LIONSHEART
1990年代初頭、世界の音楽シーンがグランジやオルタナティブ・ロックの台頭によって劇的な変革期を迎える中、LIONSHEART (ライオンズハート)は伝統的なブリティッシュ・ハード・ロックとヘヴィ・メタルの様式美を頑なに守り続けた稀有な存在であった。
Biography
ライオンズハート (LIONSHEART)
バイオグラフィ、ディスコグラフィー
1. NWOBHMの遺産と90年代のメロディック・メタルの砦
1990年代初頭、世界の音楽シーンがグランジやオルタナティブ・ロックの台頭によって劇的な変革期を迎える中、LIONSHEART (ライオンズハート)は伝統的なブリティッシュ・ハード・ロックとヘヴィ・メタルの様式美を頑なに守り続けた稀有な存在であった。
1.1 背景
LIONSHEART (ライオンズハート)は、Grim Reaper (グリム・リーパー) や Onslaught (オンスロート)での名声ですでに伝説的な地位にあったボーカリスト、Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット)を擁して1990年に結成された。LIONSHEARTの音楽性は、強力なボーカル、テクニカルなギターソロ、そして叙情的なメロディを特徴としており、Judas Priest (ジューダス・プリースト) や Whitesnake (ホワイトスネイク) といった往年のバンドの系譜に連なるものであった。
2. 前史: スティーヴ・グリメットと英国メタルシーンの変遷 (1980年代~1990年)
LIONSHEART (ライオンズハート)の結成を理解するためには、その核となる Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット)のキャリアと、当時の英国メタルシーンの状況を俯瞰する必要がある。
2.1 スティーヴ・グリメットの初期キャリア
Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット)は、1959年8月19日、イギリスのSwindon (スウィンドン)に生まれた。彼の音楽的キャリアは、短命に終わったバンド Medusa (メドゥーサ)から始まる。しかし、彼が真にその名を世界に轟かせたのは、Grim Reaper (グリム・リーパー)への加入であった。
Grim Reaper (グリム・リーパー) 時代 (1982-1988)
1982年、Grim Reaper (グリム・リーパー)に加入したグリメットは、NWOBHM (New Wave of British Heavy Metal) ムーブメントの末期において、その圧倒的な声量と広音域のスクリームで瞬く間に注目を集めた。
- See You in Hell (シー・ユー・イン・ヘル) (1983年): デビュー・アルバム。タイトル曲はMTVでのエアプレイを獲得し、アメリカ市場での足掛かりを作った。
- Fear No Evil (フィアー・ノー・イーヴル) (1985年): 商業的成功を継続させた2ndアルバム。
- Rock You to Hell (ロック・ユー・トゥ・ヘル) (1987年): より洗練されたプロダクションを目指した3rdアルバム。
しかし、所属レーベルであった Ebony Records (エボニー・レコード)との法的なトラブルや不公正な契約により、バンドは商業的成功に見合う収益を得られず、1988年に解散を余儀なくされた。この苦い経験は、後のLIONSHEART (ライオンズハート) 結成時におけるグリメットの権利関係に対する慎重な姿勢に影響を与えたと考えられる。
Onslaught (オンスロート)への参加と脱退
Grim Reaper (グリム・リーパー) 解散後、グリメットはスラッシュ・メタル・バンド、Onslaught (オンスロート)に加入する。彼が参加したアルバム『In Search of Sanity (イン・サーチ・オブ・サニティ)』(1989年)は、バンド史上最も商業的に成功した作品となったが、ファンからは「あまりにメロディアスになりすぎた」との批判も浴びた。グリメットのスタイルは伝統的なヘヴィ・メタルに根差しており、スラッシュ・メタルの攻撃性とは必ずしも完全に合致していなかったのである。
2.2 1990年の英国音楽シーン: 激動の時代
1990年当時、英国のヘヴィ・メタル・シーンはアイデンティティの危機に瀕していた。
- NWOBHMの終焉: 80年代初頭の熱気は去り、多くのバンドが解散するか、よりアメリカナイズされたサウンドへ移行していた。
- グランジの足音: アメリカのシアトルからはNirvana (ニルヴァーナ) や Alice in Chains (アリス・イン・チェインズ)といったグランジ・バンドが台頭し始め、派手なルックスとギターソロを特徴とする既存のメタルは「時代遅れ」と見なされつつあった。
- デスメタルの台頭: アンダーグラウンドではより過激なデスメタルが隆盛し、正統派メタルの居場所は狭まっていた。
このような状況下で、グリメットは自身の本来の強みである「メロディックでパワフルな正統派ヘヴィ・メタル」を追求できる新たな器を求めていた。それが LIONSHEART (ライオンズハート)結成の直接的な動機となったのである。
3. バンドの結成と初期の混乱 (1990-1992)
LIONSHEART (ライオンズハート)の結成プロセスは、音楽的な野心と人間関係の軋轢が入り混じった複雑なものであった。
3.1 オワーズ兄弟による構想とグリメットの加入
バンドの母体となったのは、イングランド南部の New Forest (ニュー・フォレスト)出身の双子のミュージシャンであった。
- Mark Owers (マーク・オワーズ): ギター
- Steve Owers (スティーヴ・オワーズ): ベース
彼らは以前、Fury (フューリー) や Touche (トゥーシェ)といったバンドで活動していたが、世界的な成功を収めるためには強力なフロントマンが必要であることを痛感していた。そこで彼らは、当時フリーとなっていた Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット)に白羽の矢を立てた。グリメットは彼らのデモテープを聴き、その音楽的なポテンシャルを評価して加入を決断した。
初期のラインナップは以下の通りであった:
- Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット): ボーカル
- Mark Owers (マーク・オワーズ): ギター
- Steve Owers (スティーヴ・オワーズ): ベース
- Graham Collett (グラハム・コレット): キーボード
- Anthony Christmas (アンソニー・クリスマス): ドラムス
3.2 レコーディングと法廷闘争
このラインナップでバンドはBlack Barn Studios (ブラック・バーン・スタジオ)に入り、デビュー・アルバムのレコーディングを開始した。プロデューサーには Robin Black (ロビン・ブラック)などの専門家の協力も仰ぎ、80年代のアリーナ・ロックに通じる壮大なサウンドプロダクションが追求された。
しかし、レコーディングが完了し、まさにデビューに向けて動き出そうとした1992年、バンドは分裂の危機に瀕する。創設者であるオワーズ兄弟がバンドを脱退したのである(あるいは解雇されたとも伝えられるが、詳細は複雑な内部事情による)。この脱退劇は深刻な法的紛争へと発展した。争点は「LIONSHEART (ライオンズハート)」 というバンド名の使用権と、録音された音源の権利であった。長きにわたる法廷闘争の末、グリメット側がバンド名の使用権を勝ち取った。これにより、オワーズ兄弟が作ったバンドでありながら、彼らが不在のままグリメットのバンドとしてデビューするという、数奇な運命を辿ることとなった。
4. デビュー・アルバムと日本での爆発的成功 (1992-1993)
オワーズ兄弟の離脱を受け、グリメットは急遽新たな弦楽器隊をリクルートする必要に迫られた。ここで加入したのが、以下の二人である。
- Nick Burr (ニック・バー): ギター (元 Killers (キラーズ)など)
- Zak Bajjon (ザック・バジョン): ベース
特に Nick Burr (ニック・バー)の加入は決定的であった。彼のプレイスタイルは、テクニカルな早弾きと叙情的なフレージングを兼ね備えており、グリメットの歌唱スタイルと完璧な化学反応を起こした。
4.1 1stアルバム『Lionsheart (ライオンズハート)』の分析
1992年にヨーロッパで、1993年初頭に日本でリリースされたセルフタイトルのデビュー・アルバムは、正統派ブリティッシュ・ハード・ロックの傑作として知られる。
| データ項目 | 詳細 |
|---|---|
| アルバム名 | Lionsheart (ライオンズハート) |
| リリース年 | 1992年(欧州) / 1993年2月19日(日本) |
| レーベル | Music For Nations (英国) / Pony Canyon (日本) |
| 日本盤規格番号 | PCCY-00412 |
| チャート順位 | オリコン・アルバムチャート上位(具体的な順位は後述) |
楽曲解説 (全曲紹介)
本作の楽曲は、ブルース・ベースのハード・ロックと、90年代的な重厚なプロダクションが融合している。
- Had Enough (ハッド・イナフ) (4:44)
オープニングを飾る疾走曲。グリメットのスクリームとニック・バーの攻撃的なリフが炸裂する、バンドの名刺代わりの一曲。 - World of Pain (ワールド・オブ・ペイン) (4:51)
ミドルテンポのヘヴィなナンバー。歌詞は社会的な苦悩を描いている。 - Ready or Not (レディ・オア・ノット) (3:25)
キャッチーなコーラスを持つ、ライブ向けのロックンロール・ナンバー。 - So Cold (ソー・コールド) (5:36)
ブルージーな雰囲気を漂わせるスロー・ナンバー。グリメットの表現力が光る。 - Can't Believe (キャント・ビリーヴ) (3:51)
重要曲。感動的なパワー・バラードであり、日本のファンから絶大な支持を得た。グリメットの歌声の美しさが際立つ。 - Portrait (ポートレイト) (6:42)
アルバムのハイライトとも言える長尺曲。ドラマティックな展開と、ニック・バーの泣きのギターソロが特徴。 - Living in a Fantasy (リヴィング・イン・ア・ファンタジー) (4:06)
キーボードのGraham Collett (グラハム・コレット)のアレンジが効いたメロディアスな楽曲。 - Stealer (スティーラー) (4:00)
Free (フリー)のカバー(一部資料ではオリジナルともされるが、同名異曲の可能性あり。しかしスタイルはポール・ロジャースへの敬愛を感じさせる)。 - All I Need (オール・アイ・ニード) (4:36)
哀愁を帯びたメロディラインが特徴。 - Have Mercy (ハヴ・マーシー) (4:00)
グルーヴ感のあるハード・ロック。 - Going Down (ゴーイング・ダウン) (3:25)
ジェフ・ベック・グループなどで有名なブルース・スタンダードのカバー。バンドのルーツを示している。 - Good Enough (グッド・イナフ) (4:20)
アルバムを締めくくるポジティブなヴァイブの楽曲。 - Stealer (Original Demo Mix) (スティーラー: オリジナル・デモ・ミックス)
日本盤ボーナス・トラック。オワーズ兄弟在籍時のテイクである可能性が高く、資料的価値が高い。
4.2 「ビッグ・イン・ジャパン」現象の発生
このアルバムに対する反応は、西洋と東洋で極端に分かれた。
- 英国・欧州: プレスや市場の反応は冷ややかであった。当時はグランジ全盛期であり、このような「古き良きメタル」は時代錯誤として扱われた。
- 日本: 対照的に、日本では爆発的なヒットとなった。専門誌『BURRN! (バーン!)』では表紙を飾り、レビューでも高得点を獲得。アルバムはオリコン・チャートにランクインし、新人バンドとしては異例のセールスを記録した。
日本のファンがLIONSHEARTを支持した理由は明確である。
- スティーヴ・グリメットへの信頼: Grim Reaper時代からの知名度。
- 「様式美」への渇望: グランジの荒削りなサウンドに対し、構築美のあるギターソロやハイトーン・ボーカルを求める層が日本には厚く存在した。
- ルックス: 長髪にレザーという古典的なメタルの出で立ちが、日本のファン(特に女性ファン)にアピールした。
この成功を受けて、バンドは来日公演を行い、その模様は後にライブ・アルバム 『Rising Sons (ライジング・サンズ)』として記録されることとなる。また、Magnum (マグナム) や Lillian Axe (リリアン・アクス)との欧州ツアーも行い、ライブ・バンドとしての実力を証明した。
5. 2ndアルバム『Pride In Tact』と逆風の中での闘争 (1994)
デビュー作の成功(主に日本での)を受け、バンドは自信を持って2作目の制作に入った。ラインナップは前作のツアー・メンバーが維持された。
- Steve Grimmett (Vo)
- Nick Burr (Gt)
- Zak Bajjon (Ba)
- Graham Collett (Key)
- Anthony Christmas (Dr)
5.1 アルバム 『Pride In Tact (プライド・イン・タクト)』の分析
1994年にリリースされた本作のタイトルは、「Pride Intact (誇りは傷ついていない/誇りはそのままで)」という言葉遊びであり、グランジ旋風の中で正統派メタルの誇りを掲げ続けるLIONSHEARTの姿勢を示唆していた。
| データ項目 | 詳細 |
|---|---|
| アルバム名 | Pride In Tact (プライド・イン・タクト) |
| リリース年 | 1994年 |
| レーベル | Music For Nations (英国) / Pony Canyon (日本) |
| 日本盤規格番号 | PCCY-00651 |
楽曲解説
前作の路線を継承しつつ、よりバンドとしての一体感が増した作品となっている。
- Deja Vu (デジャ・ヴ) (3:54)
キャッチーなリフで始まるアップテンポなナンバー。 - I'll Stand Up (アイル・スタンド・アップ) (5:36)
力強いアンセム。逆境に立ち向かう意志を歌う。 - I Believe In Love (アイ・ビリーヴ・イン・ラヴ) (4:53)
メロディアスなハード・ポップ的アプローチ。 - Love Remains (ラヴ・リメインズ) (5:04)
エモーショナルなバラード。 - Something For Nothing (サムシング・フォー・ナッシング) (4:22)
- Pain In My Heart (ペイン・イン・マイ・ハート) (4:46)
- Gods Of War (ゴッズ・オブ・ウォー) (5:07)
アルバム中最もヘヴィでドラマティックな楽曲。メタルの王道を行く構成。 - Stronger Than Steel (ストロンガー・ザン・スティール) (6:01)
タイトル通り、鋼のような結束と強さをテーマにした楽曲。 - (Take A Little) Piece Of My Heart (ピース・オブ・マイ・ハート) (4:37)
Janis Joplin (ジャニス・ジョプリン)の歌唱で有名な曲のカバー。グリメットのソウルフルな歌唱が光る。ホワイトスネイク的なアプローチ。 - Who's The Wise Man (Jacie's Song) (フーズ・ザ・ワイズ・マン) (3:03)
- I'll Be There (アイル・ビー・ゼア) (5:02)
- Relentless (リレントレス) (4:21)
- Love Won't Bring Me Down (ラヴ・ウォント・ブリング・ミー・ダウン) (5:26)
日本盤ボーナス・トラック。
5.2 市場での苦戦とメンバーの離脱
『Pride In Tact』は日本市場では引き続き好調なセールスを記録し、オリコンチャートにも食い込んだが、欧米での状況は悪化の一途を辿っていた。1994年という年は、ブリットポップの台頭やアメリカン・オルタナティブの支配が決定的となった年であり、LIONSHEARTのようなバンドがメディアに取り上げられる機会は皆無に等しかった。
この閉塞感はバンド内部にも亀裂を生じさせた。
- 1995年、ドラマーのAnthony Christmas (アンソニー・クリスマス)が脱退。
- 続いて1997年には、サウンドの要であったギタリストのNick Burr (ニック・バー) とベーシストの Zak Bajjon (ザック・バジョン)もバンドを去った。
これにより、バンドは再びスティーヴ・グリメットを中心としたプロジェクト的な色合いを強めることとなる。
6. 3rdアルバム『Under Fire』と活動休止 (1998)
主要メンバーを失ったグリメットは、新たなメンバーを集めて3作目の制作に着手した。この時期の音楽性は、時代の空気をわずかに取り入れ、以前のような煌びやかさよりも、よりダークで乾いた質感のサウンドへとシフトしている。
6.1 新ラインナップ
- Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット): ボーカル
- Brooke St. James (ブルック・セント・ジェームス): ギター
- Mike O'Brien (マイク・オブライエン): ドラムス
- Graham Collett (グラハム・コレット): キーボード (本作を最後に脱退)
ベースに関しては、Eddie Marsh (エディ・マーシュ)の名がクレジットされることもあるが、セッション的な参加であったとされる。
6.2 アルバム 『Under Fire (アンダー・ファイア)』の分析
1998年にリリースされた本作は、バンド史上最も「迷い」が感じられる作品であると同時に、円熟味を感じさせる作品でもある。
| データ項目 | 詳細 |
|---|---|
| アルバム名 | Under Fire (アンダー・ファイア) |
| リリース年 | 1998年 |
| レーベル | Music For Nations (英国) / Pony Canyon (日本) |
| 日本盤規格番号 | PCCY-01224 |
楽曲解説
全体的にテンポを落とし、グルーヴを重視した楽曲が多い。
- Lonely Tonight (ロンリー・トゥナイト) (6:00)
オープニングとしては重ためのミドルナンバー。 - Go Down (ゴー・ダウン) (2:56)
- Blue Sky (ブルースカイ) (4:24)
- Let the Children Play (レット・ザ・チルドレン・プレイ) (5:26)
子供たちの未来を憂うメッセージソング。 - Devil's Train (デビルズ・トレイン) (3:46)
- Dark of the Night (ダーク・オブ・ザ・ナイト) (5:16)
- Flights of Angels (フライツ・オブ・エンジェルズ) (5:00)
- Make Believe (メイク・ビリーヴ) (4:46)
- On a Roll (オン・ア・ロール) (3:14)
- Cold Heart (コールド・ハート) (3:44)
- Under Fire (アンダー・ファイア) (3:15)
タイトルトラック。 - Lost in Tokyo (ロスト・イン・トーキョー) (4:13)
日本盤ボーナス・トラック。タイトルが示す通り、最も忠実なサポーターであった日本のファンへの感謝と、東京での日々の思い出を歌った楽曲。この曲の存在自体が、LIONSHEARTにとっての日本市場の重要性を物語っている。
6.3 活動休止へ
『Under Fire』リリース後、音楽シーンにおける正統派メタルの地位はどん底にあり、バンドは活動を維持することが困難となった。グリメットは他のプロジェクト (The Steve Grimmett Bandなど)に軸足を移し、LIONSHEART (ライオンズハート)は事実上の解散 (あるいは長期の活動休止) 状態となった。
7. 復活と終焉: 『Abyss』 からスティーヴの死まで (2000s-2022)
2000年代に入ると、インターネットの普及とともに「80年代メタル」の再評価ブームが欧州を中心に巻き起こり始めた。これにより、グリメットは再び LIONSHEART (ライオンズハート)の名を冠した活動を再開する動機を得た。
7.1 ライブ・アルバム 『Rising Sons』 (2002)
活動再開の布石として、1993年の日本ツアーの音源を収録したライブ・アルバム『Rising Sons - Live in Japan 1993 (ライジング・サンズ - ライヴ・イン・ジャパン 1993)』が2002年にリリースされた。
- Rising Sons (ライジング・サンズ): 「昇る息子たち」という意味だが、日本の国旗「Rising Sun (旭日)」にかけたダブル・ミーニングである。
このアルバムは、バンドの全盛期のエネルギーを真空パックしており、ニック・バーのギタープレイの凄まじさを再確認させるものであった。
7.2 4thアルバム 『Abyss』 と最終ラインナップ (2004)
2004年、バンドは6年ぶりとなるスタジオ・アルバム 『Abyss (アビス)』をリリースし、完全復活を宣言した。
最終ラインナップ
- Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット): ボーカル
- Ian Nash (イアン・ナッシュ): ギター
- Steve Hales (スティーヴ・ヘイルズ): ドラムス
- Eddie Marsh (エディ・マーシュ): ベース
特にギタリストのIan Nash (イアン・ナッシュ)は、その後のグリメットのキャリア (新生グリム・リーパー) において欠かせないパートナーとなる人物である。
アルバム 『Abyss (アビス)』の分析
| データ項目 | 詳細 |
|---|---|
| アルバム名 | Abyss (アビス) |
| リリース年 | 2004年 |
| レーベル | Frontiers Records (欧州) / Majestic Rock (日本) |
| 日本盤規格番号 | ARMJ-019 / DDCZ-1189 (再発) |
『Abyss』のサウンドは、過去の作品に比べて格段にヘヴィでダークであり、現代的なパワー・メタルの要素を取り入れている。ダウンチューニングされたギターと、グリメットのよりアグレッシブな歌唱が特徴である。
主な収録曲:
- Screaming (スクリーミング) (3:59): 激しいリフで幕を開ける、復活の狼煙にふさわしい曲。
- Nightmare (ナイトメア) (3:56)
- I'm Alive (アイム・アライヴ) (4:44): 「俺は生きている」というタイトルが示す通り、サバイバーとしてのグリメットの宣言。
- Abyss (アビス) (4:59): 重厚なタイトルトラック。
- Only When I Sleep (オンリー・ホエン・アイ・スリープ): 日本盤ボーナス・トラック。The Corrs (ザ・コアーズ)のヒット曲のカバーであり、意外な選曲が話題となった。
7.3 その後のスティーヴ・グリメットと晩年
『Abyss』以降、グリメットはLIONSHEART (ライオンズハート) 名義での活動を徐々にフェードアウトさせ、自身の原点である Grim Reaper (グリム・リーパー)の再結成 (Steve Grimmett's Grim Reaper 名義)に力を注ぐようになった。イアン・ナッシュもこれに同行した。
闘病と不屈の精神: 2017年1月、エクアドルでのツアー中にグリメットは右脚に深刻な感染症を患い、膝下切断という過酷な決断を迫られた。しかし、彼はこの悲劇に屈することなく、義足を装着して驚異的な速さでステージに復帰した。同年7月のドイツ 「Bang Your Head!!!」 フェスティバルでは車椅子で熱唱し、多くのファンに感動を与えた。
逝去: 2022年8月15日、スティーヴ・グリメットは62歳でその生涯を閉じた。彼の死とともに、LIONSHEART (ライオンズハート)の歴史もまた、永遠に幕を下ろすこととなった。
8. メンバー・プロフィール詳細 (Member Profiles)
ここでは、バンドに関わった主要メンバーの詳細なプロフィールを記載する。
創設メンバー (Founding Members)
- Steve Grimmett (スティーヴ・グリメット) - Vocals (1990-2022)
- 経歴: Medusa, Chateaux, Grim Reaper, Onslaught, Lionsheart, The Steve Grimmett Band, Grimmstine.
- 特徴: NWOBHMを代表する名シンガー。中音域の力強さと、突き抜けるようなハイトーン・スクリームを自在に操る。
- Mark Owers (マーク・オワーズ) - Guitar (1990-1992)
- Steve Owers (スティーヴ・オワーズ) - Bass (1990-1992)
- 経歴: Fury, Touche.
- 備考: バンドの創設者でありながら、デビュー前に脱退。初期の楽曲の作曲に関与している。
黄金期メンバー (Classic Lineup: 1992-1995)
- Nick Burr (ニック・バー) - Guitar (1992-1997)
- 経歴: Killers, Battlezone.
- 貢献: 1st, 2ndアルバムのサウンドを決定づけたテクニカル・ギタリスト。メロディックなフレージングとアグレッシブなリフのバランスが絶妙であった。
- 備考: Iron Maiden (アイアン・メイデン)の元ドラマー、Clive Burr (クライヴ・バー)とは血縁関係はない(よくある誤解)。
- Zak Bajjon (ザック・バジョン) - Bass (1992-1997)
- 貢献: 安定したベースラインでバンドのボトムを支えた。
- Anthony Christmas (アンソニー・クリスマス) - Drums (1990-1995)
- 貢献: デビュー・アルバムにおける、80年代的でビッグなドラムサウンドは彼のプレイによるもの。
- Graham Collett (グラハム・コレット) - Keyboards (1990-1998)
- 貢献: バンドのサウンドに厚みと彩りを加えた。決して前面に出過ぎず、楽曲を引き立てる職人的なプレイが特徴。
後期メンバー (Later Members)
- Ian Nash (イアン・ナッシュ) - Guitar (2000s)
- 経歴: Seven Deadly Sins, Tainted Nation, Steve Grimmett's Grim Reaper.
- 貢献: 『Abyss』 でのモダンでヘヴィなギターワークを担当。グリメットの晩年の盟友。
- Steve Hales (スティーヴ・ヘイルズ) - Drums (2000s)
- Mike O'Brien (マイク・オブライエン) - Drums (1995-1998)
- Brooke St. James (ブルック・セント・ジェームス) - Guitar (1998)
- 経歴: アメリカのバンド Tyketto (タイケット)のギタリストと同名だが、同一人物である可能性が高い (Tykettoも Music For Nationsと契約していた時期があるため)。
9. ディスコグラフィー一覧 (Discography List)
以下に LIONSHEART (ライオンズハート)の全アルバムリストをまとめる。特に日本盤の仕様に注目されたい。
スタジオ・アルバム (Studio Albums)
| 発売年 | タイトル(英/カナ) | 日本盤レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1992/1993 | Lionsheart ライオンズハート |
Pony Canyon | 代表作。日本で大ヒット。「Stealer (Demo)」収録。 |
| 1994 | Pride In Tact プライド・イン・タクト |
Pony Canyon | 「Love Won't Bring Me Down」収録 |
| 1998 | Under Fire アンダー・ファイア |
Pony Canyon | 「Lost in Tokyo」収録 |
| 2004 | Abyss アビス |
Majestic Rock | 「Only When I Sleep」収録 |
ライブ・アルバム (Live Albums)
| 発売年 | タイトル(英/カナ) | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2002 | Rising Sons - Live in Japan 1993 ライジング・サンズ - ライヴ・イン・ジャパン 1993 |
Zoom Club | 全盛期の日本公演を収録。 |
10. 日本市場との特別な絆
LIONSHEART (ライオンズハート)の歴史を振り返る時、日本市場の存在を無視することはできない。なぜLIONSHEARTは日本でこれほどまでに愛されたのか。
- 「Burrn!」誌の影響: 日本のヘヴィ・メタル専門誌 『Burrn!』は、欧米のトレンドに左右されず、メロディとテクニックを重視するバンドを一貫してサポートし続けた。LIONSHEARTはその編集方針に完全に合致するバンドであり、頻繁な露出がファンベースの拡大に寄与した。
- 忠誠心: グリメットは日本市場の重要性を理解しており、アルバムごとに日本限定のボーナストラックを用意し、来日公演も積極的に行った。「Lost in Tokyo」のような楽曲は、ファンとの絆を象徴するものである。
- ジャンルの聖域: 90年代、世界中でヘヴィ・メタルが「冬の時代」を迎える中、日本はドイツと共に正統派メタルが生き残るための「聖域(サンクチュアリ)」として機能した。LIONSHEARTはその恩恵を最も受けたバンドの一つである。
スティーヴ・グリメットは、商業的な成功という点では苦難の道を歩んだかもしれない。しかし、LIONSHEART (ライオンズハート)を通じて彼が残した作品群は、流行に流されない「真のヘヴィ・メタル」としての輝きを放ち続けており、特に日本のファンの心の中で永遠に生き続けるであろう。