MOTÖRHEAD
MOTÖRHEAD(モーターヘッド)の詳しいバイオグラフィとディスコグラフィ。1977年のデビュー作『Motörhead』から2015年の『Bad Magic』までのスタジオ作23枚に、日本盤のある近年の3作を加えた全作品を、作品ごとの個別ページ・ライナーノーツ・日本盤情報つきで掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
MOTÖRHEAD
バイオグラフィー
概要
MOTÖRHEAD(モーターヘッド)は、1975年6月にロンドンで結成されたイギリスのロック・バンドである。ベースとヴォーカルを務めたレミー・キルミスター(イアン・フレイザー・キルミスター)が結成から解散まで唯一在籍し続けたメンバーで、2015年12月28日の彼の死とともにバンドは終わった。
ハード・ロック、ヘヴィ・メタル、パンクのいずれの側からも自分たちの音楽として扱われながら、バンド自身はどのジャンルにも属さない姿勢を崩さなかった。イギリスでは1980年の『Ace of Spades』が初登場4位、翌1981年のライヴ盤『No Sleep 'til Hammersmith』が全英1位に達している。バンドは自らのサイトで、キャリアを通じて2,500万枚以上のアルバムを売り上げたと述べている。
当サイトには、1977年の『Motörhead』から2015年の『Bad Magic』までのスタジオ作23枚と、日本盤が流通している近年の3作品を合わせた26作を登録している。バンドの公式サイトは『Bad Magic』を「23作目にして最後のスタジオ・アルバム」と呼んでおり、本稿もその数え方に従う。
結成と幻のファースト——1975年から1976年
レミー・キルミスターは1975年、ホークウインドのアメリカ・ツアー中にカナダ国境で逮捕され、バンドを解雇された。彼が新しいバンドに付けた名前は、その直前にホークウインドのために書いていた曲の題名にちなむ。バンド名の候補には「Bastard」もあったが、そちらは採られなかった。
結成は1975年6月、ロンドン。最初の編成はレミー(ベース、ヴォーカル)、ラリー・ウォリス(ギター)、ルーカス・フォックス(ドラムス)で、フォックスは同年12月にフィル・テイラーと交代した。この顔ぶれで1975年から76年にかけて録音されたのが、本来デビュー作となるはずだった『On Parole』である。当時のレーベル、ユナイテッド・アーティスツは発売を見送り、音源が世に出たのはバンドが軌道に乗ったあとの1979年12月だった。
1976年2月、ラリー・ウォリスに代わってエディ・クラークが加入する。レミー、クラーク、テイラーの3人は同年8月、フラムにあるエマーソン・レイク・アンド・パーマーのマンティコア・スタジオに集まり、リハーサルを兼ねて初めて一緒に録音した。このテープは長く行方が分からなくなっていたが、修復され、結成50周年に当たる2025年6月27日に『The Manticore Tapes』として発売されている。
「三銃士」の時代——1977年から1983年
デビュー・アルバム『Motörhead』は1977年8月21日、チズウィックからWIK 2の品番で発売された。1979年に入るとブロンズと契約し、3月24日に『Overkill』、10月27日に『Bomber』と、1年のうちに2枚のアルバムを送り出す。メタリカのラーズ・ウルリッヒは、フィル・テイラーこそ自分がツー・バス・ドラムというものを初めて聴いたドラマーであり、『Overkill』を聴いて自分もそう叩きたいと思ったと語っている。
『Bomber』は全英12位に入り、翌1980年夏には4曲入りのライヴEP『The Golden Years』が、ラジオでほとんど流れないままバンドを初めて全英トップ10に押し上げた。
1980年初頭、バンドは南ウェールズのロックフィールド・スタジオにこもって次作のリハーサルを始める。エディ・クラークによれば、レミーがリハーサルに乗り気でなかったため、彼とフィル・テイラーがふたりで叩いていた時間からリフが生まれていったという。「Ace of Spades」もそのひとつで、ロックフィールドで録ったインストゥルメンタル版にロンドンでヴォーカルとオーヴァーダブを重ねて完成した。プロデュースは、かつてホークウインドも手がけたヴィック・メイル。クラークは、レミーのベースには低音が無く一緒に演奏するのが非常に難しかったが、メイルが譲らなかったことで『Ace of Spades』でようやく噛み合ったと述べている。
1980年10月にシングルとして出た「Ace of Spades」は、やはりほとんど放送されないまま全英15位に初登場し、アルバムは4位に飛び込んだ。歌詞の賭博の語彙は具体的で、「snake eyes」はサイコロのゾロ目の1、「dead man's hand, aces and eights」はワイルド・ビル・ヒコックが撃たれたときの手だとレミー自身が説明している。
1981年2月、ブロンズはMOTÖRHEADとガールスクールを「Headgirl」名義で組ませた3曲入りEP『St Valentine's Day Massacre』を発売する。ジョニー・キッド・アンド・ザ・パイレーツの「Please Don't Touch」を表題に、MOTÖRHEADがガールスクールの「Emergency」を、ガールスクールが「Bomber」をそれぞれ演奏した1枚は全英5位、20万枚以上を売り上げ、バンド史上最大のセールスとなった。同年6月には全編ライヴの『No Sleep 'til Hammersmith』(ブロンズ、BRON535)が全英1位を獲得し、6月27日から10月10日まで16週にわたってチャートに残った。
1982年4月17日の『Iron Fist』を最後にエディ・クラークが脱退し、シン・リジィのブライアン・ロバートソンが加入する。ロバートソンが弾いた唯一のアルバムが1983年6月4日の『Another Perfect Day』で、彼は同年11月に去った。
四人編成——1984年から1991年
1984年2月、ギターにフィル・キャンベルとワーゼル、ドラムスにピート・ギルを迎えた4人編成になる。キャンベルはこの年から2015年まで31年にわたって在籍し、レミーを除けば最も長く在籍したメンバーとなった。加入初年の1984年には、ITVの子ども向け土曜朝番組『The Saturday Starship』のためにバーミンガムのセントラルTVスタジオの駐車場で「Iron Fist」を演奏し、近隣住民から音量の苦情が出ている。同じ1984年、ワーゼルがニューカッスルで腎臓の病気のため入院していた時期には、レミー、ピート・ギル、加入したばかりのキャンベルという3人編成で公演を行った。
この編成で1986年8月9日に『Orgasmatron』、1987年9月5日に『Rock 'n' Roll』をGWRから発表する。1987年6月にピート・ギルが去り、フィル・テイラーが復帰した。1991年1月18日の『1916』からはエピックへ移り、1992年8月14日に『March ör Die』が続く。
ミッキー・ディー加入と20年余の安定期——1992年から2004年
1992年4月にフィル・テイラーが再び脱退し、7月にミッキー・ディーが加入する。彼はバンドが終わるまでドラムスを務めた。1993年10月10日の『Bastards』はドイツのZYXから出され、1995年2月にワーゼルが脱退したあと、バンドはレミー、キャンベル、ディーの3人編成に落ち着く。この顔ぶれは2015年まで変わらなかった。
ドイツのSPV/スティームハマーとの長い関係もこの時期に始まる。1995年3月27日の『Sacrifice』、1996年10月15日の『Overnight Sensation』、1998年3月10日の『Snake Bite Love』、2000年5月15日の『We Are Motörhead』、2002年4月9日の『Hammered』、2004年6月22日の『Inferno』と、ほぼ2年ごとにアルバムが届けられた。
2005年、バンドはメタリカの「Whiplash」のカヴァーでグラミー賞のベスト・メタル・パフォーマンス部門を受賞する。同部門はこの年、2003年10月1日から2004年9月30日までに発表された録音を対象としていた。
最後の10年——2006年から2015年
2006年8月29日に『Kiss of Death』、2008年8月26日に『Motörizer』を発表したのち、2010年12月14日の『The Wörld Is Yours』からは自らのレーベルUDR/Motörhead Musicに移る。2013年10月21日の『Aftershock』を挟み、2015年8月28日の『Bad Magic』が最後のスタジオ・アルバムとなった。日本盤はワーナーミュージック・ジャパンから同日にWPCR-16754の品番で発売されている。
レミー・キルミスターは2015年12月、70歳の誕生日から4日後に亡くなった。バンドはそこで終わっている。
解散後——2016年から現在
解散後も作品と記録は出続けている。2023年の『Seriously Bad Magic』では『Bad Magic』のセッション・テープから未発表曲「Greedy Bastards」が発掘された。2024年10月には、解散から9年を経て「Lawman」が全英シングル・チャートのトップ10に入り、バンドは同年の世界での再生回数3億2,000万回、Spotifyのリスナー2,000万人という数字を自ら公表している。
2024年4月19日、レミーの遺灰はウエスト・ハリウッドのサンセット・ストリップにあるレインボー・バー・アンド・グリルに納められた。2025年5月9日には生地ストーク・オン・トレントに銅像が建てられ、フィル・キャンベルが遺灰を納めて式を先導している。そのキャンベルも2026年3月13日に亡くなった。
2025年はバンドの結成50周年、初ライヴ50周年、そしてレミーの生誕80年に当たり、続く2026年は1976年初頭に完成した最初の録音から50年に当たる。これを記念して、『On Parole』のセッションを完全収録した『On Parole Sessions』が2026年4月17日に発売された。日本盤はワーナーミュージック・ジャパンからWPZR-31105/8の品番で出ている。
メンバー
| 名前 | 担当 | 在籍 |
|---|---|---|
| レミー・キルミスター | ベース、リード・ヴォーカル | 1975年6月〜2015年12月28日(結成メンバー) |
| フィル・キャンベル | ギター | 1984年2月〜2015年12月28日 |
| ミッキー・ディー | ドラムス | 1992年7月〜2015年12月28日 |
| フィル・“フィルシー・アニマル”・テイラー | ドラムス | 1975年12月〜1984年2月、1987年2月〜1992年4月 |
| ワーゼル | ギター | 1984年2月〜1995年2月 |
| エディ・クラーク | ギター | 1976年2月〜1982年5月15日 |
| ピート・ギル | ドラムス | 1984年2月〜1987年6月 |
| ブライアン・ロバートソン | ギター | 1982年5月15日〜1983年11月11日 |
| ラリー・ウォリス | ギター | 1975年6月〜1976年2月(結成メンバー) |
| ルーカス・フォックス | ドラムス | 1975年6月〜1975年12月(結成メンバー) |
ディスコグラフィ(当サイト登録分)
| 年 | タイトル | 種別 |
|---|---|---|
| 2026 | Kiss of Death (20th Anniversary Edition) | 20周年記念エディション(2CD) |
| 2026 | On Parole Sessions | ボックス・セット(3CD+Blu-ray) |
| 2025 | The Manticore Tapes | 1976年のスタジオ録音 |
| 2015 | Bad Magic | スタジオ・アルバム |
| 2013 | Aftershock | スタジオ・アルバム |
| 2010 | The Wörld Is Yours | スタジオ・アルバム |
| 2008 | Motörizer | スタジオ・アルバム |
| 2006 | Kiss of Death | スタジオ・アルバム |
| 2004 | Inferno | スタジオ・アルバム |
| 2002 | Hammered | スタジオ・アルバム |
| 2000 | We Are Motörhead | スタジオ・アルバム |
| 1998 | Snake Bite Love | スタジオ・アルバム |
| 1996 | Overnight Sensation | スタジオ・アルバム |
| 1995 | Sacrifice | スタジオ・アルバム |
| 1993 | Bastards | スタジオ・アルバム |
| 1992 | March ör Die | スタジオ・アルバム |
| 1991 | 1916 | スタジオ・アルバム |
| 1987 | Rock 'n' Roll | スタジオ・アルバム |
| 1986 | Orgasmatron | スタジオ・アルバム |
| 1983 | Another Perfect Day | スタジオ・アルバム |
| 1982 | Iron Fist | スタジオ・アルバム |
| 1980 | Ace of Spades | スタジオ・アルバム |
| 1979 | On Parole | スタジオ・アルバム(1975〜76年録音) |
| 1979 | Bomber | スタジオ・アルバム |
| 1979 | Overkill | スタジオ・アルバム |
| 1977 | Motörhead | スタジオ・アルバム |
出典について
本稿は、バンドの公式サイト imotorhead.com が発表した告知文(フィル・キャンベルの訃報、『The Manticore Tapes』の発売、結成50周年、レミーの遺灰と銅像に関する各記事)、ワーナーミュージック・ジャパンの『On Parole Sessions』商品ページ、TOWER RECORDS ONLINEの商品ページ、Official Charts Companyの『No Sleep 'til Hammersmith』チャート・ページ、Grammy.comの2005年ベスト・メタル・パフォーマンス部門のページ、Louder(Classic Rock / Metal Hammer)の『Ace of Spades』に関する2本の記事、uDiscover Music Japanの記事、およびMusicBrainzのアーティスト57961a97-3796-4bf7-9f02-a985a8979ae9のメンバー情報とリリース情報を突き合わせて作成した。発売日・レーベル・品番は、MusicBrainzの原盤リリース行とApple Musicの現行カタログの双方が同じ値を示すものを採っている。動画はすべてYouTubeの投稿チャンネルを確認しており、ファンによる再アップロードは含まない。
Trivia
レミーを別にすれば、最も長くバンドに在籍したのはギターのフィル・キャンベルである。公式サイトは彼の訃報のなかで、1984年の加入から31年間ギターを弾き続けたこと、レミーを除けば最長在籍のメンバーであったことを記している。キャンベルは2026年3月13日に亡くなった。
『On Parole Sessions』の日本盤は、ワーナーミュージック・ジャパンから2026年4月17日に税込9,020円、品番WPZR-31105/8で発売された。同社の商品ページは封入特典としてポスターが付くことを記している。TOWER RECORDS ONLINEの商品ページはこれを「輸入盤:国内流通仕様」に分類し、構成数5、規格品番WPZR-31105として掲載している。
ワーナーミュージック・ジャパンのディスコグラフィには、MOTÖRHEADの国内盤が3枚並んでいる——『アンダー・カヴァー』のSHM-CD(2017年12月13日、WPCR-17951)、『バッド・マジック』(2015年8月28日、WPCR-16754)、『ザ・ワールド・イズ・ユアーズ』(2011年3月9日、WPCR-50301)。一方で『AFTERSHOCK』は同じ一覧に「輸入盤」として2013年10月29日の扱いで載っており、国内盤が作られなかったことが分かる。
『The Manticore Tapes』の日本盤は、ユニバーサルミュージックから2025年6月27日に発売された。TOWER RECORDS ONLINEの商品ページは邦題を「ザ・マンティコア・テープス」とし、仕様を国内盤・構成数1・紙ジャケット・規格品番UICB-15002・JAN 4988031772201と記している。
1975年から76年にかけて録音された最初のスタジオ作『On Parole』の顔ぶれを、ワーナーミュージック・ジャパンは商品ページでこう書いている——ギターはラリー・ウォリス、ドラムはフィル・テイラーとルーカス・フォックス、ベースとボーカルはレミー。ドラマーがふたり並ぶのは、録音の途中でフォックスからテイラーへ交代したためである。
レミー、エディ・クラーク、フィル・テイラーという有名な3人編成が初めて一緒に録音したのは、1976年8月、ロンドン・フラムにあるエマーソン・レイク・アンド・パーマーのマンティコア・スタジオでのことだった。バンドの公式サイトは、この日をリハーサルを兼ねた初の共同録音と説明している。
そのマンティコア・スタジオのテープは、長く行方が分からなくなっていた。公式サイトによれば、およそ50年を経て発掘・修復され、結成50周年を記念して2025年6月27日に『The Manticore Tapes』として発売された。デラックスなブックパック仕様には24ページのブックレットが付き、ライナーノーツは長年バンドと関わってきたクリス・ニーズが書いている。
MOTÖRHEADが全英アルバム・チャートの1位に立ったのは、スタジオ作ではなくライヴ盤でだった。Official Charts Companyのデータベースは、1981年のライヴ・アルバム『No Sleep 'til Hammersmith』の最高位を1位とし、レーベルをブロンズ、品番をBRON535、初登場を1981年6月27日、チャート在位を6月27日から10月10日までの16週間としている。
News
MOTÖRHEADとLemmyの展示、10月2日にラスベガスのThe Punk Rock Museumで開幕
Lemmyの私物である写真や手書きの歌詞などが並び、来場者がLemmyのベースを弾ける展示も用意される。
Albums
MOTÖRHEADが2006年に発表した『Kiss of Death』の20周年記念エディション。原盤テープからのハーフスピード・リマスターに、2007年のロウランズ・フェスティヴァル公演を加えた2枚組で、2026年7月3日にBMGから発売された。
MOTÖRHEADが1975年から76年にかけて行った最初のスタジオ録音を完全収録したボックス。CD3枚とBlu-ray1枚からなり、日本盤は2026年4月17日にワーナーミュージック・ジャパンから品番WPZR-31105/8で発売された。
レミー、エディ・クラーク、フィル・テイラーの3人が1976年8月、フラムのマンティコア・スタジオで初めて一緒に録音したテープ。長く行方が分からなくなっていた音源が修復され、結成50周年の2025年6月27日に発売された。
1983年の5作目『Another Perfect Day』の発売40周年記念盤。本編10曲の新マスターに、シングルB面、デモ4曲、1983年6月22日ハル・シティ・ホールでのライヴ17曲を加えた2枚組全34曲。
MOTÖRHEADが2015年8月28日に発表したアルバム。バンド自身が「23作目にして最後のスタジオ・アルバム」と呼ぶ1枚で、全英10位。日本盤はワーナーミュージック・ジャパンから同日に品番WPCR-16754で発売された。
MOTÖRHEADが2013年10月21日に自らのレーベルUDRから発表したアルバム。全14曲で、「Heartbreaker」「Electricity」「When the Sky Comes Looking for You」に公式映像が制作されている。
MOTÖRHEADが2010年12月14日に発表したアルバム。自らのレーベルMotörhead Music/UDRから出された最初の作品で、日本盤はワーナーミュージック・ジャパンから2011年3月9日に品番WPCR-50301で発売された。
MOTÖRHEADが2008年8月26日に発表したアルバム。ドイツのSPV/スティームハマーから出された最後の作品で全英32位。「Rock Out」「Bullet in Your Brain」「Life's a Bitch」に公式映像がある。
MOTÖRHEADが2006年8月29日に発表したアルバム。「Be My Baby」に公式ミュージック・ビデオが作られ、2026年には原盤テープからのハーフスピード・リマスターによる20周年記念エディションが出ている。
MOTÖRHEADが2004年6月22日に発表したアルバム。翌2005年、バンドはメタリカのカヴァー「Whiplash」でグラミー賞ベスト・メタル・パフォーマンス部門を受賞している。
MOTÖRHEADが2002年4月9日に発表したアルバム。「Brave New World」に公式ミュージック・ビデオがあり、日本盤はビクターから同年5月22日に品番VICP-61874で出された。
MOTÖRHEADが2000年5月15日に発表したアルバム。セックス・ピストルズの「God Save the Queen」を取り上げており、表題曲とともに公式ミュージック・ビデオが作られている。
MOTÖRHEADが1998年3月10日に発表したアルバム。ジャケットはバンドのロゴ「スナグルトゥース」を手がけたジョー・ペタグノによるもので、日本盤はビクターから品番VICP-60315で出された。
MOTÖRHEADが1996年10月15日に発表したアルバム。ワーゼルの脱退を経て、レミー、フィル・キャンベル、ミッキー・ディーの3人編成で作られた最初の作品である。
MOTÖRHEADが1995年3月27日に発表したアルバム。ドイツのSPV/スティームハマーとの関係が始まった1枚で、1984年から在籍したギターのワーゼルが参加した最後の作品でもある。
MOTÖRHEADが1992年8月14日にエピックから発表したアルバム。「I Ain't No Nice Guy」にオジー・オズボーンとスラッシュが参加しており、日本盤は同月22日に品番ESCA 5641で出された。
MOTÖRHEADが1987年9月5日にGWRから発表したアルバム。「Eat the Rich」に公式ミュージック・ビデオがあり、日本盤はGWRから同年11月21日に品番VDP-1288で出された。
MOTÖRHEADが1983年6月4日に発表したアルバム。シン・リジィのブライアン・ロバートソンがギターを弾いた唯一の作品で、「I Got Mine」「Shine」「One Track Mind」に公式映像がある。
MOTÖRHEADが1982年4月17日にブロンズから発表したアルバム。レミー、エディ・クラーク、フィル・テイラーの三人編成による最後のスタジオ作で全英6位。クラークは本作を最後に脱退した。
MOTÖRHEADが1980年11月8日にブロンズから発表した代表作。全英チャートに初登場4位で入り、表題曲はシングルとしても15位に達した。40周年記念エディションでは全12曲に公式映像が作られている。
MOTÖRHEADが1979年10月27日にブロンズから発表したアルバム。同じ年の『Overkill』に続く2枚目で、全英12位。表題曲と「Dead Men Tell No Tales」「Poison」に公式映像がある。
MOTÖRHEADのデビュー・アルバム。1977年8月21日にチズウィックから品番WIK 2で発売された全8曲で、全英43位。レミー、エディ・クラーク、フィル・テイラーの三人編成による最初の作品である。