DISTURBED BIOGRAPHY

プロフィール

結成1996年、イリノイ州シカゴ
出身アメリカ
メンバーDavid Draiman(ヴォーカル)
Dan Donegan(ギター)
John Moyer(ベース)
Mike Wengren(ドラム)
ジャンルオルタナティヴメタル、ニューメタル

Biography

ディスターブド (DISTURBED):
現代ヘヴィ・メタルにおける商業的覇権と芸術的進化

1. 21世紀アメリカン・ハード・ロックの巨塔

シカゴ (Chicago) 出身のヘヴィ・メタル・バンド、ディスターブド (DISTURBED) は、1990年代後半のニュー・メタル (Nu Metal) ブームの狂乱の中で産声を上げた。しかし、DISTURBEDのキャリアを単なる一過性のムーブメントの象徴として定義することは、その後の25年にわたる前例のない商業的成功と音楽的進化を無視することになる。DISTURBEDは、デビューアルバム 『The Sickness』 (ザ・シックネス) での衝撃的な登場以来、ビルボード200 (Billboard 200) チャートにおいて5作連続で初登場1位を記録するという、メタリカ (Metallica) やデイヴ・マシューズ・バンド (Dave Matthews Band) と並ぶ歴史的偉業を成し遂げた。

2. 結成前夜と初期の闘争 (1994-1996)

2.1 ブロウル (Brawl) の時代

ディスターブドの物語は、現在のフロントマンであるデイヴィッド・ドレイマン (David Draiman) が加入する以前、1994年のシカゴ (Chicago) に遡る。当時、ギタリストのダン・ドネガン (Dan Donegan)、ドラマーのマイク・ウェングレン (Mike Wengren)、そしてベーシストのスティーヴ・“ファズ”・クマック (Steve "Fuzz" Kmak) は、ボーカリストのエリック・アウォルト (Erich Awalt) と共にバンド活動を行っていた。

この時期、彼らはバンド名を決定する過程で紆余曲折を経ている。当初、ドネガンらはバンド名を「クロール (Crawl)」にする意向であったが、すでに同名のバンドが存在していることが判明したため、韻を踏んだ「ブロウル (Brawl)」へと名称を変更した。ブロウルはデモテープの制作を行い、シカゴ周辺での活動を模索していたが、音楽的なアイデンティティは確立されていなかった。デモテープの録音直後、ボーカルのアウォルトがバンドを脱退し、残された楽器隊の3人は、バンドの運命を左右する新たな「声」を探す必要に迫られた。

2.2 運命のオーディション

アウォルトの脱退後、ドネガン、ウェングレン、クマックの3人は、シカゴの地元音楽誌『イリノイ・エンターテイナー (Illinois Entertainer)』に「叫び声のあるシンガー求む」という広告を掲載した。

一方、後にバンドの顔となるデイヴィッド・ドレイマンは、本人の記憶ではそれまでに30から50ものオーディションを受けていたが、どれも不発に終わっていた。彼はこの広告に応答し、ブロウルのメンバーと初めて対面することになった。ドレイマンはこの時の出会いを「死ぬほど気まずかった (awkward as hell)」と回想しているが、彼の音楽的提案はメンバーに強烈な印象を与えた。

当時のオーディションでは、既存の有名曲をカバーして歌唱力を示すのが通例であったが、ドレイマンは「オリジナル曲でやりたい」と主張した。ドネガンはこの姿勢に衝撃を受けた。「オーディションに来た他のすべてのシンガーの中で、オリジナル曲をやる準備ができていたのは彼だけだった。ただそれを試みようとしたこと自体が印象的だった」とドネガンは語っている。ドレイマンが即興でメロディを歌い始めた瞬間、バンドのケミストリーは劇的に変化し、新たな歴史が幕を開けることとなった。

2.3 「ディスターブド (DISTURBED)」への改名

ドレイマンの加入後、バンド名は彼の提案により「ディスターブド (DISTURBED)」へと変更された。ドネガンによれば、以前の「ブロウル (Brawl)」という名前にはあまり愛着がなかったという。ドレイマンは以前からこの名前をバンド名として温めており、当時のメンバーが感じていた社会への違和感や、押し付けられる同調圧力に対する反発を象徴する言葉として「DISTURBED (不穏な、心をかき乱す、精神的に不安定な)」が最適だと考えた。「我々が当時感じていたすべてのことを象徴しているように思えた。人々が強制される同調のレベルは我々にとって『Disturbing』なものであり、我々はただその限界を押し広げようとしていた」とドレイマンは述べている。

3. デイヴィッド・ドレイマンの背景と歌詞の源泉

バンドの成功を語る上で、ボーカリストであるデイヴィッド・ドレイマンの特異な経歴を無視することはできない。彼の背景は、典型的なロック・スターのそれとは大きく異なる。

ドレイマンは厳格な正統派ユダヤ教徒の家庭に育ち、かつてはラビ (Rabbi) になることを期待されていた。高校卒業後、彼はイスラエル (Israel) のエルサレム (Jerusalem) 近郊にあるイェシヴァ (Yeshivas Neveh Zion) で1年間神学を学んだ経験を持つ。帰国後、彼はロヨラ大学シカゴ校 (Loyola University Chicago) で政治学、哲学、経営学の学士号を取得し、ロースクールへの進学も検討していた。しかし、刑事弁護法以外の分野に興味を持てず、「犯罪者を守るために嘘をつく自分を鏡で見たくない」という理由で法律家の道を断念した。

バンド加入前、彼は医療施設の管理者として働き、自身の施設を5年間経営していた実績もある。この「医療施設管理者」としての安定したキャリアを捨ててロック・バンドに加入するという決断は、彼の祖父との関係を悪化させる一因ともなったが、この葛藤や宗教的・社会的な抑圧への反発が、後のディスターブドの歌詞の根幹をなすテーマ (個人の解放、権威への反抗、精神的な強さ) となっている。

4. 『The Sickness』の衝撃と成功 (1997-2001)

4.1 シカゴでの下積みと契約

ドレイマン加入後、バンドはシカゴのサウスサイド (South Side) を拠点に活動を開始した。当時、シカゴの一部のクラブはヘヴィ・メタル・バンドの出演に難色を示していたが、DISTURBEDは粘り強くライブ活動を続け、徐々にファンベースを拡大していった。その結果、ジャイアント・レコード (Giant Records) との契約を獲得することに成功した。

4.2 アルバム『The Sickness』のリリース

2000年3月7日、デビューアルバム 『The Sickness (ザ・シックネス)』がリリースされた。このアルバムは、リズミカルで攻撃的なギターリフ、シンコペーションを多用したドラミング、そしてドレイマンの特徴的なスタッカート唱法(「Ooh-wah-wah-wah!」という叫び声に代表される動物的な発声)によって、当時のニュー・メタル・シーンに新たな衝撃を与えた。

アルバムからのシングル「Stupify (ストゥーピファイ)」、「Voices (ヴォイシズ)」、そしてバンドの代名詞的楽曲「Down With the Sickness (ダウン・ウィズ・ザ・シックネス)」は、ラジオやMTVで頻繁にオンエアされた。「Down With the Sickness」の歌詞には、虐待的な母親に対する息子の怒りが描かれており、ドレイマン自身の経験ではないものの、社会的な病理や家庭内の抑圧をメタファーとして用いた強力なメッセージ性を持っていた。

4.3 商業的成功と認定

『The Sickness』はビルボード200チャートで最高29位を記録した。最高順位こそトップ10入りしなかったものの、そのセールスは長期間にわたって持続し、バンドにとって最大のベストセラーとなった。

アルバムは2018年6月21日にRIAA (アメリカレコード協会) から5倍プラチナム (5x Platinum) (500万枚相当) に認定された。さらに2025年1月17日には、シングル「Down With the Sickness」が8倍プラチナム、「Stupify」が2倍プラチナム、「The Game (ザ・ゲーム)」と「Voices」がゴールドに認定された。発売から四半世紀を経ても、DISTURBEDのデビュー作が聴き継がれていることを示している。

5. 『Believe』と進化、そしてベーシストの解雇 (2002-2003)

5.1 音楽的転換と初の全米1位

2002年9月、セカンドアルバム『Believe (ビリーヴ)』がリリースされた。この作品で、バンドはデビュー作で見られた荒々しさや電子音の多用を抑え、よりメロディアスで伝統的なヘヴィ・メタルに近いサウンドへと舵を切った。歌詞のテーマも、宗教的な象徴 (アルバムカバーにはユダヤ教、キリスト教、イスラム教などのシンボルが融合して描かれている) や内面的な強さに焦点を当てたものとなった。

『Believe』はビルボード200で初登場1位を獲得し、ここからバンドの「5作連続アルバムチャート1位」という伝説的な記録が始まった。シングル「Prayer (プレイヤー)」や「Remember (リメンバー)」は、9.11同時多発テロ後のアメリカ社会の空気を反映しつつ、個人の再生を歌った楽曲として広く支持された。

5.2 スティーヴ・“ファズ”・クマックの解雇

商業的な絶頂期にあった2003年、バンド内部で大きな亀裂が生じた。オリジナル・ベーシストのスティーヴ・“ファズ”・クマック (Steve "Fuzz" Kmak) がバンドを解雇されたのである。

解雇の背景には、以前からドレイマンとの間に「性格の不一致 (personality differences)」があったとされる。また、2001年のマリリン・マンソン (Marilyn Manson) とのヨーロッパツアーに参加する直前、クマックがシカゴのリハーサルスタジオの非常階段から転落し、足首を粉砕骨折した事件も関係していると言われている(彼は機材搬入のためにエレベーターが使用中だったため、非常階段を使おうとしていた)。この怪我により彼はツアーの一部を欠席せざるを得なかった。

最終的に、2003年の「Music as a Weapon II (ミュージック・アズ・ア・ウェポンII)」ツアー終了後、バンドはクマックの解雇を発表した。ドレイマンは後に、クマックの解雇理由について性格の不一致と示唆している。

6. 『Ten Thousand Fists』と新体制の確立 (2004-2006)

6.1 ジョン・モイヤーの加入

クマックの後任として、テキサス出身で元ユニオン・アンダーグラウンド (The Union Underground) のベーシスト、ジョン・モイヤー (John Moyer) が2004年に加入した。モイヤーの加入により、バンドのリズム隊 (ドネガン、ウェングレン、モイヤー) はより強固でテクニカルなものとなった。

6.2 政治的メッセージと結束

2005年にリリースされたサードアルバム『Ten Thousand Fists (テン・サウザンド・フィスツ)』は、新体制での最初の作品となり、再びビルボード200で初登場1位を記録した。アルバムカバーには、バンドのマスコット「ザ・ガイ」に率いられ、無数の拳を突き上げる民衆が描かれており、バンドとファンの結束を象徴している。

このアルバムには、ジェネシス (Genesis) のカバー曲「Land of Confusion (ランド・オブ・コンフュージョン)」が収録されており、トッド・マクファーレン (Todd McFarlane) が監督したアニメーションMVでは、軍産複合体や腐敗した権力を批判する政治的なメッセージが強く打ち出された。

7. 『Indestructible』: セルフ・プロデュースへの挑戦 (2007-2009)

7.1 ダークなテーマと技術的進化

2008年リリースの4枚目のアルバム『Indestructible (インディストラクティブル)』は、初めて外部プロデューサーを起用せず、バンド自身がプロデュースを行った作品である。ドレイマンはこのアルバムを「よりダークで、よりテクニカル」と評しており、彼自身の個人的な悲劇(恋人の自殺やバイク事故など)が色濃く反映されている。

タイトルトラック「Indestructible」や、自殺をテーマにした「Inside the Fire (インサイド・ザ・ファイア)」は、バンドのキャリアの中でも特にヘヴィで感情的な楽曲である。「Inside the Fire」は第51回グラミー賞の「最優秀ハード・ロック・パフォーマンス賞」にノミネートされた。

7.2 日本との関わり: サマーソニックと単独公演

  • SUMMER SONIC 2002: 2002年8月18日、アルバム『Believe』の発売を前に、サマーソニックの東京会場 (千葉マリンスタジアム・幕張メッセ) 2日目のアウトドア・ステージに出演した。これが初来日である。前日8月17日の大阪会場の出演者には名前がない。
  • 単独来日ツアー (2003年2月): 5日に大阪・心斎橋クラブクアトロ、7日に名古屋クラブクアトロ、8日に東京・赤坂BLITZで公演した (名古屋と東京はTAPROOTがゲスト)。来日に先立ち、日本盤シングル「Remember」が〈来日記念盤〉として発売された。
  • Indestructible Tour: 2008年9月の来日公演 (16日 大阪・心斎橋クラブクアトロ、17日・18日 東京・LIQUIDROOM) は中止になった。

8. 『Asylum』と活動休止への序章 (2010-2011)

8.1 4作連続の全米1位

2010年の『Asylum (アサイラム)』もまたビルボード200で初登場1位を記録し、4作連続の全米1位となった。このアルバムでは、ホロコースト否定論者への怒りを込めた「Never Again (ネヴァー・アゲイン)」や、気候変動を扱った「Another Way to Die (アナザー・ウェイ・トゥ・ダイ)」など、社会派のテーマがさらに深化した。

8.2 無期限活動休止の発表

2011年、B面曲や未発表曲を集めたコンピレーション・アルバム『The Lost Children (ザ・ロスト・チルドレン)』をリリースした後、バンドは無期限の活動休止 (Hiatus) を宣言した。これは解散ではなく、長年のツアー生活による疲弊を癒やし、メンバー各々がクリエイティブな充電期間を持つための戦略的な決断であった。

9. サイドプロジェクトの時代 (2011-2015)

活動休止中、メンバーはそれぞれの音楽的探求を行った。

  • デバイス (Device): デイヴィッド・ドレイマンが結成したインダストリアル・メタル・プロジェクト。2013年にアルバムをリリースし、より電子的で実験的なサウンドを追求した。
  • ファイト・オア・フライト (Fight or Flight): ダン・ドネガンとマイク・ウェングレンが結成したバンド。ディスターブドよりもストレートなロック・サウンドを展開した。
  • アドレナリン・モブ (Adrenaline Mob): ジョン・モイヤーは、元ドリーム・シアター (Dream Theater) のマイク・ポートノイ (Mike Portnoy) らによるスーパーグループに参加し、ベースを担当した。

これらの活動は、メンバー個々のスキルアップに寄与し、後のディスターブドの復活に向けた重要なステップとなった。

10. 『Immortalized』と「The Sound of Silence」の奇跡 (2015-2017)

10.1 極秘裏の復活

2015年6月、バンドは突如として活動再開と新アルバム『Immortalized (イモータライズド)』のリリースを発表した。レコーディングは完全な秘密裏に行われ、ファンやメディアを驚かせた。このアルバムも全米1位を獲得し、「5作連続初登場1位」の金字塔を打ち立てた。スタジオ・アルバム5作連続でビルボード200に初登場1位を記録したのは、メタリカとデイヴ・マシューズ・バンドに続いて3組目である。

10.2 サイモン&ガーファンクルのカバー

このアルバム最大の特徴は、サイモン&ガーファンクル (Simon & Garfunkel) の名曲カバー「The Sound of Silence (サウンド・オブ・サイレンス)」である。ドネガンの提案により、ドレイマンは従来の叫びを封印し、ピアノとオーケストラをバックに朗々と歌い上げるスタイルに挑戦した。

このカバーは、ハード・ロック/メタルの枠を超えて大ヒットし、ビルボード Hot 100で42位 (バンド史上最高位) を記録した。2016年3月28日に放送されたコナン・オブライエン (Conan O'Brien) の番組『Conan』でのパフォーマンスは、原曲者のポール・サイモン (Paul Simon) からドレイマンに「本当にパワフルなパフォーマンスだ」と称賛のメールが届くほどの反響を呼んだ。その映像は2019年11月にYouTubeで再生1億回を超え、『Conan』のクリップとして初めてこの数字に届いた。この『Conan』でのライヴ版「The Sound of Silence (Live on Conan)」は、第59回グラミー賞の「最優秀ロック・パフォーマンス賞」にノミネートされた。

10.3 KNOTFEST JAPAN 2016への出演

2016年11月5日、バンドはスリップノット (Slipknot) が主催する「KNOTFEST JAPAN 2016」の初日に出演した。幕張メッセ国際展示場9~11ホールで開かれたこのフェスで、DISTURBEDは17時30分から18時10分までの枠に登場し、このあとにSiM、デフトーンズ (Deftones)、スリップノットが続いた。ワーナーミュージック・ジャパンは、この出演を13年ぶりの来日として告知していた。

11. 『Evolution』から『Divisive』へ (2018-2024)

11.1 アコースティックへの傾倒: 『Evolution』

2018年の『Evolution (エヴォリューション)』では、「The Sound of Silence」の成功を受けて、アコースティック楽曲やバラードの比重を増やした。タイトルの通り、バンドの音楽的進化を示した作品であり、薬物依存やうつ病との闘いを描いた「A Reason to Fight (ア・リーズン・トゥ・ファイト)」などが収録された。このアルバムはビルボード200で4位となり、連続1位記録は途切れたものの、バンドの成熟を示した。

11.2 原点回帰と分断社会: 『Divisive』

2022年リリースの8作目『Divisive (ディヴァイシヴ)』は、パンデミック後の分断された社会 (Divisive world) をテーマに、初期のヘヴィなリフと近年のエレクトロニックな要素を融合させた「原点回帰」作となった。アン・ウィルソン (Ann Wilson / Heart) とのデュエット曲「Don't Tell Me」も話題となった。

収録曲「Bad Man (バッド・マン)」は、第66回グラミー賞 (2024年) の「最優秀メタル・パフォーマンス賞」にノミネートされ、メタリカやスリップノット (Slipknot) と競った。

12. 2025年以降の展望: The Sickness 25th Anniversary

2025年、バンドはデビューアルバム『The Sickness』の25周年を迎え、大規模な記念ツアー「The Sickness 25th Anniversary Tour」を発表した。このツアーでは、アルバム全曲再現とグレイテスト・ヒッツの2部構成セットリストが組まれていた。また、RIAAによる「Down with the Sickness」の8倍プラチナム認定は、ストリーミング全盛の現代において、DISTURBEDのフィジカルおよびデジタルセールスがいかに強固であるかを証明している。25周年記念エディション(未発表音源やライブ音源を含む)の2025年3月のリリースも発表されており、DISTURBEDのレガシーは現在進行形で拡大している。

13. マスコットキャラクター「ザ・ガイ (The Guy)」の全貌

ディスターブドのアートワークを語る上で欠かせないのが、フードを被り、邪悪な笑みを浮かべたマスコットキャラクター「ザ・ガイ (The Guy)」である。彼はアイアン・メイデンの「エディ」やメガデスの「ヴィック」に匹敵する、メタル界のアイコンである。

13.1 起源と命名

「ザ・ガイ」は、ドレイマン自身の表情から生まれた。結成当時のバンドには自分たちを表すロゴのような図柄が必要で、ドレイマンは当時グラフィック・デザイナーをしていた友人と相談し、自分でしかめ面をして見せた。友人がそれを画面上の顔に起こしてディストーションをかけ、2、3回繰り返したところで完成したという。名前の由来は、ドラマーのマイク・ウェングレンの甥のエピソードにある。まだ2歳だった甥がこの顔をひどく怖がり、両親にいつも「The Guy」と言っていたことから、そのまま「The Guy」と呼ばれるようになった。

13.2 アルバムごとの進化

ザ・ガイの姿はアルバムごとに変化し、その作品のテーマを体現している。

アルバム ザ・ガイの描写と意味
The Sickness (2000) 表ジャケットには登場せず、CDに白い線画で描かれている。
Ten Thousand Fists (2005) フードを被った全身像として初登場。拳を突き上げる民衆を率いるリーダーとして描かれる。
Indestructible (2008) 炎に包まれ、何者にも破壊されない (Indestructible) 力強さを表現。
Asylum (2010) 精神病院の拘束衣を破り捨てようとする姿。狂気からの解放を象徴。
The Lost Children (2011) 捨てられた子供たち (B面曲のメタファー) を守るような姿。
Immortalized (2015) 石像のような質感で描かれ、不滅 (Immortal) の存在として表現される。
Evolution (2018) カバーアートには登場しない。バンドの音楽的変化に伴い、あえて姿を隠す演出がなされた (ブックレット等には示唆がある)。
Divisive (2022) 2つの天体(あるいは世界)の間に立ち、鎖を操る姿。分断された世界を象徴する。

14. メンバー詳細 (Band Members)

現在のメンバー (Current Members)

デイヴィッド・ドレイマン (David Draiman)
  • 担当: リード・ボーカル (Lead Vocals)
  • 在籍期間: 1996年 - 現在
  • 特徴: バンドの作詞の大部分を担当。独特のパーカッシブな唱法と、広音域のメロディックな歌唱を使い分ける。ライブでは「My brothers and sisters, my blood! (我が兄弟姉妹、我が同胞よ!)」と観客に呼びかけるのが定番。
ダン・ドネガン (Dan Donegan)
  • 担当: ギター (Guitars)、キーボード (Keyboards)、プログラミング (Programming)
  • 在籍期間: 1994年 - 現在 (創設メンバー)
  • 特徴: バンドのメインコンポーザー。リフ作りにおいて、単なるヘヴィさだけでなく、電子音やシンセサイザーを巧みに組み合わせることで、ディスターブド特有の質感を生み出している。「Inside the Fire」などのギターソロでも高い評価を得ている。
マイク・ウェングレン (Mike Wengren)
  • 担当: ドラムス (Drums)、パーカッション (Percussion)
  • 在籍期間: 1994年 - 現在 (創設メンバー)
  • 特徴: シカゴ出身。彼のドラミングは、ドレイマンのボーカルのリズムパターンと密接にリンクしており、バンドのグルーヴの核となっている。パワフルかつ正確無比なプレイが持ち味。
ジョン・モイヤー (John Moyer)
  • 担当: ベース (Bass)、バック・ボーカル (Backing Vocals)
  • 在籍期間: 2004年 - 現在
  • 特徴: テキサス州エルパソ出身。2004年に加入後、バンドの重低音を支える。指弾きとピック弾きを使い分け、ドネガンのギターリフに厚みを加える。自身の音楽スクール「Natural Ear Music」のオーナーでもある。

過去のメンバー (Former Members)

スティーヴ・“ファズ”・クマック (Steve "Fuzz" Kmak)
  • 担当: ベース (Bass)
  • 在籍期間: 1994年 - 2003年
  • 脱退理由: バンド内の性格の不一致および個人的な対立により解雇。
エリック・アウォルト (Erich Awalt)
  • 担当: ボーカル (Vocals)
  • 在籍期間: 1994年 - 1996年 (Brawl時代)
  • 脱退理由: デモ録音直後に脱退。彼の脱退がドレイマン加入のきっかけとなった。

15. Conclusion

ディスターブドは、1990年代のシカゴのアンダーグラウンドから出発し、25年以上のキャリアを通じて、ヘヴィ・メタルのメインストリームにおける不動の地位を築き上げた。DISTURBEDの強みは、デイヴィッド・ドレイマンの圧倒的なボーカル・パフォーマンス、リズミカルでフックのある楽曲構成、そして「ザ・ガイ」という強力なブランド・イメージにある。

また、DISTURBEDはサイモン&ガーファンクルのカバーやアコースティックへの挑戦など、常に音楽的なリスクを冒しながら進化を続けてきた。2025年の『The Sickness』25周年記念ツアーとRIAAによる記録的な認定は、DISTURBEDが現在進行形でファンを拡大し続けるリビング・レジェンドであることを如実に物語っている。