BULLET FOR MY VALENTINE トリビア 全14件
BULLET FOR MY VALENTINEにまつわる事実を、出典付きで14件掲載しています。
Trivia
日本の聴き手の前に初めて立ったのは2005年のサマーソニックである。ソニー・ミュージックの紹介文によれば、この年の彼らが持っていた音源はデビューEPとシングル「4 Words」の2作だけだった。それで2年連続のダウンロード・フェスティヴァル、初めてのレディング/リーズ、そしてサマーソニック05までを引き当てている。初の単独来日公演は翌2006年1月、東京・名古屋・大阪のクラブクアトロを回る3公演で、各地とも大盛況だったと同じ紹介文は記している。
2026年時点で最も新しい来日公演は、2023年12月の2公演である。6日に東京・豊洲PIT、7日に大阪のGORILLA HALL OSAKA。いずれも18時開場・19時開演のオールスタンディングで、前売8,500円、当日9,500円(いずれも税込・ドリンク代別)だった。東京公演のサポート・アクトには日本のSABLE HILLSが立っている。招聘はクリエイティブマンプロダクション、チケットの一般発売は2023年10月7日で、海外からの購入者向けの窓口も用意された。
2作目『Scream Aim Fire』は、日本でオリコンの洋楽ランキング1位を獲得している。ソニー・ミュージックの紹介文が記録している数字で、同時にイギリスとアメリカでも初登場トップ5に入った。メタルというジャンルの作品が各国のチャート上位に同時に食い込んだという点で、このバンドの位置がはっきり変わった一枚だった。日本盤はBMG JAPANから2008年1月23日と、イギリス(1月28日)やアメリカ(1月29日)よりも早く店頭に並んでいる。
このバンドの旧名は「Jeff Killed John」として広く記録されている。ところが2018年、自分について書かれたことの真偽を一つずつ確かめる企画に呼ばれたマット・タックは、バンド名をJeff Killed Johnから変更したという説明を「完全な作り話だ」と退けた。そのうえで彼はこう続けている——Jeff Killed Johnというのは、15歳くらいのころ、学校でのくだらない出来事から思いついた名前だった、と。名前が存在したこと自体は本人が認めており、否定されているのは「改名」という筋書きのほうである。当サイトはどちらか一方を採らず、彼の発言をそのまま並べて記す。
8作目のスタジオ・アルバムは長くかかっている。2025年12月に伝えられたインタビューでマット・タックは、作品はまだ執筆とプリプロダクションの段階にあり、1月5日に作業へ戻って書き上げ、2月1日前後から実際の録音に入る時間を確保したと述べた。予定より時間がかかっていることも認めており、ツアー先のホテルにギターとノートパソコンを持ち込んで作業を続けているという。音の方向については、前作と2010年の『Fever』と2005年の『The Poison』を掛け合わせたような感触で、このバンドの大きな瞬間が全部混ざったような作品になる、と語っている。
『Scream Aim Fire』の年、彼らは日本に2度来ている。5月にはそれまでで最も大きな規模の3度目の来日公演。そして10月18日、さいたまスーパーアリーナのLOUD PARK '08にセカンド・ヘッドライナーとして初出演した。その2日後の10月20日には、新木場STUDIO COASTで「AVENGED SEVENFOLD vs BULLET FOR MY VALENTINE SPECIAL GIG」と題した一騎打ちの公演も組まれている。ワーナーミュージック・ジャパンが同年9月に出した告知に、この2本が並んで載っている。2005年のサマーソニックから4年目で、日本のフェスの上位に名前が置かれるところまで来たことになる。
2013年3月8日、東京・恵比寿のLIQUIDROOMで『Temper Temper』の発売記念公演〈RIOT IN TOKYO 2013〉スペシャル・ギグが行われた。19時開演、料金は税込5,000円にドリンク代別という、このバンドの規模からすれば異例に小さい会場での一夜で、チケットはソールドアウトしている。2月16日発売、招聘はクリエイティブマンだった。
KERRANG! AWARDSで「ベスト・ブリティッシュ・バンド」を3年連続で受賞している。2023年の来日公演にあたってクリエイティブマンが掲出した紹介文が挙げている実績で、同じ文にはベスト・シングル、ベスト・ライヴ・バンド、ベスト・ブリティッシュ・ニューカマーの受賞も並ぶ。加えて、全米ストリーミング累計10億回超、3枚のアルバムがゴールド認定という数字も記されている。影響を受けた側だったアイアン・メイデンやメタリカのほうから、ツアーに誘われる立場になった、というのが同文の締め方である。
2026年9月現在、バンドの公式サイト bulletformyvalentine.com を開いても、ディスコグラフィもツアー日程も出てこない。表示されるのは「THE END WAS ALWAYS THE PLAN」という一文と、「ENTER」と書かれたリンクだけである。8作目の予告が始まったのは2026年9月16日で、同じ日にSNSにも同じ趣旨の投稿が現れた。バンドの現行編成を掲げた公式のメンバー紹介ページが存在しないのはこのためで、当サイトが現メンバーの根拠に招聘元の公演ページを使っているのも同じ理由による。
『The Poison』の20周年にあたる2024年、バンドの公式チャンネルには初期の映像が上げ直された。11月15日に「Hand of Blood」のHD版、12月6日に「Tears Don't Fall」の4K版である。同じ年の11月29日には20周年記念エディションが発売されており、映像の再公開はその一連の動きの一部だった。当サイトのアルバム・ページが「Tears Don't Fall」に使っているのはこの4K版で、同じ曲の古い投稿ではない——1曲につき公式の映像は1本、最も解像度の高いものを採る、という方針による。
マット・タックが最初にギターを手にしたのは14歳のとき、そして最初に弾けるようになった曲はニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」だった。2018年のインタビューで本人が語っている。「ニルヴァーナの曲は、単純さという点で本当にいい」というのが彼の言い方で、同世代の多くのギタリストと同じ入口を通ってきたことになる。のちに彼が書くことになるのは、叫びと歌が同じ曲のなかに並ぶ音楽だが、その出発点はコードが3つか4つの曲だった。
2007年の夏、マット・タックの喉がバンドのツアー日程を止めた。バンドの発表によれば、彼は7月半ばに扁桃腺の摘出手術を受ける予定だったが、予期しない合併症のため医師の助言で手術が急遽前倒しになった。経過は順調だったものの、術後は最低4週間は歌わないよう指示され、その結果としてドイツのMTVキャンパス・インヴェイジョンや、7月8日ロンドンのウェンブリーでメタリカのサポートを務めるはずだった公演を含む数本が中止になっている。バンドは同じ発表のなかで、タックの体調が戻り次第スタジオへ戻り、『The Poison』の次作の仕上げにかかるとも述べた。
ジェイソン・ボウルドが正式なドラマーになったのは2017年12月4日である。ただし彼が叩き始めたのはその2年前で、バンドの発表によれば2015年11月以降のすべての公演を彼が務めていた。同じ発表でバンドは、4月から新作に取り組んでおり6枚目のアルバムが99パーセント完成したこと、そして長年のドラマーだったマイケル・「ムース」・トーマスがバンドに与えてきたすべてに感謝することを記している。ボウルドはそれ以前、マット・タックの別プロジェクトAXEWOUNDで一緒に演奏していた。
2021年6月、バンドはダウンロード・フェスティヴァルのメインステージでヘッドライナーを務めた。20年近く出演を重ねてきた場所での初めてのヘッドライナーである。メタル・ハマーの特集でマット・タックは、2004年に初めて大きなステージに立ったときのことを「あれほど大きな舞台に立ったことがなかった。きつくて、要求の多い経験だったが、大きな瞬間だと感じた」と振り返っており、2021年の夜については「見慣れているのと見慣れていないのが同時にあった。この18か月が無かったみたいに」と語っている。