SOUNDGARDEN
1984年にシアトルで結成され、グランジの先駆けとなったSOUNDGARDEN(サウンドガーデン)のバイオグラフィとディスコグラフィー。1988年のデビュー作『Ultramega OK』から2012年の『King Animal』までのスタジオ・アルバム6枚に個別ページを用意し、収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ミュージック・ビデオ、1994年の来日公演の記録をまとめている。
Biography
SOUNDGARDEN
バイオグラフィー
SOUNDGARDEN(サウンドガーデン)は、1984年にシアトルで結成されたバンドである。パンクの姿勢と重いメタルの響き、そしてクリス・コーネルの力強い歌で、のちにグランジと呼ばれる音を切り開き、シアトルの新しい世代で最初にメジャー・レーベルと契約した。1994年の『Superunknown』はビルボード200の1位となり、「Black Hole Sun」と「Spoonman」でグラミー賞を受けた。1997年に活動を止め、2010年に再び集まって2012年に『King Animal』を出したが、2017年5月にコーネルが亡くなった。2025年にロックの殿堂入りし、残る3人はコーネルの歌を収めた最後のアルバムの仕上げに取り組んでいる。
結成とSub Pop(1984〜1988年)
1984年、クリス・コーネル、キム・セイル、ヒロ・ヤマモトの3人がシアトルでSOUNDGARDENを結成した。コーネルとヤマモトはそれ以前にTHE SHEMPSというバンドで一緒に演奏しており、セイルとヤマモトはシカゴ近郊で育った友人どうしで、ともにワシントン州へ移ってきた。バンド名は、シアトルのサンド・ポイントにあるアメリカ海洋大気庁(NOAA)の敷地に立つ、風が吹くとパイプが音を鳴らす彫刻作品から採られている。NOAA自身も、バンドがこの作品から名前を採ったと記している。
コーネルは初めドラムを叩きながら歌っていたが、1985年にスコット・サンドクイストがドラムに加わり、歌に専念するようになった。1986年にはマット・キャメロンがサンドクイストに代わって加入する。最初の録音は、地元のレーベルC/Zが1986年に出したコンピレーション『Deep Six』の3曲である。セイルは、のちにSub Popを立ち上げるブルース・パヴィットとジョナサン・ポーンマンを引き合わせた人物でもあり、バンドは1987年にSub Popからシングル「Hunted Down」と、ジャック・エンディーノが制作したEP『Screaming Life』を、1988年8月にはEP『Fopp』を出した。
SSTからA&Mへ(1988〜1990年)
1988年10月31日、デビュー・アルバム『Ultramega OK』をSST Recordsから出した。バンドがSSTに残した唯一のアルバムで、第32回グラミー賞の最優秀メタル・パフォーマンス部門にノミネートされている。続いてバンドはA&M Recordsと契約し、シアトルの新しい世代のバンドとして初めてメジャー・レーベルに移った。1989年9月5日に出た『Louder Than Love』は、バンドのアルバムとして初めてビルボード200に入った。
このアルバムを最後に、ヤマモトは大学へ戻るためにバンドを離れた。後年の取材で彼は、音楽が商品として売られる産業になじめなかったと振り返っている。後任には元NIRVANAのジェイソン・エヴァーマンが短期間加わり、ビートルズの「Come Together」のカヴァーでベースを弾き、「Loud Love」のビデオにも出演した。1990年の春にはエヴァーマンに代わってベン・シェパードが加入し、コーネル、セイル、シェパード、キャメロンの編成が固まった。
『Badmotorfinger』と『Superunknown』(1991〜1995年)
1991年10月8日の『Badmotorfinger』は、シェパードが参加した最初のアルバムである。グラミー賞にノミネートされ、のちにRIAAのダブル・プラチナに認定された。バンドはGUNS N' ROSESのスタジアム・ツアーのサポートを務め、1992年7月からはRED HOT CHILI PEPPERS、PEARL JAM、MINISTRYとともにロラパルーザを回った。同じ年には、キャメロン・クロウ監督の映画『シングルス』にも出演している。
1994年3月8日の『Superunknown』で、バンドは大きな成功をつかんだ。アルバムはビルボード200に初登場1位で入り、5枚のシングルのうち「Black Hole Sun」が最優秀ハード・ロック・パフォーマンス賞、「Spoonman」が最優秀メタル・パフォーマンス賞と、第37回グラミー賞で2部門を受賞した。ハワード・グリーンハルが監督した「Black Hole Sun」のビデオはMTVで大きなヒットとなり、1994年のMTVビデオ・ミュージック・アワードで最優秀メタル/ハード・ロック・ビデオ賞を受けた。アルバムは2022年にRIAAの6倍プラチナに認定されている。
『Down on the Upside』と活動停止(1996〜1997年)
1996年5月21日、バンド自身がプロデュースした『Down on the Upside』を出し、ビルボード200で2位を記録した。シングル「Pretty Noose」は第39回グラミー賞にノミネートされている。この年の夏にはMETALLICAとともにヘッドライナーとしてロラパルーザに参加し、このフェスティバルのメイン・ステージに2度立った最初のバンドになった。
1997年2月9日のホノルル公演がこの時期の最後のステージとなった。同じ年の4月9日、メンバーは友好的に、互いの合意のうえで解散すると短い声明で発表し、その後の13年間、それぞれ別の活動に取り組んだ。コーネルはソロやAUDIOSLAVEで歌い、キャメロンはPEARL JAMのドラマーになった。
再結成と『King Animal』(2010〜2017年)
2010年1月1日、コーネルはTwitterで12年の休みは終わったと書き、再結成を明らかにした。4月16日にはアナグラムのNUDE DRAGONSという名で地元シアトルのShowboxに出演し、1997年以来のステージに立っている。8月にはシカゴのロラパルーザでヘッドライナーを務め、9月には編集盤『Telephantasm』を出した。このアルバムはゲーム『Guitar Hero: Warriors of Rock』に同梱され、発売と同時にプラチナに認定された。
2011年には、1996年の西海岸ツアーを録ったライヴ盤『Live on I-5』を出した。2012年には映画『アベンジャーズ』のために新曲「Live to Rise」を書き下ろし、11月13日には16年ぶりのスタジオ・アルバム『King Animal』を発表して、ビルボード200で初登場5位となった。2014年には『Superunknown』を初めて全曲演奏し、NINE INCH NAILSとの共同ヘッドライン・ツアーに出たほか、未発表曲などを集めた3枚組『Echo of Miles』を出している。2017年5月、北米ツアー中のデトロイト公演の後に、コーネルは52歳で亡くなった。
コーネルの死後(2017年〜)
バンドは2019年10月に初めてロックの殿堂の候補に挙がった。2023年4月には、コーネルの遺産を代表する妻ヴィッキーとバンドが法廷の外で和解し、コーネルとバンドが最後に取り組んでいた曲を世に出せることになった。2025年11月8日、SOUNDGARDENはロサンゼルスのピーコック・シアターでロックの殿堂入りを果たした。プレゼンターはジム・キャリーで、創設メンバーのヤマモトも、コーネル、セイル、シェパード、キャメロンとともに殿堂入りしている。
キャメロンは2025年7月にPEARL JAMを離れ、この最後のアルバムに専念した。2026年7月の時点で、テリー・デイトがプロデュースした8曲を、『King Animal』と同じジョー・バレシがミックスしており、発売日はまだ決まっていない。2026年9月9日には、シアトル・シーホークスの開幕戦のハーフタイムで、セイル、シェパード、キャメロンがTHE PRETTY RECKLESSのテイラー・モムセンを歌に、マイク・マクレディを2本目のギターに迎えて「Outshined」と「Spoonman」を演奏した。同じ年の6月には、セイルの回想録『A Screaming Life』が出版されている。
メンバーについて
バンドの公式サイトが挙げる編成は、クリス・コーネル(ヴォーカル、ギター)、キム・セイル(リード・ギター)、マット・キャメロン(ドラム)、ベン・シェパード(ベース)の4人で、過去のメンバーとしてヒロ・ヤマモト(ベース、1984〜1989年)、スコット・サンドクイスト(ドラム、1985〜1986年)、ジェイソン・エヴァーマン(ベース、1989〜1990年)を記している。セイルはインド系移民の子で、ヤマモトは日系アメリカ人、シェパードは父の駐留先だった沖縄で生まれた。ヤマモトがリード・ヴォーカルを取ったバンドの曲は「Circle of Power」だけである。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム6作を発売順に並べる。各作の個別ページに収録曲、CD情報、ライナーノーツ、公式ミュージック・ビデオをまとめている。ほかに、Sub PopからのEP『Screaming Life』(1987年)と『Fopp』(1988年)、編集盤『A-Sides』(1997年)と『Telephantasm』(2010年)、ライヴ盤『Live on I-5』(2011年)、未発表曲集『Echo of Miles』(2014年)がある。
| 発売 | 題名 | レーベル |
|---|---|---|
| 1988年10月31日 | Ultramega OK | SST Records |
| 1989年9月5日 | Louder Than Love | A&M Records |
| 1991年10月8日 | Badmotorfinger | A&M Records |
| 1994年3月8日 | Superunknown | A&M Records |
| 1996年5月21日 | Down on the Upside | A&M Records |
| 2012年11月13日 | King Animal | Seven Four Entertainment/Universal Republic |
日本公演
バンドが日本で公演を行ったのは、『Superunknown』が出る1か月前の1994年2月だけである。ウドー音楽事務所の招聘で、川崎、東京、大阪、名古屋の4か所を回った。日付と会場は、当時のrockin'onの公演案内(1994年2月号)による。2月8日の川崎はMUSIC LIFEの、2月10日の東京はBURRN!の公演評が日付を記しており、東京公演はシンコーミュージックの報道写真にも同じ日付で残っている。
| 日付 | 会場 |
|---|---|
| 1994年2月8日 | クラブチッタ川崎(神奈川) |
| 1994年2月10日 | 東京厚生年金会館(東京) |
| 1994年2月12日 | 大阪御堂会館(大阪) |
| 1994年2月13日 | 名古屋CLUB QUATTRO(愛知) |
出典について
このページは、バンド公式サイト soundgardenworld.com(バンド紹介、各作品のページ、ニュース)、クリス・コーネル公式サイト chriscornell.com の年譜、日本のレーベルであるユニバーサル ミュージックのバイオグラフィーとニュース、Sub Popの作品ページ、ロックの殿堂とグラミー賞の公式サイト、RIAAの認定データベース、ビルボードのチャート記録、アメリカ海洋大気庁(NOAA)西部地域センターの沿革(Internet Archive保存版)、rockin'on(1994年2月号)、MUSIC LIFE(1994年4月号)、BURRN!(1994年5月号)の誌面、Getty Imagesにあるシンコーミュージックの報道写真、Rolling Stone、Billboard、SPIN、Louder、Guitar World、The Seattle Times、Consequence、Blabbermouth.net、BARKS、KING 5、The Irish Times、Associated Press、VICE Japanの記事、MusicBrainzとWikidataに基づく。英語版Wikipediaは手がかりとしてのみ使い、そこから得た事実は上記のいずれかで確かめた。発売日はバンド公式サイトの各作品ページの日付を採り、日本盤の日付と品番は各作品のページに記した。
Trivia
キム・セイルの回想録『A Screaming Life』の版元は、セイルのインドの出自と、創設ベーシストのヒロ・ヤマモトの日本の出自が、バンドの個性に独特の厚みを加え、音楽だけでなく業界での経験にも影響したと紹介している。ベースのベン・シェパードは、父が米軍で駐留していた沖縄で生まれた。
バンドが日本で公演を行ったのは、1994年2月の一度だけである。『Superunknown』が出る1か月前で、ウドー音楽事務所の招聘により、クラブチッタ川崎(8日)、東京厚生年金会館(10日)、大阪御堂会館(12日)、名古屋クラブクアトロ(13日)の4か所を回った。VICE Japanは客の入りが今ひとつだったと伝えており、その後バンドが日本に戻ることはなかった。
バンド名は、シアトルのサンド・ポイントにあるアメリカ海洋大気庁(NOAA)の敷地に立つ、風を受けてパイプが音を鳴らす彫刻作品にちなむ。NOAA自身も沿革のページで、バンドがこの作品から名前を採ったと書いている。解散から13年後の2010年4月16日、地元シアトルのShowboxで再びステージに立った夜、バンドはその名の綴りを並べ替えたNUDE DRAGONSを名乗っていた。2024年12月14日に同じShowboxで行われるチャリティ公演の告知でも、キム・セイル、マット・キャメロン、ベン・シェパードの3人はこの名で出演すると発表されていた。
Sub Popの誕生には、キム・セイルが関わっている。セイルは、のちにレーベルを創設するブルース・パヴィットとジョナサン・ポーンマンを引き合わせ、レーベルを始めるよう後押しした。パヴィットとは、シカゴ近郊で通った進歩的な高校の課程で同級生だった間柄で、同じ課程には、のちにSOUNDGARDENの初代ベーシストとなるヒロ・ヤマモトもいた。1987年10月、Sub PopはバンドのEP『Screaming Life』を発売している。
2011年3月22日に出たライヴ盤『Live on I-5』は、1996年に西海岸を回ったツアーの録音である。バンドがライヴを録音したのはこのツアーが初めてで、エンジニアのアダム・キャスパーが同行した。バンドはツアー後すぐに出すつもりだったが、解散したためテープはシアトルのStudio Xの物置に眠ることになった。題は、西海岸を南北に貫く州間高速道路5号線にちなむ。
結成当初、クリス・コーネルはドラムを叩きながら歌っていた。本人によれば、歌い手とドラマーのどちらが先に見つかるか分からなかったので両方を探し、先に見つかったのがドラマーだったため、自分が歌い手になったという。1985年に加わったのがスコット・サンドクイストで、プロデューサーのジャック・エンディーノは、ライヴの途中でコーネルが新しいドラマーを紹介し、そこから先は歌だけを歌ったのを目撃している。
創設メンバーのベーシスト、ヒロ・ヤマモトは、バンドがメジャー・レーベルへ移った1989年に脱退した。本人は後年、音楽が商品として売られる産業に、その頃はなじめなかったと語っている。大学に戻って学び直し、のちにワシントン州で飲み水の検査を行う会社の有機化学部門の責任者を務めた。2025年にバンドがロックの殿堂入りした際には、ヤマモトもクリス・コーネル、キム・セイル、ベン・シェパード、マット・キャメロンとともに殿堂入りしている。
「Black Hole Sun」の題は、テレビのニュースでアナウンサーが言った言葉を、クリス・コーネルが聞き違えたところから生まれた。コーネルはウッディンヴィルのBear Creek Studioから車で家に帰る道中で、頭の中で曲を組み立て、忘れないように旋律を繰り返し、家に着くと口笛で録音機に吹き込んだ。送られてきたデモを聴いたプロデューサーのマイケル・バインホーンは、15回続けて再生したと振り返っている。
News
SOUNDGARDENのMatt Cameron、Tom Morello主催〈Power To The People〉でSOUNDGARDENトリビュートを披露 「Loud Love」「Outshined」「Spoonman」
10月3日、メリーランド州コロンビアのMerriweather Post Pavilion。Mike McCready(PEARL JAM)、Taylor Momsen(THE PRETTY RECKLESS)、Tom Morello、Robbie Manganoとの編成で、Morelloは「Suns Of Soundgarden」と紹介した。
SOUNDGARDEN、NFLハーフタイムでの「Outshined」「Spoonman」公式映像を公開
シアトルのLumen Fieldで行われたシーホークス2026-2027シーズン開幕戦のハーフタイムで、Kim Thayil/Matt Cameron/Ben Shepherd に Taylor Momsen と Mike McCready が加わって演奏したもの。2025年のロックの殿堂入り以来のステージで、シーホークスのドラムライン Blue Thunder が共演した。
SOUNDGARDEN、9月9日のシーホークス開幕戦ハーフタイムで再結成公演 Taylor MomsenとMike McCreadyが参加
Kim Thayil、Ben Shepherd、Matt Cameronの3人にTHE PRETTY RECKLESSのTaylor MomsenとPEARL JAMのMike McCreadyが加わり、シアトルのLumen Fieldで演奏する。
SOUNDGARDEN、Chris Cornellの未発表音源による新作を制作中 プロデュースはTerry Date、ミックスはJoe Barresi
Kim Thayilは新作の内容を「子守唄とサイケデリアを掛け合わせたようなもの」と表現し、発売日はレーベルとの契約面の調整中でまだ決まっていないと語った。
SOUNDGARDEN、9月9日のシーホークス開幕戦ハーフタイムに出演
シアトルのLumen Fieldで行われるNFL開幕戦(対ペイトリオッツ)に、THE PRETTY RECKLESSのテイラー・モンセンとPEARL JAMのマイク・マクレディを迎えて出演する。マクレディは試合前の国歌独唱も務める。
SOUNDGARDEN、Chris Cornellの未発表歌唱を収めた「最後のアルバム」のミックスを開始
Matt Cameronがポッドキャスト「Let There Be Talk」で、歌入りは全8曲で「これが全部だ」と語った。
Albums
SOUNDGARDENの6作目。2012年11月13日発売。2010年に再び集まったバンドが『Down on the Upside』から16年ぶりに出したスタジオ・アルバムで、ビルボード200で初登場5位。
SOUNDGARDENの5作目。1996年5月21日発売。バンド自身がプロデュースした16曲を収め、ビルボード200で2位。「Pretty Noose」はグラミー賞にノミネートされた。
SOUNDGARDENの2作目。1989年9月5日発売。メジャーのA&Mから出た最初のアルバムで、バンドとして初めてビルボード200に入った。創設ベーシストのヒロ・ヤマモトの最後の作品。