MASTERPLAN TRIVIA
Trivia
『Time to Be King』の日本盤には、他の仕様に入っていないボーナス・トラック「Never Walk Alone」が収められている。デジパック仕様の「Kisses From You」とは別の曲で、Blabbermouthが掲載した曲目表では日本盤ボーナスとして最後に置かれていた。
MASTERPLANの出発点は、ローランド・グラポウとウリ・クッシュが2001年にHELLOWEENを解雇されたことにある。理由は2000年のアルバム『The Dark Ride』が向かった方向をめぐる意見の対立で、この作品ではより暗く現代的なメタルの要素が前面に出ていた。二人はその翌年に新しいバンドを立ち上げている。
デビュー作は、レコード契約が決まる前に録音されていた。Blabbermouthが2002年2月25日に伝えたところでは、バンドはその日からヴォーカルの録音に入っており、発売元は「まだ決まっていないレーベル」のままだった。プロデューサーはアンディ・スニープ。3月にアルバムを完成させてから契約先を探す、というのがその時点の段取りである。実際に『Masterplan』が世に出たのは2003年で、AFMレコーズからだった。
ヨルン・ランデは2006年5月に脱退を表明した。彼が歌う最後のステージは同年8月8日、ベルギーのロケレンで行われたロケルセフェーステンである。ドラマーのウリ・クッシュもほどなくバンドを離れ、MASTERPLANは3作目を新しい編成で録ることになった。
ランデ脱退の理由については、二つの説明が並んで残っている。バンドが2006年5月に出した声明は、3作目の曲作りを進めるうちに方向性の違いがはっきりしてきたとし、ランデがより叙情的な路線を望んだのに対して残りのメンバーはデビュー作のメタル寄りの原点に戻りたがった、と述べている。一方ランデ本人は翌2007年の取材で、最初の2作の曲はすべてクッシュとグラポウが書き、自分は出来上がった曲にメロディと歌詞を乗せるだけだったと語り、曲作りをバンド全体の作業に変えたかったが変わりそうになかったので去った、と説明した。さらに実験的で現代的な要素は減らし、もっとまっすぐなメタルに戻したかったとも述べている。どちらか一方を正しいものとして扱える材料は無い。
2017年の『PumpKings』は、グラポウがHELLOWEEN在籍中に関わったアルバムの曲を、MASTERPLANとして作り直した1枚である。内訳は1991年の『Pink Bubbles Go Ape』から3曲、1993年の『Chameleon』から2曲、1994年の『Master of the Rings』から3曲、1996年の『The Time of the Oath』から1曲、2000年の『The Dark Ride』から2曲で、合わせて11曲になる。
『Metalmorphosis』の最後に置かれた「Rise Again」は、まったくの新曲ではない。同じ題のシングルが2024年初頭にAFMレコーズから出ており、アルバムにはそれを作り直したヴァージョンが収められている。この作品はバンドにとって2013年の『Novum Initium』以来の新曲であり、2026年6月26日にフロンティアーズ・ミュージックから発売された。
初期のMASTERPLANは、当時の言い方でいえばスーパーグループだった。HELLOWEEN出身のグラポウとクッシュに、当時イングヴェイ・マルムスティーンのバンドで知られていたノルウェー人歌手ヨルン・ランデが加わり、アクセル・マッケンロット(キーボード)とヤン・S・エッカート(ベース)で編成が整った。
デビュー作『Masterplan』は、先行シングル「Enlighten Me」で予告されたうえで2003年に発売され、ヨーロッパ各国のチャートにいきなり入った。レーベル資料は、数か月のうちに世界規模のファン層ができあがったと記している。
デビュー作のあとMASTERPLANはHAMMERFALLとのヨーロッパ・ツアーに出ている。自分たちがヘッドライナーとして前に立ったのは、2作目『Aeronautics』に伴う「Flying Aces」ツアーが最初だった。
リック・アルツィとヤリ・カイヌライネンが入ってから、MASTERPLANのライヴ活動は目に見えて増えた。レーベル資料は、『Novum Initium』の時期にバンド史上いちばん多くのヘッドライナー公演とフェスティバルをこなしたと記している。ライヴ盤が長らく無かったバンドが最初の映像作品を出すのは、この時期の充実があってのことである。
その2002年のセッションで録音された曲は16曲あった。グラポウの説明によれば、うち少なくとも5曲は往年のHELLOWEENやSTRATOVARIUSに近い響きで、残りはより現代的な方向――HELLOWEENの『The Dark Ride』をもう一歩進めたような音――だったという。どの曲も出来がいいのでB面で捨てたくない、EPか2枚目のCDに回すかもしれない、というのが当時の彼の言い分である。
ウリ・クッシュは自分の脱退について、互いに刺激を与え合えなくなったこと、そして刺激が無ければ一緒に音楽を作ることはもうできないことを理由に挙げている。脱退後の彼は新バンドBEAUTIFUL SINに専念した。
3作目『MK II』の編成では、ヴォーカルにRIOT出身のマイク・ディメオ、ドラムにマイク・テラーナが入った。テラーナはイングヴェイ・マルムスティーン、アクセル・ルディ・ペル、METALIUM、RAGEと渡り歩いてきたドラマーである。この新しい編成が初めて客前に立ったのは、SAXONのヨーロッパ・ツアーの前座としてだった。
マイク・ディメオがMASTERPLANに残したスタジオ・アルバムは『MK II』の1枚だけである。彼が脱退を表明したのは2009年1月だった。
2009年4月、オランダの音楽誌Aardschokがヨルン・ランデのMASTERPLAN復帰を報じたのに対し、バンドは公式サイトで、その情報はバンドから出たものではないと否定した。同じ書き込みで、ランデが脱退したのはウリ・クッシュのせいだという説も事実ではないと明言している。
4作目『Time to Be King』で、ヨルン・ランデが一時的にMASTERPLANへ戻っている。ランデはこの再合流について、互いに問題があったわけではなく仕事のうえでしばらく別々の道を行くことにしただけだと述べ、MASTERPLANの音楽と自分の歌の組み合わせには特別なものがあると語った。ただしレーベル資料によれば、数多くの要請があったにもかかわらずこの編成でのライヴ活動は行われなかった。
『Time to Be King』は2010年5月21日にAFMレコーズから発売され、発売初週にドイツで31位、スウェーデンで15位、スイスで45位に入った。先行シングル「Far From The End Of The World」は同年4月16日に出ている。
2012年11月、MASTERPLANは新しい編成を発表した。ヴォーカルはAT VANCE、SANDALINAS、THUNDERSTONEを経たリック・アルツィ、ベースはSTRATOVARIUS、SYMFONIA、DEVIL'S TRAINのヤリ・カイヌライネン、ドラムはCRADLE OF FILTHのマルティン“マーサス”スカロウプカ。グラポウとアクセル・マッケンロットを含む5人が、5作目『Novum Initium』を録ることになる編成である。
MASTERPLANが初めて出したライヴ作品は、2015年10月の『Keep Your Dream aLive』である。DVD+CDとBlu-ray+CDの両方で発売され、映像にはマスターズ・オブ・ロックでの公演がまるごと入るほか、ヴァッケン・オープン・エアの収録、アジア・ツアーとProgPower USAの映像、そしてバンドの公式ミュージック・ビデオ5本すべてが収められた。CDに入っているのはマスターズ・オブ・ロックの公演である。
『PumpKings』は「復讐」だと受け取られた。グラポウはこれを否定し、自分にとっては気楽なことで、自分の曲を新しいメンバーと新しい衣装に着替えさせただけだと語っている。彼の説明によれば、この盤は2年ほど遅れて出たために、結果としてHELLOWEENの「Pumpkins United」再結成ツアーと時期が重なってしまったのだという。なおグラポウはこの再結成ツアーに呼ばれておらず、2018年の取材では自分は過去に生きていないと述べている。
グラポウがHELLOWEENに入ったのは1989年の初めで、創設メンバーのカイ・ハンセンの後任だった。見つけたのはギタリストのミヒャエル・ヴァイカートで、ハンブルクのクラブでグラポウが自分のバンドRAMPAGEと演奏しているのを見て名前を覚えておき、ハンセンが抜ける可能性に備えていたのだという。グラポウはまず1988年の『Keeper of the Seven Keys: Part II』のツアー日程を最後まで務めている。
MASTERPLANが長く在籍したAFMレコーズを離れ、フロンティアーズ・ミュージックと全世界契約を結んだ経緯について、グラポウはレーベルの人の問題として説明している。AFMを立ち上げたアンディ・アレンデルファーはMASTERPLANの大きな支持者で、バンドはその後押しを強く感じていたが、彼はバンドの2作目のあとに亡くなった。以後は会社の持ち主も所在地も変わり、優先扱いだと聞かされてはいても実際には数多くのバンドの一つでしかないと感じるようになった――グラポウはそれが新作を出さなくなった理由の一つだったとし、その間の自分は他のバンドのためにスタジオで働いていたと述べている。
『Metalmorphosis』の曲は、キーボードのアクセル・マッケンロットとグラポウが書いている。ほかにグラポウの友人であるスロヴァキアとスウェーデンの作家が2人、ゲストとして加わった。歌詞は全10曲のうち9曲をグラポウが、1曲をリック・アルツィが書いている。
『Metalmorphosis』の「Through The Storm」は、バンドがメタル・クルーズに出た経験から生まれた曲である。バンドの説明によれば、そのうちの一度は嵐のなか甲板で行われた公演で、凍えるような風と高い波のなかで演奏したという。