FIRST SIGNAL

2010年代以降のメロディック・ロック (Melodic Rock) およびAOR (Album-Oriented Rock) シーンにおいて、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) は極めて重要な位置を占めている。

Biography

ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL)
メロディック・ロックの復権と進化

1. 現代メロディック・ロック・シーンにおけるプロジェクトの意義

2010年代以降のメロディック・ロック (Melodic Rock) およびAOR (Album-Oriented Rock) シーンにおいて、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) は極めて重要な位置を占めている。このプロジェクトは、単なる一過性の企画ではなく、1990年代初頭に隆盛を極めたカナダの伝説的バンド、ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) の音楽的遺産を、現代の制作環境とグローバルなソングライティング・ネットワークを通じて再構築・進化させる試みとして定義できる。

1.1 プロジェクトの設立背景とフロンティアーズ・レコードの戦略

ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) の誕生は、2000年代後半のメロディック・ロック・シーンの状況と密接に関係している。当時、イタリアのナポリ (Naples) を拠点とするレコードレーベル、フロンティアーズ・レコード (Frontiers Records) の社長兼A&R責任者であるセラフィノ・ペルジーノ (Serafino Perugino)は、80年代から90年代にかけて活躍したアイコニックなボーカリストを起用し、レーベルお抱えのプロデューサーやソングライターと組み合わせることで、往年のサウンドを現代に蘇らせる戦略を推し進めていた。

この文脈において、ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) のフロントマンであるハリー・ヘス (Harry Hess) は理想的な候補であった。ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) は2008年にアルバム 『Hope』をリリースした後、解散(あるいは長期的な活動休止)状態にあったため、ファンの間では「初期のハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) のような純粋なメロディック・ロック」を渇望する声が高まっていた。ペルジーノ (Perugino) はこの市場のニーズを敏感に察知し、ヘス (Hess) に対して「ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) のマジックとヴァイブを持つ楽曲群」を提示することで、新たなプロジェクトの立ち上げを打診したのである。

2. 中心人物: ハリー・ヘス (Harry Hess) の伝記と音楽的ルーツ

ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) のアイデンティティは、ハリー・ヘス (Harry Hess) の唯一無二の歌声によって形成されている。彼の音楽的背景を理解することは、本プロジェクトの方向性を理解する上で不可欠である。

2.1 生い立ちと初期キャリア: ブラインド・ヴェンジェンス (Blind Vengeance)

ハリー・ヘス(Harry Hess) は1968年7月5日、カナダのオンタリオ州オシャワ (Oshawa, Ontario, Canada) に生まれた(本名: ハロルド・ヘス / Harold Hess)。彼は幼少期から音楽に囲まれた環境で育ち、極めて早い段階でプロフェッショナルとしてのキャリアをスタートさせている。

1980年代前半、まだ10代半ばであったヘス (Hess)は、ヘヴィメタル・バンド、ブラインド・ヴェンジェンス (Blind Vengeance)を結成した。このバンドにおいて彼は、16歳にしてアルバム制作を経験している。後にヘス (Hess) はインタビューで、「『Blind Vengeance』のレコーディング中に16歳になった。理論的に考えれば、そのアルバムに収録されている曲のいくつかは14歳や15歳の時に書いたものだ」と語っている。ブラインド・ヴェンジェンス (Blind Vengeance)は、1984年に『A Taste of Sin』、1985年に『Blind Vengeance』という2枚のアルバムをリリースした。ヘス (Hess) 自身は現在の視点から当時の作品を「アマチュアリズムに溢れており、今の自分からすれば聴くのが恥ずかしいほどだ」と謙遜しつつも、「当時の自分が持っていたツールで最善を尽くしたものであり、現在の自分に至るまでの重要な学習プロセスであった」と回顧している。この時期に培われたソングライティングの基礎とレコーディングの経験は、後のハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) での成功の礎となった。

2.2 ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) での成功と葛藤

1987年、ハリー・ヘス (Harry Hess) はギタリストのピート・レスペランス (Pete Lesperance) と出会い、ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem)を結成した。1991年にワーナー・ミュージック・カナダ (Warner Music Canada) からセルフタイトルのデビューアルバム『Harem Scarem』をリリースし、商業的な成功を収めた。

特筆すべきは、1993年にリリースされたセカンド・アルバム 『Mood Swings』である。この作品は、ハードなギターリフと分厚いハーモニー、そしてキャッチーなメロディが完璧に融合しており、メロディック・ハードロックの金字塔として世界中のファンや批評家から絶賛された。ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) が目指す音楽的な到達点は、まさにこの『Mood Swings』 期のサウンドにあると言っても過言ではない。

しかし、1990年代中盤以降、グランジ (Grunge) やオルタナティブ・ロック (Alternative Rock) の台頭により、伝統的なメロディック・ロックは冬の時代を迎えた。ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) もまた、時代の潮流に合わせて音楽性を変化させることを余儀なくされた。バンド名をラバー (Rubber) に変更したり (1999年~2001年)、よりモダンでポップなサウンドを模索したりと試行錯誤を繰り返した。これらの音楽的変遷は、バンドとしての生存戦略であった一方で、「初期のサウンド」を求めるファンとの乖離を生む要因ともなった。

2008年、アルバム 『Hope』のリリースをもってハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) は解散(活動休止)を宣言した。(2013年に再結成)。この「不在」の期間こそが、ハリー・ヘス (Harry Hess) が自身のルーツであるメロディック・ロックへ回帰する欲求を高め、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) 始動への土壌を形成したのである。

2.3 プロデューサーおよびスタジオ・オーナーとしての顔

ハリー・ヘス(Harry Hess) はボーカリストとしてだけでなく、著名なスタジオ・エンジニアおよびプロデューサーとしても成功を収めている。彼はトロント (Toronto) に自身のレコーディング・スタジオ、ヴェスパ・ミュージック・グループ (Vespa Music Group) を所有し、運営している。

このスタジオでは、ビリー・タレント (Billy Talent)、ミューズ (Muse)、スリー・デイズ・グレース (Three Days Grace)、シンプル・プラン (Simple Plan)、キャンサー・バッツ (Cancer Bats) といった、ジャンルを超えた数多くのトップ・アーティストの作品が制作されてきた。2021年には、彼が関わったアレックス・キューバ (Alex Cuba) のアルバム 『Mendó』がグラミー賞を受賞するなど、その技術力は業界内で高く評価されている。この「裏方」としての高度なスキルと経験は、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) における彼のスタンスに逆説的な影響を与えている。自身でプロデュースや作曲の大部分をコントロールするハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) とは異なり、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) においてヘス(Hess)は、あえてプロデュースを外部のパートナー (デニス・ワード、ダニエル・フローレス、ミケーレ・グイトリ) に委ね、自身は「シンガー」としてのパフォーマンスに集中するという分業体制を選択している。

3. 第1期: デニス・ワード (Dennis Ward) 体制と衝撃のデビュー (2010年)

ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) の歴史は、ドイツを拠点とする名プロデューサー、デニス・ワード (Dennis Ward) とのコラボレーションから始まった。

3.1 制作体制とコンセプト

2010年、フロンティアーズ・レコード (Frontiers Records) は、ハリー・ヘス (Harry Hess) のパートナーとしてデニス・ワード (Dennis Ward) を抜擢した。ワード (Ward) はピンク・クリーム69 (Pink Cream 69) のベーシストとして知られるほか、カイメラ (Khymera)、プレイス・ヴァンドーム (Place Vendome)、アンライソン (Unisonic) などのプロデュースワークで、メロディック・ロック界における絶対的な信頼を得ていた人物である。

この初期ラインナップには、ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) のオリジナル・ドラマーであり、バッキング・ボーカルとしても重要な役割を果たしていたダレン・スミス(Darren Smith)がバッキング・ボーカルとして参加した。(ドラマーはChris Schmidtが担当した) スミス (Smith)の参加は、ファンに対して「これは単なるソロ・プロジェクトではなく、ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) の正当な血脈を受け継ぐものだ」という強力なメッセージとなった。その他のメンバーには、ギターにマイケル・クライン (Michael Klein)、キーボードにエリック・ラグノ (Eric Ragno)、ドラムにクリス・シュミット (Chris Schmidt)が名を連ねた。

3.2 1st Album: 『FIRST SIGNAL』詳細分析

項目 内容
タイトル FIRST SIGNAL (ファースト・シグナル)
発売日 2010年8月27日(欧州), 2010年9月14日(北米)
レーベル Frontiers Records (伊), Avalon (日)
プロデューサー Dennis Ward (デニス・ワード)

アルバムの音楽的特徴: 本作のコンセプトは明確に「『Mood Swings』 時代のハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) への回帰」であった。提供された楽曲は、フロンティアーズ・レコード (Frontiers Records) のネットワークを駆使して集められた、当時のメロディック・ロック界のトップ・ソングライターたちによるものである。これには、トム・マーティン (Tom Martin) とジェームズ・マーティン (James Martin) の兄弟、エリック・モーテンソン (Erik Martensson)、ロバート・サール (Robert Sall)、マーク・ベイカー (Mark Baker) らが含まれる。

デニス・ワード (Dennis Ward) のプロダクションは、各楽器の分離が良く、クリアでありながら力強い音像を作り上げている。特にハリー・ヘス (Harry Hess) のボーカル・ハーモニー (ダレン・スミスとのコンビネーションを含む)が前面に押し出されており、重厚なコーラス・ワークがアルバム全体を支配している。

全曲解説:
1. This City (ディス・シティ) (4:16)
オープニングを飾るにふさわしい、疾走感あふれるロック・ナンバー。イントロのギターリフから、キャッチーでアンセム的なサビへと展開する構成は、往年のメロディック・ロックの王道を行く。都市の風景と孤独、そして希望をテーマにした歌詞が、ヘス(Hess) のエモーショナルな歌唱によって鮮やかに描かれる。
2. When You Believe (ホエン・ユー・ビリーヴ) (4:06)
ミッドテンポのパワー・バラード的な要素を持つ楽曲。信じることの強さを歌い上げるポジティブなメッセージ性が特徴。キーボードのバッキングが楽曲に厚みを持たせている。
3. Part of Me (パート・オブ・ミー) (4:13)
哀愁を帯びたメロディが印象的なAORナンバー。ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem)の『Weight of the World』期に通じる、少しダークでありながらメロディアスな雰囲気が漂う。
4. Crazy (クレイジー) (4:38)
ダイナミックなリズムセクションと、ヘス (Hess) のパワフルなシャウトが聴けるハード・ロック・チューン。ギターソロにおいてもマイケル・クライン (Michael Klein) のテクニカルなプレイが光る。
5. Goodbye to the Good Times (グッバイ・トゥ・ザ・グッド・タイムズ) (4:41)
タイトルが示す通り、過去への決別とノスタルジーをテーマにした楽曲。サビのメロディラインは非常にフックが強く、一度聴したら耳に残る「即効性」がある。
6. FIRST SIGNAL (ファースト・シグナル) (4:21)
バンド名を冠したタイトル・トラック。ドラマチックな展開を見せる楽曲で、デニス・ワード (Dennis Ward) のベースラインが楽曲のボトムを支えている。
7. Feels Like Love This Time (フィールズ・ライク・ラヴ・ディス・タイム) (4:48)
典型的な80年代スタイルのパワー・バラード。美しいピアノのイントロから始まり、徐々にバンドサウンドが加わって壮大なクライマックスへと向かう。
8. Into the Night (イントゥ・ザ・ナイト) (4:09)
アップテンポでドライビングなロック・ナンバー。夜の闇を突き進むような疾走感が心地よい。
9. When November Falls (ホエン・ノヴェンバー・フォールズ) (4:31)
北欧的な透明感と哀愁を感じさせるメロディが特徴。季節の移ろいと心情の変化を重ね合わせたリリックが印象的。
10. Yesterday's Rain (イエスタデイズ・レイン) (3:37)
アルバムの中で最もコンパクトな楽曲だが、メロディの密度は濃い。過去の痛み(雨)を乗り越えようとする意志が歌われている。
11. Naked Desire (ネイキッド・デザイア) (4:25)
アルバムの最後を締めくくる、情熱的でエモーショナルな楽曲。ヘス (Hess) のボーカルレンジの広さが遺憾なく発揮されている。

批評と市場の反応: デビュー・アルバムは、メロディック・ロック専門のメディアやファンから熱狂的な支持を受けた。多くのレビューにおいて「ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) が 『Mood Swings』の後に作るべきだったアルバム」という趣旨の賞賛が送られた。特に、ヘス(Hess) の歌声が全く衰えていないこと、そして楽曲のクオリティが一貫して高いことが評価された。一方で、一部の批評家からは「優れたAORアルバムだが、革新性には欠ける」という指摘もあったが、ターゲットとする層のニーズを完璧に満たした作品であることは疑いようがなかった。

4. 第2期: ダニエル・フローレス (Daniel Flores) 体制と北欧サウンドへの接近 (2016年~2022年)

デビュー作の成功後、ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem)が再結成され、アルバム『Thirteen』(2014年)をリリースするなど活動を活発化させたため、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) は一時的に休眠状態となった。しかし、ヘス (Hess) は外部ライターによる優れた楽曲を歌うことへの意欲を持ち続けており、2016年にプロジェクトは再始動した。

4.1 プロダクションの変更: スウェーデン・チームの台頭

第2期において最も大きな変化は、プロデューサーがデニス・ワード (Dennis Ward) から、スウェーデンのドラマー兼プロデューサー、ダニエル・フローレス (Daniel Flores) へと交代したことである。フローレス (Flores)は、ザ・マーダー・オブ・マイ・スウィート (The Murder Of My Sweet) やファインド・ミー (Find Me) などのプロジェクトで知られ、シンセサイザーを多用した壮大で「シネマティック」なサウンド・プロダクションを得意としていた。

また、この時期からスウェーデンの若きマルチプレイヤー、マイケル・パレス (Michael Palace) がギタリスト (および一部ベース) として全面的に参加するようになった。これにより、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) のサウンドは、北米的なドライなロック・サウンドから、よりウェットで透明感のある「北欧メロディック・ロック」へと接近していった。

4.2 2nd Album: 『One Step Over The Line』詳細分析

項目 内容
タイトル One Step Over The Line (ワン・ステップ・オーヴァー・ザ・ライン)
発売日 2016年6月3日
レーベル Frontiers Music Srl
プロデューサー Daniel Flores (ダニエル・フローレス)

アルバムの音楽的特徴: 6年ぶりの新作となった本作は、前作以上にキーボードのレイヤーが厚くなり、サウンド全体がきらびやかになった。ダニエル・フローレス (Daniel Flores) のドラムサウンドは非常にタイトで、デジタル処理を巧みに組み合わせたモダンな響きを持つ。

トラックリストと主要曲分析:
1. Love Run Free (ラヴ・ラン・フリー)
オープニングトラックとして、爽快感あふれるAORナンバー。サビのコーラスの広がりは圧巻。
2. Love Gets Through (ラヴ・ゲッツ・スルー)
ダヴィデ・バルビエリ (Davide Barbieri)、デイヴ・ズブレナ (Dave Zublena)、ピエルパオロ・モンティ (Pierpaolo Monti) というイタリアのソングライター・チームによる楽曲。リリックビデオも制作され、シングルとして機能した。キャッチーなシンセ・リフが特徴。
3. Still Pretending (スティル・プリテンディング)
切ないメロディが胸を打つミッドテンポ・バラード。
4. Broken (ブロークン)
5. Kharma (カーマ)
6. Minute of Your Time (ミニット・オブ・ユア・タイム)
7. She is Getting Away (シー・イズ・ゲッティング・アウェイ)
8. December Rain (ディセンバー・レイン)
9. Weigh Me In (ウェイ・ミー・イン)
10. Pedestal (ペデスタル)
11. One Step Over the Line (ワン・ステップ・オーヴァー・ザ・ライン)
アルバムタイトル曲であり、ドラマチックな構成を持つ大曲。

4.3 3rd Album: 『Line Of Fire』詳細分析

項目 内容
タイトル Line Of Fire (ライン・オブ・ファイア)
発売日 2019年5月17日
レーベル Frontiers Music Srl
プロデューサー Daniel Flores (ダニエル・フローレス)

アルバムの音楽的特徴: 第3作は、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) の歴史において、最も「80年代アリーナ・ロック」に接近した作品として評価されている。特筆すべきは、カナダのベテラン・ソングライター、スタン・メズナー (Stan Meissner) とのコラボレーションである。

主要曲分析:
  • Born to Be a Rebel (ボーン・トゥ・ビー・ア・レベル): この曲は、ハリー・ヘス (Harry Hess) とスタン・メズナー (Stan Meissner) が1989年に共作した未発表曲を復活させたものである。その出自ゆえに、楽曲の構造、リフ、メロディの全てが純度100%の80年代スタイルを貫いている。サバイバー (Survivor) やジャーニー (Journey) を彷彿とさせるスタジアム・ロック・アンセムである。
  • Walk Through the Fire (ウォーク・スルー・ザ・ファイア) & Never Look Back Again (ネヴァー・ルック・バック・アゲイン): これらもスタン・メズナー (Stan Meissner) による楽曲であり、ヘス (Hess) 自身が「このプロジェクトに完璧にフィットする」として選曲した。
  • Line of Fire (ライン・オブ・ファイア): タイトル・トラック。緊張感のあるヴァースから、爆発的なサビへと繋がる構成が見事。

批評: 「ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) の最高傑作」との呼び声も高く、捨て曲のない完璧なAORアルバムとして、ジャンルのファンから絶大な支持を得た。

4.4 4th Album: 『Closer To The Edge』詳細分析

項目 内容
タイトル Closer To The Edge (クローサー・トゥ・ジ・エッジ)
発売日 2022年4月8日
レーベル Frontiers Music Srl
プロデューサー Daniel Flores (ダニエル・フローレス)

アルバムの音楽的特徴: ダニエル・フローレス (Daniel Flores) 体制の最終作。メンバーが一部変更され、ギターにアンディ・クラヴリャカ (Andi Kravljaca)、ベースにジョニー・トロブ (Jonny Trobro)が参加した。ソングライター陣には、ピート・アルペンボルグ (Pete Alpenborg)、アレッサンドロ・デル・ヴェッキオ (Alessandro Del Vecchio)、クリスチャン・フィール (Kristian Fyhr / Seventh Crystal) らが名を連ねている。

主要曲分析:
  • Don't Let It End (ドント・レット・イット・エンド): オープニング・トラック。ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) の初期を思わせる良質なメロディック・ロック。
  • Show Me the Way (ショウ・ミー・ザ・ウェイ): 力強いコーラスが特徴的な楽曲。
  • Closer to the Edge (クローサー・トゥ・ジ・エッジ): タイトル曲。AORとポンプ・ロック (Pomp Rock) の要素をミックスした楽曲。マイケル・パレス (Michael Palace) に代わる新たなギタリストのテクニックが光る。

批評: 安定したクオリティを維持しているものの、前作『Line Of Fire』ほどのインパクトはないとする厳しい意見も見られた。「マンネリ化」 や 「オリジナリティの欠如」を指摘する声もあったが、ハリー・ヘス (Harry Hess) のボーカルパフォーマンスの高さは依然として評価された。

5. 第3期: ミケーレ・グイトリ (Michele Guaitoli) 体制とモダニズムへの転換 (2023年~)

2023年、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) は新たなフェーズへと突入した。長年プロデューサーを務めたダニエル・フローレス (Daniel Flores) に代わり、イタリアの気鋭のミュージシャン、ミケーレ・グイトリ (Michele Guaitoli) が指揮を執ることとなった。

5.1 新たな方向性: ヘヴィネスと哀愁

ミケーレ・グイトリ (Michele Guaitoli)は、シンフォニック・メタル・バンド、ヴィジョンズ・オブ・アトランティス (Visions Of Atlantis) やテンペランス (Temperance) のボーカリストとしても活動しており、よりモダンでメタル寄りのバックグラウンドを持っている。彼の起用により、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) のサウンドは、従来の「きらびやかなAOR」から、「エッジの効いたメロディック・ハードロック」へとシフトした。ハリー・ヘス (Harry Hess) 自身もインタビューで、「今回は過去のアルバムよりも少しヘヴィで、個人的にはこちらの方が好みだ。ハードなエッジのあるメロディック・ロックのファンだから、意識的にそういった曲を選んだ」と語っており、この変化は意図的なものであった。

5.2 5th Album: 『Face Your Fears』詳細分析

項目 内容
タイトル Face Your Fears (フェイス・ユア・フィアーズ)
発売日 2023年2月17日
レーベル Frontiers Music Srl
プロデューサー Michele Guaitoli (ミケーレ・グイトリ)

参加メンバー:

  • Harry Hess (Vocals)
  • Marco Pastorino (Guitars) - テンペランス (Temperance)
  • Michele Guaitoli (Bass, Additional Guitars, Production)
  • Marco Andreetto (Drums)

アルバムの音楽的特徴とテーマ: アルバムタイトル 『Face Your Fears (恐怖と向き合え)』には、パンデミック (COVID-19) 後の世界に対するメッセージが込められている。ヘス(Hess)は、「誰もが恐怖を感じ、世界が混乱していた。顔を上げて前に進むことがテーマだ」と述べている。サウンド面では、マルコ・パストリーノ (Marco Pastorino) のギターがよりアグレッシブに歪んでおり、リフ主体の楽曲が増加した。しかし、メロディの美しさという核となる部分は失われていない。

全曲リスト:
  1. Unbreakable (アンブレイカブル)
  2. Situation Critical (シチュエーション・クリティカル)
  3. Shoot the Bullet (シュート・ザ・バレット) - ミュージック・ビデオも制作されたリード・トラック。モダンなヘヴィさとキャッチーなサビが同居している。
  4. Always Be There (オールウェイズ・ビー・ゼア)
  5. Dominoes (ドミノズ)
  6. Rain for Your Roses (レイン・フォー・ユア・ローゼズ)
  7. Face Your Fears (フェイス・ユア・フィアーズ)
  8. Never Gonna Let You Go (ネヴァー・ゴナ・レット・ユー・ゴー)
  9. Not This Time (ノット・ディス・タイム)
  10. In the Name of Love (イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ)
  11. Never Be Silenced (ネヴァー・ビー・サイレンスト)

批評: 多くのメディアが、この「ヘヴィな方向転換」を好意的に受け止めた。「過去数作のAOR路線からの脱却」や「よりエネルギーに満ちている」といった評価が見られ、プロジェクトが依然として進化を続けていることを証明した。

6. ソングライティングとクリエイティブ・プロセス

ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) の独自性は、その制作プロセスにある。ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) がハリー・ヘス (Harry Hess) とピート・レスペランス (Pete Lesperance) という固定されたパートナーシップによる「バンド」であるのに対し、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) は「オープンなコラボレーション・プラットフォーム」である。

6.1 主要ソングライターたちの貢献

フロンティアーズ・レコード (Frontiers Records)は、世界中の才能あるソングライターをこのプロジェクトにマッチングさせてきた。以下に主要な貢献者を挙げる。

  • The Martin Brothers (Tom & James Martin): 英国出身の兄弟ソングライター・チーム。カイメラ (Khymera) やサンストーム (Sunstorm) への楽曲提供で知られる。彼らの楽曲は、哀愁を帯びたメロディとドラマチックな展開が特徴で、初期のファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) のサウンド形成に大きく貢献した。
  • Erik Martensson (エリック・モーテンソン): スウェーデンのバンド、エクリプス (Eclipse) のフロントマンであり、W.E.T.の中心人物。現代メロディック・ロック界で最も重要なソングライターの一人。彼の提供曲は、北欧的な透明感とアリーナ・ロックのダイナミズムを兼ね備えている。
  • Alessandro Del Vecchio (アレッサンドロ・デル・ヴェッキオ): フロンティアーズ・レコード (Frontiers Records) のハウス・プロデューサー兼ソングライター。多作で知られ、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) の複数のアルバムで楽曲提供やバッキング・ボーカルを務めている。
  • Stan Meissner (スタン・メズナー): カナダのベテラン・ソングライター。『Line Of Fire』において、1989年の未発表曲を提供したことは、同アルバムの評価を決定づける要因となった。

6.2 「プロジェクト」としての利点と課題

この分業体制の最大の利点は、ハリー・ヘス (Harry Hess) が「作曲のプレッシャー」から解放され、ボーカリストとしての表現に100%注力できる点にある。ヘス (Hess)は「ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) では90%のことを自分たちでやるが、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) では意図的に違うことをやっている。私はプロデュースしないし、作曲にもあまり関わらないようにしている」と述べている。

一方で、メンバーが流動的であるため、「バンドとしての一体感 (ケミストリー) が欠如している」という批判に晒されることもある。ライブ活動がほとんど行われないことも、このプロジェクトが「スタジオ・プロジェクト」の域を出ない要因となっている。しかし、アルバムごとにプロデューサーを変え、常に新鮮なサウンドを模索し続けている点は、長寿プロジェクトとしての強みとも言える。

7. メロディック・ロックの理想郷として

ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL)は、2010年の始動から10年以上にわたり、5枚のスタジオ・アルバムをリリースし、現代メロディック・ロック・シーンにおいて確確たる地位を築き上げた。

その成功の要因は、以下の3点に集約される。

  1. ハリー・ヘス (Harry Hess) の不変の歌声: デビューから30年以上経過しても、そのハスキーでエモーショナルな歌声は衰えることを知らず、聴く者の心を揺さぶり続けている。
  2. 高品質な楽曲の安定供給: フロンティアーズ・レコード (Frontiers Records) の強力なA&R能力により、世界中のトップライターから集められた「捨て曲なし」の楽曲群が提供されている。
  3. 時代に合わせた進化: デニス・ワード (Dennis Ward) のオーセンティックなロック、ダニエル・フローレス (Daniel Flores) の北欧的AOR、ミケーレ・グイトリ (Michele Guaitoli) のモダン・ヘヴィネスと、プロデューサーを変えることでサウンドをアップデートし続けている。

ハーレム・スキャーレム (Harem Scarem) がバンドとしての成熟と変化を続ける一方で、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL)は、ファンが最も求めている「あの頃のメロディック・ロック」を、現代的なクオリティで提供し続ける「理想郷」としての機能を果たしている。今後もハリー・ヘス (Harry Hess) のライフワークの一つとして、高品質な作品が生み出されることが期待される。

8. Discography Data (ディスコグラフィ・データ一覧)

以下に、ファースト・シグナル (FIRST SIGNAL) のアルバム・データを総括する。

タイトル (English / Katakana) レーベル プロデューサー 特記事項
2010 FIRST SIGNAL
ファースト・シグナル
Frontiers / Avalon Dennis Ward デビュー作。Darren Smith参加。
2016 One Step Over The Line
ワン・ステップ・オーヴァー・ザ・ライン
Frontiers / Avalon Daniel Flores 6年ぶりの2作目。Michael Palace参加。
2019 Line Of Fire
ライン・オブ・ファイア
Frontiers / Avalon Daniel Flores Stan Meissnerとの共作曲収録。
2022 Closer To The Edge
クローサー・トゥ・ジ・エッジ
Frontiers / Avalon Daniel Flores フローレス体制最終作。
2023 Face Your Fears
フェイス・ユア・フィアーズ
Frontiers / Avalon Michele Guaitoli よりヘヴィなサウンドへ転換。

Albums

Face Your Fears CD
/

ハリー・ヘスの歌声が導く、気品あるAOR/メロディック・ロック。

Closer to the Edge CD
/

ハリー・ヘスの歌声と洗練された曲作りが光る、FIRST SIGNALのメロディック・ロック作。

Line of Fire CD
/

ハリー・ヘスの温かな歌声を軸に、FIRST SIGNALが王道AORの魅力を鮮やかに示した第3作。

One Step Over the Line CD
/

豊かな声と端正なアレンジで、王道メロディック・ロックの快感を磨き上げるFIRST SIGNAL作。

First Signal CD
/

豊かなコーラスと端正なメロディで、FIRST SIGNALが上質なAORを鳴らすデビュー作。