ROUGH CUTT

1980年代のロサンゼルス (Los Angeles)は、世界のハードロックおよびヘヴィメタルシーンの中心地であった。

Biography

ラフ・カット (ROUGH CUTT) の軌跡
LAメタルシーンにおける栄光、挫折、不滅の遺産

1. サンセット・ストリップの未完の帝王

1980年代のロサンゼルス (Los Angeles)は、世界のハードロックおよびヘヴィメタルシーンの中心地であった。ウェスト・ハリウッド (West Hollywood) のサンセット・ストリップ (Sunset Strip) に位置するウィスキー・ア・ゴーゴー (Whisky a Go Go)、ザ・トルバドゥール (The Troubadour)、スターウッド (Starwood) といった伝説的なクラブは、毎夜のように派手なメイクとスパンデックスに身を包んだミュージシャンたちで溢れかえり、後に「グラム・メタル (Glam Metal)」や「ヘア・メタル (Hair Metal)」と定義される一大ムーブメントを形成していた。モトリー・クルー (Mötley Crüe) が火をつけ、ラット (Ratt) が続き、ポイズン (Poison) やガンズ・アンド・ローゼズ (Guns N' Roses) がその頂点を極めたこの時代において、ラフ・カット (ROUGH CUTT) は特異かつ重要な位置を占めている。

ラフ・カット (ROUGH CUTT)は、商業的な売上枚数だけで判断すれば、数多存在する「中堅バンド」の一つに過ぎないかもしれない。しかし、その音楽的質の高さ、メンバー個々の卓越、そしてROUGH CUTTが織りなした人脈の広がりは、80年代LAメタルシーンの歴史を語る上で不可欠な「失われたリンク」としての重要性を持っている。ROUGH CUTTは、ジェイク・E・リー (Jake E. Lee) がオジー・オズボーン (Ozzy Osbourne) へと羽ばたくための滑走路であり、ロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) が自らのバンドメンバー (クロード・シュネル (Claude Schnell)、クレイグ・ゴールディ (Craig Goldy)) を見出すための人材バンクであり、そしてポール・ショーティノ (Paul Shortino) という稀代のブルーズ・ロック・シンガーを世に送り出した母体であった。

2. 前史: サンディエゴからの胎動と「Magic」の時代 (1970年代末 - 1981年)

ラフ・カット (ROUGH CUTT) の物語は、ロサンゼルス (Los Angeles) ではなく、南に位置するカリフォルニア州サンディエゴ (San Diego, California) から始まる。1970年代末から80年代初頭にかけて、サンディエゴのローカルシーンには才能ある若きミュージシャンたちが集まっていた。この時期、後にラフ・カット (ROUGH CUTT) の核となるメンバーたちは、マジック (Magic) というバンド名で活動を行っていた。

2.1 「Magic」の結成とメンバー構成

「マジック (Magic)」は、ラフ・カット (ROUGH CUTT) の直接的な前身バンドと見なすことができる。このバンドには、以下の主要メンバーが在籍していた。

  • ポール・ショーティノ (Paul Shortino): ボーカル。彼の声は、当時のメタルシーンで主流になりつつあったハイトーン・スクリーミングとは一線を画し、ポール・ロジャース (Paul Rodgers) やデヴィッド・カヴァデール (David Coverdale) を彷彿とさせる深くソウルフルなブルーズ・ベースの響きを持っていた。
  • ジェイク・E・リー (Jake E. Lee): ギター。当時はまだ無名であったが、その鋭利なリフワークとアクロバティックなソロプレイは、既に地元のシーンで注目を集めていた。
  • クロード・シュネル (Claude Schnell): キーボード。バンドに厚みとメロディックな色彩を加える重要な役割を担っていた。
  • ジョーイ・クリストファニリ (Joey Cristofanilli): ベース。堅実なリズム隊としてバンドを支えた。

彼らはサンディエゴ周辺での活動を通じて着実に実力をつけ、より大きな成功を求めてロサンゼルス (Los Angeles) への進出を画策し始めた。この時期、彼らのサウンドはまだ洗練されていなかったものの、各メンバーの技術レベルの高さは、既にメジャー級のポテンシャルを秘めていたと言える。

2.2 ロサンゼルスへの移住とシーンとの接触

1981年後半、バンドは拠点をロサンゼルス (Los Angeles) に移し、バンド名をラフ・カット (ROUGH CUTT) に改名した。彼らが飛び込んだ当時のLAシーンは、ヴァン・ヘイレン (Van Halen) の成功以降、次なるギターヒーローやスターバンドを求めるレコード会社のスカウトたちが目を光らせる、激しい競争の場であった。

ラフ・カット (ROUGH CUTT)は、ミッキー・ラット (Mickey Ratt) (後のラット (Ratt))周辺のコミュニティと密接な関係を持っていた。実際、ジェイク・E・リー (Jake E. Lee) やドラマーのデイヴ・アルフォード (Dave Alford)は、スティーヴン・パーシー (Stephen Pearcy) 率いるミッキー・ラット (Mickey Ratt) に在籍していた時期があり、メンバー間の交流は極めて流動的であった。この「ラット・ファミリー」とも言える人脈の中で、ラフ・カット (ROUGH CUTT) は徐々にその陣容を固めていくことになる。

3. 激動の初期: メンバー流出と再編のドラマ (1981年-1984年)

ラフ・カット (ROUGH CUTT) の初期の歴史は、その才能の豊かさが仇となったかのような、絶え間ないメンバーチェンジの連続であった。ROUGH CUTTのライブパフォーマンスは評判を呼んだが、それは同時に、他の既に成功した、あるいはデビュー直前のバンドにとっての「引き抜きリスト」として機能することになってしまったのである。

3.1 ジェイク・E・リーの離脱とオジー・オズボーンへの加入

1982年は、バンドにとって最初にして最大の転機となった。ギタリストのジェイク・E・リー (Jake E. Lee) がバンドを去ったのである。この離脱の背景には、ヘヴィメタル界の二人の巨頭、ロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) とオジー・オズボーン (Ozzy Osbourne) が関わっていた。

当時、ブラック・サバス (Black Sabbath) を脱退し、自身のバンド、ディオ (Dio)を結成しようとしていたロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio)は、ギタリストを探していて、ジェイク・E・リー (Jake E. Lee) はオーディションを受け、一時的には採用されたとも伝えられているが、正式加入はしていない。しかし、ロニー (Ronnie) はより重厚なサウンドを求めており、最終的にヴィヴィアン・キャンベル (Vivian Campbell) を選択した(あるいはジェイクがオジーを選んだという説もあるが、タイミングとしては交差している)。

その後、ジェイク・E・リー (Jake E. Lee)は、飛行機事故で急逝したランディ・ローズ (Randy Rhoads) の後任を探していたオジー・オズボーン (Ozzy Osbourne) のオーディションを受けることになる。彼はその場で即座に採用され、世界的なスターダムへと駆け上がっていった。ラフ・カット (ROUGH CUTT)は、結成早々にメインソングライターの一人であり、視覚的にも音楽的にも核となるギタリストを失うことになったのである。

3.2 ディオ・コネクションの強化とクレイグ・ゴールディの加入

ジェイク・E・リー (Jake E. Lee) の後任としてバンドに加入したのは、サンディエゴ (San Diego)のバンド、ヴェンジェンス (Vengeance) で活動していたクレイグ・ゴールディ (Craig Goldy)であった。彼のプレイスタイルは、リッチー・ブラックモア (Ritchie Blackmore)への傾倒を感じさせるクラシカルで構築的なものであり、バンドのサウンドに新たな方向性をもたらした。

この時期、ラフ・カット (ROUGH CUTT) はロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) とその妻であり敏腕マネージャーのウェンディ・ディオ (Wendy Dio) との結びつきを急速に強めていった。ウェンディ・ディオ (Wendy Dio) はラフ・カット (ROUGH CUTT) のマネージメントを引き受け、ROUGH CUTTを「ニジ・マネージメント (Niji Management)」の所属アーティストとして手厚く保護した。彼女はバンドのファンクラブ運営を取り仕切り、ロニー (Ronnie) はROUGH CUTTのデモ制作を監修するなど、まさに「ディオ・ファミリー (Dio Family)」の一員としての扱いを受けた。

しかし、この「ディオ・コネクション」は、バンドから再び人材を奪う結果も招いた。キーボードのクロード・シュネル (Claude Schnell) が1983年にディオ (Dio) に引き抜かれたのである。さらに、クレイグ・ゴールディ (Craig Goldy)もまた、後にグレッグ・ジェフリア (Greg Giuffria) のバンド、ジェフリア (Giuffria) を経て、最終的にはディオ (Dio) のギタリストとなる運命にあった。

3.3 クラシック・ラインナップの完成

相次ぐメンバーの離脱を経て、1983年から1984年にかけて、ラフ・カット (ROUGH CUTT) はようやく安定したラインナップを確立する。これが後にメジャーデビューを果たすことになる「クラシック・ラインナップ」である。

The following table:

メンバー名 (Name) 担当楽器 (Role) 以前の経歴 (Background)
ポール・ショーティノ (Paul Shortino) ボーカル Magic
デイヴ・アルフォード (Dave Alford) ドラム・ボーカル Ratt (Mickey Ratt), Magic
アミール・デラク (Amir Derakh) ギター・シンセサイザ Armed Forces
クリス・ヘイガー (Chris Hager) ギター Ratt (Mickey Ratt), Sarge
マット・ソー (Matt Thorr/Matt Thorne) ベース Ratt (Mickey Ratt), Sarge

ここで特筆すべきは、クリス・ヘイガー (Chris Hager) とマット・ソー (Matt Thorr) の加入である。彼らは共に初期のラット (Ratt) に在籍しており (クリス・ヘイガーはスティーヴン・パーシーと共にラットの前身バンドからの創設メンバーの一人でもある)、ラットを脱退した後にサージ (Sarge) というバンドを結成していた。このサージ (Sarge) からのリズム隊およびギタリストの流入により、ラフ・カット (ROUGH CUTT) のサウンドは、ラット (Ratt) が持つLAメタルの華やかさとドライヴ感に、ポール・ショーティノ (Paul Shortino) のブルージーな深みが融合した独自のスタイルへと進化した。

アミール・デラク (Amir Derakh)は、クレイグ・ゴールディ (Craig Goldy) の後任として加入した。彼は伝統的なハードロック・ギターのスタイルを持ちつつも、新しいテクノロジーやシンセサイザーの導入にも積極的であり、後のバンドのサウンドメイキングにおいて重要な役割を果たすことになる(彼は後にインダストリアル・ロックバンドのオージー (Orgy)で大成功を収めることからも、その先進性が伺える)。

4. デビューへの道と初期のスタジオワーク (1983年-1984年)

ワーナー・ブラザース (Warner Bros. Records) ととの契約を獲得する前、バンドはいくつかの重要なレコーディングを行っている。これらの音源は、当時のバンドの勢いと音楽的な方向性を示す貴重な資料となっている。

4.1 コンピレーション・アルバムへの参加

ウェンディ・ディオ (Wendy Dio)の尽力により、バンドは2つの重要なコンピレーション・アルバムに参加する機会を得た。

  • 1. 『L.A.'s Hottest Unsigned Bands』 (1983): このアルバムには、「A Little Kindness」と「Used and Abused」の2曲が収録された。これらはロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) がプロデュースを担当したとされる。一部の資料ではジェイク・E・リー (Jake E. Lee) がプレイしているとも言われるが、リリースのタイミングとメンバーチェンジの激しさが重なり、正確なクレジットについてはファンの間でも議論の対象となっている。しかし、楽曲のクオリティは極めて高く、バンドのポテンシャルを業界に示すには十分であった。
  • 2. 『KLOS 95 1/2: Rock to Riches』 (1983): ロサンゼルス (Los Angeles) の有力ロックラジオ局KLOSが企画したこのコンピレーションには、「Try a Little Harder」が提供された。このバージョンではクレイグ・ゴールディ (Craig Goldy) がギターを弾いていることが確認されている。この曲は、バンドのアグレッシブな側面とメロディックな側面が同居した佳曲であり、地元での認知度向上に大きく貢献した。

4.2 フィドラーズ・セッション (The Fiddler Sessions)

1984年、メジャーデビューに向けたプリプロダクションおよびデモ制作として、バンドは「フィドラーズ・スタジオ (Fiddler's Studio)」で集中的なレコーディングを行った。この時の音源は長らく海賊盤などでしか聴くことができなかったが、2019年に『The Fiddler Sessions '84』 として正式にリリースされた。

このセッションには、「Take Her」、「Cutt Your Heart Out」、「Dreamin' Again」といったデビューアルバムに収録されることになる楽曲の初期バージョンが含まれている。これらは、トム・アロム (Tom Allom) による後のプロデュースワークほど洗練されてはいないものの、バンドが本来持っていた生々しいエネルギーと、ライブハウスで培われたダイナミズムがそのままパッケージされており、資料的価値だけでなく音楽作品としても高い評価を得ている。

5. 1stアルバム 『ROUGH CUTT』とシーンでの立ち位置 (1985年)

1985年、満を持してリリースされたデビューアルバム 『ROUGH CUTT』は、バンドの運命を決定づける重要な作品であった。

5.1 制作体制とトム・アロムの起用

プロデューサーには、ジューダス・プリースト (Judas Priest) やブラック・サバス (Black Sabbath)との仕事で知られる英国のトム・アロム (Tom Allom) が起用された。彼の起用は、バンドが単なる「ヘア・メタル」バンドではなく、より正統派で重量感のあるヘヴィメタルバンドとして売り出そうとしていたことを示唆している。ワーナー・ブラザース (Warner Bros.) とニジ・マネージメント (Niji Management) の期待の大きさが伺える布陣であった。

5.2 アルバム楽曲分析

アルバムは、バンドの多面的な魅力を凝縮した構成となっている。

  • "Take Her": アルバムのオープニングを飾るこの曲は、クリス・ヘイガー (Chris Hager) の鋭いリフとポール・ショーティノ (Paul Shortino) のパワフルなシャウトが炸裂する、典型的なLAメタル・アンセムである。共作者としてロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) もクレジットされており、彼のメロディセンスが反映されている。 "Piece of My Heart": ジャニス・ジョプリン (Janis Joplin) (オリジナルはアーマ・フランクリン (Erma Franklin)) のカバー。通常、メタルバンドが女性ソウルシンガーの曲をカバーするのは珍しいが、ショーティノの声質との相性は抜群であり、バンドのブルージーなルーツを強調することに成功した。
  • "Dreamin' Again": アルバムのハイライトとも言えるパワーバラード。ウェンディ・ディオ (Wendy Dio) が作詞に関わったこの曲は、哀愁漂うメロディとドラマチックな展開 を持ち、当時の「パワーバラード・ブーム」に乗るポテンシャルを十分に持っていた。
  • • "Black Widow": 重厚なリズムとダークな雰囲気が支配する、初期ディオ (Dio) やブラック・サバス (Black Sabbath)を彷彿とさせる楽曲。トム・アロム (Tom Allom) のプロデュースワークが最も活きているトラックの一つである。

5.3 商業的成果と『Hear 'n Aid』への参加

アルバムは批評家からは好意的に受け入れられたが、商業的な爆発力には欠けた。当時、シーンは既にモトリー・クルー (Mötley Crüe) の『Theatre of Pain』 やラット (Ratt) の『Invasion of Your Privacy』 といった大ヒット作で飽和状態にあり、新人バンドが割って入るには非常に高い壁が存在した。

しかし、バンドの知名度を一気に世界レベルへと押し上げたイベントがあった。それが 『ヒア・アンド・エイド (Hear 'n Aid)』 である。1985年、ロニー・ジェイムス・ディオ (Ronnie James Dio) が発起人となり、アフリカの飢餓救済を目的に結成されたこのヘヴィメタル・チャリティ・プロジェクトに、ラフ・カット (ROUGH CUTT) のメンバーは全面的に参加した。

  • ポール・ショーティノ (Paul Shortino): メインテーマ曲 「Stars」において、ロブ・ハルフォード (Rob Halford)、ブルース・ディッキンソン (Bruce Dickinson)、ドン・ドッケン (Don Dokken) といった伝説的なシンガーたちと肩を並べ、ソロパートを歌唱した。彼のハスキーでソウルフルな歌声は、きらびやかなハイトーンボイスが並ぶ中で異彩を放ち、多くのリスナーに「この声の主は誰だ?」 という強烈な印象を与えた。
  • ・ その他のメンバー: クリス・ヘイガー (Chris Hager)、アミール・デラク (Amir Derakh)、デイヴ・アルフォード (Dave Alford)、マット・ソー (Matt Thorr)は、「Stars」のバッキング・ボーカル (コーラス隊) として参加し、PVにもその姿が収められている。

このプロジェクトへの参加は、ROUGH CUTTが「ディオ・ファミリー」の中核であることを世界に示すと同時に、ポール・ショーティノ (Paul Shortino) というシンガーの実力を証明する絶好の機会となった。その後、バンドはディオ (Dio) の 『Sacred Heart』 ツアーのオープニングアクトとして全米およびヨーロッパを巡り、アリーナクラスの会場での経験を積んでいった。

6. 転換期の2ndアルバム『Wants You!』 (1986年)

デビューアルバムの成果を受け、バンドとレーベルは次なるステップとして、よりメインストリームでの成功を目指す戦略をとった。それが1986年の2ndアルバム 『Wants You!』である。

6.1 ジャック・ダグラスによるプロデュースとサウンドの変化

プロデューサーには、エアロスミス (Aerosmith) の 『Toys in the Attic』 や 『Rocks』、ジョン・レノン (John Lennon) の 『Double Fantasy』を手掛けた名匠、ジャック・ダグラス (Jack Douglas) が起用された。彼の起用は、バンドのサウンドをよりラジオフレンドリーで、洗練されたアリーナ・ロックへとシフトさせることを意図していた。前作のヘヴィでダークな質感は後退し、きらびやかなシンセサイザーの使用や、キャッチーなコーラスワークが前面に押し出された。

6.2 楽曲とビジュアル戦略

アルバムジャケットには、リムジンの窓からメンバーが顔を出す写真が使用され、タイトル『Wants You!』と共に、当時のバブル経済的な華やかさを象徴するビジュアル戦略が採られた。

  • "Rock the USA": アルバムのオープニングナンバーであり、ライブでのアンセムとなることを意図して作られた楽曲。アメリカ国歌のような勇壮さと、シンプルなロックンロールのリズムが融合している。
  • "Wants You!": タイトル・トラックであり、性急なビートとポップなメロディが特徴。
  • "The Night Cries Out (For You)": アルバムのラストを飾る壮大なナンバー。アミール・デラク (Amir Derakh) のギターシンセサイザーや空間的なエフェクトが効果的に使用され、バンドの表現力の広がりを示している。

6.3 商業的失敗と内部の亀裂

しかし、この方向転換は必ずしも成功したとは言えなかった。既存のファンからは「コマーシャルになりすぎた」との批判を受け、新規ファンの獲得も限定的であった。クリス・ヘイガー (Chris Hager) は後に、「2ndアルバムで少しコマーシャルになりすぎたことが間違いだった。自分たちの本来の良さを見失ってしまった」と回想している。セールスの不振はバンド内の空気を悪化させ、メンバー間の音楽的な意見の相違や将来への不安が表面化し始めた。

7. 解散:ポール・ショーティノの脱退とその後 (1987年-1990年代)

1987年、バンドの崩壊は決定的なものとなった。

7.1 クワイエット・ライオットへの移籍

当時、全米No.1アルバム 『Metal Health』で知られるクワイエット・ライオット (Quiet Riot)は、フロントマンのケヴィン・ダブロウ (Kevin DuBrow) の奔放な言動やバンド内の不和により、彼を解雇するという事態に陥っていた。後任のシンガーを探していた彼らが白羽の矢を立てたのが、ラフ・カット (ROUGH CUTT) のポール・ショーティノ (Paul Shortino)であった。

ショーティノにとって、これは既にゴールド/プラチナム・ディスクの実績を持つビッグバンドへの移籍であり、断る理由のないオファーであった。彼はラフ・カット (ROUGH CUTT) を脱退し、クワイエット・ライオット (Quiet Riot) に加入。アルバム 『QR』 (1988) をリリースした。このアルバムは商業的には苦戦したものの、ショーティノのボーカルパフォーマンスは高く評価され、彼のキャリアにおける重要なーページとなった。

7.2残されたメンバーの動向

ショーティノを失ったラフ・カット (ROUGH CUTT)は、一時的に元ウォリアー (Warrior) のパラモア・マッカーティ (Parramore McCarty) をボーカルに迎えて活動を継続しようとしたが、求心力を失ったバンドは程なくして解散した。

  • アミール・デラク (Amir Derakh): 彼はその後、音楽性を大きく転換させ、90年代後半にインダストリアル・ロックバンド、オージー (Orgy) のギタリストとして大ブレイクを果たした(ニュー・オーダー (New Order) の 「Blue Monday」のカバーが大ヒット)。さらにジュリアン・K (Julien-K)や、リンキン・パーク (Linkin Park) のチェスター・ベニントン (Chester Bennington) とのプロジェクト、デッド・バイ・サンライズ (Dead by Sunrise) でも活躍し、ミュージシャンとして最も現代的な成功を収めたメンバーとなった。
  • ・ デイヴ・アルフォード (Dave Alford) & マット・ソー (Matt Thorr): 二人はジェイルハウス (Jailhouse) を結成。よりストレートでラフなロックンロールを追求し、ライブ盤『Alive in a Mad World』などをリリースした。
  • ・ クリス・ヘイガー (Chris Hager): スティーヴン・パーシー (Stephen Pearcy) のソロプロジェクトに参加するなど、ラット (Ratt) 人脈での活動を続けた。

8. 再評価と再結成の時代 (1996年-2019年)

バンド解散後も、ラフ・カット (ROUGH CUTT) の音楽はコアなファンの間で支持され続けた。

  • • 1996年: ライブ・アルバム『ROUGH CUTT Live』がリリース。未発表曲3曲("House of Pain", "Prowler", "Peyote") がスタジオ録音として収録され、ファンを喜ばせた。
  • • 2000年:ポール・ショーティノ (Paul Shortino) を中心としたラインナップで一時的な再結成が行われ、EP 『Sneak Peek』 が制作された。
  • • 2008年:決定版となるアーカイブ集 『Anthology』がリリース。2枚組で、Disc 1には1984年のフィドラーズ・セッションやデモ音源、Disc 2には1985年のライブ音源が収録された。

2016年、ついにショーティノ、アルフォード、ヘイガー、ソー、デラクという当時の主要メンバーによる再結成が実現した。「Monsters of Rock Cruise」などのイベントに出演し、往年のファンを熱狂させた。しかし、この蜜月は長くは続かなかった。

9. 分裂と「二つのラフ・カット」、そして別れ (2019年-2025年)

再結成後の活動方針を巡り、バンドは再び分裂した。これは近年よく見られる「バンド名の権利を巡る争い」へと発展した。

9.1 ショーティノ派vs アルフォード/ヘイガー派

  • ・ ポール・ショーティノ派 (ROUGH CUTT 3): ポール・ショーティノ (Paul Shortino)、アミール・デラク (Amir Derakh)、マット・ソー (Matt Thorr)は、新たにカルロス・カヴァーゾ (Carlos Cavazo) (元Quiet Riot, Ratt) らをゲストに迎え、アルバム『ROUGH CUTT 3』 (2021) をリリースした。彼らは「主要メンバー3人がいるこちらこそが正統なラフ・カットである」と主張した。
  • デイヴ・アルフォード&クリス・ヘイガー派 (ROUGH CUTT): 創設メンバーであるデイヴ・アルフォード (Dave Alford) とクリス・ヘイガー (Chris Hager)は、新ボーカリストにスティーヴン・セント・ジェームス (Steven St. James) を迎え、ダレン・ハウスホルダー (Darren Housholder) (ギター)、ジェフ・ビューナー (Jeff Buehner) (ベース)と共に活動を継続。2019年にはシングル「Black Rose」をリリースした。

この時期、同じ「Black Rose」 というモチーフを巡って双方が類似した曲を発表するなど、混乱が生じた(ショーティノ側は 「Bed of Black Roses」を収録)。ファンにとっては複雑な状況が続いた。

9.2 クリス・ヘイガーの死 (2025年)

2025年5月19日、悲劇がバンドを襲った。ギタリストのクリス・ヘイガー (Chris Hager) が67歳でこの世を去ったのである。彼の死は、ラフ・カット (ROUGH CUTT) というバンドの歴史において、一つの時代の完全な終焉を意味した。彼は初期ラット (Ratt) の形成に関わり、ラフ・カット (ROUGH CUTT) のサウンドの要であり、最後までバンドの名前を守り続けようとしたミュージシャンであった。彼の訃報に際し、かつての盟友たちやLAメタルシーンの重鎮たちから多くの追悼の言葉が寄せられた。

10. ディスコグラフィ (Discography)

10.1 スタジオ・アルバム (Studio Albums)

1. ROUGH CUTT (1985)

  • Label: Warner Bros. Records
  • • Producer: Tom Allom
  • Tracklist:
  • 1. Take Her (3:38)
  • 2. Piece of My Heart (4:47) [Original: Erma Franklin / Janis Joplin]
  • 3. Never Gonna Die (4:18)
  • 4. Dreamin' Again (5:47)
  • 5. Cutt Your Heart Out (2:26)
  • 6. Black Widow (4:32)
  • 7. You Keep Breaking My Heart (5:16)
  • 8. Kids Will Rock (4:00)
  • 9. Dressed to Kill (4:13)
  • 10. She's Too Hott (3:25)

2. Wants You! (1986)

  • Label: Warner Bros. Records
  • Producer: Jack Douglas
  • • Tracklist:
  • 1. Rock the USA (2:58)
  • 2. Bad Reputation (3:43)
  • 3. Don't Settle for Less (2:33)
  • 4. Hot 'n' Heavy (4:46)
  • 5. Take a Chance (4:04)
  • 6. We Like It Loud (3:48)
  • 7. Double Trouble (3:22)
  • 8. You Wanna Be a Star (2:43)
  • 9. Let 'em Talk (3:35)
  • 10. The Night Cries Out (For You) (4:55)

3. ROUGH CUTT 3 (2021)

  • Artist Name: ROUGH CUTT (Shortino, Derakh, Thorr lineup)
  • • Label: DDR Music Group
  • Overview: オリジナルメンバー3人による事実上の3rdアルバム。
  • Notable Tracks: "Bleed", "Bed of Black Roses"

10.2 ライブ & コンピレーション (Live & Compilations)

The following table:

タイトル (Title) 発売年 形式 備考 (Notes)
ROUGH CUTT Live 1996 Live/Studio 1985年のライブ+未発表スタジオ3曲 ("House of Pain", "Prowler", "Peyote")。
Anthology 2008 2CD Disc 1: Fiddler's Sessions & Demos
Disc 2: Live in Syracuse 1985。未発表曲多数
The Fiddler Sessions '84 2019 LP/CD デビュー前のスタジオセッション単独リリース。初期衝動が詰まった音源。

10.3 シングル・EP・参加作品 (Singles, EPs & Others)

  • "A Little Kindness" / "Used and Abused": 『L.A.'s Hottest Unsigned Bands』 (1983) 収録。
  • "Try a Little Harder": 『KLOS 95 1/2: Rock to Riches』 (1983) 収録。
  • "Stars": 『Hear 'n Aid』 (1986)収録。Paul Shortino (Lead Vocal), Others (Backing Vocal).
  • "Sneak Peek" (EP, 2000): 再結成時のプロモーション用EP。
  • "Black Rose" (Single, 2019): Alford/Hagerラインナップによるシングル。

11. Conclusion

ラフ・カット (ROUGH CUTT)は、80年代のLAメタルシーンが生んだ最も才能豊かで、かつ最も不運なバンドの一つであったかもしれない。ジェイク・E・リー (Jake E. Lee) やクレイグ・ゴールディ (Craig Goldy) といった才能の流出、トレンドの変化に翻弄された音楽性の迷そして後年の分裂とメンバーの死。ROUGH CUTTの歴史は決して順風満帆ではなかった。

外山、ROUGH CUTTが残した音楽、特に1stアルバムにおけるブルージーでメロディックなハードロックは、今聴いても色褪せない輝きを放っている。また、ROUGH CUTTが輩出したメンバーたちがその後のロックシーンに与えた影響の大きさは計り知れない。ラフ・カット (ROUGH CUTT)は、単なる「B級バンド」ではなく、80年代ハードロックの豊穣な土壌そのものであり、数々の伝説が交差した奇跡的なクロスロードとして、今後も語り継がれていくべき存在である。

Albums

Rough Cutt 3 CD
/

ポール・ショーティノらの復帰で、ROUGH CUTTがブルージーな硬質感を取り戻した久々の新作。

Wants You! CD

パワフルな歌と重いギターを軸に、ROUGH CUTTがブルース感のあるメロディック・メタルを鳴らした第2作。

Rough Cutt CD
/

太いギターとポール・ショーティノの力強い歌を軸に、ROUGH CUTTが正統派ハード・ロックを鳴らしたデビュー作。