DISTURBED TRIVIA

Trivia

DISTURBEDが初めて日本のステージに立ったのは、2002年の<SUMMER SONIC>である。SUMMER SONIC公式サイトの記録によると、この年のフェスは8月17日と18日の2日間、東京会場の千葉マリンスタジアムと幕張メッセ、大阪会場のWTCオープンエアスタジアム、インテックス大阪、Zepp大阪で開かれた。DISTURBEDの名前があるのは東京会場2日目、8月18日のアウトドア・ステージで、同じステージにはTHE OFFSPRING、NOFX、NO DOUBT、THE WILDHEARTSらが並んでいる。前日8月17日の大阪会場のアウトドア・ステージは同じ顔ぶれだが、そこにDISTURBEDの名前はない。タワーレコードの雑誌bounceは2002年10月号の『Believe』評で、このSUMMER SONICを彼らの初めての来日として紹介している。

出典: SUMMER SONIC公式サイト、「History - 2002」(2026年10月21日参照)

2016年11月5日、DISTURBEDは幕張メッセ国際展示場9~11ホールで開かれた<KNOTFEST JAPAN 2016>の初日に出演した。SLIPKNOTが主催し、2日間ともトリを務めたフェスである。ワーナーミュージック・ジャパンは、この出演を13年ぶりの来日として告知していた。主催者のタイムテーブルでは、DISTURBEDの出番は17時30分から18時10分までで、このあとにSiM、DEFTONES、SLIPKNOTが続いた。激ロックのライヴ・レポートによると、ステージは「Ten Thousand Fists」で幕を開け、「The Sound of Silence」はピアノ、ウッド・ベース、アコースティック・ギター、ティンパニによる編成で演奏された。締めくくりは「Indestructible」「Voices」「Down with the Sickness」の3曲だった。

出典: KNOTFEST JAPAN 2016公式サイト、「TIME TABLE」(2026年10月21日参照)

デイヴィッド・ドレイマンがのちのDISTURBEDに出会ったきっかけは、シカゴの音楽紙Illinois Entertainerに載った歌い手募集の広告である。広告を出したのはギタリストのダン・ドネガン、ドラマーのマイク・ウェングレン、ベーシストのスティーヴ・“ファズ”・クマックの3人で、ドレイマンによれば、自前のスタジオの時間があり契約の話も進んでいると書かれ、実際よりずっと契約に近いバンドに見えたという。ロヨラ大学シカゴ校の学生だったドレイマンは、本人の記憶では30から50ものオーディションを受けていたが、どこもカヴァー曲を覚えるだけのバンドで、自分の曲をやりたい彼とはかみ合わなかった。1996年8月、サウスサイドにあるバンドのリハーサル場所で、知っているカヴァーを訊かれたドレイマンは、逆にバンドの曲を弾いてほしいと頼み、2、3分のうちにそこへメロディーを乗せた。この初顔合わせで生まれたのが、のちに『The Sickness』に入る「Want」である。2001年の公式バイオでドネガンは、即興でやろうと言い出した歌い手は彼が初めてだったと振り返っている。

出典: Billboard、「Disturbed’s David Draiman Talks 20 Years of ‘The Sickness’ & How His Band Never Stopped Climbing」(2020年3月5日)

DISTURBEDの前身は、ギタリストのダン・ドネガン、ドラマーのマイク・ウェングレン、ベーシストのスティーヴ・“ファズ”・クマックが、ヴォーカリストのエリック・アウォルトと組んでいたBRAWLというバンドである。ドネガンとクマックのつながりはさらに古く、ドネガンが10代で始めた80年代風のグラム・メタル・バンドVANDALにもクマックがいた。BRAWLの歌い手募集の広告に応じたデイヴィッド・ドレイマンは、新しいバンド名も一緒に持ち込んだ。それがDISTURBEDである。ドレイマンの説明によれば、世の中が人に押しつける画一性こそが当時の彼らには「disturbing」に感じられ、型を破ろうとしていた気分にこの名前がしっくりきたのだという。

出典: Songfacts、「Disturbed Artistfacts」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

マスコットのThe Guyは、デイヴィッド・ドレイマン自身の表情から生まれた。2010年8月の激ロックの取材によれば、結成当時のバンドには自分たちを表すロゴのような図柄が必要で、ドレイマンは当時グラフィック・デザイナーをしていた友人と相談した。しかめ面の顔はどうかと提案しても相手にうまく伝わらなかったため、ドレイマンは自分でしかめ面をして見せ、友人がそれを画面上の顔に起こしてディストーションをかけた。2、3回繰り返したところでドレイマンが手を止めさせ、The Guyができあがったという。名付け親はドラマーのマイク・ウェングレンの甥で、まだ2歳だったその子がこの顔をひどく怖がり、両親にいつも「The Guy」と言っていたのが、そのまま名前になった。デビュー作『The Sickness』では表ジャケットに登場せず、CDに白い線画で描かれている。ギタリストのダン・ドネガンによれば、The Guyはすぐにファンをつかみ、契約前の地元バンドだった頃から体に彫る人まで現れた。

出典: 激ロック、DISTURBEDのインタビュー(2010年8月9日)

GENESISのカヴァー「Land of Confusion」のビデオはアニメーションで、主役はマスコットのThe Guyである。監督のトッド・マクファーレンによれば、バンドには描きたい映像の明確なイメージがあり、彼は再び組んだコミック仲間のグレッグ・カプロとともに、3分間を一本の筋で貫く物語に仕立てた。悪役は、誰もが知る記号として、ボードゲームのモノポリーに描かれた男をゆがめた姿にしたという。黒い服に影の差した顔のThe Guyは、そのままスーパーヒーローに見えたとマクファーレンは語り、その手のマスコット像の下地を作ったのはIRON MAIDENだとも述べている。デイヴィッド・ドレイマンは2006年、元のビデオの要素を引き継ぎながら、はるかに冗談めかしたところのない、辛辣な作品になったと話している。

出典: Blabbermouth、「DISTURBED Frontman on OZZFEST: 'We're Trying To Make It A Big Rock Show'」(2006年7月14日)

「The Sound of Silence」のカヴァーは、ドラマーのマイク・ウェングレンの一言から始まった。デイヴィッド・ドレイマンによれば、アルバムごとに1曲はカヴァーを録るのが常で、今回は60年代、70年代まで遡ろうとしたところで、ウェングレンが、ドレイマンが子どもの頃に両親や母方のおじから教わったSIMON & GARFUNKELの名を挙げた。ドレイマンは「Land of Confusion」のように激しく仕上げるものと考えていたが、ギタリストのダン・ドネガンが幻想的で静かな方向を推した。決め手はプロデューサーのケヴィン・チャーコが書いた冒頭のピアノで、その日の歌入れを終えていたドレイマンはチャーコに促されてブースに戻り、自身最長の3時間の録音に臨んだ。バンド全員が見守った唯一の歌入れだった。チャーコが3日がかりでまとめた歌を、ドレイマンは涙ぐみながら3度聴き返した。1オクターヴ下げる歌い方やささやくような低い声もチャーコの案だったと、のちに明かしている。

出典: Blabbermouth、「DAVID DRAIMAN 'Teared Up' The First Time He Listened To DISTURBED's Cover Of 'The Sound Of Silence'」(2016年1月28日)

デイヴィッド・ドレイマンが「The Sound of Silence」を初めてライヴで歌ったのは、2016年3月28日放送のトーク番組『Conan』である。ドレイマンによれば、放送のすぐ後に作者のポール・サイモン本人から連絡があり、演奏を大いにほめたうえ、その映像を自分のSNSにも載せてくれた。以来2人は何度かやり取りを続け、マウイ島で会った際には、直接この曲への祝福を受けたという。この夜の映像は2019年11月にYouTubeで再生1億回を超え、『Conan』のクリップとして初めてこの数字に届いた。ドレイマンは、この曲がフィギュアスケートの演技やテレビ番組『Dancing with the Stars』で使われるほど広まるとは夢にも思わなかったと語っている。ドラマ『The Blacklist』やゲーム『Rock Band 4』でも使われた。

出典: Blabbermouth、「DISTURBED's DAVID DRAIMAN On Stepping Outside His Comfort Zone For 'The Sound Of Silence' Cover: Producer KEVIN CHURKO 'Gave Me The Courage To Go There'」(2026年7月9日)

『Believe』の日本盤は、2002年10月9日にワーナーミュージック・ジャパンから発売された(WPCR-11327)。アルバムの12曲のあとに、13曲目としてデビュー作『The Sickness』の収録曲「Shout 2000」のライヴ録音が加えられている。翌2003年1月29日には、同じアルバムを5.1チャンネルのサラウンドとステレオで収めたDVDオーディオ版も日本で出た(WPAR-10035)。こちらの曲目は12曲までで、ライヴの「Shout 2000」は入っていない。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン公式サイト、ディスターブド「ビリーヴ」の商品ページ(2026年10月21日参照)

2003年2月、DISTURBEDは単独の来日ツアーを行った。招聘元クリエイティブマンの当時の公演ページによれば、日程は5日の大阪・心斎橋クラブクアトロ、7日の名古屋クラブクアトロ、8日の東京・赤坂BLITZの3公演で、名古屋と東京ではTAPROOTがゲストとして出演した。これに先立つ1月22日、ワーナーミュージック・ジャパンは『Believe』からの2枚目のシングル「Remember」を〈来日記念盤〉として日本で発売している(WPCR-11399)。アルバムに入っていないライヴ音源を3曲加えた1枚で、2曲目から4曲目の「Remember」「Rise」「Bound」は、2002年9月にロンドンのアストリア・シアターで行われた公演の録音である。

出典: クリエイティブマン、「DISTURBED 2003」公演ページ(Internet Archive 2003年2月11日の保存版、2026年10月21日参照)

『Indestructible』の日本盤は、2008年6月4日にワーナーミュージック・ジャパンから発売された(WPCR-12886)。13曲入りで、最後の「Parasite」が日本盤のボーナス・トラックである。レーベルの商品ページは、このアルバムのプロデューサーとしてDISTURBED自身の名を挙げている。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン公式サイト、ディスターブド「インデストラクティブル / INDESTRUCTIBLE」の商品ページ(2026年10月21日参照)

『Asylum』の日本盤は、2010年9月1日にワーナーミュージック・ジャパンから発売された(WPCR-13915)。日本盤だけのボーナス・トラックとして「Leave It Alone」を加え、レーベルの曲目には隠しトラックの「I Still Haven't Found What I'm Looking For」も載る。同月15日には、ワーナーミュージック・ダイレクトの限定商品として、CD+DVDのリミテッド・エディション(D9362-49625)に折りたたんだポスターを付けた版が出た。ポスターの表はアルバムのアートワーク、裏は「The Animal」と「The Infection」の楽譜である。この版のCDはライヴの「Down with the Sickness」と「Stricken」を加え、DVDにはデビュー後10年を追った約60分のドキュメンタリー「Decade of Disturbed」と、ギタリストのダン・ドネガンとベーシストのジョン・モイヤーによる教則映像が入っている。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン公式サイト、ディスターブド「アサイラム / ASYLUM」の商品ページ(2026年10月21日参照)

活動休止を経た『Immortalized』は世界同時発売の作品で、日本盤も2015年8月21日にワーナーミュージック・ジャパンから出た(WPCR-16753)。日本盤は16曲入りで、13曲目の「Who Taught You How to Hate」のあとに、ボーナス・トラックとして「Tyrant」「Legion of Monsters」「The Brave and the Bold」の3曲が続く。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン公式サイト、ディスターブド「イモータライズド / Immortalized」の商品ページ(2026年10月21日参照)

『Evolution』の日本盤は、2018年12月12日にワーナーミュージック・ジャパンから発売された(WPCR-18152)。14曲入りで、10曲目の「Already Gone」のあとに、ALTER BRIDGEのマイルス・ケネディが加わったSIMON & GARFUNKELのカヴァー「The Sound of Silence」のライヴ録音、「This Venom」、サム・デ・ヨングによる「Are You Ready」のリミックス、「Uninvited Guest」が続く。日本盤だけの特典として、オリジナル・ステッカーが封入された。

出典: ワーナーミュージック・ジャパン公式サイト、ディスターブド「エヴォリューション / Evolution」の商品ページ(2026年10月21日参照)

デビュー作『The Sickness』の日本盤は、2000年6月21日にGiantレーベルから発売された(BVCG-21016)。邦題は『シックネス』である。アメリカ盤のCDは12曲入りだが、日本盤は13曲を収め、「Meaning of Life」のあとの13曲目に「God of the Mind」が入っている。

出典: タワーレコード オンライン、Disturbed『シックネス』(BVCG-21016)の商品ページ(2026年10月21日参照)

デイヴィッド・ドレイマンは日本の取材に、日本への思い入れを繰り返し語ってきた。2010年8月の激ロックのインタビューでは、日本のものは何でも好きで、とくに料理と文化に惹かれると話し、早く来日したいと答えている。活動休止から戻った2015年8月の激ロックの取材では、アルバム発売後のツアーについて訊かれ、日本には必ず行くと言い切った。日本のファンに向けたメッセージでは、これまでのツアーで一番の思い出は日本だと明かし、新幹線で京都まで足を延ばして観光したときに、その文化と歴史に圧倒されたことを振り返っている。翌2016年11月、バンドは<KNOTFEST JAPAN 2016>で来日した。

出典: 激ロック、DISTURBEDのインタビュー(2015年8月19日)

『The Sickness』はBillboard 200に2000年5月に初登場し、最高位の29位に届いたのは同じ年の10月だった。チャートには通算107週とどまった。2015年に『Immortalized』が首位を取ったとき、Billboardは、それまでのスタジオ・アルバム6作のうち1位を逃したのはこのデビュー作だけだと書いた。ところがRIAAの認定では、アルバムのなかでこれが最も高い。2018年6月21日に5×プラチナとなり、『Ten Thousand Fists』の3×、『Believe』『Indestructible』『Immortalized』の2×を上回る。シングル「Down with the Sickness」も、Billboardのメインストリーム・ロック・チャートでは2001年の5位が最高だったが、2025年1月17日に8×プラチナに認定された。同じ日に「Stupify」が2×プラチナ、「The Game」と「Voices」がゴールドに認定されている。

出典: RIAA(アメリカレコード協会)、Gold & Platinumデータベースの「DISTURBED」の検索結果(2026年10月21日参照)

DISTURBEDは、プロレスラーのストーン・コールド・スティーヴ・オースティンの入場テーマ「Glass Shatters」を録音している。WWFのスター選手たちのテーマ曲を、当時のラウドなロック・バンドが演奏したコンピレーション『WWF Forceable Entry』の4曲目で、同作はSmackDown! RecordsとColumbia Recordsから2002年3月26日に発売された。WWEの発表によれば、アルバムはビルボード200に初登場3位で入り、ハード・ロック・アルバム・チャートでは1位となった。2025年3月にバンドが発表した『The Sickness』の25周年記念盤には、スティーヴ・オースティンによるイントロを加えたこの曲の新しいミックスが収められ、「Glass Shatters」はこのとき初めてストリーミング・サービスで聴けるようになった。

出典: Columbia Records(Sony)のプレスリリース「Rock's Hottest Stars Get Down & Dirty on WWF Forceable Entry CD Featuring Creed, Kid Rock, Limp Bizkit, Drowning Pool, Rob Zombie, Marilyn Manson, Sevendust, Saliva, & Others」(2002年3月4日)

2004年、DISTURBEDは新しいベーシストを公開オーディションで探した。公式サイトの告知によれば、会場はロサンゼルスのリハーサル・スタジオ(3月27日)とシカゴ南郊シカゴ・ハイツのクラブ(4月4日)の2か所で、応募者は「The Game」「Believe」「Liberate」の3曲を覚え、8×10の写真とデモCD、それにベースだけを持ってくるよう求められた。2001年のOzzfestで共演したTHE UNION UNDERGROUND出身のジョン・モイヤーは、曲を仕上げる時間をかせぐためにシカゴを選んだ。本人の回想では、数百人のベーシストが並ぶ列に加わり、メンバーの電話番号は知っていたが、特別扱いを望まず、マネージャーが列を見回るときには顔を隠したという。弾くよう指定された「The Game」を終えてすぐ引き上げると、翌日も来るよう呼び止められ、帰りの便を変えて臨んだ2日目は「Prayer」からバンドと合わせた。加入は同年4月末に正式に発表されている。

出典: DISTURBED公式サイト、「Open Auditions | Bass Player」(Internet Archive 2004年3月25日の保存版、2026年10月21日参照)

最初の3作『The Sickness』『Believe』『Ten Thousand Fists』をプロデュースしたのはジョニー・Kである。4作目『Indestructible』で、デイヴィッド・ドレイマン、ダン・ドネガン、マイク・ウェングレンの3人は自分たちでプロデュースすることにした。2008年の公式バイオによれば、録音は2007年秋の3か月をかけてシカゴのGroovemaster Recordingで行われた。ドレイマンはジョニー・Kとの3作で多くを学んだと語り、ウェングレンはやれることを自分たちにも周りにも証明する機会だったと述べている。ドネガンは、前2作で影をひそめたドレイマンの、リズムを刻む早口の歌い方を呼び戻したかったという。続く『Asylum』も、2010年2月からGroovemaster Studiosでセルフ・プロデュースされた。

出典: DISTURBED公式サイト、「About Disturbed」(Internet Archive 2008年8月26日の保存版、2026年10月21日参照)

『Asylum』という題には2つの意味が重ねられている。2010年の公式バイオでデイヴィッド・ドレイマンは、この言葉でまず思い浮かぶのは精神病院や療養所だが、逃げ込める場所、安全な場所という意味もあり、その二重の意味が決め手になったと説明した。このアルバムの歌詞は、これまでよりずっと謎めいたところが少なく、直接的に書いたとも話している。

出典: DISTURBED公式サイト、「About Disturbed」(Internet Archive 2011年7月10日の保存版、2026年10月21日参照)

『Asylum』の「The Animal」は、文字どおりの狼男の歌である。2010年の公式バイオでデイヴィッド・ドレイマンは、本物の狼男を主人公に、映画『Underworld』や『Wolfman』から着想を得て書いたと明かし、力を手にすることを楽しみ、変身の瞬間のために生きている者の歌だと説明した。ミュージック・ビデオには、日系アメリカ人のモデル兼女優で元WWEのディーヴァでもあるLena Yadaが出演した。監督のCharlie Terrellは、1964年のオムニバス怪奇映画『怪談』の雪女の物語を下敷きにし、白く塗った顔に血の十字を描いたYadaが、青く沈んだ森にすむ謎の存在として白い狼の群れを従える姿を描いた。Terrellは、日本の怪談に森へのありふれた恐れを混ぜた話だと語っている。シングルはビルボードのメインストリーム・ロック・チャートで2011年1月に2位まで上がり、2025年3月6日にRIAAのゴールド認定を受けた。

出典: DISTURBED公式サイト、「About Disturbed」(Internet Archive 2011年7月10日の保存版、2026年10月21日参照)

RIAAの認定で、DISTURBEDの作品のうち最も高い段階にあるのは、SIMON & GARFUNKELのカヴァー「The Sound of Silence」である。2025年5月9日にシングルとして9×プラチナに認定され、8×の「Down with the Sickness」を上回った。ビルボードのホット100では2016年4月に42位まで上がり、バンドの同チャートでの最高位となった。この曲のカヴァーがホット100に入ったのは、1971年にPEACHES & HERBが100位に届いて以来2例目である。メインストリーム・ロック・チャートでは7週にわたって1位にとどまり、ミュージック・ビデオは2024年5月にYouTubeで再生10億回を超え、バンドとして初めて10億回に届いた。同じ2024年には、オーストラリアのDJ、CYRILがこの録音をダンス・トラックに作り替え、ビルボードのダンス/エレクトロニック・ソング・チャートで34位に入った。

出典: RIAA(アメリカレコード協会)、Gold & Platinumデータベースの「DISTURBED」の検索結果(2026年10月21日参照)

レコーディング・アカデミーの記録では、DISTURBEDのグラミー賞ノミネートは3回で、受賞はまだない。最初は2009年の第51回、最優秀ハード・ロック・パフォーマンス部門の「Inside the Fire」で、JUDAS PRIEST、MÖTLEY CRÜE、ロブ・ゾンビらと競い、THE MARS VOLTAの「Wax Simulacra」が賞を得た。2017年の第59回では最優秀ロック・パフォーマンス部門の候補になったが、対象はスタジオ録音の「The Sound of Silence」ではなく、テレビ番組『Conan』で披露したライヴ版だった。この年はデヴィッド・ボウイの「Blackstar」が受賞している。2024年の第66回には「Bad Man」が最優秀メタル・パフォーマンス部門に挙がり、GHOST、SLIPKNOT、SPIRITBOXとともに候補となったが、METALLICAの「72 Seasons」が選ばれた。

出典: Recording Academy(grammy.com)、「Disturbed Grammy Awards and Nominations, Song & Bio」(2026年10月21日参照)

2023年、ギタリストのダン・ドネガンは、1996年に歌い手を探していた頃の付箋のメモをSNSで公開した。候補の連絡先のなかで彼が丸で囲んでいたのは、近所の知り合いのジョエル・ホークストラである。ホークストラは地元の別のプロジェクトで少し歌ったことがあったが、ドネガンが目を見張ったのはギターの腕で、のちにNIGHT RANGERやWHITESNAKEで弾くことになる。候補だったと本人に伝えたかどうかは覚えていないという。一方でドネガンはデイヴィッド・ドレイマンに伝言を残しており、日曜の夜の電話で意気投合して翌日のリハーサルに招き、その日のうちに彼で決まりだと確信した。バンドは3か月余り後に友人のBLACK SABBATHトリビュート・バンドと最初のライヴを行い、その3年後にメジャー・レーベルと契約した。投稿を見たホークストラは、そうならなくてよかった、自分が全部台無しにしていたかもしれないと冗談まじりに返している。

出典: Loudwire、「Disturbed’s Dan Donegan Once Considered Auditioning Future Whitesnake Member for Singer Spot」(2023年3月17日)

DISTURBEDの結成は1996年8月だが、ドラマーのマイク・ウェングレンとギタリストのダン・ドネガンは、1992年から顔ぶれを替えながら一緒にバンドを続けていた。ウェングレンによれば、当時のシカゴにはSMASHING PUMPKINSやVERUCA SALT、LOCAL Hのようなオルタナティヴ寄りのポップ・ロックのシーンがあったが、重すぎると見られた彼らはその輪の外で、クラブのMetroにすら出られなかった。そこで郊外やサウスサイドの酒場を回り、仲間のバンドと自分たちのシーンを作った。ライヴで貯めた金で3曲入りのデモ・カセットを作っては大量に複製し、同じジャンルの公演があれば地元でも全国区でも出向いて、終演後の出口で手渡した。ウェングレンは、このころのバンドを、とにかく自分たちを売り込み続ける集団だったと振り返る。転機はMetroに伝手のあったLUNGBRUSHが前座に誘ってくれたことで、サウスサイドのファンが大挙して詰めかけた。1999年、彼らはGiant Recordsと契約した。

出典: Blabbermouth、「MIKE WENGREN Reflects On DISTURBED's Early Years: 'We Were A Self-Promotion Machine'」(2025年8月29日)

The Guyが表ジャケットに描かれたのは、『Ten Thousand Fists』(2005年)、『Indestructible』、『Asylum』、『The Lost Children』、『Immortalized』、『Divisive』である。『Ten Thousand Fists』の絵は、コミック『Spawn』の生みの親トッド・マクファーレンに託された。起用を報じた2005年7月のBlabbermouthは、KORNの『Follow the Leader』のジャケットも彼の作と紹介し、Loudwireはこの表紙をマクファーレンとグレッグ・カプロの共作としている。以降は『Indestructible』をDavid Finch、『Asylum』と『The Lost Children』をRaymond Swanland、『Immortalized』をSwanlandとAlex Tenta、『Divisive』をTentaが手がけた。拳を握り目を燃やして吠える『Asylum』の姿について、デイヴィッド・ドレイマンは、これまでで一番気に入っている、より恐ろしく悪魔的なThe Guyだと語っている。

出典: Loudwire、「Where Did Disturbed’s Mascot ‘The Guy’ Come From?」(2023年7月19日)

『The Sickness』を出したGiant Recordsは、アーヴィング・エイゾフが1988年末にワーナー・ミュージックとの共同事業として始めたレーベルである。2001年4月、Warner Music GroupはGiantの株式のうちまだ持っていなかった半分を買い取り、Giantはロサンゼルスとナッシュヴィルの事務所を閉じた。所属アーティストはWarner Bros.とRepriseに振り分けられ、Billboard誌は、Repriseへ移る顔ぶれとしてSTEELY DAN、PRIMEとともにDISTURBEDの名を挙げた。同誌によれば、閉鎖の時点でGiantは、STEELY DANの『Two Against Nature』のグラミー最優秀アルバム受賞と、すでにプラチナに認定されていた『The Sickness』によるDISTURBEDのブレイクという、2つの成功の余韻のなかにあった。

出典: Billboard誌2001年4月28日号、「Warner Divvies Up former Giant Records Staff, Roster」(2001年4月28日)

『The Sickness』から『Ten Thousand Fists』までの3作を手がけたのは、シカゴのプロデューサー、ジョニー・Kである。音楽誌Music Connectionによれば、彼はまだ契約の無かったDISTURBEDのデモを録音・プロデュースし、その仕上がりに満足したバンドが、デビュー作も彼に任せたいと強く求めた。拠点は彼が所有していたシカゴのGroovemaster Recording Studiosである。ジョニー・Kは、録音で最も大切なことのひとつは心理面だと語り、追い込まれて伸びる人もいれば励まされて伸びる人もいるとしたうえで、ドラマーのマイク・ウェングレンは少し苛立ったときのほうがいい演奏をしたと明かしている。

出典: Music Connection、「Producer Crosstalk: Johnny K」(2017年11月29日)

デイヴィッド・ドレイマンによれば、『The Sickness』でバンドの思いどおりに録るのにいちばん骨が折れたのは、ほかならぬ「Down with the Sickness」だった。曲の途中に入るラップ調の短いパートを、レーベルもプロデューサーのジョニー・Kも理解できず、どちらも削るように求めたという。ドレイマンは、わからなくてもかまわない、聴き手にはちゃんと届く、生の感情をそのまま見せる部分なのだと押し返した。結局ラジオ用の編集版ではこのパートが削られたが、アルバムには残り、ライヴでは毎回アルバムどおりの形で演奏している。暗く荒々しい曲だけに、バンドの誰もこれがシングルになるとは思っていなかったが、ドレイマンは、世界中に知れ渡ったあの独特のかけ声がこの曲をラジオに送り出したと振り返っている。

出典: Billboard、「Disturbed’s David Draiman Talks 20 Years of ‘The Sickness’ & How His Band Never Stopped Climbing」(2020年3月5日)

デビュー・シングル「Stupify」は、ライヴでの反応を見て選ばれた曲で、客席の手応えは大きかったが、ラジオでは一夜で火がついたわけではない。デイヴィッド・ドレイマンによれば、当時の放送には似た曲がほとんどなく、局を動かすのは苦しい戦いだった。契約元Giant Recordsのスタッフは、この曲を当てることを自分の使命のように考えて動いてくれたという。モダン・ロック・チャートのトップ10に入るまでにはおよそ半年かかり、最高位は10位だった。初めてラジオから流れてきたのを聴いたのは、シカゴの中心街で渋滞にはまった車の中で、彼は車を降りてボンネットの上に立ち、声の限りに叫んだ。

出典: Songfacts、「Stupify by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

Music as a Weaponは、DISTURBEDが2001年に始めた自前のパッケージ・ツアーである。2001年8月、Billboardは秋の第1回にDROWNING POOLとSYSTEMATIC(ともに同年のOzzfestに出演)、新顔のADEMAとSTEREOMUDが加わると報じた。4組とも、その年にデビュー・アルバムを出したばかりだった。2003年春の第2回はTAPROOT、CHEVELLE、UNLOCOと回り、DISTURBEDとCHEVELLEの地元シカゴのAragon Ballroomでの最終公演が、4組のライヴ盤『Music as a Weapon II』になった。DISTURBEDは未発表曲「Dehumanized」やMETALLICA「Fade to Black」のアコースティック版を収め、アルバムは2004年3月にBillboard 200の148位に入った。2006年暮れの第3回にはSTONE SOUR、FLYLEAF、NONPOINTが同行した。

出典: Billboard、「Disturbed Leads Music As A Weapon Tour」(2001年8月28日)

『Ten Thousand Fists』の「Stricken」は、DISTURBEDで初めてギター・ソロを入れた曲のひとつである。ギタリストのダン・ドネガンによれば、このアルバムの曲作りでは、リフを鳴らしてジャムするという原点に立ち返った。すると自分たちが影響を受けた音楽がよみがえり、ソロが似合いそうな曲がいくつも出てきたという。結成当初はほとんどの曲にソロがあったが、曲作りが進むにつれて彼自身はSOUNDGARDENやALICE IN CHAINSに惹かれるようになり、なかでもSOUNDGARDENにはソロがほとんどなかった。ドネガンは、グランジと「オルタナティヴ」の時代を境にロックからソロが減ったと見ており、この要素を自分たちなりに音楽へ取り戻したいと話している。

出典: Songfacts、「Stricken by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

「Stricken」のビデオはNathan Coxが監督し、ロサンゼルスの廃病院で撮影された。1984年の映画『A Nightmare on Elm Street』の撮影にも使われた建物である。デイヴィッド・ドレイマンによれば、演奏場面はロフトのような明るい部屋で撮ったので、古い廃病院とは思えないほど怖さはなかった。ただしドラマーのマイク・ウェングレンがひとりで叩く場面は、フレディ・クルーガーの場面が撮られたボイラー室だったため、少し不気味だったという。ウェングレンは、あの怪人が出てきて痛めつけられるのではと身構えたが、向こうが怖がって出てこなかった、相手には鉤爪があってもこちらにはスティックがある、と冗談を飛ばしている。『Asylum』の表題曲のビデオも、ロサンゼルスのボイル・ハイツ地区にある廃病院で撮られ、METALLICAの「All Nightmare Long」と同じ場所だった。

出典: Songfacts、「Stricken by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

「Hell」は2005年の初めにシカゴのGroovemaster Studiosで録音されたが、アメリカ盤『Ten Thousand Fists』には入らなかった。世に出たのは、同作のイギリス盤とツアー・エディションのボーナス・トラック、そしてシングル「Stricken」のB面としてである。ギタリストのダン・ドネガンによれば、外したのは出来が劣るからではない。むしろ強い曲だと思ったからこそ、サウンドトラックやスポーツの催しのような、ふさわしい場が見つかるまで取っておこうと考えたのだという。曲はその後もずっとメンバーの頭にあり、2011年、バンド初のB面曲集『The Lost Children』から最初のシングルとして改めて発表された。

出典: Songfacts、「Hell by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

『Indestructible』という題は、録音が進んでから決まった。ギタリストのダン・ドネガンによれば、いつもは制作に入る時点で題の見当をつけているが、今回は表題曲を録るうちにデイヴィッド・ドレイマンが歌い方を練り直し、その歌詞を受けて題を変えたという。ドレイマンは2008年5月の激ロックの取材で、この題にいくつもの意味を込めたと話している。聴く人に勇気と力強さを与えるために作ったアルバムであること、ニュー・メタルと呼ばれた時代のバンドのなかでDISTURBEDだけが生き残り、時の試練に耐えたこと、そしてファンとの絆も決して壊れないということである。同じ取材で彼は、自分たちはスタイルの上ではあのシーンに属しておらず、むしろ昔ながらのメタル・バンドに近い、のけ者のような存在だったとも振り返っている。

出典: 激ロック、DISTURBEDのインタビュー(2008年5月25日)

『Asylum』の幕開けを飾る「Remnants」は、バンドにとって初めての純粋なインストゥルメンタルで、表題曲「Asylum」ともともと1曲として書かれた。ベーシストのジョン・モイヤーによれば、いつもと違うところから始めたいというギタリストのダン・ドネガンの発案で、バンドにとっては今も1曲であり、ライヴでもつなげて演奏している。ただ、器楽の導入部を飛ばして激しい部分から聴きたい人もいるだろうと考え、切り分けられる箇所で2つに分けた。本来は7分半ほどの1曲になるはずで、分けたのはアルバムの冒頭で空気を作るためと、ラジオ向けの短い版を作るためでもあった。また、終盤の「Innocence」の後には隠しトラックとして、U2の「I Still Haven't Found What I'm Looking For」のカヴァーが収められている。

出典: Songfacts、「Asylum by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

デイヴィッド・ドレイマンは2013年、TRIVIUMの6作目『Vengeance Falls』をプロデュースした。フロントマンのマシュー・キイチ・ヒーフィーによれば、出会いは2005年、DANZIGのツアーに加わっていたTRIVIUMのシカゴ公演の終演後で、ドレイマンの方からファンだと声をかけてきた。その後オーストラリア・ツアーやMayhemで行動を共にし、ヒーフィーがツアーの途中で『In Waves』を渡すと、ツアーの終わりにドレイマンが次の飛躍を手伝いたいと申し出た。決め手はドレイマンのDEVICEの音源だった。ヒーフィーは、彼ほど深く関わったプロデューサーはいないと語り、歌の技術から立ち方、体の手入れまで教わったと話している。

出典: Blabbermouth、「TRIVIUM Frontman: 'Vengeance Falls' Captures Best Key Ingredients Of Previous Five Records」(2013年9月12日)

自らプロデュースした『Indestructible』と『Asylum』の後、DISTURBEDは『Immortalized』でプロデューサーにケヴィン・チャーコを迎え、ラスヴェガスにある彼の個人スタジオThe Hideoutで録音した。ギタリストのダン・ドネガンは、長い休止を挟んで前作から5年も空いたので、新鮮な音で戻るために、自分たちを追い込む新しい制作の視点が欲しかったと話している。最初に書かれ録音されたのは長調のバラード「The Light」だった。デイヴィッド・ドレイマンは、強いフックだとは認めつつも作風の違いに自分でも折り合いをつけられず、それもシカゴへ出向いて仲間たちに直接アイデアをぶつけたいと思った理由のひとつだったという。ドレイマンによれば、この作品ではメンバーが互いのパートにこれまでになく意見を出し合い、すべてを細かく吟味したが、終始協力的だった。ドネガンはのちに「The Light」をバンドで一番好きな曲に挙げている。

出典: Songfacts、「The Vengeful One by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

『Immortalized』というタイトルは、アルバムができあがってから決まった。デイヴィッド・ドレイマンが2015年8月に激ロックに語ったところでは、仕上がった作品を見渡すうちに、この言葉の方から語りかけてきたという。表題曲はスポーツと競技者を思い描いて書いた曲で、すばらしい成果と達成感を描いている。名を残し、生涯で何を成し遂げたかによって後々まで人々に記憶される人になる、というのが言葉の中心にあり、記憶に残る行いをしようと呼びかける意味もある。ドレイマンは、音楽には聴く人の過去をありありとよみがえらせ、時間を永遠にする力があり、それこそがバンドの続けようとしていることだとも話している。

出典: 激ロック、DISTURBEDのインタビュー(2015年8月19日)

ギタリストのダン・ドネガンは、思いついたリフをその場で携帯電話に録りためている。2024年の本人によれば、その数はおそらく千にのぼる。録ったものに執着はせず、いったん保管庫にしまい、曲作りに行き詰まったときに聴き返す。ただ新作は、たいてい即興で新しいものをつかむところから始めるという。『Evolution』の「Are You Ready」も、しまい込んでいた素材から生まれた曲である。ドネガンが2004年に作ったまま仕上げずにしまっていたデモを掘り起こすと、デイヴィッド・ドレイマンがすぐに気に入り、その上でメロディーを口ずさみ始めた。この曲はビルボードのメインストリーム・ロック・チャートでわずか6週目に1位となり、その時点で8曲あった首位曲のなかで最も速く頂点に立った。

出典: Blabbermouth、「DAN DONEGAN Has 'Probably A Thousand Riffs' In His Phone For Possible New DISTURBED Album」(2024年6月9日)

『Divisive』は2022年、プロデューサーのドリュー・ファルクとナッシュヴィルで録音されたが、先行シングル「Hey You」の芽はその前年の秋に生まれていた。ツアーの合間の休日、バンドはフロリダ州フォートマイヤーズで、プロデューサー仲間のデイヴ・フォートマンと落ち合った。ギタリストのダン・ドネガンによれば、いいグルーヴを鳴らしてくれれば即興で弾くと頼んだところ、ほとんど一瞬でリフが出てきた。それをループさせてドラムを合わせ、デイヴィッド・ドレイマンがメロディーを口ずさむと、最初に口をついて出た2語が「Hey you」で、それだけで大きなフックになると感じたという。曲は4人の共作としてファルクの手で仕上げられ、2022年にビルボードのメインストリーム・ロック・エアプレイ・チャートで、バンドにとって11曲目の1位となった。

出典: Songfacts、「Hey You by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)

『Divisive』の「Don't Tell Me」は、DISTURBEDのアルバムで初めてゲストを迎えた曲で、HEARTのアン・ウィルソンがデイヴィッド・ドレイマンとデュエットしている。ドラマーのマイク・ウェングレンによれば、もともとパワー・バラードとして作った曲で、録音中にドレイマンがデュエットにしようと言い出した。誰を考えているのか尋ねると、挙がった名はウィルソンひとりだけだった。ウィルソンがDISTURBEDの「The Sound of Silence」をツイッターなどでほめたことから、2人の交流は始まっていた。ギタリストのダン・ドネガンによれば、ウィルソンの歌は、メンバーがカリフォルニアへ出向き、ナッシュヴィルで録ったドレイマンの歌に合わせて現地のスタジオで数時間で録り終えた。2024年1月に初めてライヴで披露したときは、前座のPLUSHのMoriah Formicaがウィルソンのパートを歌った。

出典: Blabbermouth、「DISTURBED Joins Forces With HEART's ANN WILSON In Video For 'Don't Tell Me'」(2024年1月12日)

Billboardのメインストリーム・ロック・エアプレイ・チャートで、DISTURBEDは2025年4月、「I Will Not Break」で13曲目の1位を手にした。1981年3月のチャート開始以来、GODSMACK、VAN HALENと並ぶ歴代6位タイの数である。このチャートへの初登場は2000年の「Stupify」で、最高位は12位だった。初めての1位は2006年、GENESISのカヴァー「Land of Confusion」がもたらした。13曲のうち最も長く首位に立ったのは2008年の「Inside the Fire」で、その期間は14週に及ぶ。当時Blabbermouthは、この曲がMediabaseのアクティヴ・ロック・チャートでも史上最も長く1位を続けた曲になったと報じた。

出典: Billboard、「Disturbed Scores 13th Mainstream Rock Airplay No. 1 With ‘I Will Not Break’」(2025年4月4日)

DISTURBEDの曲は映画やゲームでたびたび使われてきた。「Stupify」は2000年のAdam Sandler主演作『Little Nicky』、「Down with the Sickness」は2001年の『The One』に登場した。「Liberate」はリミックス版が2003年の『The Matrix Reloaded』のサウンドトラック盤に入り、ゲーム『Tony Hawk's Underground 2』(2004年)にも収録された。「Prayer」は2005年のホラー映画『House of Wax』で流れ、「Guarded」は2006年の『Saw III』のサウンドトラックと2007年のゲーム『MX vs. ATV Untamed』に使われた。2007年には新曲「This Moment」を映画『Transformers』のサウンドトラックで発表している。

出典: Songfacts、「Down With The Sickness by Disturbed」(日付表示なし、2026年10月21日参照)