BEAST IN BLACK
2010年代半ば、北欧フィンランドのヘヴィ・メタル・シーンは成熟期を迎えていた。
Biography
現代ヘヴィ・メタルにおけるジャンル融合の革新
BEAST IN BLACK (ビースト・イン・ブラック)
1. 欧州パワー・メタル・シーンにおけるパラダイムシフト
2010年代半ば、北欧フィンランドのヘヴィ・メタル・シーンは成熟期を迎えていた。Nightwish (ナイトウィッシュ)、Sonata Arctica (ソナタ・アークティカ)、Children of Bodom (チルドレン・オブ・ボドム) といった巨人が世界的な成功を収める中、シーンは新たな革新者を求めていた。この文脈において、2015年にヘルシンキ (Helsinki) で結成されたBeast In Black (ビースト・イン・ブラック) の登場は、単なる新人のデビュー以上の意味を持っていた。
2. 形成期とイデオロギーの確立: Battle Beastからの決別
2.1 アントン・カバネンの音楽的ルーツとBattle Beastの崩壊
Beast In Blackの歴史を理解するためには、その前史であるBattle Beast (バトル・ビースト) 時代への言及が不可欠である。ギタリスト兼コンポーザーであるAnton Kabanen (アントン・カバネン)は、2000年代後半にBattle Beastを結成し、主要なソングライターとしてバンドの方向性を決定づけていた。彼の音楽的ビジョンは明確であり、Judas Priest (ジューダス・プリースト)、Manowar (マノウォー)、W.A.S.P. (ワスプ)、Accept(アクセプト)といった正統派ヘヴィ・メタルのリフ・ワークに、80年代のシンセ・ポップやイタロ・ディスコ (Italo Disco) のキャッチーなメロディを接ぎ木することにあった。
しかし、3枚のアルバム (『Steel』 『Battle Beast』 『Unholy Savior』) を成功させた後、2015年初頭にカバネンは自身のバンドから解雇されるという事態に直面する。この分裂の根本的な原因は、バンド運営と創作プロセスにおける主導権争いであった。他のメンバーがより民主的な意思決定と楽曲制作への参加を求めたのに対し、カバネンは自身の芸術的ビジョンの純度を保つために完全なコントロール (Total Creative Control) を維持しようとしたとされる。
「解決不可能な問題 (Unsolvable issues)」として処理されたこの解雇劇は、カバネンにとって大きな挫折であったが、同時に彼の創造性を解放する契機ともなった。彼はBattle Beast時代に温めていた未発表のアイデアやコンセプト、特に漫画『ベルセルク』にインスパイアされた「野獣 (The Beast)」の物語を完遂するために、新たな器を必要としていたのである。
2.2 バンド名 「Beast In Black」の由来と象徴性
新バンドの名称「Beast In Black」は、カバネンが10代の頃 (2005年~2006年頃)に創作したキャラクター 「The Beast」に由来する。このキャラクターは、三浦建太郎(Kentaro Miura)の漫画『ベルセルク』の主人公ガッツ (Guts) の異名である「黒い剣士 (The Black Swordsman)」と、カバネン自身の内面に潜む「狂気」や「情熱」を具現化したメタファーである。
「黒(Black)」という色は、メタル・ジャンルにおける伝統的な色彩であると同時に、ガッツが身に纏う「狂戦士の甲冑」や彼の孤独な闘争を象徴している。カバネンはこのバンド名を冠することで、前バンドからの精神的な継承と、よりダークでシリアス、かつ劇的な物語を紡ぐという決意を表明したと言える。
3. メンバー選考とラインナップの変遷: 多国籍な化学反応
Beast In Blackの初期ラインナップは、カバネンが過去のツアー活動を通じて信頼関係を築いた、異なる国籍を持つ実力派ミュージシャンによって構成された「スーパーグループ」の様相を呈していた。
3.1 創設メンバーのプロフィールと採用の経緯
Anton Kabanen (アントン・カバネン)
- 役割: Guitar, Vocals, Keyboards, Songwriting
- 出身: フィンランド (Finland)
- 経歴: Battle Beastの創設者。
分析: バンドの「頭脳」であり「心臓」。彼の作曲スタイルは、シンプルで力強いリフと、極めてポップで歌謡曲的なヴォーカル・メロディの対比に特徴がある。また、プロデューサーとしても手腕を発揮し、Beast In Blackのサウンド・プロダクションの全責任を負っている。
Yannis Papadopoulos (ヤンニス・パパドプロス)
- 役割: Lead Vocals
- 出身: ギリシャ (Greece) テッサロニキ (Thessaloniki)
- 経歴: Wardrum (ワードラム)、Crosswind (クロスウィンド)
- 採用経緯: カバネンはYouTubeで彼の歌唱動画を発見し、その圧倒的な声域と表現力に衝撃を受けた。2015年1月、カバネンはギリシャへ飛び、直接対面して加入を打診。ヤンニスはバンドの「最後のピース」として迎えられた。
分析: 彼のヴォーカルは、Rob Halford (ロブ・ハルフォード)を彷彿とさせる金属的なハイトーンから、AOR的なソフトな中音域、そしてデスメタル的なグロウルまでを自在に行き来する。この「声の多重人格性」こそが、カバネンの多様な楽曲群を一つのバンド・サウンドとして成立させる鍵となっている。
Kasperi Heikkinen (カスペリ・ヘイッキネン)
- 役割: Guitar
- 出身: フィンランド (Finland)
- 経歴: U.D.O. (ウド)、Amberian Dawn (アンベリアン・ドーン)、Merging Flare (マージング・フレア)
- 採用経緯: 2010年にカバネンと出会い、2013年のツアー中に意気投合。カバネンにとって最も信頼できるギタリストの一人であった。
分析: ドイツの伝説的バンドU.D.O.での経験を持つ彼は、ステージングにおけるプロフェッショナリズムと堅実な演奏技術を持ち込んだ。カバネンとのツイン・ギターのハーモニーは、バンドのライブにおける最大の武器の一つであった。なお、彼は2025年にバンドを脱退している。
Máté Molnár (マテ・モルナル)
- 役割: Bass
- 出身: ハンガリー (Hungary)
- 経歴: Wisdom (ウィズダム)
- 採用経緯: 2013年、Battle BeastとWisdomがPowerwolf (パワーウルフ)のツアーをサポートした際に出会う。カバネンのBattle Beast脱退を知ったモルナルは、即座に協力を申し出た。
分析: 堅実なベースプレイに加え、バンドの知的な側面を支える人物。インタビューやファン対応においても重要な役割を果たしている。
Sami Hänninen (サミ・ハンニネン)
- 役割: Drums (2015-2017)
- 出身: フィンランド (Finland)
- 経歴: Brymir (ブライミル)
分析: Battle Beastのリハーサルルームを共有していた縁で加入。デビュー・アルバム『Berserker』のドラムを担当したが、手の神経の問題と個人的事情により、アルバムリリース直後に脱退を余儀なくされた。
3.2 ドラマーの交代とラインナップの安定化
Atte Palokangas (アッテ・パロカンガス)
- 役割: Drums (2018-現在)
- 出身: フィンランド (Finland)
- 経歴: Thunderstone (サンダーストーン)、Before the Dawn (ビフォア・ザ・ドーン)
- 加入経緯: 2017年末、サミ・ハンニネンの急な脱退に伴い、W.A.S.P. ツアー直前にサポートとして参加。その適応能力とキャラクターが高く評価され、2018年2月に正式メンバーとなった。
分析: 「戦車」のようなパワフルなドラミングと、常に笑顔を絶やさない明るいステージングで、バンドのエンジンとして機能している。
4. ディスコグラフィ (Discography)
Beast In Blackはこれまでに3枚のスタジオ・アルバムを発表し、その全てが商業的成功と批評的称賛を獲得している。各アルバムは明確なテーマ性を持ちながらも、一貫して「カバネン・サウンド」の深化を示している。
4.1 1st Album: 『Berserker』 (バーサーカー)
- リリース: 2017年11月3日
- レーベル: Nuclear Blast (ニュークリア・ブラスト)
- チャート最高位: フィンランド7位、ドイツ51位
- 認定: IFPI Finland: Platinum
【概要と分析】 デビュー作にして、バンドの方向性を決定づけた記念碑的作品。カバネンがBattle Beast時代に残してきた未練を断ち切り、新たな「野獣」を解き放つという決意表明である。アルバム全体を通じて、80年代のスタジアム・ロックの煌びやかさと、パワー・メタルの疾走感が同居している。
【主要楽曲解説】
- 1. Beast In Black (ビースト・イン・ブラック): バンド名を冠したオープニング・トラック。Judas Priestの『Night Crawler』を彷彿とさせるミドル・テンポのヘヴィ・ナンバー。歌詞はガッツの復讐の旅の始まりを告げる。
- 2. Blind And Frozen (ブラインド・アンド・フローズン): バンドの代表曲であり、YouTubeでの再生回数は数千万回を超える。イントロのシンセ・リフは完全にディスコ調だが、サビでは壮大なメタル・アンセムへと昇華する。ヤンニスの「女性的」なファルセットと野太い低音の使い分けが衝撃を与えた。
- 3. Zodd The Immortal (ゾッド・ザ・イモータル): 『ベルセルク』に登場する不死の戦士「ゾッド (Zodd)」をテーマにした楽曲。攻撃的なリフとツーバス連打が特徴的な、アルバム中で最もアグレッシブなナンバーの一つ。
- 4. Ghost In The Rain (ゴースト・イン・ザ・レイン): アルバムを締めくくる壮大なバラード。カバネンのメロディ・メーカーとしての才能が遺憾なく発揮されており、映画のサウンドトラックのような深みを持つ。
【制作背景】 カバネンが全曲を作曲・プロデュース。レコーディングはヘルシンキのSound Quest Studio等で行われた。ミックスとマスタリングには、フィンランド・メタルの名匠たちが関わっており、デビュー作とは思えない完成度を誇る。
4.2 2nd Album: 『From Hell With Love』(フロム・ヘル・ウィズ・ラブ)
- リリース: 2019年2月8日
- レーベル: Nuclear Blast
- チャート最高位: フィンランド1位、ドイツ6位、スイス8位
- 認定: IFPI Finland: Platinum
【概要と分析】 前作の成功を受け、より自信に満ちたアプローチで制作された2作目。特筆すべきは、80年代ポップス/ディスコ要素の大胆な増量である。ジャケットアートは、80年代のアニメやエアブラシ・アートを意識したレトロ・フューチャーなデザインとなっている。
【主要楽曲解説】
- 1. Cry Out For A Hero (クライ・アウト・フォー・ア・ヒーロー): オープニングを飾る疾走曲。日本の漫画『北斗の拳 (Fist of the North Star)』の影響も指摘される、救世主を求める叫びを描いた楽曲。
- 2. Sweet True Lies (スウィート・トゥルー・ライズ): このアルバムのハイライト。Bon Jovi (ボン・ジョヴィ) やModern Talking (モダン・トーキング) をヘヴィ・メタル化したような、究極の「ディスコ・メタル」。MVではメンバーが80年代風のセットで演奏する様子が描かれ、バンドのユーモアセンスも示された。
- 3. Die By The Blade (ダイ・バイ・ザ・ブレイド): 『ベルセルク』の戦闘シーンを想起させる、鋭利なシンセ・リフとギターが絡み合うナンバー。ライブでのモッシュピット誘発曲として定着している。
- 4. Oceandeep (オーシャンディープ): フルートの音色が印象的なケルティック・バラード。ヤンニスの繊細な歌唱力が光る一曲。
4.3 3rd Album: 『Dark Connection』 (ダーク・コネクション)
- リリース: 2021年10月29日
- レーベル: Nuclear Blast
- チャート最高位: フィンランド1位、ドイツ13位、スイス11位
- 認定: IFPI Finland: Gold
【概要と分析】 パンデミック期間中に制作された本作は、テーマを「ファンタジー」から「サイバーパンク (Cyberpunk) / SF」 へと大きくシフトさせた。映画『ブレードランナー (Blade Runner)』 やアニメ『アーミテージ・ザ・サード (Armitage III)』 『バブルガムクライシス (Bubblegum Crisis)』といった作品群からのインスピレーションが色濃く反映されている。
【主要楽曲解説】
- 1. Blade Runner (ブレードランナー): アルバムの幕開けを告げる、映画への直接的なオマージュ曲。ヴァンゲリス (Vangelis) 的なシンセサイザーのレイヤーと、パワー・メタルの疾走感が融合している。
- 2. Moonlight Rendezvous (ムーンライト・ランデヴー): 近未来都市を舞台にした悲恋を描いた楽曲。MVは短編映画のようなストーリー仕立てとなっており、高い評価を得た。
- 3. One Night In Tokyo (ワン・ナイト・イン・トーキョー): 日本の首都「東京」をサイバーパンク的な「巨大都市 (Megacity)」として描いた楽曲。琴のような音色のシンセや、五音音階的なメロディなど、ステレオタイプな日本像を逆手に取ったキャッチーさが特徴。この曲は後の日本での活動におけるアンセムとなった。
- 4. Battle Hymn (バトル・ヒム): Manowarの名曲カヴァー。原曲の持つエピックな雰囲気を尊重しつつ、Beast In Black流のモダンなアレンジが施されている。
5. 日本市場との特異な親和性と活動詳細
Beast In Blackと日本 (Japan) の関係は、単なる「ツアー先の国の一つ」という枠を超え、バンドのアイデンティティの一部となっている。これは、カバネンが日本のサブカルチャー (漫画、アニメ、ゲーム)から多大な影響を受けていることに起因する。
5.1 『ベルセルク』へのオマージュ
バンドの活動の根底には常に漫画 『ベルセルク』が存在する。
- 歌詞の引用: 多くの楽曲の歌詞は、ガッツ、グリフィス (Griffith)、キャスカ (Casca) といったキャラクターの心情や物語の展開を直接的に反映している。例えば、「The Fifth Angel」は「5人目のゴッド・ハンド」となったフェムト (Femto) の誕生を描いている。
- 追悼: 2021年の三浦建太郎の訃報に際し、バンドは深い哀悼の意を表し、アルバム『Dark Connection』を彼に捧げている。BEAST IN BLACKにとって『ベルセルク』は単なる娯楽ではなく、人生哲学の一部となっている。
5.2 来日公演の軌跡と 「Kabukicho Madhouse」
初来日: Suomi Feast 2018
2018年5月、フィンランドのバンドを集めたフェスティバル形式のツアー 「Suomi Feast 2018」で初来日を果たした。Turisas (チュリサス) やS-Tool (エス・ツール) と共にステージに立ち、日本のファンにその実力を証明した。
単独公演: Two Nights in Tokyo (2023)
2023年5月、パンデミックを経て待望の単独来日公演「Two Nights in Tokyo」を開催。ソールドアウトとなったこの公演で、バンドは日本のファンとの絆を再確認した。
伝説の夜: Two Nights for Love / Kabukicho Madhouse (2024)
2024年5月22日・23日、Zepp Shinjukuにて 「Two Nights for Love」 と題された公演が行われた。この会場が新宿・歌舞伎町 (Kabukicho) の中心に位置することから、バンドはこの公演を「Kabukicho Madhouse (歌舞伎町マッドハウス)」と命名した。
- スペシャル・ゲスト: 同郷のインダストリアル・メタル・バンド、Turmion Kätilöt (トゥルミオン・カティロット)が帯同。
- セットリスト: 最新アルバムからの楽曲に加え、「Ghost In The Rain」などのレア曲も披露された。
- ヤンニスの誕生日: 公演日がヴォーカルのヤンニスの誕生日と重なり、会場全体で祝う特別な演出が行われた。
- ライブ盤リリース: この公演の熱狂を記録した音源は、後に日本限定EP 『Power Of The Beast』に収録された。
5.3 日本限定リリースと特別企画
日本市場への配慮はリリース形態にも表れている。
Power Of The Beast (Japan Limited EP): 2024年、最新シングル 「Power Of The Beast」に加え、歌舞伎町でのライブ音源3曲 (One Night In Tokyo, Blind And Frozen, Sweet True Lies) を追加した日本独自盤がWard Records (ワードレコーズ)からリリースされた。これはストリーミング全盛の現代において、物理メディアを好む日本のファンへのカバネンからの「友情の証」であるとされる。
6. ライブ・パフォーマンスとツアー・ヒストリー
Beast In Blackの真価は、そのエネルギッシュなライブ・パフォーマンスにある。BEAST IN BLACKはデビュー直後から過酷なツアー・スケジュールをこなし、着実にファンベースを拡大してきた。
6.1 初期: サポート・アクトとしての武者修行(2015-2018)
- Nightwish Support (2015): 結成からわずか1ヶ月でNightwishのアリーナ公演をサポートするという破格のデビュー。当時のBEAST IN BLACKはオリジナル曲が少なく、Battle Beastの曲を演奏していた。
- W.A.S.P. Tour Debacle (2017): 伝説的バンドW.A.S.P.のツアーに帯同するも、待遇の劣悪さを理由にわずか4公演で離脱。この決断は「自分たちの価値を安売りしない」というバンドのプロフェッショナリズムを示した事件として語り草となっている。
- Nightwish "Decades" Tour (2018): 再びNightwishのメイン・サポートとして欧州アリーナ・ツアーに帯同。数万人の観衆を前に堂々たるパフォーマンスを見見せ、アリーナ・クラスのバンドとしてのポテンシャルを証明した。
6.2 中期: ヘッドライナーへの飛躍とフェスティバル (2019-2023)
2ndアルバム以降、BEAST IN BLACKは自らがヘッドライナーとなるツアーを開始した。
- Graspop Metal Meeting & Hellfest: ベルギーのGraspop (2019, 2023)、フランスのHellfest (2023) といった欧州最大級のメタル・フェスに出演。昼間のスロットから徐々にメイン・ステージへと昇格していった。
- Glory and the Beast Tour (2024): Gloryhammer (グローリーハンマー)とのダブル・ヘッドライナー・ツアー。ファンタジー・メタルとディスコ・メタルの融合イベントとして大成功を収め、多くの会場でソールドアウトを記録した。
6.3 現在と未来: Helloweenとの共演 (2025-2026)
2025年、バンドはジャーマン・メタルの始祖Helloween (ハロウィン) の40周年記念ツアーの「ベリー・スペシャル・ゲスト」として欧州および北米を巡ることが決定している。これはBEAST IN BLACKがメタル界の「次世代の旗手」として公認されたことを意味する。また、2026年にはSonata Arctica と Frozen Crown (フローズン・クラウン) を従えた大規模なヘッドライン・ツアーも予定されている。
7. 音楽的・技術的分析: 機材とサウンド・アーキテクチャ
Beast In Blackのサウンドは、伝統的なアナログ楽器とデジタル技術の高度なハイブリッドによって構築されている。
7.1 ギター・ワークと機材
- Jackson Guitars: アントン・カバネンとカスペリ・ヘイッキネンは、共にJackson (ジャクソン)のギターを愛用している。特に「RR (Randy Rhoads)」 シェイプや 「King V」といった変形ギターを使用し、視覚的なメタル美学を体現している。
- サウンド・メイク: ライブではKemper Profiling Amplifierなどのデジタル・アンプ・モデラーを使用していると推測され、これによりアルバムのクリアで歪みの深いサウンドをステージ上で完全に再現している。BEAST IN BLACKのギター・トーンは、中音域が強調された「歌うような」リード・トーンと、ザクザクとしたリフ用のドンシャリ・トーンが使い分けられている。
7.2 シンセサイザーとバッキング・トラック
Beast In Blackのライブにおいて、キーボード奏者はステージ上に存在しない。複雑なシンセ・レイヤー、オーケストレーション、一部のコーラス・ハーモニーは同期音源(Backing Tracks) として再生される。これにより、アルバムの豪華絢爛なサウンドを少人数のメンバーで再現することを可能にしている。カバネンはスタジオ制作において、80年代のアナログ・シンセサイザーの音色 (Roland JunoやYamaha DX7系のサウンド)を多用し、ノスタルジックな空気感を演出している。
7.3 ヴォーカル・テクニック
ヤンニス・パパドプロスのヴォーカルは、バンドの楽器の一部として機能している。
- 技術的特徴: 彼は胸声 (Chest Voice) と裏声 (Falsetto/Head Voice) を継ぎ目なく行き来するミックス・ボイスの達人である。
- 表現の幅: 「Sweet True Lies」 のようなポップ・ソングでは甘く艶のある声を、「Zodd The Immortal」のような激しい曲ではラフで攻撃的な声を使い分ける。ライブにおいてもピッチの正確さは驚異的であり、"CDを食べている (He eats CDs for breakfast)" とファンから称賛される所以である。
8. Beast In Blackが示すメタルの未来
Beast In Blackは、アントン・カバネンという一人の音楽家の個人的な挫折と復讐心から始まったプロジェクトであった。しかし、それは結成から10年足らずで、現代ヘヴィ・メタル・シーンにおいて最も重要かつ商業的に成功したバンドの一つへと成長した。
BEAST IN BLACKの成功要因は以下の点に集約される:
- ジャンルの越境: 「メタルはこうあるべき」 という純血主義を排し、ディスコやポップスの快楽性を大胆に取り入れたこと。
- 強力な物語性: 『ベルセルク』 やサイバーパンクといった強固なサブカルチャー的背景を持ち、ファンの没入感を高めたこと。
- 卓越した演奏能力: ヤンニスをはじめとするメンバー全員が、高度な楽曲をライブで再現できる卓越した技術を持っていたこと。
- 日本市場との共鳴: 日本のコンテンツへのリスペクトを隠さず、積極的に日本文化を取り入れたことで、アジア圏での強固な基盤を築いたこと。
2025年のカスペリ・ヘイッキネンの脱退はバンドにとって一つの試練であるが、ダニエル・フレイベリ (Daniel Freyberg) という強力な助っ人を得て、Helloweenとのツアーに挑むBEAST IN BLACKの勢いは衰えることを知らない。次作となる4枚目のアルバムが、どのような「進化」を見せるのか。それはメタル・シーン全体のトレンドを占う試金石となるだろう。
データ・セクション (Data Section)
表1: Beast In Black スタジオ・アルバム一覧
| タイトル (Title) | 発売年 (Year) | フィンランド順位 (FIN Peak) | ドイツ順位 (GER Peak) | 認定 (Certification) |
|---|---|---|---|---|
| Berserker | 2017 | 7 | 51 | Platinum (FIN) |
| From Hell With Love | 2019 | 1 | 6 | Platinum (FIN) |
| Dark Connection | 2021 | 1 | 13 | Gold (FIN) |
表2: 歴代メンバー一覧
| 名前 (Name) | 担当 (Role) | 在籍期間 (Years Active) | 備考 (Notes) |
|---|---|---|---|
| Anton Kabanen (アントン・カバネン) | Guitar, Vocals | 2015-現在 | Founder, Main Songwriter |
| Yannis Papadopoulos (ヤンニス・パパドプロス) | Vocals | 2015-現在 | |
| Máté Molnár (マテ・モルナル) | Bass | 2015-現在 | |
| Atte Palokangas (アッテ・パロカンガス) | Drums | 2018-現在 | Joined as touring member in 2017 |
| Kasperi Heikkinen (カスペリ・ヘイッキネン) | Guitar | 2015-2025 | |
| Sami Hänninen (サミ・ハンニネン) | Drums | 2015-2017 | Original Drummer |
表3: 主な日本関連リリース・イベント
| 年 (Year) | イベント/リリース (Event/Release) | 詳細 (Details) |
|---|---|---|
| 2018 | Suomi Feast 2018 | 初来日公演 (w/ Turisas, etc.) |
| 2021 | One Night In Tokyo | シングルリリース。東京をテーマにした楽曲。 |
| 2023 | Two Nights in Tokyo | 単独来日公演。 |
| 2024 | Two Nights for Love | Zepp Shinjuku (Kabukicho Madhouse) 公演。 |
| 2024 | Power Of The Beast | 日本限定EP。ライブ音源収録。 |
Trivia
初来日を、バンドは「最大級の夢の一つ」と呼んでいる。2017年12月26日の公式告知は、2018年5月に日本で3公演を行うことを伝え、それが最も大きな夢の一つの実現だと書いた。日程は5月24日の大阪・心斎橋SOMA、25日の名古屋・HOLIDAY NEXT、26日の東京・新宿BLAZEである。デビュー・アルバムの発売から半年あまりでの来日だった。
2度目の来日で、立場が変わっている。2019年3月22日の公式告知は、5月にまた日本へ行くが今度はヘッドライナーとしてだ、と書いている。日程は5月22日の大阪・梅田Zeela、24日と25日の東京・赤羽ReNY alphaで、東京は2日連続だった。
2023年の来日には、公演ごとに別々の名前が付いていた。日本のレーベル、ワードレコーズが立てた特設ページによれば、「Two Nights In Tokyo 2023」は5月15日の渋谷クラブクアトロが「シブヤ Night Carnival」、16日の新宿BLAZEが「シンジュク Night Party」という2本立てだった。チケットの一般発売は2月4日、開場18時・開演19時、前売り9,500円で、メンバーとの撮影とサインカードが付くVIPチケットが15,000円という設定である。
2024年の東京公演には、終演後に乾杯できるチケットがあった。ワードレコーズの特設ページによれば、Zepp Shinjuku での2公演は開場17時15分、トゥルミオン・カティロットのオープニング・アクトが18時、ビースト・イン・ブラックが19時15分という進行で、一般チケット9,800円のほかに25,000円の「KANPAI!!」チケットが用意された。この券には終演後にメンバーと乾杯できること、最前エリアでの観覧、メンバーとの撮影、直筆サインカードなどが含まれている。
日本にしか出ていないCDが1枚ある。2024年12月6日の公式告知によれば、シングル「Power Of The Beast」は日本のパートナーであるワードレコーズからフィジカルで発売され、そこには表題曲に加えて同年の東京公演「KABUKICHO MADHOUSE」からのライヴ3曲が収められた。「One Night In Tokyo」「Blind And Frozen」「Sweet True Lies」の3曲である。
その企画は、日本側から持ち込まれたものだった。2024年12月6日の告知でマーテ・モルナールは、自分たちのようにCDやレコードを集める古い世代の人間にとって、自分の曲が配信だけでなく物として手元にあるのは嬉しいと述べたうえで、この案は日本のレーベルであるワードレコーズから出たものであり、だからこそ東京での最新公演からライヴ曲を加えるのは自然な選択だった、と説明している。ライヴ音源を入れるのはこれが初めてだった、とも彼は書いている。
日本盤に収められたライヴは、ヴォーカリストの誕生日の夜だった。ワードレコーズの商品ページによれば、『Power Of The Beast』日本盤限定CDは2024年12月6日発売の完全生産限定盤(品番 GQCS-91541)で、日本語解説書と歌詞対訳が付く。収録のライヴ3曲は同年5月22日・23日の来日公演「KABUKICHO MADHOUSE」からのもので、レーベルはこの公演がヤンニス・パパドプロスの誕生日と重なり、ファンとメンバーの熱量が桁違いになった夜だったと記している。
2026年の来日は、アジアを回る旅の一部になっている。2026年5月13日の公式告知によれば、バンドは9月19日と20日に東京の Zepp DiverCity で2夜の単独公演を行い、さらに22日に台北、24日に上海、25日に北京へ足を延ばす。台湾と中国はいずれもバンドにとって初めての土地である。