ROUGH CUTTと同ジャンルの作品
ROUGH CUTT
1980年代のロサンゼルス (Los Angeles)は、世界のハードロックおよびヘヴィメタルシーンの中心地であった。
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ROUGH CUTTと同ジャンルの作品
ROUGH CUTTの作品年代を含む一覧
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Biography
1980年代のロサンゼルス (Los Angeles)は、世界のハードロックおよびヘヴィメタルシーンの中心地であった。ウェスト・ハリウッド (West Hollywood) のサンセット・ストリップ (Sunset Strip) に位置するウィスキー・ア・ゴーゴー (Whisky a Go Go)、ザ・トルバドゥール (The Troubadour)、スターウッド (Starwood) といった伝説的なクラブは、毎夜のように派手なメイクとスパンデックスに身を包んだミュージシャンたちで溢れかえり、後に「グラム・メタル (Glam Metal)」や「ヘア・メタル (Hair Metal)」と定義される一大ムーブメントを形成していた。モトリー・クルー (Mötley Crüe) が火をつけ、ラット (Ratt) が続き、ポイズン (Poison) やガンズ・アンド・ローゼズ (Guns N' Roses) がその頂点を極めたこの時代において、ラフ・カット (ROUGH CUTT) は特異かつ重要な位置を占めている。
ラフ・カット (ROUGH CUTT)は、商業的な売上枚数だけで判断すれば、数多存在する「中堅バンド」の一つに過ぎないかもしれない。しかし、その音楽的質の高さ、メンバー個々の卓越、そしてROUGH CUTTが織りなした人脈の広がりは、80年代LAメタルシーンの歴史を語る上で不可欠な「失われたリンク」としての重要性を持っている。ROUGH CUTTは、ジェイク・E・リー (Jake E. Lee) がオジー・オズボーン (Ozzy Osbourne) へと羽ばたくための滑走路であり、ロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) が自らのバンドメンバー (クロード・シュネル (Claude Schnell)、クレイグ・ゴールディ (Craig Goldy)) を見出すための人材バンクであり、そしてポール・ショーティノ (Paul Shortino) という稀代のブルーズ・ロック・シンガーを世に送り出した母体であった。
ラフ・カット (ROUGH CUTT) の物語は、ロサンゼルス (Los Angeles) ではなく、南に位置するカリフォルニア州サンディエゴ (San Diego, California) から始まる。1970年代末から80年代初頭にかけて、サンディエゴのローカルシーンには才能ある若きミュージシャンたちが集まっていた。この時期、後にラフ・カット (ROUGH CUTT) の核となるメンバーたちは、マジック (Magic) というバンド名で活動を行っていた。