LOUDNESS トリビア 全18件

LOUDNESSにまつわる事実を、出典付きで18件掲載しています。

Trivia

LOUDNESSは同じアルバムを二つの言語で作るという手法を、20年の間に三度用いている。1984年の『DISILLUSION 〜撃剣霊化〜』は同年7月に全曲英語詞の英語版が、1987年の『HURRICANE EYES』は同年12月に日本語詞の日本語版が、2004年の『Racing 〜音速〜』は翌2005年4月に英語版が、それぞれ別の商品として発売された。公式サイトの作品一覧には、いずれの組も2件ずつ独立して掲載されている。

出典: LOUDNESS公式サイト 作品一覧および各作品ページ

LOUDNESSは1981年、高崎晃(ギター)と樋口宗孝(ドラムス)が、それまで在籍していたLAZYの解散を受けて立ち上げたバンドである。ここに二井原実(ヴォーカル)と山下昌良(ベース)が加わり、4人編成で活動を開始した。公式サイトはこの結成を「日本のハード・ロック・シーンを揺るがす」出発点として記しており、以後の歩みをここから数えている。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

デビュー作『THE BIRTHDAY EVE 〜誕生前夜〜』を発表した直後、LOUDNESSは浅草国際劇場でデビュー・コンサートを行った。公式サイトはこの公演について「圧倒的なライヴを見せつけた」と記し、ここから数々の伝説が生まれることになったと位置づけている。1981年11月25日に1作目を出したばかりの新人バンドが、いきなり大箱を舞台にしたことになる。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

1983年7月、LOUDNESSは初のアメリカ西海岸およびヨーロッパでのツアーを行った。公式サイトによれば、このときのライヴがアメリカのアトランティック・レコード関係者の目に留まり、日本のバンドとしては初となるワールドワイドの複数枚契約へとつながった。海外進出の起点は、レコード会社への売り込みではなく、現地で実際に演奏したステージそのものだったことになる。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

1985年の『THUNDER IN THE EAST』は、記念すべき世界発売作品として、アメリカのビルボード誌のアルバム・チャートで74位を記録した。公式サイトはこれを日本人バンドとしては異例の成績と記しており、さらにチャートインから19週にわたって連続でチャートに残り続けたことも併せて挙げている。一度きりの初登場ではなく、4か月以上にわたって売れ続けたことが数字に表れている。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

『THUNDER IN THE EAST』に伴うモトリー・クルーとの全米ツアーで、LOUDNESSは日本のバンドとして初めてマディソン・スクエア・ガーデンのステージに立った。公式サイトはこれを「快挙」と記している。結成から4年目、世界発売作品の1作目にしてニューヨークの当該会場に到達したことになる。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

国際盤『LIGHTNING STRIKES』は、ビルボード誌のチャートで前作『THUNDER IN THE EAST』の74位を上回る64位を記録した。公式サイトは「前作を凌ぐ」と記している。日本盤は『SHADOWS OF WAR』というタイトルで、同じ音源ながら曲順を組み替え1曲を差し替えた別の商品として先に発売されていた。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS、および同サイト作品ページ

1988年12月、二井原実が脱退を表明する。公式サイトはそこから「アメリカ人ヴォーカリストをはじめ、数度に及ぶメンバーチェンジを繰り返す」時期に入ったと記し、2000年のオリジナル・ラインナップ再結成までを一続きの期間として扱っている。実際にこの間、ヴォーカルは2人、ベースは2人、ドラムスは1人が入れ替わった。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

2008年、アルバム『METAL MAD』の発表後に樋口宗孝が肝細胞癌の治療のため休養に入る。公式サイトは、その後半年間にわたる闘病を経て、同年11月30日午前10時44分に49歳で亡くなったと、時刻まで含めて記している。1981年に高崎晃とともにバンドを立ち上げた創設メンバーであり、第1期と再結成後の全作品に参加していた。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

2013年、LOUDNESSは自らのマネージメント兼レーベルとしてカタナミュージックを設立した。公式サイトはその理由を「より磐石な体制で音楽活動に専念するため」と説明している。翌2014年の『THE SUN WILL RISE AGAIN 〜撃魂霊刀』はユニバーサルから発売されたが、2021年の『SUNBURST 〜我武者羅』はこのカタナミュージックが自ら出した最初の作品となった。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS、および同サイト作品ページ

2018年1月に『RISE TO GLORY -8118-』を世界同時発売した直後、ドラマーの鈴木政行が脳梗塞で倒れた。バンドは急遽サポート・ドラマーに西田竜一を迎えてツアーを続行する。公式サイトによれば、同年9月のZepp DiverCityでの「METAL WEEKEND」最終日に鈴木は9か月ぶりにステージへ上がり、1曲のみながらドラムを叩いたうえで、時間がかかっても必ず完全復帰すると宣言した。同年末の「Rock Beats Cancer Vol.6」では5曲を演奏している。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ HISTORY OF LOUDNESS

二井原実の脱退後、2代目ヴォーカリストとして迎えられたのがアメリカ人のマイク・ヴェセーラだった。公式サイトの作品ページは、その声を「マーシャル・アンプのようなヴォーカリスト!」と評された強烈なものと紹介している。1989年の『SOLDIER OF FORTUNE』からシングル・カットされた「YOU SHOOK ME」は、全米のロック系ステーションでローテーション入りを果たした。ヴェセーラはのちにイングヴェイ・マルムスティーンのヴォーカリストとして活動する。

出典: LOUDNESS公式サイト 作品ページ『SOLDIER OF FORTUNE』

デビュー10周年を記念して1991年に発表された『ON THE PROWL』は、海外で未発売だった初期の代表曲を英語詞で録り直したセルフ・カヴァーに新曲を加えたという、特殊な構成の作品である。公式サイトの作品ページによれば、二井原実による日本語詞をマイク・ヴェセーラ自身が英語に置き換えて歌っている。スピード・ナンバー「イン・ザ・ミラー」やバラード「ネヴァー・アゲイン」が、こうして二つ目の姿を持つことになった。

出典: LOUDNESS公式サイト 作品ページ『ON THE PROWL』

1992年のセルフ・タイトル作『LOUDNESS』で、バンドは音そのものを作り替えた。公式サイトの作品ページは、高崎晃自身のプロデュースにより、1980年代に極めてきた様式美から「半音下げチューニング」によるよりヘヴィなサウンドへ変貌を遂げたと説明している。ヴォーカルに元EZOの山田雅樹、ベースに元Xの沢田泰司を迎えた、この編成唯一のスタジオ・アルバムでもある。

出典: LOUDNESS公式サイト 作品ページ『LOUDNESS』

1992年のセルフ・タイトル作『LOUDNESS』は、オリコンのアルバム・チャートで初登場2位を記録した。公式サイトの作品ページはこれを「大ヒット」と記している。アメリカのレーベルとの契約を終え、ヴォーカルとベースを入れ替えた直後の作品としては異例の成績である。

出典: LOUDNESS公式サイト 作品ページ『LOUDNESS』

1994年の『HEAVY METAL HIPPIES』では、ベースの沢田泰司と、結成以来のオリジナル・メンバーであるドラムスの樋口宗孝が同時に離れた。公式サイトの作品ページによれば、ドラムスには山田雅樹のEZO時代の盟友である本間大嗣を迎え、ベースは高崎晃自身が担当している。同ページは、この作品には高崎が同時期に制作していたソロ・アルバム『氣』で開いた感覚も投影されていると説明する。

出典: LOUDNESS公式サイト 作品ページ『HEAVY METAL HIPPIES』

結成40周年を記念して2021年に発表された『SUNBURST 〜我武者羅』は、バンド史上初のダブル・アルバムである。公式サイトの作品ページは本作を「29枚目にしてバンド史上初となるダブル・アルバム」と紹介している。初回生産限定盤には、2020年12月11日にEXシアター六本木で行われた40周年記念公演「THANK YOU FOR ALL」の映像が、完全無修正ノーカット版として収められた。

出典: LOUDNESS公式サイト 作品ページ『SUNBURST〜我武者羅』

公式サイトのメンバー紹介によれば、現在のLOUDNESSの4人のうち3人——高崎晃、二井原実、山下昌良——はいずれも大阪市の出身である。生年は高崎が1961年2月22日、二井原が1960年3月12日、山下が1961年11月29日。2009年に加入したドラムスの鈴木政行だけが北海道札幌市の出身で、1972年9月26日生まれと、ほかの3人より一回り若い。

出典: LOUDNESS公式サイト「THE BAND」ページ メンバー紹介