PRIDE OF LIONS
PRIDE OF LIONS(プライド・オブ・ライオンズ)の詳しいバイオグラフィとディスコグラフィ。元SURVIVORのジム・ピートリックとトビー・ヒッチコックによる2003年のデビュー作から2026年『Unbridled』まで、スタジオ・アルバム8作を作品ごとの個別ページ・ライナーノーツ・日本盤情報つきで掲載するMETAL BOOSTのアーティストページ。
Biography
PRIDE OF LIONS
バイオグラフィー
概要
PRIDE OF LIONS(プライド・オブ・ライオンズ)は、SURVIVORの創設者として知られるアメリカのソングライター、ジム・ピートリックが、シンガーのトビー・ヒッチコックと組んで2003年に始動させたメロディック・ロック/AORのバンドである。ピートリックが曲を書き、プロデュースし、キーボードとギターと低い方のヴォーカルを担当し、高く伸びる主旋律をヒッチコックが歌う——この役割分担は結成から20年以上、一度も変わっていない。
作品はすべてイタリアのフロンティアーズ・レコードから発表されている。当サイトには、2003年のデビュー作『Pride of Lions』から2026年の『Unbridled』まで、スタジオ・アルバム8作を登録している。日本ではキングレコードのNEXUSが最初の4作を、2017年の『Fearless』以降はマーキー/アヴァロンが国内盤を出しており、8作すべてに日本盤だけのボーナス・トラックが付く。
ピートリック自身は、このバンドを「80年代の優れたメロディック・ロックのいちばん良い部分を、現代的なプロダクションで今に更新した、自分なりの理想像」と説明している。
ジム・ピートリックという出発点
ジム・ピートリックは1950年11月11日、イリノイ州バーウィンに生まれた。1964年に高校の仲間とTHE IDES OF MARCHを結成し、1970年に発表した「Vehicle」はビルボードのシングル・チャートで2位に達するミリオン・セラーとなる。1978年にはフランキー・サリヴァンとSURVIVORを結成した。
1982年、シルヴェスター・スタローンの依頼で映画『ロッキー3』の主題歌として書かれた「Eye of the Tiger」は、ビルボードのチャートで1位に達し、グラミー賞とピープルズ・チョイス・アワードを受賞、アカデミー賞にもノミネートされた。1984年のアルバム『Vital Signs』はトップ10シングルを3曲生み、1985年には『ロッキー4』の主題歌「Burning Heart」が続く。ピートリックは17年在籍したSURVIVORを離れたのち、THE IDES OF MARCH、スムース・ジャズのLIFEFORCE、そして多彩なゲストを招く自身のプロジェクトWORLD STAGEと並行して活動している。
トビー・ヒッチコックとの出会い——2003年
PRIDE OF LIONSは、一本の声から始まっている。ピートリックの姪ケリーが、あるオーディションの場でトビー・ヒッチコックと知り合い、叔父に「この歌い手を聴くべきだ」と伝えたのが最初の接点だった。ピートリックは自分のスタジオにヒッチコックを呼び、その声にデニス・デヤング、トミー・ショウ、ジミ・ジェイミソンといった自分の好きなシンガーたちの面影が同居しているのを聴き取ったと語っている。
ふたりは「Love Is On The Rocks」のデモを録り、フロンティアーズ・レコードの総帥セラフィノ・ペルジーノに聴かせた。ペルジーノは当初、ピートリックの新プロジェクトには名の知れたシンガーを立てることを提案していたが、ピートリック自身が無名のヒッチコックで通すと主張し、ナッシュヴィルで実際に声を聴いたペルジーノがその場で納得したという。契約はこうしてまとまった。
ヒッチコックは音楽一家に育ち、教会で歌うことが生活の一部だった人で、正規のヴォーカル教育は受けていない。拠点はインディアナ州エヴァンズヴィルにあり、自身のインテグリティ・スタジオでヴォーカルの多くを録音している。バンドは常に同じ部屋に集まって作るのではなく、ファイルをやり取りしながら作品を仕上げるやり方を早い時期から採ってきた。
デビューから3作——2003年から2007年
デビュー作『Pride of Lions』は、シカゴのワールド・ステージ・インターナショナル・スタジオで録音・ミックスされた。日本盤がキングレコードのNEXUSから2003年10月22日に品番KICP-963で先に出ており、フロンティアーズの輸入盤FR CD 170も同じ2003年の発売である。ピートリック自身の公式バイオグラフィは、この1作目がヨーロッパで即座にヒットしたと記している。日本盤にはボーナス3曲が加えられ、全15曲・1時間14分57秒という長さになった。
2作目『The Destiny Stone』は翌2004年、日本盤が10月27日(KICP-1030)、輸入盤が11月8日(FR CD 216)という順で登場した。ピートリックは後年これを、よりプログレッシヴで壮大な方向への実験だったと振り返っている。6分を超える曲が5つ並ぶ構成がその言葉を裏づけており、公式バイオグラフィはデビュー作を上回る成功だったと記している。
2005年8月、バンドはベルギーの野外フェスティヴァル、ロケルセ・フェーステンに出演する。ピートリックの公式サイトは、この日2万人の観客の前で演奏したと述べており、その模様は2006年にライヴ盤『Live in Belgium』としてCDとDVDの両方で発売された。当サイトはスタジオ作のみを登録しているため、この作品はディスコグラフィには含まれていない。
3作目『The Roaring of Dreams』は2007年2月、輸入盤FRCD323が19日、日本盤KICP-1218が21日に出た。ピートリックは発売当時のインタビューで、本作をデビュー作と、SURVIVOR時代の『Vital Signs』に通じる商業的なAORへの回帰だと説明している。最後に置かれた7分を超える「Turnaround」には、トビー・ヒッチコックの姉妹トーリ・ヒッチコックがゲストとして初めて参加した。
5年の空白と、その先——2012年から2020年
4作目『Immortal』が出たのは2012年9月21日で、前作から5年、このバンドとしては最も長い間隔が空いた。全11曲は輸入盤としては最少で、先行して配信された「Delusional」にはミュージック・ビデオも制作されている。日本盤KICP-1639は10月24日発売で、キングレコードがPRIDE OF LIONSの作品を国内発売した最後の1枚となった。
5作目『Fearless』は2017年、日本盤が1月25日にマーキーから品番MICP-11331で、輸入盤FRCD768が1月27日に発売された。ここから国内盤の発売元がマーキー/アヴァロンに移っている。レーベルは発売前後に「The Tell」「Silent Music」「The Light In Your Eyes」の公式オーディオと「All I See Is You」のミュージック・ビデオを立て続けに公開し、2部構成のドキュメンタリー映像も出した。
6作目『Lion Heart』は2020年10月9日発売(日本盤は10月14日、MICP-11578)。ピートリックは翌年のインタビューで、それまでの作品の込み入った部分を意識して削ぎ落とし、真っ直ぐなAORへ寄せた作品だと述べ、デビュー作以来もっとも良い反応が返ってきたと語っている。レギュラー編成に加え、彼の息子コリン・ピートリックとケヴィン・キャンベルが特定の曲に参加した。
現在——2023年から2026年
7作目『Dream Higher』は2023年6月16日、日本盤・輸入盤とも同じ日に発売された。全10曲はこのバンドのスタジオ作としては最も短い。
8作目『Unbridled』は2026年7月10日にフロンティアーズ・ミュージックから、日本盤は7月22日にマーキー・インコーポレイティド/アヴァロンから品番MICP-12035で発売された。プロデュースはピートリック、ミックスはTHE IDES OF MARCHの盟友ラリー・ミラス。編成はヒッチコック(リード・ヴォーカル)、ピートリック(リード・ヴォーカル、キーボード、セカンド・ギター)、エド・ブレッケンフェルド(ドラムス、パーカッション)、マイク・アキノ(ギター)、ボブ・リジック(ベース)である。ジャケットに描かれた2頭の馬はマーク・アラーノの手によるもので、ピートリックは制作中の2026年1月、冒頭の表題曲にマイク・アキノによる「Eruption」を思わせるイントロを置いたと明かしている。表題曲のミュージック・ビデオはグレッグ・ビザーロが監督した。
ライヴ活動
このバンドはライヴの機会が非常に少ない。記録に残る公演は、2005年8月のロケルセ・フェーステン、2005年10月のドイツ・ルートヴィヒスブルクでのユナイテッド・フォーシズ・オブ・ロック・フェスティヴァル、2006年10月のイリノイ州パロスヒルズ、2010年5月のメロディック・ロック・フェスト、そして所属レーベル自身が開催するフロンティアーズ・ロック・フェスティヴァルへの2015年と2025年の出演で、いずれもイタリア・トレッツォ・スッラッダのライヴ・クラブが会場である。
直近の2025年4月25日は、3日間21組のフロンティアーズ・ロック・フェスティヴァル第7回の初日で、PRIDE OF LIONSは20時20分からの出番だった。同じ夜の最後を締めたのはASIAである。2026年9月時点で、ジム・ピートリック自身の公式スケジュールにPRIDE OF LIONS名義の予定は掲載されていない。
メンバー
| 氏名 | 担当 | 備考 |
|---|---|---|
| Jim Peterik(ジム・ピートリック) | ヴォーカル、キーボード、ギター | 2003年の結成から。作曲とプロデュースも担当 |
| Toby Hitchcock(トビー・ヒッチコック) | リード・ヴォーカル | 2003年の結成から |
| Mike Aquino(マイク・アキノ) | ギター | バンド編成のギタリスト |
| Ed Breckenfeld(エド・ブレッケンフェルド) | ドラムス | バンド編成のドラマー |
| Klem Hayes(クレム・ヘイズ) | ベース | ジム・ピートリックの公式サイトが挙げるベーシスト |
| Christian Cullen(クリスチャン・カレン) | キーボード | ジム・ピートリックの公式サイトが挙げるキーボーディスト |
| Bob Lizik(ボブ・リジック) | ベース | 2026年の『Unbridled』でベースを担当 |
ディスコグラフィ(当サイト登録分)
| 年 | タイトル | 種別 |
|---|---|---|
| 2026 | Unbridled | スタジオ・アルバム |
| 2023 | Dream Higher | スタジオ・アルバム |
| 2020 | Lion Heart | スタジオ・アルバム |
| 2017 | Fearless | スタジオ・アルバム |
| 2012 | Immortal | スタジオ・アルバム |
| 2007 | The Roaring of Dreams | スタジオ・アルバム |
| 2004 | The Destiny Stone | スタジオ・アルバム |
| 2003 | Pride of Lions | スタジオ・アルバム |
出典について
本稿は、ジム・ピートリックの公式サイト jimpeterik.com のバイオグラフィ、バンド紹介、コンサート日程の各ページ、フロンティアーズ・ミュージックが『Unbridled』の発売にあたって出した告知文、TOWER RECORDS ONLINEの日本盤8作の商品ページ、ディスクユニオンの『Unbridled』輸入盤の商品ページ、MusicBrainzのアーティストf4788b66-44ae-4c36-bd23-06e2485b9d10のリリース情報、Discogsが記録するフロンティアーズ盤デビュー作のクレジット、およびMetal Express Radio(2015年6月24日)、melodicmusicreviews(2017年3月18日)、metaltalk.net(2020年8月13日)、rockpages.gr(2021年5月11日)、auxportesdumetal.com、MisplacedStraws(2026年1月6日)に掲載された本人たちのインタビューを突き合わせて作成した。発売日・レーベル・品番は、MusicBrainzの原盤リリース行とTOWER RECORDS ONLINEの商品情報が一致するものを採っている。動画はすべてYouTubeの投稿チャンネルを確認しており、ファンによる再アップロードは含まない。
Trivia
PRIDE OF LIONSの日本盤は、8作すべてが輸入盤に無い曲を最低1曲持っている。2003年のデビュー作『Pride of Lions』(KICP-963)だけは「Surrender to the Night」「Stand by You」「So Deadly」の3曲が加わって全15曲・1時間14分57秒になり、残る7作は1曲ずつ。しかもその7曲のうち6曲は、同じアルバムに入っている曲のアコースティック・ヴァージョンである。例外は2作目『The Destiny Stone』の「Reckless Love」と3作目『The Roaring of Dreams』の「I Am My Father」で、この2曲だけは他にどこにも入っていない別の曲として加えられた。
このバンドは、ジム・ピートリックの姪であるケリーの一言から始まっている。ケリーはあるオーディションの場でトビー・ヒッチコックと知り合い、叔父に「この歌い手を聴くべきだ」と伝えた。ピートリックは自分のスタジオにヒッチコックを呼んで歌わせ、その一本の声にデニス・デヤング、トミー・ショウ、ジミ・ジェイミソンという、自分が好んで聴いてきたシンガーたちの面影が同居しているのを聴き取ったと語っている。ふたりはそのまま「Love Is On The Rocks」のデモを録音した。
日本での発売元は途中で入れ替わっている。2003年のデビュー作から2012年の『Immortal』(KICP-1639)まで4作を出したのはキングレコードのNEXUSで、2017年の『Fearless』(MICP-11331)からはマーキー/アヴァロンに移った。以後の4作、2026年の『Unbridled』(MICP-12035)までは一貫してマーキーが手がけている。
バンドにとって最大の観客を集めたのは、2005年夏のベルギーの野外フェスティヴァル、ロケルセ・フェーステンへの出演である。ジム・ピートリックの公式サイトは、この日2万人の観客の前で演奏したと述べている。この公演はライヴ・アルバム『Live in Belgium』として2006年にCDとDVDの両方で発売された。
デビュー作の4曲目「Sound of Home」に公式ミュージック・ビデオが作られたのは、曲が世に出てから17年後の2020年6月1日だった。フロンティアーズの公式チャンネルからの公開で、当サイトが登録している14本の公式映像のうち最も古いアルバムの曲でありながら、公開は5番目に新しい。それだけこの曲がバンドの代表曲として残り続けたということでもある。
ケリーとトビー・ヒッチコックの出会いについては、ヒッチコック自身の説明がもう一つ残っている。彼によれば、ふたりが最初に知り合ったのは14〜15年前のオーディションの場で、そのまま友人として連絡を取り合う仲になっていた。のちにケリーがヒッチコックのシカゴのイベント・バンドのオーディションを受けに来て合格し、リハーサルの席で「自分のレコードでデュエットしてほしい」と頼み、そのついでに叔父を紹介したいと言った——その叔父がジム・ピートリックだった、というのがヒッチコックの語り口である。
フロンティアーズ・レコードの総帥セラフィノ・ペルジーノは当初、ピートリックの新しいプロジェクトには名の知られたシンガーを立てることを提案していた。ピートリックはそれを断り、当時まったく無名だったトビー・ヒッチコックで押し通す。ペルジーノはイタリアからナッシュヴィルまで飛んで実際に声を聴き、その場で納得したという。PRIDE OF LIONSの契約はこうしてまとまった。
アルバムの収録曲を最終的に選ぶのは、作った本人ではなくレーベルの側である。ピートリックは1作につきおよそ20曲を提出し、そこからセラフィノ・ペルジーノが11曲ほどを選ぶという手順を説明したうえで、選曲はたいてい彼のほうが正しく、自分の市場をよく分かっているのだと認めている。20年以上にわたって収録曲数が11〜12曲で安定しているのは、この工程の結果でもある。
Albums
PRIDE OF LIONSが2026年7月10日にフロンティアーズから発表した8作目。ジム・ピートリックのプロデュース、ラリー・ミラスのミックスによる全12曲で、日本盤は7月22日にマーキー・アヴァロンから発売された。
PRIDE OF LIONSが2023年6月16日に発表した7作目。全10曲はこのバンドで最も短く、日本盤は同日にマーキー・アヴァロンから品番MICP-11795で出された。
PRIDE OF LIONSが2020年10月9日に発表した6作目。ジム・ピートリックが意識的に真っ直ぐなAORへ寄せた全12曲で、日本盤は10月14日にマーキーから品番MICP-11578で発売された。
PRIDE OF LIONSが2017年に発表した5作目。日本盤は2017年1月25日にマーキーから品番MICP-11331で出され、日本での発売元がキングレコードからマーキーへ移った最初の作品でもある。
PRIDE OF LIONSが2012年9月21日に発表した4作目。前作から5年ぶりの全11曲で、日本盤は10月24日にキングレコードのNEXUSから品番KICP-1639で発売された。
PRIDE OF LIONSが2007年に発表した3作目。ジム・ピートリック自身がデビュー作とSURVIVORの『Vital Signs』寄りのAORへ戻ったと語る全12曲で、日本盤は2月21日にNEXUSから発売された。
PRIDE OF LIONSが2004年に発表した2作目。ジム・ピートリックがよりプログレッシヴで壮大な方向への実験と呼んだ全12曲で、日本盤は10月27日にNEXUSから品番KICP-1030で先行発売された。
元SURVIVORのジム・ピートリックがトビー・ヒッチコックと組んだPRIDE OF LIONSのデビュー作。シカゴのワールド・ステージ・インターナショナル・スタジオで録音され、日本盤は2003年10月22日にNEXUSから品番KICP-963で発売された。