MINISTRY TRIVIA
Trivia
MINISTRYは1981年、シカゴで始まっている。中心にいるアル・ジョーゲンセンの音楽的な道のりは、それ以前、1970年代後半のパンク・バンドSpecial Affectから始まっていた。バンドの公式サイトは彼を、MINISTRYの「visionary」と呼んでいる。
1983年のデビュー作『With Sympathy』を、バンドの公式バイオグラフィは「磨き上げられたエレクトロ・ポップ」と表現している。のちのインダストリアルを知る耳には別のバンドのように聞こえる一枚だが、ジョーゲンセン自身は活動の終わりを告げる場で、この作品から今日までの道のりに驚かされると述べている。
エレクトロ・ポップからインダストリアルへの転換点は1986年の『Twitch』である。公式のバイオグラフィはこれを「hammering industrialへの完全な没入」と記している。以後、バンドが出発点へ戻ることはなかった。
1988年の『The Land Of Rape And Honey』について、公式のバイオグラフィは「ポスト・パンクの軸そのものを引き直した」と述べている。米国盤CDは11曲だが、ドイツのLP盤は「Hizbollah」と「I Prefer」を省いた9曲構成で出された。
公式のバイオグラフィによれば、1992年の『詩篇69』はインダストリアルの絶え間ない騒音に「-rock」という接尾辞を加えることに成功し、まったく新しいジャンルをひとつ作り出して、熱心な聴き手の層を生んだ。MINISTRYの作品の中で最も広く届いた一枚である。
2000年代半ばの3枚、『Houses Of The Mole』(2004年)、『Rio Grande Blood』(2006年)、『The Last Sucker』(2007年)は、バンドの公式サイトで「Bush三部作」と呼ばれている。当時の合衆国の政治が題にも中身にもそのまま現れた時期の作品群である。
アル・ジョーゲンセンは、自分の書いてきたものを並べたとき政治的な主題から外れる例外として、『With Sympathy』『Filth Pig』『Dark Side of the Spoon』の三枚を挙げている。引退ツアーの選曲のため55曲を並べていて、35年から40年、ほぼ同じことを言い続けてきたと気づいた、という文脈での発言である。
最終作『Hate To Go - Take Out Or Delivery』は2025年、ジョーゲンセンの自宅スタジオで形になり始めた。エンジニアはJustin LeeahとMichael Rozon。長年のツアー・バンドであるMonte PittmanとCesar Soto(ギター)、Paul D'Amour(ベース)、John Bechdel(サンプラー/シンセ)、Pepe Clarke Magaña(ドラム)が参加している。
最終作の告知では、長年の盟友ポール・バーカーの復帰が挙げられている。同じ告知はAIを使った試みにも触れており、バーカーの名はアルバムを締めくくる「We're Still Here」に共作者として記されている。
バンドの公式サイトは、MINISTRYの歩みをスタジオ作17枚、ライヴ盤8枚、派生プロジェクト8組、5大陸にわたるツアー、自伝1冊、ドキュメンタリー2本、そして「最後の儀式」が三度施されたこと、として数えている。最後の一度が2026年10月30日の『Hate To Go - Take Out Or Delivery』である。
『Houses Of The Mole』(2004年)は、最後の「Walrus」を除くすべての曲名がWで始まる作りになっている。No W、Waiting、Worthless、Wrong、Warp City、WTV、World、WKYJ、Worm。例外に見える10曲目の「Psalm 23」は詩篇の番号で、バンドが1992年の『詩篇69』で一度使った意匠である。
ギタリストのマイク・スカーシャは2012年12月22日、テキサス州フォートワースのThe Rail Clubでの公演中に倒れ、47歳で亡くなった。死因は心臓の疾患による心臓発作と発表されている。彼は2012年の『Relapse』と2013年の『From Beer to Eternity』でギターを弾いている。
1999年の『Dark Side of the Spoon』は、ジャケットに9曲しか表記されていない。CDにはそのあと長い無音が続き、最後に「Everybody」が置かれている。当時よく使われた隠しトラックの作りで、MusicBrainzの登録では無音のぶんまで数えられ、全69トラックとして扱われている。