VIXEN
VIXENの詳しいBiographyと全作品のディスコグラフィ。アルバムごとの個別ページも掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
音楽産業におけるジェンダーの壁を破壊した先駆者
VIXEN (ヴィクセン)の半世紀にわたる軌跡と音楽的変遷
1. ロック史におけるVIXENの特異性と歴史的意義
1980年代後半、米国西海岸を中心に爆発的な盛り上がりを見せた「グラム・メタル (Glam Metal)」あるいは「ヘア・メタル (Hair Metal)」のムーブメントにおいて、VIXEN (ヴィクセン)というバンドの存在は、単なる商業的成功例以上の社会的な意義を有していた。男性中心主義が色濃く残るハードロック/ヘヴィメタル (Hard Rock / Heavy Metal) の領域において、メンバー全員が女性であり、かつ楽器演奏からパフォーマンスまでを自律的に行う「オール・フィメール・ロック・バンド (All-Female Rock Band)」として、ミリオンセラー (プラチナム・ディスク)を記録した実績は、極めて稀有な事例である。
2. 黎明期と形成: セントポールからハリウッドへの道程 (1973年-1985年)
2.1 ミネソタ州セントポールでの起源: ジェネシスと初期の構想
VIXENの歴史は、1973年のミネソタ州セントポール (St. Paul, MN) にまで遡る。当時高校生であったギタリストのジャン・クエネムンド (Jan Kuehnemund)は、ロック・スターになるという野心を抱き、最初のバンドを結成した。1970年代初頭のロックシーンにおいて、女性がエレクトリック・ギターを手にし、リード・ギタリストとしてバンドを牽引することは、社会的通念に対する挑戦でもあった。
初期のバンド名は「レモン・ペッパー (Lemon Pepper)」であり、その後「ジェネシス (Genesis)」へと改名された。この時期のメンバーには、ナンシー・シャンクス (Nancy Shanks)や、ドラマーのマーリーン・ピーターソン (Marlene Peterson)、ローリー・ヘドランド (Laurie Hedlund) らが名を連ねていた。1974年にジェネシスは解散するが、クエネムンドのヴィジョンは揺らぐことなく、1980年に新たなラインナップで再始動した際、バンド名を正式に 「VIXEN (ヴィクセン)」と定めた。「Vixen」とは「女狐」や「気性の激しい女性」を意味する語であり、VIXENが男性社会のロック界において攻撃的かつ魅力的な存在として君臨するという意思表示でもあった。
2.2 ロサンゼルスへの移住と 「Diaper Rash」時代
1981年頃(一部資料では1984年ともされるが、活動の拠点を移したプロセスを考慮すると80年代初頭から段階的であったと推測される)、ジャン・クエネムンドはより大きな成功の機会を求め、エンターテインメントの中心地であるカリフォルニア州ロサンゼルス (Los Angeles, California) へ拠点を移す決断を下した。
故郷を離れ、過酷な競争が繰り広げられるハリウッド (Hollywood) のクラブ・シーンに飛び込んだVIXENは、メンバーチェンジを繰り返しながら生存競争を戦った。この時期の特筆すべき活動として、1984年のコメディ映画『ハードボディーズ (Hardbodies)』への出演が挙げられる。この映画において、当時のVIXENは「ダイアパー・ラッシュ (Diaper Rash)」という架空のバンドとしてスクリーンに登場した。
当時のラインナップは以下の5人編成であり、後のハードロック路線とは異なるポップ・ロック的なアプローチを取っていた:
- ジャン・クエネムンド (Jan Kuehnemund): ギター
- ジャネット・ガードナー (Janet Gardner): リードボーカル
- ピア・マイオッコ (Pia Maiocco): ベース (後にスティーヴ・ヴァイ Steve Vai の妻となる)
- ローリー・ヘドランド (Laurie Hedlund): ドラムス
- タマラ・"タミー"・イワノフ (Tamara "Tammy" Ivanov): リズムギター
劇中では、「Runnin' (ランニン)」、「Give It a Chance (ギヴ・イット・ア・チャンス)」、「Mr. Cool (ミスター・クール)」、「Be with Me (ビー・ウィズ・ミー)」、「Maria(マリア)」、「Computer Madness (コンピューター・マッドネス)」といった楽曲を披露しており、これらはバンドの初期の音楽性を知る上で貴重な資料となっている。
3. 黄金時代: クラシック・ラインナップの確立と世界的成功 (1986年-1991年)
3.1 メンバーの集結とケミストリー
1980年代中盤、バンドは後に「クラシック・ラインナップ」と呼ばれる4人のメンバーへと収束していく。中心人物であるジャン・クエネムンド (Guitar)と、すでに活動を共にしていたジャネット・ガードナー (Vocals/Rhythm Guitar)に加え、デトロイト出身のドラマー、ロキシー・ペトルッチ (Roxy Petrucci)が加入した。ペトルッチは以前、姉のマキシン・ペトルッチ (Maxine Petrucci) と共にヘヴィメタル・バンド「マダムX (Madam X)」で活動しており、そのパワフルなドラミングとステージ経験はVIXENに不可欠な要素となった。最後にベーシストとしてシェア・ロス (Share Ross / 当時はシェア・ペダーセン Share Pedersen)が加わり、最強の布陣が完成した。
3.2 EMIとの契約とデビューアルバム 『Vixen』の衝撃
1987年、VIXENは大手メジャー・レーベルであるEMIマンハッタン (EMI Manhattan) のエグゼクティブたちの目に留まった。当時の音楽業界には「女性だけのロックバンドは長続きしない、売れない」という根強い偏見があったが、EMIはそのステレオタイプを打破する賭けに出た。
1988年8月31日、セルフタイトルのデビューアルバム 『Vixen (ヴィクセン)』 がリリースされた。このアルバムの制作には、当時のヒットメーカーたちがこぞって参加した。特に重要なのが、シンガーソングライターのリチャード・マークス (Richard Marx)と、ザ・チューブス (The Tubes) のフィー・ウェイビル (Fee Waybill) による貢献である。
楽曲分析:「Edge of a Broken Heart」
アルバムからのリードシングル「Edge of a Broken Heart (エッジ・オブ・ア・ブロークン・ハート)」は、バンドの運命を決定づける大ヒットとなった。リチャード・マークスがプロデュースとキーボードを担当したこの楽曲は、ビルボード HOT 100チャート (Billboard Hot 100) で26位を記録し、メインストリーム・ロック・チャートでは24位に達した。
マークスの回想録によれば、彼はこの曲を極めて短時間で書き上げたとされる。しかし、レコーディングにおいて実際にリードギターを弾いたのは、クレジットされているジャン・クエネムンドではなく、スタジオ・ミュージシャンのマイケル・ランドウ (Michael Landau) であったという説も存在するが、ライブパフォーマンスにおいてクエネムンドはその複雑なフレーズを完璧に再現し、自身の技術を証明し続けた。
この曲のミュージックビデオはMTVでヘビーローテーションされ、VIXENのヴィジュアルとサウンドは世界中のロックファンの知るところとなった。続いてシングルカットされたパワー・バラード 「Cryin' (クライン)」も全米22位というさらなるヒットを記録し、アルバム自体もビルボード200チャートで41位にランクイン、ゴールド・ディスクを獲得した。
3.3 アリーナ・ツアーと「女性版ボン・ジョヴィ」としての評価
デビューの成功により、VIXENは世界規模のツアーへと旅立つことになった。オジー・オズボーン (Ozzy Osbourne)、スコーピオンズ (Scorpions)、ボン・ジョヴィ (Bon Jovi)、エディ・マネー (Eddie Money) といった、当時のスタジアム級アーティストのサポートアクトとして、世界各地のアリーナやスタジアムで演奏を行った。
特にスコーピオンズやボン・ジョヴィとのツアーは、VIXENを「女性版ボン・ジョヴィ (The Female Bon Jovi)」として印象付ける要因となった。キャッチーなコーラス、ドライビングなギターリフ、そして華やかなルックスは、当時のメインストリーム・ハードロックの王道を行くものであった。日本においてもその人気は高く、来日公演も成功を収めている。
3.4 2ndアルバム 『Rev It Up』と音楽的成熟
過酷なツアーを経て、バンドは1990年7月に2作目のスタジオアルバム 『Rev It Up (レヴ・イット・アップ)』をリリースした。前作が外部ライターへの依存度が高かったのに対し、本作ではメンバー自身によるソングライティングの比重が増し、バンドとしてのアイデンティティがより強固になった。
シングル「How Much Love (ハウ・マッチ・ラヴ)」は、そのエネルギー溢れるリフとメロディで全米44位を記録し、『アーセニオ・ホール・ショー (The Arsenio Hall Show)』などの人気テレビ番組でもパフォーマンスされた。また、バラード「Love Is a Killer (ラヴ・イズ・ア・キラー)」 (全米71位)や、「Not a Minute Too Soon (ノット・ア・ミニット・トゥー・スーン)」といった楽曲もチャートインを果たし、英国チャートでも成功を収めた。
アルバム『Rev It Up』 はビルボード200で52位を記録した。前作ほどの爆発的なセールスではなかったものの、キッス (KISS) やディープ・パープル (Deep Purple) とのツアーを行うなど、ライブ・アクトとしての地位は揺るぎないものとなっていた。
4. 時代の転換と分裂: グランジの衝撃と解散 (1991年-1997年)
4.1 シアトルからの風: グランジの台頭
1991年、ニルヴァーナ (Nirvana) の 『Nevermind』の成功を皮切りに、音楽シーンの潮流は劇的に変化した。シアトル (Seattle) 発のグランジ (Grunge) およびオルタナティブ・ロック (Alternative Rock) が市場を席巻し、VIXENが体現していた煌びやかな「ヘア・メタル」の美学は、一夜にして「時代遅れ」の烙印を押されることとなった。
4.2 最初の解散 (1992年) と沈黙の期間
音楽的トレンドの変化に加え、長引くツアーによる疲労、マネージメントとの確執、そしてメンバー間の音楽的方向性の相違が表面化し、VIXENは1992年に解散を決定した。
解散後、メンバーはそれぞれの道を歩んだ。シェア・ロスは夫であるバン・バン (Bam Bam) と共に「ザ・ドッグス・ダムール (The Dogs D'Amour)」 や 「バブル (Bubble)」といったバンドで活動し、よりパンクやガレージ・ロック寄りのサウンドを追求した。ジャネット・ガードナーとロキシー・ペトルッチもそれぞれ個別のプロジェクトに関与したが、VIXENの名はしばらくの間、過去のものとなった。
5. 混乱の再結成と法廷闘争 (1997年-2011年)
5.1 『Tangerine』 期: クエネムンド不在の再始動 (1997年-1998年)
1997年、ドラマーのロキシー・ペトルッチとボーカルのジャネット・ガードナーは、新たなラインナップでVIXENを再始動させた。しかし、この再結成には創設者であるジャン・クエネムンドは参加しておらず、代わりにギタリストとしてジーナ・スタイル (Gina Stile)、ベーシストとしてラナ・ロス (Rana Ross / 元ファントム・ブルー Phantom Blue) が加入した。
1998年にリリースされた3rdアルバム 『Tangerine (タンジェリン)』は、かつてのグラム・メタル・サウンドを完全に捨て去り、当時主流であったポスト・グランジ (Post-Grunge) やオルタナティブ・ロックの影響を色濃く反映したダークでヘヴィな作品となった。
しかし、この活動は長くは続かなかった。ジャン・クエネムンドが 「VIXEN」 というバンド名の商標権侵害を訴えて提訴したのである。裁判の結果、クエネムンド側の主張が認められ、ガードナーとペトルッチによるVIXENは活動停止を余儀なくされ、アルバム『Tangerine』も半ば非公式な存在として扱われるようになった。
5.2 クエネムンド体制による復活と 『Live & Learn』 (2001年-2012年)
法的勝利を収めたジャン・クエネムンドは、2001年に自身の主導でVIXENを再建しようと試みた。一時的にガードナーやペトルッチと和解し、「Voices of Metal」 ツアーのためにパット・ホロウェイ (Pat Holloway) をベースに迎えて活動を開始したが、ツアー中に再びメンバー間の対立が激化。クエネムンド以外のメンバーが離脱するという事態に陥った。
クエネムンドは屈することなく、新たなメンバーを招集してバンドを存続させた。この時期のラインナップは以下の通りである:
- ジャン・クエネムンド (Jan Kuehnemund): ギター
- ジェナ・サンズ=アジェロ (Jenna Sanz-Agero): リードボーカル
- リン・ルイーズ・ロウリー (Lynn Louise Lowrey): ベース
- カット・クラフト (Kat Kraft): ドラムス
このラインナップで、2006年にライブアルバム 『Extended Versions』 (後に『Live in Sweden』として再発) および4枚目のスタジオアルバム 『Live & Learn (リヴ・アンド・ラーン)』をリリースした。『Live & Learn』は、80年代のスタイルを継承しつつも現代的なハードロックを展開した作品であったが、商業的には全盛期ほどのインパクトを残すことはできなかった。
6. 悲劇と継承: ジャンの死とレガシーの守護者たち (2012年-2018年)
6.1 幻となったオリジナル・ラインナップの再結成
2012年頃、長年の確執を超えて、クエネムンド、ガードナー、ペトルッチ、ロスの4人による「クラシック・ラインナップ」での再結成計画が水面下で進行していた。ファンが長年待ち望んだ完全復活が目前に迫っていたその時、悲劇がバンドを襲った。リーダーのジャン・クエネムンドが癌の診断を受けたのである。
6.2 ジャン・クエネムンドの逝去 (2013年)
クエネムンドは病名を公表せず、闘病生活に入ったが、9ヶ月に及ぶ壮絶な闘いの末、2013年10月10日、コロラド州コロラドスプリングス (Colorado Springs, Colorado) にて59歳でこの世を去った。彼女の死は、ロック界における女性ギタリストのパイオニアの喪失として、世界中のファンやミュージシャンに深い悲しみをもたらした。
6.3 「JSRG」から「VIXEN」へ: 意志の継承
クエネムンドの死後、残されたオリジナルメンバー (ジャネット、シェア、ロキシー)は、当初、法的および倫理的な配慮から 「VIXEN」の名を使用せず、「JSRG (メンバーの頭文字: Janet, Share, Roxy, Gina)」という名義で活動を行っていた。ギターには、『Tangerine』期に参加していたジーナ・スタイルが復帰していた。
しかし、クエネムンドが生前、「VIXEN」というバンドとその音楽が生き続けることを望んでいたという事実を受け、遺族や関係者の祝福のもと、彼女たちは再び 「VIXEN」の名を掲げて活動することを決意した。2013年以降、バンドは「モンスターズ・オブ・ロック・クルーズ (Monsters of Rock Cruise)」 などのフェスティバルやツアーを精力的に行い、往年の名曲を次世代に伝え続けている。
6.4 ブリット・ライトニングの加入とアルバム 『Live Fire』
2017年、ギタリストのジーナ・スタイルが脱退し、後任としてブリット・ライトニング (Britt Lightning/本名: ブリタニー・デナロ Brittany Denaro)が加入した。ライトニングは、ラテン・ポップのスターであるアレハンドロ・サンス (Alejandro Sanz) やレイチェル・プラッテン (Rachel Platten) のツアー・ギタリストを務めた経歴を持つ実力派であり、バークリー音楽大学 (Berklee College of Music) 出身の才女である。
2018年には、この新体制によるライブアルバム 『Live Fire (ライヴ・ファイア)』がラット・パック・レコード (Rat Pak Records) からリリースされた。このアルバムには、シカゴ (Chicago)での熱狂的なライブ音源に加え、「You Ought to Know by Now (ユー・オート・トゥ・ノウ・バイ・ナウ)」などの新録スタジオ・トラックも収録され、バンドの健在ぶりをアピールした。
7. 新時代への変遷: メンバーの交代と現在 (2019年-2025年)
7.1 ジャネット・ガードナーの脱退とロレイン・ルイスの加入
2019年1月、長年にわたりバンドの「声」であったジャネット・ガードナーが、自身のソロ活動や家族との時間を優先するためにバンドを脱退した。バンドの顔の喪失という危機に対し、VIXENは即座に後任を発表した。同じく1980年代に活躍した女性バンド「ファム・ファタール (Femme Fatale)」の元リードボーカル、ロレイン・ルイス (Lorraine Lewis) である。ルイスの加入は、同時代を生き抜いた盟友同士の融合としてファンに好意的に受け入れられた。
7.2 シェア・ロスの活動休止とジュリア・ラージの加入
2022年2月、ベーシストのシェア・ロスが活動休止 (hiatus)を発表した。後任として加入したのは、ブラジル出身のベーシスト、ジュリア・ラージ (Julia Lage)である。ラージは、元スミス/コッツェン (Smith/Kotzen) での活動や、ギタリストのリッチー・コッツェン (Richie Kotzen) の妻としても知られ、ラテン・グラミー賞にノミネートされた経歴を持つ実力派ミュージシャンである。彼女の加入により、VIXENは初めてアメリカ人以外のメンバーを擁することとなり、より国際的かつテクニカルな要素を取り入れることになった。
2023年、このラインナップ (ペトルッチ、ライトニング、ルイス、ラージ)での初のシングル「Red (レッド)」をリリース。フレッド・コーリー (Fred Coury / シンデレラ Cinderella のドラマー)との共作によるこの楽曲は、ミュージックビデオも制作され、バンドの新たな章の幕開けを告げた。
7.3 最新の動向: ローザ・ラリキュータの加入 (2024年-)
2024年5月、ロレイン・ルイスがバンドを脱退。翌6月、新たなリードシンガーとしてカナダ・モントリオール出身のローザ・ラリキュータ (Rosa Laricchiuta) が加入したことが発表された。
ラリキュータは、ケベック州版『The Voice (La Voix)』のファイナリストとして注目を浴び、トランス・シベリアン・オーケストラ (Trans-Siberian Orchestra)のツアーメンバーや、自身のプロジェクト 「ブラック・ローズ・メイズ (Black Rose Maze)」での活動で知られるパワフルなボーカリストである。彼女の加入後の初ライブは、2024年6月21日、カリフォルニア州アナハイムのホンダ・センター (Honda Center)で行われ、グレート・ホワイト (Great White)、スローター (Slaughter)、クワイエット・ライオット (Quiet Riot) らと共演した。
2025年現在、VIXENはロキシー・ペトルッチを中心とした新体制で活動を続けている。同年にはクリスマス・シングルとして、チャック・ベリー (Chuck Berry) の名曲カバー「Run Rudolph Run (ラン・ルドルフ・ラン)」をリリースし、新たなレコーディング作品への意欲も見せている。
8. ディスコグラフィ (Discography)
VIXENがリリースした主要な作品について、トラックリスト、チャート成績、リリースの背景を詳述する。
8.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)
| トラック | 曲名(英語) | 曲名(日本語表記) | 時間 | 備考・チャート成績 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Edge of a Broken Heart | エッジ・オブ・ア・ブロークン・ハート | 4:24 | Billboard Hot 100: #26, UK: #51 |
| 2 | I Want You to Rock Me | アイ・ウォント・ユー・トゥ・ロック・ミー | 3:30 | ライブでの定番曲 |
| 3 | Cryin' | クライン | 3:32 | Billboard Hot 100: #22, UK: #27 |
| 4 | American Dream | アメリカン・ドリーム | 4:19 | |
| 5 | Desperate | デスパレート | 4:16 | |
| 6 | One Night Alone | ワン・ナイト・アローン | 3:50 | |
| 7 | Hell Raisers | ヘル・レイザーズ | 4:27 | |
| 8 | Love Made Me | ラヴ・メイド・ミー | 3:18 | UKチャート: #36 |
| 9 | Waiting | ウェイティング | 3:11 | |
| 10 | Cruisin' | クルージン | 4:24 | |
| 11 | Charmed Life | チャームド・ライフ | 4:05 | CD版ボーナストラック等に含まれる場合あり |
| トラック | 曲名(英語) | 曲名(日本語表記) | 時間 | 備考・チャート成績 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Rev It Up | レヴ・イット・アップ | 5:00 | |
| 2 | How Much Love | ハウ・マッチ・ラヴ | 4:40 | Billboard Hot 100: #44, Mainstream Rock: #11 |
| 3 | Love Is a Killer | ラヴ・イズ・ア・キラー | 4:43 | Billboard Hot 100: #71, UK: #41 |
| 4 | Not a Minute Too Soon | ノット・ア・ミニット・トゥー・スーン | 4:26 | UKチャート: #37 |
| 5 | Streets in Paradise | ストリーツ・イン・パラダイス | 4:32 | ドラマ『ビバリーヒルズ青春白書』挿入歌 |
| 6 | Hard 16 | ハード・シックスティーン | 4:05 | |
| 7 | Bad Reputation | バッド・レピュテーション | 4:09 | |
| 8 | Fallen Hero | フォールン・ヒーロー | 5:17 | |
| 9 | Only a Heart Beat Away | オンリー・ア・ハートビート・アウェイ | 5:07 | |
| 10 | It Wouldn't Be Love | イット・ウドゥント・ビー・ラヴ | 4:42 | |
| 11 | Wrecking Ball | レッキング・ボール | 5:12 |
| トラック | 曲名(英語) | 曲名(日本語表記) | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | Page | ページ | |
| 2 | Tangerine | タンジェリン | |
| 3 | Never Say Never | ネヴァー・セイ・ネヴァー | |
| 4 | Peace | ピース | |
| 5 | Barely Breathing | ベアリー・ブリージング | |
| 6 | Bleed | ブリード | |
| 7 | Stay | ステイ | |
| 8 | Shut Up | シャット・アップ | |
| 9 | Machine | マシーン | |
| 10 | Air Balloon | エアー・バルーン | |
| 11 | Can't Control Myself | キャント・コントロール・マイセルフ | |
| 12 | Swatting Flies in Wanker County | スワッティング・フライズ・イン・ワンカー・カウンティ | インストゥルメンタル (隠しトラック) |
| トラック | 曲名(英語) | 曲名(日本語表記) | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | Anyway | エニウェイ | |
| 2 | Live & Learn | リヴ・アンド・ラーン | |
| 3 | I Try | アイ・トライ | |
| 4 | Little Voice | リトル・ヴォイス | |
| 5 | Pacifist | パシフィスト | |
| 6 | Don't Want It Anymore | ドント・ウォント・イット・エニモア | |
| 7 | Love Song | ラヴ・ソング | |
| 8 | Angry | アングリー | |
| 9 | I'm Sorry | アイム・ソーリー | |
| 10 | You Wish | ユー・ウィッシュ | |
| 11 | Suffragette City | サフラジェット・シティ | デヴィッド・ボウイのカバー |
| 12 | Give Me Away | ギヴ・ミー・アウェイ |
8.2 ライブ・アルバム (Live Albums)
- Extended Versions (Live in Sweden) (2006年): 2005年のスウェーデン・ロック・フェスティバルでのパフォーマンスを収録。クエネムンド体制での録音。
- Live Fire (2018年): クラシック・メンバー3名+ブリット・ライトニングによるシカゴでのライブ盤。「You Ought to Know by Now」等のボーナス・スタジオ・トラックを含む。
8.3 主要シングル・その他 (Singles & Others)
- Red (2023年): ロレイン・ルイス&ジュリア・ラージ加入後初のシングル。
- Run Rudolph Run (2025年): チャック・ベリーのカバー。クリスマス・シングル
- Hardbodies Soundtrack (1984年): "Runnin'", "Give It a Chance", "Mr. Cool", "Be with Me", "Maria", "Computer Madness" (Diaper Rash名義)。
9. メンバー・バイオグラフィ (Band Members Biography)
VIXENの歴史を彩った主要メンバーについて、その経歴と役割を詳述する。
9.1 クラシック・ラインナップ (The Classic Lineup: 1987-1992, 2012-2013)
ジャン・クエネムンド (Jan Kuehnemund)
- 担当: リードギター、バッキング・ボーカル
- 出身: ミネソタ州セントポール (St. Paul, MN)
- 生没年: 1953年11月18日-2013年10月10日
- 人物: VIXENの創設者であり、精神的支柱。「女性エディ・ヴァン・ヘイレン」とも称されるタッピング奏法やアーミングを駆使したテクニカルなプレイスタイルが特徴。黒いレスポール・カスタムを愛用。2013年に癌により59歳で死去するまで、生涯をロックに捧げた。
ジャネット・ガードナー (Janet Gardner)
- 担当: リードボーカル、リズムギター
- 在籍期間: 1983-1992, 1997-1998, 2001, 2012-2019
- 人物: VIXENの声を決定づけたフロントウーマン。ハスキーでありながら伸びやかなハイトーン・ボイスは、80年代ハードロックの象徴の一つ。歯科衛生士の資格を持ち、バンド解散中は医療現場で働いていたという異色の経歴を持つ。2019年に脱退し、現在は夫ジャスティン・ジェームズ (Justin James) と共にソロ活動を展開している。
ロキシー・ペトルッチ (Roxy Petrucci)
- 担当: ドラムス、バッキング・ボーカル
- 在籍期間: 1986-1992, 1997-1998, 2001, 2012-現在
- 出身: ミシガン州ロチェスター (Rochester, MI)
- 人物: ヘヴィメタル・バンド 「マダムX (Madam X)」を経てVIXENに加入。強力なツーバス(ダブル・バス・ドラム)を操るパワフルなドラミングが特徴。姉のマキシン・ペトルッチも著名なギタリストである。現在、オリジナル・メンバーとしてバンドに残る唯一の人物であり、VIXENのリズムと精神を支え続けている。
シェア・ロス (Share Ross / 旧姓 Pedersen)
- 担当: ベース、バッキング・ボーカル
- 在籍期間: 1987-1992, 2004, 2012-2022
- 人物: 堅実なベースプレイとコーラスワークでバンドのボトムを支えた。バンド脱退後は、夫のバン・バンと共に「バブル (Bubble)」 などのバンドで活動。また、オンラインでの編み物コミュニティの運営や、ライフコーチとしての活動など、音楽以外でも多彩な才能を発揮している。2022年より活動休止中。
9.2 現在のメンバー (Current Members as of 2025)
ブリット・ライトニング (Britt Lightning / 本名 Brittany Denaro)
- 担当: ギター、バッキング・ボーカル
- 加入: 2017年
- 人物: ジーナ・スタイルの後任として加入。バークリー音楽大学出身。レディー・ガガのバックバンド経験や、女性向けロック・キャンプの指導者としての顔も持つ。VIXENに現代的なテクニックと若々しいエネルギーを注入した。
ジュリア・ラージ (Julia Lage)
- 担当: ベース、バッキング・ボーカル
- 加入: 2022年
- 出身: ブラジル (Brazil)
- 人物: シェア・ロスの後任として加入。夫はリッチー・コッツェン。スミス/コッツェン (Smith/Kotzen) のツアーメンバーや、ブラジルのバンド 「Barra da Saia」での活動(ラテン・グラミー賞ノミネート)など、輝かしいキャリアを持つ。指弾きを主体としたグルーヴ感のあるプレイが特徴。
ローザ・ラリキュータ (Rosa Laricchiuta)
- 担当: リードボーカル
- 加入: 2024年
- 出身: カナダ・モントリオール (Montreal, Canada)
- 人物: ケベック州のテレビ番組 『La Voix』で頭角を現し、トランス・シベリアン・オーケストラで全米ツアーを経験。自身のバンド「ブラック・ローズ・メイズ」ではメロディック・ハードロックを追求している。ロレイン・ルイスの後任として、その圧倒的な声量とステージ・プレゼンスでVIXENの新たな顔となった。
9.3 その他の主要な歴代メンバー
- ジーナ・スタイル (Gina Stile): ギター。『Tangerine』 期および2013年の再結成初期に参加。よりモダンで攻撃的なギタースタイルを持ち、サンダーボルト (Thunderbolt) という自身のバンドでも活動した。
- ロレイン・ルイス (Lorraine Lewis): ボーカル。元ファム・ファタール。2019年から2024年まで在籍し、ジャネット・ガードナー脱退後のバンドを支えた功労者。
- ジェナ・サンズ=アジェロ (Jenna Sanz-Agero): ボーカル。2000年代のクエネムンド体制でのフロントウーマン。弁護士としてのキャリアも持つ。
10. VIXENの不滅のレガシー
VIXENは、1970年代のミネソタ州セントポールでジャン・クエネムンドが描いた夢から始まり、半世紀以上にわたってロック・シーンを生き抜いてきた。VIXENは、「女性はロックができない」「女性バンドは売れない」という偏見に対し、音楽的実力と商業的成功(『Edge of a Broken Heart』のヒットやプラチナ・アルバム獲得) をもって反証した。
その道のりは決して平坦ではなかった。グランジの台頭によるシーンからの追放、バンド名の権利を巡る骨肉の争い、そして創設者の早すぎる死という、バンド存続を危ぶませる数々の試練に直面してきた。しかし、ロキシー・ペトルッチを中心とする現在のメンバーは、新曲のリリースや精力的なライブ活動を通じて、VIXENという名の灯火を守り続けている。
今日、ヘイルストーム (Halestorm) やプリティー・レックレス (The Pretty Reckless)、ザ・ウォーニング (The Warning) といった女性主導のハードロック・バンドが世界的な成功を収めている背景には、VIXENが80年代に切り開いた道の存在があることは疑いようがない。VIXENの物語は、単なるバンドの伝記を超え、困難に立ち向かう不屈の精神 (Resilience)と、音楽への純粋な情熱を体現する現代の叙事詩であると言えるだろう。