirs" (スーヴェニアズ): シングルカットこそされなかったものの、ファンの間で評価の高いバラード。失われた愛への追憶を歌ったこの曲は、バンドのソングライティング能力の高さを示している。
商業的成果: アルバムは米ビルボード200チャートで最高99位を記録した。爆発的な大ヒットとは言えないまでも、新人バンドとしては十分な成果であり、特にライブパフォーマンスの評価が高かったことから、今後の飛躍が期待された。
4.3 ツアーとライブ活動
アルバムリリース後、バンドは大規模な全米ツアーに乗り出した。XYZはAlice Cooper (アリス・クーパー)、Ted Nugent (テッド・ニュージェント)、Enuff Z'Nuff (イナフ・ズナフ)といった著名なアーティストのサポートアクトを務め、アリーナクラスの会場で演奏する機会を得た。これにより、クラブバンドからアリーナ・ロックバンドへの脱皮を図ったのである。
5. セカンド・アルバム『Hungry』 とグランジの影 (1991-1992)
1991年、XYZは勝負作となるセカンドアルバム 『Hungry (ハングリー)』をリリースした。しかし、この時期は音楽業界の地殻変動がまさに始まろうとしている瞬間であった。
5.1 Capitol Recordsへの移籍とサウンドの変化
デビュー作の成功を受け、バンドはEnigmaからメジャーの Capitol Records (キャピトル・レコード) へと完全移籍 (アップストリーム)を果たした。これはXYZにとって、より強大なプロモーション力と予算を得ることを意味していた。『Hungry』におけるサウンドは、前作よりもハードで、より「スリーズ・ロック (Sleaze Rock)」 的なアプローチが取られた。ジャケットアートワークも、前作の洗練されたイメージから一転し、より野性味や退廃的な雰囲気を強調したものとなった。
- "Face Down In The Gutter" (フェイス・ダウン・イン・ザ・ガター): リードシングル。タイトル通り 「泥水をすする」ようなストリートの現実を描いた楽曲で、ミュージックビデオはMTVの 『Headbangers Ball (ヘッドバンガーズ・ボール)』で放映された。
- "When I Find Love" (ホエン・アイ・ファインド・ラヴ): メロディアスな側面を強調したバラード。
5.2 時代の逆風と「グランジ」の台台
『Hungry』は音楽的に充実した作品であったが、リリースのタイミングは最悪と言えた。1991年9月、Nirvana (ニルヴァーナ) がアルバム 『Nevermind』をリリースし、シアトル発のグランジ・ムーブメントが爆発したのである。一夜にして、LAメタルの煌びやかな衣装、長髪、パーティ・アンセムは「時代遅れ」の烙印を押された。音楽のトレンドは、内省的でダークなリアリズムへと急速にシフトし、XYZのようなバンドは「絶滅危惧種」として扱われるようになった。Capitol Recordsをはじめとするメジャーレーベルは、既存のメタルバンドへのサポートを打ち切り、オルタナティブ・ロック・バンドとの契約を優先するようになった。
5.3 メンバーの離脱と解散 (1992)
この逆風の中、バンド内部にも亀裂が生じた。ツアーバス (Tour Bus) での快適な移動から、機材車(Cargo Van) での過酷なツアーへの逆戻りを余儀なくされる状況に直面し、メンバーのモチベーションは低下した。ドラマーのPaul Monroeは、「ロックの時代の終わりを感じた。数年間の良い活動期間があったが、再びバンド・バム (Band bums/貧乏バンドマン)のような生活に戻る気はなかった」と語り、ギタリストのMarc Diglioと共にバンドを脱退した。
残されたIlousとFontaineは、新たなメンバーとして Tony Marcus (トニー・マーカス - ギター) と Joey Shapiro (ジョーイ・シャピロ - ドラム)を迎えて最後のツアーを行ったが、1992年にバンドは活動を停止し、事実上の解散状態となった。
6. 停滞と模索: 解散後の各メンバーの動向 (1993-2001)
解散後、メンバーはそれぞれの道を歩んだが、音楽への情熱が消えることはなかった。
- Terry Ilous: 元King Kobra (キング・コブラ) のJeff Northrup (ジェフ・ノースラップ)と共に Cage (ケイジ) というプロジェクトを結成したり、Flynn (フリン) 名義でレコーディングを行うなど、地道な活動を続けた。また、その特徴的な声を活かし、映画やCM、アニメーションのボイスオーバー (声優) 業やセッションシンガーとしても活動の幅を広げた。
- Pat Fontaine & Joey Shapiro: 1995年、ランス・ブーレン (Lance Bulen)と共にPuzzle Gut (パズル・ガット) というトリオバンドを結成。このバンドは1997年にInterscope Recordsと契約を果たした。Puzzle Gut의 音楽性はXYZとは異なり、よりダークでモダンなサウンドであったが、商業的な大成功には至らなかった。
- Marc Diglio & Paul Monroe: 音楽業界の表舞台からは一時退いたものの、ソングライティングや個人のプロジェクトに関わり続けた。特にDiglioは、後の再結成時に楽曲提供(ライティング)で協力している。
7. 再結成とレガシーの確立 (2002-現在)
2000年代に入り、80年代ハードロックへの再評価の機運が高まると、XYZもまた沈黙を破ることになる。
7.1 『Letter to God』 と悲劇の昇華 (2003)
2003年、バンドは復活アルバム 『Letter to God (レター・トゥ・ゴッド)』をリリースした。このアルバムの制作には、オリジナルメンバーのTerry Ilous と Paul Monroeに加え、ギタリストのJK Northrup (JK・ノースラップ)、ベーシストのSean McNabb (ショーン・マクナブ - 元Great White, Quiet Riot) が参加した (Marc Diglioも曲作りで協力)。
このアルバムは、バンド史上最も感情的で重厚な作品となった。レコーディング期間中、Terry Ilousは父親と幼い息子を相次いで亡くすという悲劇に見舞われた。タイトルトラックである "Letter to God"は、神への手紙という形式でその深い悲しみと喪失感を歌い上げたものであり、批評家やファンからは「並外れたカムバックアルバム (Exceptional comeback album)」として高く評価された。単なる80年代の焼き直しではない、成熟したアーティストとしてのXYZの姿がそこにあった。
7.2 アーカイブ音源を巡る混乱:『Rainy Days』対『Forbidden Demos』
2005年、バンドの初期音源のリリースを巡り、混乱が生じた。
- 『Rainy Days』 (Unofficial Release): 2005年5月、初期ギタリストのBobby Pieperが所有していたデモ音源をまとめたアルバム 『Rainy Days』が、バンドの公式な許可なくリリースされた。これは1980年代中盤の未発表曲を含む貴重な音源集ではあったが、Terry Ilous側はこれを「非公式(Unauthorized)」であると主張した。
- 『Forbidden Demos 1985/1991』 (Official Release): これに対抗する形で、Ilousは2005年11月、自身のレーベル Fyco Recordsから公式アーカイブ集 『Forbidden Demos 1985/1991』をリリースした。Ilousはこのアルバムこそが「唯一の公式CD」であり、音質もリマスターされていると強調した。このアルバムには "Inside Out" の初期デモや完全未発表曲"Can't Get Over You" など18曲が収録されており、バンドの変遷を知る上で第一級の資料となっている。
7.3 Terry IlousのGreat White加入とその後
2010年、Terry Ilousは80年代からの盟友バンドである Great White (グレイト・ホワイト) のリードボーカリストに抜擢された(オリジナルシンガーJack Russellの後任)。彼はGreat Whiteのアルバム 『Elation』 (2012年) や 『Full Circle』 (2017年) に参加し、世界中をツアーした。この期間、XYZの活動は散発的にならざるを得なかったが、Rocklahoma (ロックラホマ) や M3 Rock Festival といった主要な80sロックフェスティバルには定期的に出演し、往年のファンを熱狂させ続けた。2018年にGreat Whiteを解雇された後は、再びソロ活動およびXYZとしての活動に精力を注いでおり、2024年時点でもインタビューに応じ、ジャック・ラッセルへの追悼コメントを発表するなど、シーンの重要人物として活動している。
8. メンバー詳細プロフィール (Members Biography)
ここでは、XYZの歴史を彩った主要メンバーについて詳述する。
Terry Ilous (テリー・イロウズ) - Vocals
・出身: フランス・リヨン
・在籍期間: 1978-1992, 2002-現在
・スタイル: ブルース、ソウル、フラメンコの影響を受けた情感豊かなボーカルスタイル。ハスキーでパワフルな中音域と、伸びやかなハイトーンを自在に操る。
・特記事項: ソロアルバム 『Gypsy Dreams』(2017年)では、ロックの名曲をフラメンコ・スタイルでカバーするなど、自身のルーツであるラテン音楽への回帰も見せている。
Pat Fontaine (パット・フォンテーヌ) - Bass
・出身: フランス・リヨン
・在籍期間: 1978-1992, 2003-現在
・スタイル: バンドの創設者であり、主要ソングライター。Terry Ilousは彼を「ロックンロールのジェシー・ジェームズ (アウトロー)」と評し、音楽に対して純粋で妥協のない姿勢を持つ人物として信頼を寄せている。
Marc Diglio (マーク・ディグリオ) - Guitars
・在籍期間: 1988-1991
・スタイル: クラシック・ラインナップのギタリスト。テクニカルなプレイと楽曲を引き立てるメロディセンスで、XYZのサウンドを決定づけた。脱退後も『Letter to God』での作曲協力など、バンドとは友好的な関係を保っている。
Paul Monroe (ポール・モンロー) - Drums
・在籍期間: 1988-1991, 2003
・スタイル: 非常に重く、グルーヴ感のあるドラミングが特徴。バンドのサウンドに「重厚さ」をもたらした功労者。
その他の主要メンバー
Tony Marcus (トニー・マーカス): Guitars (1991-1992, 2002-現在)。解散前のラストツアーおよび再結成後のライブギタリストとして長年貢献している。
Joey Shapiro (ジョーイ・シャピロ): Drums (1991-1992, 2003-現在)。解散前のドラマーであり、再結成後もリズムセクションを支える。実業家としての顔も持つ。
Sean McNabb (ショーン・マクナブ): Bass (2003)。再結成アルバム 『Letter to God』に参加。
9. ディスコグラフィ (Discography)
以下にXYZのリリース作品を体系的にまとめる。
9.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)
| 発売年 | タイトル (Title) | レーベル (Label) | 概要・特記事項(Notes) |
|---|---|---|---|
| 1989 | XYZ | Enigma | 記念すべきデビューアルバム。Don Dokkenプロデュース。代表曲"Inside Out", "What Keeps Me Loving You"収録。ビルボード99位。 |
| 1991 | Hungry | Capitol | メジャー移籍第一弾にして解散前の最終作。よりハードで荒々しいサウンドへ進化。"Face Down In The Gutter" 収録。 |
| 2003 | Letter to God | MTM/Fyco | 12年ぶりの復活アルバム。Terry Ilousの亡き息子へ捧げられた作品であり、哀愁と円熟味が極まった傑作。 |
9.2 コンピレーション・ライブ・アーカイブ (Compilations & Archives)
| 発売年 | タイトル (Title) | 区分 | 概要(Description) |
|---|---|---|---|
| 1995 | Take What You Can LIVE | Live | 解散前のライブ音源 (主にドイツ・ドルトムントでの公演やUSツアーの音源などを含む)。 |
| 2005 | Forbidden Demos 1985/1991 | Official | Terry Ilous公認のデモ音源集。"Inside Out" の初期バージョンや未発表曲多数。音質リマスター済み。 |
| 2005 | Rainy Days | Unofficial | 元メンバーBobby Pieperによる初期デモ集。Ilous非公認だが、初期 (1985-86) の楽曲を知る資料的価値はある。 |
| 2008 | The Best of XYZ | Compilation | 代表曲を網羅したベスト盤。 |
9.3 主要シングルリスト (Key Singles)
以下はバンドのキャリアを象徴する主要楽曲である。
| 曲名 (Song Title) | 収録アルバム | 解説 |
|---|---|---|
| Inside Out | XYZ | バンドの代名詞的アンセム。MTVで頻繁にオンエアされた。 |
| What Keeps Me Loving You | XYZ | 美しいメロディを持つパワーバラード。ライブでのハイライトの一つ。 |
| Maggy | XYZ | ライブのオープニング定番曲。疾走感あるロックナンバー。 |
| Face Down In The Gutter | Hungry | スリーズ・ロック色の強いハードな楽曲。 |
| Souvenirs | XYZ / Forbidden Demos | シングルカットされなかった隠れた名曲。哀愁漂うバラード。 |
| Letter to God | Letter to God | 再結成後の名曲。深い悲しみと祈りが込められている。 |
10. XYZが遺したもの
XYZの歴史は、1980年代後半から90年代初頭にかけての音楽シーンの栄光と挫折を凝縮したような物語である。フランスという異文化からの挑戦者であったXYZは、持ち前の音楽的才能とハングリー精神で、世界で最も競争の激しいLAのシーンに爪痕を残すことに成功した。
XYZが商業的に爆発的な成功を収められなかった最大の要因は、しばしば「タイミング」であると言及される。もしXYZのデビューがもう2年早ければ、あるいはグランジの台頭がもう数年遅ければ、XYZはBon JoviやAerosmithのようなスタジアム級のバンドになっていたかもしれないという 「If (もしも)」は、ファンの間で永遠に語り草となっている。
しかし、商業的な「たられば」を超えて、XYZが遺した音楽的遺産は確かなものである。Terry Ilousの魂を揺さぶるボーカル、Pat Fontaineの堅実なソングライティング、するとMarc Diglioの情熱的なギターワークは、グラム・メタルというジャンルが単なる「見た目だけの音楽」ではなく、高い音楽性と感情表現を含みうることを証明した。現在でもヨーロッパや日本のファン、そして米国内のメロディック・ロック・ファンから熱烈な支持を受け続けている事実は、XYZの音楽が時代の流行を超越した普遍的な魅力を持っていることの証左である。
Trivia
デビュー作『XYZ』でコーラスを歌っているのは、実はプロデューサーのドン・ドッケン本人である。ドッケンによれば、バンドはハーモニーを重ねる習慣がなく、彼が「コーラスは絶対に入れるべきだ」と主張したものの、テリー・アイラスには対応できなかった。そこで「じゃあ俺がやる」となり、アルバムのバッキング・ヴォーカルをすべてドッケンが担当することになった。自分だと気づかれないよう声質を変えて歌ったが、リリース後に多くのレビュアーがドッケン色を指摘し、アルバムを「XYD」と呼んだという。
デビュー作の冒頭を飾る「Maggy」は、1990年のドルフ・ラングレン主演のSFアクション映画『I Come in Peace』の劇中で使用された。作曲クレジットはディグリオ/アイラス/フォンテインの3名で、プロデュースはドン・ドッケン。同作の撮影時の仮題は『Dark Angel』だった。
レコーディングで最大の障害はテリー・アイラスのフランス語訛りだった。アイラスはリヨン出身で、渡米してまだ数年。ドッケンは彼が何を歌っているのか聞き取れず、訛りを抜くために何時間も費やしたと語っている。象徴的だったのがバラード「What Keeps Me Loving You」で、アイラスが「loving you」の箇所を繰り返し「Louvre(ルーヴル)」のように発音してしまい、ドッケンが「いや、ルーヴルは美術館だ」と返した、というやり取りがあったという。
バンドが失速した経緯についても、ドッケンは自身の視点から語っている。2作目『Hungry』はドッケンが関わらずに制作され商業的に失敗。Capitolは3作目を再びドッケンに任せるよう求めたが、ドッケンはこれを断った。理由は、アイラスとベーシストがある記事で彼のプロデュース手法を酷評したこと。「ドンはシャンパンを持ってスタジオに来て犬と遊んでいるだけ」という趣旨の発言だった。ドッケンは実際にスプリンガー・スパニエルをスタジオに連れてきており犬を撫でていたが、集中していたのだと反論している。彼が降板した結果、バンドはレーベルを切られた。
バンドの中心となったテリー・アイラス(Vo)とパット・フォンテイン(B)は、ともにフランス・リヨンで育った幼馴染である。二人は音楽活動のため渡米し、1986年にロサンゼルスでXYZを結成した。当初の編成はアイラス、フォンテインにボビー・パイパー(G)、ジョーイ・パフーミ(Dr)を加えた4人だったが、デビュー作のレコーディング前にパイパーとパフーミが離脱し、マーク・ディグリオ(G)とポール・モンロー(Dr)が加入している。
デビュー作『XYZ』は1989年10月17日リリース。「Inside Out」「What Keeps Me Loving You」の2曲のMVがMTVでオンエアされ、アルバムはBillboard 200で最高99位を記録した。ヒットとは言えない数字だが、当時のロサンゼルスのシーンには同種のバンドが飽和しており、その中で全米チャートに入ったこと自体が一定の成果だった。翌1991年の2作目『Hungry』はチャートインを果たせていない。