TRIXTER
1980年代後半から1990年代初頭にかけてのアメリカン・ハードロック・シーン、特に「ヘア・メタル (Hair Metal)」 や 「グラム・メタル (Glam Metal)」 と称されるジャンルにおいて、TRIXTER (トリクスター) は極めて象徴的な存在である。
Biography
TRIXTER (トリクスター)
音楽的変遷、文化的影響、歴史的文脈
1. グラム・メタル終焉期の「最後の輝き」
1.1 背景
1980年代後半から1990年代初頭にかけてのアメリカン・ハードロック・シーン、特に「ヘア・メタル (Hair Metal)」 や 「グラム・メタル (Glam Metal)」 と称されるジャンルにおいて、TRIXTER (トリクスター) は極めて象徴的な存在である。TRIXTERは、Bon Jovi (ボン・ジョヴィ) や Skid Row (スキッド・ロウ)といった同郷のニュージャージー州 (New Jersey)出身バンドが築き上げた成功の方程式を継承しつつ、ジャンルそのものが衰退へと向かう過渡期に商業的なピークを迎えた「第三世代」の旗手であった。
1.2 TRIXTERの歴史的特異性
TRIXTERは、1990年にメジャーデビューを果たした際、メンバー全員が非常に若く (中心人物の Steve Brown (スティーヴ・ブラウン)は当時十代後半)、その若さとエネルギッシュなパフォーマンス、そして親しみやすいメロディで「ティーンエイジ・アイドル」的な人気を博した。TRIXTERのデビューは、ヘア・メタル・ムーブメントが商業的なピークを迎え、飽和状態から急速な衰退へと向かう転換点 (1990年-1991年) に位置していた。
TRIXTERのキャリアを追うことは、MTV世代のロックバンドが直面した急速なパラダイムシフトの記録であり、その後のサバイバル戦略、そしてバンドという組織の維持における人間関係の力学(特に近年の商標権を巡る内紛)を理解する上で重要なケーススタディとなる。
2. 黎明期: ニュージャージー州パラマスでの結成と初期の野心 (1983年-1989年)
2.1 "Rade" から "TRIXTER"
TRIXTERの物語は、1983年6月、ニュージャージー州パラマス (Paramus, New Jersey) で幕を開ける。当時わずか12歳であったギタリストの Steve Brownと、ベーシストのDoug "Dougie C." Cowie (ダグ・"ダギー・C・カウイ)によって結成された。彼らは当初、バンド名を "Rade"と名乗り、地元のタレントショーや学校のイベントで演奏活動を開始した。
その後、ドラマーの Michael "Mike" Luciano (マイケル・"マイク・ルチアーノ)(一部資料では Mike Paneとも表記)と、ボーカリストの Peter "Pete" Loran (ピーター・"ピート"・ローラン)が加入し、ラインナップが形成された。しかし、最初のライブを行った直後、ドラムのMike Paneが脱退し、代わりにMark "Gus" Scott (マーク・"ガス"・スコット)が加入する。この時点でバンド名をTRIXTER (トリクスター)に変更し、本格的な活動を開始した。
Mark Gus Scottの加入はバンドにとって大きな転機となった。彼のパワフルで派手なドラミングスタイルは、Steve Brownが志向するアリーナ・ロック・サウンドと完全に合致していたからである。
2.2 高校生バンドのビジネスモデルとデモテープ 『Just Having Fun』
1986年から1987年にかけて、TRIXTERはニュージャージーおよびニューヨーク周辺のクラブシーンで精力的に活動し、Skid Row や Kix (キックス) といったバンドの前座を務めることでファンベースを拡大していった。特筆すべきは、TRIXTERが高校生でありながら、卓越したビジネス感覚を持っていた点である。
TRIXTERは1986年に最初のデモテープを作成した際、グラフィックの授業でカセットのインサートやラベルを自作し、あたかもプロの製品であるかのようにパッケージングして販売した。この「製品化」されたデモテープは、地元の若者たちの間でステータスシンボルとなり、高校生にとってはかなりの収益をもたらしたとMark Gus Scottは回想している。
1988年、バンドはその収益と評判を背景に、ニューヨークのBear Tracks Studios (ベア・トラックス・スタジオ)に入った。エンジニアには、Guns N' Roses(ガンズ・アンド・ローゼズ)の歴史的名盤『Appetite for Destruction』のレコーディングに参加した Nelson Ayers (ネルソン・エアーズ)を迎え、初のスタジオアルバムとなる予定だった作品 『Just Having Fun』のレコーディングを行った。
Just Having Fun (未発表アルバム)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| プロジェクト名 | Just Having Fun (未発表アルバム) |
| 録音時期 | 1988年 |
| スタジオ | Bear Tracks Studios, New York |
| エンジニア | Nelson Ayers |
| 目的 | 当初はデビューアルバムとして制作されたが、結果的にメジャーレーベルへのプレゼンテーション用デモとなった。 |
| 特記事項 | 収録曲の多くは後のデビューアルバムには収録されず、当時の若々しい衝動が詰まった貴重な音源とされる。 |
2.3 メンバー交代とクラシック・ラインナップの完成
『Just Having Fun』のレコーディング後、1988年11月に結成メンバーであったベーシストのDoug Cowie が脱退する。これに伴い、新たに地元の実力派ベーシスト P.J. Farley (P.J. ファーレイ)が加入した。P.J. Farleyの加入により、以下の「クラシック・ラインナップ」が完成した。
- Peter "Pete" Loran (ピーター・"ピート"・ローラン): Lead Vocals
- Steve Brown (スティーヴ・ブラウン): Lead Guitar, Vocals
- P.J. Farley (P.J. ファーレイ): Bass, Vocals
- Mark "Gus" Scott (マーク・"ガス"・スコット): Drums, Percussion
この4人は、ルックスの良さ、演奏技術、そして何よりステージ上での相性の良さ (ケミストリー)において傑出しており、メジャーレーベルの争奪戦を引き起こすこととなる。
2.4 MCAレコードとの契約
1989年5月、バンドはMCA Records (MCAレコード)との契約を獲得した。当時のMCAは、ハードロック部門の強化を図っており、ニュージャージーのシーンで既に数千人の動員力を持っていたTRIXTERは、まさに「金の卵」であった。
3. 黄金時代: デビューと爆発的な商業적成功 (1990年-1991年)
3.1 デビューアルバム 『Trixter』の制作とリリース
1989年9月、バンドはハリウッドへ飛び、プロデューサー Bill Wray (ビル・レイ)の下でデビューアルバムのレコーディングを開始した。Bill Wrayは自身もミュージシャンであり、楽曲の構成やフックの作り方に精通していた。TRIXTERは『Just Having Fun』 時代の楽曲から選りすぐりの素材を再構築し、さらに新曲を加えてアルバムを完成させた。
1990年5月にリリースされたセルフタイトルのデビューアルバム 『Trixter』は、TRIXTERを一躍スターダムに押し上げた。
3.2 MTV "Dial MTV" における支配
TRIXTERの成功を決定づけたのは、MTV (Music Television) の強力なサポートであった。特にシングル "Give It to Me Good" のミュージックビデオは、バンドの若さとルックス、そしてライブの熱狂を効果的に捉えており、当時の人気リクエスト番組 「Dial MTV」で5週間連続1位を獲得するという快挙を成し遂げた。
| 楽曲名 (English) | チャート最高位 (Billboard Hot 100) | MTVでの成果 | 楽曲の特徴 |
|---|---|---|---|
| Give It to Me Good | #65 | Dial MTV 5週間連続1位 | キャッチーなギターリフとシンガロング必至のサビを持つアンセム。 |
| One in a Million | #75 | Dial MTV 3週間連続1位 | バラードとロックの中間を行く楽曲。ファンのアンセムとなる。 |
| Surrender | #72 | ローテーション入り | 哀愁漂うパワーバラード。当時のヘア・メタルの王道スタイル。 |
アルバムはビルボード200チャートで最高28位を記録し、54週間にわたってチャートインした。1991年2月にはアメリカレコード協会 (RIAA) からゴールドディスク (50万枚以上のセールス)の認定を受けた。世界総売上は300万枚を超えるとされる。
3.3 大規模アリーナ・ツアーと「Blood, Sweat & Beers」
デビューアルバムの成功により、TRIXTERはスタジアム級のバンドとしての地位を確立した。1990年から1991年にかけて、TRIXTERは以下のような当時のトップ・アクトとツアーを行った。
- Stryper (ストライパー): 初期のオープニングアクト。
- Don Dokken (ドン・ドッケン): 彼のソロツアーに帯同。
- Poison (ポイズン): アリーナツアーのサポート。
- Scorpions (スコーピオンズ): アリーナツアーのサポート。
- Warrant (ウォレント) & FireHouse (ファイアーハウス): 「Blood, Sweat & Beers Tour」と銘打たれたこのパッケージツアーは、ヘア・メタル・ムーブメントの最後の巨大な花火となった。メタルエッジ誌 (Metal Edge Magazine) はこのツアーに「ベスト・コンサート・アワード」を授与している。
VH-1やMTVはTRIXTERを頻繁に取り上げ、「若さ」と「健全な反逆心」を売りにしたイメージ戦略が功を奏した。VH-1は後にTRIXTERを 「Top 40 Hair Bands of All Time (史上最高のヘア・バンド・トップ40)」の29位に選出している。
4. 転換点と逆風:『Hear!』とグランジ革命 (1992年-1993年)
4.1 セカンドアルバム 『Hear!』 における音楽的深化
1992年10月、バンドは2枚目のアルバム 『Hear! (ヒア!)』をリリースした。前作の成功に安住することなく、バンドはより硬派で「ストリート感」のあるサウンドを模索した。
- サウンドの変化: デビュー作のきらびやかで洗練されたプロダクションから一転し、『Hear!』はよりギター主導で、生々しいグルーヴを重視した作品となった。収録された "Road of a Thousand Dreams" や "Rockin' Horse" は、メンバーの演奏技術の向上を示していた。
- プロモーション: シングル "Road of a Thousand Dreams" がラジオ向けにカットされ、"Rockin' Horse" のビデオも制作された。
4.2 シアトルからの刺客: グランジの台頭と市場の変容
しかし、1992年の音楽市場は、TRIXTERがデビューした1990年とは全く異なる様相を呈していた。1991年後半に Nirvana(ニルヴァーナ) の 『Nevermind』が爆発的なヒットを記録して以降、シアトルを中心としたGrunge (グランジ) ムーブメントがメインストリームを席巻していた。
- パラダイムシフト: 派手な衣装、長髪、享楽的な歌詞を特徴とする「ヘア・メタル」は、一夜にして「時代遅れ」 「フェイク」というレッテルを貼られることとなった。MTVやラジオ局は、TRIXTERのようなバンドのサポートを急速に打ち切った。
- セールスへの影響: 『Hear!』は音楽的に成熟した作品であったにもかかわらず、アメリカ国内でのセールスは前作に遠く及ばず、ゴールド認定を逃す結果となった。
4.3 日本市場との絆と1993年来日公演
アメリカでの逆風とは対照的に、日本では依然としてメロディックなハードロックが強く支持されていた。『Hear!』は日本市場で好意的に受け入れられ、これがバンドにとって重要な生命線となった。バンドは日本ツアーを敢行した。このツアーは、TRIXTERにとってキャリアのハイライトの一つであり、同時に初期TRIXTERの「最後の輝き」とも言える瞬間であった。
- 主要公演地:
- Moda Hall (モーダ・ホール), 大阪: 1993年に公演が行われ、熱狂的な歓迎を受けた。
- Club Citta (クラブチッタ), 川崎: 多くの来日バンドがプレーした聖地であり、TRIXTERもここで公演を行った。
このツアーの模様は録音され、後にライブアルバム 『Alive in Japan』(2008年リリース)の音源として使用されることとなる。セットリストには、デビュー作からのヒット曲に加え、『Hear!』からの楽曲や、Van Halen (ヴァン・ヘイレン)の"Panama"、AC/DC の "T.N.Τ." といったカバー曲も含まれ、TRIXTERのルーツとライブバンドとしての実力を示すものであった。
5. 迷走、インディーズ転向、そして解散 (1994年-1995年)
5.1 カバーEP『Undercovers』とDIY精神
MCAレコードとの契約終了後、バンドはインディーズレーベル Backstreet Records (バックストリート・レコード) と契約した。予算が限られる中、TRIXTERはSteve Brown の自宅スタジオでレコーディングを行うという 「DIY (Do It Yourself)」 アプローチを採用した。
1994年10月にリリースされたEP 『Undercovers (アンダーカバーズ)』は、全曲カバー曲で構成されていた。選曲は非常に折衷的で、当時のバンドが自身のアイデンティティと市場のトレンドの間で揺れ動いていた様子が窺える。
| 楽曲名 (English) | オリジナル・アーティスト | 選曲の意図・背景 |
|---|---|---|
| Pump It Up | Elvis Costello | ニュー・ウェイヴへのアプローチ。Steve Brownがボーカルを担当。 |
| 50 Ways to Leave Your Lover | Paul Simon | フォーク・ロックの再解釈。Pete Loranの歌唱力が光る。 |
| Terrible Lie | Nine Inch Nails | 特筆すべき選曲。インダストリアル・ロックの旗手NINのカバーは、TRIXTERが当時の「モダン・ロック」に適応しようとした必死の試みと解釈できる。 |
| Dirty Deeds Done Dirt Cheap | AC/DC | バンドのルーツであるハードロックへの回帰。 |
| Revolution | The Beatles | クラシック・ロックへの敬意。 |
| Fight for Your Right (To Party!) | Beastie Boys | ライブ録音。TRIXTERのパーティ・ロックな側面を強調。 |
プロデュースはSteve Brown とP.J. Farley自身が手掛けた。この経験は、後のTRIXTERのキャリアにおいて、制作面での自立を促す重要なステップとなった。
5.2 第一次解散
『Undercovers』リリース後もツアーを続けたが、グランジ/オルタナティブ全盛の音楽シーンにおいて、TRIXTERのようなバンドが活動を維持することは困難を極めた。「以前はアリーナで演奏していたが、今は小さなクラブで機材車を自分たちで運転している」という状況の変化は、メンバーの精神を摩耗させたと思われる。1995年、バンドは解散を決定した。
6. 沈黙の期間と個々の活動 (1996年-2007年)
解散中、メンバーはそれぞれの道を歩んだが、音楽活動を完全に停止したわけではなかった。特にSteve BrownとP.J. Farleyは精力的に活動を続けた。
6.1 Steve Brownのプロジェクト群
Steve Brownはソングライター/ギタリストとしての才能を活かし、複数のバンドを結成した。
- Throwan Rocks: 解散直後のプロジェクト。
- Soaked: SteveとP.J.が参加。
- 40 Ft. Ringo (フォーティー・フット・リンゴ): 最も本格的に活動したバンド。2003年から2004年にかけて活動し、アルバム 『Funny Thing』をリリース。
- メンバー: Steve Brown (Vo, Gt), P.J. Farley (Ba), Maz (Gt), Brian Gabriel (Dr).
- 音楽性: Cheap Trick (チープ・トリック) や Goo Goo Dolls (グー・グー・ドールズ)に通じる、パワーポップとアメリカン・ロックの融合。
- Stereo Fallout (ステレオ・フォールアウト): 40 Ft. Ringoの後継プロジェクト。
6.2 P.J. Farleyの飛躍: Raへの加入
P.J. Farleyは、2003年頃にオルタナティブ・メタルバンド Ra (ラー)に加入し、ベーシストとしてモダン・ロック・シーンで成功を収めた。Raはユニバーサル系列のメジャーレーベルからアルバムをリリースしており、P.J.にとってはTRIXTER以来のメジャーフィールドでの活動となった。この経験により、彼はモダンなプロダクションやヘヴィなサウンドメイクのノウハウを蓄積した。
6.3 Mark Gus Scott と Pete Loran
- Mark "Gus" Scott: 一時期音楽業界を離れ、実業家に転身。後にAmerican Premium Vodka というブランドを立ち上げ、退役軍人支援などを行うビジネスを展開した。
- Pete Loran: 音楽の第一線からは退いたが、時折ソロプロジェクトやゲスト参加を行っていた。アリゾナ州に移住し、一般の仕事にも従事していたとされる。
7. 再結成と第二の黄金期 (2008年-2016年)
7.1 2008年の再結成と 「Give It to You Good Tour」
2007年12月、Steve BrownはオリジナルラインナップでのTRIXTER再結成を発表した。きっかけは2007年のNAMMショーでSteveとPeteが再会し、周囲からの「TRIXTERはどこへ行った?」という問いかけに触発されたことであった。
2008年、バンドは「Give It to You Good Tour」を開始。この再結成は、Rocklahoma (ロックラホマ) フェスティバルへの出演 (35,000人の観衆)や、Poison、Boston (ボストン)との共演を含み、大成功を収めた。往年のファンはTRIXTERを熱狂的に迎え入れた。
7.2 ライブアルバム 『Alive in Japan』のリリース
再結成の起爆剤として、1993年の日本公演の音源をまとめたライブアルバム 『Alive in Japan』 を2008年にリリースした。
- 意義: バンドが最も演奏力が高かった時期の記録を公式化することで、現役バンドとしての実力をアピールした。
- 新曲: 2曲の新録スタジオトラック ("You Got It", "When You Close Your Eyes") が収録され、創作意欲が枯れていないことを示した。
7.3 『New Audio Machine』: 20年ぶりのスタジオ作
イタリアの Frontiers Records (フロンティアーズ・レコード)と契約し、2012年には20年ぶりとなる完全オリジナルのスタジオアルバム 『New Audio Machine』をリリースした。
- ゲスト参加: Skid Row の Rachel Bolan (レイチェル・ボラン) と Dave "The Snake" Sabo (デイヴ・"ザ・スネイク"・セイボ)、Styx (スティクス)のGlen Burtnik (グレン・バートニック)が参加。
- 評価: "Drag Me Down" や "Tattoos & Misery"といった楽曲は、クラシックなTRIXTERサウンドを現代的な音圧で蘇らせており、ファンや批評家から絶賛された。Steve Brownのプロデュース能力の高さが証明された作品である。
7.4 『Human Era』 と集大成
2015年、アルバム 『Human Era』をリリース。タイトル曲"Human Era"は、バンドの歴史、友情、そしてファンとの絆を歌った感動的なアンセムであり、TRIXTERのキャリアのハイライトの一つとなった。Steve Brownは 「TRIXTERとしての最高傑作」と自負している。
8. 分裂、商標権争い、そして現在(2017年-2025年)
8.1 内部崩壊: Steve Brown vs Mark Gus Scott
2017年頃、バンド内部に修復不可能な亀裂が生じ、オリジナル・ラインナップでの活動が停止した。対立の中心は、リーダー格のSteve BrownとドラマーのMark Gus Scottであった。
- 商標権問題: 後のインタビューで明らかになったところによると、Steve Brownが「TRIXTER」の商標登録更新を一時的に失念した際、Mark Gus Scottが独断で商標権を取得しようとしたことが発端である。Mark Gus Scottは「自分の主張を通し、対話を促すためにやった (to illustrate a point)」と釈明しているが、Steve Brown とP.J. Farleyはこの行為を背信行為と捉え、深い溝が生まれた。
- P.J. Farleyの発言: P.J.はMarkとの関係について、「言うことを聞かない犬を飼っているようなものだった。リードを外すと道路の真ん中に飛び出してしまう」と辛辣に語っている。
8.2 新体制での再始動 (2021年以降)
法的な問題や感情的な対立を経て、2021年にSteve BrownとP.J. FarleyはTRIXTERとしての活動を再開させた。しかし、Pete LoranとMark Gus Scottは不在である。
- 現在のラインナップ (2024-2025年時点):
- Steve Brown (スティーヴ・ブラウン): Lead Vocals, Guitar
- P.J. Farley (P.J. ファーレイ): Bass, Backing Vocals
- Ben Hans (ベン・ハンス): Drums, Percussion
Pete Loranは音楽活動から距離を置いているため (Steve Brownがボーカルを兼任)、トリオ編成で活動している。当初はアコースティックセット 「Trixter Acoustic」が中心だったが、現在はエレクトリックなセットも行っている。
新ドラマーの Ben Hansは、ナッシュビルを拠点とする教育者・著者でもあり、Kip Winger (キップ・ウィンガー) や Eric Martin (エリック・マーティン)のサポートも務める技巧派である。ジャズの素養もあり、バンドに新たなグルーヴをもたらしている。
8.3 Steve Brownの多忙な活動
Steve BrownはTRIXTER以外でも極めて多忙である。
- Def Leppard (デフ・レパード)の代役: Vivian Campbell (ヴィヴィアン・キャンベル) や Phil Collen (フィル・コリン)が不在の際、彼らの代役としてスタジアムツアーに参加するほど、その技術とプロ意識は業界内で高く評価されている。
- Tokyo Motor Fist (トーキョー・モーター・フィスト): Danger Danger (デンジャー・デンジャー)のTed Poley (テッド・ポーリー)と結成したスーパーグループ。
9. メンバー詳細プロフィール (Members Biography)
9.1 Steve Brown (スティーヴ・ブラウン) - Guitar / Vocals
- 役割: 創設者、メインソングライター、プロデューサー、現リードボーカル。
- プレイスタイル: ヴァン・ヘイレン直系のタッピングやアーミングを駆使したフラシーなソロと、キャッチーなリフ作りを両立。
- 機材: EVHブランドのギターやアンプを愛用。
9.2 P.J. Farley (P.J. ファーレイ) - Bass / Vocals
- 役割: ベーシスト、バックボーカル。Steveの長年のパートナー。
- その他の活動:
- Fozzy (フォジー): プロレスラー Chris Jericho (クリス・ジェリコ)率いるバンドに2020年から正式加入。世界ツアーを行っている。
- ソロ活動: 『Boutique Sound Frames』 (2016), 『Accent the Change』 (2020) をリリース。メロディックで内省的なロックサウンドを展開。
9.3 Ben Hans (ベン・ハンス) - Drums
- 役割: 2021年以降のドラマー。
- 背景: 音楽教育の著書多数。Kip Wingerのアコースティックライブではパーカッションを担当するなど、ダイナミクスレンジの広い演奏が特徴。
9.4 過去のメンバー
- Peter "Pete" Loran (ピート・ローラン): 初代ボーカル。そのハスキーでソウルフルな声はTRIXTERのサウンドの要であった。
- Mark "Gus" Scott (マーク・"ガス"・スコット): 初代ドラマー。現在はTRIXTERとは絶縁状態にあるが、自身のYouTubeチャンネル等で当時の裏話を語っている。
10. ディスコグラフィ (Discography)
10.1 スタジオアルバム (Studio Albums)
1. Trixter (1990)
- レーベル: MCA Records / Mechanic Records
- 解説: 全米ゴールドディスク獲得。ヘア・メタルの楽しさを凝縮した傑作。
- 収録曲:
- Line of Fire
- Heart of Steel
- One in a Million
- Surrender
- Give It to Me Good
- Only Young Once
- Bad Girl
- Always a Victim
- Play Rough
- You'll Never See Me Cryin'
- Ride the Whip
- On and On
2. Hear! (1992)
- レーベル: MCA Records / Mechanic Records
- 解説: バンドの最高傑作との呼び声も高いが、グランジの波に飲まれた悲運のアルバム。
- 収録曲:
- Road of a Thousand Dreams
- Damn Good
- Rockin' Horse
- Power of Love
- Runaway Train
- Bloodrock
- Waiting in That Line
- Nobody's a Hero
- Wild Is the Heart
- What It Takes
- As the Candle Burns
- On the Road Again
3. New Audio Machine (2012)
- レーベル: Frontiers Records
- 解説: 往年のファンを歓喜させた復活作。
- 収録曲(Japan Bonus / Digital Deluxe):
- Drag Me Down
- Get On It
- Dirty Love
- Machine
- Live for the Day
- Ride
- Physical Attraction
- Tattoos & Misery
- The Coolest Thing
- Save Your Soul
- Walk With a Stranger
- Heart of Steel (Acoustic Version)
- Find a Memory
4. Human Era (2015)
- レーベル: Frontiers Records
- 解説: 90年代の空気感を真空パックしたようなサウンド。
- 収録曲:
- Rockin' to the Edge of the Night
- Crash That Party
- Not Like All the Rest
- For You
- Every Second Counts
- Beats Me Up
- Good Times Now
- Midnight in Your Eyes
- All Night Long
- Soul of a Lovin' Man
- Human Era
- Always a Victim (Acoustic)
- Road of a Thousand Dreams (Re-recorded)
10.2 EP・コンピレーション・ライブ盤
- Undercovers (1994): カバーEP。ナイン・インチ・ネイルズのカバー収録。
- Alive in Japan (2008): 1993年来日公演(川崎/大阪)のライブ盤。新曲2曲収録。
- Best of Trixter (2009): リマスターベスト盤。
11. Conclusion
TRIXTERは、音楽シーンの激動期に翻弄されながらも、そのキャリアを通じて「良質なメロディと楽しいロックンロール」という信念を貫いてきた。デビュー当時の爆発的な成功、グランジによる逆境、インディーズでの奮闘、走馬灯のような奇跡的な再結成と新たな内紛。TRIXTERの歴史は、ロックバンドという運命共同体の光と影を映し出している。現在はオリジナルメンバー全員が揃っているわけではないが、Steve BrownとP.J. Farleyが守り続けるTRIXTERの灯火は、1990年のあの日、MTVにかじりついていたかつての少年少女たち、そして新たな世代のロックファンにとって、今なお重要な存在であり続けている。