EVANESCENCE BIOGRAPHY
プロフィール
| 結成 | 1995年、アーカンソー州リトルロック |
|---|---|
| 出身 | アメリカ |
| ジャンル | オルタナティヴメタル、ゴシックメタル |
Biography
エヴァネッセンス (EVANESCENCE)
音楽的進化、産業的闘争、文化的影響
1. 現代ロックにおけるゴシック・メタルの再定義
21世紀初頭の音楽シーンにおいて、エヴァネッセンス (EVANESCENCE) ほど劇的かつ商業的な成功を収めたロックバンドは稀有である。EVANESCENCEは、ニュー・メタル (Nu-Metal) が支配的であった1990年代後半から2000年代初頭の米国ロック市場において、女性ボーカル、ピアノ主導のメロディ、そしてゴシック (Gothic) な美学を融合させることで、全く新しいサウンドスケープを提示した。
アーカンソー州リトルロック (Little Rock, Arkansas) という、音楽産業の中心地からは程遠い場所で結成されたこのバンドは、リードボーカルであるエイミー・リー (Amy Lee) の圧倒的な歌唱力とカリスマ性、速度創設メンバーであるベン・ムーディ (Ben Moody) のヘヴィなギターリフの融合によって、瞬く間に世界的なスターダムへと駆け上がった。デビューアルバム『フォールン (Fallen)』の世界的なセールスは1,700万枚を超え、グラミー賞 (Grammy Awards) を2部門受賞するなど、その功績はロック史に深く刻まれている。
2. バイオグラフィ: 結成、葛藤、そして進化の全史
2.1 創生期: リトルロックでの邂逅と初期の実験 (1994-1998)
エヴァネッセンスの起源は、1994年の夏、アーカンソー州リトルロック (Little Rock, Arkansas) で開催されたキリスト教系のユースキャンプ (Youth Camp) に遡る。当時13歳だったエイミー・リー (Amy Lee) と14歳のベン・ムーディ (Ben Moody) の運命的な出会いが、全ての始まりであった。
音楽的基盤の形成
資料によれば、ムーディは、リーがピアノでミートローフ (Meat Loaf) の楽曲 ("I'd Do Anything for Love"のイントロ部分) や、バッハ (Bach)、ベートーヴェン (Beethoven)、モーツァルト (Mozart) といったクラシック音楽を演奏している姿を目撃し、その才能に衝撃を受けた。二人はすぐに意気投合し、共通の音楽的関心―ビョーク (Björk)、ダニー・エルフマン (Danny Elfman)、トーリ・エイモス (Tori Amos) といったアーティストへの傾倒―を基盤に、楽曲制作を開始した。
初期の活動は非常に小規模なものであり、地元のコーヒーショップや書店でのアコースティック・セットが中心であった。この時期の彼らのサウンドは、後のヘヴィなロックサウンドとは異なり、より実験的でアンビエントな要素を含んでいたが、リーの「ダークで叙情的な (dark, lyrical)」旋律とムーディのギターという基本的な構造は既に確立されていた。
『EVANESCENCE EP』の制作
1998年12月、EVANESCENCEは初のまとまった音源である『EVANESCENCE EP』を制作した。このEPは、リトルロックの地元ライブハウスでの公演において、わずか100枚限定で販売された。この音源には、後の代表曲の原形となる「Imaginary」や「Exodus」が含まれており、バンドのアイデンティティを確立する上で極めて重要なマイルストーンとなった。
2.2 地元での成功とデモ制作の日々 (1999-2000)
1999年に入ると、バンドはリトルロックのアンダーグラウンド・シーンで着実に支持を集め始めた。特に重要な役割を果たしたのが、地元のラジオ局「KABF-FM 88.3」である。この局の番組『Radios In Motion』などがEVANESCENCEの楽曲、特に「Understanding」を頻繁にオンエアしたことで、バンドはライブ活動を行う前から「ラジオで曲が流れる謎めいたバンド」としての知名度を獲得していった。
ヴィノス (Vino's) での伝説的なライブ
この時期、EVANESCENCEの活動拠点となったのが「ヴィノス・ピザ・パブ&ブルワリー (Vino's Pizza Pub & Brewery)」である。リトルロックのダウンタウンにあるこの会場は、アーカンソー州最古のブリューパブであり、パンクやオルタナティブ・ロックの聖地であった。1月と5月に行われたここでのライブは、バンドにとって初期のハイライトであり、当時の映像には、まだ10代のエイミー・リーが、ベン・ムーディやゲスト・ボーカルのステファニー・ピアース (Stephanie Pierce) と共に演奏する姿が記録されている。
『Sound Asleep EP』と『Origin』
1999年8月には、50枚限定とされる『Sound Asleep EP』(別名: Whisper EP) をリリース。さらに2000年11月4日には、初のフルレングス・デモアルバム『オリジン (Origin)』を地元のレーベル「Bigwig Enterprises」を通じて発表した。約2,500枚限定で生産されたこのアルバムには、「Whisper」「My Immortal」「Imaginary」といった楽曲の初期バージョンが収録されており、現在では高額で取引されるコレクターズアイテムとなっている。この時期、キーボーディストのデヴィッド・ホッジス (David Hodges) が正式に加入し、彼のバックグラウンドであるゴスペルや合唱の要素が加わることで、バンドのサウンドはよりドラマチックなものへと深化した。
2.3 『Fallen』による世界的な爆発とアイデンティティの危機 (2001-2003)
ロサンゼルスのワインドアップ・レコード (Wind-up Records) との契約を勝ち取ったバンドは、プロデューサーにデイヴ・フォートマン (Dave Fortman) を迎え、メジャーデビューアルバムの制作に着手した。
商業的成功とラップ・ロックの要素
2003年3月、アルバム『フォールン (Fallen)』がリリースされると、状況は一変した。先行シングル「ブリング・ミー・トゥ・ライフ (Bring Me to Life)」が映画『デアデビル (Daredevil)』のサウンドトラックに起用され、世界中でナンバーワン・ヒットを記録したのである。しかし、この楽曲のヒットには複雑な背景があった。当時のロック市場では、リンキン・パーク (Linkin Park) 等に代表される男性ラップ・ボーカルを取り入れたスタイルが主流であり、レーベル側は「女性ボーカル単独のロックバンドは売れない」と判断した。その結果、妥協案としてレーベルメイトである12ストーンズ (12 Stones) のポール・マッコイ (Paul McCoy) がゲスト・ボーカルとして起用された経緯がある。
クリスチャン・バンド論争とリコール騒動
成功の裏で、バンドは深刻なアイデンティティの危機に直面した。初期の流通経路や歌詞の内容から、EVANESCENCEは「クリスチャン・ロック (Christian Rock)」としてマーケティングされていたが、メンバー自身 (特にベン・ムーディとエイミー・リー) はそのレッテルを拒絶していた。2003年4月、『Entertainment Weekly』誌のインタビューにおいて、ベン・ムーディは「僕たちはクリスチャン・チャートで上位にいるけど、『一体ここで何をしているんだ? (What the f- are we even doing there?)』って感じだ」と発言し、エイミー・リーも「特定のメッセージを持った宗教的なバンドではない」と明言した。この発言と、インタビュー内での冒涜的な言葉遣いが波紋を呼び、ワインドアップ・レコードはキリスト教系市場からの製品回収(リコール)を発表。全米のクリスチャン書店からアルバムが撤去される事態となった。
2.4 ベン・ムーディの脱退とバンドの変容 (2003-2004)
『Fallen』のツアーが佳境を迎えていた2003年10月、ドイツ・ベルリンでの公演直前に、創設メンバーであるベン・ムーディが突如バンドを脱退した。
「毒性のある」関係の終焉
ムーディの脱退理由は長らく様々な憶測を呼んだが、後に彼自身や関係者が語ったところによれば、エイミー・リーとの関係修復不可能な対立、ムーディ自身の薬物依存や精神的な不安定さが原因であった。ムーディは「私が去らなければ、バンドは崩壊していた」と語り、リーとの関係を「毒性のある (toxic)」ものであったと回顧している。ムーディの脱退はバンドにとって致命的かと思われたが、リーは即座にコールド (Cold) のギタリストであったテリー・バルサモ (Terry Balsamo) を後任に迎え、ツアーを続行した。バルサモはリーの新たな創作パートナーとなり、バンドの結束を強める結果となった。
グラミー賞の栄光
混乱の中でもバンドの評価は揺るがず、2004年の第46回グラミー賞 (Grammy Awards) では「最優秀新人賞 (Best New Artist)」と「最優秀ハードロック・パフォーマンス賞 (Best Hard Rock Performance)」の2冠を達成した。授賞式の際、ラッパーの50セント (50 Cent) が受賞を逃したことに抗議してステージを横切ったエピソードは、当時のEVANESCENCEの勢いを象徴する出来事として語り継がれている。
2.5 『The Open Door』: エイミー・リーの完全な主導権 (2005-2009)
ベン・ムーディ不在の中で制作された2ndアルバム『ザ・オープン・ドア (The Open Door)』は、エイミー・リーが名実ともにバンドの支配的なリーダーであることを証明する作品となった。
困難な制作過程とテリー・バルサモの脳卒中
アルバム制作は難航した。新たなパートナーであるテリー・バルサモが、制作中に脳卒中 (stroke) に見舞われるという悲劇が発生したためである。さらに、元マネージャーとの訴訟問題も重なり、レコーディングは長期化した。しかし、これらの苦難は楽曲に深みを与え、2006年9月にリリースされた本作は、全米初登場1位を記録した。リードシングル「コール・ミー・ホエン・ユア・ソーパー (Call Me When You're Sober)」は、リーの元恋人であり、アルコール中毒の問題を抱えていたシーザー (Seether) のショーン・モーガン (Shaun Morgan) に向けた楽曲であると広く解釈されている。
メンバーの大量離脱 (2007年)
2007年5月、バンドは再び激震に見舞われた。ギタリストのジョン・ルコンプ (John LeCompt) がリーから電話で解雇を告げられ、それに抗議する形でドラマーのロッキー・グレイ (Rocky Gray) も脱退したのである。ルコンプは、リーとの確執やバンド運営への不満を公然と批判し、グレイはレーベルから口止め (gag order) を受けていたことを暴露した。この危機に対し、リーはダーク・ニュー・デイ (Dark New Day) のドラマーであるウィル・ハント (Will Hunt) とギタリストのトロイ・マクローホーン (Troy McLawhorn) を招聘し、バンドを再編成した。
2.6 セルフタイトル・アルバムと長い沈黙 (2010-2015)
2010年、バンドは3枚目のアルバム制作に入ったが、当初プロデューサーとして起用されたスティーヴ・リリーホワイト (Steve Lillywhite) とのセッションは、「バンドに合わない」として破棄された。その後、ニック・ラスクリネクズ (Nick Raskulinecz) と共に制作し直された3rdアルバム『エヴァネッセンス (EVANESCENCE)』は2011年10月にリリースされ、再び全米1位を獲得した。
独立への闘争
アルバムに伴うツアー終了後、バンドは長期の活動休止に入った。この期間中、エイミー・リーは所属レーベルであるワインドアップ・レコードを相手取り、未払いロイヤリティの支払いと契約解除を求める訴訟を起こした。2014年、リーは勝利し、バンドは独立したアーティストとして活動する権利を得た。これはバンドの歴史において、商業的な束縛から解放された重要な転換点であった。
2.7 『Synthesis』とジェン・マシューラの時代 (2015-2019)
2015年、長年の貢献者であったテリー・バルサモが脱退し、ドイツ出身の女性ギタリスト、ジェン・マシューラ (Jen Majura) が加入した。彼女の加入により、バンドのステージ上のエネルギーは新たな局面を迎えた。
2017年には、過去の楽曲をオーケストラとエレクトロニカで再構築したアルバム『シンセシス (Synthesis)』を発表。デイヴィッド・キャンベル (David Campbell) による壮大なオーケストラ・アレンジが施されたこのアルバムは、EVANESCENCEの楽曲が持つクラシカルな要素を極限まで引き出したものであり、フルオーケストラを帯同したワールドツアーも敢行された。
2.8 『The Bitter Truth』と現在の体制 (2020-現在)
パンデミックの只中である2021年3月、9年ぶりとなるオリジナル・アルバム『ザ・ビター・トゥルース (The Bitter Truth)』がリリースされた。このアルバムは、リーの弟の死や政治的な分断といった重いテーマを扱いながらも、初期のヘヴィなロックサウンドに回帰した力作であった。
ジェン・マシューラの解雇とエマ・アンザイの加入
2022年5月、バンドは突然、ジェン・マシューラとの道を分かつと発表した。マシューラはSNSで「自分の決断ではない」と明かし、その解雇が一方的なものであったことを示唆した。この空席を埋めるため、結成以来ベーシストを務めていたティム・マッコード (Tim McCord) がギターに転向し、新たなベーシストとしてシック・パピーズ (Sick Puppies) のエマ・アンザイ (Emma Anzai) が加入した。女性メンバーがリズム隊の一角を担うこの新体制は、バンドに新たな視覚的・音楽的ダイナミクスをもたらし、現在も精力的なツアー活動を続けている。
2026年6月5日には、5年ぶりの新作となる第6作『Sanctuary』を発表した。リーによれば制作には3年以上を要し、プロデュースはジョーダン・フィッシュ、ニック・ラスカリネッツ、ザック・サーヴィニの三人が分担、ベースにエマ・アンザイを迎えた最初のアルバムとなった。タイトルは、ここが私たちの聖域であり、音楽の力によって安らぎとつながりを得るのだという、リーがステージ上で口にした言葉に由来する。ネットフリックスの『デビル メイ クライ』のために書かれた「Afterlife」を収め、「Who Will You Follow」はバンド初の全米ハード・ロック・ソング首位となった。
2026年11月6日には、2作目の発売20周年を記念した『The Open Door (20th Anniversary Deluxe Edition)』がCraft Recordingsから発売。本編13曲を新たにリマスターし、同時期のレア曲3曲と、未発表だった「Good Enough」のデモを加えた全17曲で、形態はCD、2枚組LP、配信の3つである。
3. メンバー詳細プロフィール (Members Profile)
バンドの歴史は、エイミー・リーを中心としたメンバーの流動的な歴史でもある。ここでは、各メンバーの役割と背景を詳述する。
3.1 現在のメンバー (Current Lineup)
エイミー・リー (Amy Lee)
- フルネーム: Amy Lynn Hartzler (旧姓: Lee)
- 担当: リードボーカル、ピアノ、キーボード、ハープ
- 在籍: 1994年-現在
- 概要: バンドの顔であり、絶対的なリーダー。全ての楽曲の作詞作曲に関与し、バンドのクリエイティブ・ディレクションを決定する。ファッション・デザインも手掛け、ゴシック・ファッションのアイコンとしても知られる。
トロイ・マクローホーン (Troy McLawhorn)
- 担当: リードギター、バッキングボーカル
- 在籍: 2007年-現在
- 概要: 元ダーク・ニュー・デイ (Dark New Day)、シーザー (Seether)。2007年にサポートとして参加後、一時離脱を経て2011年に正式メンバーとして復帰。安定した技術でバンドのヘヴィネスを支える。
ウィル・ハント (Will Hunt)
- 担当: ドラムス
- 在籍: 2007年-現在
- 概要: 多様なバンドでの経験を持つベテラン・ドラマー。パワフルかつ視覚的にも派手なドラミング・スタイルが特徴。エイミー・リーとは音楽的な相性が良く、長年の信頼関係を築いている。
ティム・マッコード (Tim McCord)
- 担当: ギター (2022年-現在)、ベース (2006年-2022年)
- 在籍: 2006年-現在
- 概要: ウィル・ボイドの後任として加入し、16年間にわたりベーシストとして貢献。2022年のジェン・マシューラ解雇に伴い、本職であるギタリストへとパートチェンジを行った。
エマ・アンザイ (Emma Anzai)
- 担当: ベース、バッキングボーカル
- 在籍: 2022年-現在
- 概要: オーストラリアのバンド、シック・パピーズ (Sick Puppies) のベーシスト。強力なベースプレイとコーラスワークで、バンドに新たなエネルギーを注入している。
3.2 過去の主要メンバー (Key Former Members)
ベン・ムーディ (Ben Moody)
- 担当: ギター (1994-2003)
- 脱退の経緯: エイミー・リーとの創作上の対立と個人的な不和により、2003年のツアー中に脱退。その後、アヴリル・ラヴィーン (Avril Lavigne) への楽曲提供や、ウィ・アー・ザ・フォールン (We Are the Fallen) の結成などで活動。
デヴィッド・ホッジス (David Hodges)
- 担当: キーボード (1999-2002)
- 脱退の経緯: バンドのクリスチャン・ロックへの方向性を巡る相違により脱退。『Fallen』の楽曲群におけるシンフォニックなアレンジに多大な貢献をした。
ジョン・ルコンプ (John LeCompt)
- 担当: ギター (2003-2007)
- 脱退の経緯: エイミー・リーにより解雇。その後、マシーナ (Machina) やウィ・アー・ザ・フォールンで活動。
ロッキー・グレイ (Rocky Gray)
- 担当: ドラムス (2003-2007)
- 脱退の経緯: ルコンプの解雇に続き、自らも脱退。リヴィング・サクリファイス (Living Sacrifice) のメンバーとしても知られる。
テリー・バルサモ (Terry Balsamo)
- 担当: ギター (2003-2015)
- 脱退の経緯: 詳細な理由は公表されていないが、健康問題やバンドの活動再開のタイミングでの交代と思われる。『The Open Door』期のサウンドを決定づけた重要人物。
ジェン・マシューラ (Jen Majura)
- 担当: ギター (2015-2022)
- 脱退の経緯: バンド側からの解雇。彼女自身は「正直なところ、何が起きたのか分からない」といった趣旨の発言をしており、円満な脱退ではなかったことが示唆されている。その後、音楽業界からの距離を置く発言をしている。
4. エヴァネッセンスの永続的な遺産
4.1 ジャンルの架け橋として
エヴァネッセンスの影響力は、単なるセールス記録にとどまらない。EVANESCENCEは、ニュー・メタルの男性中心的な攻撃性と、シンフォニック・メタルの演劇的な美学を融合させることで、ロックのメインストリームにおける女性の役割を拡張した。特に「Bring Me to Life」や「My Immortal」は、ポップ・カルチャーにおけるゴシック・イメージを一般化させ、パラモア (Paramore) やヘイルストーム (Halestorm) といった後続の女性フロント・バンドに道を切り開いた。
4.2 「消耗品」としてのメンバーと絶対的リーダーシップ
バンドの歴史を通じて繰り返されるメンバーチェンジは、しばしば批判の対象となる。しかし、これを分析すると、エヴァネッセンスが「バンド (民主的な集合体)」というよりは、「エイミー・リーの音楽的ビジョンを実現するためのプロジェクト」として機能してきたことが明らかになる。ベン・ムーディの脱退後、バンドは崩壊するどころか『The Open Door』でより芸術的な深みを獲得した事実は、リーのクリエイティビティこそがバンドの核であることを証明している。
4.3 日本市場との深い結びつき
日本のファンにとって、エヴァネッセンスは特別な存在であり続けている。デビュー当時から日本盤には多数のボーナストラックが収録され、来日公演も精力的に行われてきた。特に『Fallen』日本盤に収録された「Farther Away」や、『The Bitter Truth』日本盤の「Cruel Summer」などは、海外のファンが羨むレア・トラックであり、バンド側が日本市場を重要視している証左と言える。
来日公演は「EVANESCENCE - JAPAN TOUR 2026」として、2026年12月1日・2日の東京・SGC HALL ARIAKEと12月4日の大阪・Zepp Osaka Baysideの全3公演が発表された。サポート・アクトはAVE MUJICA。
4.4 未来への展望
2020年代に入り、エヴァネッセンスは『The Bitter Truth』で現代的なロック・バンドとしての在り方を提示した。政治的なメッセージの発信 (「Use My Voice」) や、パンデミックへの適応など、EVANESCENCEは常に時代の空気を読み取りながら進化を続けている。エマ・アンザイを含む現在のラインナップは、過去最強の結束力を持っていると評価されており、今後の活動にも大きな期待が寄せられる。