TOOL TRIVIA

Trivia

2020年1月の第62回グラミー賞で、『Fear Inoculum』の「7empest」が最優秀メタル・パフォーマンス賞を受けた。賞を受け取ったのはジャスティン・チャンセラーとダニー・ケアリーの2人で、ケアリーは、今は神々の機嫌を損ねるのに良い時期ではないからと冗談を言って、すべての神々に感謝した。同じ日の授賞式では表題曲「Fear Inoculum」も最優秀ロック・ソング賞の候補になっていたが、こちらはゲイリー・クラーク・ジュニアの「This Land」が受賞した。

出典: グラミー賞公式サイト「Tool Wins Best Metal Performance For '7empest' | 2020 GRAMMYs」(2020年1月27日)

アダム・ジョーンズは高校時代、のちにRAGE AGAINST THE MACHINEのギタリストになるトム・モレロと親しく、2人はELECTRIC SHEEPというバンドを一緒に組んでいた。モレロの母親のメアリー・モレロは、ジョーンズのホームルームの担任でもあった。2人はその後それぞれの道に進み、ジョーンズは美術学校を出てハリウッドの特殊効果の工房で働くようになった。

出典: Louder「Tool's first 20 years: freaks, malcontents or psychopaths?」(プログ誌2010年の記事、2026年9月17日掲載)

TOOLに加わる前のアダム・ジョーンズは、映画の特殊メイクや特殊効果の仕事をしていた。『A Nightmare on Elm Street 5: The Dream Child』では「子宮の中のフレディ・クルーガー」の特殊メイクを作り、Stan Winstonのスタジオでは『Jurassic Park』のために、「Spitter」の愛称で呼ばれた恐竜ディロフォサウルスの小型の模型と実物大の造形を手がけた。2022年、ジョーンズはそのころの写真をInstagramで公開している。この世界で身につけたストップモーションの技法は、「Sober」から「Vicarious」までのTOOLのビデオに生かされている。

出典: プラネット・ロック「Tool's Adam Jones shares photos of himself working on first Jurassic Park movie」(2022年6月30日)

TOOLの始まりについては、メンバーの記憶が食い違っている。ダニー・ケアリーは1997年の取材で、路地の向かいで隣人を怒鳴りつけている声を聞いて歌い手の声だと思ったのがメイナード・ジェームス・キーナンを知ったきっかけで、バンドを組もうとしていたアダム・ジョーンズにキーナンを引き合わせたのは自分だと語っている。一方、キーナンの公認伝記は、ジョーンズがキーナンの以前のバンドC.A.D.のカセットを聴き、ステージも見たうえで、何か月もかけてキーナンを口説いたと書いている。

異説あり出典: Songfacts「Tool Artistfacts」(2026年10月15日参照)

ダニー・ケアリーは1980年代の終わりから、冗談めいた作風のバンドGREEN JELLŸでドラムを叩いていた。メイナード・ジェームス・キーナンもこのバンドのステージに立ったことがあり、ヒット曲「Three Little Pigs」にはコーラスで加わっている。この曲のクレイ・アニメーションのビデオを監督したFred Stuhrは、ドラムを叩くケアリーと、ところどころに顔を出すキーナンを作品に登場させた。Stuhrはのちに、アダム・ジョーンズの意見を取り入れて、TOOLの「Sober」と「Prison Sex」のストップモーションのビデオも監督している。

出典: ローリング・ストーン誌「Tool's 'Undertow': 10 Things You Didn't Know」(2018年4月6日)

『Undertow』の「Bottom」で語りを吹き込んだヘンリー・ロリンズについて、メイナード・ジェームス・キーナンは1993年、ロリンズは自分たちとのポーカーで負けた3,000ドルほどの借金を返すために参加したのだと話した。しかも物販の売り上げから金を借りてまで賭けていた、という念の入った話である。ローリング・ストーン誌は、キーナンが話を面白く盛ることがあると断ったうえでこの逸話を紹介している。バンドとロリンズが親しくなったのは、TOOLが1992年のROLLINS BANDのツアーで前座を務めたときだった。

出典: ローリング・ストーン誌「Tool's 'Undertow': 10 Things You Didn't Know」(2018年4月6日)

『Undertow』のアートワークの大半はアダム・ジョーンズの手によるもので、表紙の赤い肋骨の彫刻も彼が作った。中の写真に裸の女性と男性が写っていたため、Wal-MartとK-Martはこのアルバムを扱わず、バンドは別の表紙の盤も売ることになった。裏表紙で、立ち並ぶフォークの中に立ち、脇腹に「undertow」の文字がある豚は、ジョーンズが飼っていたモーである。実際には毛を剃ってはおらず、文字はあとから写真に加えたもので、モーはその後、KYUSSやTHE OBSESSEDで弾いたベーシストのスコット・リーダーの砂漠の牧場で長生きしたという。

出典: ローリング・ストーン誌「Tool's 'Undertow': 10 Things You Didn't Know」(2018年4月6日)

「Prison Sex」がシングルになったとき、レーベルはバンドに断りなく、TOOLのレンチのロゴを入れた子ども用のTシャツを作り、ラジオ局に配ろうとした。NIRVANAが同じような宣伝で成功していたからだという。アダム・ジョーンズによれば、レンチのロゴはそもそも男根の象徴だった。メイナード・ジェームス・キーナンが、この曲が子どものころに受けた性的虐待を歌ったものだと担当者に説明し、Tシャツは結局配られなかった。この曲のビデオは、MTVにも放送を拒まれている。

出典: Songfacts「Prison Sex by Tool」(2026年10月15日参照)

『Undertow』のライナーノーツに名を挙げたコメディアンのビル・ヒックスは、メイナード・ジェームス・キーナンがツアー中によく聴いていた人だった。アルバムを送るとヒックスから礼状が届いたが、キーナンが電話で知らせるまで、自分の名前が載っていることには気づいていなかったという。これをきっかけに親しくなり、一緒に作品を作る話も出た。1993年8月、カリフォルニア州アーウィンデールのLollapaloozaではヒックスがTOOLを紹介し、最前列の客に、砂ぼこりのモッシュ・ピットでなくしたコンタクト・レンズを探してくれと真顔で頼んだ。ヒックスは1994年2月に亡くなり、TOOLは次の『Ænima』をヒックスに捧げた。

出典: ローリング・ストーン誌「Tool's 'Undertow': 10 Things You Didn't Know」(2018年4月6日)

初代ベーシストのポール・ダムールが1995年にTOOLを離れた理由は、語る人によって違う。ダニー・ケアリーは2015年、ギターが本来の楽器だったダムールは『Undertow』の前から、別のベーシストを入れて自分はギターに回りたがっていたと語った。ダムール自身は2024年、『Undertow』の後の曲作りに1年をかけて5曲ほどしかできなかったもどかしさを挙げ、アルバム1枚に10年もかける必要はないとも話している。ダムールは『Ænima』の「Pushit」「Stinkfist」「Ænema」「Eulogy」のデモで弾いており、2019年からはMINISTRYでベースを弾いている。

異説あり出典: Louder「'You don't need to spend 10 years to make an album': Ex-Tool bassist Paul D'Amour slams band's songwriting process」(2024年5月14日)

ジャスティン・チャンセラーは1995年、TOOLからオーディションに誘われたとき、最初の電話では怖じ気づいてその場で断った。チャンセラーのバンドPEACHはロンドンでTOOLの前座を務め、TOOLの関係者の手助けでロサンゼルスでも4回公演した仲で、兄はTOOLと契約したMatt Marshallの友人だった。PEACHはすでに解散しており、チャンセラーは学生時代からの友人Ben Durlingと新しいバンドSTERLINGを組んで、Beggars Banquetから契約の話も来ていた。断ったと聞いた兄は地下鉄でチャンセラーの部屋に駆けつけ、どうかしているのかと怒鳴りつけた。チャンセラーは考え直して電話をかけ直し、送られてきたデモで「Pushit」や「Eulogy」の原形を覚えてオーディションに向かった。

出典: Ernie Ball「Justin Chancellor Striking A Chord」(ポッドキャストの書き起こし、2026年10月15日参照)

『Ænima』からの最初のシングル「Stinkfist」は、題名が過激すぎるとして、MTVでは「Track #1」の名に変えて放送された。検閲だとファンが反発するなか、MTVの番組「120 Minutes」の司会者Matt Pinfieldは、拳を振りながらこの曲を紹介し、視聴者にアルバムを買うよう勧めたという。このビデオは、1998年の第40回グラミー賞で最優秀短編ミュージック・ビデオ部門の候補にもなった。

出典: Loudwire「Tool's 'Ænima': 10 Facts Superfans Probably Already Know」(2023年10月1日更新)

1998年のOzzfestのツアーにMELVINSが加わったのは、TOOLが主催者側に、MELVINSが出ないなら自分たちも出ないと伝えたからだった。MELVINSのBuzz Osborneによれば、TOOLはツアーに少なくとも1組は自分たちの好きなバンドを入れたがっていて、主催者側はMELVINSの出演に強く反対していたという。アダム・ジョーンズはのちに、TOOLが活動を休んでいた1990年代の終わりにOsborneと一緒に演奏している。

出典: MetalSucks「Buzz Osborne: The MetalSucks Interview (Part Two)」(2010年5月10日)

『Lateralus』の表題曲は、フィボナッチ数列と深く結びついている。メイナード・ジェームス・キーナンは歌詞の音節の数をこの数列に沿って並べ、曲は9/8、8/8、7/8の拍子を行き来する。ダニー・ケアリーによれば、この曲ははじめ拍子にちなんで「9-8-7」と呼ばれていて、あとになって987がフィボナッチ数列に現れる数だと分かったのだという。ジャスティン・チャンセラーも、9拍、8拍、7拍の小節を順に書いて「987」と呼んでいたと振り返り、だんだん短くなって渦のように内へ折り重なっていく形を思い描いていたと語っている。

出典: Louder「How Tool, slowly but surely, went prog rock」(2026年8月17日)

『Lateralus』のブックレットの絵を描いた画家のアレックス・グレイは、制作のとき曲を聴いていなかったと明かしている。アダム・ジョーンズがサンタモニカの展覧会でグレイに声をかけ、透明なページに絵を刷って重ねるブックレットの案を持ちかけたのが始まりで、グレイは絵を重ねるという発想に惹かれ、メンバーそれぞれに響く象徴を描き込んでいったという。グレイはその後もTOOLの2作のアルバムにかかわり、メイナード・ジェームス・キーナンの公認伝記には序文を寄せた。

出典: アルティメット・クラシック・ロック「A History of Tool's Elaborate Album Packaging」(2019年8月16日)

『10,000 Days』のCDのパッケージには、中の立体写真を見るためのレンズが組み込まれている。アート・ディレクターを務めたアダム・ジョーンズは、ずっと立体写真が好きで、南カリフォルニアの立体写真クラブにも入っていると語り、自分の好きな1970年代のアートワークを映したものにしたかったと説明した。このパッケージでジョーンズは2007年2月11日、第49回グラミー賞の最優秀レコーディング・パッケージ賞を受けた。ジョーンズ個人にとって初めてのグラミー賞で、この賞はアート・ディレクターに贈られる。

出典: ブラバマウス「TOOL Guitarist Wins GRAMMY For 'Best Recording Package'」(2007年2月11日)

『10,000 Days』の後、TOOLの新作を長く遅らせたのは2007年に始まった訴訟だった。バンドのために働いていたアダム・ジョーンズの友人がアートワークの功績を求め、バンドは保険会社が対応するものと考えていたが、保険会社はこれを拒んだうえにバンドを訴え、争いは何年も続いた。裁判が始まるはずの日に審理が北ロサンゼルスの裁判所に移され、新しい判事のもとで、2015年3月の初めにバンドに有利な形で決着する。判事の名はランディ・ローズ(Randy Rhodes)。OZZY OSBOURNEのギタリストとして知られるランディ・ローズ(Randy Rhoads)とは綴りの違う別人だが、ジョーンズは「メタルの力」が守護天使になってくれたと喜んだ。

出典: ヤフー・ミュージック「Exclusive: With Legal Obstacles Out of the Way Tool Are Again Hard at Work」(2015年3月14日)

2019年8月2日、TOOLはそれまでCDとレコードでしか出していなかった作品を、配信とストリーミングで解禁した。メイナード・ジェームス・キーナンは、ベータマックスやレーザーディスクを引き合いに出した冗談まじりの声明を出している。8月17日付のBillboardでは、トップ・ロック・アルバム・チャートの上位5作のうち4作をTOOLが占めた。これを成し遂げたのはTOOLが初めてである。ロック・デジタル・ソング・セールスのチャートでは上位10曲をすべてTOOLが占め、その年の3月にQUEENが記録した10曲中8曲を塗り替えた。

出典: ビルボード「Tool Has a Record-Shattering Week on Rock Charts Thanks to Streaming & Digital Debut」(2019年8月13日)

2019年8月7日に公開された「Fear Inoculum」は、Billboard Hot 100に93位で入った。10分21秒という長さは、それまで最長だったデヴィッド・ボウイの「Blackstar」より24秒長く、Hot 100の61年の歴史で最も長いヒット曲であり、10分を超える曲がこのチャートに入ったのも初めてだった。TOOLの曲がHot 100に入ったのは、2001年の「Schism」以来で、これが2曲目である。

出典: ビルボード「Tool Has a Record-Shattering Week on Rock Charts Thanks to Streaming & Digital Debut」(2019年8月13日)

『Fear Inoculum』は2019年9月、テイラー・スウィフトの『Lover』を押しのけてBillboard 200の1位に入った。メイナード・ジェームス・キーナンは2024年、作品を長くストリーミングに出さなかったのは間違いだったと振り返っている。キーナン自身は20年前から配信に移るべきだと考えて毎年のように提案していたといい、その間に2つの世代に自分たちの音楽を届け損ねたせいで、スウィフトを2週目で1位から降ろしたときには、多くの人がTOOLを知らなかったと語った。本人はCDとレコードで聴くほうだが、配信はそこへの入口になると考えている。

出典: NME「Tool's Maynard James Keenan says they 'made a mistake' by not embracing streaming platforms sooner」(2024年10月20日)

『Fear Inoculum』の限定盤CDはアダム・ジョーンズが考案し監督したパッケージで、三つ折りのケースに4インチの充電式HD画面と2ワットのスピーカー、充電用のUSBケーブル、36ページのブックレット、ダウンロード・カードが収められ、価格は45ドルだった。ニュージャージー州フォーズのレコード店Vintage Vinylでは発売日に50人を超える列ができ、1人1枚に限っても開店から3時間で売り切れた。ジョーンズによれば、録音中は自分とジャスティン・チャンセラーの持ち寄るリフがなぜか7拍子ばかりで、CDに収められた曲も7曲である。

出典: アルティメット・クラシック・ロック「Tool's 'Fear Inoculum' Deluxe Edition CD Packaging Revealed」(2019年8月26日)

2022年、TOOLは最初の作品『Opiate』の30周年を記念して、表題曲を作り直して長くした「Opiate²」と、10分を超える短編映画を発表した。映画はアダム・ジョーンズが、『Alien: Covenant』などの仕事で知られる映像作家ドミニク・ヘイルストーンと作ったもので、TOOLにとって15年ぶりの新しいビデオだった。2人は『Fear Inoculum』のツアーのステージで流す映像も一緒に作っている。映画のブルーレイは、舞台裏の写真や関係者の話を載せた46ページのアート・ブックに収められた。

出典: ブラバマウス「TOOL To Release Reimagined Version Of 'Opiate' Title Track In March; Blu-Ray Short Film To Follow」(2022年2月22日)

ダニー・ケアリーはTOOLのほかにも、いくつものバンドで叩いてきた。1990年代の初めに加わったPIGMY LOVE CIRCUSでは、まもなくTOOLに引き抜かれる形になったが縁は続き、2004年には同バンドの10年以上ぶりのアルバム『The Power of Beef』に参加した。John Ziegler、Lance Morrisonと組むVOLTOは、ジャズ・クラブでカヴァーを演奏する遊びから始まったバンドで、2013年にアルバム『Incitare』を出した。2018年にアルバムを出したLEGEND OF THE SEAGULLMENでは、MASTODONのブレント・ハインズらと並んで、映画監督のジミー・ヘイワードがギターを弾いている。

出典: ローリング・ストーン誌「Tool Drummer Goes to Circus」(2004年4月30日)

カンザス州パオラで育ったダニー・ケアリーは、子どものころ、父親が大きな剣を手にフリーメイソンの儀式を行うのを目にした。13歳でドラムを始めると、自分がそれに似た動きをしていることに気づいたという。大学では打楽器のかたわら幾何学や科学、形而上学にも没頭し、神聖幾何学への関心から、ドラムのヘッドに秘教的な図形を描くようになった。ケアリーは、TOOLの本質を太陽ではなく月の流れになぞらえたこともある。

出典: Sonor「Danny Carey」アーティスト紹介(2026年10月15日参照)

2025年7月5日にイングランドのバーミンガムで開かれたBLACK SABBATHの最後の公演「Back to the Beginning」に、TOOLは一度出演を断っていた。音楽監督を務めたトム・モレロは諦めず、アダム・ジョーンズに、自分とビリー・コーガンとで1曲やらないかと声をかけた。ジョーンズが引き受けると、メイナード・ジェームス・キーナンとダニー・ケアリーもほかの出演者と演奏することになっていると分かり、ジョーンズは、どうせ全員がその場にいるのだからTOOLとして出ようと持ちかけた。当日のTOOLは「Forty Six & 2」「Ænema」とBLACK SABBATHの「Hand of Doom」を演奏し、ジョーンズとケアリーはモレロ、コーガン、K.K.ダウニング、ルディ・サーゾと組んだ特別編成でも演奏した。

出典: アメリカン・ソングライター「Adam Jones Reveals How Tool Landed on the Back to the Beginning Lineup After Initially Turning It Down」(2025年6月17日)